「引き出し」作りのプロが、自分の「アタマの引き出し」の中身を惜しみなく公開します。    テーマは森羅万象×縦横無尽。「無数の引き出しをもつ人」になって「人間力」を高めよう!

  
「引き出し」とは一般に「雑学」とよばれているものときわめて近い・・藤田田(デン)に学ぶものとは?


◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「この国を出よ!」-東南アジアをよく知ろう!●

■■■■ 「ミャンマー再遊記」 全8回+α ■■■■
 総目次はここをクリック!
■■■■ 「三度目のミャンマー、三度目の正直」 全10回+α ■■■■
 総目次はここをクリック!
■■■■ 「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中) ■■■■
 総目次はここをクリック!

お役に立ちます!ご自由にお使い下さい!


●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


●「小国」日本のモデルになりうるか?



ケン・マネジメント のウェブサイトは http://kensatoken.com です。
姉妹編の 「佐藤けんいち@ケン・マネジメント代表 公式ブログ」 は http://ken-management.blogspot.com


ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。


2009年7月31日金曜日

ネット空間における世論形成と「世間」について少し考えてみた


                  
 私がここ最近書評を投稿しているオンライン書店bk1のコラム「書評ポータル」の本日7月31日付の記事に、以下のコメントが載っているので転載させていただく(・・毎週更新されるコラムなので、過去の文章は消去されてしまう可能性が高いので、写真で記録しておくこととした)。 



「KY=空気が読めない」
という言葉に初めて遭遇した時、私は驚きと一種の不快感を覚えたものでした。周りの顔色をうかがうより自分の意見をしっかり持てよと、若い人たちに説教したい気持ちにかられたものです(笑)。しかし、「KY」を巡る社会的条件は実は結構複雑なのですね。日本人の対人意識をテーマにした鴻上尚史著『「空気」と「世間」』の書評の中で、“サトケン”さんはこのように書いておられます。「壊れた『世間』にかわって現在の日本人、とくに若い人たちを支配して猛威をふるっているのが『空気』だという指摘は、実に納得いくものである」「安定した状態ではその組織なり人間関係の中で『世間』が機能するが、不安定な状態では『空気』が支配しやすい。/『世間』が長期的、固定的なものであるのに対し、『空気』は瞬間的、その場限りの性格が強い」。なるほど。しがらみにがんじがらめになっているからではなく、逆に、人間関係が希薄だからこそ過剰に顔色をうかがうようになっているということですね。異論を挟むと相手が傷ついてしまったりするので言いたいことも言えなくなる・・・うーん、これはまずい。ものの言い方には気をつけなければいけませんが、言説を真摯に検討して批判的に評価することも、相手に対し敬意を払うことではないでしょうか。この書評コーナーが、自由と中身の濃さを併せ持つ「世間」形成の場になればなあ、と思ってしまうのです。

<2009.7.31 オンライン書店ビーケーワン販売部 辻和人>


 ネット空間において非難の応酬バトル、というより集中攻撃が展開される、いわゆる「ブログ炎上」については、すでによく論じられている現象であるが、リアル世界よりも匿名性が当たり前のネット空間では、より凝縮された形で発火炎上しやすい。
 これを避けるためには、ある種の「節度をもった振る舞い」がネット空間においても求められる。

 bk1やamazonを含めたオンライン書店に投稿された書評は有用なものも多い一方、ただ単に著者が嫌いだとか、扱っている対象が嫌いだとか、取り上げた内容が気にくわないとか、一方的に切り捨てる形のネガティブなコメントも多々見られる。
 往々にしてこの種のコメントは、内容をまったく読まずに思い込みだけで書かれていることが多い。
 正直言ってこういうコメントは読んでいても気持ちよくならないのは確かだ。
 
 私が書評で取り上げた鴻上尚史の『「空気」と「世間」』について敷衍すれば、ネット空間における「ブログ炎上」現象とは、ある一定の秩序が形成される前のカオス状態での、瞬間風速的な「空気」の醸成と爆発炎上、とでもいえようか。
 「世間」がいいとは決していわないが、「世間」は属する人をうっとおしく拘束する反面、暗黙の掟(ルール)を、タテマエとしてであれ、侵犯さえしなければ安楽に生きていける、という両面をもっている。
 「世間」とはまあ、いってみれば日本語を母語とする日本人というコドモが、オトナとして生きるための"偽装"、"擬態"ではあるが、ネット空間ではオトナの仮面(ペルソナ)をかぶる必要がないので、内なるコドモが一気に浮上して前面にでてしまうのだろう。
 自らの内なるコドモは、あくまでも自分のココロの中にしまって飼い慣らしておかねばならないのだが・・・もっともあまり抑圧しすぎると「逆噴射」してしまうので、適度な減圧も必要ではある。

 「世間」や「空気」は、日本語を母語として受け入れた人間が日本語で生きていく限り、逃れ得ない宿命に近いものだと考えなくてはならない。
 母語とは英語で言えば mother tongue (ドイツ語なら Muttersprache)、つまり人間がこの世に生まれてから初めて話かけられ認識されるコトバの体系のことをさして、新生児にもっとも近い存在である母親のコトバ、すなわち母語、という。実際は出生以前、母親の胎内にいるときから母親のコトバを聴いていると考えるのが正しいだろう。
 社会言語学者でモンゴル学者の田中克彦は『言語の思想』(NHKブックス、1965)の中で、「人間は、このような不合理な運命づけによって、具体的にどれかのことばを母語としないかぎり人間になることはできない」といっている。至言である。
 これは、コンピュータ用語でいえば、日本語を母語として受け入れた人間は、日本語をOS(オペレーティング・システム)として、その上で様々なアプリケーションソフトを走らせるしか他に生きる道はない、したがって日本語世界から絶対に逃れることはできないのだ。
 もしいやなら初期化して、別の言語のOSを再インストールするしかないのだ。しかしこれは人間についてあてはめると、生命維持装置を解除するということなので、もちろんお奨めできません(・・いったん脳から記憶を完全消去しても、OSそのものは消去されないようである。記憶喪失から戻った人間がいきなり全く知らない言語をしゃべり出すということは観察されていない。脳科学的にどういう現象なのか知りたいものだ)。

 ネット時代においても、リアル世界と同様、「世間」についてきちんと考える必要があるのではないか。それが日本語による言説空間である限り。
 「世間」とは、福岡ハカセ的にいえば「動的平衡」の一形態といってもいいのだろうか?

                
        


              

2009年7月30日木曜日

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)


日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」・・・日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?

 日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」、すなわち 「世間」「空気」 について、自らのアタマで考え抜いて、しかもわかりやすくていねいな説明を試みた本。しかも処方箋つきだ。

 著者は脚本家、演出家として、長い期間にわたって、さまざまな年齢層の日本人と接してきた。
 若い人たちが「空気」を読めないために感じている苦しみにも多く接してきた。そしてまた、息が詰まる、うっとおしい 「空気」 の中でどう生きていくかという、自分自身の悩みもあった。
 「空気」について考える中で出会ったのが、同じく日本人を無意識に支配している「世間」についてであった。

 本書において初めて、いままでまったく接点がないと思われていた阿部謹也山本七平が合体したのである。
 すなわち、ドイツ中世史を専門とする歴史学者であった阿部謹也の「世間」論と、評論家でかつ聖書学関連の出版社を経営していた山本七平の「空気」論である。
 これによって、しっかりとした現状分析が可能となり、また解決策と処方箋も視野に入ってきた。

 日本語を使い日本人社会に暮らす日本人は、誰もが避けて通ることのできない 「世間」 と 「空気」。これは海外にいても同じことだ。
 「世間」はその中にいるとうっとおしく思う反面、その暗黙のルールに従ってさえいれば自分を守ってくれる、という2つの側面をもっている。
 とくに経済的な安心感が精神面の安心感を約束していた時代には、「世間」は強固な存在であった。

 「しかしながら世間は壊れている、しかも中途半端な壊れ方だ」、これは著者の基本姿勢である。
 社会学者の宮台真司もフィールドワークをつうじて、すでに同様の指摘を行ってきたが、大都市だけでなく、地方都市でも「世間」はすでに壊れている。
 とくに2000年以降、「年功序列」と「終身雇用」という日本的経営の重要な要素が崩壊を始め、その結果、「世間」としての会社がもはや従業員とその家族を経済的に守ってくれる存在ではなくなっている。
 また2008年のリーマンショック以降の大不況は、さらに「世間」の崩壊スピードを加速させている。

 壊れた「世間」にかわって現在の日本人、とくに若い人たちを支配して猛威をふるっているのが「空気」だという指摘は、実に納得いくものである。
 安定した状態ではその組織なり人間関係の中で「世間」が機能するが、不安定な状態では「空気」が支配しやすい。 「世間」が長期的、固定的なものであるのに対し、「空気」は瞬間的、その場限りの性格が強い。
 著者は、「空気」とは「世間」が流動化したものだ、という仮説を示しているが、これは卓見であろう。
 
 では日本人は 「見えざる2つのチカラ」・・・日本人は 「世間」 と 「空気」 にどう対応して生きるべきか?
 ここから先の処方箋は、実際に本を手にとって直接目をとおしてほしい。
 
 安易な結論を求めがちな世の中だからこそ、著者の議論に最初のページからつきあってほしいのだ。
 平易な表現で語りかけている本だからこそ、自分自身の問題として自分で考えるための「手引き」になるはずだ。
 そして自分自身の処方箋を書いてほしい、と思う。


■bk1書評「日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」・・・日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?」(2009年7月27日に"サトケン"にて投稿掲載)
■amazon書評「日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」・・・日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?」(2009年7月28日に"左党犬"にて投稿掲載)






<書評に関する付記>

 文中、阿部謹也と呼び捨てにしているが、これは客観性を担保するための措置であり他意はない。
 実は、私は阿部ゼミナール出身なので、本当は「阿部先生」と書きたいのだが、あえて"禁欲的"に振る舞った。以下も敬称略で記す。
 「世間論」になんらかのコメントをすることは、ある意味で、私の義務だと考えていたので、少しほっとしている。ユダヤ研究の続きを書かないのは怠慢ではあるが、現在の関心対象からは大きく外れてしまっているので、そのかわりとして今は亡き阿部先生には受け取っていただけたらと思う。
 私自身は、中世ヨーロッパ研究そのものもさることながら、「"後期"阿部謹也」における「世間論」探求がもっとも重要な仕事であったと考えている。
 私も含む日本語を母語とする日本人にとっての、実存そのものにかかわる問題だからだ。ヨーロッパ研究はそのための作業前提、別の言い方をすれば深いレベルで日本研究するための"鏡"の役割を果たしたといえるだろう。

 鴻上尚史は、本書第4章の末尾で、阿部謹也と山本七平は生前には接点はなかっただろうと書いているが、実はこの二人には共通点がある。人生のすべてにわたっていたかは別にして、一神教であるキリスト教の神を実存レベルで知っていたことである。いいかえれば、現世とは異なる「向こう側の世界」を知っていたこと、これが彼らをして、ふつうの日本人には見えていない「世間」、「空気」を発見せしめたのである。
 阿部謹也は中学生の頃、家庭の事情でカトリックの修道院に預けられ、将来は司祭になること嘱望されていたこと、山本七平は洗礼を受けたキリスト教徒で、聖書学関連の山本書店の創業者で経営者、旧約聖書にかんする知識を駆使して『日本人とユダヤ人』という本をイザヤ・ベンダサンというペンネームで出版したことは現在では周知の事実である。

 鴻上尚史は、いわゆる原理主義的な福音派キリスト教徒が多数を占めるアメリカとについて言及しているが、アメリカとヨーロッパの違いは特記しておかねばならない。
 「神は死んだ」とニーチェが叫んでからすでに100年以上、日本並みにすでに世俗化が進行しているヨーロッパ(・・とくに西欧)とは違い、ヨーロッパでの迫害を逃れアメリカに渡った人たちの子孫である現在のアメリカ人は宗教的に覚醒しており、同じく宗教的に覚醒しているイスラームと同様の"熱さ"を発散している。一言で欧米というのは大きな間違いである。
 敗戦以降、アメリカの圧倒的な影響下にあった日本と日本人(・・キリスト教に限定すれば、明治以降アメリカのプロテスタンティズムの影響が強い)にとって、アメリカ的なものである宗教に言及するのは当然だといえる。しかし「世間」を一神教の神になぞらえるのが適当かどうかはわからない。

 鴻上尚史は、「空気」は「世間」が流動化したものだ、といっているが、これは卓見ではあるがあくまでも検証不可能な仮説である。そもそも「世間」自体が作業仮説であり、今に至るまで実証されたことはないし、教義体系も偶像もない「見えない存在」だ。エーテルのように遍在しているわけでもない。特定の人間集団内に形成されるある種の「共通感覚(コモン・センス)」のようなものであろうか。
 一方、山本七平が「空気」といったものは、初期キリスト教におけるギリシア語「プネウマ」の援用である。風や息といった意味だが、キリスト教では重要な概念である「聖霊」を表すコトバでもある。
 山本七平による、日本人の集団における「空気」の"発見"は、特筆すべき事項である。しかし、さすがに山本七平も現在ここまで「空気」が猛威を振るうとは想像はしなかったであろう。

 私の処方箋は、複数の人間関係(ネットワーク)をもち、それぞれ別個の存在として、互いに関係をもたせないことにある。若者ではないが、「スタンスをとる」ことはきわめて重要な処世術である。コミットしすぎないこと。
 発言している自分を観察するもうひとりの自分をつねに活性化させておくこと、「幽体分離」というよりも世阿弥的にいえば「離見の見」であろうか。工学的にいえば「自動制御装置」(built-in-stabilizer)の必要といってもいいかもしれない。
 キリスト教徒でもムスリムでもない仏教徒の私は、絶対他者(=至高存在、あるいは神)の存在は否定しないが、状況的に振る舞うことは決して倫理にもとることとは考えない。

(以上)


               
              

2009年7月29日水曜日

『新世紀 エヴァンゲリオン Neon Genesis Evangelion』を14年目にして、はじめて26話すべて通しで視聴した




 1995年にTV放送されてからなんと14年目にして、初めてかの有名なアニメ作品『エヴァンゲリオン』をみた。
 設定は2014年、主人公の碇(いかり)シンジは14歳の設定、意図したわけではないが、なにやら暗合めいた話ではないか。
 4日間かけて全26話を見終わった。総計13時間近くなる。どうせなら最初から28話にして14時間で設定すればよかったのでは?

 放送当時から、とくに主人公のひとりである綾波レイ(写真)のフィギュアがちまたにあふれていたが、アニメそのものはいまだ見たことがなかったし、1995年当時すでに30歳代の大人(?)がアニメについて話すのは、なんだかオタク扱いされかねないので避けていた、ということもあるような気もする。

 それまでのロボットアニメの常識を覆した難解な作品であること、はそのとおりである。その意味では大人でも十分に楽しめる。すでに古典か?

 このアニメが制作・放送された1995年は、私の認識においては、それは「終わりの始まり」の年であった。
 阪神大震災にオウム・サリン事件、キリスト教的伝統のない日本であるにもかかわらず、「終末論」的幻想が世の中にエーテルのようにみちみちていた。
 1995年こそエヴァンゲリオン的にいえば、「セカンド・インパクト」の年だったように思える。

 「終わりなき日常」をむりやり終わらせるチカラとしての「終末論」、オウムの場合は「予言の自己成就」的性格が強かったのだが・・・時代の雰囲気としてはそういうものであった。
 2009年のいまは、ただひたすら生命力の衰退している日本ではあるが・・・もはや暴力的な形での終末ではなく、「終わることにない衰退」か? 宮台真司流にいえば「底が抜けてしまっている」状態だから。

 1995年の制作・放送なので、携帯電話ではなく緑の公衆電話(!)にテレホンカード、i-Podもなく、カードリーダーも非接触型というよりもかなり旧式・・・となんだか笑ってしまう。
 制作時点での考え得る限りの最新テクノロジーも、実際の開発スピードとシンクロすることは絶対にないようで、これはまあご愛嬌か。

 この作品については放送開始以来、世界中で(!)膨大なコメンタリーが作成されているようだが、こういった批評はいっさい参照せず、虚心坦懐に予備知識一切なしで見てみることとする。
 したがって、以下に書いたことはすべて私の感想であり、別に論争に参加するつもりもないし、すでに言い尽くされていることでもあろう。


 今回初めて通しで見た『新世紀 エヴァンゲリオン』は、米国版DVD Platinum Complete Set で、サブ音声の日本語+英語字幕で見た。
 第21話から第24話までは、Director's Cut バージョンが別に用意されている。今回はこちらを見ることにした。どうせ見るなら、監督の意志に近いバージョンに近い方がいいだろう。

 日本語音声で英語字幕という形の視聴をしていて気になるのは、日本語で「使徒」が、英語では大文字の「Angel」になっていること。Angelのもともとの意味は「使者」だから、正確に把握した翻訳だといえようか。
 ヒト(人)とシト(使徒)は、日本語のセリフを耳で聞いてりう限り、なんだかダジャレのようなかんじもするが、あえてそういう設定にしたようにも思える。
 もちろん Evangelion とは、福音を意味する Evangel (Gospel, Good News)からつくった造語だろうが、
一方、Adam に対する Eva の含みもあろう。このロボットそのものが何度も暗示さえているように、なにもかも飲み込もうとする母胎の暗示か、自他融合して一体になろうという意志か?
 
 英語版音声や、英語字幕はアメリカ人がつけているが、英語で考えるとこの作品の意味もわかってくる。
 日本語のわからない英語人の把握は、もしかすると若干違うのかもしれない。
 Genesis だから、「新世紀」というより「新・創世記」なのだろう・・・
 「人類補完計画」は Human Instrumentality Project ・・・Complementality ではなく Instrumentality ・・

 オープニング映像にあるユダヤ神秘主義カッバラーの生命の樹、そしてユダヤ=キリスト教的世界観に違和感なく(?)どっぷりと漬かっていながらそれと気づかない現代日本人、これはオウム真理教も同様であった。

 主人公のひとりアスカ・ラングレー惣流がいつもいらだっているが、主人公の少年シンジがやたら口にする「仕方がない」というセリフが多く、英語では It can be helpted. There is no choice. となっていること。これはいかにも日本人的な発想ではないか?
 しかし、主人公の碇シンジの優柔不断さは、よくいえば誠実さといいかえることもできるだろう。いや内向的というべきか。
 14歳くらいの男の子はこんなものだ。女の子にくらべて精神年齢ははるかに低く、実は優柔不断な存在である。自分がそうだっただけに(いまもそうか?)、少なからず共感はある。割り切れない性格。自分を自分として受け止めることができない。
 しかし14歳の思考の限界を超えてしまっている、いや無意識の領域に入り込みすぎてしまっている、というべきか?

 英語のセリフをみていると "I" が自明の存在であることを前提にしているので精神病者のセリフのような奇妙な響きをもつが、日本人の発言としては、そもそも「自分」は自明の存在ではないのではないか?

 そもそも「使徒」とは何なのか?
 なぜこうまで波状攻撃をかけてくるのか?
 そしてなぜ14歳の子供なのか?

 全26話のうち前半の13話までは、ロボットアニメのカテゴリーの作品として、ある意味安心してみていることができたが、折り返しの14話以降、急速にストーリーが複雑化する。またここで14か・・14からすべてが本当に始まるという暗示なのか・・
 ある程度意味は解読可能だが、子供がみても知的に解読することは不可能だろうし、もし自分が14歳のとき見たらトートロジーの悪夢にうなされそうな感じがする。感覚的には理解できるだろうから。

 目的と存在意義が不明瞭なままに状態での自己選択、自己意識のゆらぎ、存在意義のゆらぎ、死への誘惑、潜在意識レベルの浮遊、意識の変容、自他意識境界の消滅・・・
 そもそも内面について語るのは、平安時代の日記文学以来の国文学の伝統だし、別にユングなどに言及しなくても、日本人にとっては奇妙でもなんでもない。
 そして内面において自他意識の融合、自他の消滅が起こるのも不思議ではない。
 自己啓発セミナー?

 居場所を求めて苦しむ現代の14歳の物語、といっていいのだろうか? そして成長の物語?
登場人物の大半が何らかの形でトラウマを負った存在。
 複数の現実、自分がみたいと思っている現実、他人が見ている現実・・・・・
 そもそも自分はどうして自分なのか・・・

 そもそもこの物語自体が現実だったのか、別次元の現実だったのか?

<追記>
 南極で「セカンド・インパクト」が発生し人類の半分が失われたのが2000年、物語は2014年に設定されている。やはり14年だ。この14という数字は何なのか?
 14という数字をめぐるシンクロ(ニシティ)?? (2009年7月31日)

 監督の庵野秀明は1960年生まれ、私よりは年上ですが、まあ同世代といってよい。なるほど、彼の作品世界との親和感を感じるのも不思議ではないわけだ。
 さすがに26話続けてみたので「エヴァンゲリオンのオープニング主題歌:残酷な天使のテーゼ」(YouTube動画、音声でるので注意!)がアタマにこびりついて離れない kensatoken です。(2009年8月1日)


 

              

2009年7月28日火曜日

「マレーシア・ハラール・マーケット投資セミナー」(JETRO主催、農水省後援)に参加




 本日午後、ジェトロ主催のセミナー 「マレーシア・ハラールマーケット投資セミナー」に参加してきた。会場は六本木のANA・IHGホテル。
 現在、マレーシア政府は、マレーシアを世界のハラール産業のハブとする戦略を打ち出しており、世界のムスリム18億人をターゲットにしたイスラーム市場へのゲートウェイとする国家戦略を遂行している、という。
 マレーシアのこの政策と、日本の農水省が意図する日本の食品産業の海外売上比率を向上させる政策がシンクロして今回のセミナー開催となったようだ。
 マレーシアでハラール認定を取得して、日本の食品メーカーは、東南アジアと中近東を中心としたイスラーム圏の市場を攻略せよ、という大方針である。

 本日のプログラムは以下のとおり。
13:30~13:35 主催者挨拶
13:35~14:15 「マレーシアにおける食品産業のビジネス機会」 :マレーシア工業開発庁(MIDA)東京事務所 所長 ラジェンダラン 氏
14:15~14:30 休憩
14:30~14:40 ビデオ「世界は今 ‐JETRO Global Eye」「マレーシア 世界のハラル・ハブ」上映
14:40~15:40 「マレーシア・ハラールハブ ‐世界のハラル市場へのゲートウェイ」 :ハラール産業開発公社(HDC) 最高経営責任者(CEO)ダトスリ・ジャミル・ビディン 氏
15:40~16:00 質疑応答
 
 まず、ハラール(Halal)とは何かについて見ておかないといけない。
 セミナーで講演した、マレーシア・ハラール産業開発公社(HDC:Halal Industry Development Corporation) の最高経営責任者(CEO)ダトスリ・ジャミル・ビディン氏は、こう説明していた。
 アラビア語の "Halalan Tayyiba" であるとは、Halal(=permissible、Shariah compliant)Tayyiba(=Good)、すなわちシャリーア(イスラーム法)に適法でかつ善であること、だと。これを満たす食品がハラール・フードということになる。
 これだけだと簡潔すぎるので、『岩波イスラーム辞典』(岩波書店、2002)の説明を引用してみよう。
「イスラーム法的に合法な食品。とくに肉および肉製品についていう。イスラーム法では天然の食物は原則としてハラール(合法)であるが、豚肉、死肉、偶像に捧げられた動物の肉、血などが禁じられている。牛、羊、鶏等についてはアッラーの名において屠り、血抜きをすることがイスラーム法で決められている。・・(中略)・・現代では非イスラーム圏からの食料品輸入の増加によって、しばしば輸入品についての疑義が呈される事態となっている。2000年12月には、インドネシア味の素の製品が製造過程で触媒に豚製品を使ったとして大きな問題になった。・・(後略)・・」(小杉泰)

 私が大学時代から使っていた『平凡社イスラム事典』(1982年初版)には、「ハラール」という項目はない。
 おそらく『岩波イスラーム辞典』の記述にもあるように、2000年のインドネシア味の素事件のインパクトは日本企業にとってはきわめて大きなものだったのだ、と考えられる。ちなみに余談だが、インドネシアでは味の素のことを Masako という。
 平凡社版(初版)と岩波版(初版)のあいだの20年で、イスラームは、アラブの石油やイラン革命といった大きな出来事から、食品という日常的な場面にまで細かく目が届くようになったということだろうか。

 ハラール・フードとは、したがってイスラーム法に則った合法的な(=シャリーア・コンプライアンスな)食べ物のことで、わかりやすい例でいえば、とくにいかなる形であれ豚肉を使用していないこと、またアルコールを使用していないことが求められる。肉類の屠殺方法だけでなく、調味料その他すべてにおいて、これらの材料が成分として使用されてはならない。
 沖縄料理にラフテーというものがある。いわゆる豚の角煮、中国料理のトンポーロー(東坡肉)のことだが、これはまさにノン・ハラール料理の最たるものだろう。イスラーム法で禁止された豚肉を泡盛(沖縄焼酎)というアルコールで煮込んだ料理だから。
 私が大好きな豚角煮を食べられないというのであれば、この点にかんしてだけいえば、ムスリムになりたいとはあまり思わないなー。

 とはいっても、日本にいると気づきにくいが、ハラール・マーケットはいま確実に成長している市場であることは特筆しておく必要がある。
 ムスリム人口は世界で20億人強ハラール・フードの市場は、全世界で US$5,823.2B(5,823.2億米ドル≒55兆円)と推計されている。しかもこの市場は年々拡張している。
 巨大な市場である。これを無視するのがいかに馬鹿げているか、日本の食品産業はよく認識しなくてはいけない、というわけだ。

 これはイスラーム国ではない東南アジアの仏教国タイでも同様で、私が毎朝食べていた CP-Meiji(タイ最大の食品企業CP社と明治乳業の合弁企業)のヨーグルトはハラール認定マークがついていた。国内に約4%のムスリム人口をかかえるだけでなく、間違いなくイスラーム圏への輸出を前提に製造販売されているからである。

 もちろん食に関する禁止事項に関してはユダヤ教徒も同様で、よく知られているように、厳格に教えを守る人たちはエビやカニなどの甲殻類は禁止、豚肉は禁止、その他の肉類もコッシャー・ミート(Kosher Meat)といってイスラーム同様に決められた屠殺方法により血抜きすること、肉類と乳製品は一緒に摂ってはならないなど、ことこまかに決まっている。コッシャーとはヘブライ語で適切な、という意味。イスラームでいうハラールに意味は近い。旧約聖書のレヴィ記第11章が根拠である、とのこと。
 私はニューヨーク州の大学院に通っていたが、私が住んでいた地域にあるスーパーマーケットにはコッシャー・コーナーがかならず設けてあった。ニューヨーク州のユダヤ系市民はイスラエルのユダヤ人よりも数が多い。もちろんパンもコッシャーである。
 ちなみに日本のスシはハラール認定されておりムスリムは安心して食べることができる。ニューヨークでもユダヤ教厳格派向けのスシ・バー(sushi bar)もあるらしい。スシが全世界に普及している理由の一端はここにあるのかもしれない。

 ハラール産業でマレーシアが優位にたっているのは、ハラール認証制度ににおいて、他のイスラーム諸国が民間団体が認証を実施しているのに対し、マレーシアは政府が認証制度を運営しており、認証費用は約1,000ドルと比較的廉価(・・ただし職員の旅費交通費等は実費)であり、中近東諸国でも信頼性が高く、実質的なデファクト・スタンダードになりつつある、ということにあるようだ。
 ハラール認証制度は、食品産業のHACCP(ハサップ)のような認証制度、もう少し広く捉えればISO(国際標準化機構)のような認証制度に近いといってもいいだろう。
 認証は工場単位であって企業単位ではない。原材料についてだけでなく、生産ライン、仕入れ先、外注先のを含めたサプライチェーンについて審査が行われ、合格すると認証される仕組みである。
 ハラール認証の仕組みにのっとって食品加工を行っていれば、ある意味トレーサビリティが確保されるわけで、食品の安全性の確保にも寄与するところが大きいと考えられる。

 実際、インドネシアでは問題に巻き込まれたものの、味の素は以前からハラール認定は取得しており、東南アジアで生産販売活動を行っている食品企業ではすでに常識といっていいだろう。
 

 会場でも上映されたJETRO制作の番組ビデオ「マレーシア 世界のハラル・ハブ」は、下記サイトで閲覧可能であるので紹介しておく。

 マレーシアは、ハラール・フードの認証制度だけでなく、ハラール専用の工業団地もすでに開発しているし、ハラール認定のためのトレーニング・セミナーも世界各国で実施している。日本でも今年度中に実施されるらしい。

 マレーシアは、ハラール・フードの認証制度で、国際的に覇権をとろうという明確な国家戦略を追求している、と私には映る。
 また、イスラーム金融においても、国際的なイニシアティブを握るべく国家戦略として積極的に取り組んでいることもあり、小国マレーシアがイスラーム圏のなかで存在感を示すための姿勢には大いに注目する必要があるだろう。

 国際規格は、欧州と米国とのあいだでのせめぎ合いとだけ理解していては片手落ちのようだ。
 イスラーム圏という巨大市場は日本人の盲点となっていないか!?

 それにしても国際規格の主導権を握れない日本に未来はあるのだろうか・・・
 やはり「日本沈没」ということか?


<付記>

「マレーシア・ハラル制度の実務」(財団法人 食品産業海外事業活動支援センター、2010年3月)という実務解説文書が無料で入手できる。具体的な記述が図解入りで説明されており、役に立つので紹介しておく(2010年4月28日記す)。

http://www.shokusan-sien.jp/sys/upload/166pdf23.pdf



       




          

2009年7月27日月曜日

雨上がりの東京 夕焼け空に 虹の立つ




 もう雨はやんだかなと思ってふと窓越しに外をみると、おお、なんと虹が立っているではないか!!

 すぐにデジカメもってベランダへ。
 デジカメで撮った写真よりも実物のほうがはるかに素晴らしかったが、なんたる幸運!
 しかも二層に虹がでている。内側のアーチの外側にも薄くもう一つのアーチが。
 撮影は、2009年7月27日、18:16:34 である。

 これほど見事な虹を見たのは、数年前の秋のオーストリア以来だ。

   雨上がりの東京 夕焼け空に 虹の立つ (里犬)

 五七五の定型に単語を並べると俳句らしくなる。
 季語がないので俳句ではないが・・・

 なんかいいことあるのかなー

            
     

国民健康保険と健康増進法による健康診査


             
 本日、健康増進法による「健康診査」のため近くの医院にいってきた。
 会社をやめて「国民健康保険」に切り替えるのは二回目だが、前回はまだかろうして30歳代、現在居住している自治体での健康診査(健康診断)の受診資格はなかったように思うが、今回はすでに「後期アラフォー」(?)入り、高い健康保険料払っているのだから、当然の権利として受診することとした。

 内容は通常の成人病検診と同じである。希望すれば大腸がん検査と胃がん検査も加えることができる。後者はいわゆるバリウム飲む検査、バリウムは正直いってキライだが、胃がんになっていては元も子もないので検査を受けることとした。
 このほか、胸部レントゲン撮影、眼球撮影、血液検査、尿検査、血圧測定、問診で終わり。
 結果は一週間後に来るように、ということだ。検査サンプルの分析は、専門会社に外注しているのだろう。専門会社だと「規模の経済」が働くから。

 いままでは検診を専門に受け付けている比較的規模の大きな医療機関で受診してきたが、今回のような小規模の医院での受診ははじめてだ。
 実際、地域医療機関での検診の受診者は60歳以上の高齢者が大半のようだ。60歳以下で受診するのは「国民健康保険」の被保険者だけ、つまりサラリーマン以外だけだろう。
 地域医療機関での健康診査は、外来診療が始まる9:30の前にすべてが終了。
 7:45からの胃の検査を担当していた検査技師は実は院長先生が兼任で、これはあとからわかった。看護婦は8時半から出勤。
 Toshiba 製の高額な検査機械を導入している小規模独立開業医の経営というのを久々にかいまみた。
 
 「経営の神様」といわれた松下幸之助ではないが、まさに「日々新たなり」の心境、毎日が発見の日々である。

 「国民健康保険」ですべてがカバーされるので、一年に一回くらいは検診受けないとね。国民健康保険でも医療費の本人負担比率は3割で会社員とまったくかわりない。サラリーマンって本当に有利なのだろうか、という疑問も少し感じる今日のこの頃です。




                             

2009年7月26日日曜日

「福祉の仕事 就職フォーラム」(東京国際フォーラム)にいってみた




 本日、東京国際フォーラム(有楽町)で開催されている「福祉の仕事 就職フォーラム」にいってみた。先週、都営地下鉄のつり革広告で知った。
 主催は、東京都と社会福祉法人東京都社会福祉協議会(東京都福祉人材センター)で、後援は厚生労働省、社会福祉法人全国社会福祉協議会。
 福祉の職場への就職をサポートするイベントで、昨年2008年度は1,000名以上が参加した、とのことだが、TVニュースによれば今年の参加者はは昨年の1.5倍以上だとのことだ。
 不況の現在、福祉分野は数少ない成長分野だからなあ。
 本日(7月26日)の12:30~16:30のみの開催である。

 対象が福祉の仕事に関心のある方、学生、転職者とあるので、真夏日の炎天下のもと、東京国際フォーラムまでいってみたが、実際いってみると参加者の大半は、今年あるいは来年の就職を控えたリクルートスーツ姿の学生であった。
 なかには明らかに転職目的の中年層や、どうみても介護予備軍の老人などであった。入場無料なので見学にきたのだろうか。

 内容は、求人事業所ブースでの説明・面接が中心なのだが、私自身は福祉業界についてはほとんど素人だし、福祉の現場で働くには歳食いすぎだし、しかも体力も全盛期にくらべると衰えているので、さすがにそれはオミットし、会場を見て回ることに徹した。
 参加施設は、東京都内の高齢者施設や障害者施設、それに児童施設など68施設ほどである。
 ひとくちに福祉といっても、実に広い世界なのだ、と実感させられる。

 無料セミナーもあり、東京都福祉人材センターによる 『優しい接し方セミナー』 という1時間のセミナーに参加してみた。
 福祉業界への転職者や新卒者を対象にしたももので、福祉の現場での接し方、就職面接での接し方についての実践的な内容である。
 いちばん重要なポイントは傾聴、すなわち相手の話に耳を傾けて聴くことだ。
 コーチング理論でいう Active Listening と基本的に同じことをいっているのだと思う。
 傾聴することによって相手を受け入れるだけでなく、自分の感情にも気づき、結果として相手に有効にはたらきかけることができることになる。
 傾聴の意味を実感するための二人一組のワークもあり、無料だが有効なセミナーであった。

 参考のためにメモとして、傾聴するに際しての注意事項をまとめておく。

1. 座る位置は、L字型、つまり斜め90度がよい
2. 目線は、相手のトライアグルゾーン(両目とのど元でできる三角形)を見る。のど元を見るつもりであれば、凝視せず目を合わせることができる
3. 声のトーンは、高からず低からず。目線をあげるようにすればちょうどいいトーンの声がでる
4. 話すスピード大きさは、相手に合わせて臨機応変に
5. 傾聴の技法は、①アイコンタクト、うなづき、あいづち ②繰り返し ③共感(感情の反射) ④相手の話に質問する


 とくに福祉の世界では、相手と優しく接することは絶対不可欠だと、あらためて確認した午後であった。
 もちろん、これはどの世界にいても重要なことだ。

 「上から目線」で教え諭すのではなく、同じ目線で接することによって、自分も気づき、相手にも気づきの機会を作り出す、これが重要なのだ。
 教育の世界でも、education よりも learning が重視される傾向になって久しい。後者は「気づき」をベースにした「学び」である。

 今後も、むかし日めくりカレンダーにのっていた名言「われ以外みな師なり」(吉川英治)の心構えで人生には臨みたい。

   


                

2009年7月25日土曜日

書評 『男一代菩薩道-インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺-』(小林三旅、アスペクト、2008)




こんなすごい日本人がこの地球上にいるのだ!

 インド在住40年、新仏教の創始者アンベードカル博士の衣鉢を”勝手に”継いだ日本人僧侶・佐々木秀嶺の波乱万丈の人生。

 被差別民のヒンドゥー教から仏教への改宗と教育を先導、自らもインドに帰化し、日本人であるにもかかわらずインド宗教界を代表する人物(!)として、政府関係者にも知己の多い、まさに巨大なスケールの日本人が佐々木師その人である。

 その生きざまは、佐々木師が自らが語るように、カルマ(=業)を断ち切るのが動機だったとはいえ、まことにもってすさまじい。
 まさに大乗仏教でいうところの捨身行の実践の毎日、ブッダの道を求道する生けるカリスマは、本書のタイトルに見事に言い尽くされている。

 「男一代菩薩道」は、この巨大で、得体のしれない人物に驚嘆し、その生きざまに圧倒され、魅了され、追いかけ続けた若き映像プロデューサー自身の人間的成長の記録でもある。

 そばにいるだけで人を巻き込み、感化するチカラ・・・こういう人物に出会った著者は幸せだったのか、そうでなかったのかは、私の預かり知るところではない。
 しかし、こんなすごい日本人がこの地球上にいるのだ、という事実を伝えたいという気持ちが本書を書かせたことは間違いない。
 
 取材対象となった佐々木師に劣らず熱い思いをもつ著者のメッセージを正面から受け止めてほしい。



<初出情報>

■bk1書評「こんなすごい日本人がこの地球上にいるのだ!」(2009年7月23日掲載)




目 次
 
第1章 取材には一人で来なさい
第2章 インド到着、デリーからナグプールへ
第3章 インド仏教徒の都、ナグプール
第4章 インド国籍取得、大菩提寺奪還闘争
第5章 龍樹菩薩の地、マンセル遺跡へ
第6章 永遠の求道者、佐々井秀嶺
第7章 ナグプールに生きる仏教徒たち
第8章 仏教徒の祭り「大改宗式」始まる
第9章 帰国、そして番組放映
第10章 再び、ナグプールへ


著者プロフィール

小林三旅(こばやし・みたび)

テレビ番組ディレクター。1972年生まれ。東京都文京区出身。明治大学文学部文学科演劇専攻を卒業後、テレビ番組制作会社に入社(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)





   
                              

2009年7月24日金曜日

「初心者のためのロングステイ講座」に参加してみた


            
 本日、「初心者のためのロングステイ講座」に参加してみた。主催は「ロングステイサロン銀座」、南海国際旅行とオハナインターナショナルという民間旅行会社によるものである。

 ロングステイといえば、普通は海外で悠々自適の生活を送るリタイア後の高年齢層の人たちのことを指しているので、本日セミナーにいていた数人の人たちも明らかに60歳前後という感じだった。

 ロングステイとは、「ロングステイ財団」の定義によれば以下のようになる。

① 比較的長期にわたる滞在で通常2週間以上、移住や永住といった形ではなく、日本への帰国を前提とする
② 海外に「居住施設」を保有、または賃貸する
③ 余暇を目的とする
④ 旅行よりも「生活」を目指す
生活の源泉は日本にあり、現地では労働収入を得ない

 東南アジア、とくにタイで「ロングステイ」している人たちは、駐在員やその家族、現地で就労ビザをとって働いている者、語学留学生などをのぞけば、大半はいわゆる「外こもり」の若者か、年金の範囲内だけで食いつなごうという老人男性に二極分解している。

 ロングステイ財団や民間の旅行会社は、先に見た定義でもわかるように、物価安を利用するだけの長期滞在者は「ロングステイ」とは見なしたくないようだ。
 マスコミでの取り上げ方とはだいぶズレがある。

 たしかに物価が安いということに関しては、東南アジアの物価が安いのは事実だ。
 本日のセミナーでも、卵12ヶの小売価格での比較を示していたが、日本の東京を100とすれば、ロングステイ先として人気のマレーシアもタイも、東京の3~5割である。

 国際派ビジネスマンなら常識のハズである The Economist の Big Mac Index で検証してみよう。全世界に展開している米国のファストフード会社マクドナルドの商品ビッグマックを米ドルベースで国際比較した消費物価指数(インデックス)である。
 7月13日現在の為替レートを使った最新データによれば、米国で税抜きUS$3.57のビッグマックは、日本ではUS$3.47(=320円)と若干だが安い。オーストラリアではUS$3.37、ニュージーランドではUS3.08と続き、マレーシアはUS1.88タイはUS1.89と、日本価格の約5割強となる。つまり日本の半額(!)だ。
 やはり東南アジアの物価は安い。
 物価が安いのは正直いって魅力である。

 しかしロングステイの選択基準では物価安よりも治安の良さが上位にくる。これも当然だ。
 ロングステイ調査統計では、ロングステイ希望国では2006年と2007年の二年連続でマレーシアが一番になっている。治安がよくて、物価も安く、英語も通じるのが魅力らしい。
 今回のセミナーを主催した旅行会社もマレーシアをイチオシしていた。
 この点、英語が通じるのはホテルかサービスアパートなど一部だけというタイは劣ってしまうのだろうか・・・
 なんせタクシー運転手もほぼ100%英語通じないし、よっぽどタイが好きでないとロングステイ先にタイを選ばないのかもしれないな。しかも昨年11月の空港閉鎖は致命的だったし、信頼回復はいつになることやら・・・


 セミナー会場は東銀座、ひさびさの訪問である。前の前の会社では、仕事でよく東銀座にある広告代理店にかよっていたものなので懐かしい。

 きょうも歌舞伎座の前はものすごい人だかりだ(写真参照)。
 歌舞伎座も立て直しで、近い将来、風情も何もない複合ビルに変わってしまうらしい。なんだか寂しいね。

 雨上がりの銀座を歩くのは実に気持ちがいい。
 「銀座はいいねー」という気持ちは歳を取るにつれて、さらに実感をもって口にしたくなる。
 木村屋総本店の銀座本店に立ち寄って小倉あんぱんを買った。もちろん粒あん(!)である。これは美味いのだ。
 だいぶ前になるが台湾人の友達を銀座に案内したとき、彼女は「銀座はすばらしい」と褒めちぎっていた。
 アジアの中では間違いなく一番だと思う。大人の街なのだ。

 そんなこと考えると、海外にいったきりというのは考え物だなーとも思う。
 定義通りの「ロングステイ」で、ときどき東京に戻ってくるのがライフスタイルとしては最高かもしれない。




                                     

2009年7月23日木曜日

書評 『アジア新聞屋台村』(高野秀行、集英社文庫、2009)




日本在住アジア人たちの、きわめて個性にみちた、しなやかで、したたかな生き方

 アジア・新聞・屋台・村、ってなんのこと?
 本書を手にとった人が一瞬でもそんなこと感じたら、これはもうタイトルの勝利といえよう。

 アジア人という、きわめて個性の強い人たちが、この日本という国で、しかもなんと日本語を共通語として(!)、それぞれのマイペースで働きながら、しかしそれぞれの国出身者向けの新聞発行にたずさわり、デッドラインだけは必ずまもって仕事を仕上げるさまが、いきいきとした筆致で、しかも愛情込めて描かれる。

 東南アジアではショピングモールですらそうなのだが、すべてが個人商店の寄せ集めだ。
 たとえば、どこにでもあるフードコート、これももともとは飲食の屋台村だったものを、建物に中に入れたものだ。
 物販店でも事情は変わらない。タイ・バンコクの MBK (マー・ブンクロン)などは、その最たるものである。いわば屋台村を寄せ集めて、ひとつのビルのなかに押し込めた、ごった煮のような風情できわめて活気にみちみちている。
 個々の商店がそれぞれ客をめぐって激しくしのぎを削っている。

 本書は多くの人たちが評しているように「青春物語」である。仕事でもまれながらの、人間としての成長。
 しかし、文庫版の解説者である元バックパッカーの角田光代もいうように、そういう読み方だけではもったいない。

 私もタイを中心に東南アジアで仕事していたが、東南アジア共通の特性もあるし、もちろんタイ人だけとってみても個人差も実に大きなものがある。
 この本を読んで、登場人物である台湾人、韓国人、タイ人、インドネシア人、ミャンマー人の代表選手とみなして、それぞれの国民性をわかったつもりになるのは危険なのだ。
 結局は個人個人であり、なによりも個人と家族、そして友達を大事にするのが一般のアジア人だ。一社専属のサラリーマン人生ほど、彼らの生き方から程遠いものはない。しかも仕事を掛け持ちしていれば、そう簡単に食いはぐれることはない。
 日本人が再びアジア人としてやっていくためには、彼らのきわめて個性にみちた、しかもしなやかで、かつしたたかな生き方に学ぶことはすごく大きい。

 いまや日本も先行き不透明な状況であり、若い人たちが就職ができないのも、中高年が再就職できないのも、時代状況のせいにするだけでは決して道は開けない。
 こんな世の中で生きていくには、こういうアジア流の生き方もある、ということだけでも頭の片隅においておいたほうがいいのではないか。

 アジア好きの若い世代の人たちはもちろん、若い世代の子供をもつ親世代にもにもぜひ一読をすすめたい。


■bk1書評「日本在住アジア人たちの、きわめて個性にみちた、しなやかで、したたかな生き方」(2009年7月18日掲載)

            


              

2009年7月22日水曜日

人間の運・不運について-「皆既日食」とはほど遠いが「部分日食」はみた




 本日2009年7月22日は、46年ぶりに日本で皆既日食がみられるということで、日本ではこのニュース一色になっていた。
 先行き不透明な景気の動向や、政権交代なんかについて思い悩む(?)より、はるかに健全だといっていいだろう。
 とはいえ、経済学では「太陽黒点説」というのもあるので、古代人が恐れたように、皆既日食は世界経済になんらかの影響を及ぼすのだろうか?

 まあそれはさておき、かくいう私も好奇心旺盛で根がミーハーなので、「にわか天体観測者」となるはずであったが、関東地方ではいかんせん皆既日食どころか部分日食ですら雨空の曇天のためあきらめていた。
 しかし雲が切れた瞬間、外にでて捉えた(?)のが掲載したデジカメ写真である。
 サングラスかけていたら眼にはまったく問題ないほどの曇り空で、太陽は肉眼ではハッキリ見えなかったが、デジカメは捉えていたのだった。
 雲の流れがものすごく速く見えたり隠れたりでチラッとしか見えなかったが、撮影は2009年7月22日11:37AM24秒、東京での食の最盛期である11時12分58秒からはすでに25分後のことだ。
 画像から見る限り、下弦の月のような様相だ。

 皆既日食ということで期待されたトカラ列島の悪石島では土砂降り、上海でも土砂降り・・・ということで、勢い込んでわざわざ見に行っても不運なことに見れなかった人たちも多数いるらしい。
 一方、私のようにほんのちょこっとだが部分日食を見た人もいる。
 自己責任による渡航とはいえ、人間には運・不運がつきものなのだ、と痛感される。

 月食は、昨年11月にタイでみた。
 バンコクのスワンナプーム空港が閉鎖されていたために、バンコクに戻らねばならない私は、シンガポール経由でプーケットからタイに入国、クルマをチャーターして陸路をバンコクまで飛ばしたのだが、バンコクに入る頃、すでに日没後であったが、今日はなんか変な月だなあと思って見ていたら、翌日になってから月食であったことを知ったのだった。
 14年前にはタイで皆既日食が見れたらしいが、見れる見れないはまさに運次第なのだ。

 皆既日食を日本で次に見れるのは26年後だという。その頃に日本にいるかどうか知らないが見てみたいとは思う。あるいはもっと早くどこかの国で見れるのかもしれない、とも期待する。
 といっても、自然現象に左右される以上、すべては運次第である。 
 「運も実力のうち」とはよくいわれるが、皆既日食みることに運は使い果たしたくないなあ。一人の人間に与えられた運には限りがあるから。

 人生においてもっと重要なことに運を使いたい。しょせん「にわか天体観測者」なのだから。

              

                  

2009年7月21日火曜日

書評  『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(西原理恵子著・装画・挿画、理論社、2008)




■カネについて考えることはすごく大事なことだ!■

 カネについて考えることはすごく大事なことだ、と私はつねづね思っている。

 しかしそういうことを口に出すと、すべてをカネ、カネで考えるイヤなヤツだという誤解を与えてしまうこともあって残念だ。
 そんな誤解に苦しむ人にも、カネの大事さを身にしみて知り尽くしている漫画家サイバラのこの本を読むことをすすめたい。また読んでからぜひいろんな人にも推薦してほしい。
 カネになる漫画を書くことで、貧乏の「負のループ」から抜け出すことに成功したサイバラは、私なんかよりもはるかにうまく、具体的に説明してくれるはずだから。

 本田健の「小金持ち」とは趣が大きく異なる語り口だが、いわんとすることは同じである。
 カネを稼ぐということは、男女を問わず、人間として自立することだ。
 カネに使われないようカネを使うこと、つまりキチンとした金銭感覚をもつことは、人生そのものなのだ、と。

 サイバラはこの本の最後のほうで、マイクロクレジットによって貧困層の自立を支援している、バングラデシュのグラミン銀行の話を書いている。サイバラがねーというかんじもしたが、いやいやよくぞ触れてくれた、と思いたい。
 ところで、在日バングラデシュ人の起業家ユヌス・ラハマンも 『おカネを取るヒト 取られるヒト』(H&I、2005)という本で、カネの重要性と人間の生き方について書いている。
 これらすべてに共通するのは、人間としての「自立」そして「自律」である。

 「ロスジェネの叫び」が最近かまびすしいが、人間として生きる以上、「食わせろ」と声を大にする前に、道を開いて自分で食っていかねばならないのではないか?
 世界の最貧国出身のバングラデシュ人にできて、なんで日本人にできないというのだ!

 サイバラの漫画は絵がキタナイし、フキダシに手書きで文字がギッシリ書き込まれているから読みにくくてキライだ、という人には、「この本は漫画じゃなくて、活字がキチンと整列した単行本ですよー」と伝えておこう。

 とくに若い人たちに薦めたい本だ。若い人たちからこれ以上泣き言は聞きたくないから。


■bk1書評「カネについて考えることすごく大事なことだ!」(2009年7月21日掲載)

   


 

2009年7月20日月曜日

『手取り1655円が1850万円になった営業マンが明かす月収1万倍仕事術』刊行記念講演会(紀伊国屋ホール新宿)に参加




 『手取り1655円が1850万円になった営業マンが明かす月収1万倍仕事術』刊行記念講演会 紀伊国屋ホール(新宿)という講演会に参加してきた。
 連休三日目の最終日、午後7時開場というのに、現役の営業担当者を中心に400名近い参加者があった。
 ダイヤモンド社からのメールに講演会の案内があったので、さっそく紀伊国屋ホールに電話してチケットを予約したのは先週後半のことである。
 入場料1,000円でかなり実のある話を聞くことができたので、十二分に元が取れたと思う。

 本日は講演会というよりも、セッションといったほうが適切な表現であったといえる。
 著者の大坪勇二氏による約20分間のスピーチに続いて、ビジネス本書評家で起業家の土井英司氏による鋭く深い突っ込みの対話セッションが約60分、たいへん中身の濃い、充実した1時間半であった。
 この二人はいずれも成功者であり、成功者の話を聞き、マネることが一番の勉強になる。

 『手取り1655円が1850万円になった営業マンが明かす月収1万倍仕事術』はダイヤモンド社から出版されており、ダイモンド・オンラインのウェブサイトに著者自身による紹介文が掲載されている。

 著者の大坪勇二氏は1964年生まれ、新日鉄で経理を9年やったが希望する営業職への異動がが叶わなかったため、自らソニー生命の門ををたたいて入社、フルコミッション営業に入った人である。
 おそらく著者がソニー生命に転じた頃、私もソニー生命マンから転職の勧誘を受けて話をきいたことがある。それも、まったく別のルートで二人から。名簿から連絡をとったらしい。
 フルコミッション営業は稼げるとすごいが、稼げないと経費はすべて自分もちなので、著者が体験したように「手取り1,655円」も「手取り1,850万円」もありうる世界である。
 私は話だけ聞いて結局のところ転職はしなかったが、それにしてもすごい世界だ、という印象を受けた。

 著者が本当にすごいのは、「手どり1,655円」に追い込まれてから一念発起して「手取り1,850万円」まで達成しただけでなく、なぜその成果が出せたのか自ら科学的に解明して「再現性のある方法論」を導き出したことにある。
 せっかくなので、このブログを活用して要点メモを清書しておく。何事も「鉄は熱いうちに打て」である。
 ただし、大坪氏の発言と土井氏の発言は区別していない。お互いの発言がスパークしあっている面もあるので、あえて分けなくてもいいと思う。


・会計と営業がわかればビジネスは成功する可能性が高い
・メンタルな面は大きいので、行動管理を道具とすることが絶対不可欠
・できるだけお客と接する時間を増やす。通常の営業マンは一日の仕事時間のうち20%、これをどこまで伸ばせるか
・えり好みせず量を増やせば仕事はとれる。感情を入れずにひたすら行動する
・チャンスを活かし切れるかどうかは、感度を、受信能力をあげるしかない。そのためにはフォーカスし続けること
・できる人と組むことが重要。人を採用するときは、少なくとも Give, Give & Give の意味のわかっている人をとる。最初から Take から入ってくる人はだめ。カネは回り回ってついてくるもの
・親を尊敬、愛することのできない人は成功しない。自分のまわりにいる人に感謝の気持ちをもてない人は成功しない。自分のためだけに働く人は、損益分岐点以上の働きはしない
・損得で考えていては数字はでてこない
・トイレ掃除がなぜ意味があるのか・・・人がやっていないこと、難しいか、あるいは人がいやがることを確実にやることが成功につながる
・人がやっていないことは過去のデータがない世界
・「一人作戦会議」として最低でも毎週一回、できれば毎日自分一人で考える時間を確保すること
・人の心をつかむ極意は、人間というものは好き嫌いで物事をきめがちだということを知ること。たとえば名刺のウラにはできるだけ共通の話題がでるようなフックを多数仕込んでおく
・推薦する本は、『私はどうしてNo.1営業マンになったか』(フランク・ベドガー)、『ブランド人になれ』(トム・ピーターズ)、『大金持ちをランチに』(ダン・ケネディ、)『影響力の武器』(チャルディーニ)など


 実はまだ大坪氏の本は読んでいない。
 講演会でナマの話を聞いたあとで読んでみるつもりだ。
 活字をつうじて得た情報や知識よりも、耳から入った情報や知識のほうがダイレクトだから。

      


              

2009年7月19日日曜日

書評 『銃とジャスミン-アウンサンスーチー、7000日の戦い-』(ティエリー・ファリーズ、山口隆子/竹林 卓訳、ランダムハウス講談社、2008)




■多数の証言によって描かれたアウンサンスーチーという女性の素顔■

 東南アジアを20年にわたって取材してきたバンコク在住のベルギー人ジャーナリストが、ミャンマー国内で秘密裏に取材して知り得た、きわめて多数の証言によって描かれた、アウンサンスーチーという女性の素顔。
 ジャーナリストが申請してもめったにビザが下りない国であるため、ありとあらゆる手段を使って入国し、現地でさまざまな人たちに取材を行った著者の姿勢には頭が下がる。

 ただ、この本は決して読みやすくない。といっても訳文の日本語の問題ではなく、アウンサンスーチーに賛成するものも、必ずしも賛成でない者もふくめて、きわめて多種多様な多くの声が集められているためだ。
 その結果、アウンサンスーチという人物を多面的に描くことに成功し、そしてまた決して単純なアウンサンスーチー礼賛本には終わらない、内容の濃い本になった。

 私がとくに興味深く読んだのは、アウンサンスーチーが、20年にも及ぶ長期間にわたる軟禁生活を乗り越えることができた秘密である。
 著者が明かしているのは、その一つが上座仏教の「ウィパッサナー瞑想法」である。
 当時の上流階級の子女としてはごく普通だったように、ミッションスクールを卒業しながらも、上座仏教の厳しいしつけで育てられたアウンサンスーチーは、軟禁生活の中で改めて瞑想法を修行して、集中力と心の平安を獲得できるようになったという。

 原文がフランス語の本書には、フランスの女優で歌手のジェーン・バーキンが序文を寄せている。
 多芸多才なアーチストセルジュ・ゲンズブールの妻だったジェーン・バーキンが、なぜアウンサンスーチーに強い思い入れを抱いているのか?
 直接手にとって自ら確かめてほしい。

■bk1書評「多数の証言によって描かれたアウンサンスーチーという女性の素顔」(2009年7月18日掲載)
■amazon.co.jp書評「多数の証言によって描かれたアウンサンスーチーという女性の素顔」(2009年7月19日掲載)

<付記>
ジェーン・バーキンが自ら作詞し歌う "Aung San Suu Kyi" は YouTube にて視聴できます。アウンサンスーチに対する考え方、政治的立場は横に置いても一見の価値はあります。
ビデオの中にもあるように、人権を主張しながらも経済的な利益追求は当然のこととして行うフランスと米国の石油企業に見られる、西洋人特有のダブル・スタンダードについてはよく知っておくべきでしょう。植民地時代と基本的に変わらない彼らの態度。ヨーロッパ人は、日本人のようなナイーブな人種ではない、ということですね。

            


                 

2009年7月18日土曜日

ベトナムのカトリック教会




 カトリック司祭になるため勉強中で、現在は助祭の方とお話したときに、ベトナムやフィリピンからも神学生たちが日本に勉強しにきている話が話題になった。

 ドリフの「ほんとにほんとにご苦労さん」の歌詞に「いやじゃあーりませんか学生さん」というのがあったが、「神学生さん」も試験、試験と攻められてほんとに、ほんとに大変なようだ。
 先日はヘブライ語の試験もあったという。ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』の時代と変わりないのかな?
 もちろんバチカン第二公会議以後なので、さすがにラテン語ではなく日本語でOKだそうだ。

 本題にもどるが、フィリピンがアジアで最大のカトリック国であることは比較的よく知られていると思う。
 なんせカトリックの教義にはきわめて忠実で、いっさい避妊しないので人口は増加する一方、この地位は当分揺らぐことはあるまい。

 しかし、ベトナムにカトリック教徒が多いという話は、あまり知らない人も多いだろう、ということでこの機会に紹介しておこう。

 写真はホーチミン(旧サイゴン)市内にあるカトリック聖堂、聖母マリア教会である。
 フランス語で、Cathédrale Notre-Dame de Saigon という。1880年の創建。Wikipediaの記事を参照。英語版もフランス語版もあるのでご心配なく(・・ちなみに私はベトナム語はまったくわかりません)。 
 私がここを訪れたのは2006年の12月、クリスマスも間近な時期で、熱心な教徒たちが聖堂内で祈りを捧げていた。

 ではなぜベトナムでカトリックなのか? 
 これは実は簡単なことで、1954年に独立を回復するまで、ベトナムはフランスの植民地だったからだ。
 カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『インドシナ』を見たことがあればご存知のはずだ。

 現代のフランスは戦後の日本以上に「政教分離」を徹底している国だが、基本的にはカトリック国であり、カトリック布教が先導役となってベトナムの植民地化を推進したことは周知の事実である。
 もともと漢字文明圏のベトナムで、声調言語であるベトナム語のローマ字表記を考案したのもカトリック神父であり、これが現在でも使用されている。

 ベトナム(越南)は日本・韓国とともに中華文明圏であり、基本的には儒教・道教・大乗仏教の三点セットがマジョリティであるが、宗教的には新興宗教であるカオダイ教が約12%、キリスト教7%強で、キリスト教徒の大半がカトリックである。ベトナムの人口は約8,600万人なので、カトリックは約600万人ということになる。
 韓国よりは多少は少ないことになるが、ちなみにフィリピンの人口は約8,800万人で83%がカトリックなので7,300万人となるので、ベトナムとは一桁違う。

 以下、『東南アジアのキリスト教』(寺田勇文編、めこん、2002)所載「第7章 ベトナムのカトリック:政治的状況と民衆の生活の形」(萩原修子)の記述を参考にして、ベトナムのカトリックの歴史を簡単にまとめておく。
 ベトナム戦争から米国が敗退した後、1976年に北ベトナムが南ベトナムを併合する形でベトナムは統一されたが、北が社会主義化された際に、56万人に及ぶ多数のカトリックが南に逃げたという。
 南のゴー・ディン・ディエム政権が親米政策とあいまってカトリック優遇策を実施したが、統一後は社会主義政権による宗教弾圧があったこと、しかし1986年のドイモイ(刷新)政策以降、宗教政策が緩和され、2006年には米国政府はベトナムを宗教弾圧国リストから除外している。
 しかしながら共産党による一党独裁政権のもと、反政府的言動をしたとされ投獄される司祭も存在、政府との緊張関係が解消したわけではない、というのが現状のようだ。
 もちろんバチカンとの和解が成立していない中国よりは、まだ少しはましな状況のようではある。

 東南アジア各国の状況をデモグラフィック(人口構成)の観点からみることは非常に大事であり、とくに宗教という側面からみることはきわめて重要だ。
 欧州連合が基本的にキリスト教をバックボーンにしながらイスラームも抱えているのとは異なり、アジアは、とくに東南アジアは宗教的にはきわめて多種多様でありながら、アジア的価値観を共通にもっている地域特性がある。

 その意味で、今回の話も少しは参考になっただろうか。

PS
「カオダイ教」総本山の写真を紛失したのは実に残念。一昨年バンコクで使っていた Let's Note のHDDが故障、その際に業者に出したが一部復旧できなかったファイルがあったが、その一部だったのだろう。この文章を書きながらその事実に直面した。またもう一回いって撮影すればいいのだが、いったいいつの日になることやら・・・そんなヒマねーよ。




                          

2009年7月17日金曜日

3つの言語で偶然に一致する単語を発見した、という話




 先日、大学時代のゼミナールのメンバーが集まる機会があったが、先月いってきたミャンマーの話をしろというので、お土産に持参した「ミャンマーの雷おこし」(写真)をつまみにドイツビール飲みながら話をした。

 その際、ビルマ語で名前のことをナーメーというのだと紹介すると、さすがドイツ語通の皆さんだけあって理解が早い、ドイツ語のナーメ(Name)と同じではないか、と座が盛りあがった。
 ドイツ語のナーメは、日本語の関東方言ではナメー(名前)と同じというのはよく知られているが、まさかビルマ語も一緒だったとは・・・ということで、まったく何の関連性もない3つの言語で、同じ音で同じ意味を表すという、非常に珍しい事例が発見されたのであった。

 ついでにその店の名前は「ラインガウ」(Rheingau)という名前なのだが、ドイツ語は第三外国語で第二外国語はフランス語だった私は「ライン・ガウのガウ(Gau)の意味はなに?」と中欧史の先生にきくと、「谷間という意味だけど、日本語でいえばまあ、里とか、白川郷の郷にあたるのかなあ・・・」ということで、ラインの里、いやライン郷(ラインゴウ)かーと、皆で納得したのであった。

 そのときは忘れていたのだが、ガウはタイ語では数字の9のこと、現在のプミポン国王は正式にはラーマ9世というのだが、タイ語では「プラーム・ガウ」という。このケースは意味は同じではなく、同じ音だけど違う意味というケース。ちょっとこれはムリがあるかなー

 それはさておき、「ミャンマーの雷おこし」は私が勝手に命名したのであって、実は黒ごませんべい。
 黒ごまをぜいたくにもたっぷり使ったヘルシーなお菓子で、女性陣は「おいしい、おいしい、日本でも売れるよきっと」と太鼓判を押してくれた。
 パッケージをもう少し工夫して、価格設定さえきちんとできれば日本で売れるかも!? 
 「でもちょっと甘すぎるのよねー?」というコメントも。
 タイもミャンマーも東南アジアでは、まだまだ「あまい=うまい」が常識なので、もし日本で販売するのなら、日本人向けの味にあわせないといけないな、というのがその日の結論。

 古代日本語では、あまい(甘い)=うまい(旨い)だったという話は比較的よく知られている。日本でもまだまだ全体的に貧しかった頃は「あまい=うまい」だったわけだ。ということは東南アジアもまだまだ貧しい??
 
 コトバ遊びはおもしろい、という話でした。

           


             

2009年7月16日木曜日

書評 『中国動漫新人類-日本のアニメと漫画が中国を動かす-』(遠藤 誉、日経BP社、2008)




■中国に関する固定観念を一変させる可能性のある本■

 画期的な中国本が出現した、といえよう。
 読者の中国に関する固定観念を一変させる可能性のある本である。
 ネット上の「日経ビジネス・オンライン」に連載され、日経BP社から出版された本だが、ビジネスマンに限らず、中国の深層でいま何が変化しているのかを知りたい人にとって熟読すべき一書だといってよい。

 「動漫」とは、中国語でアニメとマンガをひとくくりにした表現のこと。
 物心がつくかつかないかの頃から海賊版(!)をつうじて日本のアニメやマンガに出会い、10代から20代前半という人生のきわめて多感な時期に、圧倒的な影響を受けてきた現代中国の若者たち・・・。こういう若者たちが、厚い層をなして存在するのが現代の中国である。
 この事実を明らかにし、日本語で読める形で書いていただいたことは、著者の最大の貢献である。
 きわめて意義ある仕事をしていただいたと感謝したい。

 著者は、あの『チャーズ-出口なき大地 1948年満州の夜と霧-』で作家デビューした遠藤誉(えんどう・ほまれ)である。
 1941年中国の長春で生まれた彼女は、1953年に帰国するまで中国を現地で体験し、中国語にも中国人にも精通している。また、物理学者としてキャリアを積んだ人だけに構成も文章もきわめてロジカルで読みやすい。
 そして何よりも直接インタビューによって、自分にとっては孫にあたる若い世代のナマの声を伝えていることが重要だ。さまざまな人脈をたどって、一次情報源から得られたこの事実の重み、そして事実のもつ説得力。
 また、著者とともに新たな発見の場に立ち会うという、臨場感も味わうこともできる。

 読者が当然疑問にもつであろう「反日問題」についても、著者はぬかりなく一章をさいて扱っている。
 結論は、反日と日本動漫愛好は、現代中国の若者の心のなかで、矛盾することなく両立している、というものである。
 詳しくは直接手にとって読んでいただきたいが、戦後民主主義のもと、政治よりも恋愛を含めた日常生活を楽しむ姿を描いてきた日本の海賊版「動漫」は、確実に中国の青少年の意識変革の役割を、それも知らず知らずのうちに果たしてきたのである。
 米国のような民主化推進という政治的な戦略性を欠いているのだが、政治的に危険性の少ないと判断された日本の動漫が、実は意図せざる「民主化教科書」として機能してきたのは、中国政府にとっては大きな誤算であった。

 本書を読めば、彼ら中国の若者世代が間違いなく、中国民主化への意識せざる担い手であることがわかかるはずだ。
 本当の変化というものは、見えないところで確実に進行しているものなのだ。

 本書を読まずして現代中国を語るのは危険だ、という確信を私はもつにいたっている。


■bk1書評「中国に関する固定観念を一変させる可能性のある本」(2009年7月15日掲載)








                  

2009年7月15日水曜日

いんそむにあ


              
 インソムニアとは不眠のことである。不眠症のことである。
 夜ベッドに入っても、頭が活発に働き、いろいろ考えてしまい結局いつまでたっても寝付けないこと・・・
 そんなことは時々あるものだ。とくに梅雨の明けた関東地方では、暑苦しい夜を眠れずに過ごしている人も多かろう。
 眠ろうと思えば思うほど眠れない、これもマーフィーの法則かしらん?

 インソムニアは、insomnia とつづる。ラテン語起源のコトバである。somnus は睡眠のこと、in は否定の表現、あわせて不眠。
 英語が不便なのは、こういった病名は、ほとんどがラテン語からきたコトバが多いことだ。
 もちろん sleepless(ness) と平たくいってもいいのだがが、日本語でも専門用語は漢語を使うのと同様、医学界では何かしら重々しい響きのあるラテン語を使いたがる傾向がある。

 ところで、不妊症治療はよく耳にするが、不眠症治療というのはあまり聞かないなあ。
 酒飲んでも眠れるとは限らないし、国際派エグゼクティブが時差ボケ回避のため服用する睡眠導入剤を飲めばいいのだろうが、どうもクスリには頼りたくないし・・・もちろん医者が処方してくれるのだろうが。

 そういえば、岩波文庫には昔から、ヒルティの『眠れない夜のために』という本が入っていることは知っているが、実はいまに至るまで読んだことはない。本を読んだら眠れるというものでもないし、かえって眠気が覚めて脳が活性化してしまう恐れもある(本かどうかは知らない)。 
 カラダ使わないで、アタマだけ使っていると、かえって目が冴えてしまうことも多い。

 炎天下で汗かいたあと、ひと風呂あびて生ビールをグィっと一杯でバタンキュー、というのが理想的なインソムニア解消法だろうか?
 とはいっても熱中症で倒れる可能性も高いし、まあ考えものではありますなあー。

     


              

2009年7月14日火曜日

書評 『地獄のドバイ-高級リゾート地で見た悪夢-』(峯山政宏、彩図社、2008)




■楽園ドバイの知られざる暗黒面

 いい本を見つけた。
 実に貴重なドキュメントである。

 ドバイで投獄されて、同じUAE(アラブ首長国連邦)に属するアブダビ中央拘置所に4日間拘束、再入国禁止処置となりながらも、なんとか命からがら国外脱出に成功した日本人の一青年が書いた実話である。

 勤務している会社が倒産したら、外国人労働者は在留資格を同時に喪失、ただちに投獄、なんていうことが、UAEでは「滞在法違反」で現実となる。恐るべき人権後進国なのだ。
 どんな国でも、労働許可証が切れても1週間程度は滞在できる余裕があるものだが・・・
 
 「ドバイよいとこ一度はおいで~」と煽るのは、観光関係者と投資関係者だけだろう。この日本人青年のような外国人労働者の立場から書かれた本は稀有なのではないか?
 極端な体験かもしれないが、楽園の知られざる暗黒面も知っておいて損はないはずだ。
 複眼的な思考は、とくに海外にかかわるものには求められるから。

 2008年のリーマショックはドバイも直撃したと聞いている。しかし、この本はドバイの驚異的な面のみが強調されていた時期に出版された本だ。
 
 普通の書店には置いている可能性が小さいので、bk1含めたオンライン書店での購入をおすすめします。


■bk1書評:「楽園ドバイの知られざる暗黒面」(2009年7月12日掲載)




         

2009年7月13日月曜日

書評 『老いる準備-介護すること されること-』(上野千鶴子、朝日文庫、2008)




■誰もがみんな老いてゆく■

 単行本出版当時、著者の上野千鶴子は57歳、この文庫版がでた時点ですでに60歳、もうそんなに年をとったのか・・・という感慨さえ感じさせる。
 フェミニズムの論客も、「おひとりさま」のひとりとして、自分自身の問題としての「介護問題」は避けてとおれない。
しかし考えてみれば人間としては当然なことだ。

 介護は一般に、自分や配偶者の親を対象として考えているが、やがて老いてゆく自分自身も介護される側に回ることになる。
 介護するのは無償ではなく、されるのも無償ではない。すべてこの事実から出発しなければならない。

 「少子高齢化」とは、高齢人口が増えるのにかかわらず、少子化の進行で若年人口が減少するという、二つの異なる現象をいっしょくたに表現したものだが、介護の現実においては「少子高齢化問題」の負担がとくに集中するのが長女である、という指摘が本書にあった。ジェンダー論を踏まえたこの事実はきわめて重い。
 とくに、「おひとりさま」にとっては、男女を問わず、あらかじめ十分に考えて、しかもキャリアの中断や、金銭面も含めた準備をしておかねばならない、きわめつきに重いテーマなのだ。

 介護する側、される側の双方について介護の経済的、社会的側面を考察し、よりよき実践のための理論を構築する著者の試みは大いに共感できる。
 実践の場へのフィールドワークをつうじた考察はたいへん読みやすい言葉で語られており、読者ひとりひとりの問題として考えるためのよき手引きになる。本人も単行本出版当時は、「福祉業界の新参者」 と自己紹介していたそうだ。大所高所からの論説ではない。

 もし上野千鶴子へが好きでないにしても、そこは片目をつむって本書を手にとってみるべきだろう。
 老いが視野に入ってきた人にとっては、決して他人事ではない内容が書かれている。


■bk1掲載:「誰もがみんな老いてゆく」(2009年7月10日掲載)

                     

2009年7月12日日曜日

「東京大学総合研究博物館小石川分館」と「小石川植物園」を散策




 小石川植物園に久々にいってみた。東京大学総合研究博物館小石川分館にいくためである。常設展示の「驚異の部屋 -The Chambers of Curiosities」を見に行くのが目的だ。本日は気持ちいい天気で、かっこうの散歩日和であった。

 「驚異の部屋」とは、ドイツ語のヴンダーカマー(Wunder-kammer)のこと、16世紀から18世紀にかけてヨーロッパで盛んに作られた、好奇心の対象がごった煮になって詰め込まれた部屋のこと。博物館の前身にあたる。
 試みに Google で Wunderkammer とそのままドイツ語で画像検索してみると、実に多種多様な Wunderkammer の実例をみることができるので、ぜひ試してみてほしい。
 さらに深い関心がある人は、『愉悦の蒐集 ヴンダーカマーの謎』(小宮正安、集英社新書ヴィジュアル版、2007)がおすすめだ。

 さて日本のヴンダーカマーはいかに?
 またまた、本日も小学生に戻ってしまった。ワーオ、と何度も連発したくなるのだ。こんな空間が日本にも、しかも東京大学にあったとは!
 さすが東大、明治の先人たちのサイエンスへのあくなき情熱をひしひしと感じることができるのだ。
 ナチュラル・ヒストリー(博物学)と、ナチュラル・サイエンス(自然科学)がまだ完全に分離していない時代のあくなき好奇心。
 望遠鏡に巨大地球儀、数々の動物剥製、人体模型、鉱物標本に化石、数々の生物標本、人体解剖模型、牛の解剖模型、骨格標本・・・
 さらには、まだまだ国産品がなかった時代の顕微鏡やさまざまな計測機器、タイプライターなど機器の数々、いやあ学問への情熱がみなぎってますねー。なんだかうれしくなってくるなあー!

 せっかくだから、小石川植物園も久々に散策してみることに。正門まで歩くのにはかなりの距離がある。入場料は330円、門前のたばこ店のおばあさんから購入する。
 現在は東京大学大学院理学系研究科附属植物園という形で東大が管理運営する資産になっているが、もともとは徳川綱吉が命じて作らせたという薬草園から始まっており、なんと300年以上の歴史をもつというから、世界に誇れる植物園なのだ。
 今回の収穫は「精子発見60周年記念(昭和31年)」のイチョウの大木を見ることができたことだ。実にうれしい発見だった。



 イチョウは雌雄に分かれており、精子と卵によって受精することを世界で初めて発見したのが、東大に画工として雇われていた平瀬作五郎であったとプレートに書いてあった。1896年のことである。
 イチョウの受精については高校一年の生物学で学んだが、日本人が世界で初めて発見したことは聞いた記憶がない。こういう事実はもっともっと声を大にして世に知らしめなくてはならないのではないか。

 さて、そもそもの出発点であった薬草園は、実にこじんまりしたものになってしまっている。雑草も生え放題になっているのはなぜだろうか? 
 かなり以前に東邦大学(千葉県習志野市)の薬草園を見学する機会があったが、医学部薬学科のある東邦大学では薬草園はかなりきちんと管理されていた。小石川の薬草園はもはや現役ではないのか?

 もともと生物学志望だった私は、世界の植物園(ボタニカル・ガーデン:botanical garden)は数々みてきた。ゲーテも訪れたというイタリアのパドヴァの植物園、スペインのマドリー、ポルトガルのリスボン、それからアジアでは英国の植民地だったセイロン(スリランカ)の熱帯植物園などなど。
 また井の頭公園の温室植物園は子供のころ毎週のように通っていたほどだ。
 その中でも、なんといってもオランダの植民地であった、インドネシア・ボゴールの熱帯植物園が世界最高である!という印象をもっている。

 小石川植物園は春の桜の名所として有名だが、歴史ある植物園として、本来あるべき薬草園にはもっと力を入れてもらいたいものだと思う。
 世界の植物園(ボタニカル・ガーデン)がヨーロッパ起源のものが大半のなかで、中国の本草学の影響のもとにあるとはいえ、小石川は日本が独自に作った薬草園である。
 明治の先人の燃えるような情熱は、回顧すべき対象として博物館に展示するだけでなく、その精神を現代に呼び覚まし、活かさねばならないのである。イチョウの精子を発見した平瀬作五郎のような、学問的素養のない一般庶民までが学問に貢献した明治という時代の精神を。
  
 日本人は世界に誇るべき多くの業績を残してきたし、これからも残すことができるはずなのだから。

          


                  

2009年7月11日土曜日

bk1にて「書評の鉄人」の認定をいただきました!




 以前から書評の投稿を行っていた「オンライン書店ビーケーワン(bk1)」より、「書評の鉄人」なるタイトルの認定を受けました。7月10日の認定です。194番目のようです。
 まったく予想していなかったので、なんだか小学生のようにうれしいですね(写真参照)。こういうのをサプライズ、というのでしょう。

 「オススメ評者のなかでもとりわけ個性的な方々、「鉄人」の書評をご紹介します」、なんて文言で紹介されてます。

書評の鉄人

新鉄人誕生! “サトケン”さん
“サトケン”さんはビジネス書・人文書他幅広いジャンルの本に書評を書かれている方です。どんなジャンルの本に対しても理知的、多角的な見方が示されています。視野の広さに驚かされます。
(オススメ:アート担当者)


 過分なおほめのことばですが、しかも「アート担当者」によるオススメ、というのも意外でうれしいものです。
 「理知的」だなんて面と向かっていわれた記憶はないので・・・単純にうれしい!見てる人はちゃんと見てくれているのだ、な~んてね。
 実利が伴うものではないですが、よし、また書評投稿してみようか、という気にさせるものがありますね。
 私みたいな単純な人間には、「ほめて育てる」というのが一番なのでしょう。

"サトケン"名義での過去の掲載投稿はここをクリックして見てください。
 ウェブサイト掲載用のバナー(私専用のやつ)もいただきましたので、ご参考まで。



ではまた。

            

2009年7月10日金曜日

書評 『若冲になったアメリカ人-ジョー・D・プライス物語-』(ジョー・D・プライス、 山下裕二=インタビュアー、小学館、2007)




「出会い」の喜び、素晴らしさについての本

 「プライス・コレクション」の生みの親、アメリカ人ビジネスマンのジョー・プライス氏の若き日の若冲(じゃくちゅう)との出会い、コレクションを築き上げてゆく中での苦労と苦難、そして何よりも若冲と出会えた喜びの半生が、よきインタビュアーによってて引き出された本。
 インタビュアーが"日本美術応援団"の山下裕二教授であることもあずかって大きいものがあろう。

 若冲とは、江戸時代後期、京都の日本画家・伊藤若冲のことである。
 いまでこそ若冲はかなり人気のある存在となっているが、プライス氏が再発見するまで、日本でもほとんど埋もれた存在であった。
 2006年には、東京と京都など日本各地で大規模な「プライス・コレクション」展が行われ、私自身も若冲には大いに魅了された。

 しかしながら「出会い」というのは、突然やってくるものだ。ほとんど神秘的としかいいようがない。プライス氏の場合も例外ではない。
 メルセデスのスポーツカーを買うためのカネを用意してニューヨークに来たカネ持ちの青年が、父親の友人であり、かつて帝国ホテルの設計も行った建築家フランク・ロイド・ライトに連れられて入った日本画廊で出会った1枚の日本画に魅了され、逡巡した末に大枚はたいて購入してしまったことから物語が始まる。

 その時は日本には一回もいったことがなく、もちろん日本語も読み書きもしゃべることのできない、日本文化に関心をもつ人の多い東海岸でも西海岸でもない、中西部オクラホマ出身のアメリカ人。
 コレクションを始めてから20から30年は、日本美術について語り合える友もなくまったくの孤独であったという。そんなプライス氏を支えたのもまた若冲をはじめとする埋もれた日本画家の作品たちと京都出身の日本人の妻であった。

 この「出会い」は、プライス氏にとってだけでなく、若冲にとっても、日本人にとっても、本当に稀有な、素晴らしい出会いであった。
 プライス氏によって「発見」されなかったら、若冲もこれほど日本でも知られることがなかっただろうし、またわれわれも画集や実物を通じてみることもなかったであろうから。

 これは「出会い」の喜び、素晴らしさについての本でもあるのだ。
               

*この書評は下記のインターネット書店サイトに投稿、すでに掲載済みです。

■bk1掲載:「「出会い」の喜び、素晴らしさについての本」(2009/07/07 掲載)
■amazon.co.jp掲載:「「出会い」の喜び、素晴らしさについての本」(2009/07/10 掲載)

            


 

2009年7月9日木曜日

書評 『ボルドー・バブル崩壊-高騰する「液体資産」の行方-』 (山本明彦、講談社+α新書、2009)




ボルドー・ワインにみる世界経済のいま

 2008年のリーマンショックは、フランスのボルドー・ワインを頂点とするワイン市場も直撃した。
 しかし、ボルドー神話そのものが崩壊したわけではない、そのわけはなぜか?

 この問いに、ワイン市場の経済構造に深く迫ることによって解答を見出そうとているのが本書である。
 著者は、読売新聞社在籍のワイン・ジャーナリスト。長年にわたりワインとシャンパンを愛し、執筆してきた人である。

 副題にもあるように、ワインをただ味わい楽しむ存在としてではなく、「液体資産」として投資対象にしている人たちがいる。
 ヨーロッパやアメリカでは、株式投資や債券投資を行う投資家が、絵画や骨董品などの美術品などと同様、息の長い投資対象としてワイン投資を行っているのだ。
 ワイン投資は長期の投資、投資で利益が得られなくても、熟成したいいワインが手元に残るではないか、というのが投資家の見解だが、日本人にはまだまだ難しいようだ。なんせ奥が深い。

 私にとって非常に興味深かったのは、第4章 香港・中国は「ワインの覇者を目指す」であった。
 2008年8月にスピリッツを除くワインや酒類の関税を一気にゼロにした香港は、「アジアのワイン首都」を目指しているという。すでに3年前の東京に追い付いているというから、この勢いは無視できないものがある。
 香港は地理的には、シンガポール、上海、北京、東京など主要な消費地の中心に位置しており、物流網も完備、金融システムも安定しており、中国本土へのゲイトウェイである香港から関税ゼロでワインが再輸出されるからだ。
 中国はワイン消費だけでなく、ワイン生産国としても大きな将来性があるというレポートがでているらしい。
 まさに中国おそるべし、である。

 ワイン市場のプレイヤーである生産者(シャトーのオーナー)、流通業者、投資家、醸造コンサルタント、格付け評論家、のそれぞれについて、実際にインタビューした経験も踏まえて執筆された本書は、読み応えのある充実した本になっている。

 ワイン好きならいうまでもなく、ワインにあまり関心がない人にも一読を薦めたい。


*この書評は下記のインターネット書店サイトに投稿、すでに掲載済みです。

■bk1掲載:「ボルドー・ワインにみる世界経済のいま」(2009/07/05 掲載)
■amazon.co.jp掲載:「ボルドー・ワインにみる世界経済のいま」(2009/07/09 掲載)
                



 

2009年7月8日水曜日

タイのあれこれ (4)-カオパンサー(雨安吾入り)




 本日7月8日、タイは「入安居日(いり・あんご・び)」(タイ語でカオパンサー)で休日、昨日の「三宝節」(タイ語でアーサンハ・ブーチャー)に続いて二連休となる。
 このカレンダーは陰暦である。三宝節は陰暦8月の満月の日、三宝とはいうまでもなく仏・法・僧の三宝のこと。
 私が机上において使っているタイの卓上カレンダーには、当然のことながら記載されている。

 「入安吾」とは、「雨安吾(うあんご)」に入る日、という意味だ。
 雨安吾とは北インドや東南アジアでは、乾季・暑気・雨期の三季のうち、雨期の3ヶ月間のことをさしていう仏教要語のことで、英語では Buddhist Lent という。
 Lent とは、キリスト教でいう四旬節(レント)のこと(注)。

 ちなみに余談だが、『堕落論』で有名な作家・坂口安吾のペンネーム「安吾」はここからとられている。
 「戦後無頼派」として太宰治・檀一雄と並び称された坂口安吾の本名は、坂口炳五(へいご)、実は東洋大学で印度哲学を専攻した人であった。
 睡眠時間4時間に切り詰め仏教書、哲学書を読み漁る猛勉強の生活を1年半続けて、遂に神経衰弱に陥ったほどだという。
 その神経衰弱を、サンスクリット語(梵語)、パーリ語、チベット語など語学学習に熱中して克服したとというのだからこれも半端じゃない。しかも、ラテン語、フランス語も学んだというから、実は無頼派はポーズで、本当はきわめて求道的で、クソマジメなまでの人だったのだ。

 さて、雨安吾(うあんご)だが、本日より約3カ月間、僧侶は基本的に僧院から出ずに修行に励むことになっている。外に出るのは早朝の托鉢だけである。

 「仏教教団で、修行者たちが一定期間一か所に集団生活し、外出を避けて修行に専念すること、またその期間をいう。雨期の定住。サンスクリット原語 varsa は雨、雨期、歳を意味する言葉で、インドでは春から夏にかけて約3か月続く雨期の間は、外出が不便であり、またこの期間外出すると草木の若芽を踏んだり、昆虫類を殺傷することが多いので、この制度が始まったとされている・・(後略)」(『岩波 仏教辞典』より。ゴチックは引用者による)

 タイではこの機会に、短期出家する男性も多い。
 東南アジアの上座仏教圏では、男子たるもの一生に最低一度は出家すべしという不文律があるためだが、、雨安吾のあいだ、まるまる3ヶ月間出家するという者はだいぶ減ってきており、近年では通常3週間、短い場合1週間だけというお手軽なケースも少なからずあるらしい。 
 何よりもスピードが重視される資本主義、なんともせわしない時代になってしまっているのである。
 
 タイの会社では、有給の「出家休暇」を認めている会社が多い。
 日本の「就業規則」でも規定するもののほかに、基本的に徴兵制のタイでは「兵役休暇」と「出家休暇」についてはきちんと規定しているケースが多い。
 以下は、私も作成にかかわった、ある日系企業の就業規則から抜粋したものである。なお正文はタイ語である。

 第●●条 出家休暇
 勤続一年以上の正規従業員は、連続して15日(休日も含める)を超えない範囲内で、有給の出家休暇を取得する権利を有する。休暇中は、下記条件および規則に従わなければならない。
(1) 休暇を取得する従業員は、男性従業員で、仏教僧侶もしくは得度式を行う僧侶より、仏教の戒律もしくは習慣に従い、出家することを許された以外の他の宗教を信仰してはならない。
(2) 出家休暇の取得は一度限りとする。また比丘(=成人僧)としての出家のみ認められ、沙弥(=少年僧)としての出家は含まない。出家休暇は、出家前の準備のための休暇を含め、出家していた日を合計し15日を超えてはならない。この中には休暇中の休日も含まれる。
 従業員は、休暇日の30日以上前に所属長に出家休暇を取得する旨を報告しなければならない。復帰したら出家を証明するもの、または得度式を行う僧侶もしくは所属する寺の住職が発行した出家証明書を、職場復帰初日に会社に提出しなければならない。


 出家期間短縮化の流れは、こういった規程の影響もあるのだろうか。出家する男子そのものも減ってきているという話も耳にする。もちろん大乗仏教が中心の華人系タイ人には、そもそも短期出家する慣習はないが、上座仏教を信じる華人は一般のタイ人と同じである。
 バンコクなど都市部では、資本主義と親和性の高いキリスト教に改宗するものもある一方、禁欲的な仏教新宗派であるサンティ・アソークのような教団も根強い人気をもっている。1992年の民主化運動のリーダー、チャムロン退役陸軍少将も信者の一人として有名だ。

 また近年、仏教僧侶による不祥事があとを絶たないことも問題になっている。まさに日本語の「坊主丸儲け」というコトワザどおりの銭ゲバ坊主や、強姦殺人事件の犯人になった破戒僧など、多くが社会問題化している。
 不景気が進行するなかで、証明書をもたないニセ坊主も多数摘発されているらしい。袈裟を着ていれば托鉢でタダ飯にあずかれるというわけで、バンコク市内でも少なからずいるときく。

 出家僧に差し上げる托鉢ですら自分で用意せず、スーポーマーケットで売っている「Tamboon Set」で済ませてしまう人も少なくないようだ。
 黄色いバケツに缶詰やタオル、医療品などがセットになった詰め合わせである(写真参照)。
 なんでもお手軽に済ませてしまう資本主義国タイの現状である。金銭を介した関係が、在家信者と出家僧のあいだにも拡がっている。

 何事であれ、昔の常識のままで判断ができないのは、タイも例外ではない。今後もさらに大きく変化していくことだろう。
 だから、昔タイにいたことがある、という人の話はうのみにしてはならないのだ。古き良きタイはいまいずこ?


(注)レント: Ash Wednesday から Easter Eve までの日曜日を除く 40 日間。荒野のキリストを記念して節食や断食または懺悔を行なう。Lent 期間中の第 5 日曜日を Passion Sunday、最後の日曜日を Palm Sunday といい、Easter 前の一週間が Holy Week でその金曜日が Good Friday (『研究社・新英和辞典』より)


*タイのあれこれ(5)につづく。なお、掲載は不定期ですが、まだまだ続きます。

         

         

2009年7月7日火曜日

七夕(たなばた)


    
 7月7日は七夕、一年に一回だけ、織姫と彦星が天の川で出会う、というロマンチックな伝説が語られてきた。

 子供のころは、短冊に願い事を書いて笹の葉につけるということを喜々としてやっていたものだが、その際に七夕は日本古来からの伝統行事と教えられてきた。
 しかし長じて、実はその他もろもろの伝統行事と同様、中国伝来のもので、五節句のひとつということをと知り、なんだかがっかりしてしまった。
 五節句とは、人日(1月7日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、七夕(7月7日)、重陽(9月9日)だが、重要な日本の伝統行事はみなこの五節句と対応している。

 さらに民俗学者の吉野裕子女史のように、日本の神道はすべて古代中国の道教に由来、などと主張されるに至っては、日本オリジナルのものなんて、実はまったくないのではないの?というアイデンティティの根幹にも触れる重大な疑念を生じさせられて、げんなりしてしまう。

 まあ、そもそも日本にはオリジナルなんて存在しないのだ、オリジナルがないのがユニークなのだ、と開き直ってしまうのもひとつの行き方ではあるが・・・・

 今夜も曇りがちで残念、一年に一回しか会えないのに・・・・子供時代に刷り込まれた話は、大人になってもなかなか頭から消えさらないものだ。

 では童謡でも口ずさみつつ。



「たなばたさま」(権藤はなよ/林柳波作詞・下総皖一作曲)

  ささの葉 さらさら
  のきばに ゆれる
  お星さま きらきら
  きんぎん 砂子(すなご)

  五しきの たんざく
  わたしが かいた
  お星さま きらきら
  空から みてる


 今でもこの童謡は、小学校では教えられているのだろうか?

          
          

2009年7月6日月曜日

シンクロニシティ(共時性)


       
 本日、用事があって東京・日比谷の某ビルに出向いたら、なんと7年ぶりにかっての勤務先の同僚と出会った。
 7月6日だから明日の七夕ではない、したがってもちろん異性ではない。残念ながら(?)ヒゲ生やしたオッサンだが・・・(注:オッサンは関西人的には愛称表現、悪しからず)。

 アポイントの時間まで10分以上あったのでラウンジのソファに座ってメガネを拭いていたら、向こうからやってくるヒゲ男はなんか見覚えあるなあ、と思って眺めていたら先方から声をかけてきた。

 まったくの偶然である。こういうこともあるものだ。

 用事がおわってから、教えてもらった携帯に電話し、喫茶店でコーヒーのみながら1時間ほど話をした。
 存在すらすっかり忘れているほど没交渉だった人間と旧交を暖めあうと共に、今後の雇用情勢の見通しのなさに話題は及ぶ・・・

 東京はなんといっても世界的大都市なので、こういうことは滅多にないのだが、本人どうしにとっては必然的な行動---私にとっては本日×時にアポイントがあるので出向くという行動、かつての同僚にとっては自分の現在の勤務先がそのビルの中にあるので外から戻ってきたところ---が交差するところ、そこに「偶然性」が発現したのである。
 しかも私が用事があって出向いた会社はそのビルの6階、彼の勤務先も6階にあるそうだ、偶然にしてはよくできすぎている。
 7月6日に、7年ぶりに再会し、6階に縁がある。7 と 6 の組み合わせ。

 まさに大乗仏教的だなあ。鶴見和子の「南方熊楠・萃点(すいてん)の思想」ではないか。
 いやスイスの心理学者C.G.ユングの「シンクロニシティ」(英語:Synchronicity、ドイツ語:Synchronizität) というべきか。
 日本語では「共時性」と訳している。
 シンクロニシティとは、意味のある偶然の一致のこと。直線的な因果関係ではない非因果性。
 しかしながら、「共時性」は決して神秘的なものではない。ユングは物理学者パウリと共著で「シンクロニシティ」について書いている。

 まあ難しいことは抜きにしても、面白い経験をした一日であった。
 生きていると面白いことに出会えるものである。

 この経験が意味ある、前向きなものとなりますよう!

             
         

2009年7月5日日曜日

タイのあれこれ (3)-新聞という活字メディア


          
 タイ王国で発行されている新聞には大きくわけて二種類ある。英字紙とタイ字紙の2つである。

 後者は日本のスポーツ新聞のようなものだと考えればよい。代表的なものには発行部数100万部のタイラット、この他デイリーニュースマティチョンなどがある。
 ウェブ版ではわかりにくいが、見出しも内容も、扇情主義一色といってよい。とにかく写真がすごい。
 殺人現場の死体写真などザラである。
 三角関係のもつれで殺害された若くてハンサムな男性の下半身が真っ赤に血で染まった写真をみた事がある。そのものずばり、まさにドイツ語でいうところのザッハリッヒ、即物的な写真である。
 先月、アメリカの映画俳優がバンコク市内の高級ホテルで怪死する事件があったが、自殺(?)写真がタイ字紙にでて大きな問題になっているらしい。おそらく警察が新聞記者に横流ししたのだろうが、アメリカ人の遺族は訴訟を起こすといっているらしい。
 人権感覚もアメリカとタイで違いすぎるのだ。

 タイ人の感覚というのは正直いってよくわからない。
 同じ仏教といっても、日本の仏教とは大きく異なる。日本では明治以前、原則肉食禁止であったが、タイではそんなことはない。
 お坊さんもお布施(タイ語でタンブン)でいただいたものはすべて食べなくてはいけないのが戒律であるから、もちろん施しを受けたら肉も食べる。
 肉食が禁止されてきたわけでないから、家畜の屠殺解体も昔から行われてきたのであろう。
 しかし、慣れの問題、といい切れるかどうか。
 
 交通事故が起きても、血だらけの被害者がそのまま放置されている。病院は民間の事業法人で営利主義がまかり通っているので、カネがない人間には救急車を差し向けない。
 そのかわりに、華人系タイ人がやっている慈善組織の「報徳善堂」が、ボランティアでレスキュー活動を行っている。漢字で「報徳善堂」と書かれたユニホームを着ている。
 しかし、たいていの場合、到着した時には事故で重傷を負った人間はすでに死んでいるケースが多い。したがって、「報徳善堂」のクルマは救急車ではなく霊柩車だというブラック・ジョークすらある。

 さて英字新聞だが、これは信頼に値する内容のものである。
 Bangkok PostThe Nation というニ大紙がある。
 私は毎朝 The Nation を購読していたが、これを読めば経済ニュースを中心に、タイ国内のニュース、国際ニュースを読むことができる。スポーツ・芸能などほぼすべて網羅した内容で、タイ人でもビジネスマンはたいていタイ語紙は読まず、英字紙のうちどちらか一方には目を通しているのが普通である。
 とくに外資系企業に勤務するタイ人ビジネスパーソンと会話する場合には、当方も英語で内容をしっていると会話が弾むというものである。
 英字新聞はそれぞれデータベース機能が完備されていることも記事の信頼性を担保するものとなっていよう。
 
 こうした信頼に足る内容をもつタイの英字紙であるが、活字メディアの衰退という世界的な趨勢には必ずしも太刀打ちできているわけではないようだ。
 The Nation もフリーペーパー版を発行して無料で配布したり、ブラックベリーなどの携帯通信機器むけのメール配信サービス(有料)なども行っているようであるが、経営は決してラクではないらしい。私がいた昨年に大規模な人員整理が行われていた。

 こう書いている私なども、日本語や英語でとれる情報は、タイでもウェブで得ることが非常に多かった。
 いまはそういう時代なのである。

*タイのあれこれ(4)につづく。なお、不定期にアップします。

           
               

2009年7月4日土曜日

アメリカ独立記念日(7月4日)


          
 本日7月4日は、アメリカ独立記念日である。
 Independence Day といって、米国では祝日である。

 1776年7月4日、アメリカ独立宣言が発布された。
 ちょうど1976年7月4日、「アメリカ建国200年祭」にあたり盛大な祝祭が行われたのを記憶している。
 いまはなきNHKラジオ教育番組 『続・基礎英語』では、教材として取り上げており、その際 Bicentennial という単語を覚えた。めったに使う英語ではないが、その当時の記憶とともに思いだされる、なつかしい英単語である。マーシャ・クラカウワーがレギュラー出演していた番組である。

 いまから思えば1976年は平穏無事な年であった。ベトナム戦争もすでに終結し、厭戦ムードの高まる中、民主党から出馬したジミー・カーターは本当は海軍兵学校卒業の潜水艦乗り出身なのだが、アトランタのピーナツ農園の農場主としての側面を強調されていた。
 3年後の1979年イラン革命が勃発、サウジアラビアのメッカ占拠事件、そして年末のソ連によるアフガン侵攻と、情勢は一気に激動モードに突入していった。
 イランの米国大使館人質事件解決の不手際を責められたジミー・カーターは再選されることなく大統領職から去り、以後共和党による政権が、ロナルド・レーガン、ブッシュ・シニアと続くこととなった。

 『インデペンデンス・デイ』というとハリウッド映画でしょ、というのがいまの反応だろう。私としては、トム・クルーズ主演の『7月4日に生まれて』を挙げたいところだが。

 時差があるから現時点ではアメリカではどういう反応なのか知らないが、いずれにせよ本日は建国223年目である。
 建国200年の頃に比べると、日本でも手放しで礼賛する人もはるかに減ったような気もする。それだけ米国のパワーにも翳りが見えるということなのだろうか。

 私自身、自分の国ではないので、特に祝うつもりはないが。

                      


                       

2009年7月3日金曜日

ハンガリー映画 『人生に乾杯!』




 ある年金生活者の誘いで、2007年製作のハンガリー映画 『人生に乾杯!』を見にいってきた。
 東京では、現在のところシネ・スイッチ銀座のみの上映である。ハリウッド映画ではないのでシネコンで上映されることはありえない、ちょっと地味だが十二分に楽しめるエンターテインメント作品である。
 
 映画の内容についてはオフィシャルサイトを見ていただきたいが、夫婦二人の年金生活者「人生最後の大反乱」とでもいっていいだろうか。
 81歳の夫と70歳の妻が起こした銀行強盗!これだけでもすでに荒唐無稽というか、ふつうならありえない設定なのだが、少ない年金ではとても生活していけないハンガリー市民の精一杯の抵抗が生み出したシリアスだが、ほのぼのとしたコメディタッチの物語だ。
 人生の終わりにいたっても 「人生に乾杯!」できる、という内容が、同じく日本の年金世代にも共感を生んでいるのであろう。

 内容が内容だけに年金生活者の間ではクチコミで評判が伝わっているのだろう、またシニア料金1,000円ということもあろう、本日昼の上映で来ていた観客の大半は高齢者だった。
 地下鉄日比谷線で地上に出る際にすれ違った老夫婦のご主人が奥さんに向かって 「『人生に乾杯!』って映画が面白いらしいよ」と話しかけているのを小耳にはさんでしまったくらいである。

 本日はレディースデイで1,000円ということもあるのだろう、比較的若い世代の女性の観客もみられた。
 映画の主人公は年金生活者の老夫婦だが、日本でも年金問題はまさにホットイッシューだし、年金生活候補者の世代は親世代の年金のことだけでなく、自分がもらえるであろう、あるいはもらえないであろう年金のことは、心の片隅にずしんとのしかかりつづけているであろう重~いテーマであるから、決してひとごとではないのだ。

 まあ、そんな難しいことを考えなくても、エンターテインメントとして十二分に楽しめる作品だ。
 
 映画の設定は製作の2007年頃を想定しているようだが、老夫婦が一緒になったのは1950年代後半という設定。
 ハンガリー現代史では、日本では「ハンガリー動乱」といっている1956年の「ハンガリー革命」の直後にあたる。そして1989年の東欧社会主義の崩壊、こうした時代背景を知っていると、さらに映画を深く楽しむことができる。
 主人公は退職した元共産党員、そして革命に参加して逃亡中の女性との数奇な出会いと結婚、社会主義崩壊後の社会保障システムの崩壊、そして・・・。
 「ハンガリー革命」を舞台にした青春映画、『君の涙ドナウに流れ-ハンガリー1956-』(2006年、ハンガリー)もぜひDVDなどで見てほしい。
 革命後、命からがらハンガリーを脱出して、アメリカで艱難辛苦のすえ大成功したのが、世界最大の半導体メーカー・インテル創業者の一人、カリスマ的経営者のアンドリュー・グローヴであることもしっておいて損はない。

 2008年のリーマンショック後、ハンガリー通貨フォリントが急落、ハンガリーからは外国資本が一気に国外に流出、流動性危機に陥ったハンガリー政府は IMF(国際通貨基金)に緊急財政出動を要請、現在ウクライナ、ベラルーシ、アイスランドなどと同様、IMF管理下にある。
 1997年の「アジア金融危機」の際はタイ、インドネシア、韓国が IMF管理下に入ったが、今度は社会主義から脱して自由世界に復帰した中東欧諸国が軒並み直撃を受け、苦境に陥っている。
  『人生に乾杯!』 が製作されたのは2007年だが、2009年の現在リアリティはさらに増しているのではないか。先日行われた欧州議会総選挙でハンガリーの持分24議席のうち3議席を極右政党が獲得したという。社会的不満と不安の反映だろう。

 年金問題は社会問題ではあるが、個人個人の人生にとっての大問題でもあるのだ。

                 


                    

2009年7月2日木曜日

ヨーロッパの大学改革-標準化を武器に頭脳争奪戦に


              
 ある私立学園で「教育諮問委員」なるものを仰せつかってすでに6年以上になる。年二回委員会があり、つい先日も出席してきた。

 ビジネスの立場から教育に対して意見せよ、ということなのだが、幼稚園から大学院まで備えた総合学園においても、一般社会との接点はなによりも大学学部の卒業時点、すなわち「出口」にある。卒業生の大半は何らかの形で仕事をすることになるので、私のような者でも意味があるのだろう。いわばデマンド側からの意見、ということになる。
 
 この仕事のおかげで、教育の世界で何がいま起こっているかについて知ることができるのは、ある種の役得といえるだろうか。
 教育基本法の改正から、大学の学士教育の再構築まで、教育界の変化にかかわる、さまざまな資料をみることができ、また教育関係の識者、現場教員管理職からの貴重な見解も聞くことができる。ビジネス界にいて、日頃は教育の世界からはほど遠い私のような者にとっては、貴重な機会となっている。

 先日は教育関連の識者から面白い話をうかがうことができた。
 タイトルにもした「ヨーロッパの大学改革」についてである。
 ヨーロッパでは、欧州域内の高等教育制度の国際競争力を高めるため、共通の枠組みを構築中である。
 1999年の「ボローニャ宣言」によって、学位システムと単位(互換)制度を中心とした欧州共通フレームワーク設計に着手し、2010年をメドに着々と改革を進めている。フランスがイニシアティブをとって進めており、欧州29か国の教育大臣が署名している。
 目的は、まず高等教育システムを域内で標準化することによって、欧州域内の学生と教員の流動性を高め、労働事情における流動性も高めることにある。
 このために、大学学部(Bachelor:最低3年間)と大学院(Master:2年+Doctor:3年)の二段階構造とし、欧州大学間単位互換制度(ETCS:European Credit Transfer System)を導入、高等教育の品質保証のため内部機関と外部機関による評価も実施、品質保証システムを構築する。
 ざっと見る限り、学部(undergraduate)と大学院(graduate)を基本とする米国の高等教育システムをかなりにの程度まで踏襲したものであることがわかる。米国モデルをいったん全面的に丸飲みし、その上であらたな欧州モデルを再構築しようという戦略なのだろう。すでに欧州の共通言語は英語(ただしイギリス英語)となっていることも実現可能性を高くしている。
 最古の大学都市イタリアのボローニャで宣言がなされたということに、欧州各国の並々ならぬ決意を見る。ラテン語が共通言語だった中世においては、学生はそもそも欧州域内を放浪遍歴しながら学ぶのが当たり前の姿であった。

 私が米国に留学した1990年ー92年は、「ボローニャ宣言」以前の、まだ「エラスムス計画」の時代だったが、交換留学制度を使ってかなり多数のヨーロッパの学生が学びに来ていた。いろいろ聞いてみると、セメスター(学期:4か月)だけの交換で、米国の大学(院)で取得した単位は自分が在籍している大学で単位として認められるいっていた。
 同じプロジェクトを組んだ、あるカタロニア人女性は、セメスター単位で、米国だけでなくデンマークの大学にも交換留学しており、サマージョブではイスタンブールで働いた経験もある、といっていた。
 ちなみに、地中海に面したカタロニア地方はスペインではあるが、独自の言語と文化をもったひとつの民族であり、私が「スペイン語を話すのか?」と英語で聞いたら、即座に「カタラン(=カタロニア語)だ」、とえらい剣幕で怒られた。
 当時キャンパスで出会ったヨーロッパの学生は、イタリア、スペイン、フランス、とその多くがラテン系の出身であった。
  
 国際的な競争力の強い米国の高等教育システムの強みを導入し、世界的規模での覇権争いに本格的に取り組むということになると、今後の世界の高等教育、再び米国モデルと欧州モデルの二大勢力が、学生獲得競争をめぐって覇権を争うことになるのだろう。
 アメリカと対抗するために覇権争いは、頭脳を抑えるところから始める、これは本当に腰を据えた長期的なグランド戦略としかいいようがない。
 
 欧州域内の標準化による共通化・・・なんか聞いたことがあったなあ。ビジネス界にいるものがすぐに連想するのはスイスに本部のある ISO(国際標準化機構)、欧州環境法、欧州化学物質規制(REACH)・・・などなど。
 「標準化」のイニシアティブをとって、高いハードルを設けてデファクト・スタンダード(事実上の標準)としてしまう。
 標準化は仕組みを作る側が覇権を握ることになる。標準化のスペックを決める立場にあるからだ。 
 「国際会計システム」(IFRS)をめぐる状況も同様、米国と欧州の独壇場と化しており、すでに日本の出る幕はもはやなさそうだ。

 それにしても、伝統的なドイツの特異性を犠牲にしてまで統一ヨーロッパを優先するという流れは、ドイツが本当に大きく変わりつつあることを示している。ドイツは率先して欧州化の推進役になっている。
 技能教育で独自性を発揮していたマイスター制度もほぼ崩壊、またドイツ語圏であるスイスもさまざまな面で独自性を主張するのが困難になりつつある。
 先にも書いたが、1990年代初頭、米国に交換留学できていた学生はほとんどが、イタリア、フランス、スペインといったラテン系の国々ばかりで、ドイツ人はほとんどみなかった。ドイツ再統一からまだ日が浅かったからだろう。おそらく今後はドイツ人もそうとう動くようになるはずだ。
 「欧州のなかのドイツ」は、単なるスローガンだけでなく、着実なステップで実行に移されている。

 また、おそらく統一欧州が考えているのは、旧植民地であるアジア・アフリカの膨大な教育市場を、再び米国から取り戻そうということではないか。
 アジアについてみても、かつてのカリスマ的リーダーたちは、学歴だけをみれば米国ではなく旧宗主国である欧州各国が中心だった。たとえば、シンガポールを実質上引っ張ってきたリー・クワンユーは、宗主国英国のケンブリッジ大学を首席で卒業しているが、その長男である現在の首相リー・シェンロンは、ケンブリッジだけでなくハーバードも卒業している。
 私が仕事でかかわっていたタイでも、圧倒的多数が米国志向であり、次いで地理的に近いオーストラリアが人気がある。おかげで米国でM.B.A.を習得した私は日本国内よりもタイではつねに尊敬のまなざしで見られていたものである。

 高等教育においては世界のトップレベルにあるのが米国であるが、この流れをなんとか再び欧州に向けさせたい、こういう強い願望が「大学制度改革」にあらわれている。
 教育制度においてもひたすら米国だけを見てきた日本も、再び欧州に目を向ける必要があろう。日本の独自性を主張する余地すらないのは残念なことではあるが。
 しかも長く国際的優勢性を保ってきた初等中等教育すらあやうくなっている。国家百年の計は教育にあり、日本自らが真剣に再構築に取り組まねばならない。





                          

2009年7月1日水曜日

veni vidi vici -ユーリウス・カエサル(Julius Caesar)




 本日から7月である。会計年度では第2四半期の始まりだが、暦年では下半期の始まりの日にあたる。
 7月は英語で July、フランス語では juillet(ジューイエ)、ドイツ語では Juli(ユーリ) である。みな同じ系統のコトバだ。
 ついでにその他ヨーロッパ諸国語もみておくと、スペイン語では julio(フリオ)、イタリア語では luglio(ルーリョ)であり、ロシア語すら Июль(イユーリ)とあきらかに同系統であることがわかる。
 ラテン語では7月は Iulius(ユーリウス)、8月は Augustus(アウグストゥス)である。
 一方、ギリシア語では7月は Εχατομβαιων(ヘカトンバイオーン)、8月はΜεταγειτνιων(メタゲイトニオーン)である。
 つまり断層は、ギリシア語とラテン語にあることがわかる。いいかえれば、西洋社会のカレンダーはそもそも古代ギリシアと古代ローマに断層がある。
 日本人の常識と違って、西洋文明はラテン語世界の圧倒的支配下にあるのだ。

 ラテン語の7月 Iulius は、Gaius Iulius Caesar(ユーリウス・カエサル)、英語読みすれば共和制ローマ末期の軍人政治家であるジュリアス・シーザーからきている。
 同じくラテン語の8月は、Augustus、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス、つまりカエサルの養子であったオクタヴィアヌス Gaius Iulius Caesar Octavianus Augustus のことである。

 カレンダーのなかに、なぜかユーリウス・カエサルとアウグストゥスいう二人の人物の名前が紛れ込んでしまった。理由はわからないのだが。
 中学校の時の英語の教科書にあったが、もともと現在の9月である Sept-ember は7、Octo-ber は8、Nov-emberは9、Dec-ember は10をあらわすことばである。ひととおり英仏独の3カ国語とラテン語の知識があれば、良く理解できる話であるが、ローマではもともと3月から1年が始まっていたらしい。だから、決しておかしくはないようである。
 書いていて思い出したが、森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』(vita sexualis)に、学生時代、ラテン語の語源を知っていれば、ドイツ語でもなんでも西洋語を覚えるのはたやすい、と主人公がいっているシーンがあった。医学用語はラテン語が多いから当たり前といえば当たり前の話ではある。
 私の知り合いに、食品メーカーで人事部から医薬品開発事業部に移った人がいるが、ラテン語の知識のないことをぼやいていた。もちろん私とて中途挫折組だから、たいしてラテン語わかるわけじゃないのだが・・・・

 さて、ここでやっと本題に入る。カエサルである。シーザーである。 
 日本では、盟友ブルータスに裏切られたとき、「ブルータスよ、お前もか」と叫んだ、という話はよく知られている。 
 私としてはもっと威勢のいいコトバを引用しておきたい。
 カエサルは、ルビコン川を渡った乾坤一擲の勝負に際して、「賽は投げられた」という有名なセリフを残している。
 そして、タイトルにあげた veni vidi vici (ヴェーニ・ヴィーディ・ヴィーキ)だ。意味は「来た、見た、勝った」というもの。
 北アフリカ戦線での勝利の際にローマに送った勝利宣言で、見事なまでに v で頭韻、語尾も i で韻を揃えた、実に簡潔な表現である。『ガリア戦記』という著書もある、名文家カエサルの面目躍如たるものがある。

 日本でも、日露戦争の日本海海戦の際の名言、「(敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス)、本日天気晴朗ナレドモ波高シ」があるが、カエサルの簡潔な名言には及ばない。あえていえば暗号だが、「トラ・トラ・トラ」ぐらいだろうか。

 最近はクールビズが普及しているので、ネクタイすることなどほとんどないのだが、私がこのネクタイをしているときは、カエサルにあやかって、ひそかに「勝利宣言」しているのである。