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2010年7月30日金曜日

『つぶやき進化論- 「140字」が Google を超える! -』( エリック・クォルマン、竹村詠美 / 原田卓訳、イースト・プレス、2009)をレビューする




 2010年7月29日日発売の『つぶやき進化論- 「140字」が Google を超える! -』( エリック クォルマン、竹村詠美/原田卓訳、イースト・プレス、2009)を読む機会に恵まれたので紹介しておきたい。

 なお、R+(レビュープラス)様のご厚意として、出版直前の単行本を PDFファイルで読ませていただいたことを記しておく。





「「140字」が Google を超える!」??

 いま現在の日本で、「140字」が何を意味するのかわからないビジネスパーソンは、さすがにそう多くはないだろう。もちろんビジネスパーソン以外でも、「ツイッタ-」が何を意味するかぐらいは知らないことはないだろう。

 ただテレビを見ていると、アナウンサーは「ツイッター」(Twitter)のことを、ミニブログだとか、簡易版のブログと紹介していることが多いが、それは正確な理解とはいい難い。
 もしかすると、実際にツイッターなり、ブログを読んだり、書いたりして日常的に接している者でも、それぞれのメディアの違いや本質については、あまり考えたことはないかもしれないのではないだろうか。

 本書は、昨年2009年8月に米国で出版された Erik Qualman, Socialnomics: How Social Media Transforms the Way We Live and Do Business, Wiley, 2009. の日本語訳である。

 日本語に直訳すれば、『ソーシャルノミックス-ソーシャルメディアがわれわれの生き方とビジネスのやり方をどう変えつつあるか-』とでもなろうか。
 ソーシャルノミックス(Socail-nomics)は、著者の造語だろう。ソ-シャルメディアが主導する経済という意味だと思われる。

 ここでいうソーシャルメディア(SNS)とは、ツイッターやブログ、そしてフェースブックなどの、個人が実名で発信することが可能な(・・ツイッターやブログは実名でなくても構わない)メディアの総称である。
 日本では「ツイッター」がまだまだ旬だから、また米国にも劣らず活気のあるメディアとなっているので、日本語タイトルが、「140字」が Google を超える! なんてものになったのだろう。


この本の内容

 本書に書いてある内容は、ツイッター(Twitter)やフェースブック(Facebook)を日常的に使用し、その世界にある程度まで浸かっている人間なら、それほど目新しいものではない。

 下手な要約をするよりも、実際に読み物として目を通すのが一番だ。
 とりあえず、目次だけでも見ておこうか。

目 次

はじめに 「みんなの経済」(ソーシャルノミックス)の時代がやってきた
1章 クチコミは世界をかけめぐる!(*注)
2章 Twitter 上は360度「ガラス張り」
3章 Twitter の中の「自慢したがり」な面々
4章 「ソーシャルメディアが大統領にした」男
5章 「みんなのメディア」は“みんなの迷い”を吸い込んで成長する!
6章 「自分以外のもの」になれない時代
7章 「140文字」の世界で覇者たるには?
8章 「みんなの経済」時代の消費者は「ガラスの家」に住む(** 注)
訳者あとがき いまこそ個人の「資力(resourcefulnes)」を高めるべきとき

(*注 英語原文では、 Word-Of-Mouth(WOM:クチコミ)と World-Of-Mouth をかけたダジャレになっている) 
(**注 英語原文は、"Glass House Generation"としている。「温室世代」というと日本語では違うニュアンスをもってしまうので、やはり「ガラス張りの家」が適当か)


 本書の内容は一言で言ってしまえば、本文にもあるように、「フツーの人が主役の経済」が、「ソーシャルノミックス」だということだ。
 組織内の階層構造のなかではなく、年齢の上下関係でもなく、個人個人のそれぞれフラットな水平な関係によって成り立つのがソーシャルメディア(SNS)の世界。
 実名が基本であるから、リアルな世界を反映しているものの、リアル世界そのものではない。
 ソーシャルメディア世界のなかでの振る舞いや作法は、当然のことながら存在する。ネガティブな情報は外にださない、ポートレートの写真は慎重に選択する、などなど。
 
 1970年代後半から1990年代後半に生まれた世代のことを、米国では「ミレニアム世代」(Millennials)というが、幼児期からデジタルライフを送ってきた彼らにとって、ソーシャルメディア(SNS)は、水や空気のように自然なものだろう。

 たとえば、メールでのコミュニケーションではなく、SNS上でコミュニケーションを行うこと。それも公開上でやってしまうこともある。
 これは私自身もツイッターやフェースブック上ですでに行っていることなので、特に奇異な印象は受けない。やりとりを公開することで、対話者以外にも対話に参加する機会を作り出すことができるわけだ。これはリアル世界での雑談にも似ている。クチははさまなくても、耳をそばだてる人はいるだろうというのと同じことだ。

 しかし、ミレニアム世代より上の世代にとっては、なかなか理解しがたいものがあるかもしれない。おそらくアタマで考えるだけで、体感できないからだろう。もちろん私も「ミレニアム世界」よりはるかに上の世代なので、ソ-シャルメディアに触れ始めた頃は抵抗がなかったわけではない。
 たとえアタマで理解できたとしても、ココロが納得しないということだ。

 でももうこの流れは止まることはない。
 慣れるしか仕方ないのだ。いつの時代でも新しいメディアが現れたとき、抵抗する者はかならずでてくる。しかし、いったん流れができてしまえば、もはや抵抗は不可能となる。
 そうであるなら、流れに跳び込んでしまった方がいい。あとは溺れないように泳ぎ切れば、自然と泳ぎ方が身についているはずだ。

 まずは、本書のような良質なビジネスノンフィクションを読んで、イマジネーションを働かせることが重要だろう。


「140字」をめぐる日本語状況と英語状況の違い

 ただし、本書のような英語のビジネスノンフィクションの翻訳本について思うことがある。

 米国の先進事情はわかった。でも「ツイッター」と 「Twitter」 は同じではないのではないかという疑問だ。「つぶやき」と「さえずり」の違いといっていいかもしれない。Twitter の本来の意味は、小鳥の「さえずり」のことだ。
 実際に日本語でツイッターを使っている人は気がついていると思うが、日本語と英語とではツイッターのもつ意味あいに、かなりの違いがあるのではないだろうかということだ。

 「140字」のもつ情報量が、日本語と英語とでは大幅に違うのだ。日本語は漢字と平仮名と片仮名の併用が基本なので一般的に情報量は多い。試験問題でも通常100字から200字以内にまとめよ、というのを経験しているはずなので理解はできるはずだ。 
 「英語の140字」というのは、単語を構成するする文字数と字間をすべてあわせて140字ということなので、思ったよりも書き込めないので情報量は少ない。実際に英語の Twitter をみていると内容的には薄いものが多い。
 ウェブサイトやブログのアドレスを短縮化して文字数を減らすツールはあるのだが、それでも英語だとあまり書き込めないのである。

 日本語でツイッターやっている人と、英語で Twitter やっている人とは、だから必ずしも同じ状況ではないといういうことだ。 
 むしろ、俳句や短歌など短い字数で深い内容を表現する文学形式に慣れてきた日本人が、ツイッターにはまったのは当然といえば当然というべきだろう。情報発信の欲求が、140字にジャストミートしてしまったということなのだろう。
 ある意味では、日本人はツイッターの使い方にかんしては、米国人とは違う可能性を見いだしつつあるのかもしれない。


なぜ米国では本格的で、良質なビジネスノンフィクションが量産されるのか・・・(ため息)

 それはさておき、米国では多数出版される本格的で良質なビジネスノンフィクション、なぜ日本ではこの手の内容のあるビジネスノンフィクション作家の層が厚くないのだろうか。

 こういう観点を踏まえたうえで、日本発の「ソーシャルメディアが社会を変える」という内容のビジネスノンフィクション(・・ビジネス書ではない!)が、続々とでてくることを期待したい。





<関連サイト>

「つぶやき進化論」著者エリック・クォルマンからのメッセージ(英語 日本語字幕つき)YouTube動画

ソーシャルメディア 革命2 (Social Media Revolution 2 日本語版) YouTube動画
・・本は読まなくても、この動画だけでも見ておいたほうがいい。ちょっと音楽がうるさいかもしれないが。



 


           

書評 『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)




日本人として生まれた者が人として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために

 自分の身ひとつを通じて、自らの意思によって、自分の身ひとつに身につけたものこそ、本当に生きるために必要なものである。それこそが本当の学問であり、職人の手技であり、コメ作りに代表される農業である。そして、これを可能とするのはただひとつ、著者のいう「独学の精神」のみだ。

 著者は最初の二章で、二宮尊徳、本居宣長、僧契沖、伊藤人斎、中江藤樹、内村鑑三、パスカル(・・ここはフランス文学者らしい)などを引き合いに出し、論理や理屈をもてあそぶ「からごころ」ではなく、人間として必要なものは二宮尊徳のいう「中庸」の道であり、本居宣長のいう「まごころ」あるいは「やまとごころ」であることについて考える。
 この最初の二章は引用が多く読みにくいかもしれないが、腰を据えてじっくりと。これら古人のいうところを味わってみたいものである。
 つづく第3章で、昔ながらの職人の手技を重んじる大工の手仕事、第4章で江戸時代に代表的な農書である『農業全書』を書いた宮崎安貞を取り上げ、コメ作りを代表とする日本の農業のもつ意味について考える。この二章は、経験のもつ意味について考える文章であり、比較的読みやすいはずだ。

 しかし思うに、著者の説くことを実践するためには、「学校という近代制度」ほど馴染まないものもあるまい。「ほんとうに大事なことは何ひとつ教えることなどできない」からだ。
 もし可能であるとすれば、第1章と第2章に登場する古人たちのように「私塾」という形で師と門人の関係として、あるいは「職人」として師と弟子の関係になるしか方法はないのだろう。
 自分が生きるために必要なものを、真似び、盗み、そして生きた手本にしたがって繰り返し、繰り返し鍛錬するよりほかに方法はない。芭蕉のいうように、「古人の求めたる所を求める」ことを通じて「独学」するのみである。
 著者の説くところをさらに敷衍(ふえん)すれば、私見だが、現代人であるわれわれに可能な方法は、コメを中心とした和食を、日々の料理として自ら作り、食べることではないかと思っている。料理もまた素材から味を引き出すための手技であるから。

 本書にあと一章欲しかったとすれば、それは著者が鍛錬してきたという新陰流剣術などの武術についてだ。本書ではまったく語られていないが、著者が本書に述べた見解を持つように至ったのは、剣術の鍛錬が基礎にあるからだろう。武術の鍛錬もまた、日本人の「独学の精神」を作り上げてきたものだ。著者は言外にそう語っているのだと私は思う。無駄をそぎ落とした、まさに抑制の美学である。

 新書本にはあるまじき内容の濃い一冊である。現代という時代に疑問をもち、本来あるべき姿に一歩でも立ち戻るためには、どこから手をつけたらいいのか、模索している人にはぜひ手にとってみてほしい本である。

 日本人として生まれた者が、人として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために。


<初出情報>

■bk1書評「日本人として生まれた者が人として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために」投稿掲載(2010年7月25日)
■amazon書評「日本人として生まれた者が人として生きるとはどういうことか、身にしみて考えるために」投稿掲載(2010年7月25日)

*再録にあたって、加筆修正を行った。






<書評への付記>

 私が読んだのは、2010年4月の第3刷。2009年2月の初版第1刷から1年強で3刷というのは、この手の本にしては売れている。
 ホンモノを求める欲求が、日本人のなかに再び生まれつつあることの現れではないだろうか。

 著者はフランス文学者、言語学者のソシュールの思想や映画や絵画などの造詣が深い。本書では横文字はいっさい使わず、もっぱら日本の江戸時代の思索者と現代の職人に焦点を絞って、「独学の精神」について深い思索を行っている。 

 著者はまた、新陰流剣術の遣い手でもあるという。「新陰流・武術探求会」を主宰、尾張柳生家伝来の新陰流を稽古しているという。この面にかんする著者の活躍は存じ上げていないが、私自身、合気道をやっていたこともあり、武道家で、しかも知性派の人物には共感を感じる。
 著者の武術にかんする思索は、『宮本武蔵 剣と思想』(前田英樹、ちくま文庫、2009)を読まねばならないだろう。これはぜひそのうちに読んでみたい。

 「私塾」について。本書で取り上げられた、二宮尊徳、本居宣長、僧契沖、伊藤人斎、中江藤樹、内村鑑三いった「独学の精神」の持ち主たちはみな、「私塾」という形で、師と弟子の関係で教えを説いた。アカデミックな官学の世界で身を立てようなどとはいっさいしていない。のちにお上から声がかかることがあっても、基本は「私塾」であり、「独学の精神」をもった門人たちによって経済的にも支えられていた。

 『私塾のすすめ-ここから創造が生まれる-』(斎藤孝/梅田望夫、ちくま新書、2008)という対談本でもでている。インターネット時代の現在、私塾という形が、「独学の精神」を涵養するうえで、もっとも有効なメソッドであるとこの本の著者たちは熱く論じあっている。

 二宮尊徳については、このブログでも先日とりあげたばかりである。成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日) (4) 間奏曲-過去の断食参籠修行体験者たちの記述を参照されたい。二宮尊徳は、成田山新勝寺で21日間の断食参籠修行を成就している。

目 次

第1章 身ひとつで学ぶ
 金次郎の独立心  学校嫌いこそ正しい  なぜ勉強するのか  
 「思考力」という悪い冗談  「読解力」のおかしさ  
 読むことはどんな技なのか  「基本」はどこにある
第2章 身ひとつで生きる
 葦のように考えよ  知らざるを知らずと為せ  独学者であること
 「国際性」に独立などない  身を立てるとは  死んだ人のありがたさ
第3章 手技に学ぶ
 大工仕事は貴い  教える愚かさ  師匠の必要、不必要
 職人は何でも知っている  「独創」は無意味である  
 何が<努力>なのか
第4章 農を讃える
 狩猟の悲しみ  農の喜び  稲と生きる  植物的であれ
 米を食べよう  真理の単純さ


著者プロフィール

前田英樹(まえだ・ひでき)
1951年大阪生まれ。中央大学大学院文学研究科修了。現在、立教大学現代心理学部教授。専攻はフランス思想、言語論。言語、身体、記憶、時間などをテーマとして映画、絵画、文学、思想などを扱う。新陰流剣術の筋金入りの遣い手でもある。新陰流・武術探求会主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
 


<ブログ内関連サイト>

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日) (4) 間奏曲-過去の断食参籠修行体験者たち
・・二宮尊徳についてやや詳しく取り上げた

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)

書評 『大使が書いた 日本人とユダヤ人』(エリ・コーヘン、青木偉作訳、中経出版、2006)
・・イスラエルでは人口比では日本以上に日本武道が普及していること
 
「特攻」について書いているうちに、話はフランスの otaku へと流れゆく・・・
・・フランス人は日本武道に親近感をもっていること

書評 『プーチンと柔道の心』





                

2010年7月29日木曜日

書評 『イルカを食べちゃダメですか?-科学者の追い込み漁体験記』(関口雄祐、光文社新書、2010)




「捕鯨は日本文化である」ではなく、「日本には捕鯨文化がある」という立場は重要だ

 沿海小型捕鯨業とイルカ漁業が許可されている港は、現在でも太平洋沿岸を中心に日本では複数存在している。そのなかでもっとも有名なのは、「クジラの町」を掲げる和歌山県太地町であろう。太地町には町立の「くじらの博物館」もあり、江戸時代以来の古式捕鯨は、形を変えながらも小型鯨類やイルカの追い込み漁として現在まで太地町には生きている。

 本書は、この太地町で15年間にわたって、フィールドワークの一環としてイルカ追い込み漁の漁船に複数回乗せてもらった、元水産庁調査員のイルカ行動学の研究者が、イルカを含めたクジラ類と太地町との400年以上にわたる密接なかかわりを、捕獲から解剖、食肉流通(・・それも市場外流通)など多方面にわたって書き記した記録である。
 内容は多岐にわたり、しかも随筆的な書き方なので、まとまりを欠く感がなくもないが、「捕鯨は日本文化である」という立場ではなく、「日本には捕鯨文化がある」という立場を前面に出したことは評価していいのではないかと思う。文化とはあくまでもローカルなものであり、食文化も含めた捕鯨文化は必ずしも日本全体が共有する文化ではない、あくまでも地域限定のものであるからだ。

 ただし、おそらく出版社がつけたのであろう、売らんかなという意図が見え見えのタイトルは、はっきりいってミスリーディングである。
 日本での公開に先立って物議を醸した、アカデミー賞受賞映画『ザ・コーヴ』の向こうを張った内容かと思ったらさにあらず。
 この本を手にとった読者がおそらく期待するであろう、イルカを食べたという話は全然でてこない。食べた話がでてくるのはクジラばかりである。

 とはいえ、タイトルに引っかけられた読者も、最後まで読むことをすすめたい。そのうえで、付録の太地町ガイドを参考にして、太地町にまで足を運んでもらい、ぜひ「くじらの博物館」を訪れて欲しいものである。
 「太地町の文化」であるクジラ文化について、「捕鯨は日本文化である」といったナショナリズムに基づいた声高な主張からではなく、太地町という土地に根ざしたローカルな文化である「捕鯨文化」の意味を感じ取るキッカケになれば、著者冥利につきるというものだろう。

 こう理解すれば、映画『ザ・コーヴ』の評価も、自ずから定まるというものではないだろうか。


<初出情報>

■bk1書評「「捕鯨は日本文化である」ではなく、「日本には捕鯨文化がある」という立場は重要だ」投稿掲載(2010年7月25日)
■amazon書評「「捕鯨は日本文化である」ではなく、「日本には捕鯨文化がある」という立場は重要だ」投稿掲載(2010年7月25日)






<書評への付記>

 私はイルカの肉は食べたことはないし、特に食べたいとは思わない。

 イルカの肉を食べたいとは思わないのは、かわいそうだからとかそういう理由ではなくて、ただ単純に「なにもイルカを食べなくても・・・」と思うからに過ぎない。
 過去には、カリブ海でウミガメのステーキやスープも食べたことがあるし(・・『不思議の国のアリス』にでてくる「偽ウミガメスープ」を思い出しながら)、オーストラリアではカンガルーのステーキも食べた。ウミガメはうまいと思ったが、カンガルーはあっさりしすぎてあまりうまいとは思わなかったが。

 結局、何を食べて何をうまいと思うかというのは食文化に属することであり、「文化」(カルチャー)とはローカルなものである。これが「文明」(シビリゼーション)との大きな違いである。
 和歌山県太地町でイルカの追い込み漁がなされ、地元でイルカが食されようと、それはその土地の習慣と趣味嗜好の話であり、それ以外の地域の人たちがとやかくいうべき話ではない。
 長野県では蜂の子を食べるし、東南アジアでは虫も食べる。それが好きかどうかは、外野がとやかくいうべき話ではない。

 こういった地域限定の「文化」に対して、「文明」の立場から大上段に振りかぶって、頭から否定してかかるメンタリティーや態度には不快なものを感じるのは、私だけではないだろう。
 イルカが知性が高くて、かわいい存在であることは誰も否定しないが、地域の文化を頭ごなしに否定するのはやめたほうがいい。
 イルカ保護運動の人たちが「善意」からやっていることは理解できなくはないが、その「善意」が押しつけと映るのは好ましいことではない。彼らの姿勢が「イルカ保護」というよりも、「反日」と受け取られかねないのは、彼らにとっても望ましいことではかなろう。
 彼らは無意識なのだろうが、どうしてもキリスト教を背景にした「十字軍」的匂いを感じるのは不快な話である。彼らの原理主義的情熱については、ぜひ『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみるをご参照願いたい。

 もちろん、捕鯨やイルカ漁についても、あくまでもその土地の原住民(indigenous people)にとっての文化という観点から日本列島近辺の沿海漁業に限定し、南氷洋の調査捕鯨は自粛するべきではないのかという著者の見解には、私も賛成を感じるようになってきた。それこそ「事業仕分け」の対象として俎上に乗せるべきではかなろうか。

 それはともかく、一度はぜひ「太地町立くじらの博物館」を訪問することをお薦めしたい。「くじら文化」を捕鯨から、骨格標本、生態、食文化までトータルに捉えた、文字通り「くじらの総合博物館」である。私は数年前に一度だけだが訪問して、お土産として、民芸品の「くじら車」を買って帰った。

 文化と文明の違いについて考えるうえでも、イルカ漁は試金石になるものだといえるだろう。


<参考サイト>

世界一のスケールを誇る「太地町立くじらの博物館」

【調査】まずは疑って係!/和歌山県太地町にアポなし突撃取材敢行!イルカって、食べたことないんですけど……。(月刊チャージャー8月号) (2010年8月17日追加)

NHKスペシャル「クジラと生きる」(2011年5月22日 放送)
・・『ザ・コーヴ』というでっち上げ映画公開以降の和歌山県太地町の6ヶ月間を描いた特集。ローカルの食文化を圧殺することを一顧だにしない、イデオロギーに凝り固まった「反捕鯨活動家」たちの無意識に醸し出す醜さが、おのずから画面からにじみ出ていた。(2011年5月22日追加)


<ブログ内関連記事>

映画 『ザ・コーヴ』(The Cove)を見てきた

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い 




                

 

2010年7月28日水曜日

映画  『シスタースマイル ドミニクの歌』 Soeur Sourire を見てきた




 映画 『シスタースマイル ドミニクの歌』を見てきた。場所は、東京・銀座のシネスイッチにて。
 

◆2009年 フランス/ベルギー映画 124分
◆監督:ステイン・コニンクス
◆出演:セシル・ド・フランス、サンドリーヌ・ブランク



映画の概要

 日本でも東京オリンピックの頃、ペギー葉山やザ・ピーナッツによってカバーされて大ヒットしたという(・・その当時の記憶は私にはありませんが)名曲「ドミニク」を作詞作曲し歌ったベルギー人修道女の物語。

 この映画は、ある一人の女性の「自分探し」と、成功と挫折の人生の物語である。俗名ジャニーヌ・デッケルス(1933-1985)という、ベルギーの首都ブリュッセルに生まれた、実在のシンガーソングライターの実話をもとにしている。

 物語は、まだ女性が自由に自分の人生を生きることが可能ではなかった1950年代後半、人生の意味を感じることができない女性が、現実から脱出したい思いから、伝道者としてアフリカに派遣される可能性に賭けて、ドミニコ会の修道院に入ることから始まる。
 修道院で、歌の才能を見いだされた主人公は、宣伝になるというカトリック教会組織上層部の強い引きもあって、聖ドミニコの生涯を軽快なリズムで歌にした「ドミニク」で1963年にレコードデビュー、爆発的なヒットによって「歌う修道女」(The Singing Nun)として世界的に有名になる。
 その後、さらに歌で自分を表現したいという気持ちを抑えきれずに還俗して修道院を飛び出すが、待っていたのは挫折につぐ挫折の連続であった・・・

 映画の最後近く、自作の Avec toi, je veux partir toute la vie. というフランス語の歌詞の歌が流れる。
 「あなたと一緒に、生涯ずっと行きたい・・」という意味だが、フランス語を耳で聴いていると、女友達を指した avec toi のように聞こえるが、神のことを指した avec Toi かもしれない。おそらく両方の意味をもたせているのだろう。

 深くて静かな感動が心に残る。
 

ベルギー現代史とカトリック教会の大変革という時代背景

 時代背景は、第二次大戦の終了からすでに14年たって経済的には復興されていたものの、まだまだ世の中全体が戦前を引きずっていた。女は結婚して家族をつくり家業を引き継げという、親たちの世代の保守的な価値観が支配していた時代である。ベルギーはカトリックが圧倒的に多い地域だから、余計そういう保守的な傾向が強かったのだろう。

 映画に登場する白黒テレビには、時の教皇ヨハネ23世が説教するシーンがでてくる。
 この教皇のもと、1962年10月から、次のパウロ6世の1965年11月にかけて、いわゆる「第二バチカン公会議」(Vatican Ⅱ)という、カトリックの大改革に向けての激論が交わされていた頃だ。
 カトリック教会じたいが、変貌する現代社会のなかで、布教方針をめぐる価値観の一大転換期の前後にあった。価値観のゆらぎがはじまていた時代とは、保守派と革新派のせめぎあいの時代である。

 時代転換期の狭間にあった主人公は、自我の解放という時代の申し子であった。俗世間の価値観の変化のほうがはるかに進行は早い。
 こういう時代のなか、人生の意味を求めてさまよった魂は、現代風にいえばまさに自分探し(soul searching)の人生だった。定められた運命から脱出するために修道院に入るというのは、直情径行型の人間であったためだろうか、熟慮の結果であったのかどうかはわからない。
 しかし主人公がもらしたセリフ、「自由になりたい、だけど縛られたいという気持ちもある」は、彼女に限らず多くの人にとってホンネではないだろうか。

 ちなみに主人公が入った修道院は、清貧で有名なドメニコ会のフィッシャーモント(Fischermont)修道院で、場所はナポレオン戦争で英仏軍が激突したワーテルロー(ウォータールー)にある。風光明媚な田舎である。
 外界から守られた空間である修道院内部では、基本的に無所有で、ベネディクト会ではないが、「祈り、かつ働け」(ora et labora)というシンプルライフで、波風のない静かな日々を送ることになる。

 生まれるのが少し早すぎたのか、それとも遅すぎたのか。主人公もまた修道女となったものの、時代の子であった。
 アフリカ伝道行きが決まって、修道院から派遣されてルーヴァン・カトリック大学で聴講するシーンがでてくるが、1963年当時の修道女と大学生たちとのライフスタイルの違いは、大きなコントラストとして描かれる。

 聖ドミニコのように伝道(ミッション)に生きたいという主人公。ベルギーの修道会であるから、アフリカといえば何よりもコンゴを指している。
 ベルギー領コンゴは、1960年に宗主国ベルギーから独立、しかし以後5年間にわたって内乱が続いた。いわゆる「コンゴ動乱」とよばれた激動期を経験している。
 この間の状況について映画では直接描かれないが、すでに主人公は修道院に入って外界の情報が入ってこなかったということもあるのかもしれない。それとも社会的な問題にはあまり関心がなかったのだろうか。

 こういったことは知らなくても、一人の女性の「自分探し」と成功と挫折の物語として見るのもよい。
 ベルギー現代史やカトリックについてある程度知っていると、より重層的にものを見ることができる。


「スール・スーリール」(Soeur Sourire)

 日本語版のタイトルは、英語風に「シスタースマイル」(Sister Smile)としているが、オリジナルのフランス語 Soeur Sourire のほうが韻を踏んでいるのでコトバの響きがよい。無理矢理に日本語でカタカナ表記すれば「スール・スーリール」となる。

 フランス語の soeur はいうまでもなく姉妹のことで、日本でいうシスター、つまり修道女のことでもある。日本語では修道士を意味するブラザーが定着していないのに、なぜシスターが定着したのか不思議なのだが。
 ちなみに、私は米国に留学中、黒人からはよくブラザー(兄弟!)と呼びかけられていたが、Bro は Brother の略、人間に上下関係を持ち込まず、水平な関係で行こうという素晴らしい考え方なので、これは名誉と捉えるべきだろう。カトリックの修道院とは関係ないのい話である。

 しかしこの「スール・スーリール」という芸名(nom de guerre)の使用権がカトリック教会とレコード会社のフィリップス社にあったため、主人公が還俗してから使用できないことがわかる。そのために苦難と挫折の人生が始まるのである。

 名前がもつ経済的価値と権利関係の問題、こういう観点からこの映画をみることもできるだろう。


ドミニク、すなわち聖ドミニコとは?

 ドミニク(Dominique)とは聖ドミニコ(1170-1221)のこと。ラテン語では聖ドミニクスという。
 カトリックの修道会ドメニコ会の創設者であり、アッシジの聖フランチェスコ(1182-1226)とは同時代人である。
 この二人の聖者は何かと比較されがちだが、聖ドメニコの日本での知名度はあまり高くない。
 しかしヨーロッパ史においては、ドメニコ会の存在はけっして小さなものではない。聖ドミニコは、異端のアルビジョワ派(カタリ派)が拡がっていたフランスのラングドック地方での伝道を命じられ、裸足で説教して回った。

 ドミニコ会士というと異端撲滅と判を押したようにでてくるが、それは神学の研究に励み、著名な学者を多く輩出したためであり、ドミニコ会から異端審問の審問官に任命されることが多かったからである。
 著名なドミニコ会士には、学問重視の姿勢が反映して、著名人が綺羅星のごとく並んでいる。アルベルトゥス・マグヌス、トマス・アクィナス、マイスター・エックハルト、ジローラモ・サヴォナローラ、ジョルダーノ・ブルーノ、トマーゾ・カンパネッラ、フラ・アンジェリコ、バルトロメ・デ・ラス・カサス・・・このなかには異端として断罪された人物も含まれる。
 
 13世紀のヤコブ・デ・ウォラギネ作『黄金伝説』(Legenda aurea)によれば、聖ドミニコの出生伝説は以下のようなものである。

母は、この子(=聖ドミニクス)をみごもった時、口に燃える松明(たいまつ)をくわえた一匹の子犬が体内をかけめぐる不思議な夢をみたという。子犬は、やがて母のカラダから出て行くと、その松明(たいまつ)で全世界に火を点じた。また、洗礼に立ち会った婦人は、ひとつの明るい星がこの子の額に光っているのを見た。この星は、その後世界中を煌煌(こうこう)と照らしたのである。
(引用は、『黄金伝説』(前田敬作/西井武訳、平凡社ライブラリー、2006) P.104)


 白象が降りてきて右脇からカラダのなかに入ってくる夢を見たという、お釈迦さまの母マーヤ(摩耶)夫人(ぶにん)の例もある。キリスト教でも同様な例があるのは面白い。
 聖ドミニコの母ヨハンナの体内か胎内か、日本語訳からはわからないが、母親の体内をかけめぐった子犬は、聖ドメニコの性格を暗示しているようだ。
 こういう伝説があるので、ドミニコ会士は、迷える羊を主人の牧場に連れ戻す犬の役目を果たしているわけなのだ。つまり異端を説得し、正統な信仰に引き戻す役目である。

 もっとも有名なのがアルビジョワ派への説教である。アルビジョワ派とは、別名カタリ派といい、南フランスのラングドック地方を中心に広がった、極端な禁欲思想を説いた教えである。
 聖ドメニコはアルビジョワ派へ説教を通じて、カトリック伝道には異端派と同様の熱情と厳格主義が必要だと悟って、清貧の生活に入る。聖フランチェスコとは別のアプローチだが、同時代の時代風潮をよく反映しているのではなかろうか。

 この時代については、大学時代のゼミナールのテキストとして使用された『モンタイユー』(ルロワ・ラデュリー)で取り扱われている。大学時代に購読した当時はまだ日本語訳がなく、ゼミテンはフランス語の原文か、そのドイツ語訳を使用していた。その後に洋書店で英語訳をみる機会があったが、英語訳がえらく平明な訳文になっているのには驚いた記憶がある。

 「ドミニクの歌」をはじめて知ったのがいつなのか正確な記憶がないのだが、ずいぶん昔の話のような気がする。軽快なメロディーのこの歌は、私は英語版で覚えていたが、聖ドミニコのイメージは大幅にかわったのではないだろうか? 
 どうしても、カトリックではない私から見れば、高校時代に読んで大いに影響された、東大の中世学者・堀米庸三の『正統と異端-ヨーロッパ精神の底流-』(中公新書、1964)の記憶が強くて、ドメニコ会=異端撲滅という固定観念が強いのだ。その結果、アッシジの聖フランチェスコを賞賛したくなりがちである。

 イタリアの記号学者ウンベル・エーコ原作の映画 『薔薇の名前』においては、フランシスコ会士は単細胞、ドミニコ会士は学識者という単純化がされているが、案外こういう図式分けの法が正しいのかもしれないという気もする。ただし、映画の主人公はフランシスコ会士に設定して意外性を狙っているようだ。
 原作はまだ日本語訳がでていなかったときに英語訳で読んだのだが、ディテールまでは記憶していないので、どうしても映画の記憶のほうが強いのだが・・・


「ドミニク」の歌詞

 オリジナルはフランス語である。ベルギーのフランス語圏出身のジャニーヌ・デッケルスは当然のことながらフランス語が母語である。
 「ドミニクの歌」(Dominique)YouTube映像は、フランス語歌詞を画面でみながら音声を聴ける。

Dominique

Dominique, nique, nique
S'en allait tout simplement,
Routier, pauvre et chantant
En tous chemins, en tous lieux,
Il ne parle que du Bon Dieu,
Il ne parle que du Bon Dieu

A l'époque où Jean Sans Terre, d'Angleterre était le roi
Dominique notre père, combattit les albigeois.
[au Refrain]

Certains jours un hérétique, par des ronces le conduit
Mais notre Père Dominique, par sa joie le convertit
[au Refrain]

Ni chameau, ni diligence, il parcourt l'Europe à pied
Scandinavie ou Provence, dans la sainte pauvreté
[au Refrain]

Enflamma de toute école filles et garçons pleins d'ardeur
Et pour semer la parole, inventa les Frères-Prêcheurs
[au Refrain]

Chez Dominique et ses frères, le pain s'en vint à manquer
Et deux anges se présentèrent, portant de grands pains dorés
[au Refrain]

Dominique vit en rêve, les prêcheurs du monde entier
Sous le manteau de la Vierge, en grand nombre rassemblés.
[au Refrain]

Dominique, mon bon Père, garde-nous simples et gais
Pour annoncer à nos frères, la vie et la vérité.
[au Refrain]

(出所:http://www.lyricsdownload.com/the-singing-nun-dominique-lyrics.html


 フランス語圏以外での拡販のため、英語版でもレコーディングされている。

Dominique

Dominique, nique, nique, over the land he plods
And sings a little song
Never asking for reward
He just talks about the Lord
He just talks about the Lord

At a time when Johnny Lackland
Over England was the King
Dominique was in the backland
Fighting sin like anything

Now a heretic, one day
Among the thorns forced him to crawl
Dominique with just one prayer
Made him hear the good Lord's call

Without horse or fancy wagon
He crossed Europe up and down
Poverty was his companion
As he walked from town to town

To bring back the straying liars
And the lost sheep to the fold
He brought forth the Preaching Friars
Heaven's soldier's, brave and bold

One day, in the budding Order
There was nothing left to eat
Suddenly two angels walked in
With a loaf of bread and meat

Dominique once, in his slumber
Saw the Virgin's coat unfurled
Over Frairs without number
Preaching all around the world

Grant us now, oh Dominique
The grace of love and simple mirth
That we all may help to quicken
Godly life and truth on earth

(出所: http://www.lyricsdownload.com/the-singing-nun-dominique-lyrics.html


 「映画の概要」で書いておいた、映画の最後に流れる歌は、大文字の Avec Toi である。歌詞は以下のとおりだが、映画では女友達のことを指しているようにも聞こえるので、実にうまく使っているなあと感心している。

Avec Toi

Avec Toi je veux partir toute la vie
Sur les routes du monde entier
Avec Toi je veux partir toute la vie
Chez mes frères du monde entier
Tu m'as tendu la main,
Et mes pas dons les tiens
Te suivront o mon Dieu
Quel que soit le chemin
Avec Toi je veux partir toute la vie
Sur les routes du monde entier
Avec Toi je veux servir toute la vie
Tous mes frères du monde entier
Et j'irai vers ceux-la
Ou Tu me conduiras
Pour chanter, o mon Dieu,
Ton amour et Ta joie
Avec Toi je veux servir toute la vie
Sur les routes du monde entier
Avec Toi f'irai jusqu'au bout de la vie
Sur les routes du monde entier
Avec Toi f'irai jusqu'au bout de la vie
Chez mes frères du monde entier
Comme Toi se donner
Et se perdre et s'user
Pour grandir o mon Dieu
Ton royaume d'amitié
Avec Toi f'irai jusqu'au bout de la vie
Sur les routes du monde entier
Avec Toi je veux partir toute la vie
Sur les routes d'Eternité
Au seuil du Paradis
Tu attendras ma vie
En Tes mains, o mon Dieu
Je remets mon esprit
Avec Toi je veux partir toute la vie
Sur les routes d'Eternité

(出所: http://deckers66.homestead.com/soeursourirelyrics3.html


 Avec Toi(=With Thou)とは、日本語でいえば、お遍路さんの笠に書かれた「同行二人」と同じ意味である。「同行二人」とは、一人歩くお遍路さんは、つねに南無大師遍照金剛、すなわち弘法大師空海と一緒に歩いている、という意味だ。
 一人歩く巡礼者は、けっして一人でも孤独ではない。


<関連サイト>

映画 『シスター・スマイル ドミニクの歌』公式サイト

フランス語版トレーラー(英語字幕つき)

「ドミニクの歌」(Dominique)YouTube映像
Soeur Sourire - Dominique lyrics (フランス語歌詞をみながら音声を聴ける)

ペギー葉山が歌った日本語カバーの歌詞

SOEUR SOURIRE The Singing Nun(英語)

Wikipedia の項目 The Singing Nun(日本語版より情報量が多い)

聖ドミニコ会



<ブログ内関連記事>

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人
・・ついでにとりあげた『コリャード懺悔録』のコリャードもドミニコ会士。

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)








   

2010年7月27日火曜日

書評 『正座と日本人』(丁 宗鐵、講談社、2009)




「歴史探偵」のお医者さんが徹底追求する、歴史の常識をくつがえす本

 「正座は日本近代そのものであった」。乱暴に一言で要約するとこうなるだろうか。
 日本の伝統作法だと思われている正座は、実は一般に広く普及したのは明治時代から大正時代にかけてにすぎないのだ。つまり「創られた伝統」なのである。

 江戸時代に人口の5%を占めるに過ぎなかった武士の作法であった正座が、なぜ明治時代以降に一般に普及することになったのか? 
 明治になってから、東アジアにあって、中国や韓国と差別化された日本国民を創り出すという政府の強い意向のもと、儒教による修身教育とセットになった形で、身体技法としての正座の普及が促進されたからだ。
 正座の普及を促進した唯物的な要因は、畳の普及(!)と座布団の普及(!)という、現代人の常識を完全にくつがえす事実の数々である。
 江戸時代は、武士と商人を合わせてもたかだか人口の1割程度、のこり9割の農民を中心とした百姓は、明治時代になるまで畳の生活などしたことがなかったのである! 板の間に寝起きしていた農民が、どうやって正座ができたというのだろうか!
 韓国人から「奴隷座り」とさげずまれてきた正座は、やはり目上の人間に対する、目下の人間の振る舞いだったのだ。日本人もまた、むかしは韓国人と同様に片膝座りは不自然ではなかったらしい。
 このほか、かつて国民病といわれた脚気の原因がわかって大幅に減少したことなど、「歴史探偵」のお医者さんが徹底追求する。

 生活の洋風化によって畳の生活が消えつつある現在、茶の湯や武道などの例外的場面を除いては、日常生活から正座は消えつつあるいっても言い過ぎではないだろう。ここでいう茶の湯も、武道も歴史は長いが、現在の形になったのは、実は近代になってからであることを忘れてはなるまい。
 常識の盲点をつく本書は、すでに「近代」が終焉し、「後近代」への移行期にあるわれわれに大きな示唆を与えている。「創られた伝統」にとらわれるな、と。

 ぜひ直接目を通して、著者と一緒に驚きを味わってほしい。





<初出情報>

■bk1書評「「歴史探偵」のお医者さんが徹底追求する、歴史の常識をくつがえす本」投稿掲載(2010年7月22日)


*再録にあたって、文章の構成に大幅に手を入れた。


<書評への付記>

 先日、成田山新勝寺の断食参籠修行に参加した際、なんといってもカラダにこたえたのが正座である。成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次) を参照。

 大学時代の4年間、合気道を修行していたとはいえ、正座そのものは好きではない。子供の頃から、椅子とテーブルの生活なので、床に直接座る生活も実はあまり好きではない。
 合気道で腰を痛めた私は、腰を伸ばすことができるので、椅子に座るときも固い椅子で背中を伸ばしている。 

 断食参籠道場は和室の生活であり、胡座(あぐら)か正座するしかない。水しか飲めない環境でカラダがだるく、文机を前にして座っていること自体が苦痛になってきた。

 きわめつけは朝護摩に参加した至近距離で護摩行を見るために、内座に入って正座を続けたことだ。これがなんとトータル50分近く、これほどの苦痛を味わったのも久々であった。それ以降の護摩は長いすに座って参加することにしたのは、参籠道場内では椅子に座れなかったからということもある。

 護摩に参加する僧侶たちはみなすべて正座。慣れているからいいのだろうが、正座がカラダにいいとはいえないだろう。もちろん胡座(あぐら)や片膝座りはできないだろうが。
 かつて司馬遼太郎は、朝鮮民族が片膝座りをするのは遊牧民の末裔である証拠だというようなことを発言していたが、日本人も片膝座りをしていたことから考えると、この考えは必ずしも正しくないことがわかる。

 同じ仏教圏といっても、タイでは信者も正座はしない。女性だけでなく、男性も横座りである。これも慣れないと座りにくい。正座をする習慣のないタイ人は、日本人より足が長いような気がしないでもない。

 座り方は文化であり、しつけによって身につけさせられるものである。
 正座もまた、かつてはそうであったが、実は本書で明らかになったように、「近代」になってからの「創られた伝統」であったに過ぎないのであった。


目 次

第1章 座り方の意味
第2章 茶道と正座
第3章 武士から庶民へ
第4章 畳と正座
第5章 着付けと正座
第6章 明治の時代背景と正座
第7章 歴史に見る正座
第8章 正座よもやま話今の常識、再点検
第9章 正座の解剖
第10章 正座の応用
おわりに 正座の使命は終わったか


著者プロフィール

丁 宗鐵(てい・むねてつ)
医学博士、日本薬科大学教授、東京女子医科大学特任教授、未病システム学会理事、東亜医学協会理事、百済診療所院長。
1947年、東京都生まれ。横浜市立大学医学部卒業。同大学大学院修了。北里研究所入所。この間、米国スローン・ケタリング記念癌研究所に客員研究員として留学。北里研究所東洋医学総合研究所研究部門長、東京大学医学部生体防御機能学講座助教授などを経て、2004年から現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<ブログ内関連記事>

「恵方巻き」なんて、関西出身なのにウチではやったことがない!-「創られた伝統」についての考察-

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる
・・同じく「創られた伝統」について

バレンタイン・デーに本の贈り物 『大正十五年のバレンタイン-日本でチョコレートをつくった V.F.モロゾフ物語-』(川又一英、PHP、1984)
・・同じく「創られた伝統」について

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・すでに「近代」から「後近代」に移行しつつある日本について





                     

2010年7月26日月曜日

書評 『お寺の経済学』(中島隆信、ちくま文庫、2010 単行本初版 2005)




お寺の経営は今後も成り立つのか?-経済学の立場からみた知的エンターテインメント

 「檀家制度」に乗っかっただけの仏教寺院経営は今後はなり立たない、これが著者のメッセージである。

 著者はこの結論に到達するまでに、実に日本仏教の現状についてよく調べており、日本仏教の現状を経済学の観点から網羅的に過不足なく見ている。しかも、叙述は淡々とした文体、批判や糾弾ではなく、冷静な分析に基づいた、けっして無理のない具体的な処方箋が提示されている。
 著者が分析対象である仏教に対して、本書を執筆するまでほとんど関心がなかったとあとがきに書いているが、変な先入観なしに対象と取り組んだのがよかったのかもしれない。

 仏教の立場からする「仏教の経済学」といえば、本書の第一章の内容のみがその対象となる。しかし、著者は仏教僧侶でも仏教研究者でもない。あくまでも、経済学者の立場から仏教にアプローチしており、しかも対象は日本仏教である。
 仏教信仰のなかみには過度に深入りせず、社会制度としての仏教を歴史的に概観し、市場経済外の範囲まで含めて、日本仏教が成り立っているメカニズムを経済学的に分析、本山と末寺という宗派の組織論から、個々の仏教寺院の経営数字を、収入から支出、宗教法人の非課税にまで踏み込んで分析しており、たいへん読み応えのある読み物となっている。

 また、日本内地の仏教の特徴を際立たせるために、沖縄の仏教事情について一章を割いているのも心憎い。タイ仏教についてはコラムだけにとどめているのは物足りない気もしないではないが、日本仏教とはあまりにも異なる上座仏教は比較対象としては、「檀家制度」を前提にした「葬式仏教」という、著者の関心からはあまり実り多いものではないからだろう。沖縄の仏教事情にうとい私には、非常に興味深い内容であっただけでなく、内地の仏教の未来図となっているのかもしれないという著者の指摘は傾聴に値すると思われた。
 キリスト教や新興宗教との比較があれば、さらに面白いものになったと思うが、それでは議論が拡散してしまったかもしれない。

 本書は、経済学を知っていればもちろんのこと、経済学の知識がなくても十二分に楽しめる知的エンターテインメントになっている。
 仏教者の立場から日本仏教の現状に警鐘を鳴らす本は少なくないが、これほど面白くためになる本もなかなかないのではないかと思う。とくに期待せずに読み始めたのだが、読んで正解であった。ぜひ多くの人に一読をすすめたい。


<初出情報>

■bk1書評「お寺の経営は今後も成り立つのか?-経済学の立場からみた知的エンターテインメント」投稿掲載(2010年7月25日)
■amazon書評「お寺の経営は今後も成り立つのか?-経済学の立場からみた知的エンターテインメント」投稿掲載(2010年7月25日)




目 次
序章 今なぜお寺なのか
第1章 仏教の経済学
第2章 すべては檀家制度からはじまった
第3章 お寺は仏さまのもの
第4章 お坊さんは気楽な稼業か
第5章 今どきのお寺は本末転倒
第6章 お寺はタックス・ヘイブンか
第7章 葬式仏教のカラクリ
第8章 沖縄のお寺に学ぶ
第9章 お寺に未来はあるか
文庫版補章 最近の動きなどを交えて


著者プロフィール

中島隆信(なかじま・たかのぶ)
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。現在、慶應義塾大学商学部教授。商学博士。実証的な分析を行う一方で、従来の経済学ではなかなか扱われないできた事象を経済学で読み解く一連の仕事を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<書評への付記>

 日本にあるお寺の総数は7万6千と、4万軒のコンビニよりも数が多いと著者はいっている。沖縄はたったの60(!)というのも、逆の意味で驚きではあるが。
 ちなみに、ちょっと調べてみたら、郵便局は約2万4千(2007年)、ガソリンスタンドは4万9千(2008年)である。

 お寺の数は、これらのいずれよりも多い! 

 むかし10年ほどだが、コンサルティング・ファーム時代に、石油流通の分野で調査に従事したことがあるが、その当時ガソリンスタンド数は激減するといわれながらも、現在でもなかなかしぶとく生き残っている。マクロ的な総需要と総供給の話と、個々の企業体の企業努力の話にはタイムラグが存在するのだ。

 お寺も人口減少の影響だけでなく、「葬式仏教離れ」で減少することは間違いない。しばらくは統廃合で漸減ではかなろうかと思うが、減るときは一気に雪崩を打ったように激減することも、可能性としてはなくはないだろう。  
 中小企業と同様、原因は総需要の縮小もさることながら、後継者不足が最大の要因となるだろう。後継者不足は寺院とその檀家の統廃合という形で顕在化するものと考えられる。

 いわゆる「仏教経済学」にかんしては、シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』(講談社学術文庫、1986)など多数ある。この分野については、ブログでも別途取り上げてみたいと考えている。
 日本仏教の現状に警鐘を鳴らし、新しい方向への示唆を語った本としては、『がんばれ仏教-お寺ルネッサンス-』(上田紀行、NHKブックス、2004)や、『前衛仏教論-<いのち>の宗教への復活-』(町田宗鳳、ちくま新書、2004)をあげておく。
 『葬式は、要らない』(島田裕巳、幻冬舎新書、2010)はベストセラーになっている。時代の変化を反映した内容だからであろう。


<ブログ内関連情報>

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)
・・・<書評への付記>として、「先祖供養」についてやや詳しく書いておいた。先祖供養は日本において、儒教から仏教に入り込んだものである。『お寺の経済学』の著者もこの考えを基本に置いて、いわゆる「葬式仏教」についての考察を行っている。





                   

2010年7月25日日曜日

書評 『岩崎彌太郎- 「会社」の創造-』(伊井直行、 講談社現代新書、2010)




"近代人"岩崎彌太郎がひそかに人知れず「会社」において実行した"精神革命"

 本書は、「政商」であった岩崎彌太郎の生涯を描きながら、会社員経験をもつ小説家が、「会社員であるとはどういういことなのか? 会社とはいったい何なのか?」というテーマを追求した渾身の一冊である。歴史研究書でも評伝でもない。
 最近の新書本には、長くて内容がパンパンに詰まったものも少なくないが、「明治の政商」を描いて300ページを越える本書もまた、単行本なみに充実した本であった。扱った時代が時代だけに漢字の多い文章が続くが、最後まで飽きずに面白く読み通すことができる好著である。

 今年(2010年)のNHK大河ドラマ『龍馬伝』は、同じく土佐藩の下士(下級武士)出身である岩崎彌太郎が坂本龍馬を回想するという形をとっているが、本書を読むと、岩崎彌太郎の実像はドラマで描かれる虚像とはかなり異なることが理解される。大河ドラマは、しょせん舞台設定を過去の日本に設定した現代ドラマであって、歴史そのものとはほど遠い。

 本書で描かれる伝記的要素はもちろん面白い。私自身、日本史の教科書や、かつて何度も読んだ岡倉古志郎の『死の商人』(岩波新書)に描かれた岩崎彌太郎像をもって、戦争を利用して海運でボロ儲けした政商というイメージができあがっていたのだが、実像はかなり違うということにまた、驚くことになった。
 岩崎彌太郎は、大胆にして小心という、成功する起業家に特有の資質を兼ねあわせただけでなく、士農工商の「商人」出身ではなく、漢詩をつくる教養を持ち合わせた「武士」出身の、あたらしい時代のビジネスマンであった。このことは大きな意味をもっていると著者は指摘している。

 江戸時代の商人は、丁稚奉公という形の住み込みでキャリアをスタートし、奉公期間が終わるまで結婚する自由もなかった(!)ことを考えたとき、岩崎彌太郎の「会社」とは「自由意思による決断」、すなわち「いやなら辞める権利がある」という会社本来のあり方を実現したものであったことに気がつかねばならないのである。これが著者の着眼点だ。
 身分でも、家柄でもなく、あくまでも個人の自由意思によって参加した営利企業は、「前近代」と「近代」をわかつものであったのだ。「岩崎彌太郎の精神革命」は、人知れず静かで行われていたものであった。
 考えてみれば「会社」と「社会」という日本製の漢語表現は、「会」と「社」という漢字をひっくり返した関係にあるが、もともとは「結社」を意味する society の訳語としてつくられたものであり、意味は同じだったのだ。

 いまわれわれは、「近代」から「後近代」の移行期にいるわけだが、現在から振り返ると、「岩崎彌太郎の精神革命」の意味はきわめて大きかったことに著者の指摘によって気づかされた。この近代の遺産をどう捉えるかが、「会社」とは何かを考える意味で大きな意味をもつだろう。

 長いが読み応えのある一冊である。ぜひ通読することをすすめたい。





<初出情報>

■bk1書評「"近代人"岩崎彌太郎がひそかに人知れず「会社」において実行した"精神革命"」投稿掲載(2010年7月11日)
■amazon書評「"近代人"岩崎彌太郎がひそかに人知れず「会社」において実行した"精神革命"」投稿掲載(2010年7月11日)



<ブログ内関連記事>

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)
・・・現代のわれわれが、明治以来の「近代」から脱し、すでに「後近代」に移行しつつあることを論じる。しかしながら、「後近代」=「前近代」とはいいきれないのもまた事実である。「後近代」とは、すでに徹底しなかったかもしれないが、「近代」を経験した後の時代のことである。



         

                     

2010年7月24日土曜日

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)




近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本

 『明治維新 1858-1881』。実にシンプルなタイトルである。サブタイトルがないので、注目されることもなく埋もれてしまうのではないかと心配だ。
 しかし、内容はきわめてすばらしい。何よりも明治維新をみる視点が斬新である。内容的には埋もれるどころか、ロングセラーになりうる本だといえよう。

 本書は日本人のためだけに書かれたものではない、ということも重要だ。英語版に先行して、この日本語版が出版されたという。明治維新はもちろん日本人自身の歴史ではあるが、日本語使用者にしか理解できない日本史特有の歴史用語を、開発経済学の用語で言い換えることによって、国際比較という観点からみた明治維新を記述することが可能となった。

 開発経済学の立場からみた「明治維新モデル」が、果たしてアジア・アフリカの発展途上国にとって、いったいどこまで参考になるのか、あるいは参考にはならないのかという問題意識のもとに始められた、日本近代政治史の重鎮との共同研究の成果である。
 最新の研究成果を縦横に駆使して、非常に明晰な文体で書かれた政治経済史である。

 本書の構成を紹介しておこう。

第一部「明治維新の柔構造」
 明治維新というモデル、柔構造の多重性、明治維新の指導者たち、政策と政局のダイナミズム

第二部 改革諸藩を比較する
 越前藩の柔構造、土佐藩の柔構造、長州藩の柔構造、西南戦争と柔構造、薩摩藩改革派の多様性と団結、 薩摩武士の同志的結合、柔構造の近現代

第三部 江戸社会-飛躍への準備
 日本社会の累積的発展、近代化の前提条件、幕末期の政治競争とナショナリズム


 本書のキーワードは「柔構造」である。柔構造というと、私はかつて一世を風靡したエコノミスト竹内宏の『柔構造の日本経済』を思い出すが、幕末の「改革諸藩」を「改革諸藩」たらしめた特徴が、この柔構造の組織体であったという指摘は非常に示唆に富んでいる。

 変革の行動単位であった改革諸藩においては、かつて強調されてきたような下級武士による革命というよりも、財政改革によって実現した強い経済力に裏打ちされた、軍事力をともなう「藩」を行動主体として、機を見るに敏な藩主と、実力本位で登用された下級武士たちとの連携プレイがうまく機能していたことが強調されている。
 プレイヤーたちそれぞれの、状況の急変に応じて、悪くいえばいい加減、よくいえば融通無碍(ゆうづうむげ)な行動による、諸藩の離合集散や合従連衡(がっしょうれんこう)を繰り返しながらも、大きな政治改革を破綻させることなく、最後まで遂行させる原動力になった。著者によれば、これは日本近現代史においては以後みられぬことだけに、驚嘆すべき歴史的事象なのである。これが著者たちのいう「柔構造」である。
 とくに、変革の主体であった政治エリートたちの人物に焦点をあてており、彼らのあいだで交わされた書簡の内容を見ることで、いかなる情報共有が行われていたかの記述は興味深い。とくに「基本的価値観を共有した多様な意見の柔構造」であった薩摩藩の事例がきわめて興味深い。

 明治維新を可能にした経済的、知的インフラ要素についての本書の記述を読むと、この時点において、植民地となることなく、日本人が自らの手で政治変革を実行しえたことは、世界史的な意義をもつ出来事であったことが十分に理解されるのである。
 中国でも、朝鮮(韓国)でも、明治維新のインパクトがいかに大きなものであったかは、中国史家の岡田英弘などが以前から指摘しているとおりである。毛澤東だけでなく、鄧小平もつねに明治維新を意識していたのである。現代でも、アジア・アフリカの発展途上国では、「明治維新」は十分にモデルたり得るだろう。ただし、モデルとしての普遍性、特殊性について十分に分析したうえでの検証が必要だろう。

 最近の新書本では珍しい、読み応えのある一冊である。
 近代日本史に関心のある人だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ一読、いや再読、三読したいものである。






<初出情報>

■bk1書評「近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本」投稿掲載(2010年6月28日)
■amazon書評「近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本」投稿掲載(2010年6月28日)

*再録にあたって字句の一部を修正した。


<著者プロフィール>

坂野潤治(ばんの・じゅんじ)
1937年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。文学修士。東京大学社会科学研究所教授、千葉大学法経学部教授を経て、東京大学名誉教授。専門は日本近代政治史。主な著書に、『近代日本の国家構想 一八七一‐一九三六』(岩波書店、吉野作造賞)、『日本憲政史』(東京大学出版会、角川源義賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

大野健一(おおの・けんいち)
1957年生まれ。一橋大学経済学部卒業後、スタンフォード大学にて Ph.D(経済学)取得。現在、政策研究大学院大学教授。専門は開発経済学、産業政策論。主な著書に、『国際通貨体制と経済安定』(東洋経済新報社、毎日新聞社エコノミスト賞)、『市場移行戦略―新経済体制の創造と日本の知的支援』(有斐閣、アジア・太平洋賞特別賞)、『途上国のグローバリゼーション』(東洋経済新報社、大佛次郎論壇賞・サントリー学芸賞)がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)

アマルティヤ・セン教授の講演と緒方貞子さんと対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」にいってきた
・・義務教育制度の導入という明治維新の正の側面について

書評 『岩倉具視-言葉の皮を剝きながら-』(永井路子、文藝春秋、2008)

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)
・・『神々の明治維新』(安丸良夫、岩波新書)について言及。明治維新の負の側面について

秋山好古と真之の秋山兄弟と広瀬武夫-「坂の上の雲」についての所感 (2) 
・・明治時代前半において軍事官僚は選りすぐりの知的エリートであった。発展途上国を見る目を「坂の上の雲」で養うべし
  




        

                 

2010年7月23日金曜日

アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた




 アマルティア・セン教授緒方貞子さんの講演を、本日(2010年7月23日)聞いてきた。
 日立創業100周年(!)記念講演である。講演会場は東京国際フォーラム(有楽町)のホールA、コンサート会場並の広さをもつ大ホールである。

 講演会は二部構成で、第一部でセン教授の講演、第二部ではそれをうけて緒方貞子さんとの対談。対談は当然のことながら英語。ともに英語を使い、国際社会に大きな影響を与えてきたアジア人である二人。
 先週のムハマド・ユヌス博士のシンポジウムに引き続き、対談の司会は道傳愛子NHK解説委員、売れっ子だな。
 道傳(どうでん)さんは米国のコロンビア大学の大学院を卒業しているだけでなく、10年前にはその当時の女性では珍しく、タイ王国のバンコク駐在を3年間体験しているので、英語を使うアジア人としても適任であろう。私がバンコクにいたときとは重ならないのが残念だが。



祝! 日立製作所創業100周年-日立と GE について考えてみる

 日立製作所が創業されてから100周年記念行事の一環のそうだが、それにしても100周年とはすごいことだ。なんといっても一世紀である。
 会場には往年の CMソング「♪この木なんの木 気になる木 名前も知らない 木ですから 名前も知らない木になるでしょう・・・」が流れていて、懐かしかった。最近は日立の CM を見る機会がなかったが、新しいバージョン(音声注意!)になっているようだ。このサイトでは「歴代のCM」が視聴できる。昔の CM は懐かしい。

 最近は「選択と集中」を唱えながらも巨大化し、肥大化して身動きのとれない日立製作所グループに対しては、経済マスコミの世界ではネガティブなコメントばかりが多いが、日本でもっとも博士号(ドクター)所有者が多いなど、サイエンス&テクノロジー(科学技術)分野での存在の大きさは、けっして軽視されるべきではない

 私は大学学部時代の四年間ずっと東京都小平市に住んでいたが、日立製作所の中央研究所いまはなき女子バレーボール部の存在は、身近に感じていたものだ。大林素子は見たことはないが、バレーボール選手はカラダが大きいのでよく目立つ。ちなみに、マンガとアニメの『アタック・ナンバーワン』は日立がモデルである。
 また、日立製作所の発祥の地で、企業城下町である茨城県日立市では、独特の競技スポーツであるパンポンが行われているよいうことはあまり知られていないようだ。
 パンポンとは、木製のラケットと同じく木製のネットで行う、テニスと卓球(ピンポン)によく似た球技で、軟式テニス用のゴムボールを用いるらしい。スポーツにおいても独特の企業文化が形成されてきたのが日立製作所である。

 しかし、この日立製製作所が長年の提携先である、米国の世界企業 GE(ゼネラル・エレクトリック)のようにはなぜなれないのか、それともならないのか、日本人ビジネスマンである私としては、大いに考えさせられるものがある。

 奇しくも私が卒業した米国の工科大学 RPIは、ニューヨーク州北部のトロイにあり、 GEの中央研究所(Corporate Research Center)は学校からそう遠くはないスケナクタディに立地していた。大学教員には GE出身者が少なからずいたし、学生のなかにはずっと三代つづけてGE に勤務していたなんていう者もいた。現在の CEO である ジェフリー・イメルト(Jeffrey Immmelt)もまた父親と二代で GEマンであるらしい。

 しかし、ニュートロン・ジャック(=中性子ジャック、つまり外部は破壊しないで企業内部のみ破壊したことのたとえ)の異名をとった GE 中興の祖ジャック・ウェルチの「業界ナンバーワンかナンバー2以外の事業から撤退する」という「選択と集中」という大改革で、整理されてしまった事業部門や工場も少なくない。このおかげで GE は現在でも米国を代表する世界企業として、ビジネススクールでもっとも研究される企業グループになっているが、現場で働く人たちの忠誠心にひびが入ってしまったのではないかと思われる。
 もちろん、とくに幹部候補生への充実した教育訓練で有名な GE であるが、生産部門で働いているエンジニアやワーカーにとってはどうなのだろうか、情報があまり伝わってこないのでよくわからない。

 日立製作所の日本と世界に対する貢献は、なんといっても科学技術をベースにした製品づくりを通してのものだろう。これはセン教授も、緒方博士もともに強調すていたことである。これはリップサービスではなく、そう思うからこそ記念講演会への出席を快諾したのだと思う。

 営利企業としての存在、社会に貢献する組織としての存在、これは現代に限らず企業組織が社会のなかで存在するためには不可欠の相互関係だが、営利企業としての存在にゆらぎが生じると、社会貢献の主体としての存在に大きなネガティブな影響がでてくることはいうまでもない。
 日立製作所には、ひろく社会に貢献してもらうためにも、次の一世紀も活躍してもらいたいものである。
 しかし、GE のような戦略がほんとうに正しいのかどうか、にわかには判断しかねるものがある。
 転換期には巨大企業グループといえども、もがき苦しみながら、自らの道を切り開くしかない。



講演会の内容:「人間の安全保障」(human security)にとっての基礎教育(basic education)の意味

 さて、本題である講演会に移ろう。ここではまず、主催者側の講演会の説明文を紹介しておこう。

「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」

グローバル化が急速に進展していく中、世界の経済は飛躍的に発展してきました。しかし、一方で富の偏在化や国境を越えた気候変動、新型インフルエンザなど感染症の蔓延、テロ、経済危機などマイナスの側面ももたらす結果となりました。今後、さらにグローバル化が進む中、人類が直面する多くの課題をどのように克服していくべきなのか。また、その中で日本が果たさなければならない役割とは何かを検討していきます。

第一部では、混迷を深めるグローバル経済の未来に新たな希望の灯を灯す「厚生経済学」の提唱者で、アジアで初めてノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン教授をお招きし、「人間の安全保障とグローバル経済の展望」について語っていただきます。

それを受けた第二部では、アマルティア・セン教授、JICAの緒方貞子理事長による対談を行います。これから迎える新たな時代において、世界全体の繁栄と平和のために、日本ができること、期待されていることを世界的な舞台でご活躍されているお二人に語り合っていただきます。


 1933年にベンガルに生まれたアマルティヤ・セン教授(Prof. Amartya Sen)は、いうまでもなく1998年にアジア人で初めてノーベル経済学賞を受賞したインド人経済学者。厚生経済学と経済倫理を専攻したセン教授の名前は、大学時代に塩野谷祐一教授の「経済と倫理?」の授業で聞いたことがある。厚生経済学とは、人間の福祉を経済学的にどう実現すべきかを研究する、実践性の高い理論分野である。
 セン教授は、英国と米国で経済と倫理の関係について研究し、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの元学寮長を歴任したのち、現在はハーバード大学経済学および哲学教授。

 奇しくも、先日シンポジウムに出席されたムハマド・ユヌス博士も、インド独立後はバングラデシュ(旧 東パキスタン)となって分離したが、同じくベンガルの出身で、同じく経済学博士である。
 200万人近くの餓死者がでたという、1943年の「ベンガル大飢饉」の記憶が、セン教授の原点になっているということだが、ユヌス博士も直接の見聞の記憶はないとしても、その話は何度も聞かされたことであろう。 
 ベンガル出身のこの二人が、一人は理論と啓蒙の分野で、もう一人は実践の分野で活躍していることは、大いに記憶にとどめておきたいことである。インドとバングラデシュは現在は国境で分断されているが、ベンガルという地域を一体として考えるべきことの重要性を知るべきなのだ。

 ベンガルの名門出身のセン教授の日本とのかかわりは、高校時代に日本とも縁の深い詩聖タゴールが創設した学園で、「聖徳太子の17条憲法」(The Constitution of Seventeen Articles)の話を教えられて以来のことだという。
 その意味では、セン教授の日本理解は、付け焼き刃の知識ではない。

 セン教授は、過去の日本の貢献は、なんといってもアジアではいち早く、国家の制度として無償の「義務教育制度」を導入したことだという。木戸孝允の名前を引き合いにして述べていたが、明治維新後の1872年という段階で初等教育の義務教育化を実行に移したことが、識字率の向上をもたらし、国家発展の基礎となっただけでなく、貧困問題の解消にもつながったことを指摘している。
 セン教授の表現を使えば、「人間の安全保障」(human security)にとっての基礎教育(basic education)の意味ということになろう。『人間の安全保障』(アマルティア・セン、東郷えりか訳、2006)にも収録された講演内容と重なるものだ。
 「人間の安全保障」とは、「国家の安全保障」とは異なり、個々の人間の生活を脅かすさまざまな不安を減らし、可能であればそれらを排除することを目的としているのである。そのためにはなんといっても、基礎教育が普及して識字率が向上することが不可欠なのだ。
 この持論は、ユヌス博士も共有している。

 日本モデルは、基礎教育の義務教育、民主主義(・・これは戦後民主主義の意味ではない)、開かれたディスカッションなどに代表されるもので、その後はいうまでもなくアジア各国にも普及し、アジア発展の原動力になっていくことになる。
 世界ではいまだに義務教育が普及しておらず、貧困問題解決の大きな妨げになっていることを考えると、日本モデルの世界的な意義が理解されるわけである。
 日本人にとっては当たり前のことも、セン教授に指摘されるとあらためてその意味の大きさに気づかされる。世界に義務教育を普及させていくことは、日本の使命である。

 緒方貞子(Dr. Sadako Ogata)さんは、1927年生まれ、上智大学教授から国連難民高等弁務官に転出し、冷戦構造崩壊後の世界で頻発する難民問題解決の陣頭指揮をとってきた、日本が誇る世界的リーダーである。現在は、独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長である。
 セン教授の講演後の対談では、セン教授の持論である「人間の安全保障と基礎教育」の問題について、さらに突っ込んだ議論が交わされた。
 「小さな巨人」ともいってよい、現在83歳の緒方さんからは、まったく年齢を感じさせない、明晰で説得力のある英語で対話がなされていた。セン教授の英語も英国で鍛えられているので聞きやすいが、緒方さんの英語もまたたいへん聞きやすいものであった。


緒方貞子さんの著書とセン教授の著書の紹介

 緒方貞子さんの国連難民高等弁務官時代のメモワールは、英語版で読んだ。Sadako Ogata, The Turbulent Decade: Confronting The Refugee Crises Of The 1990s, W W Norton & Co Inc, 2005 日本語版は、『紛争と難民-緒方貞子の回想-』(緒方貞子、集英社、2006)
 国連難民高等弁務官10年間の回想録では、 クルド、ボスニア、ルワンダ、アフガニスタンでの経験が書かれており、リーダーシップのあり方についても勉強することの多い本である。
 英語版は品切れだが日本語版は在庫があるので、長い本だがぜひ一読をすすめたい。


 セン教授の講演録は集英社新書にまとめられている。『貧困の克服-アジア発展の鍵は何か-』(アマルティア・セン、大石りら訳、集英社新書、2002)と、とくに『人間の安全保障』(アマルティア・セン、東郷えりか訳、2006)は、今回の講演内容にも重なるものも多く、セン教授のこの10年間の思索内容が文字になっているものなので、たいへん読みやすい日本語訳でもあり、ぜひ目を通すことをすすめたい。








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シンポジウム:「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携 “Creating a World without Poverty” 」に参加してきた

書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)





               

           

2010年7月22日木曜日

本の紹介 『阿呆物語 上中下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953)




 『阿呆物語』という作品がドイツ文学にある。グリンメルスハウゼンという17世紀のドイツ人が書いた長編小説である。
 上中下の三冊と長いが、最初から最後まで、滅茶苦茶面白いが、知られざる小説なのだ。

 『阿呆物語 上中下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953)として出版されていたが、長らく品切れとなっていたので、実際に読んだことのある人は、あまり多くないのではないかと思う。
 今年(2010年)の3月に久々に重版復刊されたので、品切れにならない限り入手可能である。興味を抱いた人はいますぐに読まなくても、ぜひ1セット確保しておいていただきたい。
 
 舞台背景は、価値観大転換が起こった大激動期のドイツである。

 「最後の宗教戦争」あるいは「最初の国際紛争」ともいわれる「三十年戦争」(1618 - 1648)当時の、分裂し、疲弊しきったドイツである。
 日本でいえば「戦国時代」のようなものであるが、時代的にはいち早く平和な時代に入った日本よりも遅れたこの長期にわたる戦争は、国際関係論では常識となっている「ウェストファリア条約」(ヴェウトファーレン条約)によって欧州の国際秩序形成として終結した。以後、ナポレオン戦争とそのの後始末となった1818年の「ウィーン条約」まで、欧州の国際秩序は固定することとなる。

 私が下手な要約するよりも、ここは一つ岩波書店による要約を掲げておこう。ちなみに中高生時代、私の最大の愛読書は、各年版の『岩波文庫解説目録』(無料配布)であった。これ一冊読んでいれば、いわゆる「教養」はかならず身につきます。実際に岩波文庫をそんなに読んでいなくても。

17世紀のドイツは、新しい世界創造への苦悶の時代、二元的な生活感情に悩む時代であった。グリンメルスハウゼンはその知的苦悩と矛盾をこの作品に純粋かつ強烈に描いた。主人公ジムプリチウス生成の歴史は個人のものではなく人間一般にまで象徴化されている。ゲーテの「ヴィルヘルム・マイステル」の先駆ともみなされる作品。

 すぐれた要約ではあるが、この要約では、この小説のもつピカレスク的な面白さ、エンターテインメント性が十分に感じ取れないのが残念だ。

 さきに、日本でいえば「戦国時代」のようなものだと書いたが、主人公は「三十年戦争」の時代を、傭兵などさまざまな職を転々としながら、たくましく生き抜いて行く。その意味では、荒削りな『ヴィルヘルム・マイスター』であり、大河小説でもある。
 時代は下るが、19世紀英国のサッカレーの『バリー・リンドン』のような、成り上がり者を描いたピカレスク小説のおもむきもある。こちらは、鬼才スタンリー・キューブリック監督によって映画化されているのでご存じの人も多いだろう。

 この本は、ずいぶん昔に一回通読しただけで、今回これを書くにあたって読み返していないが、ほんとうに面白い小説だ。なんと主人公は、日本にもいったことになっているのだ! 
 とにかく面白いという記憶のみ残っている。
 翻訳が1950年代で、旧字旧仮名遣いなので、字面は読みにくいかもしれないが、せひ一度は手にとってほしものである。

 原題は、Simplicius Simplicissimus(ジンムリチウス・ジンムリチシムス)、タイトルはラテン語だが中身はドイツ語。ラテン語の意味は、 simplest 日本語に直訳したら「単細胞な、あまりにも単細胞な」とでもなるのだろうか、シンプルという意味のネガティブな用法である。
 ドイツではこの「ジンプリチシムス」いう表現は好まれているようで、1920年代にもそのタイトルでの雑誌があったようだし、映画のタイトルにもなっている。
 謹厳実直な印象のドイツ人のメンタリティーを知るうえで面白い。

 思うになぜか、ドイツには「バカ」や「阿呆」などのつくタイトルの本が多い。

 私が知っているだけでも、日本語訳に限定されるが、このブログでも既に紹介した『阿呆船』(セバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、2002)だけでなく、そのものずばり『馬鹿について-人間 この愚かなるもの-』(ホルスト・ガイヤー、満田久敏/泰井俊三 訳、創元社、1958)という本がある。

 エラスムスの『痴愚神礼賛』以来の伝統であろうか。

 ドストエフスキーの『白痴』(Idiot)という名作をもつロシアも同様か。まあこちらは、ロシア正教における「聖なる痴愚」の伝統のうえにあるようだ。





 
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本の紹介 『阿呆船』(ゼバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、新装版 2002年 原版 1968)



     

          
       

2010年7月21日水曜日

書評 『達人に学ぶ「知的生産の技術」』(知的生産の技術研究会編著、NTT出版、2010)




ワンランク上を目指す人のための、「勉強法」を越えた「知的生産の技術」

 「知的生産」にかんしては老舗といってよい「知的生産の技術研究会」は、この分野では原典となる梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)に触発されてできた団体であるが、その設立40周年記念の一環として、昨年出版された『知の現場』(久恒 啓一監修知的生産の技術研究会編、東洋経済新報社、2010)につづく第2弾が、本書『達人に学ぶ「知的生産の技術」』である。

 本書に収録されたの「知的生産者」たちとインタビューのタイトルは以下のとおりである。

すべての情報をデジタル化する(関口和一)
維新へと向かう時代の「知」(茂木健一郎)
独創人のすすめ(軽部征夫)
見る前に跳べ(久米信行)
すべては一%の本質をつかむために(勝間和代)
メディア変革期における情報発信とは(佐々木俊尚)
本作りという知的生産の場に生きる(土井英司)
世界の「現場」で鍛えられた発想と行動力(蟹瀬誠一)
自分の足元を深掘りしていけば必ず新たな知見が見つかる(久恒啓一)


 前著 『知の現場』の書評で、「ただ欲をいえば、新しい世代の、情報技術を使いこなして「知的生産」に従事する事例を大幅に増やして欲しかったところだ」と私は書いたが、本書はその期待に120%応えてくれるものとなった。
 とくに一般のビジネスパーソンにとっては、目標とすべき「知的生産者」たちが、従来のものと比べて、ずっと敷居が低くなったのではないだろうか。本書に登場する「知的生産者」たちは、自分なりの「知的生産」の方法論を編み出すことによって一歩突き抜けた人たちであり、けっしてもともと天才肌だったわけではない。
 いわゆるビジネス書を出版している著者も多く含まれているが、売れ筋のビジネス書の著者の発想の原点がどこにあるか知りたい人にも、大いに参考となるだろう。

 ビジネス書には飽きたらず、さらにワンランク上を目指しているビジネスパーソンが「盗み取るべきワザ」に充ち満ちた一冊である。強く薦めたい。




<初出情報>

■bk1書評「ワンランク上を目指す人のための、「勉強法」を越えた「知的生産の技術」」投稿掲載(2010年7月1日)
■amazon書評「ワンランク上を目指す人のための、「勉強法」を越えた「知的生産の技術」」投稿掲載(2010年7月1日)


<書評への付記>

 先日、梅棹忠夫先生が老衰のためお亡くなりになったという報道があった。享年90歳、大往生といえるだろう。完全失明してからも25年近くたちながらも、最晩年にいたるまで「知の最前線」にたち続けた「意思のチカラ」、まさに仰ぎみる山脈そのものであった。
 『知的生産の技術』(岩波新書、1969)に限らず、フィールドワークという方法論による学問についてなど、直接に謦咳に接したことはないものの、著作をつうじて広範で多大な影響によってインスパイアされてきた。
 著作のすべてを読みこなすことは物理的に不可能だが、今後も折に触れて読み返していきたいと思う。
 この場を借りて感謝いたします。
 ご冥福を祈って、合掌。


<ブログ内関連記事>

書評 『知の現場』(久恒啓一=監修、知的生産の技術研究会編、東洋経済新報社、2009)

書評 『知的生産な生き方-京大・鎌田流 ロールモデルを求めて-』(鎌田浩毅、東洋経済新報社、2009)

      



                

2010年7月20日火曜日

映画 『ザ・コーヴ』(The Cove)を見てきた




 映画『ザ・コーヴ』(The Cove)を見にいってきた。

 東京は青山のイメージフォーラムで7月3日から上映中の、和歌山県太地町におけるイルカ漁に反対する、米国の運動家たち活動を追った、自称ドキュメンタリー映画である。
 2009年米国制作の91分。PG12指定がされている。12歳以下のよい子は見ないようにという配慮である。


 アカデミー賞の発表当時、実際にこの映画を見た前だが、なんでこんな映画がアカデミー賞なのだ(!)と怒りを感じたのは、過激な動物保護運動である「シーシェパード」の暴力的テロ行為の延長線上で捉えていたからだろう。

 また、日本での公開前夜、さまざまな妨害を恐れて映画館主がビビっているという話も報道されていた。しかし、この手の妨害やイヤガラセは意図に反して逆効果だ。興業主からみればかっこうの話題作りとなるので、マーケティング的にはウェルカムな話だろう。

 賛否両論の激しいものであればあるほど、自分の眼で実際に見て、そのうえで判断したいものである。私の眼をつうじて感じたことを記しておきたいと思う。


映画の感想

 率直にいって面白い映画である。最後の10分を除けば。

 もちろん私自身はつとめて冷静になろうとは思っているが、基本的には「シーシェパード」などの活動には賛同しない。その意味では「予断」がまったくないわけではない。

 基本的にドキュメンタリー・タッチのこの映画は、非常にわかりやすく面白い。映画の途中で「こんなに面白いと思ってしまっていいのだろうか」と感じたくらいだ。
 物語の基本的な構造が正統的なパターンを踏んでいるからだ。

 映画のタイトルとなったコーヴ(cove)とは入り江のこと。イルカの追い込み漁が行われる、和歌山県太地町の、とある入り江のことを指している。だから定冠詞をつけた The Cove なのである。



映画の中身をさらに詳しく見てみる

 主人公のイルカ保護の活動家リック・オバリーは、もともとイルカの調教師の先駆者で、日本でも私の世代の人間ならよく知っている『わんぱくフリッパー』という米国のホームドラマの調教師兼俳優として10年間活躍した人物である。この活動で財産も作った。

 その主人公が、ストレスの高い環境のもとでイルカを飼育して、ショーに出演させて芸をさせることに疑問と罪悪感をもち、成功した過去の10年間を打ち消すかのように、贖罪感に促されて違法な活動も含めたイルカ保護活動に身を捧げる決心をして35年間過ごしてきた。

 そんな彼がターゲットに選択したのが和歌山県太地町。世界遺産の熊野からも近い、クジラの追い込み漁で江戸時代から知られた漁師町である。この太地町については、書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)の第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い で触れているので、参照していただきたい。
 イルカ漁の歴史については、私は調べていないのでよく知らないが、かつては日本各地で行われていたのだろう。
 映画のなかでも、長崎県の壱岐の大量捕獲で浜辺に並んだイルカの映像が使用されているが、これはたしかイルカ漁に対する抗議でオリヴィア・ニュートン=ジョンが日本でのコンサートを中止したときのものではなかったろうか。中学生時代、オリヴィアのファンだった私はこの一件で熱が冷めてしまったが、オリヴィア自身はその後カリフォルニアに移って環境問題に熱心に取りくんでいる。

 活動家たちによって、ターゲットに選ばれた和歌山県太地町に対する執拗なまでのこだわり。

 明らかにプロパガンダ映画なのだが、作りがドキュメンタリー映画風でかつエンターテインメント的な要素が多く、手に汗握るハラハラドキドキものなのだ。
 ジョージ・クルーニーをもう少し太めにしたようなエネルギッシュで渋い、もう一人の主要登場人物が、『オーシャンズ11』のようだなとつぶやくシーンがあるが、太地町でのイルカ追い込み漁(・・活動家たちにいわせればイルカ虐殺)シーンを撮影するために結成された、命知らずのカメラマン、元軍人、水中で音を出さずに潜る素潜りの達人などのさまざまなスペシャリストでプロジェクト・チームを組成し、ミッションを遂行する秘密のオペレーションをさしていったものだ。

 プロジェクト・チームのミッションは、とにかく「人を動かす映像」を撮れというものである。
 このため、隠し撮りのためのさまざまな手法も開発し、大量の資材を日本に持ち込んで、太地町の和風旅館をベースキャンプにして、ミッションを決行する。
 これだけなら、まさにドキュメンタリー・タッチのエンターテインメントなのだ。

 そしてミッッション遂行に成功した彼らの達成感は、隠し撮りによって撮影された映像でもって雄弁に代弁されることになる。映像のチカラはコトバのチカラの及ぶところではない。
 イルカを入り江の浜辺に追い込んで、銛(もり)で一気にひと突きする漁師たち、真っ赤な鮮血に染まる入り江、これが隠し撮りカメラによって、あまた上空に飛ばした飛行船(?)の搭載されたカメラで撮影される。

 おそらくこの映画を最初から見て、最後のこのシーンまで見たなら、イルカ漁はbやめるべきだという結論をほとんどの人がもつはずである。映画制作者たちの意図ははほぼ完全に達成されたというべきであろう。
 それだけショッキングで、インパクトのある映像である。

 英語も比較的聴き取りやすく、日本語字幕には間違いはあまりなかった。微妙な内容だけに、日本公開にあたっては細心の注意を払っているのだろう。米国版にはないと思われる注意喚起の日本語がプリントされて上映されている。



映画の内容にかんする疑問

 映画のクライマックスとなる、鮮血にそまった入り江(cove)のシーン

 編集前の映像が映画のなかに登場しないので詳細はわからないが、明らかにCG処理などの映像処理をしていると考えるのが常識だろう。

 日本人の大半はイルカの肉など食べたこともないし、食べたいとも思わないだろう。街頭インタビューの映像にでてくる日本人たちも、こういう反応がでてくるのは容易に想像されることだ。不思議でもなんでもない。
 
 この映画で主張されるように、クジラ肉と偽ってイルカ肉が日本国内で流通しているというのは、はなはだ疑問である。そもそも、日本でクジラ肉があまり食べられなくなってからかなりの年月がたっている。そうまでしてクジラ肉を食べたい日本人は限られる。

 イルカ肉の水銀含有量が多いというデータを日本政府が隠蔽しているという主張も疑問である。映画に登場する日本人科学者が目線だけでなく、名前も出さないように要請したのは当然だろう。米国版はみていないが、トレーラー映像で推測する限り、このような処置はしていないと思われる。

 水俣病のドキュメンタリーフィルムを挿入しているのは、水俣病の悲劇について知っている世界中の人に対する、理性ではなく感情に訴えるプロパガンダ色が濃厚だ。

 イルカ保護活動家たちの、十字軍的な情熱はいったいどこからでてくるのか?
 この映画を作成した人たち、アカデミー賞を受賞させた人たちの意図は何か?

 太地町サイドの発言はほとんどないので、かなり一方的な作りになった映画である。

 イルカ漁は、世界中で太地町だけなのか?

 このほか子細にみたら、疑問点は数限りなくでてくるはずだ。おそらく詳細については誰かがキチンと調べているはずだろう。
 ここには疑問点だけを掲載して、検証はどなたかにお任せすることしたい。


映画全体の評価


 映画上映にさきだって、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏のコメントがでてきたが、私もまったく同感だ。

 「同じ隠し撮りなら、『ザ・コーヴ』よりも『ビルマVJ』のほうがアカデミー賞を取ってしかるべきだった」、と。
 『ビルマVJ』の VJ とは Video Jounalist(ビデオ・ジャーナリスト)の略、2008年に勃発した僧侶が主導するミャンマーのデモを、ビルマ人 VJ たちが決死の覚悟で撮影したドキュメンタリーだ。VJたちの多くはその後当局によって拘束され獄中にある。

 ハリウッドにとっては、人間の命よりも、イルカの命のほうが大事なのだろうか?

 確かにイルカの知能は高い。これは否定できない。中国では海豚と表記したように海の哺乳類である。
 日本でも米国の画家ラッセンのイルカの絵画は人気がある
 『わんぽくフリッパー』、おお懐かしい。フリッパーの声
 日本製アニメの名作『海のトリトン』ではないが、ギリシアのイソップの寓話にも、イルカに助けられた人間の話はでてくるし、クレタ島の壁画にもイルカが描かれている。

 イルカ保護の活動家たちは、執拗にイルカはクジラの仲間であると主張する。映画のなかでは何度も IWC(国際捕鯨委員会)における日本政府の立場を批判すしているが、イルカとクジラは同じ海の哺乳類だとはいえ、同じカテゴリーでくくるのは考え方次第であろう。

 太地町のイルカ漁関係者たちにも言い分があるだろう。映画のなかではひたすら活動家たちの行動を邪魔する存在としてのみ描かれているが、これはかなりの程度プロパガンダ色の強い編集である。
 「友と敵の峻別」という二元論の発想。かわいそうなイルカを保護するのは「友」、それを阻止しようとする「敵」。
 一方的な主張に終始し、立場の異なる相手を理解しようとしない頑なな精神。対話のないところには、何も生まれまい。

 日本人が英語のロジックでコトバでもって説明し、十分に主張できないことのもどかしさ、むなしさ・・・
 米国人の一方的な論理展開にへきえきし、悔しい思いをするのは、太地町の関係者たちだけではあるまい。

 イルカ漁は正しいのか、正しくないのか。これは一義的には決めがたい。

 ハーバード大学の超人気授業をまとめた、『これからの「正義」の話をしよう-いまを生き延びるための哲学-』(マイケル・サンデル、鬼澤忍訳、早川書房、2010)の著者サンデル教授の授業に取り上げてもらいたいものだ。

 日本でも大学の授業で取り上げれば、「複眼的思考」養成のまたとない教材となるだろう。イルカ漁についての是非を問うディベート教材として。
 その際には、映像情報のウソを見破る教育を施してもらいたいと強く期待する。


<関連サイト>

『ザ・コーヴ』公式サイト(日本版)http://thecove-2010.com/
『ザ・コーヴ』トレイラー(米国版)
http://www.youtube.com/watch?v=4KRD8e20fBo
・・これを見ると日本人の登場人物に目隠しはしていないことがわかる。

『ザ・コーヴ』 の日本語吹き替え版
・・アメリカのウェブサイトにて無料(!)で視聴できる。

『わんぱくフリッパー』flipper YouTubeへの投稿映像(日本語版)
http://www.youtube.com/watch?v=vUDfkSAFkGg


<ブログ内関連記事>

『エコ・テロリズム-過激化する環境運動とアメリカの内なるテロ-』(浜野喬士、洋泉社新書y、2009)を手がかりに「シー・シェパード」について考えてみる

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009)第3章 調査捕鯨船団 vs. 環境テロリスト、南氷洋の闘い 

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは


P.S.
 この投稿記事によって、ブログ掲載は通算400本目となった。
 次の目標は通算450本、今後もたゆまぬ歩みを続けて行くつもりだ。
 お釈迦様がいわれるように、「象のようにゆっくり歩」みながら。




               
                               

2010年7月19日月曜日

「泥酔文化圏」日本!-ルイス・フロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』で知る、昔から変わらぬ日本人

                                       
 日本人はかつてのようにあまり酒を飲まなくなったようだが、それでも酒の席での無礼講は黙認される傾向がなくなったわけではない。
 私はこれを指して、「泥酔文化圏」といっているのだが、これは日本から、朝鮮半島を経由して、モンゴル、そしてロシアと連続して分布している。

 いわゆる drinking relations を重視する「文化圏」である。酒飲んでホンネで語ってはじめて人間は仲良くなれるという文化圏。
 イスラーム文明圏では周知のとおり、酒を飲むことは禁止されているし、上座仏教文明圏では酒をのむことはよろしくないとされている。インドも基本的にあまり飲まない。

 このほか、西欧と中国が、「泥酔文化圏」とは対極にあることは知っておいた方がよい。
 
 中国では宴席で強い酒を薦められるが、絶対に醜態をさらしていはいけない。この点にかんしては西欧社会と同じである。中国では、配偶者は結婚後も姓は変わらないが、「妻もまた敵なり」として、中国人は基本的に配偶者を信用していないと主張する学者もいる。

 西欧の市民生活においては、泥酔者は社会的落伍者というレッテルが簡単に張られるのである。
 もちろん西欧社会でも若者がハメをがはずして乱痴気騒ぎをやらかすのはよくあることだが、それはクローズドな集団内部のなかでの話である。
 ドイツでもオッサン連中がジョッキのビールでグイグイやりながら、怪気炎を上げていることもあるが、キリスト教普及以前の名残が、ときどき浮上して噴き出してくるのであろうか。


 
 「前近代」の日本人がいかなる存在であったかを知るのは興味深いものがある。
 西欧人の眼に映った日本人について知るには、戦国時代末期の16世紀に、「第一次グローバリゼーション」の波に乗って、日本にやってきたカトリックの宣教師たちの記録を読むのが面白い。

 なかでも文庫本で手軽に読むことができるのが、『ヨーロッパ文化と日本文化』(ルイス・フロイス、岡田章雄訳注、岩波文庫、1991)である。原本は1585年刊。
 
 「第6章 日本人の食事と飲酒の仕方」から、いくつか引用しておこう。

「われわれの間では誰も自分の欲する以上に酒を飲まず、人からしつこくすすめられることもない。日本では非常にしつこくすすめ合うので、あるものは嘔吐し、また他のものは酔っ払う」(6-31)

「われわれの間では酒を飲んで前後不覚に陥ることは大きな恥辱であり、不名誉である。日本ではそれを誇りとして語り、「殿はいかがなされた」と尋ねると、「酔っ払ったのだ」と答える」(6-38)

「われわれは食卓についている時に、談話はするけれども唄ったり踊ったりはしない。日本人は食事がほとんど終わるころまで話をしない。しかし暖まってくると踊ったり唄ったりする」(6-45)

「ヨーロッパでは女性が葡萄酒を飲むことは礼を失するものと考えられている。日本ではそれはごく普通のことで、祭りの時にはしばしば酔っ払うまで飲む」(2-54)


 いかがでしょうか?

 比較による観察法の成果であるが、西欧社会との対比が重点に置かれているので、ことさら違いが強調されていなくもない。
 もっとも、16世紀当時の西欧社会も、現在と比べるとマナーの点にかんしては、まだまだ発展途上であったことには留意しておきたいものである。





 ルイス・フロイス(1532-1597)は、ポルトガルのリスボン生まれのイエズス会宣教師、日本での布教の記録句をまとめるように命じられ、有名な『フロイス日本史』を完成して、長崎で生涯を閉じている。
 日本語訳は『完訳フロイス日本史』として、松田毅一と川崎桃太の翻訳で、中央公論社から出版されている。私は文庫本で全巻もっているが、ところどころ見ただけで全部は読んでいない。


 せっかくの機会なので、『コリャード懺悔録』(大塚光信校注、岩波文庫、1986)もぜひ薦めたい。

 ディエゴ・コリャード(1589年?-1641)は、スペイン生まれのドミニコ会に属する宣教師。ドミニコ会は中世以来異端撲滅で有名な修道会で学問を重視してきたが、当時の日本においては、イエズス会とはカトリック布教をめぐって競争敵対関係にあった。イエズス会、ドミニコ会に、フランシスコ会もからんだカトリック内の宗派間の三つどもえの争いが、日本でのキリスト教禁教を招いた原因の一つともされている。

 内容は、告解の場において、日本人信者から聴き取った懺悔内容を記録したものだが、当時の日本人のセックスにかんする奔放ぶりが、これでもかこれでもかと当時の口語体で語られるので圧倒される。ここに書くにははばかれるような内容が満載だ。
 本来は、聴聞司祭は告解で聴いた内容は、絶対に外部に漏らしてはいけないはずなのだが、布教戦略の基礎資料のため、日本人研究の資料としてまとめられたようだ。

 ぜひフロイスの『ヨーロッパ文化と日本文化』とあわせて読んでみて欲しいと思います。

 面白さバツグンで太鼓判を押します。






<ブログ内参考記事>

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む





                          

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた 総目次


                 
 いまから28年前の夏、1982年当時大学二年生だった19歳の私は、「一生に一回くらい山小屋で働いてみたい!」という思いから、富士山の山小屋で働く機会を得ました。

 そのときの体験を、記憶をさかのぼりながら 5回にわたって書き綴ってみました。

 『長距離走者の孤独』で有名な、英国の作家アラン・シリトーは、「20歳までの経験でその後の人生は決まってしまう」といったそうです。
 私自身の富士山山小屋における体験が、その後の人生すべてを決定したとまでは思いませんが、現在の自分を振り返ってみても、「何事も自分で体験してみないとわからない」という基本姿勢は、まったく変わっていないように思われます。

 何らかの意味で、この体験記がみなさまに楽しんでいただければ、また少しでも参考になるものがあれば幸いです
 ご賞味いただきますよう。


 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」(総目次)

(1) 一生に一回くらい山小屋で働いてみたい!
(2) 宿泊施設としての山小屋 & 登山客としての軍隊の関係 
(3) お客様からおカネをいただいて料理をつくっていた
(4) 自然の驚異
(5) 噴火口のなかに下りてみた




       

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2010年8月号の特集「ツイッター時代の「人脈力」は、旬なテーマを知的に分析した文章が読みどころ




 さてまた今月も「クーリエ」を cover to cover で読んでみたいと思います。

 といっても天の邪鬼な私は、見開き一ページ目から雑誌を読むことはまずありません。とくに新装版以来、綴じ込み付録の増えた「クーリエ・ジャポン」、ビジネスマンである私はまず "Courrier bis" から読み始めるのが習慣となりました。
 
 もうまもなく来月号があと一週間以内にでるという今頃になって、8月号を全部読み終えました(汗;

 旬の素材を料理した「おまかせ」がたったの780円(!)、高級料亭では考えられないような低価格ですね。これで採算取れてるのでしょうかと、ちょっと心配になってしまいますが、とてもとても1時間では食べきれません。

 でも世界中からかき集めてきた断片的な情報も、「おまかせ」という形で提供されて、まるごと一冊をぜんぶ読むと、いろいろなことが見えてくるのは面白い体験です。
 もしかすると、編集長の意図を越えたものが読み取れるかもしれませんので、私なりの読みを今月もご紹介いたしましょう。 

 ではまず、今月号の特集から。


ツイッター時代の「人間関係論」-人生を変える "つながる力"

 日本語だとまだまだ「ツイッター時代」といわなければならないのがつらいところですね。昨年、日本でも爆発したツイッター(Twitter)ブームですが、米国では「フェースブック」(Facebook)のほうが先行しています。SNSといえばフェースブックですから、米国の文脈でいえば、「フェースブック時代」というのが、記事の内容からみても適当なところなのですが・・・
 
 日本でもこのところ急激な勢いでフェースブックが拡がり始めているので、いずれ近い将来に「クーリエ」でも「フェースブック」で特集組んでみてはいいかもしれません。

 実は私も、「クーリエ 5・6月合併号」で「Future 1 未来を創る「新エクセレント・カンパニー」BEST50(Source:Fast Company)」でフェースブックが一位に選ばれたのを読んで、さっそく参加してみました。いまでは、フェースブック上の「お友達」が軽く1,000人を越えています。

 同じSNSといても、「ツイッター」と「フェースブック」では大きな違いがあります。それは前者では可能な匿名性が、後者では読んで字のごとく「顔本」(フェース=ブック)であり、実名性がつよく求められることの違いでしょう。

 今回の特集で取り上げられた、サイエインス・ライターのクライヴ・トンプソン(Clive Thompson)の手になる二つの文章が、実に読みでがあって勉強になりました。
 読んでいて非常に知的で面白いと思って、出所を見てみると New York Times Magazine に掲載された文章であるとわかります。よくディテールまで注意して「クーリエ」を読むと、いろいろなことがわかってくるのが面白いですね。「クーリエ」読みながら、自分でもネットを使っていろいろ調べてみると、深い読みができます。

●「SNSで生まれた「弱い絆」が人間関係を "小さな町" に変える-ネット上での交流が広まるにつれ、人間関係は "本来の姿" に戻りつつある。」

●「幸せも肥満も "感染" する! 人間関係で分かる、あなたの運命-あなたは知らぬ間に"友人の友人の友人" から影響を受けている?」

 前者については、先にも書きましたが、私自身もツイッターもブログもフェースブックもやっていますので、そのとおりだと実感しています。
 クライブが指摘するように、SNSにかかわることで「自分自身を知る」というのは、まさに書くことによって自分を発見するという意味ですね。自分の内面を掘り下げ、自分を客観的に見て、心が穏やかになる。これだけ読めば「いいこと尽くしだな」といわれそうですが、私自身も自分の経験からいってそのとおりだと思います。

 後者にについては、いわゆる「フレーミングハム実験」から得た知見を「弱い絆」から考察した文章ですが。これも実に知的に面白い。ここでいっっていることは、日本語でいえば「朱に交われば赤くなる」というコトワザそのものなのですが、こういった緻密で論理的な文章で読むと、内容について面白いと思うだけでなく、すごく得した気分になるからうれしいものです。

 米国のサイエンス・ライターが書くもののクォリティの高さには、本当に感歎させられます。話題の内容を科学的な知見をもとに、一般人にもわかりやすく、かつ知的に面白く読ませる能力。なかなか真似できません。

 こういう内容の特集の場合、ぜひ日本人の識者にコメントをつけてもらうといいのではないかと思います。
 クライヴ・トンプソンの文章に引用されている、英語で情報発信している日本人社会学者・伊藤瑞子、あるいは直接は言及されていないが、社会学者マーク・グラノヴェッターの「弱い紐帯」(weak ties・・この特集でいっている「弱い絆」に同じ)を紹介している、日本の組織論の大家、神戸大学の金井壽宏教授など。

 なぜなら、SNSはビジネス上の「個人の人脈拡大」という実利の点から言及されることが多いのですが、SNSが、既存の組織形態である企業組織における人間関係にどういう影響を及ぼしていくのか、知りたいと思っている人も、少なくないと思います。
 組織内の人間関係という観点から、組織人事の専門研究者のコメントが欲しいからです。

 自分で調べる人のために、キーワードには原語を併記しておいていただいたほうがいいかもしれません。  「今月のキーワード」にも取り上げられた、アンビエント・アウェアネス(ambient awareness:周囲の雰囲気や情報をとらえられる能力・状態、のこと)についてはいいとして、このほか社会的感染(social contagion)などしたいと思いました。
 まさにこのコトバが、SNS時代のキーワードになるからです。
 


Courrier bis から ① 「ユーロバブル崩壊」から「他山の石」として日本が得るべき教訓

 ビジネスマンである私が、まず読み始まるのが、先月から始まった新しい企画が Courrier bis です。
 今月号では、いままさに旬な話題である「ユーロバブル崩壊」が取り上げられています。「クーリエ」では「ユーロバブル崩壊」という表現は使っていませんが、この問題はバブル崩壊にあると私はとらえています。

 「混乱するユーロ経済を他山の石とせよ! 累積する公的債務に進まない財政改革……。欧州の陥った袋小路は、日本の未来図を予感させはしないのか?」、なかなか刺激的な見出しです。
 この件については私なりに教訓を導き出してみたいと思います。

 日本で行われた先の参議院選挙では、敗退した民主党の党首で首相が、当日の弁明会見で「ギリシア、ギリシア・・」と、何かの一つ覚えのように連呼していました。ああ、一国の首相であるこの人は、問題の本質が何もわかっていないのだなということが、全世界にさらされた一瞬でありました。

 「クーリエ」今月号の連載で、ノーベル賞受賞の経済学者ポール・クルーグマンは「迫り来る"失われた10年"」のなかで、「米国はギリシアとは違う。むしろ我が国はますます日本に似てきている・・・」という発言をしています。
 期せずして同じ号に掲載されたこの文章から、ロジカルに類推すれば「日本はギリシアではない」という結論が導き出されます。論理式ふうに表現すれば、米国≠ギリシア でかつ 米国≒日本、∴(ゆえに) 日本≠ギリシア という三段論法になりますね。
 クルーグマンの趣旨は、日本の二の舞にならないために FED(連邦準備局)は思い切った財政出動をせよということですが、もちろん日本にとってはあまり名誉ある内容ではありません(苦笑)。

 私が面白く思ったのは、ギリシアの隣国で歴史的に根深い対立関係にあるトルコ人の、ギリシア危機に対するホンネが紹介されていたことです。こういうことは、直接トルコ人に聞いても、外国人にはなかなかホンネはいわないものです。ああ、やっぱりそう思っているのだなとわかって安心(?)します。トルコの EU加盟の行方にも影響を与えるファクターとして無視できない重要情報です。

 また、「ユーロから脱退してスイスと連帯すべし」というオランダ人の発言、これも面白いですね。
 官僚主義で非効率なユーロ管理のメカニズムが今回の危機を招いた原因の一つであるとすれば、極端な意見にも聞こえますが、きわめて重要な教訓です。
 スイスフランという強い通貨をもつスイスは、EUには加盟しましたが、ユーロ導入は国民投票で拒否しました。強い通貨にはメリットが大きいからです。

 ユーロ安が製造業にとってはメリットになる、という議論はよく聞きますが、これに対しても必ずしもそうじゃないんだという論説が収録されており、「クーリエ」のバランス力には感心します。
 「大幅なユーロ安は欧州企業にとってプラス材料か」では、ユーロ圏の外に輸出する企業にとっては、ユーロ安は有利になることがあろうとも、ユーロ圏のなかでビジネスが中心の企業にとては、ユーロ安のデメリットである原料高というネガティブ要因がもろにかぶってくるのだという指摘がされています。この意味は日本人も、よく考慮にいれておくべきでしょう。
 
 日本でも「アジア共通通貨」創設論者が少ないのですが、中国元や韓国ウォンと共通通貨を創るのは、目先の経済利益だけをみた近視眼な発想であることが、今回の「ユーロバブル崩壊」で明らかになったのではないでしょうか。
 スイスと同様、日本円という強い通貨の国であることを、日本人はメリットとして大いに享受すべきなのです。
 これが私が「ユーロバブル崩壊」から得た教訓です。


Courrier bis から ② 書評に取り上げられた『非才』とグーグル名誉会長の村上憲郎氏の英語勉強法の共通点

 今月号を買っていちばん最初に眼に飛び込んできたのが、グーグル名誉会長の村上憲郎氏の英語勉強法の記事である。「いま3年間、英語をぶっ倒れるくらいやりなさい」。
 まったく趣旨には賛成です。それくらいやらなかったら、日本人にとっての外国語である英語が、しかもビジネスで使えるレベルまで上達するのは不可能なことは、ほんとうはみんなわかっていることなのです。しかし、若者におもねらず、本当のことをいってくれた村上さんには敬意を表します。
 
 しかも、期せずして同じことをいっている本が書評に取り上げられているではないですか!
 『非才-あなたの子どもを勝者にする成功の科学-』(マシュー・サイド、山形浩生/守岡桜訳、柏書房、2010)という本が、「才能神話を完全否定する新・努力論」というタイトルで紹介されています。
 書評のなかで「努力原理主義」という表現も使われていますが、これはまさにグーグル名誉会長の村上憲郎氏といっていることは同じです。

 あの剣の達人であった宮本武蔵も、「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする」といっているように、上達のためには最低3年(≒1千日)は稽古に励め、さらには10年(≒1万日)の稽古が必要だと喝破しているのは、昔から一人前のスシ職人になるには10年かかるといわれてきたように、経験知に基づく真理なのでしょう。

 これまた奇しくも、ノンフィクション作家の最相葉月氏と『非才』の翻訳者である山形浩生氏が、「人工合成ゲノム」と「人工DNA」とタイトルこそ違えど、同じ内容を取り上げているのは面白いですね。
 とくに山形浩生が The Economist の記事についてのコメントで、「ある程度のビジネスマンが、流し読みでもこんな記事を読んで表層的にでもこうした研究の意義を理解できることには、大きな経済的な意味がある」といってることは、「クーリエ」にも期待したいものですね。

 私も The Econmist は昨年まで購読してましたが、個人的に「事業仕分け」して購読を中止、ネット上にアップされた記事だけをピックアップして読んでいる現在ですが、やはり一冊の雑誌のカバーストーリーの意味を考えると、印刷媒体の雑誌のチカラは侮れないものだと思いました。
 
 「クーリエ」も、さらに情報選択の感度をあげて、サイエンスを含めた中期的な問題への読者の目を開いてもらいものだと期待します。



連載:「中国とインドを読み解くクロス連載 「龍」と「象」の比較学」

 先月号から始まった新特集は実に面白いですね。

 今月号では、現代中国を語らせたら第一級のジャーナリスト富坂聰が中国の若者について、現代インドについて語らせたら第一級の中島岳志がインドの若者について紹介しています。からみた中国について、それぞれ執筆しています。

 インドの若者については、高学歴エリートの価値観の変化について、中国については、いわば中国版のロスジェネについて語っている。
 インドについては、もしかすると昭和30年代の日本(?)なんて感じもする。
 一方、中国では一握りのエリートを除けば、就職にあぶれた多くの若者たちが「蟻族」として狭い部屋に密集して暮らし、不動産高騰で「蝸居」しか手に入らず、「車奴」や「房奴」といったローン地獄に苦しんでいるのが実態のようです。

 富坂聰氏は、「日本では多くの人が、中国はこれから本格的に経済発展の富を享受する時代に入ると考えている。だが、中国ではこの若者世代こそが、負の遺産の継承者と位置づけられているのだ」という締めの文章を読むとき、なによりも「複眼的な視点」が重要なことを感じます。



綴じ込み別冊という新企画のことなど

 今月号には、綴じ込みの別冊として、「マルコム・グラッドウェル 著 × 勝間和代 訳 ブローイング・アップ(吹っ飛び)の経済学」が「おまけ」としてついているのは、面白い試みですね。
 7月6日刊行の『マルコム・グラッドウェル The New Yorker 傑作選 1 ケチャップの謎』(マルコム・グラッドウェル、勝間和代訳、講談社、2010)からの抜粋。

 『まぐれ』『ブラック・スワン』で著名な、投資家で思想家のタレブについて書かれた文章は、まだ両方とも読んでいない私には、たいへん面白いものでした。

 欧文の新聞では、よく日曜版に話題の新刊書の抜粋(excerpts)が掲載されることがありますが、単行本の抜き刷りのようなこの企画は面白いですね。
 印刷媒体で実施した「フリー」といってよいでしょうか。

 今後も、「クーリエ」には、新しいチャレンジを大いに期待したいものです。
 



<関連サイト>

クライブ・トンプソン(Clive Thompson)のウェブサイト Collision Detection
・・・特集で選択された記事の執筆者のサイト

日本人社会学者・伊藤瑞子氏のサイト(英語)mimi ito

マーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)
・・・「弱い紐帯」(弱い絆)についての先駆的研究を発表した社会学者

マーク・グラノヴェッターの「弱い紐帯」についての論文 The Strength of Weak Ties(英文)



<ブログ内関連記事>

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは
・・・書評に取り上げられた『これからの「正義」について話をしよう』について

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)




            

2010年7月18日日曜日

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)





 成田山新勝寺(真言宗)の断食参籠修行の目的は、「ご本尊不動明王のご加護のもと、不動の信念と心身の鍛錬を体得することにあります」とありますが、なんだかんだいっても、体重が減っているのを数値として確認できるよろこびは何事にも代え難いですね。

 ダイエット(減量)、デトックス(毒素排出)、スピリチュアル(密教の精神生活)の三点セット、いやオールインワンの断食参籠修行は向かうところ敵なしじゃないですか!しかも、三泊四日で壱万円ポッキリ!
 本来の主目的である、お不動様のパワーもいただいて、これ以上のものがありましょうか!

 これを読んで興味をもたれた方はぜひ、成田山新勝寺で、水しか飲まない断食参籠修行にチャレンジしてみてください。
 かならずや、その人なりに得るものが何かあるはずですよ。私が保証します。

 2010年7月7日から10日までの、成田山新勝寺での断食参籠修行の体験を 7回にわたってブログにまとめてみました。ご覧あれ!


<総目次>

体験記 (1) こんなうまい食事は滅多にない
体験記 (2) 断食体験初日-参籠堂に入るまで
体験記 (3) 断食体験初日-いよいよ断食修行に入る
体験記 (4) 間奏曲-過去の断食参籠修行体験者たち
体験記 (5) 断食二日目-祇園会が始まる前夜
体験記 (6) 断食三日目は、成田山祇園会の山車と市川海老蔵丈夫妻の結婚奉告参詣
体験記 (7) 断食四日目-いよいよ満願成就、そして断食後に体験の意味を考察してみた(完結篇)

<付記 その1>

書評 『千日回峰行<増補新装>』(光永覚道、春秋社、2004) 
・・よい子は絶対に真似はしてはいけない、「明王堂参籠」の断食・断水・不眠・不臥という超人的な九日間の修行について天台宗の大阿闍梨が語った本。


<付記 その2>

 断食後に、定期健康診断にいったのだが、結果を聞きにいったら、「一点だけのぞけばパーフェクトだ」といわれた。その一点とは「善玉コレステロール値が低い」という結果。
 お医者様には断食後だったことは黙っていたが、「週2回くらいは、ワインを飲むように」といわれた。
 医者から酒飲めなんていわれたのは生まれて初めて。喜んで従いますよ! (2010年7月20日)