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2010年12月31日金曜日

今年もありがとうございました(2010年12月31日)




 今年も一年間ありがとうございました。

 本日をもって、寅年が終わります。
 寅年生まれの年男のわたくし、次の年男は12年後、そのときはすでに「アラカン」か・・・

 いよいよ終わりを意識して、「最後のミッション」実行の「前段階」に入ります。「最後のミッション」についてはまだここには書きませんが(・・というかまだ固まっていない)、生きているあいだにかならず実行したいことであります。

 日本から トラネコ三匹一同が、トラに代わってご挨拶します。

 来年はウサギ年、ホップ・ステップ・そしてジャーンプの三段跳びで「大飛躍の年」。選手交代ですね。

 今後もよろしくお願いいたします。





             

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 


 石川啄木の『時代閉塞の現状』は、1910年(明治43)年執筆された時評である。歌人や詩人として広く世に知られている石川啄木であるが、新聞記者を長くやってきたこともあり、評論を書くのも得意であったようだ。

 いまではその名称を知る人も少ないだろうが、かつて「プロレタリア短歌」なる文学ジャンルが存在した。石川啄木の短歌など、まさにその先駆者であるにふさわしい。 

 1910年(明治43)とは、「大逆事件」によって、翌年の裁判結果によって幸徳秋水以下24名が死刑になった、近代日本の分水嶺となるような大事件が発生した年であった。明治天皇暗殺を企ているというフレームアップ(=でっちあげ)によって、テロリストとされて死刑になった社会主義者たち。

 石川啄木は裁判記録を綿密に読み込み、この裁判がフレームアップであることを確信していたといわれる。

 まさに石川啄木が「時代閉塞」と言うように、100年前もまた閉塞感の強い時代の空気であったようだ。

 『時代閉塞の現状』には以下のような文章がある。長いがそのまま引用するので、目を通してみてほしい。100年前の1910年と、現在2010年とを比較しながら読んでみてほしい。引用は、日本ペンクラブ「電子文藝館」にアップされている旧字旧かなの原文から。

 時代閉塞の現状は啻(たゞ)にそれら個々の問題に止まらないのである。今日我々の父兄は 大体に於て一般学生の気風が着実になつたと言つて喜んでゐる。しかも其(その)着実とは単に今日の学生のすべてが其在学時代から奉職口の心配をしなければならなくなつたといふ事ではないか。さうしてさう着実になつてゐるに拘らず、毎年何百といふ官私大学卒業生が、其半分は職を得かねて下宿屋にごろごろしてゐるではないか。しかも彼らはまだまだ幸福な方である。・・(中略)・・
 我々青年を囲繞(ゐげう)する空気は、今やもう少しも流動しなくなつた。強権の勢力は普(あまね)く國内に行亘(いきわた)つてゐる。現代社会組織は其隅々まで発達してゐる。--さうして其発達が最早(もはや)完成に近い程度まで進んでゐる事は、其制度の有する欠陥の日一日明白になつてゐる事によつて知ることが出来る。戦争とか豊作とか飢饉とか、すべて或偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込の無い一般経済界の状態は何を語るか・・(後略)・・

 もちろん100年前と現在では大きく異なる点は多いが、「時代閉塞」という一点にかんしていえば、先祖返りしてしまったかのような感も受けなくもない。


 さてこの「時代閉塞」はいつまで続くのか?

 1910年以降の100年について簡単に振り返っておこう。

 1912年(明治45年)7月30日の明治天皇の崩御とともに明治時代が終わりを告げることになる。近代日本が採用した「一世一元の制」によって、天皇の代替わりがそのまま時代と一緒になったのだ。

 明治の人は、乃木大将の殉死に大きな衝撃を受け、夏目漱石は『こゝろ』を執筆したが、石川啄木自身は明治時代の終焉を見ることなく、1912年4月13日には 26歳で夭折している。夏目漱石も葬式には参列したという。

 時代は、短かかった「大正デモクラシーの時代」へと入って行く。

 1914年から1918年にかけて勃発した第一次世界大戦には、日本は連合国の一員として参戦したが、欧州からは遠い極東の日本は海軍を地中海に派遣したのみで交戦はせず、実際の戦闘は当時ドイツ領であった中国の青島(チンタオ)を占領するなど、漁夫の利を得る結果となった。
 経済界も戦争で大もうけした戦争成金が大量に発生している。
 
 第一次世界大戦の末期には、ロシアで革命が起こり、ソ連が成立した。この労農政権打破のための国際派遣軍に日本は大量に出兵し、「シベリア出兵」という忘れられた戦争に乗り出すが、財政への圧迫をのこしただけでほとんど得るものもなく撤兵するにいたる。

 しかし、一般国民にとっては、そうじて比較的平和な時代であったといえよう。
 ただ、この時代は短く終わる。つかの間の「良き時代」(la belle epoque)であった。

 1923年(大正12年)に発生した関東大震災は、帝都東京に壊滅的破壊をもたらし、経済も混乱するが、破壊は新しい創造を促すものであった。このとき、ハーバード大学に移っていた経済学者シュンペーターは、愛弟子の都留重人に「これは、創造的破壊(creative destruction)の好例だ」と言ったと、都留重人は回想録のなかで書いている。

 1925年には病弱であった大正天皇が崩御し、摂政を務めていた若き昭和天皇が即位する。若き天皇に時代を先導する躍動する精神を感じた日本国民であったが、米国で始まった1929年の「大恐慌」(The Great Depression)は世界全体を巻き込み、日本には「昭和恐慌」として脆弱な経済に襲いかかった。
 とくに東北地方の農村は疲弊し、都市のプロレタリアートも貧困層に転落。富裕層と貧困層の格差はさらに拡大、持てる者はさらに富み、持たざるものはさらに収奪されて疲弊する。

 こういった「時代閉塞」状況をチカラで暴力的に打破しようという行動主義が出てくるのは当然といえば当然であった。「昭和維新」なるスローガンが叫ばれた、テロとクーデターの時代の幕開けである。
 1930年(昭和5年)には、時の首相・濱口雄幸が東京駅頭で狙撃され、一命を取り留めたものの翌年首相のまま死亡。
 1932年(昭和7年)の五・一五事件はクーデター未遂事件。
 同じく1932年の血盟団事件では、前大蔵大臣の井上準之助、財界の重鎮であった團琢磨(だんたくま)が射殺された。
 1936年(昭和11年)の二・二六事件というクーデターの失敗を契機に、時代はだんだんとファシズムの「統制社会」へと引きづられていくこととなる。 

 経済界では重化学工業では空前の成長を実現、しかし日中戦争は泥沼化し「統制経済」が導入され、経済学者・野口悠紀夫のいう「1940年体制」が戦後に至るまで長く支配することになる。

 そしてついには、国民全体の熱狂的な歓呼のもとに大東亜戦争に突入した日本は、「大東亜共栄圏」なるスローガンを掲げてアジア解放戦争を鼓舞した一方、総力戦を指導するリーダーたちの致命的誤りと国力のなさゆえに最終的な破局を迎え、以後「敗戦国」として、国際的な地位を完全に回復できないまま現在に至る。

 奇跡的ともいわれた戦後復興によって、一時的には経済的に世界第2位まで登り詰めたが、すでに衰退過程に入って20年になる。


 いやな雰囲気のこの時代、石川啄木の『時代閉塞の現状』から100年たった日本は、いったいどういう方向に向かおうとしているのか。

 1910年当時の日本の人口は約5千万人弱、現在の半分程度しかなかった人口はその後の100年で2.2倍になったことは驚くべきことだ。右肩上がりで増え続けた日本の人口はすでにピークをうって、現在すでに人口減少トレンドにある。

 人口爆発とは正反対の人口縮小にある現在、100年前と同じ動きをすることはさすがにないだろう。
 しかし「時代閉塞」状況をいかに打破するか。チカラで打破するという誘惑にとらわれないことを願いたい・・・。実力は別の形で発揮すべきなのだ。








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2010年12月30日木曜日

いまあらためて「T型人間」、「Π(パイ)型人間」のすすめ-浅く幅広い知識に支えられた「専門プラスワン」という生き方で複眼的な視点をもつ



 私が20歳台の頃、「T型人間」になれ、いやもっと上を目指して「Π(パイ)型人間」になれ、あるいは「クシ型人間」になれなどといわれていたものである。

 「T型人間」ってなに? 「Π(パイ)型人間」ってなに? はあ?、というとこだろう。先日、ある30歳台後半のマスコミ出身者にこの話をしたところぜんぜん知らないようだったので、現在ではもうあまり話題にならないのかもしれない。

 とりあえず、まずはこの「T型人間」と「Π(パイ)型人間」について、簡単に説明を行っておこう。


「I型人間」、「T型人間」、そして「Π(パイ)型人間」

 まず「T型人間」とは何かというと、Tの字は分解すると、タテ串の「I」とヨコ串の「-」で構成されていることがわかる。タテ串の「I」が専門性だとすると、ヨコ串の「-」は専門以外のバックグラウンドを意味していると説明されていた。

 つまり一言でいうと、狭い専門性しかもたない「I型人間」ではなく、「T型人間」という、浅くても幅広い知識をもった専門家になれということだ。この重要性については、このブログでは "try to know something about everything, everything about something" に学ぶべきこと で説明したとおりである。  「T型人間という表現は、少なくとも1980年代後半には、企業社会でよく使われていた。

 次に「Π(パイ)型人間」とは何かというと、Π(パイ)はギリシア文字 π の大文字 Π である。小文字でも問題はないのだが、「T型」と対比するために大文字の Π を使って説明する。
 「Π型」とは「T型」のタテ串が一本増えたものである。つまりヨコ串であらわされる幅広い知識をもつ専門家であることは共通だが、専門の軸がもう一本あるということを示している。つまり幅広いバックグラウンド知識をもった専門家だが、二つの専門性をもつということだ。

 「クシ型」とは何かということだが、これは髪の毛をとかす櫛(くし)を櫛の歯が下にむくように置くと、一本のヨコ串にタテ串が複数ついているような形になる。つまり3つ以上の複数の専門をもっているということになる。

 「I型」ではなく「T型」、さらには「Π型」を目指せというのは、いいかえれば「専門プラスワン」という生き方で、問題発見と問題解決に際して、重層化、複眼化を目指せということになる。


学問の世界では二つ以上の専門分野をもつことをインターディシプリナリー(学際的)という

 いまは亡き東南アジア政治の専門家・矢野暢教授は、地域研究を目指す研究者の卵に向かって、ある特定の地域の専門家ではこれからは通用しない、経済学なり政治学なりというディシプリン(学問の専門領域)をもったうえで、地域研究を行うスタイルでないと、研究者としてはやっていけないだろうと、1970年代(?)の著作ですでに述べていた。

 具体的な組み合わせでいうと、言語学とモンゴル研究を専門にする田中克彦教授や、経済思想と民族学を専門にする住谷一彦教授などがその典型的な例にあたるだろう。
 人文社会科学系統の学問の世界では、専門をはっきりさせろという声が強いようだが、あえて二つ以上の複数の専門領域をもつことで、実り豊かな成果を出してきた研究者は実際に多数存在する。

 理工系でも、 島津製作所の田中耕一氏のように、大学時代の専攻は電気だが、会社に入ってから化学に転じ、化学分野でノーベル賞を受賞した研究者や、糸川英夫氏のように航空工学から宇宙工学を経て、組織工学を開拓したような人もいる。

 総じて理工系の研究開発分野のほうが、「Π型人間」が多いような印象を受ける。現在のバイオテクノロジーのなかでも、とくに遺伝子工学(ジェネティック・エンジニアリング)は、物理学の生物学への応用から始まった学問である。このように二つ以上の専門分野から、あらたな研究分野が生まれることは理工系ではよくあることだ。

 こういうことをさして、学問の世界では「インター・ディシプリナリー」という。日本語では学際的。inter-disciplinary つまりディシプリン(専門研究分野)をまたいだという意味である。

 米国の大学では、意欲的な学生は大学院で「ダブル・メイジャー」を行う。ダブル・メイジャー(double major)とは、たとえば経営学と中国研究などの異なる専門分野の組み合わせで学位を同時に二つ取得する制度のことだ。地域研究の分野でいえば、東南アジア研究で有名なコーネル大学では、M.B.A.と地域研究の M.A.が同時に取得できるコースが設定されている。
 
 ちなみに、私はといえば、大学時代はヨーロッパ中世史など専攻したが、現時点では経営学を主専攻とし、日本研究を副専攻としているようなものだろう。これは結果としてそうなっているというだけの話であって、最初から意図してそうなったわけではけっしてない。


ビジネスの世界におけるインターディシプリナリーな「Π(パイ)型人間」

 学問世界の話をしたが、ビジネスの世界でも二つ以上の専門をもつことから、新しい知見が生まれてくる。これは研究開発の世界と同じことだ。

 たとえば、新卒で入社して最初の配属先が人事管理から出発して、その後はマーケティングに異動したり、営業の現場にでるケースもある。
 大企業の場合は、人事異動の一環として、多くの職務を体験させながらジェネラリスト養成を行うことがこれまで多かったが、自らの意思で複数の専門分野を経験することも不可能ではない。これは戦略的なキャリア開発の観点から行うものである。

 また、研究開発の世界に長くいた人が、マネジメントに転身するケースもある。研究者の能力に見切りをつける場合と、研究者としてのキャリアを活かして同時にマネジメント能力を身につけることで、ワンランク上に向かうのと二つのケースがある。

 自分がもっとも得意とする専門以外に、異なる専門分野を開拓する。
 理想は二つ以上の専門分野のハイブリッドを自分の身のなかで実現することだが、ハイブリッドまでいかなくても専門どうしのクロスオーバーのもたらす意味は非常に大きい。
 重層的、複眼的な視点をもつことができるようになるからだ。

 自分のなかに第一の専門とは異なる専門分野をもつことで、異なる切り口でモノをみる視点が、単なる足し算としてだけでなく、掛け算として、自分のなかに養われる。こっれは複眼的なものの見方といってもいい。これがクロスオーバーの意味である。

 二つ以上の複数のものの見方を身につけていると、自分のなかで異なるものの見方がせめぎ合いをすることもある。これが複眼的というものだ。

 しかもそれぞれの専門の背後には広大な地平が拡がっている。"try to know something about everything, everything about something" に学ぶべきこと にも書いたように、ある専門の背後には膨大な知識があり、別々の専門の背後にある、別々の背景知識がせめぎ合い、融合することで、さらに広くかつ深く、自分の「引き出し」世界が広大なものとなっていく。

 「Π(パイ)型人間」を目指せということは、このように複数のものの見方を身につけることで、問題発見と問題解決に際して、無限の組み合わせを、自らのうちにもつことを意味しているのである。



<ブログ内関連記事>

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)

"try to know something about everything, everything about something" に学ぶべきこと 







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「ワークライフバランス」について正確に理解すべきこと。ワークはライフの対立概念ではない!?



 「ワークライフバランス」というコトバがある。ワーク(仕事)とライフ(生活)のバランスのことである。英語の work-life balance をそのままカタカナにした表現だ。

 日本ではいつ頃からいわれるようになったのだろうか、基本的に家庭をもつ女性社員が、仕事と家庭を両立させるためのマインドセットとその具体的な方法について、企業の社会的責任論(CSR)とからめて推進されてきたものである。

 基本的に私は「ワークライフバランス」の趣旨には全面的に賛成である。女性だけでなく、男性も大いに意識して取り組むべきものだからだ。

 ただ一つ気になっていることがある。ワーク(仕事)とライフ(生活)は対立概念なのか、ということだ。

 「ワークライフバランス」をきわめて浅く理解している20歳台の若者が少なくないので現場では困っている(?)という話をよく聞くが、これは仕事と生活をまったく交わることのない別個の存在として捉え、キッチリと区別したいという、若者たちの思いの表れだろう。

 私が20歳台の頃も、仕事とプライベートは厳密に区別したいという表明がよく聞かれたし、私自身も強くそう思っていた。


ワーク・イズ・ライフ? ライフ・イズ・ワーク?

 いちばん最初に就職した時、新人研修で講師の一人がこんなことを言っていた。「仕事を趣味にするくらいでないと、コンサルタントとしては成功しない」。その人は直接の上司にはならなかったが、隣の部の部長のコトバであった。
 
 いきなり金融系コンサルティング会社に入ってしまった私は、リサーチ関係の仕事に就けるものだと思っていたのに、コンサル部門に配属された。正直なところ希望するところではなかったので、この発言を聞いて、「絶対にそうはなるまい」と心に堅く決意したものである。

 「あくまでも仕事は仕事、ほんとうの自分は仕事にはない」などと。できれば大学院にもどりたいなどという気持ちが強くあったのもその理由の一つである。
 20歳台は、なんとか仕事とプライベートを分けるべく努力して、一歩オフィスをでたら仕事のことはアタマから完全に消そうと努力していた。

 しかし、仕事は猛烈に忙しく、寝る時間と食事をする時間を除けば、出張で移動中の時間も含めて、ほとんどが仕事漬けの生活になっていた。それでも「あくまでも仕事は仕事、ほんとうの自分は仕事にはない」という気持ちだけは持ち続けていた。

 その当時はワークライフバランスなどというコトバはなく、仕事とプライベートは厳密に分けるという考えに立っていたのである。その当時、カフカの『城』という作品にえらく共感を覚えて読んだことを覚えている。「城」という不可解で理不尽なシステムに翻弄される主人公を描いた小説である。

 だが働き出してから3年目に、いままでつながらなかった断片が一気につながるという、やや神秘的な体験をしてから仕事の意味が一気に見えるような気がしたことを明確に覚えている。これはすでに「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)と題してブログに書いたことである。

 その後数年を経て、あるときに明確に気がついたのだが、人間というものは、自分が従事している仕事によって、無意識のうちに大きな影響を受けているということである。
 そのとき気がついたのは、仕事を離れたふだんの生活でも、職業特有のものの見方になったいることだ。

 私の場合は、経営コンサルという仕事についていたこともあり、ものを見る見方がコンサルタントの目になっていることを感じた。世の中のすべてに対して現状を分析し、処方箋を書くというマインドセットができあがっていることに気がついたのであった。もちろん森羅万象ではなく、自分が疑問をもったことに対して、何かと「なぜ?」という疑問をもって見ている自分にである。「そんなことしてないで、こうすればいいのに・・・」といつも思っている。

 同じ大学を卒業したのに、銀行に就職した人間は、見た目だけでなく人間の中身まで銀行員になってしまうこと、マスコミの就職した人間はいかにもマスコミ人になっていくことと同じであろう。これは銀行員やマスコミ以外でも、すべての職業に当てはまるのではないだろうか。いわゆる会社に染められるというやつである。
 これは同じ会社であっても、営業と経理、製造と研究開発でも大きく異なるものである。ずっと経理畑にいた人間と営業一筋の人間とでは、同じ企業に長く勤めていても大きく異なるものだ。

 これは社会人になって就職する前に、すでに出身大学によって色濃くカラーがでているものだ。むかしほど明確ではないというものの、やはり早稲田と慶應ではカラーが違うし、同じ大学でも文学部と工学部とではカラーが違う。

 これは見えない文化によって人間が形作られていくことを示しており、ブルデュー流の社会学的に表現すれば"ハビトゥス"(habitus)が形成されるということでもある。クチグセという生活習慣が企業文化となっていることについては、書評 『叙情と闘争-辻井喬*堤清二回顧録-』(辻井 喬、中央公論新社、2009)に書いてある。

 企業文化や職業文化といったものは、その企業や職業特有の文化を指したコトバだが、その企業のなかに生活して、その職業を長く続けているとその色に染まっていくものである。

 つまるところ、いやがおうにかかわらず、仕事(ワーク)は人生(ライフ)のかなりの部分まで規定し、その人の人生(ライフ)から仕事(ワーク)を切り離せないものとしているということだ。程度の違いは個人によって異なるものの、たいていの人間にとって仕事のもつ意味はきわめて大きい。


ワーク(仕事)は、けっしてライフ(生活)の対立概念ではない。ライフは仕事と生活と趣味の3つに区分すべき

 「ワークライフバランス」を正確に理解するうえで重要なことは、ワーク(仕事)は、けっしてライフ(生活)の対立概念ではないということだ。

 ライフ(人生)全体のなかに、ワーク(仕事)が含まれると考えるべきだろう。それほど仕事が人生に占める割合は物理的な時間だけでなく、意味も大きい。

 しかし、ライフ・イズ・ワークであっても、ワーク・イズ・ライフであっても、それは過ぎたるは及ばざるがごとし、どう考えても正常な状態ではない。
 家事をしない中高年男性の、単なる言い逃れであることも少なくない。

 おそらく「ワークライフバランス」でいうライフとは、日本語では「私生活」という、プライベートライフと理解されることが多いのだろう。だから、私が20歳台であった30年前も、仕事とプライベートと区別したいという表明とまったく同じ理解が現在でもされている。

 ライフには、私生活の領域である家族や家事、個人の趣味という領域など、仕事以外のさまざまな領域が含まれている。

 私は、ワークライフバランスは3つに分解するのがよいと考えている。すなわち、ワーク(仕事)とプライベートライフ(私生活)と趣味(遊び)の3つである。

 よくいわれることだが、テキパキと家事をこなす優秀な主婦は、実は仕事をやってもテキパキとこなす能力を身につけていることが多い。逆に仕事のできる女性は、家事もテキパキとこなす能力をもっている。これは生活が仕事に与える影響について語ったものだ。あるいは仕事と生活の相互作用である。

 また趣味や遊びの時間に気がついたことが思わず仕事におけるブレイクスルーにつながることも多い。『プロジェクトX-挑戦者たち-』という NHKの番組で、オムロンの自動改札機の開発を取り上げた回があったが、主人公の開発担当者が開発に行き詰まっていたとき、息子を連れて出かけた釣りの場で、流れゆく木の葉をみて開発のヒントを思いついたというエピソードがでてくる。
 これは趣味(遊び)が仕事に大きな影響を与えた好例だろう。

 家事であれ、趣味であれ、そこで培って磨かれた方法論や気づきが、無意識のうちに別の場である仕事でも発揮されることがあるということだ。もちろん意識して応用することはなおさら良いことだ。

 「ワークライフバランス」は、ワーク(仕事)とライフ(生活)を対立的に捉えるのではなく、仕事だけが人生の大部分を占めるのでは、ほんとうに意味のある人生を過ごしているとは言い難いということを示している。私はそのように受け取っている。

 日本人、とくに中高年男性が、仕事を隠れ蓑にして家事をやらないのは実にもったいないのである。

 朝から晩まで仕事に追われ、情報に追われる日々多忙なビジネスパーソンが意識的に仕事から実を話して「情報遮断」する。これは是が非でもやらなければならないことである。情報処理に慣れてしまった脳を休ませる必要があるからだ。そうでないとクリエイティブな思考ができなくなる。生活や趣味の時間はきわめて重要だ。

 できる経営者に自分で料理をする人が少なくないと言われるのも、料理作りがマネジメントとよく似ているからだろう。


<ブログ内関連記事>

働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)
・・ここまで仕事にのめりこんで私生活も犠牲にしてしまうのは・・・

書評 『語学力ゼロで8カ国語翻訳できるナゾ-どんなビジネスもこの考え方ならうまくいく-』(水野麻子、講談社+α新書、2010)
・・主婦だからこそできる時間マネジメント

書評 『わたしはコンシェルジュ-けっして NO とは言えない職業-』(阿部 佳、講談社文庫、2010 単行本初版 2001)
・・できる主婦が仕事でもできることに言及


"try to know something about everything, everything about something" に学ぶべきこと
・・仕事以外の生活や趣味をもつ重要性について、別の側面から考えてみる

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)
・・「情報遮断」の重要性について指摘しておいた




     


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2010年12月29日水曜日

"try to know something about everything, everything about something" に学ぶべきこと



 19世紀英国の思想家 J.S.ミル(John Stuart Mill)の名言に、"try to know something about everything, everything about something" というのがある。

 文法的には中学生レベルの英語でも十分に理解できるが、いちおう何を言っているのかを考えてみよう。
 
 前段の something about everything の文字通りの意味は「すべてについての何か」。つまり、「すべて」について広く浅くでいいから知ること、であろう。
 後段の everything about something とは「何かについてのすべて」。つまり、ある特定の「何か」について狭くても深く知ること、であろう。

 全体では、次のような意味になるだろう。

 「すべての分野」について、たとえ素人レベルでもいいから常識的なことをある程度まで知っておいたうえで、「ある特定の分野」については、専門家として深掘りしてすべてを熟知すべく努力するべきだ、と。

 さらに言えば、森羅万象についての幅広い「教養」のベースが前提にないと、専門家としての発言は 視野狭窄(きょうさく)で独りよがりなものになりがちだ、という戒めのコトバでもある。「教養」というよりも「知識」といったほうがいいかもしれない。

 これは、現代に生きる職業人が、理想型として意識すべきことだと思われる。


具体的な職業分野の仕事に則して考えてみると・・・

 "something about everything"」 の "something"(何か)には、それぞれの人ごとに「特定の職業分野」や「特定の業務」が入って来ると考えてみよう。

 たとえば、どこの会社でもいいのだが、あなたが人事部で採用を担当している、入社二年目のビジネスパーソンだと仮定してみよう。

 仕事として採用実務に精通するようになってきたが、まだ人事管理という仕事の全体像が見えていない状態であある。現状では、日々の業務が精一杯で、自分のやっていることが全体のなかでどのような位置づけになるのか、まだよくわからない。 
 これでは、ただ単に仕事をこなしているだけではないかという疑問が浮かんでくる。

 通常、人事の仕事でいえば、年間のカレンダーをこなしながら、人事管理の3R、すなわち Recruit(採用)から始まって、Retain(雇用)、そして Release(退職)という人事管理の一連の流れ全体を知ったうえで、人のマネジメント全般にかかわる事項について専門性を深めていくことになる。賃金システム、社会保障、社内の教育研修、その他もろもろの社内行事などを、実務をつうじて理解を深めていく。

 このように仕事をこなしていくうちに、人事管理の全体像のなかで、自分が担当している仕事の意味が明確に把握され、幅広い視野のもとに専門的な取り組みができるようになるのである。

 日本の会社では、平社員のときは係長の視点で、係長のときは課長の視点で、課長のときは部長の視点で仕事に取り組めとよく言われる。少なくとも私が平社員の頃はよく言われていた。
 このアドバイスは、ワバランク上の一段高い職位から現在の自分の仕事を見ることで、広い視野のなかに自分の狭い仕事を位置づけること重要性を語っているのである。職位が上になればなるほど、広い視野が求められるから、自分の仕事への取り組み意識がワンランク上になるということだ。

 これはある意味では「全体と部分」の関係でもある。仕事経験を積むにつれて、その仕事全体と自分が取り組んでいる部分との関係は、同じ仕事に従事していれば同心円構造に拡大していくという性質をもっていることを意味している。

 経営トップである社長の立場とは、自社にかんする「すべて」について、広く浅くでも全方位で全体を知っていることである。
 ある意味では自社のことについては細かい数字まで含めてすべてがアタマのなかに入っていることが重要で、これが社長にとっての "everything about something""something" に該当する。そのなかには、業界全体のことも入ってくる。

 とはいえ、自社以外の幅広い世界、つまり日本経済やひいては世界情勢について、浅くても広い知識をもっていないと、経営判断を誤ることにもつながりかねない。
 社長業が専門職である以上、自社と業界以外の事しか知らないのでは、視野狭窄(きょうさく)の誤りにもつながりかねない。

 入社二年目の平社員から社長まで話が及んだが、ここまでは「自社内での自分の専門」に特化した仕事の取り組みについての話である。


自分の専門以外との接点が、いやおうなく求められている時代である

 実際問題、自分の専門については熟知しているが、専門以外のことはほとんど知らない、もしその必要が生じても、アタマが回らないといった事態に遭遇することは多いだろう。

 自分で一から勉強するのは時間がないし手間もかかるので面倒だ、では他人に聞けばいいということになる。ノウハウではなくいわゆるノウフーというやつだが、この際に適切な質問ができないと、他者からうまく話を引き出すことができない。
 また、自分のなかに相手の話を理解する基盤がないと、せっかく適切な話を聞き出せたとしても意味を持たないことになりかねない。

 こういったときにものをいうのが、いわゆる「引き出し」の多さだろう。

 専門外の人とかかわる際に、相手の専門分野について、ある程度の知識や情報をもっていれば、相手の言わんとすることが理解できるし、すべてが理解できなくても自分が知っている知識に引きつけて、ある程度まで類推することができる。類推した内容が正しいかどうかは、対話のなかで相手に確認してみれば即座にわかることだ。

 営業マンは、浅く広く雑学を知っていることが大事だとよくいわれる。自分が扱う商品は深く、顧客についても深く。しかし、浅く広くいろんなことを知っていないと、顧客と雑談ができない。お客様のココロを開かないと、財布のクチも開かないというわけだ。

 世の中が流動化するにつれて、自分の専門外や自社以外の専門家たちと仕事をする機会が増えてきている。いわゆるコラボレーション型の仕事である。
 細分化された狭い専門に閉じこもっているということ、あるいは自社内に閉じこもっているということは、自分の専門内でしか、また自社特有のコトバでしか語れないということである。これではコラボレーション型の仕事は成り立たない。

 他者や他社とのコミュニケーションでカギとなるのが、 something about everything というマインドセットである。

 あらゆる分野について、たとえ断片的な知識や情報でももっていれば、それが他者との共通項となってコミュニケーションを行うことが可能になる。
 共通項が増えれば増えるほど、コミュニケーションの中身が充実し、実りある対話が可能となっていく。

 もちろん、一人の人間がすべてに通じることなどあり得ない。だからこそ、everything about everything ではなく、あくまでも something about everything なのである。

 要は、自分の専門以外のことも知ろうとするマインドセットが重要なのだ。


ワンランク上を目指すには必要なマイドセットとは

 "something about everything" は一見するところ、英国的なアマチュアリズム精神のあらわれのようにも見えるが、いわゆる生半可なディレッタントの奨めを意味しているのではない。何か特定の分野については、その道の専門家であることを要しているからだ。

 もちろん米国でも英国でも、自分の狭い専門分野に閉じこもって、よそで何が起ころうがいっさい関知しないという態度は仕事の場でよく観察されることである。人事考課と賃金体系がが職務(ジョブ)ベースで設計されている以上、それは合理的な態度であるといえる。

 しかしそれでは、何か新しい取り組みを始めたりする際、あるいはワンランク上のレベルにいくことはなかなかなかできない。ワンランク上に行きたいと思っている人は、自らを高めるべく努力をしている。

 「専門を極める」、「一芸に秀でる」という職業観も大事だが、同時に、浅くても広い視野を身につける努力をしながら仕事に取り組むことが、これからの日本人にはとくに重要になってくるのではないだろうか。

 20歳台前半から後半にかけて、いちばん最初に仕事そのものを覚える期間中は、あまり脇目をしている心の余裕もないだろうが、仕事だけでなく、生活と趣味にもできる限り時間を割くべく意識的に努力したいものである。

 家事を含めた生活は、いやがおうでもしなくてはならないものである。
 社会人になって仕事を始める前までやっていた趣味は、可能なら続けるべきであるし、また仕事を始めてからあらたな趣味に取り組むのもいいことだ。
 なぜなら、生活や趣味をつうじて、仕事からでは得られない「学び」を得ることができるからである。とくに趣味であれば、「好きこそものの上手なれ」であるから、いやな思いをすることなく、さまざまなことを無意識のうちに学ぶことができる。意識的になれば学びの要素はさらに大きい。

 近年、ワークライフバランスというコトバで、仕事と生活をいかに両立させるかというテーマが企業社会でも市民権を得てきたが、これは女性だけでなく男性も十分に意識すべきことだ。20歳台の若者だけでなく、30歳台以上のビジネスパーソンもすべてこの意識をもつことが必要だ。

 幅広い知識や情報は、仕事をつうじてだけでなく、意外なことに生活や趣味から難なく得られることも多い。今後は意識的に生活や趣味のもつ意味を深掘りしてみることも必要だろう。生活や趣味は「引き出し」を増やすための無限の宝庫である。すでに誰もがもっている宝である。宝の持ち腐れではもったいない。

 勉強だけが視野を広げる手段ではない。仕事と生活と趣味をつうじて、"something about everything" を一つづつでも増やしていけばよいのである。

 "try to know something about everything, everything about something" というコトバに学ぶべきものとは、そのようなものだと私は考えている。





            


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2010年12月28日火曜日

動物は野生に近ければ近いほど本来は臆病である。「細心かつ大胆」であることが生き残るためのカギだ




 動物は野生に近ければ近いほど本来は臆病である。

 数日前、建物の軒下で毛づくろいをしていたこのノラネコの写真を撮るために、そっと背後から近づいた。いざカメラを構えて撮影したそのとき、ノラネコと目があったとたん、このネコは猛ダッシュで逃げ去った。こいつは絶対に警戒を緩めないネコなのだ。
 撮影は当然のことながらズームアップである。

 ノラネコでも、人になついてエサを求めて人に媚びるようになると野性味が失われる。
 ノラネコでも、絶対に人になつこうとしない、野性味を維持したネコがいる。人間が住む環境を離れてノラネコは生存できないのだが、・・

 写真に写っているのは、後者の絶対に人になつこうとしないノラネコである。まずもって面構えが違う。

 このノラネコは、私が彼のテリトリーに入ったことを感知したその瞬間、脱兎のごとく(・・ネコだから脱猫というべきだが、こういう表現はない)逃げ去って、10メートルほど先に立ち止まった。そしてこちらの一挙手一投足を監視している。遠くから身構えながら当方の動きをうかがっている。しかも、いつでも次のアクションに移れるような臨戦態勢で。



 ノラネコは、けっしてじぶんより大きな動物である人間に立ち向かってくることはない。ノラネコは、自分より小さなネズミなどの小動物しか狙わないのだ。

 野生動物ほど臆病で、慎重な行動をするものはない。
 しかし一方で、これほど大胆な行動をする生き物もいない。獲物を狙うときの慎重なノラネコ、そして間合いを縮めて照準を定めたとたんに、一気に飛びかかる狩人であるノラネコ。

 人間の行動をさして「細心かつ大胆」という形容詞があるが、人になつこうとしないノラネコの行動に同じである。
 それはつまるところ、「生きのびるチカラ」の一つなのであろう。






              

2010年12月27日月曜日

ファラデー『ロウソクの科学』の 「クリスマス講演」から150年、子どもが科学精神をもつことの重要性について考えてみる




 いまからちょうど150年前の本日、すなわち1860年12月27日から翌年1月8日までの全6回、「クリスマス講演」と題して行われた、英国の化学者マイケル・ファラデーが 69歳の年の『ロウソクの科学』

 これはその翌年、一冊の本としてまとめられ、それ以後、科学教育史上における名著として現在に至るまで読み継がれてきた。
 
 今年2010年9月に、岩波文庫から『ロウソクの科学』の新訳が出版されたので、今回ここでとりあげたいと思う。


新訳『ロウソクの科学』に目を通してみる

 以前の岩波文庫の翻訳が、ドイツ語版からの重訳であったというのは、いくらなんでもひどい話だ。
 原文は言うまでもなく英語である。原題は、Michael Faraday, A Course of Six Lectures on the Chemical History of a Candle, 1861 である。直訳すれば「ロウソクの化学史の六回の講演コース」。

 新訳は全体的に非常にわかりやすい訳文になっており、これなら中学生でも読めるの文章になっているのではないかと思う。
 燃焼のなんたるかについて、そのメカニズムにかんする知識をもっている、すでに大人である私から見れば、なんだかまどろっこしい説明であるような感じがしなくもないのだが、知識のない子どもに対して、燃焼や化学反応を実験をつうじて一から理解させるためには、このような形で順をおって、無理なくロジカルに説明していく手法が大切なことが理解される。
 おそらく、文字で読むからそう感じるのであって、目の前で実験しながらお話を聞くのであれば、大人でも実に興味深く聞き入るレクチャーなのだと思う。

 とはいえ、大人であっても、たとえばクリーンエネルギーである燃料電池(fuel cell)のメカニズムを知るためには、ファラデーが説明するように、水素と酸素を結合させる際に発生するエネルギーにかんする基本的な原理を知っておくことが不可欠である。これは水を電気分解すると、水素と酸素が得られることの反対にあたる。

 ファラデーのレクチャーは、燃焼を論じて、二酸化炭素排出にかんして、人間と植物の問題にまで及ぶ。化学と電気をつうじて、科学的思考精神を大きく広げてくれる内容になっている。


科学教育(≒理科教育)の重要性は、ただ単に実用知識の習得だけにあるのではない

 ファラデーのように、科学をわかりやすく語る行為は、なによりも現在の日本で求められていることだと痛感している。日本でも米村でんじろう氏のような科学の伝道師が一人でも増えることを願うものである。

 とくに実験をつうじて、目に見える形で科学のもつオドロキに触れることは、センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)感覚を養ううえで実に重要だ。日本語には訳しにくいが、自然界の不思議を感じ取る感覚といったらいいのだろうか。
 受験科目にないという理由で、理科から遠ざかっている子どもが少なくないようだが、これはおかしな話である。

 ビジネスの世界では、何よりも「仮説-検証」感覚といったものが求められるのだが、これは日常生活をただ単に送っているのでは身につかない感覚である。仮説をもとに自分で実験を計画し、実験によってその仮説が正しいかどうかを検証する。
 実験そのものは、あくまでも手技(てわざ)であり、自分のアタマで考え、自分の手を使って実験道具を組み立てて実験を行い、それをまた自分のアタマで判断して、結論を導いていくという一連のプロセスのなかで養われるものだ。
 「仮説-検証」感覚は、勉強本を読んで一朝一夕に身につくマインドセットではない。きちんと中学生と高校生のときに理科を勉強して、知らず識らずのうちに身につくものだ。

 訳者解説に引かれたコトバで、ファラデーは科学教育の目的について次のように言っている。

教育の目的は、心を訓練して、前提から結論を導き、虚偽を見いだし、不適切な一般化を正し、推論に際しての誤りが大きくなるのをくい止められるようにすることです。(P.227)

 小学校や中学校レベルで感じたセンス・オブ・ワンダー感覚、たとえ自然科学を専攻しなくても、この感覚は大人になっても持ち続けたいものである。そしてこれが「仮説-検証」感覚の基礎となる。

 でないと、日本人の将来は実に暗いといわざるを得ない。


ロウソクをつうじたファラデーと日本との縁(ゆかり)

 ところで、1860年12月27日に行われた第1講には、こういうフレーズがでてくる。

また、これは私たちが開国をうながした、はるか遠くの異国、日本からもたらされた物質です。これは一種のワックスで、親切な友達が送ってくださったものです。これもロウソク製造用の新しい材料ですね。(P.25)

 訳者注によれば、以下のものである。

いわゆる「和ロウ」。ハゼノキやウルシなどのウルシ科の実を砕き、蒸し、しぼりとった固体脂肪を原料とした。脂肪、つまり脂肪酸のグリセリンエステルだが、パルミチン酸 CH3(CH2)14COOH が多く含まれている。(P.182)

 「日本のロウソク」は最終日の第6講の冒頭にもでてくる。

光栄にもこの連続講演を聞きに来てくださったご婦人が、私にこの二本のロウソクをくださいました。重ね重ねのご親切に感謝します。このロウソクは日本から来たもので、おそらく前に申し上げた物質からできているのでしょう。・・(中略)・・このロウソクは驚くべき特性を備えています。すなわち中空の芯で、この見事な特性は、アルガンがランプに採用して価値を高めたものです。・・(中略)・・また、日本の鋳型ロウソクは、イギリス製の鋳型ロウソクに比べて、上の部分がより広い円錐形になっています。(P.151~152)

 日本とも見えない糸でつながっていたファラデー。発明王エジソンが電球のフィラメントに京都の竹を使用したというエピソードとあわせて、日本人として、その当時のメイド・イン・ジャパンの工芸品のレベルの高さを知るのは、なんだかうれしくなってくるエピソードではないか。

 こんなことからファラデーに親しみを感じるのもいいことだろう。

 ファラデーはもともと製本工から実験助手を経て、自らの意思のチカラでつかみとった幸運を活かしきり、独学で科学者として身を立てた人である。偉大な科学者である前に、手技(てわざ)の人であったのだ。職人のマインドを持ち続けた人であった。
 ファラデーこそまさに「地頭のよい人」であったといえるだろう。


 ファラデー『ロウソクの科学』の新訳にざっと目をとおして、こんなことを考えてみた。





目 次

『ロウソクの科学』ができるまで-訳者前書きに代えて-
序文
第1講 ロウソク 炎とそのもと‐構造‐動きやすさ‐明るさ
第2講 ロウソク 炎の明るさ‐燃焼に必要な空気‐水の生成
第3講 生成物 燃焼によって生じる水‐水の性質‐化合物‐水素
第4講 ロウソクの中の水素‐燃えて水になる‐水の他の部分‐酸素
第5講 空気中の酸素‐大気の性質‐ロウソクからの他の生成物‐炭酸とその性質
第6講 炭素つまり木炭‐石炭ガス‐呼吸‐呼吸とロウソクの燃焼との類似‐結論
訳注
ファラデー 人と生涯
文献・資料
訳者後書き


著者プロフィール

マイケル・ファラデー(Michael Faraday)

1791年、ロンドンで鍛冶屋の三男として生まれる。両親とともにロンドンに移住、製本工から実験助手に志願して、独学で夢を叶えて科学者となり、1825年には英国王立研究所の研究所長となる。数々の科学上の特筆すべき業績を残しただけでなく、1826年から「少年少女のためのクリスマス講演」を開始、この講演は現在まで続くものとなった。1860年の『ロウソクの科学』講演の2年後の最後の講演後、研究所を引退、1867年に眠るような大往生を遂げた(訳者解説から作成)。

竹内敬人(たけうち・よしと)

1934年東京生まれ。1960年東京大学教養学部教養学科卒業。理学博士。東京大学名誉教授、神奈川大学名誉教授。専攻は有機化学、化学教育(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。






   

2010年12月26日日曜日

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む




 本日(2010年12月26日)は、ソ連が崩壊してから20年目になる。ソ連が崩壊したのは、1991年12月25日だから正確にいうとまる 19年ということになる。

 小室直樹の『ソビエト帝国の崩壊-瀕死のクマが世界であがく-』(光文社カッパビジネス、1980)という衝撃的な内容の本が出版されたのは、ソ連崩壊の11年前。出版されてから本年でなんと 30年になる。

 高校二年のとき父親の蔵書だったものを、何度も何度も繰り返し読んだが、この本は現在の私を形成するうえで、きわめて大きな意味をもった本のなかでも、最重要な一冊といえる。

 小室直樹氏は2010年9月4日に77歳でお亡くなりになっていたことは後から知った。まだまだ旺盛な知的腕力による活動を期待していたのだが。
 今年は、梅棹忠夫氏など、知的世界の巨星がいくつも墜ちたが、小室直樹氏もまた、その諸著作が私の血肉になってきたこともあり、直接師事したことがないとはいえ、私にとっては残念でならない。

 今回は、今年惜しくも亡くなった小室直樹の一般書デビュー作『ソビエト帝国の崩壊』を振り返りながら、ソ連邦崩壊について考えて見たいと思う。

 『ソビエト帝国の崩壊』の出版当時は、ソ連が崩壊するなど荒唐無稽だとみなされていたが、実際に小室直樹の「予言」どおり、11年後の1991年には崩壊した。
 本書は、その後出版された膨大な数の小室直樹の一般書のなかでも最高の一冊であると、私はいまでも思っている。

 出版の前年、第二次石油ショックの原因となった「イラン・イスラーム革命」、その後のメッカのカーバ神殿占拠事件が起こった1979年の年末に始まった、ソ連のアフガニスタン侵攻作戦、これがよもやソ連の命取りになったとは、ソ連自身も考えもしなかったことだろう。
 私はその頃いつも聞いていた FEN(米軍極東ネットワーク)のラジオニュースで聞いて驚いたことを覚えている。Soviet troops invaded Afghanistan. というのが、米軍放送のアナウンサーの第一声であった。米国はジミー・カーターが大統領であった時代である。
 このアフガン侵攻が、ソ連にとっての泥沼のベトナム戦争となり、国力を疲弊しただけでなく国民全体のモラールダウンを招いていったことは、ソ連が崩壊してから明らかになった。

 またこのアフガン戦争に、米国の支援を受けて参加したムジャヒディーンたちが、後にアルカーイダを形成し、米国自身に刃(やいば)を向くことになるとは米国自身も考えもしなかったことだろう。アフガンは米国にとって「第二のベトナム戦争」になりつつある。まさに「禍福はあざなえる縄のごとし」である。

 『ソビエト帝国の崩壊』の内容については、ソ連に属していた各共和国のソ連邦からの離脱可能性が、ソ連憲法において法的に認められていること、天上の権力と地上の権力が皇帝に集中していた点において、ソ連がビザンツ帝国の末裔であることなど、その後の私のものの考え方の基本を作ってくれた本の一冊である。
 
 実際に、ソ連が崩壊してしまってからは、書店の店頭から姿を消してしまって久しいが、できれば復刻して、社会科学における仮説に基づく予測を現実に起こった結果で検証するケーススタディーとして、大いに研究するべきだと思う。

 ここまで大胆な予測(・・予言?)を的中させた学者、しかもアカデミズムのワクには納まりきらなかったホンモノの学者は、戦後日本ではあまり多くない。
 世界的に見ても先駆的といえるだろう。フランスのソ連研究者エレーヌ・ダンコースのソ連崩壊ものよりも時期的には早かったのではないか。

 『ソビエト帝国の崩壊』の初版カッパビジネス版の裏表紙には、山本七平の「推薦のことば」が掲載されていたと記憶しているが、たしか「これほど学問が好きで仕方がないという人は珍しい」といった趣旨のことが書かれていた。

 以後、私は山本七平による小室直樹の評価を基準に、世の全ての学者判断することとしている。そのテーマがほんとうに好きで好きで研究しているといった「学者バカ」はとくに大学には少ないと思う。
 私が最初に就職した金融系コンサルファームはシンクタンク部門と一緒になっていたが、三度の飯よりも学問が好きというような人はほぼ皆無に近かったように思う。シンクタンク研究員というものも、しょせんサラリーマンに過ぎないようだ。

 小室直樹はもともと数学を専攻していたが、経済学を森嶋通夫、政治学を丸山真男、経済史を大塚久雄、人類学を中根千枝、法社会学を川島武宜と、当代一流のホンモノの学者から一対一で教えを請い、そのすべてを自家薬籠中のものとした大学者である。

 大学時代の前期課程時代、小平キャンパスに招かれて講演をした小室直樹を、私は見たことがある。「田中角栄を殺すな!」とテレビで絶叫して、テレビからは永久に干されたあとのことである。
 そのときたしか、女性をめぐってスペイン人(?)と喧嘩して前歯を折ったことがあるとか言ってたようなことを、いま思い出した。事の真偽と私の記憶が正しいかどうかは、なんともいえないが。
 このエピソードは、アジア人をバカにする不良英国人にたまりかねて、大英博物館のなかで殴った南方熊楠を思い出す。
 
 『ソビエト帝国の崩壊』は、もともと生物学志向だった私が、大学で社会科学を専攻することにしたキッカケの一つといえるかもしれない。
 小室直樹の本としては、このほか『危機の構造』(ダイヤモンド社、1982)をあげておきたい。この本もまた、社会科学とはなんぞやを知るための必読書であり、私の血肉となった本である。現状では、あまりにも古書価が高すぎるので、ぜひ復刻していただきたい。

 在野の立場から、ホンモノの学問を探究して、一般国民向けに講じてやまなかった小室直樹氏。
 いまこの場を借りて、あらためてご冥福を祈るとともに、長年にわたる感謝の意を表したいと思う。合掌。


<ブログ内「小室直樹」関連記事>

 小室直樹については、これまで以下の文章で取り上げているので、該当箇所を再録しておこう。2010年現在でも、十分に通用する骨太の議論を、狭いアカデミズムの世界向けではなく、広く一般国民に向けて書いていただいたことは、日本人として心から深く感謝しなくてはならない。

最近ふたたび復活した世界的大数学者・岡潔(おか・きよし)を文庫本で読んで、数学について考えてみる
・・「具体的な処方箋としては、私は数学者から出発した小室直樹の本を読むべしと答えておこう。とくに『数学嫌いな人のための数学-数学原論-』(小室直樹、東洋経済新報社、2001)、痛快なタイトルの 『超常識の方法-頭のゴミを取れる数学発想の使い方-(知的サラリーマン・シリーズ)』(小室直樹、祥伝社NONブック、1981)。ともに新刊では入手できないのが問題だが。ほかにも「数学ブーム」のおかげでいろいろ本がでているので、自分にあったものを見つけたらいいと思う。私も、小室直樹と同様、幾何学的思考と数学的思考が、学問のすべての基礎だと信じて疑わない」

ひさびさに宋文洲さんの話をライブで聞いてきた!
・・「中国人の個人主義の本質を知りたければ、『小室直樹の中国原論』(小室直樹、徳間書房、1996)が必読書である。中国人の人間集団は、個人を中心に幇(パン)、情誼(チンイー)、関係(グワンシ)、知り合い(友人)という「同心円構造」の「多重世界」である。幇(パン)から順番に、関係の度合いが薄くなってゆく。幇の内側は絶対の世界、幇の外側は相対の世界。そして地縁を越えた血縁集団としての「宗族」(そうぞく)が存在する。この幇と宗族の二つが、中国人の人間関係を理解するカギである、と小室直樹は結論している。幇の外、宗族の外の人間は、中国人であってもソト側の人、日本人のいう外人といっても構わないような存在であるが、宗族でなくても情誼(チンイー)、関係(グワンシ)、知り合いとなれば、ウチ側の人間となる」

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる
・・「元外交官の法学者・色摩力夫(しかま・りきを)がよく使っていた「出生の秘密」(status nascens)というライプニッツのコトバがあるように、その紀元に何をもってくるか、その紀元の本質が何であるか、によってその後の「歴史」はすべて決定されてくるのである。色摩力夫は自衛隊の「出生の秘密」が自衛隊という軍事組織の性格を規定している、という文脈でこのコトバを使用している。『国民のための戦争と平和の法-国連と PKO の問題点-』(小室直樹/色摩力夫、総合法令、1993)P.145 などを参照」


P.S. この投稿で、ちょうど本年度 365本目となった。5日前倒しで「ほぼ毎日更新中!!」を達成できたことになる。これもまた、小さいながらも「目標達成」であり、「達成感」を感じている。



<ブログ内関連記事>

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)
・・ソ連でユダヤ系の数学者の家に生まれて、崩壊前のソ連から米国に家族と移住したセルゲイ・ブリンはグーグルの創業経営者の一人である

資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン
・・ソ連に生まれ育った数学者だが、米国に移住したブリン・ファミリーとはまたく異なる道を選択したグリゴーリー・ペレリマン






                

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)




世界最古の巨大官僚組織の ”伏魔殿” バチカン銀行の深層をえぐる硬派な調査報道

 『バチカン株式会社』、このタイトルだけみたら、なにやらキワモノめいた内容の本と思うかもしれないが、この本はイタリアのジャーナリズム魂ここにありといった、実に内容の濃い硬派な調査報道本である。副題は「機密文書から知られるカトリック教会の金融・政治スキャンダルの真実」。

 日本語訳で450ページを超える本書は、バチカンが抱える闇についての解明とともに、イタリア現代史についての深層レポートにもなっている。なぜなら、イタリア内部のオフショア治外法権ともいうべき存在のバチカンは、イタリアにとっては国家内国家のような存在であり、バチカンとイタリア政界は切っても切れない関係にあるからだ。

 本書の出版がキッカケになって、闇に葬り去られていた事件の再捜査が始まったという。ニクソン大統領退陣を招いた『大統領の陰謀』のイタリア版のようなものといってよいのだろうか。つい先日も、バチカン銀行による、不正送金容疑の預金2,300万ユーロ(約26億円)の差し押さえ解除請求を、イタリアの裁判所が却下したというニュースが報道されたばかりである(2010年10月21日)。

 本書のディープスロートは、バチカン内部でバチカン銀行の監査にかかわった高位聖職者。死後公開すること遺言にのこし、膨大な資料を託された著者たちは、一年かけて内容を徹底分析、そのベースのうえにさらなる徹底取材の結果、すでに収束したと思われていた「P2スキャンダル」以降にも、さらに深刻なスキャンダルが根絶されることなく、闇に葬られていたことを確認するにいたる。

 不透明なカネの流れ、カネが絡む黒い事件簿。寄付された遺産や献金というかたちで信者の浄財を集めながら、慈善事業を隠れ蓑に作られた口座をつうじて資金を横流し、そして一部は着服
 口座をマネーロンダリング(資金洗浄)目的で使用し、資金運用の内容と、資金使途についての詳細については、財務ディスクロージャーをいっさい拒む

 ローマ教皇直轄の組織である宗教活動教会(IOR)、通称「バチカン銀行」は、まさにバチカンの伏魔殿、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する世界そのものだ。 
 組織の名誉と評判を守るためにスキャンダルが表沙汰になることをひたすら恐れ、情報を握りつぶし、疑惑の中心人物も組織ぐるみで守る姿勢。本書を読んでいて思うのは、遠いイタリアの話ではない。スケールの大小に違いはあれ、この日本でも観察されることだ。

 本書は大著だし、原注やら訳注やら大量にあって、しかもバチカンの組織そのものに熟知していない一般読者にとっては煩雑(はんざつ)であろう。しかし、じっくり腰を据えて読めばイタリア現代史に精通することにもなるし、イタリアもまた、ある意味では日本以上に過去のしがらみが重層的に堆積した伝統社会であることを確認することになる。 

 いかなる組織であれ、それがたとえ営利を目的とはしないものであっても、組織をつくり職員を雇って事業を行う以上、資本主義であろうがなかろうが、カネといっさい縁を切ることは不可能である。だから、宗教組織であっても経理と財務は欠かせない機能であり、組織がそのミッションを実現するためにカネを必要とするのも当然なのだが、しかしこのバチカンという宗教組織はいったい・・・。

 そもそも人間にとって宗教活動とはいったい何なのか? カネという人間の欲望はいったい何なのか? こういった深いことも、ため息をつきながら考えてしまう本である。


<初出情報>

■bk1書評「世界最古の巨大官僚組織の ”伏魔殿” バチカン銀行の深層をえぐる硬派な調査報道」投稿掲載(2010年10月29日)
■amazon書評「世界最古の巨大官僚組織の ”伏魔殿” バチカン銀行の深層をえぐる硬派な調査報道」投稿掲載(2010年10月29日)





目 次

いまバチカンで何が起きているのか
第1部 バチカンの秘密文書
 第1章 マルチンクスの繁栄と没落
 第2章 イタリア首相の裏口座
 第3章 架空名義の口座群
 第4章 動き出した巨額賄賂
 第5章 司法当局対バチカン銀行
 第6章 隠蔽工作
 第7章 教皇庁を欺く不逞の輩たち
 第8章 教皇の金庫、教皇の株式会社
第2部 マフィアとバチカン
 第1章 高位聖職者たちの陰謀
 第2章 告発されたバチカン


著者プロフィール

ジャンルイージ・ヌッツィ(Gianluigi Nuzzi)

1969年、イタリア・ミラノ生まれ。『パノラマ』誌および『イル・ジョルナーレ』誌の記者として活躍し、現在は右派系新聞『リーベロ』特派員。『コッリエーレ・デッラ・セーラ』紙にも寄稿。1994年よりイタリアの政界・金融界を巻き込んだ主要な刑事事件を追う。近年発表した数々のスクープ記事によって、司法当局が新たに調査に乗り出すなど、話題を呼んでいる。2008年春、レナート・ダルドッツィ師が収集したバチカン銀行関連の内部資料を独占入手、1年間の資料分析と追加取材をへて『バチカン株式会社(Vaticano S.p.A.)』を執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

竹下・ルッジェリアンナ

1971年、イタリア・パレルモ市生まれ。1996年、国立ヴェネツィア大学東洋言語文学部日本語学科日本宗教哲学専攻卒業。1999年、花園大学文学研究科修士課程修了。2002年、大阪府立大学大学院人間文化学研究科博士後期課程修了。専攻は宗教哲学、禅学。現在、京都外国語大学イタリア語学科専任講師。2009年、第1回朝日21関西スクエア賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 イタリアの首都ローマは、カトリック世界にとっては「永遠の都」、すなわち世界の中心である。

 イタリアからみれば「国家内国家」ともいうべきバチカンは、たとえイタリア国内にあっても主権国家である。
 1868年の明治維新に先立つ1860年に国家統一をなしとげたイタリアとローマ教皇庁は、長年にあたって犬猿の仲であったが、ファシスト党のムッソリーニ政権のイタリアとのあいだで結ばれたラテラノ条約(1929年)によって関係は正常化した。

 外交上の免責特権を得たバチカン市国は、イタリアの司法当局の介入を合法的に回避できる守秘義務が完全に守られ、ゆえにバチカンでの資金運用はオフショアとなる。欧州でいえばルクセンブルク大公国、欧州外ではケイマン諸島などがオフショアとして有名だ。

 この外交上の免責特権がマネーロンダリングの温床になっているわけなのだ。スイスが米国による揺さぶりで特権的な地位を失いつつある現在、欧州に存在するバチカンは依然として不正資金洗浄の温床であうことを止めていない。
 
 こういう面白い記事があるので、参考にされるとよい。ベールに包まれたバチカンの財政事情(佐藤康夫 Yasuo Sato ローマ在住ライター)

 バチカン市庁の決算報告はないが、第8章の「教皇の金庫、教皇の株式会社」が、対外秘の監査資料に基づくものだけに興味深い。この章に書かれた事実は、マネロンではないが、教会や修道院の経営における財務の意味を考えるうえでは、むしろこの第8章だけで一冊にしてもらいたいくらいだ。修道会からの借り入れ申請、とくに遺産相続関係の係争は、財源としての寄付をめぐるものだけに興味深い。

 どんなに崇高な教えを説いたとしても、世俗世界で活動を行う以上、人間の欲望とカネの問題から完全に身を離すことはありえないからだ。これは資本主義でなくても同じことである。
 秘匿性、口座取引情報漏洩を極度に恐れる修道会関係者にとっても、バチカン銀行はいわゆる「プライベートバンク化」として機能しているようだ。

 本書は、秘密結社フリーメーソンがらみの「P2スキャンダル」以後を主に扱ったものである。
 「P2スキャンダル」で明るみになったバチカンの闇については、多くの本が出版されている。日本語で読めるものには、マネローンダリングの解説書も含めて以下のようなものがある。
 現在のローマ教皇の前の前のヨハネ=パウロ一世の死は、教皇就任後一ヶ月というあまりにも突然でかつ不可解なものであった。

『法王暗殺』(デイヴィッド・ヤロップ、徳岡孝夫訳、文藝春秋、1985)
『誰が頭取を殺したか-P2スキャンダルと法王庁-』(ラリー・ガーウィン、飯島宏訳、新潮文庫、1985)
『霧の会議 上下』(松本清張、文春文庫、1990)
『マネーロンダリング入門-国際金融詐欺からテロ資金まで-』(橘玲、幻冬舎新書、2006)

 田中真紀子元外相は、日本の外務省を指して「伏魔殿」と言い放ったが、バチカン銀行の闇は日本の外務省の比ではなさそうだ。

 この本を読んだからと言って、とくに何かの得になるというわけでもないが、興味のある人は目を通して損はないと思う。






                     

書評 『神父と頭蓋骨-北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展-』(アミール・アクゼル、林 大訳、早川書房、2010)




科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯

 充実した科学ノンフィクションであり、思想の自由をめぐって戦った一人の勇敢な科学者の生涯でもある。
 統計学が専門の数学教授で科学ノンフィクション作家アミール・アクゼル最新刊の日本語訳だが、読み物としては面白い。

 イエズス会士にして古生物学者であったフランス人ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの生涯を縦糸に、進化論と形質人類学の発展史を横糸として織り上げた作品である。したがって、どちらに重点をおいて読むかによって、感想は違ってきて当然だろう。この両者をからませたから面白いと受け取るか、それとも両者ともに扱いが中途半端になっているので満足できないと感じるか。

 そもそも、科学と信仰という、いっけんして両立しがたいと思われていたテーマを生涯かけて追求したのが、本書の主人公であるイエズス会司祭テイヤール・ド・シャルダンである。最終的に『現象としての人間』という本に結実したテイヤールの思想は、進化論とキリスト教信仰を合致させたことにあった。テイヤールの思想に賛同するかどうかは、また別の問題である。
 20世紀のガリレオであるテイヤール神父が衝突したのは、進化論とくに人間の進化を否定する教会の教説であり、それはキリスト教の教義であるアダムとイヴの原罪説にダイレクトに抵触するものであった。


 欧州に置いておくことは危険すぎるとみなされたテイヤール神父は、たまたま派遣された北京にいたために、人類と猿人のミッシングリンクとなる北京原人(シナントロプス・ペキネンシス)発見の一人となった。これはまさに、シンクロニシティというべきか、セレンディピティというべきか、宗教者としてはさておき、科学者としてはきわめて幸運の持ち主であった。

 一方、科学上の知見をもとに、キリスト教教義の再解釈に手をつけることになったテイヤール神父の思想は、所属していたイエズス会からは過激思想であるとして、公にすることを徹底的に拒否されつづける。テイヤール神父が亡くなる1955年まで、イエズス会からは出版許可が下りなかったということは、いまから考えると驚くべきことである。

 イエズス会に属する組織人として、組織に忠誠を誓った司祭の、思想の自由をめぐっての静かで、かつ持続的な戦いは、最終的に本人が死ぬ事によって、初めて本当の勝利がもたらされることになる。

 第一次世界大戦でヨーロッパが壊滅的破壊をうけ、さらに第二次大戦において宗教への信頼が大きく喪失した時代のカトリック教会。
 「科学時代」に生きるわれわれは、一方ではスピリチュアルなものを求める気持ちが強い。晩年のテイヤール神父が、教会よりもイエスそのものを重視していたという事実は、「進化する神」というコンセプトとともにきわめて「ニューエイジ」的である。時代に先駆けていた先駆的思索者としての意味合いがきわめて大きかったことが理解される。

 進化論そのものはすでにカトリック教会も公認しているが、しかし依然として最初の生物発生の第一原因はいまでもわからないままだ。また、本書におけるテイヤール神父の思想の掘り下げはやや浅いように感じられる。カトリックの側からの評価をもっと知りたいところだ。
 現代でも、米国を中心に福音派(エヴァンジェリカル)のキリスト教徒は、進化論そのものを頭から否定している。これもまたごくごくフツーの日本人からしてみれば、不可解な話なのだが、この件については本書にはまったく言及はない。

 残念なことに、佐野眞一の解説は不要である。科学と信仰という2つのテーマを専門に追ってきたわけではないこの人は、本質からはまったく外れた解説に終始している。まったくのミスキャストであり、単行本初版にこのような解説をつけるのは意味がない。その意味では、むしろ立花隆のほうが適任であった。

 そのかわりに、人名索引と事項索引をつけるべきであった。これが本当の、読者への知的サービスというものではないだろうか?

 とはいえ、『現象としての人間』というロンセラーの作者の名前として、また北京原人の発見者の一人として、本書をきっかけにテイヤールの名前が再び日本で再認識されるきっかけになれば、本書の出版も意味があったことになるだろう。


<初出情報>

■bk1書評「科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯」投稿掲載(2010年8月26日)
■amazon書評「科学と信仰の両立をを生涯かけて追求した、科学者でかつイエズス会士の生涯」投稿掲載(2010年8月26日)

*再録にあたって加筆修正を行った。




目 次

プロローグ
第1章 晩餐会
第2章 進化のプレリュード
第3章 ダーウィンの飛躍的前進
第4章 石器と洞窟芸術
第5章 ジャワ原人
第6章 テイヤール
第7章 内モンゴルでの発見
第8章 アウストラロピテクスとスコープス裁判
第9章 流刑
第10章 北京原人の発見
第11章 テイヤール、ルシール、スワンと出会う
第12章 黄の遠征とモンゴルの王女
第13章 ルシール、スワン、北京原人を復元する
第14章 北京原人、姿を消す
第15章 ローマ
第16章 余波
第17章 化石の発見はつづく
第18章 北京原人はどうなったのか?
謝辞
付録1 
付録2 放射性炭素などの科学的測定法
訳者あとがき
解説=佐野眞一
参考文献


著者プロフィール

アミール・アクゼル(Amir D. Aczel)

1950年、イスラエルのハイファに生まれる。統計学者にして、世界的に評価の高い科学ノンフィクション作家。カリフォルニア大学バークレー校にて数学を専攻し、オレゴン大学で統計学の博士号を取得。各地の大学で数学や科学史を教えるかたわら、数理科学や科学者の伝記を織り交ぜたノンフィクション作品を精力的に執筆している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに増補)。



<原書タイトル>

Amir Aczel, The Jesuit and the Skull: Teilhard de Chardin, Evolution, and the Search for Peking Man, Riverhead Hardcove, 2007 
原題は直訳すれば、『ジェズイット(イエズス会士)と頭蓋骨-テイヤール・ド・シャルダン、進化論と北京原人の追跡』。
・・amazon.com のレビューが参考になるだろう。


<書評への付記>

 ピエール・テイヤール・ド・シャルダン(Pierre Teilhard de Chardin)は、1881年にフランスに生まれたイエズス会のカトリック司祭。中国の天津に派遣され際に「北京原人」の発見にかかわった古生物学者で地質学者でもある。そしてキリスト教と科学的知見を合体した,進化論をベースにした独特の思想を展開した人。1955年ニューヨークで死去。
 なお、名前がピエールで、テイヤール・ド・シャルダンが名字であるが、通称ではテイヤール神父と表記されることが多い。

 日本でもカトリック系のミッションスクールにはイエズス会経営のものが多いように、何よりも知性と教育を重視してきた会派である。

 イエズス会には、きわめて高い知性をあわせもった近代人が多い。中国の布教に従事したマッテーオ・リッチ、ヒエログリフの解読に挑んだパイオニアであるアタナシウス・キルヒャー、精神医学的歴史学のミッシェル・ド・セルトーなどなど。

 これはイエズス会のとってきた布教戦略と密接にかかわっている。現地布教にあたって、何よりも布教先の現地に役に立つ知的貢献を行うことで進出を容易にしようと試みたことだ。これについては、イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」をご覧いただきたい。
 イエズス会は多国籍企業の原型として、海外布教は国際進出のモデルケースとして、ビジネスマンからみると実に興味深い存在だ。


 本書のタイトルになっている「頭蓋骨」(スカル)は、聖遺物としての頭蓋骨ではなく、北京原人(シナトロプス・ペキネンシス)の頭蓋骨のことである。
 『北京原人追跡』(中薗英助、新潮社、2002)が日本側からみた「北京原人の行方」について追跡しているが、いまだに真相が明らかになっていないことは、 『神父と頭蓋骨』にあるとおりだ。
 北京原人が発見されたのは 1929年(昭和4年)、これがその後の日中戦争のなかで行方知れずになってしまったのである。


 聖遺物(relics)としての頭蓋骨といえば、イタリアのシチリアはシラクーザ(・・アルキメデスの故地)のカプチン修道院で頭蓋骨の山を見たことがある。ローマでもカプチン修道会の僧院の地下室で見た。
 修道士の頭蓋骨を保存するのはカトリックはもとより、ギリシア正教でも同様のようだ。まだいったことはないが(・・いや一生行くことはないかもしれないが)、聖山アトスにはそういった修道院があるようだ。

 Mememto Mori とは「死を忘れるな」というラテン語の文句だが、これはキリスト教に限らない。

 チベット仏教の高僧の頭蓋骨が販売されているのをラサのホテルで見たことがある。価格は2万円くらいだったので、一瞬買おうかという考えがアタマをよぎったが、次の瞬間、悪趣味なのでやめた。悪趣味なだけでなく失礼なことである。
 唯物主義の中国に実効支配されているチベットでは、頭蓋骨は聖遺物ではんく、単なる商品になってしまっているのかもしれない。

 タイの上座仏教では、人間の骸骨を前に行う瞑想法があるとも聞く。仏教版の Mememto Mori である。

 日本でも頭蓋骨含めた蓋骨が崇拝の対象になっている地域がある。庄内平野と出羽三山への旅 (12) 庄内平野の湯殿山系「即身仏」(ミイラ仏)を見て回るを参照されたい。

 そういえば、ブッシュ(ジュニア)前大統領も所属していたという、イェール大学のフラタニティ(兄弟団)に「スカル・アンド・ボーンズ」(Skull & Bones)というものがあった。頭蓋骨と骨をシンボルとする学生秘密結社である。


 アミール・アクゼルの科学ノンフィクションでは、『天才数学者たちが挑んだ最大の難問-フェルマーの最終定理が解けるまで-』(吉永良正訳、ハヤカワ文庫、2003)を読んだ。著者はもともと数学者であり、この本では、必ずしも日本人科学者に対して敵対的といった印象は受けないのだが、『神父と頭蓋骨』では日本側の記述を十分に活用しないで書いており、日本人に批判的な印象を受ける。

 「北京原人」の頭蓋骨が行方不明になった原因が、日本軍の華北進駐があることは疑いえないものであり、この点にかんして著者には思うところがあるのだろう。とはいえ、科学者にしては公平を欠くように思われる。
 

 テイヤール神父の生涯は、大きな業績を残した科学者であったが、生前には思想家としての業績は出版が許可されなかった。当時ローマ教会が進化論を完全否定していたこと、イエズス会という組織に属していたためである。しかしながら、司祭に叙階されていたがゆえに、イエズス会もその資格を剥奪することはできなかった。
 個人と組織の関係においても、テイヤール神父の生涯はいろいろ考えさせられるものがある。



<ブログ内関連記事>

庄内平野と出羽三山への旅 (12) 庄内平野の湯殿山系「即身仏」(ミイラ仏)を見て回る
・・「即身仏」とは骸骨に袈裟を着せたものだ。2010年の9月、山形県にある「即身仏」を見て回った私の旅行記。カトリック聖者の聖遺物についても言及。

書評 『ドラッカー流最強の勉強法』(中野 明、祥伝社新書、2010)
・・イエズス会の目標管理制度と6年ごとの配置転換について言及

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・日本で布教に従事したイタリア人イエズス会士ヴァリリャーノ

「説教と笑い」について
・・東京カテドラルで行われた、カトリック司祭の叙階式に参加したときのことを中心に書いたもの




   

     

2010年12月25日土曜日

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)




原始キリスト教におけるイエスとその教団の活動を、精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動と捉えることも可能

 そもそも「治癒神イエス」とは何か? イエスが「治癒神」とは何を意味しているのか?
 この卓抜なネーミングで読者の心を掴んだ一般書が、再びオリジナルのタイトルに戻して文庫版として再登場した。
 小学館の「創造選書」の一冊として初版がでたのは1981年、この間に何度か版を改めているが、すでにいまから30年前のことである。

 「治癒神」(ちゆしん)と書くとわかりにくいが、ひらたくいってしまえば「病気直しの神様」のことだ。こう書くと、なんだか日本の新興宗教のようだが、本質的には同じことだといっていい。
 もしかすると、キリスト教会内部では、イエスを「病気直しの新興宗教」と一緒にするとは何事か(!)という声があったのかもしれないが、キリスト教徒ではない私には何ともいえない。
 いずれにせよ、イエスと使徒たちの教団もまた、最初は「新興宗教」だったことは、間違いのない事実なのである! 多国籍巨大企業も、始まりはすべてベンチャーだったのと同じことだ。

 本書によれば、「治癒神」であったイエスとその教団と、先行するアスクレピオス教団との、病気直しをめぐる競合が、古代地中海世界を舞台に展開したのである。アスクレピオス教団は、その代表的人物である医聖ヒポクラテスにみられるように、麻酔を使用した外科的治療も行っていた。

 古代ギリシア世界が崩壊し、ヘレニズム時代の大変動期に生きた人々は大きな不安をかかえながら生きていたのである。こういう時代背景のもと、「救い=癒し」の観点から、魂の病である精神疾患に「ニッチ分野」を発見したイエス教団は、地中海では最大勢力となっていたアスクレピオス教団との直接的な対峙と競合をうまく回避しながら、着々と自分たちの地歩を固めて行き、最終的には地中海世界での病気治しの勝利者となる

 生老病死が最大の悩みだった時代、むしろ現代社会を先取りしたかのように、精神疾患の治癒に重点をおいたイエスとその教団の姿勢は、強い訴求性があったに違いない。これは、新興宗教のさかんな日本という国に住む日本人には、比較的理解しやすい枠組みである。

 キリスト教徒ではない私にとっても本書が非常に面白く感じられるのは、著者の山形孝夫氏がキリスト教徒でありながらも、けっして護教論的な立場からではなく、宗教人類学という学問的立場から、日本民俗学の成果も大きく吸収した視野の広い柔軟な視点で、原始キリスト教について研究しているからだ。

 その意味では、哲学者の梅原猛、ゴリラ研究者の河合雅雄、社会学者の作田啓一、牧畜社会のフィールドワークを行っていた人類学者の谷泰、中東史を専攻する歴史学者の三木亘といった異色のメンバーが参加したシンポジウムの内容は、30年たったいま読んでも、きわめて新鮮である。学際的な研究の見本としても格好の事例となっているといってよいだろう。

 イエス教団に敗れ去ったアスクレピオス教団が、その後どうなってしまったのだろうか? 本書では触れられていないが、アスクレピオス教団の地中海世界におけるイエス教団への敗北が、近代医学発生を遅らせた可能性についても考えたくなってしまうのだが・・・。

 さまざまな読み方が可能な、もはや古典といってもいいような一冊である。読みやすい本なので、ぜひ一読を薦めたい。


<初出情報>

■bk1書評「原始キリスト教におけるイエスとその教団の活動を、精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動と捉えることも可能」投稿掲載(2010年10月29日)
■amazon書評「原始キリスト教におけるイエスとその教団の活動を、精神疾患の「病気直し」集団のマーケティング活動と捉えることも可能」投稿掲載(2010年10月29日)

*再録にあたって加筆した。





目 次

「病気のメタファ」とその呪い
第1部
 治癒神イエスとイエスの運動-治癒神アスクレピオスとの競合と葛藤
 治癒神イエス登場の地中海的背景
 イエスにおける“触”のドラマトゥルギー
 遊行する治癒神イエス―G・タイセンの描く遍歴のカリスマ集団
第2部
 病いと癒し-傷ついたシャーマン
 砂漠の変貌-治癒神イエス誕生の構図
第3部
 治癒神イエスの誕生
 キリスト教神話の構造“シンポジウム”(梅原猛、河合雅雄、作田啓一、谷泰、三木亘)


著者紹介

山形孝夫(やまがた・たかお)

1932年生まれ。東北大学文学部卒。同大学院博士課程修了。宮城学院女子大学教授、学長を歴任し、現在同大学名誉教授。専攻は宗教人類学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)もあわせて読んでいただくと、山形孝夫の志向するところができると思う。
 また、先行する『レバノンの白い山-古代地中海世界の神々-』(未来社、1976)をあわせ読むと、古代地中海世界とキリスト教の発生について、より深く理解ができるであろう。この本はレバノン内戦が勃発する前に現地フィールドワークした記録でもある。


<ブログ内関連記事>

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)
・・キリスト教徒が「人口の 1%」である日本、なぜそうなのか

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・キリスト教が発生した古代東地中海世界に現在に至るまで生き残ったキリスト教諸派。圧倒的なマジョリティであるイスラーム世界の内側で 1% 以下のマイノリティとして生きる彼らは、本来のキリスト教の姿をとどめている

書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)





   

書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)




宗教人類学者の立場からキリスト教が抱える大きな謎の一つに迫る

 マリアとは何か? これはイエスとは何かという問いから派生する問題だ。

 イエスの父は「神」。イエスは「神の子」であるから「神」。ゆえに、イエスは「神」にして「人」。
 では「神の子」イエスの「母」は、「人」に過ぎないのか、それとも「神の子」の「母」は「神」か???・・・ああ、まったく混乱してくる。

 こうしたキリスト教内部の神学論争が、古代以来えんえんと続いてきたのだが、一般民衆は神学とは関係なく、イエスとマリアの母子像は切り離せない存在とみなしてきた。神であろうとなかろうと、マリアさまを崇拝するのは自然なことではないか、と。

 こうした一般民衆の心性の底には、キリスト教普及以前に存在した多神教世界の残存がある。キリスト教が発生した古代地中海世界では、古代ユダヤ教が徹底的に排除し殲滅させたバアール神信仰、エジプトのイシス信仰といった大地母神が残存してきた。
 ヨーロッパでは古代ケルト世界の地に集中的に出現した母子像である「黒いマリア」の存在がそれを濃厚に示している。
 一神教のユダヤ教やキリスト教が徹底的に抑圧してきた、大地母神に代表される多神教的要素は、一般民衆の心性の奥底で無意識の領域では生き抜いてきたのである。

 そして近年目立ってさかんになっているマグダラのマリアへの大いなる関心は、『マグダラのマリアによる福音書』という新約聖書偽典によるものだ。ハリウッド映画『ダヴィンチコード』の爆発的な人気もその動きを促進している。

 本書は、こうしたキリスト教会の内部で交わされてきた論争と、一般民衆の信仰とのせめぎ合いを、地中海世界と欧州キリスト教世界を中心に、歴史的に考察したものである。

 著者はジェンダー論の観点から、キリスト教の一神教的性格がもたらすひずみについて的確な批判的考察を行っている。
 キリスト教内部の人でありながら、護教論的な姿勢ではなく、あるべき方向に向けて方向性を考察しているのは、宗教人類学という学問の性格だけでなく、著者の人生に対する基本姿勢も預かって大きいことは、半自叙伝である『死者と生者のラスト・サパー』(朝日新聞社、2000)を読むとよく理解できる。

 ただ、全体の構成として、第二部の「聖母マリアとマグダラのマリア」の分量を2倍にして、第一部の「聖母マリアの原像を探る」は大幅に縮小するべきだったのではないだろうか。そのほうがより多くの読者の関心に応えるものとなったのではないかと思う。

 キリスト教徒ではない私は、キリスト教の「多神教化」は好ましい現象であると捉えているが、さてみなさんの反応はいかがなものだろうか。


<初出情報>

■bk1書評「宗教人類学者の立場からキリスト教が抱える大きな謎の一つに迫る」投稿掲載(2010年10月29日)
■amazon書評「宗教人類学者の立場からキリスト教が抱える大きな謎の一つに迫る」投稿掲載(2010年10月29日)

*再録にあたって誤りを修正した。




目 次

はじめに
序章 今、なぜ聖母マリアなのか-歴史の揺らぎの中から
第1部 聖母マリアの源流を探る-古代オリエントの地母神から
 第1章 聖なる花嫁-旧約聖書『雅歌』
 第2章 豊穣と勝利の女神-ウガリット神話
 第3章 祝婚の花嫁と悲嘆の花嫁-アドニス神話から
 間奏 バァール宗教とヤハウェ宗教
第2部 聖母マリアとマグダラのマリア
 第1章 聖母マリアの誕生-新約聖書『福音書』から
  1. 『ルカ福音書』のマリア物語
  2. 外典『ヤコブ原福音書のマリア』
  3. 苦悩するヨセフ
  4. マリアの受胎をめぐる論議
  5. シメオンの剣-悲しみのマリア
 第2章 マリア学の形成
  1. マリア学とは
  2. 聖母マリアをめぐる最初の論争
  3. カオスの拡大
  4. 聖画像(イコン)崇拝禁止令の波紋
  5. 宗教改革者のマリア論
 第3章 黒いマリア-「わたしは黒いけれども美しい」(雅歌1:5)
  1. 黒いマリアの謎
  2. 黒いマリアの正体-その1 マグダラのマリア
  3. 黒いマリアの正体-その2 古代オリエントの大地母神 
  4. 黒いマリアの正体-その3 ケルトの地母神
  5. 黒い聖母と悪魔の謎-もう一つのキリスト教
  6. 結び
 第4章 マリアの出現
  1. マリアの世紀の到来
  2. 聖母マリアとの同一化
  3. 精緻ルルドの誕生
  4. 「マリア出現」をめぐる新しい研究
  5. 「マリア出現」の場所-封印された過去
あとがき
参考文献


著者プロフィール

山形孝夫(やまがた・たかお)

1932年生まれ。東北大学文学部卒業。同大学院博士課程修了。宮城学院女子大学教授、学長を歴任し、現在同大学名誉教授。専攻は宗教人類学。『砂漠の修道院』(平凡社)で日本エッセイストクラブ賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 神学論争のなかで、内部からマリアを切り捨てたのがルターを筆頭とするプロテスタント教会。ユダヤ教への先祖返りか、一神教の性格を徹底追求してきたプロテスタント教会は、19世紀以降、カトリック教会が打ち出してきたマリアに対する親しみを非難する。それは一神教からの大幅に逸脱ではないか、多神教への道を開くことになるのではないか、と。

 カトリック教会が、いわゆる「マリア出現」という超常現象を、神学上の問題は棚に上げて、部分的に容認するようになってのは、一般民衆の動きをもはや無視できないとみなしているからである。自らの生き残りのために、一般民衆のニーズを、願望を積極的に取り込み、抱き込んでいく方向。
 「マリア出現」にかんしては、私はポルトガルのファーティマにはいったことがあるが、いまだフランスのルルドには行っていない。いつの日か訪れてみたいと思っているが、そう思ってからもすでに20年以上がたっている。

 19世紀以降カトリック教会が打ち出してきたマリア崇拝、20世紀以降大幅に増大している「マリア出現」という超常現象を認めているカトリックに対するプロテスタント教会の非難は、キリスト教の一神教からの大幅に逸脱はないか、多神教への道を開くことになるのではないか、という不安が根底にあるのだろう。

 書評のなかでも書いたが、近年目立ってさかんになっているのが「もう一人のマリア」、すなわちマグダラのマリアへの大いなる関心が、まさに一般民衆のなかにある渇望を表現しているのであろう。
 そもそも多くの聖者をかかえるカトリックは、一神教でありながら多神教的な性格を濃厚にもっているというべきである。そのなかでも、もっとも人気があるのが聖母マリアということなのだ。

 書評では触れていないが、日本人の立場としては、文化人類学者の石田英一郎の名著 『桃太郎の母』をぜひ読むべきだと奨めておきたい。この本は、地中海世界で発生した母子像を考察の出発点にした、すぐれて比較民族学的な著作である。楽しみながら読める名著である。

 「第一部の「聖母マリアの原像を探る」は大幅に縮小するべきだったのでは」と書評に書いたのは、すでに山形孝夫の読者であれば、『レバノンの白い山』などで何度も繰り返し書かれてきた話だからだ。もしこの本を読んでいなくても、もっと圧縮すべきであった。これは編集者の責任である。



<関連サイト>

Da Vinci Code (Trailer)
ハリウッド映画『ダヴィンチ・コード』トレーラー(英語)


<ブログ内関連記事>

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)
・・キリスト教徒が「人口の 1%」である日本、なぜそうなのか

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)
・・キリスト教が発生した古代東地中海世界に現在に至るまで生き残ったキリスト教諸派。圧倒的なマジョリティであるイスラーム世界の内側で 1% 以下のマイノリティとして生きる彼らは、本来のキリスト教の姿をとどめている

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)
・・国文学者で民俗学者であった折口信夫とキリスト教の接点について言及している。いっけん多神教世界に見える日本も、実は一神教的な超越神の要素をもっているのではないか?





      

2010年12月24日金曜日

書評 『新月の夜も十字架は輝く-中東のキリスト教徒-』(菅瀬晶子、NIHUプログラムイスラーム地域研究=監修、山川出版社、2010)




中東パレスチナ地域を「複眼的」に見るために重要な視点を提供してくれる本

 本書は、とくにシリア、レバノン、パレスチナなど、東地中海地域を中心にした、中東地域のキリスト教徒について扱ったブックレットである。

 圧倒的なムスリム地域において、人口の 1%に満たないキリスト教徒は、同様の状況にある日本のキリスト教徒とは大きく異なる点がある。

 それは、この地域においては、キリスト教のほうがイスラームよりはるかに古い(!)ということだ。
 つまりこの地域においてはキリスト教は外来の宗教ではないということであり、また圧倒的なマジョリティであるイスラームとは、同じ一神教であるという共通点ももっていることである。

 中東のキリスト教徒は、その長い歴史のなかで、数々の苦難を乗り越えて今日まで生きのびてきたわけであり、そのことだけをとっても賛嘆に値する。
 ただし、マイノリティであるキリスト教徒を十把ひとからげに取り扱うことはできない日本と同様、教義によって、キリスト教徒はきわめて細分化されており、それぞれの教派に属する人口はまたさらに小さなものになる。

 とはいえ、アラブ世界において彼らキリスト教徒知識人たちが果たした役割はきわめて大きいようだ。
 アラブ・ナショナリズムにつながるアラビア語復興運動は、聖書をアラビア語に翻訳する事業に携わったアラブ人キリスト教徒が指導的役割を果たしたことなど、アラブ世界においてマイノリティであるキリスト教徒が果たしてきた役割は大きいことを、本書によって知ることができる。

 本書の著者は文化人類学者で、アラブ人キリスト教徒の多い、イスラエルの港町ハイファでフィールドワークを行ってきた人である。
 そのため、もっとも特徴のあるのが、第2章「中東のキリスト教徒 その実像」に記された、中東のキリスト教徒の具体的な衣食住やアイデンティティについて記された文章である。
 中東のキリスト教徒が、イスラーム世界で使われる太陰暦ではなく、太陽暦に基づく農耕暦にしたがって古代から祝祭を行ってきたということが実に興味深く思われた。

 中東パレスチナを、ムスリムとは異なる視点から見ることを可能とした本書は、「複眼的な視点」を可能とさせてくれる。知的好奇心を大いに満たしてくれる内容になっている。
 中東問題に関心のある人は、一読する価値があるといえよう。


<初出情報>

■bk1書評「中東パレスチナ地域を「複眼的」に見るために重要な視点を提供してくれる」投稿掲載(2010年8月27日)
■amazon書評「中東パレスチナ地域を「複眼的」に見るために重要な視点を提供してくれる」投稿掲載(2010年8月27日)





目 次

輝く赤い十字架
第1章 中東キリスト教の諸教派
 キリスト教徒はどこにいる?
 古東方正教会
 東方正教会
 カトリック諸派
 プロテスタント諸派
 東方アッシリア教会
 中東のキリスト教の祝祭
第2章 中東のキリスト教徒、その実像
 ムスリムのキリスト教徒観、キリスト教徒のムスリム観
 住居と食文化にみる独自性
 結婚の肖像
 移住と家族のあり方
 メディアとキリスト教
 子どもの教育とキリスト教徒アイデンティティの育成
 キリスト教徒のアイデンティティ
 アイデンティティの相克
 民間信仰のダイナミズム
第3章 アラブ・ナショナリズムとキリスト教
 アラビア語復興運動
 レバノンのアラビア語復興運動
 バアス党の父、ミシェール・アフラク
 パン=アラブ主義への反動とキリスト教徒
 イスラエルと南部レバノン軍
 教会の信頼回復に向けて-新世代の指導者たち
十字架は輝きつづけるか

コラム
 01 アルメニア人虐殺問題
 02 デリケートな「ステイタス・クオ」問題
 03 世界で活躍する、中東のキリスト教徒の著名人たち
 04 イスラエルの「新移民」とアラブ人キリスト教徒
参考文献


著者プロフィール

菅瀬晶子(すがせ・あきこ)

1971年生まれ。総合研究大学院大学文化科学研究科修了(博士:文学)。専攻、文化人類学、中東地域研究。現在、総合研究大学院大学学融合推進センター特別研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 ブラジル生まれでフランスで教育を受けた、日産とルノーの CEO を兼任するカルロス・ゴーンは、レバノン系でかつキリスト教である。「自動車業界にはレバニーズが多い」と言ったのは、トヨタ元会長の奥田氏である。

 元国連事務総長のブトロス・ブトロス=ガリは、エジプト人のコプト正教会に属するキリスト教徒。サッダーム・フセイン統治下のイラクで長く外相を務めたタリク・アジズはカトリック教徒。『オリエンタリズム』の著者エドワード・サイードは、パレスチナ出身のプロテスタント系キリスト教徒。

 このようにイスラームが支配的なアラブ世界出身者には、意外なことにキリスト教徒が多い。マイノリティという観点からも着目すべき存在である。
 マイノリティとして生きることの意味についてもいろいろと考えさせてくれる。

 また、聖書のアラビア語翻訳についても、用語の選択が面白い。一神教のイスラームでは神のことをアッラーというが、キリスト教徒も神のことをアラビア語でアッラーという。
 日本人からみると、なんだか変な感じがしなくもないが、一神教の神は本来的に同一であることを示しており興味深い。

 後発の一神教イスラームにおいては、イエス・キリストもユダヤ教以来の数ある預言者の一人に過ぎない。イスラームにおいては、ムハンマドが最後の預言者という位置づけである。
 そして預言者ムハンマドが預かった神のコトバはアラビア語であり、聖典クルアーン(コーラン)は神のコトバそのものだから、翻訳されたクルアーンは聖典ではなく、あくまでも参考書に過ぎないとされる。

 キリスト教聖書の翻訳が、その言語の近代化をもたらしたのとは対照的に、イスラーム圏では言語近代化がイスラームの内側から発生しなかったのは、そういう理由がある。 



<ブログ内関連記事>

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)
・・キリスト教徒が「人口の 1%」である日本、なぜそうなのか

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・キリスト教聖書の翻訳が、その言語の近代化に与えた影響の大きさ

書評 『日本のムスリム社会』(桜井啓子、ちくま新書、2003)
・・マイノリティとして生きること

タイのあれこれ (18) バンコクのムスリム・・マイノリティとして生きること

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・生活体系としてのイスラームの規範はすべて太陰暦カレンダーに基づく

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・
・・「踏みひしがれた人や喧嘩に負けた犬は、自然自らを頼りとするに至る。さもなくば滅亡あるのみであろう」というコトバにマイノリティとして生きる覚悟が示される


P.S. 新年のミサに訪れたキリスト教信者たちが、自爆テロに巻き込まれて殺害されるという惨事が、201年1月1日、エジプト第二の都市アレクサンドリアのコプト教会で発生した。不寛容は憎しみ以外の何者も生み出さない。






   


             

書評 『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』(マーク・マリンズ、高崎恵訳、トランスビュー、2005)


日本への宣教(=キリスト教布教)を「異文化マーケティグ」を考えるヒントに

 いまだに全人口の 1%を越えることの日本のキリスト教人口、なぜそうなのかについての探求はこれまでにも多くなされてきたが、本書の特徴はこれまであまり着目されることの少なかった、「キリスト教土着」に大きな焦点をあてたことである。

 私自身はキリスト教徒ではないが、キリスト教そのものは知的に理解する必要があるとは思ってきたし、近年非常に増えている「キリスト教式結婚式」を持ち出すまでもなく、日本人はとくに若年層を中心に「キリスト教的なもの」に親近感を抱いているようだ。

 しかし、今後も日本では信者になろうとする者はきわめて少数だろう。人生の通過儀礼の一つである結婚式をキリスト教式にしたとしても、信者でもないのに、出生や葬儀をキリスト教式にする者が増えるとは、とうてい考えられない。

 明治維新以後のキリスト教布教は、もっぱら米国のプロテスタント系教会が中心となってきた、(P.20~26に日本で伝道を行ったキリスト教団のリストが掲載されているが、驚くべきほどの多さである!)。
 しかし、キリスト教徒となった日本人のなかには、外国人宣教師のミッションのやり方にはしっくりこない者や拒否反応を示した者がいた。

 旧士族の儒教的エートスの持ち主であった内村鑑三の無教会運動を筆頭に、独特の聖書解釈により日本人のためのキリスト教の展開をはじめた者が少なからず存在する。
 これらはみな、キリスト教を普及させたい側の論理ではなく、キリスト教を受容したい側の論理からの強い熱望がそうさせたのであった。
  内村鑑三にインスパイアされた人たち(・・すべて男性である!)は、日本の伝統である精神修養、自己修養の道としてのキリスト教を開拓している。しかし、これらの教団に従ったのは、主として知識人を中心にした、知的な中産階級に留まった。

 なおざりにされた一般大衆は、「キリスト教土着」という方向に進み始める。ペンテコステ的という、異言や癒しなどの心霊主義的、体験型の信仰なキリスト教の道へと進んだのである。

 しかし、この道の行き着く先は、そもそもの土着型新興宗教と同じ土俵に入っていくこととなり、敗戦後の社会変動に際して、一時的には信者は増えたものの、ついには日本に定着することなく今日に至っている。
 土着型もカリスマは創設者一代限り、カリスマは継承されないまま家が組織を引き継いでいるが、信者の高齢化だけでなく、少子化のなか、新たな信者も獲得できずに衰退していくのは致し方のないところであろう。

 「魂の争奪戦」としての布教活動は、ビジネスでいえばマーケティングと同じ活動であるが、この活動において、キリスト教は日本市場では失敗したといってもいい過ぎではない。韓国と比べるとその差は歴然である。

 キリスト教が日本に定着しなかった理由には、日本人自身による「無意識の取捨選択」が働いているというべきだろう。
 著者もいうように、日本の民俗信仰にける「祖先と死者の霊をめぐる土着の信仰や慣習」はきわめて根強いものがあり、たびたびの社会変動を経ても根本的に変化することはなかったのである。  
 現在ではこれが、マスコミと連動したいわゆるスピリチュアル・ブームとなって、さらに顕在化され強化される方向にあるとすらいえる。現代的な衣装をまとっていても、日本人の民間信仰の本質は「祖先と死者の霊」を抜きにしては成り立たないのである。

 そしてまた、生きた人間と人間の関係が、自立した個人を基礎にした社会ではないことも、キリスト教の浸透を阻んでいる大きな理由の一つである。近代化された日本においても西洋的な意味での社会は存在せず、人間関係は依然として「世間」が中心である。
 キリスト教は「世間」からみれば他者以外の何者でもない。土着化したときには「世間」のなかに取り込まれたときには、すでにキリスト教ではなくなているというべきかもしれない。

 免疫系の比喩でいえば、キリスト教という異物に対する免疫反応は拒絶するか、取り込んで自分のものとしてしまうかの二つしかない。その意味では、キリスト教はもはや日本では増えることはないだろうが、多くの日本人は無意識のうちに取捨選択してキリスト教の要素をすでに何らかの形で取り込んでしまっているといってもよいかもしれない。しかも自分に都合のいい、「いいとこ取り」という形で。これは冒頭で言及した「キリスト教式結婚式」に端的にあらわれている。

 本書は、さまざま観点から読むことのできる興味深い研究書である。キリスト教の土着運動を描くことによって浮かび上がってくるのは、日本というもの、日本人というもの、つまり「世間」についてであり、また新しい思想や教義を異なる文脈をもつ文化に移植することの困難さについてである。

 ビジネスマンとしての私が興味をもつのは、とくに後者の点である。布教の成功とは、その教えによってどれだけの数の魂を救うことができたかということで測ることができるが、どこまでオリジナルな本質を保ったまま、現地に土着化するかという課題として残る
 これはビジネス用語を使えば、カスタマイズによるローカリゼーションであるが、宗教も思想の一つである以上、同様のメカニズムが働いているとみて問題ないであろう。

 万人向けの本ではないので、すべての人に薦めるつもりはないが、日本とは何かを考える人には、面白い視点を提供してくれる本であることは間違いない、といっておこう。


<初出情報>

■bk1書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)
■amazon書評「宣教(=キリスト教布教)をマーケティグの観点から考えるヒントに」投稿掲載(2010年12月23日)

* 1年前に執筆していながら未発表だった文章を、大幅に圧縮して「書評」として投稿。ブログでは、原型に戻したうえで字句の修正を行った。





目 次
まえがき
第1章 日本製キリスト教という問題
 1. 宗教伝播の問題
 2. 日本の場合
 3. 土着運動という盲点
第2章 さまざまなキリスト教
 1. ローマ・カトリック教会とプロテスタント・ミッション教会
 2. 超教派から教派へ
 3. 札幌バンドと熊本バンド
 4. 明治期のミッション教会
 5. 国家主義への適応
 6. 戦後の状況
 7. 多彩な土着運動
 8. 土着化の新たな類型論
第3章 カリスマと準教祖
 1. 日本人が拒否したもの
 2. 日本文化の多様性と聖書の多元性
 3. カリスマと準教祖
 4. 「霊の世界」のあらわれ方
第4章 無教会運動とは何か
 1. 日本製キリスト教の源泉
 2. 内村鑑三の精神遍歴
 3. 士族の儒教倫理
 4. 預言者としての内村鑑三
第5章 自己修養の道
 1. 松村介石と道会
 2. 川合信水と基督心宗教団
 3.宗教体験と自己修養
第6章 第二波の土着運動
 1. 村井じゅんとイエス之御霊教会
 2. 大槻武二と聖イエス会
 3. 手島郁郎と原始福音運動
 4. 日本製使徒キリスト教の特徴
第7章 日本人キリスト教徒と死者の世界
 1. 祖先崇拝と霊魂信仰
 2. プロテスタント神学と祖先崇拝の衝突
 3. 民俗宗教への取り組み
 4. 日本人の目で聖書を読む
 5. イエス之御霊教会の身代わり洗礼
 6. 死霊の救済
 7. 世界の再呪術化
第8章 何がキリスト教移植を阻むのか
 1. 成長と衰退のパターン
 2. 土着化は万能薬か
 3. 日本におけるキリスト教のジレンマ
 4. 黙殺された次元
 5. 押し寄せる韓国キリスト教
 6. 韓国キリスト教のシャーマニズム化
 7. パウロ・チョー・ヨンギの日本宣教
 8. 日本グレースアカデミーにおける癒し
 9. 韓国ペンテコステ派と現世利益
第9章 日本製キリスト教のとらえ方
 1. 日本製キリスト教の「道」
 2. カリスマとその継承
 3. 現代日本人のキリスト教観
 4. 土着運動が示唆するもの
キリスト教土着運動教団別資料
訳者解説


著者プロフィール

マーク・マリンズ(Mark R. Mullins)
    
1954年アメリカ合衆国アラバマ州に生まれる。アラバマ大学卒業、リージェント大学(カナダ)を経てマックマスター大学(カナダ)で博士号取得。宗教社会学専攻。1985年から日本在住。四国学院大学、明治学院大学を経て、上智大学比較文化学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

高崎 恵(たかさき・めぐみ)
       
1963年生まれ。国際基督教大学卒業、同大学大学院で博士号取得。文化人類学専攻。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所COE特別研究員、オックスフォード大学クィーンエリザベスハウス客員研究員を経て、国際基督教大学、東京女子大学、東洋大学非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 「第5章 自己修養の道」の「2. 川合信水と基督心宗教団」で、川合信水を描いて実弟の肥田春充(ひだ・はるみち)に触れていないのは大いなる不満である。

 なぜ、肥田春充が創始者の「強健術」がグンゼで普及したのか(・・川合信水は教育担当者として私企業のグンゼに招かれて労働者の指導にあたっていた)、そしてまた「肥田式強健術」の極意の型といわれるものに「聖十字架操練法」なんて技法があるのか、この本を読んではじめて、そのミッシングリンクが「川合信水と基督心宗教団」であることがわかった。

 肥田春充の「肥田式強健術」については、あらためてこのブログで紹介したいと考えている。

 「第6章 第二波の土着運動」の「3. 手島郁郎と原始福音運動」で、「幕屋(まくや)運動」について詳しく書かれているのはありがたい。「土着したキリスト教」において、創始者の息子ふたりが、原始キリスト教を突き抜けてユダヤ教の専門研究者になっているのは面白い。日本人の原点追求志向のなせるわざか。
 米国でもキリスト教原理主義者がユダヤ教に改宗して、イスラエルの入植者になっているケースが多々あることも知っておくべきことだろう。



追記(2011年2月18日)

 なお、この書評(初出)は投稿先の bk1 でも紹介していただいている。
 bk1 書評ポータルにて紹介 2010年12月30日 


追記(2011年9月17日)

 『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる! と題して肥田春充の「肥田式強健術」について紹介する記事を書いた。これで少し肩の荷が下りた




<ブログ内関連記事>

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・「異文化マーケティング」の先駆者に学ぶものとは

書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)
・・「新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用される」

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「日本におけるキリスト教の不振」について文化人類学者・泉 靖一が、ひろく「儒教文化圏」全体をみわたして、その原因について語っている

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・「霊性」(スピリチュアリティ)について言及

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)
・・「先祖供養」について考える。同時に韓国についても考察。

本の紹介 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)
・・「芸能界」と「霊能界」の双方にまたがって生きる美輪明宏という存在について

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)
・・日本人が生きているのは「社会」ではなく「世間」

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!




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書評 『聖書の日本語-翻訳の歴史-』(鈴木範久、岩波書店、2006)




新しい考え方を普及させるためには必要なことは何だろうか-「目からウロコが落ちる」本

 キリスト教聖書の日本語への翻訳の歴史を、キリシタン時代からさかのぼり、とくに明治時代から最新訳聖書に使用されている日本語を徹底的に分析した本。

 キリスト教の教義と思想そのものは、戦国時代末期のキリシタン時代にあっては当然のことながら、明治時代の日本人にとっても、まったく新しいものであった。

 明治時代に行われた、聖書の日本語訳で使用されたキリスト教用語が、中国で出版された漢訳聖書(=漢語訳聖書)のものを多く引き継いでおり、このため明治時代の日本人にとっても受容しやすかったという指摘が興味深い。
 これは、漢訳仏典をつうじて日本人が受容した大乗仏教と同様、キリスト教もまた漢訳聖書の影響を、最新訳の聖書に至るまで(!)大きく受けていることを意味しているわけだ。
 江戸時代後期の国学者・平田篤胤(ひらた・あつたね)は、禁書であった漢訳聖書と漢訳キリスト教文献をひそかに入手し、影響を受けているらしい。

 新しい思想を受容するに際しては、受容する側にその思想を理解するための回路を作らなければならないのだが、その際には従来からの思考の枠組みとコトバが多く利用されるわけである。
 これは、キリスト教の布教といった狭い側面に限らず、新しい考え方を普及させるためには必要なことなのかもしれない。

 原典であるヘブライ語とギリシア語から、旧約聖書と新訳聖書が翻訳がされるようになったのは口語訳聖書以降であって、現在の最新訳においても、漢訳聖書で使用されたコトバが生き残っていることが、著者の研究によって示されている。

 キリスト教で使う神、精霊、天国、洗礼、愛といった単語は言うまでもなく、「目からウロコが落ちる」、「笛吹けど踊らず」などの日本語表現が、実は聖書の日本語訳に由来することを多くの人は知らないようだ。それくらい無意識に使用されるこれらの単語や表現が、知らず識らずのうちに現代日本人の思考を支えているというわけなのだ。

 私は、明治時代の聖書翻訳者たちが漢訳聖書で使用されていた「天主」をそのまま受け入れなかったことを、たいへん残念に思っている。
 天主教とはカトリックのことだが、プロテスタントが中心になった日本語訳聖書翻訳者たちが「神」という訳語を選択したために、その後いかなる混乱をもたらし、それが現在まで続いているか。日本の首相が内輪の集会でクチにした「日本は神の国」という文言が、いかなる反発を招いたか、その経緯を思い出してみるとよい。

 こういったことも含めて、近代日本語を豊かににしてきたとともに、問題のタネを撒いた「聖書の日本語」について知るための必読書である。


<初出情報>

■bk1書評「新しい考え方を普及させるためには必要なことは何だろうか-「目からウロコが落ちる」本」投稿掲載(2009年12月22日)
■amazon書評「新しい考え方を普及させるためには必要なことは何だろうか-「目からウロコが落ちる」本」投稿掲載(2009年12月22日)

*再録にあたって、大幅に書き換えた。





目 次

第1章 聖書の日本語訳事始め
第2章 聖書の中国語訳
第3章 中国のキリスト教書と日本語訳聖書
第4章 ヘボン訳と明治元訳の成立
第5章 改訳への痛み―「大正改訳」成立史
第6章 口語訳から共同訳へ
第7章 日本語と聖書語
むすび 中国経由のキリスト教という一面
付章 聖書と日本人


著者プロフィール

鈴木範久(すずき・のりひさ)

1935年生まれ。専攻、日本宗教史。立教大学名誉教授。内村鑑三の英文著作からの日本語訳者でもある
(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものを増補)



<書評への付記>

 「日本は神の国」という文言をクチにしたのは、自民党の森元首相。神道関係の集会での発言であり、この発言じたいには問題はない。ただし、立場の違いによっては、絶対に受け入れることのできない人がいることは理解できる。
 戦前のファナティックなまでの「神国」を想起させるからだ。

 なお、キリスト教でいう「神の国」とは、古代キリスト教の教父アウグスティヌスの著書のタイトルである。ラテン語の Civitas Dei は、英語訳では The City of God となっている。この点にかんしては、Civitas Dei を「神の国」と訳したキリスト教関係者にも大いに問題がある。

 英語では大文字で始まる God と 小文字で始まる god を区別しているというものの、あいまいであることは大きな問題である。大文字の God には単数形しかなく、小文字の god は複数形 gods がありうる。フランス語でもその他西欧語ではみな同じである。

 キリスト教聖書の翻訳が、その言語の近代化に与えた大きな影響については、ドイツ語におけるルター聖書や、英語における King James Version など枚挙にいとまがない。
 日本語においても、それは同じであった。

 少なくとも日本語においては、日本語訳聖書には功罪両面あると言わざるをえない。日本語表現を豊かにしたという「功」の面と、ここに書いた「罪」の面。



<ブログ内関連記事>

イエズス会士ヴァリリャーノの布教戦略-異文化への「創造的適応」
・・「異文化マーケティング」の先駆者に学ぶものとは

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・「幕末の復古神道のパイオニア・平田篤胤(ひらた・あつたね)自身が、ひそかに漢籍文献をつうじて知りえた、キリスト教のアダムとイヴの創世神話を、大胆にも換骨奪胎(かんこつだったい)して、自分の教説内容に取り入れてしまっている」

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・国学者・平田篤胤(ひらた・あつたね)について間接的に言及

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)
・・国文学者で民俗学者であった折口信夫とキリスト教の接点について言及している

庄内平野と出羽三山への旅 (7) 「神仏分離と廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)が、出羽三山の修験道に与えた取り返しのつかないダメージ
・・「日本は神の国」という文言が生まれてきた背景について「神々の明治維新」で考える




  

     

2010年12月23日木曜日

書評 『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ / ジョゼフ・ナイ / 春原 剛、文春新書、2010)




「アーミテージ・ナイ報告書」番外編-「知日派」両巨頭が語る知的刺激に満ちた一冊

 まさに時宜を得た企画であり出版である。「日米安保体制50年」の節目の年に、米国の安全保障分野の「知日派」両巨頭が、日本人ジャーナリストの挑発的とも思える質問に思う存分に語った、知的刺激に満ちた一冊である。

 今年2010年は日米安保条約が締結されてから50年、この間かなりの紆余曲折を経ながらも、日米安保体制が東アジアにおける安全保障体制の要石となってきたことは疑いのない事実だ。

 政権交代によって政権党となった民主党による沖縄の基地問題をめぐる迷走は、日米安保体制を漂流させている感も抱かせていたが、2010年9月に発生した「尖閣紛争」によって、多くの日本国民があらためて軍事同盟としての日米同盟の重要性について再発見するに至っている。

 「いまそこにある危機」が、日本人の目を現実に開かせたのである。目を開いた日本人の前には日米同盟があった。

 小泉政権時代、”Show the Flag” や “Boots on the Ground” などの数々のキャッチフレーズで、軍事面における日本の国際貢献を促しつづけたリチャード・アーミテージは共和党を代表する「知日派」。現在でも毎日100kg以上あるベンチプレスを上げるという、海軍士官としてベトナム戦争従軍体験もある、国防問題と安全保障問題の専門家である。
 一方、ハーバード・ケネディ・スクール(公共政策大学院)教授のジョゼフ・ナイは、オバマ政権のもとでの初代駐日大使就任のウワサが出ていたことにもわかるように、民主党(米国)の外交と安全保障政策への影響力もきわめて大きい、「知日派」の米国の知的エリートである。

 民主党(米国)のナイと共和党(米国)のアーミテージは日米同盟にかんしては超党派で盟友の立場にあるが、この二人が地球全体を視野に入れた、米国の世界戦略の観点から一貫して日米同盟の重要性を認識し、米国の外交政策と安全保障政策に反映させるべく努力を続けてきたことが、日本人ジャーナリストの鋭いツッコミにより明らかにされている。

 米ソ冷戦終結を実現した共和党のレーガン政権時代に、キッシンジャー派の「親中政策」から「日米同盟重視」に舵を切らせたアーミテージたちの働き、湾岸戦争後の民主党のクリントン政権時代に日米同盟の重要性を認識し、政権の考えを最終的に改めさせたナイたちの働きは、ともに本人たちが語ることを聞くことで、あらためて確認できる重要な事実である。

 アーミテージ、ナイともに、日本開国以後の日米関係の歴史的推移を踏まえたうえで、「日米同盟」が東アジアにおける「拡大抑止力」として機能してきたことを重視している。これはナイ教授が最近提唱している「スマートパワー」の議論に基づくものだ。軍事力などの行使するチカラである「ハードパワー」と文化などの説得のチカラである「ソフトパワー」が合体したものが「スマートパワー」であり、本書を読むと二人の共通認識になっていることがわかる。

 いずれにせよ日米同盟が機能していくためには、軍事力だけでなく相互信頼が不可欠であり、自由主義経済体制と民主主義という共通の価値観をもつ日米両国が率直な意見交換をつうじて信頼醸成を行うことの重要性を再認識させられる。その意味では、日本の核武装論争をめぐる微妙な問題も含めて、米国サイドのかなり率直なホンネを引き出すことができた本書の価値はきわめて大きい。

 日本の安全保障における日米同盟の意味について考えるために、ぜひ目を通しておきたい一冊である。


<初出情報>

■bk1書評「「アーミテージ・ナイ報告書」番外編-「知日派」両巨頭が語る知的刺激に満ちた一冊」投稿掲載(2010年12月23日)




目 次

第1章 岐路に立つ日米同盟
第2章 中国の膨張を封じ込めよ!
第3章 北朝鮮「金王朝」崩壊のシナリオ
第4章 天皇・原爆・沖縄返還
第5章 日本が核武装する日
第6章 日米同盟の現在・過去・未来



著者プロフィール

リチャード・アーミテージ(Richard L. Armitage)

元国務副長官。1945年マサチューセッツ州ボストン出身。米海軍兵学校卒業。海軍士官としてベトナム戦争に従軍。ブッシュ政権で国務副長官を務めた共和党知日派のご意見番。国防戦略の専門家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに増補)。

ジョゼフ・ナイ(Joseph S. Nye Jr.)

ハーバード大教授。1937年ニュージャージー州出身。プリンストン大学を優等で卒業、ローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学、ハーバード大学大学院で政治学博士を取得。アメリカを代表するリベラル派の国際政治学者。民主党知日派の重鎮で、カーター政権で国務次官補、クリントン政権で国防次官補を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに増補)。

春原 剛(すのはら・つよし)

1961年東京生まれ。上智大学経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。米州編集総局ワシントン支局などを経て、編集局国際部編集委員。米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 日本の独立と米国との軍事同盟はけっして矛楯しないと私は考えている。

 問題は、日本が真の独立国たらんという気概に欠けることだ。主体的に自分の国を防衛しようとする気概のない国を、だれが血を流してまで防衛するというのか。もしその気概がないとわかったとき、米国を見捨てるような行動を日本が取ったとき、間違いなく同盟は破綻するであろう。

 問題は、日米同盟ではなく、日本そのものにある。まずは、自衛隊をきちんと軍隊であると認めることだ。
 独立自主防衛構想は心情的には理解できなくはないが、独立が孤立に陥ってしまえば、日英同盟が破棄された後の状況になりかねない。さらに国際連盟を脱退した後の日本がいったいどこへ向かって暴走したのかを思い出すべきだろう。現状の日米同盟にクサビを入れようとしている勢力にこそ、注意の目を向けなくてはならないのではないか?

 究極の理想型は、スイスやスウェーデンのような武装中立であろう。しかし、現実的に考えれば、日米同盟の有効性は日米双方にとってきわめて大きい。日本が安保ただ乗りというのは間違いであることが本書を読むとわかることだ。日本にとってのみならず、米国にとっても地政学的に見た日米同盟の意味は大きいのである。

 また日本の防衛とは、日本列島の防衛だけに限定されるのではない。エネルギーの大部分を海外からの輸入に頼り、また国際貿易体制を国是として生きている日本が防衛しなければならないのはシーレーン全体である。その意味においては、日米同盟を中核として、東アジアと南アジア、そして中近東にかけて、価値観を同じくする諸国と同盟関係を広げていくべきである。これが日本にとっての集団安全保障体制というものだ。

 何よりも実利を重視するビジネスマンとして、私はプラクティカルな観点から、日米同盟を支持するのである。(2010年12月25日)
 


<ブログ内関連記事>

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 を読む-特集テーマは「The World Ahead」 と 「インド、パキスタン、アフガンを考える」
・・ナイ教授の「スマートパワー」論については、あわせてご覧いただきたい

「フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える-制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010」(2010年9月)を読んで、この25年間の日米関係について考えてみる

日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)・・レーガン政権時代の「日米経済戦争」

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)・・「海洋国家」日本にとっての日米安保体制の意味

ノラネコに学ぶ「テリトリー感覚」-自分のシマは自分で守れ!

    

             
   
  

2010年12月22日水曜日

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 を読む-特集テーマは「The World Ahead」 と 「インド、パキスタン、アフガンを考える」




 月刊誌「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版)の「2010年 No.12」のレビューを引き受けることとなった。
 「2010年NO.3」、「2010年No.5」、「フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える」に引き続き 4回目である。
 今回も R+より献本をいただいている。

 月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版)そのものについては、私がブログに執筆した 月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.3 を読む を参照していただけると幸いである。「フォーリン・アフェアーズ・リポート」の読み方についても書いておいた。

 前置きはさておき、「2010年No.12」の内容の紹介を行うこととしたい。

 まさに時宜をえた内容、しかも今回の執筆陣は実に豪華なメンバー揃いだ。2010年No.12 の目次は以下のとおりである。

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特集1 The World Ahead

●「アメリカ・パワーの将来-今後を左右するのは中国ではなく、スマートパワーだ-」(ジョセフ・ナイ、ハーバード大学ケネディスクール教授)
●「インターネットは自由も統制も促進する-政治的諸刃の剣としてのインターネット-」(イアン・ブレマー、ユーラシアグループ代表)
●「インターネットと相互接続権力の台頭」(エリック・シュミット Google CEO、ジャレド・コーエン Google Ideas Director)
●「新興国という無責任な利害共有者-時代は「協調なき、多極化」へ-」(スチュワート・パトリック、米外交問題評議会シニアフェロー)
●「アフリカの農業革命が世界の食糧危機を救う」(ロジャー・サロー、シカゴ国際問題評議会シニアフェロー)

●「<CFRインタビュー> アジアは多極化し、中国の覇権は実現しない」(キショール・マブバニ、シンガポール国立行政大学院院長)
●「ロシアの政治・経済を支配するシロヴィキの実態-連邦保安省というロシアの新エリート層-」(アンドレイ・ソルダトフ/アイリーナ・ボローガン、Agenture.Ru 共同設立者)

特集2 インド、パキスタン、アフガンを考える

●「<CFRミーティング> P.ムシャラフが語る政界復帰とタリバーン対策」(パルベーズ・ムシャラフ前パキスタン大統領)
●「<CFRミーティング> アフガン撤退戦略の見直しを」(リチャード・アーミテージ)
●「<CFRインタビュー> コレラ流行はパンデミック化している」(ローリー・ギャレット、米外交問題評議会グローバルヘルス担当シニアフェロー)

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 各論文の要旨については、「フォーリン・アフェアーズ・リポート」の公式サイトを参照されたい。月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 にアップされているので参照されたい。


あらたに「スマート・パワー」概念を打ち出したジョゼフ・ナイ教授の論文は、「米国は衰退している」という誤ったメッセージの危険性について警鐘を鳴らしている

 ハーバード大学公共政策大学院(=ハーバード・ケネディ・スクール)教授のジョゼフ・ナイは、オバマ政権のもとでの初代駐日大使就任のウワサが出ていたことにもわかるように、あらためて紹介するまでもなく、民主党(米国)の外交と安全保障政策への影響力もきわめて大きい、日本でも知名度の高い「知日派」の米国知識人である。

 ジョゼフ・ナイの論文「アメリカ・パワーの将来-今後を左右するのは中国ではなく、スマートパワーだ」については、巻頭論文だけに読み応えがある。少なくともこの論文だけでもじっくりと読んでおきたい。

 この論文を読むことで、「米国衰退論」は、米国市民以外だけでなく、米国市民もそのように考えていることがわかると同時に、「米国衰退論」はあくまで心理的なものであり、「拡散しつつあるパワー」のあいだで、米国が「相対的に」衰えたように見えるに過ぎないのである。けっして「絶対的な」パワーが衰退したわけではないことを、さまざまな統計データを子細に検証することで論証している。

 米国の国内外に発っせられてきた「米国が衰退している」という誤ったメッセージがいかに多くの問題を引き起こしてきたか、われわれも一歩立ち止まって、冷静に考えてみるべきだろう。
 これは、日中関係を考える際にも、きわめて重要な視点である。誤ったメッセージを受け取った中国が「尖閣問題」においていかなる行動にでたか、そしてこの中国の行動に対していかなる対応を取るべきか。
 相対的な米国のパワーが衰退しているからこそ、米国単独のパワーではなく、同盟(アライアンス)の意味が大きくなる。これは「衰退しつつある日本」からみても同様である。日米同盟もこの文脈のなかで考えるべきであろう。
 
 国際政治の文脈で、いち早く、軍事や産業などの「ハード・パワー」ではない、文化などの「ソフト・パワー」が重要だと主張したナイ教授は、最近は「スマート・パワー」(smart power)概念を打ち出している。

 「スマート・パワー」とは、情報化時代におけるハードパワーとソフトパワーリソースを組み合わせたパワーのことである。弁証法的に言えば、「正反合」の「合」にあたるものといえようか。もちろん、ハードパワーとソフトパワーは対立概念ではあるが、相互補完的な意味合いを持つので、この二つのパワーが合体したとき、まさに文字通り「賢いパワー」として、きわめて強力なものとなるであろう。

 ただし、ナイ教授が言うように、パワーは善し悪しや大小で論ずべきものではなく、自らがもてるパワーリソース(=パワーを支える資源)をいかに優れた戦略に結びつけることができるかという方法論で決まってくる。だからこそ、賢いパワーなのである。情報化時代における同盟とネットワークのありかたについても示唆の多い論文である。

 この点において、国際政治戦略が、著しく企業戦略に近づいてきたと感じるのは私だけだろうか。企業経営に引きつけて読み過ぎだと言われればそれまでなのだが。

 この論文の一部は、来春2011年に出版予定の、Joseph S. Nye Jr., The Future of Power, public Affairs, 2011 からの抜粋とのことである。
 出版に先立って「スマート・パワー」(smart power)をめぐる議論は活発になされているようだ。

 ジョゼフ・ナイと並んで日本国内でも知名度の高い「知日派」リチャード・アーミテージは、今月号にはアフガンがらみでの発言で登場しているが、ナイとアーミテージとの鼎談が、『日米同盟 vs.中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ/ジョセフ・ナイ/春原 剛、文春新書、2010)と題して、ほぼ同時期に出版されているので、あわせて目を通しておきたい。
 民主党(米国)のナイ、共和党(米国)のアーミテージは、日米同盟にかんしては超党派で盟友の立場にある。




新しい世界秩序形成プロセスにおける、中国とインドというアジアの二大新興国の「復活」について

 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」は基本的に米国中心の世界観の表明である。米国=世界ではないのは当然だが、依然として世界においてきわめて大きな影響力を行使しつづけているのが米国であり、米国自身もジョゼフ・ナイの言うとおり、ハードパワーの行使からソフト・パワーへ、そしてスマート・パワーへと進化発展を遂げている最中である。

 一方、冷戦崩壊後、いまだに新しい秩序形成をめぐってのプロセスのなかにあるわけだが、「冷戦時代」と異なり、攪乱要因となっているものの一つは、新興国の急速な台頭である。

 「新興国という無責任な利害共有者-時代は「協調なき、多極化」へ-」(スチュワート・パトリック)は、「多国間協調なき多極化」状況のなかで、日本はいかなるポジションにおいてプレイすべきかを考えるための示唆の多い論文である。

 米国自身のポジションの変化を正確に見極めておくことが、「同盟国日本」にとっても、日本が国際政治におけるプレイヤーである以上、避けて通れないことであると同時に、日本はもはや新秩序形成の主たるプレイヤーではないのか、というため息も感じざるをえない。

 一方、「<CFRインタビュー> アジアは多極化し、中国の覇権は実現しない(キショール・マブバニ)では、シンガポールの元国連大使が、米国からではない、アジアからみた地政学の観点から、アジアへのパワーシフトについて語っており、日本人からみても「複眼的な視点」をもつうえで興味深いものである。

 アジアの新興国、もちろん現在の世界秩序のなかでは新興国であっても、実際は長い歴史と文明を誇る伝統国なのであるが、その「復活しつつある」二大パワーである中国とインドについて、とくに後者のインド亜大陸をめぐる国際情勢についての理解が深まる論文がいくつか採録されている。

 インド自体がアジアの大国であるが、地政学的な条件からみれば、インド亜大陸は中央アジアとは陸で国境を接しており、アフガニスタンの変動がパキスタンをつうじて、ダイレクトに波及してくる地域である。

 パキスタンのムシャラフ前大統領とリチャード・アーミテージによるアフガン戦略にかんする2つの<CFRミーティング>が収録されているが、臨場感あふれる討論会は、ともに興味深く読むことができた。

 現在外国亡命中のムシャラフ氏が Facebook(フェイスブック)に開いたアカウントには、35万人以上がフォローしているという発言は興味深い。現時点(12月22日現在)では、さらにフォロワーが増大して37万人も目前である。
 なお、ムシャラフ氏の「フェイスブック」アカウントは以下のとおりなので、興味のある人はフォローしてみたらいいだろう。 http://www.facebook.com/pervezmusharraf



テクノロジーとしてのインターネットの本質は、政治的には「諸刃の剣」であり、政府にも非政府組織や個人にもパワーを与える存在。拡散するパワーのなかにおける国家のパワーとは・・・

 巻頭論文で、政治学者のジョゼフ・ナイは、情報化時代における「スマート・パワー」について論じているが、米国自身がトランスフォーメーションの最中にあることは、今月号の「特集1 The World Ahead」に掲載されたインターネット関連の二つの論文を読むと、よりいっそう理解が深まることになる。

 インターネット「相互接続権力」は、米国のパワーの相対的な低下を招いた要因としては、新興国の勃興に勝るとも劣らない重要な意味をもつようになっている。

 インターネットは、ある意味では米国発の「ソフトパワー」であるが、テクノロジーとしてのインターネットの本質は、政治的には「諸刃の剣」であることに注目する必要がある。テクノロジーそのものは価値中立的なツール(道具)であるからだ。
 インターネットは、敵にも味方にも等しく武器になりうる存在である。日本語でいう「バカとハサミは使いよう」という表現を想起する。

 「インターネットは自由も統制も促進する-政治的諸刃の剣としてのインターネット-」(イアン・ブレマー)は、インターネット・テクノロジーは「さまざまな野心や欲望を満たす手段でしかなく、そうした欲望の多くは、民主主義とは何の関係もない」と、インターネット楽観論にクギをさす。米国人だけではなく、日本人も心しておくべき重要な指摘である。
 世界には民主主義を国是とする国家だけでなく、権威主義的で抑圧的な政策をとりながらインターネットを活用して世論をコントロールしている国家もある。

 そしてまたインターネット・テクノロジーを巡っては、利益を動機として動く企業と国家との関係も一筋縄ではいかなくなってきている。情報戦争においてはハイテク企業が軍事産業化しつつある、とも。 

 今年2010年に、サイバー攻撃を受けていたとして、"権威主義国家"中国からの撤退をめぐって大きな話題となったグーグルは、中国がそうみなしているように、米国政府との関係を密接化する方向に動いていることに注目しておきたい。

 今月号に掲載されている「インターネットと相互接続権力の台頭」という論文の執筆者が、グーグルCEOのエリック・シュミットと今年2010年に設立されたばかりのシンクタンク部門グーグル・アイディアズ(Google Ideas)ディレクターのジャレッド・コーヘンの共同執筆であることがその事実の一端を物語っている。

 ここで、グーグルのシンクタンク部門 「グーグル・アイディアズ」(Google Ideas)について触れておこう。

 グーグル、シンクタンク「Google Ideas」設立を計画--統括者は米国務省OB(CNET JAPAN 文:Tom Krazit(CNET News) 翻訳校正:編集部2010年9月8日 09時44分)という記事によれば、設立の経緯とミッションは以下のとおりである。

 最近まで米国務省に務めていたJared Cohen氏は、雑誌「Foreign Policy」のインタビューで、2010年10月中旬から Google の同新部門を統括する予定であると述べた。Google の最高経営責任者(CEO)であるEric Schmidt氏は、同記事をTwitterで紹介している。Cohen氏は、米国務省のデジタル専門家として知られ、YouTube や Twitter といった新しいソーシャルメディア技術に対する政府内の理解促進を支援していた。
 Cohen氏によると、Google Ideas は、広範囲にわたる問題を調査する予定だという。「同組織が取り上げる課題の範囲には、テロ対策、急進派対策、核拡散防止といったハードな課題のたぐいから、開発や市民への権限付与といった人々が取り組んでほしいと望むような課題まで、あらゆるものが含まれる」(Cohen氏)。
 Cohen氏はこれを、「Think/do Tank」と呼んでいる。つまり、Google Ideas は、政府や第三者期間と協力することにより、同組織が作り上げた概念の一部を行動に移すことを目的とする予定であることを意味している。
 Google と米国務省は2010年に入って、検索結果の検閲を巡る Google と中国との論争に関連して、結びつきを強くしており・・(後略)・・

 グーグルCEOのエリック・シュミットは、大統領科学テクノロジー諮問委員会委員を務めるほか、New America Foundation (新アメリカ財団)の理事長を務めている。
 グーグルが米国の政策決定に与える影響や知的貢献の面でも、注目すべき論文であるといえよう。

 この論文で、日本語で「相互接続権力」(interconeected estate)と訳された権力は、「第4の権力」(the fourth estate)といわれるマスコミに取って変わらんとする勢いのあるものである。

 インターネットに接続さえできれば、誰でも個人で発言し変化を起こすことのできるパワーを手に入れることができる。そうしてパワーを得た非政府組織と活動家が、世界全体で「パワー拡散」をさらに促進している。

 グーグル関係者による論文の英文タイトルが The Digital Disruption - Connectivity and the Diffusion of Power であることの意味はそこにある。論文の日本語訳タイトルだけを見ていると気がつきにくいが、「パワー拡散」を文言として打ち出すべきであったと思われる。

 上記2つの論文は、秘密の外交文書を入手してウェブ上で公開する「ウィキリークス」(Wikileaks)が、とくに米国政府をゆるがす存在として「事件」となる以前に発表されたものである。
 だが、この2つの論文を読んでおくことは、インターネット接続の自由をめぐる米国政府の抱えるジレンマを含め、この問題を理解するための参考となるだろう。
 ウィキリークスもまた「相互接続権力」としての非政府組織の活動家の一つである。

 すでに、ウィキリークスへの言及抜きに国際政治を論じることは不可能となった。今後の「フォーリン・アフェアーズ・リポート」で、取り上げて大いに議論してもらいたいテーマとして期待している。







<参考サイト>

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12
・・「フォーリン・アフェアーズ・リポート」の公式サイト

<論文執筆者の著書紹介>

Joseph S. Nye Jr., The Future of Power, Public Affairs, 2011
・・2011年2月発売予定

Ian Bremmer, The End of the Free Market: Who Wins the War Between States and Corporations ?, Portfolio Hardcover, 2010
・・amazon.com(米国)では、再び勃興しつつある「国家資本主義」(state capitalism)について、リーマンショックを予測して一躍脚光を浴びた経済学者・ヌリエル・ルービニ教授と one-on-one で論じあっているので、ぜひ目を通すことを奨めたい。

ユーラシア・グループ(Eurasia Group)(日本語版)
・・イアン・ブレマーが社長を務めるグローバル政治リスク分析会社


<ブログ内関連記事>

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.3 を読む

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.5 を読む-特集テーマは「大学問題」と「地球工学」-

「フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える-制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010」(2010年9月)を読んで、この25年間の日米関係について考えてみる


書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)
・・米国はまだまだ世界の中心であり続けるであろうと考えるべきこと

TIME誌 March 22, 2010号(日本版) [ANNUAL SPECIAL ISSUES] 10 IDEAS FOR THE NEXT 10 YEARS と New America Foundation について
・・グーグルCEOのエリック・シュミトが理事長を務める New America Foundation (新アメリカ財団)がまとめた未来予測レポート

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)

書評 『Facebook(フェイスブック)をビジネスに使う本-お金をかけずに集客する最強のツール-』(熊坂仁美、ダイヤモンド社、2010)

バカとハサミは使いよう-ツイッターの「軍事利用」について

書評 『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ/ジョゼフ・ナイ/春原 剛、文春新書、2010)