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2011年1月31日月曜日

書評 『脳の可塑性と記憶』(塚原仲晃、岩波現代文庫、2010 単行本初版 1985)


「脳の可塑性」って? 短いが簡潔にまとめられた「記憶と学習」にかんする平易な解説

「脳の可塑性」ってなに? 「可塑性」ってどう読むの? 

こんなことで本書が敬遠されてしまったのでは、あまりにもったいない。

「可塑性」は「かそせい」と読むのだが、簡単に言ってしまえ「変形しやすさ」ということだ。

「記憶と学習」においては、脳神経のシナプスの活動状態などによってシナプスの伝達効率が変化する。いやいや、これじゃまだ難しすぎるな・・(苦笑)  

「脳の可塑性」は、より正確には「脳の神経可塑性」ともいうが、脳科学で「記憶」について考える際にはきわめて重要な概念なのだ。

本書は、短いが簡潔にまとめられた「記憶と学習」にかんするわかりやすい解説書である。

コンピュータの記憶(メモリー)と人間の脳の記憶(メモリー)の違いについて、脳科学の成果をもとに詳述した警告書『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)が話題になっているが、ここでも「脳の神経可塑性」という概念がきわめて重要な意味をもっている。

本書『脳の可塑性と記憶』は、「脳の可塑性」にかんしては、最初から日本語で書かれた一般向けの本なので、翻訳本よりははるかに読みやすい。最先端を走っていた研究者が、学問的水準を落とすことなく本質的なことを、平易なコトバと豊富な図表で語っている。

私自身もそうだが、脳科学の専門家ではない一般人が脳科学に関心があるのは、なんとかして記憶力を増強したいという切実な思いからだろう。

このテーマにかんしては大脳の海馬に焦点をあてた『記憶力を強くする-最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方-』(池谷裕二、講談社ブルーバックス、2001)があるが、専門用語を極力使用しないで一般向けに書かれた本なので、やや物足りないものを感じる読者がいるかもしれない。そういう人はぜひ本書を手にとってもらうのがいいと思う。

著者は、まことにもって不幸なことに、いまから25年前の御巣高山の日航機事故で亡くなっている。そのため本書も一部は未完成のまま残されているのだが、解説によれば、残念ながら「脳の可塑性と記憶」の分野の解明は、その後もあまり進展していないらしいだから、内容的には陳腐化していないようだ。

その意味でも、本書は知的な関心の高い一般人が読める、「記憶と学習」にかんするすぐれた一般書である。敬遠することなくぜひ手にとってほしい一冊である。


<初出情報>

■bk1書評「「脳の可塑性」って? 短いが簡潔にまとめられた「記憶と学習」にかんする平易な解説」投稿掲載(2011年1月19日)





目 次

読者の方へ(伊藤正男)
第1章 脳の可塑性とはなにか
第2章 記憶の座をもとめて
第3章 神経回路はどのようにしてつくられるか
第4章 記憶の分子説とシナプス説
第5章 感覚・運動回路の可塑性
第6章 動物の記憶とヒトの記憶
第7章 三つの記憶システム
付録 脳科学の展開
参考文献
友を偲びつつ(久保田競)
あとがき(村上富士夫・小田洋一)
解説(村上富士夫)



著者プロフィール

塚原仲晃(つかはら・なかあきら)

1933~1985年。1958年東京大学医学部医学科卒業。1963年同大学院修了。医学博士を授与される。同年、東京大学医学部助手。1965年から1968年まで米国に留学。1970年、大阪大学基礎工学部教授に就任。1977年から1985年まで岡崎国立共同研究機構生理学研究所教授を併任。1982年から183年、米国ロックフェラー大学客員教授を務める。1985年8月12日夜、日航ジャンボ機123便に乗り合わせ、御巣鷹山にて逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

人間の「3つの記憶システム」、とくに3番目の記憶システムである「文字による記憶」について

「第7章 三つの記憶システム」でいう「3つの記憶システム」とは何か。重要なことなのであえてここに書いておこう。列挙すると以下のとおり。

 ① DNAの記憶
 ② 脳の記憶
 ③ 第3の記憶系としての文字(外部記憶)


①と②が人間以外の生物も共有する記憶システムであるとすれば、③はきわめて重要な発明である。②においてもコトバを獲得した人間とそれ以外の生物との隔たりはきわめて大きなものとなっている。

③の文字は、コトバを獲得し脳が進化発達したヒトがさらに次の段階に進んだものである。文字による「記憶」は「記録」といったほうが適当だろうが、人間における「記憶システム」の一環と考えると見えてくるものが多い。

人間は文字を獲得し、脳内記憶情報を文字という形で羊皮紙や紙に「記録」することによって、一切合切すべてをアタマのなかに記憶する必要はなくなった。この意味で「文字による記録」は、人間の脳にとっては「外部記憶装置」としての位置づけになる。

文字発明以前は、「記録」はすべて「記憶」という形で、口伝えで記憶されてたことは、『イリアス』や『オデュセイア』の作者とされる古代ギリシアの吟遊詩人ホメロスや、アイヌの『ユーカラ』、『古事記』のもととなる神話や伝承を記憶させられていた 稗田阿礼(ひえだのあれ)といった語り部の存在が端的に示している。

文字の発明以前は、「記録」はすなわち「記憶」であった。

現在のコンピュータも、人間の脳からみれば「外部記憶装置」である。その意味では、コンピュータ以前と以後の変化よりも、人間が文字を獲得した以前と以後の進化のほうがはるかにインパクトがあったと考えていいかもしれない。コンピュータは文字の延長線上にある。

文字で記した「記録」が「歴史」と呼ばれることとなり、口承で伝承された「記憶」は「物語」と一般には理解されている。しかし、もともとは「記録」は「記憶」であり、「歴史」も「物語」である。

「記録」は手で書いたにせよ、キーボードで打ち込んだものにせよ、人間の生身の身体が介在して生まれたものだが、いったん人間から離れて存在するものだ。いったん人間から離れた文字は、五感の豊穣さを失った、やせ細った情報として固定される。

一方、「記憶」は人間の脳内に存在するもので、その個体としての人間が死ねば(=脳死すれば)、脳の死とともにその持ち主の「記憶」も死ぬ。人間を人間たらしめているものが長期記憶である「エピソード記憶」である以上、「記憶」が個別性、身体性をつよく帯びた存在であるのはそのためだ。

「記録」は「記憶」に対して客観性が高いと一般には思われがちだが、かならずしもそうとは言いきれない。

「記録」されたものは、事実と感想が混同しているのが普通であり、その内容についてはきわめて主観的と」いわざるをえないだろう。また、脳内記憶をそのままイメージ情報として取り出すことは不可能に近い。そもそも文字と画像では情報量そのものが桁違いに違う。

「記録」は「記憶」であり、「歴史」も「物語」である、といったのはそういう意味だ。この両者の関係は明確なようで、実はきわめてあいまいである。

日本語では歴史と物語を区分して考えるのが普通であるのは、日本語の「歴史」は、中国的な編年体の歴史感覚をそのまま継承しているためだろう。また英語では history と story をコトバとしては区分して、意味も分節化している。

だが、この history という英語自体 story というコトバを内包しているし、英語以外の西洋語では histoire(フランス語)、Geschichite(ドイツ語)に代表されるように、コトバの形としては区分していない。

「3つの記憶システム」という観点から考えると、そうであっても不思議でないことがわかるだろう。

「記録」は「記憶」であり、「歴史」は「物語」である。これが本来の姿なのである。



<関連サイト>

視力を失うと触覚や聴覚が発達する不思議-自身も右目を失明したオリヴァー・サックス医師が語る、人間の脳の驚くべき能力(ダイヤモンドオンライン 2011年12月29日)
・・知覚器官の代替作用における脳の可塑性について


<ブログ内関連記事>

書評 『脳を知りたい!』(野村 進、講談社文庫、2010 単行本初版 2000)
・・脳科学の専門家ではないジャーナリストが脳科学者たちに徹底的にインタニューシテまとめた脳科学の入門。トピックで語る脳科学

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)
・・コンピュータの記憶(メモリー)と人間の記憶(メモリー)は似て非なるものだ。何がどう違うのか西洋文明史の枠組みのなかで考える

「場所の記憶」-特定の場所や特定の時間と結びついた自分史としての「エピソード記憶」について

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)
・・なぜ生身の人間であるソムリエがなぜ必要なのか、なぜコンピューターではダメなのか?

JALの「法的整理」について考えるために
・・JAL123便墜落事故についても言及







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2011年1月29日土曜日

「ミラーの法則」-管理限界についての「マジック・ナンバー7」


 いまから25年くらいむかしのことだ。人事管理関係の仕事からキャリアをはじめた私は、その当時の上司から教えてもらった話で、非常に強く記憶に刻まれた話がある。

 「1人の人間が管理できる上限は7人」、というものだ。

 この話は、マネージャーとして部下の管理にたずさわわったことのある人は一度は聞いたことがあるはずだろう。そのとき「スパン・オブ・コントロール」という表現も耳にしていると思う。英語で書けば span of control となる。

 根拠がなにかわからないが、いかにも当てはまりそうな話として聞かされたことのある人は多いのではないかと思う。

 数字の 7といえば、1週間は7日だし、ラッキー7 という表現もある。たしかに 7人くらいまでなら、とくに管理しなくても把握できそうな人数だな、と。

 実は、この話には根拠がある。この話の根拠は「ミラーの法則」という。
 
 ビジネスの世界では「何々の法則」というのはたくさんあって、たとえば「ピーターの法則」や「パーキンソンの法則」、ビジネス以外の世界でもよく知られた「マーフィーの法則」などがあるが、「ミラーの法則」は、認知心理学の法則だ。


「ミラーの法則」と「マジカルナンバー 7」

 「ミラーの法則」は「マジカルナンバー 7」といいかえてもいいだろう。

 「ミラーの法則」といっても、鏡のミラーではない。ファミリー・ネームのミラー(Miller)だ。この法則を発見した米国の心理学者ジョージ・ミラー(George Armitage Miller)にちなむものである。

ジョージ・ミラーは wikipedia の記述によれば以下のような略歴である。

ジョージ・ミラー(George Armitage Miller 1920年 - )は、アメリカ合衆国の心理学者。プリンストン大学教授。ロックフェラー大学、マサチューセッツ工科大学、ハーヴァード大学の教授だったこともあり、オックスフォード大学ではフェローとして研究し、アメリカ心理学会の会長だったこともあった。
短期記憶の容量が7±2であることを発見した。この研究は認知心理学の先駆けとなった。ユージン・ギャランター、カール・プリブラムとの共著「プランと行動の構造」は認知心理学の誕生を告げるマニフェストとも言われる。
また、概念辞書の先駆けであるWordNetプロジェクトを主導したことによって、言語学、計算言語学、自然言語処理、オントロジーなどの分野でも著名である。
1991年には、アメリカ国家科学賞を授与している。

 さらに「マジカルナンバー7」については次のように説明されている。

「マジカルナンバー7±2」という論文の中で、一度聞いただけで直後に再生するような場合、日常的なことを対象にする限り記憶容量は 7個前後になるということを示した。この7個というのは情報量ではなく意味を持った「かたまり(チャンク)」の数のことで、数字のような情報量的に小さなものも、人の名前のように情報量的に大きな物も同じ程度、7個(個人差により+-2)しか覚えられないということを発表した。

 脳科学の立場からは、たとえば、『記憶力を強くする-最新脳科学が語る記憶の仕組みと鍛え方-』(池谷裕二、講談社ブルーバックス、2001)という本では、「短期記憶」には個人差はないことが説明されている。曜日は七つ、ドレミの音階は7つ、であるように、人間のワーキングメモリー限界は7桁、であると。


古代以来、人間が「7」という数字を神聖視してきたのは・・

 『数の神秘』(フランツ・カール・エンドレス、アンネマリー・シンメル編、畔上司訳、現代出版、1986)という本では、「数字の 7」は「知恵の数」とされている。

7は古来、人間を魅了し続けてきた。7は創造の三原則(=能動的意識、受動的無意識、その両者があいまって作用する秩序力)と、元素から構成される物質・感性力の4つ(=知性に相当する空気、意思に相当する火、
感情に相当する水、道徳に相当する地の和である。このように7を精神界の3と物質界の4に分解する方法は、ほかにいくつかの解釈があるが、これが中世大学の自由7科を3科と4科に分ける基礎となったことは間違いない・・・(後略)・・(P.108)

 7は古代中国でも、古代バビロンでも、古代ユダヤ教でも、古代ギリシアでも、イスラーム世界でも、いずれも古代以来きわめて重要な意味をもつ数字であった。

 これも、人間の認知限界が 7 であることと関係があることは間違いないだろう。そうでなければ 1週間が7日である理由も音階が7つである理由もわからない。7を聖数として特別扱いする理由は後付けのものと考えるのが自然である。


50人程度の組織が管理しやすい理由(わけ)

 「ミラーの法則」を人的マネジメントに応用すれば限界は平均7人。±2のレンジがあるから、ミニマムが 5人、マックスが 9人となる。したがって、5人から 9人あたりが管理しやすい幅になる。これは管理する側、管理される側の状況によって左右される。

 バラバラに散らばっていても、アタマのなかで把握し、とくに管理システムがなくても情報処理できる範囲内だというわけだ。
  
 一人あたりの管理限界が平均 7人であるとすると、その管理下にある一人一人がさらに「7±2」の部下を抱えているとすると、7×7=49、これが平均値となる。7の二乗である。ほぼ 50人となる。±2のレンジがあるから、ミニマムは 5 の二乗の 25人、マックスは 9 の二乗の 81人 となる。

 50人をすべて一人で管理するのはたいへんだが、一階層入れるとそれほど苦労することなく管理できることがこれで理解できるだろう。

 実際、 50人程度は「目の届く範囲」である。物理的なスペースを共有していれば問題ないが、もちろんその場合に、一階層入るとトップに立つものの管理はラクになる。

 あいだに入るのが二階層になると 7 の 3乗で 343、3階層入ると 7 の 4乗で 2,401 になる。理論的にはこのように、7 のn乗で組織を拡大することは可能だ。

 伝達スピードはメールで同時一斉通報すれば差はでてこないが、階層が増えれば増えるほど、口頭での情報伝達の正確性が減少していく。文字化されるのは形式知だけなので、言外のニュアンスが伝わりにくい。これは上から下へのコミュニケーション、下から上へのコミュニケーションに共通している。

 こう考えると、7 の二乗である 49人、すなわち50人前後が、管理しやすい目安となるといっていいのだろう。

 50人前後というのは、実感としても妥当な数字ではないだろうか。



<ブログ内関連情報>

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)
・・マジックナンバー3

    


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2011年1月28日金曜日

sour grapes  負け惜しみ



 sour grapes とは、直訳すれば「酸っぱいブドウ」のことである。
 この表現がなぜ慣用表現で「負け惜しみ」を意味するのか?

 これは英語だけを眺めていてもわからない。

 「イソップの寓話」にある「キツネとブドウ」の寓話を思い出してみよう。

 キツネがよく実ったブドウを見つけるて食べようとするのだが、何度ジャンプしてもブドウには届かない。キツネは悔し紛れに負け惜しみの捨てゼリフを残して立ち去る。「どうせこんなブドウはすっぱくてまずいに決まっている。誰が食べるもんか、へん」。ざっとこんな内容のお話であった。

 「ウサギとカメ」もそうだが、古代ギリシアの「イソップの寓話」は、世界各地に拡がって大きな影響を与えている。英語では The Fax and the Grapes(キツネとブドウ) として有名な話である。

 じっさいに、このブドウが甘いか酸っぱいかは、キツネならずとも誰にもわからない。
 キツネの捨てゼリフは「負け惜しみ」という心理的な合理化機制だが、人生の知恵ではある。届かなかったことは仕方ない、こだわりすぎても時間のムダだ。

 英語表現としては、「サワーグレープス」sour grapes と複数形であることに注意しておきたい。



<ブログ内関連記事>

ウサギとカメの寓話-卯年は跳躍の年だが油断大敵






    

2011年1月27日木曜日

鹿児島産の「ぽんかん」を今年もいただいた




 鹿児島産の「ぽんかん」をいただいた。写真の左が「ぽんかん」、右は日本ではもっともポピュラーな「温州(うんしゅう)みかん」である。

 毎年いただいているのだが、今年は九州も雪が多いという報道を聞いていたので心配していたのだが、現時点では杞憂に終わったようだ。数年まえには「雪害のためほぼ全滅に近い被害を受けたために送ることができません」といった事態もあったし、雪が降ってつもった屋久島を歩いたこともある。

 「ぽんかん」は見た目はゴツゴツしているが、「温州みかん」とくらべるとはるかに甘い。ちょっと酸味がなさすぎるなあ、という気がしなくもないが、袋ごと食べられるのはありがたい。

 今週、たまたまJR駅の構内の催事で、同じく鹿児島の銘菓「かるかん饅頭」を見つけたので買ってきた。


 「かるかん」は、和菓子のなかでは一番すきなものの一つなので、見つけたらかならず買うことにしている。米粉に山芋をつかって粘りけのある衣に包まれたあんこ。はじめて食べたとき以来の大好物なのだ。

 「ぽんかん」も「かるかん」も、「かん」で韻を踏んでおり、しかも食べると甘いのは共通している。

 「ぽんかん」の「かん」は柑橘類の柑、「ぽんかん」を漢字で書けば椪柑、これじゃあまず読めない。柑の字が入っているからなんとなく想像はできるが。

 「かるかん」の「かん」は羊羹(ようかん)などの羹、「かるかん」を漢字で書けば軽羹、これもまた読めないな。軽い羊羹という意味だろうか、でも羊羹を読めないと始まらない。

 まあいずれにしろ、「かん」で終わる「ぽんかん」と「かるかん」は美味い。どちらも耳にしたとき、クチに出したときの響きが軽いのがいい。

 南国の甘味はわたしの好物である。




    

2011年1月26日水曜日

書評 『漢文法基礎-本当にわかる漢文入門-』(二畳庵主人(=加地伸行)、講談社学術文庫、2010)


面白おかしく、しかし本質をズバリ突いた二畳庵先生の名講義が帰ってきた!

 二畳庵主人とは中国思想研究者の加地伸行先生のことだったのか!

 高校時代、予備校にはいかずにZ会(=増進会)の添削で大学受験勉強していた私にとって、ほんとうに読んで面白い漢文参考書がこのペンネーム二畳庵主人による『漢文法基礎』だったのだ。いまからすでに30年(?)近く昔のことである。

 まさに、「二畳庵主人リターンズ」! しかも、覆面を脱いだその人は、加地伸行。儒教研究者という学者の顔だけでなく、歯に衣着せず舌鋒鋭く論じる論客でもある加地氏が書いた文章であるといわれれば、そのとおりだなあと納得する。

 私が読んでいたのは本書の底本である『漢文法基礎』(新版)の前のエディションで、シンプルな装丁で、こんなに分厚くなかった。


 いま講談社学術版を手にして、思わず読み進めている自分を発見してしまう。

 なんせ面白いのだ。当時の語り口調がそのまま再現されているので、懐かしいという気持ちもあるが、それよりも講義を受けているというライブ感が素晴らしい。ちょっと引用してみようか・・・

 「この私、二畳庵先生は。大学で中国のことを専攻して以来、二十年あまり漢文で明け暮れてきた。・・(中略)・・こう言っては自慢めくが、高校漢文教育の経験豊富である。だから諸君の弱点もよーく知っておるぞ。・・(後略)・・」(初版1977年の「はじめに」より)。

 全篇こんな調子で面白おかしく、しかし本質をズバリ突いた内容の講義が続くわけだ。もちろん、漢文が読めたからといって、現在使われている中国語ができるわけにならないので、実用という観点からいったら得になるかどうかわからないが、この本は読んで絶対に損はないとはいっておこう。

 ホンモノの学者が書いた受験参考書は、こんなにも面白くてタメになるという良き見本である。
 小西甚一先生執筆の大学受験参考書のロングセラー『古文研究法』とともに、イチオシの漢文参考書としてすべての読者に勧めたい好著だ。

 受験勉強は、ほんとうは役に立つのである。


<初出情報>

■bk1書評「面白おかしく、しかし本質をズバリ突いた二畳庵先生の名講義が帰ってきた!」投稿掲載(2010年10月16日)
■amazon書評「面白おかしく、しかし本質をズバリ突いた二畳庵先生の名講義が帰ってきた!」投稿掲載(2010年10月16日)

*再録にあたって一部加筆修正した。



目 次

はじめに
第1部 基礎編
第2部 助字編
第3部 構文編
後記
索引

著者プロフィール

加地伸行(かじ・のぶゆき)

1936年大阪生まれ。京都大学文学部卒業。専攻は中国哲学史。大阪大学名誉教授。現在、立命館大学教授。白川静記念東洋文字文化研究所長。文学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

Z会(ぜっとかい)
・・受験会の老舗 添削指導の通信教育機関


P.S. 「ポルノ漢文問題」について(2011年4月15日 追記)

 今回の「東北関東大震災」では、本棚の本の半分が飛び出して、被災地のようになってしまったが、崩れた本のなかから『漢文法基礎』(二畳庵主人、増進会出版社)の原本が出てきたのは、思いがけない掘り出し物であった!

 出てきたのは、昭和54年(1979年)5月15日の初版第4刷である(初版第1刷は昭和52年8月6日)。つまり初版ということである。

 第三部 問題篇の最後(七)がポルノ漢文問題となっている。P.267から282まで。第30問から第34問まで4問。出典は、『通鑑紀事本末』、『本朝文粋』、『肉蒲団』の 3つ。

 復刊された今回の文庫版には、なぜか収録されていない。理由は不明である。加地先生も本名を出したから、それともあの当時よりも時代環境が悪くなった?

 参考のために、原本の表紙(上掲)と第30問のページ(下掲)をスキャンしておいたので掲載しておこう。歴史的ドキュメントとしての意味はあろう。

 まあ、このような問題が大学入試に出題されることは、当時も現在もありえないので、著者一流のお遊びということか。いまよりも、まだまだ四年制大学を受験する女子が少なかった頃ではあった。




<ブログ内関連記事>

書評 『テレビ霊能者を斬る-メディアとスピリチュアルの蜜月-』(小池 靖、 ソフトバンク新書、2007)
・・「先祖供養」とはいったい何か?と題した文章のなかで、加地伸行の『儒教とは何か』(中公新書、1990)を取り上げている

「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」(INAXギャラリー)に立ち寄ってきた・・「起きて半畳 寝て一畳」

味噌を肴に酒を飲む・・代表的古文の『徒然草』より

『伊勢物語』を21世紀に読む意味・・代表的古文





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2011年1月25日火曜日

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)


複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察する好著

 今年80歳になるインド通の元外交官が書いた、インドが抱える最新の諸問題の解説をつうじて描く多様な顔をもつインド像

 「群盲象をなでる」という表現があるように、巨象インドの全体像を理解するのが容易なことではないのは、多宗教、多言語、多民族、さらにカーストがからまる、複雑きわまりない世界であるからだ。

 「目次」にあげられた項目をみるだけで、インドが抱える内政・外交上の諸問題が何であるかわかる。きわめて多岐にわたる問題群を項目ごとに切り出してみた、インド世界の断面図の数々である。

第1章 燎原の火インド・イスラム原理主義
第2章 ヒンドゥー社会の終わりの始め
第3章 ブーメランのインド世俗主義
第4章 台頭するヒンドゥー原理主義『サング・パリワール』
第5章 赤いタリバン|インド共産党毛沢東派(ナクサライト)
第6章 タミール・イーラム解放のトラ-インド系外国人(PIO)の難題
第7章 西部戦線異状あり-インド VS パキスタン
第8章 AK-47の銃眼カシミール
第9章 チャンドラ・ボースは生きている
第10章 ダブルスタンダードの印米原子力協力協定
第11章 南アジアの覇権主義者インド
第12章 経済至上主義の日印関係

 ここ数年マスコミでよく話題になる中流階級を中心とした、経済発展著しいインドという明るい側面だけでは見えてこない、インド社会の暗く、どす黒い現実が見えてくる。本書を全部とおして読んでみると、インドのかかえる多様性がもたらす複雑さのからみ具合が、著者が描く複眼的な視点をつうじて、おぼろげながらも見えてくる。

 何よりも根本問題は、カーストの最下層で苦しむ一般民衆の現実に焦点をあてることによって見えてくるのだが、これは経済学の観点からだけではとても解決不可能なものであることが本書を読むとよく理解できるのである。

 やや著者の個人的見解が強すぎるきらいがなくもないが、著者がいみじくもいうように、多様性に富み複雑きわまりないインド世界では、「自己主張することがインドで生きる最善の策」(P.206)なのである。

 また、国益重視の自己主張の姿勢を崩さないインドは、ある意味、中国と並んできわめてしたたかな存在であることは肝に銘じておくべきだろう。外交交渉におけるインドに粘り腰としたたかさ、これはビジネスに従事する者にとっても大いに傾聴すべきものがある。

 日本人一般の常識や通念とは異なる見解も多く披露されており、複雑きわまりないインド理解のための、またとない参考書になるであろう。
 明るい側面と暗い側面の双方をあわせみて、はじめてインドについて、おぼろげながらも理解の第一歩に近づいたといえるのである。


<初出情報>

■bk1書評「複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察する好著」投稿掲載(2010年10月17日)
■amazon書評「複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察する好著」投稿掲載(2010年10月17日)





著者プロフィール

武藤友治(むとう・ともじ)

現在、インド・ビジネス・センター・シニア・アドヴァイザー、日印協会理事。1930年生まれ。大阪外国語大学(インド語学科)を卒業後、外務省に入省、40年余の外交官生活を送り、在ボンベイ総領事を最後に退官。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員を経て現職。インド在勤中からインド政治のフォローアップに努め、退官後も精力的に現代インドの研究に取り組む。

総 目 次

第1章 燎原の火インド・イスラム原理主義
 点から面へインド・イスラム原理主義の増殖
 1億3,000万人のインド・イスラム教徒
 貧困と差別に喘ぐイスラムコミュニティー-サチャル委員会レポート
 テロに賛同するイスラム教徒知識層
 ムンバイ殲滅テロの総括
 ムンバイ殲滅テロの教訓
 死刑判決のイスラム教徒への心理的影響
第2章 ヒンドゥー社会の終わりの始め
 迷宮のカースト曼陀羅
 「ダリット」は消えない留保政策
 宗派の結界を超えて-『デラ・サチャ・サウダ』
 所属カーストを放擲する|グッジャール・カースト
 ヒンドゥー社会の終りの始め
第3章 ブーメランのインド世俗主義
 シーク教徒の警護官に狙撃される
 シーク教徒 3,000人虐殺
 世俗主義とは何か
 インド国家の一体性を保証する世俗主義
 宗教、宗派を寛容するインドの世俗主義
第4章 台頭するヒンドゥー原理主義『サング・パリワール』
 ヒンドゥー原理主義の政治結社
 台頭するヒンドゥー原理主義勢力
 BJP(インド人民党)の支柱RSS
 「インドは輝いていない」|BJP政権の敗北
 鳴りを潜めるヒンドゥー原理主義勢力
 マハトマ・ガンディー暗殺者ゴッゼの心境
 今は昔ティース・ジャンワーリー・マルグ
第5章 赤いタリバン|インド共産党毛沢東派(ナクサライト)
 中ソ対立を巡るインド共産党の分裂
 インドの延安・コルカタ(カルカッタ)
 西ベンガル・ナクサルバリの農民蜂起
 アンドラ・ブラデシュ州での部族民蜂起
 インド共産党毛沢東派の誕生
 拡大する赤の回廊
 解決されないインドの貧困
 『グリーン・ハント作戦』の惨敗
第6章 タミール・イーラム解放のトラ-インド系外国人(PIO)の難題
 在外インド人の三パターン
 スリランカのインド系タミール人|武力蜂起の背景
 LTTE に同情的な南インドの地域主義
 ハルキラート・シン将軍の嘆き
 スリランカ平和維持軍の失態
 国際社会の介入を嫌うインド
 地域主義のトゲ|LTTE問題
第7章 西部戦線異状ありインドVSパキスタン
 マハトマ・ガンディーを裏切る印パ分離・独立案
 分離・独立に賛同した国民会議派
 バングラデシュの独立-第三次印パ戦争の結末
 2004年の和解
 印パ憎悪の連鎖
 コラム・対立を煽る印パ間の格差増大
第8章 AK-47の銃眼カシミール
 核実験で浮上したカシミールの国際紛争化
 印パの分離、独立とカシミール藩王国の去就
 第一次印パ戦争の勃発と国連の調停
 第二次印パ戦争の勃発とソ連の調停
 第三次印パ戦争の勃発とインドの優位確立
 カシミールを手放せないインドの事情
 カシミール問題をめぐる印パ両国の本音
 カシミール問題解決のための提言
第9章 チャンドラ・ボースは生きている
 チャンドラ・ボースと大東亜共栄圏
 チャンドラ・ボース事故死の真相
 兄スレッシュ・ボース委員との再会
 インド政府の不可解な態度
第10章 ダブルスタンダードの印米原子力協力協定
 印米原子力協力のための三条件
 協定成立までの印米両国の動き
 印米原子力協力に「日本は反対しない」
 国益至上主義のインド
 コラム 元の取れる外交をすることの必要性
第11章 南アジアの覇権主義者インド
 インドの覇権主義-その歴史的要因
 覇権主義-インドの対内的、対外的姿勢に及ぼす影響
 南アジアの政治的変革とインドの覇権擁立
 インドの国防政策にみる覇権主義
 米国の対パ軍事援助とインドの反発
 先進国入りを願うインドの焦り
第12章 経済至上主義の日印関係
 日本の対印イメージ、インドの対日イメージ
 インド産鉄鉱石と日本の経済復興
 西を向きがちなインド
 第二次大戦とインドの独立
 シーソー・ゲームに似た日印関係
 経済優先の日印関係
 インド産鉄鉱石に見る経済関係の変遷
 インドの財政危機と日本の協力
 幅広い共通の基盤-日印関係に今こそ求められるもの
あとがき-『終着駅のない列車』に身を任せ走る思い



<ブログ内関連記事>

書評 『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)
・・インド社会の底流にあるどす黒い現実に目を向ける

書評 『男一代菩薩道-インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺-』(小林三旅、アスペクト、2008)
・・日本人の若手テレビ・ディレクターが密着取材した佐々井師の肉声

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド

書評 『インドの科学者-頭脳大国への道-(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記

「バンコク騒乱」について-アジアビジネスにおける「クライシス・マネジメント」(危機管理)の重要性

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)

            


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2011年1月24日月曜日

書評 『必生(ひっせい) 闘う仏教』(佐々井秀嶺、集英社新書、2010)




「煩悩は生きる力」と断言する、インド仏教復興の日本人指導者の生き様を見よ!

 インド仏教の指導者・佐々井秀嶺師が自ら赤裸々までに語り尽くした、己の生き様とインドの現実、そして生涯を賭している「闘う仏教」についての、熱いエネルギーの充満した一冊である。

 激しい情の人、行動の人。直情径行の人と言っても言い過ぎではない佐々井師は、若い頃は深い悩みにのたうちまわり、自殺未遂を繰り返しながらも、出家して求道の道を遍歴し、タイを経てついにはインド中部のナグプールにたどりつく。

 そこは、インド仏教復興の指導者アンベードカル博士にかかわる故地であった。

 本人は、瞑想や夢のなかでのお告げに導かれた結果だといっているが、これはまさに自らの内心の声に従い、きわめて強い内発的動機付けによったものであろう。
 
 自らの大いなる欲望は、すなわちインド仏教復興の使命として受取り、日々エネルギッシュに邁進する人生。これはまさに菩薩行(ぼさつぎょう)そのものというべきであろう。

 非暴力主義を貫き、インドに根強く残る不義不正と「闘う仏教」。これこそ、佐々井師の生き様そのものである。「慈悲に基づく大きな怒り」、これまた奇しくもダライラマ14世も同じことを言っている。社会正義を忘れた日本の仏教への大きなアンチテーゼといわねばなるまい。

 佐々井師の「闘う仏教」をとおして見えてくるのは、ここ数年マスコミでよく話題になる中流階級を中心とした、経済発展著しいインドという明るい側面ではなく、カーストの最下層で苦しむ一般民衆の現実である。
 仏教復興運動を快く思わないヒンドゥー至上主義者による、度重なる佐々井師の暗殺未遂など、インド社会の暗く、どす黒い現実が見えてくる。読者もまた、こうしたインドの現実から眼をそらすべきではないだろう。

 現在74歳の佐々井師はすでにインド国籍を取得しているが、昨年2009年には、日本を出てから44年ぶりにはじめて一時帰国した。その際の、率直な感想が第4章に語られているので、これもまたたいへん興味深い内容だ。

 「煩悩は生きる力」と断言する真の宗教者のコトバを、ココロとカラダで感得したい。「苦悩を離れて人生無し、悩み無き人生は、無」であると。ホンモノの宗教家とはどういう存在か、あくまでも文字をつうじた接触でしかないが、その気迫、その覚悟を、切れば血がほとばしるようなコトバをつうじて感じることができるのは幸せなことである。
 ぜひ一読を薦めたい。


<初出情報>

■bk1書評「「煩悩は生きる力」と断言する、インド仏教復興の日本人指導者の生き様を見よ!」投稿掲載(2010年10月16日)
■amazon書評「「煩悩は生きる力」と断言する、インド仏教復興の日本人指導者の生き様を見よ!」投稿掲載(2010年10月16日)





目 次

第1章 仏教との出会い
第2章 大楽金剛
 ナグプール
 アンベードカル
 不可触民の現実
 断食断水15日
 夜行列車の窓に
 大欲得清浄
 脱皮
 煩悩は生きる力
第3章 闘う仏教
 闘う仏教とは
 インド国籍を取る
 大菩提寺管理権奪還闘争
 アヨーディヤ事件
 マイノリティ・コミッション
 命を狙われる
 元が整えば末も整う
 南天鉄塔
 支援のあり方
第4章 必生(ひっせい)
 四十四年ぶりの帰国
 高尾の緑
 宗派根性
 僧侶を避ける小学生
 自殺大国日本
 十界を巡れ
 悩み無き人生は、無
 必生
 仏陀を背負いて社会の中へ
 立ち上がる仏教

おわりに(佐々井秀嶺)
佐々井秀嶺師略年譜
用語解説(志賀浄邦)
参考文献 


著者プロフィール

佐々井秀嶺(ささき・しゅうれい)

1935年、岡山県生まれ。インド仏教指導者。1988年インド国籍取得。ラジウ・ガンディー(当時の首相)からインド名、アーリア・ナーガールジュナを授与される。1960年、高尾山薬王院(真言宗智山派)にて得度。タイ留学を経て 1967年渡印。1968年、カースト差別に苦しむ人々を救う人権運動でもある、インド仏教復興運動に身を投じる。2003年にはインド政府少数者委員会仏教徒代表にも任命された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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書評 『男一代菩薩道-インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺-』(小林三旅、アスペクト、2008)
・・日本人の若手テレビ・ディレクターが密着取材した佐々井師の肉声

書評 『目覚めよ仏教!-ダライ・ラマとの対話-』 (上田紀行、NHKブックス、2007. 文庫版 2010)

「ダライラマ法王来日」(His Holiness the Dalai Lama's Public Teaching & Talk :パシフィコ横浜)にいってきた

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド

書評 『チェンジメーカー-社会起業家が世の中を変える-』(渡邊奈々、日本経済新聞社、2005)

『モチベーション3.0』(ダニエル・ピンク、大前研一訳、講談社、2010) は、「やる気=ドライブ」に着目した、「内発的動機付け」に基づく、21世紀の先進国型モチベーションのあり方を探求する本

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)
               





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2011年1月23日日曜日

書評 『仏教要語の基礎知識 新版』(水野弘元、春秋社、2006)




仏教を根本から捉えてみたい人には必携の「読む事典」

 「仏教"用"語」じゃないですよ、「仏教"要"語」です。

  ダジャレみたいなタイトルですが、中身はすごくまじめな、しかもすごく実用的な本です。

 著者は、原始仏教で使用されたパーリ語の世界的な権威で、本書では原始仏教から大乗仏教にいたるまでの仏教の全体を、「仏教要語」の解説という形をとって系統的に、わかりやすく解説してくれています。


 目次を紹介しておきましょう。

第1章 仏教
第2章 三宝
第3章 三科(五蘊・十二処・十八界)
第4章 三法印、四法印
第5章 縁起説
第6章 四諦説
第7章 修道論
第8章 煩悩論

 仏教って、実は精密に構築されたシステムなんだな、ということが読むとよくわかります。仏教は意外と現代的で、ロジカルだということも。

 本書は、現代人が仏教を"知的に"理解するために解説してくれるスグレ本といえるでしょう。

 全部最初から読んでもいいし、索引が完備されているので事典がわりに興味のあるとこだけ拾い読みするのもいいかもしれません。

 仏教を根本から捉えてみたい人には必携の「読む事典」といっていいでしょう。
 ぜひ一冊、手元に置いておきたい本です。


<初出情報>

■bk1書評「仏教を根本から捉えてみたい人には必携の「読む事典」」投稿掲載(2009年8月12日)

*私がもっているのは旧版の方である。新版との異同については詳らかにしない。





著者プロフィール

水野弘元(みずの・こうげん)

1901年佐賀県に生まれる。駒沢大学教授、東京大学教授、駒沢大学総長などを歴任。駒沢大学名誉教授。文学博士(東京大学)、インド・ナーランダ大学名誉文学博士。2006年逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものを増補)。



<書評への付記>

 この本の初版をはじめて手にしたのは、いまからもう15年以上前のことだと思う。

 最初は、『現代用語の基礎知識』をもじって、『仏教用語の基礎知識』というタイトルにしたのかと思い込んでいた。学者にしてはなかなかシャレのわかる人だ、と。

 しかし、あらためてよくタイトルを見ると、『仏教要語の基礎知識』とある。「用語」ではない、「要語」であった。

 いやあ、まったく当方の無知蒙昧ぶりが暴露されるような話であった。

 得度したわけでも、大学の仏教学科を卒業したわけでもないので、無知蒙昧ぶりも仕方あるまい、と・・・。








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2011年1月22日土曜日

書評 『経営管理』(野中郁次郎、日経文庫、1985)




いまやマネジメント入門の古典的位置づけ。「知識経営学」で日本発の理論を世界に向けて切り拓いた経営学者・野中郁次郎の知られざるロングセラーの名著

 経営学を知らない人から、まず最初に1冊だけ読むなら何がいいか、といわれれば、私はいつもこの本を推薦しています。

 なぜなら、すべての人にとって経営は「経営学」である必要はなく、重要なのは経営というものを知的に理解して、日々実践していくことに意味があるからです。

 著者のその後の活躍(現在では、”ナレッジ・マネジメント”の大家として世界的に著名)を考えると地味な本ではありますが、本当に重要なことをコンパクトにまとめた本で、何度も繰り返して読むに耐えます。

 「計画し」「リードし」「統合する」ことが経営管理の要(かなめ)であると。

 著者が単なる学者でなく、サラリーマン生活9年のキャリアが随所ににじみ出ていると筆者には感じられることも、本書を推薦する理由です。


<初出情報>

■bk1書評「サラリーマン生活9年のキャリアが随所ににじみ出ている経営入門書−フレッシュマン諸君はまずこの本を読みなさい」投稿掲載(2001年3月28日)





目 次

まえがき
序章 経営管理へのアプローチ
 1. 経営管理と組織論のマリッジ
 2. 状況適応の経営管理
 3. 経営管理の理論志向
第1章 組織構造の理解
 1. クール・アプローチ-構造アプローチ
 2. 組織構造の合理性
 3. 官僚制の順機能と逆機能
 4. 官僚制と状況要因
 5. 組織設計の実際-事業部制、PM、マトリックス
第2章 個人と集団の理解
 1. ウォーム・アプローチ一動機づけアプローチ
 2. ホーソン工場実験
 3. 個人の動機づけ理論
 4. 集団主義の人間関係論
第3章 計画する
 1. 戦略策定プロセス
 2. 戦略的インテリジェンス・システム
 3. エクスペリエンス・カーブ理論
 4. 至上戦略としてのマーケット・シェアの拡大
 5. 低マーケット・シェア企業の戦略
 6. プロダクト・ポートフェリオ・マネジメント
 7. GEアプローチ
 8. 戦略策定と環境要因
第4章 リードする
 1. リーダーシップ一「タスク」と「人間」
 2. リーダーシップと状況要因
 3. 制度的リーダーシップ
第5章 統合する
 1. 組織の「分化」と「統合」
 2. コンフリクト・マネジメント
第6章 経営管理の複合バランス
 1. 状況適応理論のアプローチ
 2. マネジリアル・アプローチ
 3. 複合バランスと日本的経営
終章 経営管理を学ぶ人々へ
 1. 経営管理の体系的な理解
 2. 経営管理に大切な視点
参考文献
索引


著者プロフィール

野中郁次郎(のなか・いくじろう)

一橋大学名誉教授、クレアモント大学ドラッカースクール名誉スカラー、カリフォルニア大学ゼロックス知識学特別名誉教授。1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務の後、カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて Ph.D 取得。南山大学、防衛大学校、北陸先端科学大学院大学、一橋大学大学院国際企業戦略研究科を経て現職。2008年の「世界で最も影響力のあるビジネス思想家20」(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)に選ばれる(最新著書の略歴から転載)。



<書評への付記>

 私はこの本を出版された年の1985年に読んだ。いまから25年以上前、四半世紀も前のことだ。

 大学時代、社会学部にいて西洋中世史などやっていた人間が、いきなり金融系のコンサルティングファームに入社することになって、同じ大学の商学部経営学科にいた親友に、何かいい入門書はないか?と尋ねて推薦してもらったものだ。

 そのときに推薦してもらった二冊のうちの一冊だが、たしかにまったくマネジメントのなんたるかを知らない人間が読んでもよくわかる内容だった。・・・・

 「経営管理」とは、M.B.A. の B.A. に該当するものだ。B.A. とは、Business Administration の略である。野中郁次郎氏自身は、カリフォルニア大学バークレー校(U.C.Berkley)でM.B.A.を取得している。その後、博士号も取得している。

 この書評はいまから10年前(!)に、創業間もないネット書店bk1に投稿したものだ。bk1も昨年創業10年を迎えて目出度い限りである。どんな会社であれ、10年間生き続けたということは賞賛に値する。まsない「継続はチカラなり」だ。

 ネット書店は10年前には雨後の筍のように立ち上げられたが、いまでも生き残っているものはどれだけあるのだろうか。
 現在は amazon 一人勝ちのように言われかねない状況だが、必ずしもそうではない。書評機能を充実させている点においては、bk1 は amazon に勝るとも劣らないものがある。

 先に記した親友 S君はいまやもうこの世にいない。M.B.A.留学ということを、そんなことを考えたことすらない私に吹き込んでくれたのも S君だった。思い出となってしまった。

 著者の野中郁次郎氏も、いまや一橋大学名誉教授。思えば、1980年代後半から90年代にかけてが、日本発の経営理論の黄金時代であった。サル学とならんで日本発の学問であったナレッジマネジメント。いまではすかりシステム屋さんの商売道具と化してしまっているが・・・。

 野中教授の話も哲学的な話が多すぎて、現在では浮世離れしてしまっているようにも聞こえなくもない。

 なんだか感慨にふけってしまうものがある。

 これから随時、読むべき経営書を紹介していたいと思う。本というものは、新しければいいというものではない。ドラッカーも含めて「温故知新」と受け止めるべきか。


<ブログ内関連記事>

書評 『経営の教科書-社長が押さえておくべき30の基礎科目-』(新 将命、ダイヤモンド社、2009)
・・経営学者が書いた「経営学の教科書」ではない、経営者が書いた「経営の教科書」。ものの考えを整理し、深く考えるために、経営学者が書いた経営書が不要とまでは、私は言うつもりはない。
 






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2011年1月21日金曜日

どんな話であれ「自分」を全面的に出したほうが、人はその話に耳を傾けるものだ



 先日のことだが、東京都内で行われた「シンプルプレゼンのテクニックセミナー」の公開収録に参加した。これから出版予定の本の付録となるの DVD の収録を兼ねたものである。

 セミナーは、ガー・レイノルズ氏による、アップル社のスティーブ・ジョブズ流のプレゼンテーションのテクニックと禅のシンプルさを癒合したということがウリである。レイノルズ氏は日本で日本企業に勤務した経験ももち、日本語も堪能であるが、この日はほぼすべて英語で行われた。

 プレゼンというよりも、ほとんどワンマンショーといってもいいような、構成がしっかりとした、よく練れたセミナーで、よく準備もされていた2時間のセミナーであった。セミナーもエンターテインメントの一種だなと感じさせるものであった。

 早口でよどみのない英語で終始していたが、プレゼン資料とのフィットも問題ない。途中何回か隣に座っているひととワークショップらしきものもセッションとして行う。2時間の長丁場とはいえ、最初から最後まで眠っているヒマはない。

 セミナーのなかでレイノズルズ氏が触れていたが、プレゼンにおいて次の 6つの法則が重要だという。

1. 単純明快である (Simple)
2. 意外性がある (Unexpected)
3. 具体的である (Concrete)
4. 信頼性がある (Credible)
5. 感情に訴える (Emotional)
6. 物語性 (Story)

 頭文字をつなげて 「SUCCESs(サクセス)の法則」というのだが、まあ、うまくできているといえばそのとおりだ。まったく異議はない。

 『アイデアのちから』(チップ・ハース/ ダン・ハース、飯岡美紀訳、日経BP社、2008)に紹介されているものだ。

 私はこの「法則」の存在そのものは知らなかったが、この「法則」を踏まえてプレゼンを行ってきた。今後はより意識してプレゼンを行いたいと思う。

 アップル社の創業者スティーブ・ジョブズ流のプレゼンは、まさにこの法則にあてはまるものだ。真の意味でカリスマ的なジョブズのプレゼンは、ほとんど神業(かみわざ)に近い。


スゴすぎるプレゼンも問題があるのではないか?

 だがちょっと待てよ、ふと冷静になって考えてみる。

 誰もがこんなすばらしいプレゼンができるわけないし、その場では興奮の渦に巻き込まれてしまうが、時間がたつとそのときの興奮は冷めてくるものだ。そのとき、立ち止まって考えてみることが必要だろう。

 何ごとも「過ぎたるは及ばざるがごとし」という孔子のコトバが想起されてくる。
 「過ぎたるプレゼンは及ばざるがごとし」???

 テレビショッピングではなぜ「ジャパネットたかた」が売れるのかも同時に考えてみたい。

 高田(たかた)氏のしゃべりは、正直いって流暢とはほど遠い、むしろ訥弁に近い長崎弁まじりのしゃべりは、一見したところなぜこの人のしゃべりで人はものを買うのか、と思ってしまう。

 だが、見るからに誠実そうな印象を与えていることもまた確かである。

 テレビショピングがたかた氏とは反対に、情熱的に、饒舌にしゃべりすぎるものが多くて、ウサン臭いと本能的に感じてしまう視聴者が少なくないことを示しているのではないか?

 雄弁必ずしも金(キン)ならず、である。

 たかた氏の事例が示しているものは、セオリーに従うよりも、「自分」の個性をそのまま出したほうが訴求力があるということではなかろうか。

 よく言うじゃないですか、ほんとうにクルマを売っているセールスマンは、自分は饒舌(じょうぜつ)にしゃべることなく、ひたすらお客さんの言うことに耳を傾け、頷いている時間のほうが長い、と。

 全ての人がスティーブ・ジョブズになれるわけではない。また、なる必要もない。あなたは、あなたのままでいいのだ。ただし、最低限のルールを守る必要があるのことは言うまでもない。


どんな話であれ「自分」を全面的に出したほうが、人はその話に耳を傾けるものだ

 「自分」を全面的に出す。
 「自分」の体験をからめて話をする。

 これはけっして自慢話ではない。
 あくまでも「自分」というフィルターをつうじた話のほうが、相手につたわりやすいからだ。わたしといいう「自分」のフィルターを通過した話が、あなたという「自分」のフィルターを通過する。

 そこに「共感」があれば、話は伝わるし、「共感」がなければ、その話はスルー(=素通り)してしまうだけだ。

 「自分」を出す際には、自分のプロフィールもできるだけ公開したほうがいい。人前で話すときには当然おことながら「匿名」ということはないだろうが、ツイッターやブログでも「実名」を出して、簡単なプロフィールを明らかにしたほうが、文章を読む側の信用度は高い。

 また、「自分」が何者であるかを示すことによって、自分の話の「限界」も示すことができる。どんな話であれ、「自分」の話は主観的なものであり、同じ現象を見て叙述しても、ものの見方や表現力の違いによって、話す内容や書いた内容には当然のことながらバイアスが存在するからだ。

 すべてのケースにあてはまるかどうかは、話し手ではなく聞き手の側が、自分に照らし会わせて判断すべきことだからだ。聞き手の側に受け入れる素地があれば共感するし、そうでなかったら居眠りしてしまうかもしれない・・(ほんとうに眠いときもある)。

 ここに書いたことは、ブランド力のある有名人の発言にもあてはまる。すべては受け取り側の、話し手に対する「共感の度合い」で決まってくる。全面的に信用する人、発言ごとに共感する人、やや懐疑的に受け取る人、全面否定する人、無関心な人。受取側で反応はさまざまだ。

 またいわゆる「ポジショントーク」についても言えることだ。ポジショントークとは、ある特定の銘柄を推奨する投資評論家によく観察されるもので、自分の有利な方向に導こうとする姿勢があまりにもチラつく話のことである。

 だが、この場合も、誰の発言であるかは「実名」でわかるので、投資の判断はあくまでも、受け手がその発言をどう使うことにかかっている。よほど酷い内容でない限り、受け手の自己責任の要素は大きい。

 「自分」を出し過ぎると、聞く側が引いてしまったり、ウンザリしてしまうことは多々ある。ついついしゃべりすぎてしまいがちな人にありがちなミステークだ。 だが、どんな発言であれバイアスから逃れることはできないとはいえ、これまた「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。

 要は、なにごともバランスであろう。


「実名」 か 「匿名」か、それが問題だ!

 「実名」 か 「匿名」か、それが問題だ。これはネット世界ではきわめて重要な問題である。米国とくらべて匿名での書き込みの多い日本の状況について、よく言及されることである。
  
 しかし、答えはすでに出ている。

 「匿名」よりも「実名」のほうがいいのは、ここまで説明してきたことで明らかだろう。どんな話であれ「自分」を全面的に出したほうが、人はその話に耳を傾けるからだ。

 ペンネームで活動している人は、ペンネーム自体がアイデンティティになっているので、ベストではないがセカンドベストとは言えるだろう。ここでいうペンネネームとは、ネット上のハンドルネームのことではない。

 もちろん「匿名」のメリットは大きいことは否定しない。この頃、日本全国で流行るタイガーマスクの贈り物ではないが、どうしても覆面(マスク)でなければでいない行為もある。
 売名行為と受け取られないためには「匿名」は必要だ。また、最近世の中をゆるがせているウィキリークスなども、情報提供者の安全が守られなければならないので、「匿名」は不可欠であろう。

 ただ、この国では、ネット世界での「匿名」による、やや責任を欠いた放言が多いような気がしなくもない。

 この点、最近日本でも参加者が増え始めた世界最大の SNS「フェイスブック」においては、「実名」が原則であり、プロフィールと顔写真の公開も強く推奨されている。

 日本語に直訳すれば「顔本」となるフェイスブックは、あくまでも「実名」によるコミュニケーションを推奨するものだ。「実名」で「自分」を出しているからこそ、社交(ソーシャル)においては、信頼度が増すわけだ。

 フェイスブックの発展は、「実名」公表をためらうマインドブロックをいかに破るかにある。期待しているのは就活の大学生、それに独立予備軍だ。日本が個人中心の社会になるためには「実名」化が大きなカギになる。

 日本も早く「実名」社会になることを望みたいものだ。自立して、自律した個人を基礎とする社会の実現には、「実名」化が不可欠だと思うからだ。ただし、プライバシー情報のセキュリティには十分工夫することが必要である。

 フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグは I'm trying to make the world a more open place. と言っている。日本が「より開かれた世界」になるためには「実名」化が不可欠だ。

 どんな話であれ「自分」を全面的に出したほうが、人はその話に耳を傾けるものだ。話が面白いかつまらないかは相手が決めるものだし、その相手との関係性で決まってくることでもある。自分が面白いと思ってもウケないこともあるし、その逆もまたある。

 だからこそ、できるだけ「実名」も「顔写真」も「プロフィール」も公開して、「自分」を全面に出したほうが、人と人との「つながり」も信頼性をもとにした実り多きものとなるだろう。さらに多くの人が発言に耳を傾けるようになるだろう。

 すべての人が、スティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグのような超有名人ではないし、目指す必要もない。等身大の、身の丈にあった「自分」に「自信」をもって生きていけばよいのである。
 
 「自分」は「自信」と裏腹の関係にある。「自信」とは「自分」が「自分」を「信じる」ということだ。「自分」が「自分」を「信頼する」ということだ。英語でいうとセルフ・コンフィデンス。

 少しの「勇気」をもって「自分」を出すことで、同時に「自信」も深めていってほしいと思う。

 最初の一歩を踏み出すかどうかは、あなたという「自分」の「意識」次第である。



<関連サイト>

【セミナー維新 志縁塾】(1)研修はエンターテインメントだ・・志縁塾の大谷由里子氏の特集。吉本興業の大卒女子入社一期生。「研修には笑いが重要、講師は個性を消すなが持論」というのには「共感」する。


<ブログ内関連記事>

■「地頭の良さ」は「自分」を知って深掘りすることから始まる(シリーズ)

「地頭」(ぢあたま)について考える (1) 「地頭が良い」とはどういうことか?

「地頭」(ぢあたま)について考える (2) 「地頭の良さ」は勉強では鍛えられない

書評 『ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』(ヒクソン・グレイシー、ダイヤモンド社、2010)-「地頭」(ぢあたま)の良さは「自分」を強く意識することから生まれてくる

「修身斉家治国平天下」(礼記) と 「知彼知己者百戦不殆」(孫子)-「自分」を軸に据えて思考し行動するということ

「地頭」(ぢあたま)を鍛えるには、まず「自分」を発見すること。そのためには「履歴書」の更新が役に立つ

思考と行動の主体はあくまでも「自分」である。そして「自分」はつねに変化の相のもとにある

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは

『サリンとおはぎ-扉は開くまで叩き続けろ-』(さかはら あつし、講談社、2010)-「自分史」で自分を発見するということ

I am part of all that I have met (Lord Tennyson) と 「われ以外みな師なり」(吉川英治)

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)




    
  


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2011年1月20日木曜日

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである


模倣なくして独創なし。「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである

 「それは型にはまった考えだ」。
 「型を打ち破れ!」

 若者に対してこのように叱咤したり、檄(げき)をとばす人はむかしから多い。とくに「日本に元気を取り戻したい」という熱い思いで語る人には多いような気がする。

 私自身も「型」にはまった考えや行動は好きではない。

 だが、「型」を身につけなければ、「型」を打ち破ったり、「型」を超えることがはできない。これは大学時代に合気道に出会って、合気道に打ち込んだ日々を送りながら、文字通りカラダをつうじて学んだことだ。合気道の稽古をつうじて、幼いながらに自分のアタマで考えていたことだ。

 子ども時代はさておき、大人になってから「型」を身につけるのは、意外とむずかしい。素直に言われたことをやるという年齢ではないからだ。なぜ「型」を身につける必要があるのか、その理由の説明が欲しいのである。だが、合理的な説明がなされることはない。

 合気道も含めて日本の武道、いや日本の芸事(げいごと)全般に共通するのは、まず最初に「型」の徹底的な習得ありき、ということである。山伏修行や座禅修行なども同様である。まず形から入る。「型」を身につけることからすべてが始まる。

 とにかく初心者は徹底的に師匠や師範の真似をする、内弟子の場合は一挙手一投足まで真似をする、模倣する。なぜそうしなければならないかの説明はない。ただひたすら「型」を覚えよと繰り返すのみだ。

 「型」は「スタイル」といいかえることも可能だろう。

 「スタイル」も誰かお手本を徹底的に真似ることから始めなければ、自分の「スタイル」を創って確立するにはいたらない。

 「自分のスタイルはまったく自分でゼロから創ったもので、人の真似ではない」と言う人もいる。しかし、それは誰かのスタイルの剽窃(ひょうせつ)ではない、という意味ならそのまま受け取ることはできるだろう。

 だが、まったくのゼロから創り上げたということはありえない。言っている本人が忘れてしまっているだけで、いちばん最初は無意識のうちにだれかのスタイルを真似ているハズである。かならず誰かの真似から入っているはずだが、それはけっして不名誉なことでもなんでもない。真似をした対象を、師匠と言いうるかだけの違いだろう。

 「型」であれ「スタイル」であれ、最初のプロトタイプはかならず誰かの真似をして形成している。真似という表現に難があれば模倣でもいい。最初は憧れの対象を模倣して、自分のなかにプロトタイプをつくりあげる段階だ。
 
 徹底的に真似ることによって自分のなかにできあがったプロトタイプをどう自分流に発展させていくか、あるいは崩していくか、ここからがのスタイル創造プロセスの代にフェーズとなる。

 試行錯誤のプロセスを経て、ようやく自分のスタイルができあがり固定していく。

 だから、「型」を身につけるのは、実は創造的なプロセスの第一フェーズなのである。模倣なくして発展なし。

 西欧社会でも、カトリック教徒のあいだで読まれてきた本に、トマス・ア・ケンピスという15世紀ドイツの修道士が書いた『キリストのまねび』というものがある。原題は Imitatio Chrisiti、明治時代の翻訳では内村鑑三は『イミタチオ・クリスティ』とそのままカナに移している。
 現在は『キリストにならいて』(トマス・ア ケンピス、大沢 章/呉 茂一訳、岩波文庫、1960) というタイトルで日本では流通している。

 「まねび」とは「真似ぶ」という動詞の名詞形だ。よくいわれるように「学び」とは「真似び」でもある。キリスト教徒の理想とは、徹底的にイエス・キリストを真似て、そのものに成りきって生きることを究極の理想としているわけだ。
 
 西欧社会の底流に、こうした「没個性」とも見えるものがあることは知っておいて損はない。

 西欧社会では、近代に入って「個人」が確立したが、その近代社会に成立したイエズス会では、創始者のイグナチウス・デ・ロヨラが確立した『霊操』という観想修行のメソッドをマニュアル化したものがある。『霊操』とは英語でいえば spiritual exercise のこと、カラダのエクササイズの「体操」に対する「霊操」である。


 『霊操』は、キリストのイメージを観想するという、いわばイメージトレーニングの一種であるが、身体性をともなった「型」といってもいいだろう。

 イメージを想起する訓練は、徹底的にイメージを消していく禅仏教の対極にあるものだが、「型」を重視する点においては共通性をもつ。イメージを想起する点においては真言密教の阿字観に似ているのかもしれない。
 『霊操』(イグナチオ・デ・ロヨラ、門脇佳吉訳、岩波文庫、1995)として出版されているので入手は容易である。

 観想する、瞑想する環境を設定することから始まる。まず形からである。外形から入るのである。

 旧約聖書の『伝道の書』には「陽の下に新しきものなし」という箴言がある。

 「新しきもの」はすべて過去の模倣か、過去の要素の新たな組み替えである。しかし、そこにこそ独創性が発揮される余地がある。

 まずは「型」を徹底的に身につけること、しかもアタマではなく、カラダにしっかりと覚え込ませること、この意味と重要性、そしてそれが必ずしも容易ではないことについては、私自身の合気道習得の経験を題材に書いてみよう。


合気道における「型」の習得

 高校時代に体育の必修授業で柔道と剣道はすでにやっていたが、合気道は大学に入ってからはじめて取り組んだ。

 武道に限らず日本の芸事(げいごと)においては、「型から入って型を超える」というのが、伝統となっている。独創性を発揮する前に、まず「型」から入るのである。いや、「型」から入らなければならないのだ。
  
 合気道において「型」とは、「技」(ワザ)といいかえてもいい。基本技とその応用をあわせれば数千種類にも及ぶとされている。

 達人の域に達しなければそこまで習得はできないが、基本技さえ完全に身につけば、応用技はその延長線上と組み合わせにあるので、基本技の習得ほど時間はかからない。だが、そこまで打ち込んで稽古する時間がとれないだけである。

 だが、基本技はきわめて難しい。なぜなら、武道の作法は、一般的な現代人の生活とはかけ離れたものとなってしまっているからだ。

 私も含めて現代人はイスの生活をし、タタミよりもフローリングの床を好む。正座はおろか胡座(あぐら)さえ日常生活ではほとんどない。ましてや膝行(しっこう)など現代人の生活に登場することは皆無である。膝行とは江戸時代の殿中の歩き方。左右のひざを使って前後左右に動く基本動作だ。

 だからこういった「基本動作」から、あらためて身につけなければならない。

 なによりも重要なのは「受け身」である。武道は基本的に一対一を基本としているので、スキューバ・ダイビングのバディシステムではないが、取りと受けの二人組みがすべての基本となる。
 
 合気道では「受け身三年」といわれている。それぐらい稽古を積めば、どんな投げ方をされても受け身がとれるようになるということだ。
 受け身がとれなければ命にかかわる。アタマを打って死ぬ自己は毎年発生している。
 それだけでない、相手が受け身が取れるのであれば、技をかける側からも安心して技をかけることができる。

 そしてこの受け身が、日本人男子が高校時代に必修の柔道とは根本的に違っているのだ。受け身だけではない、足の運び方、投げ技も含めてすべて基本動作が柔道とは異なる。
 合気道の足捌(さば)きは基本的に剣道のものである。これは合気道の発生について知れば自ずからわかることだ。


一度カラダに身についた動きを捨て去るのは難しい-大人の男性にくらべて大人の女性のほうが合気道習得がスムーズにいく理由(わけ)

 初心者にとって何よりも難しいのが、柔道の基本動作を捨て去り、合気道の基本動作を身につけることである。

 高校時代に柔道が必修ではない女子のほうが、合気道習得が早いのはそのためだ。男子の場合は、どうしても柔道技が抜けきれずに苦労することになる。私は柔道では黒帯はとらなかったが、「柔よく剛を制す」というのが楽しいので、剣道とくらべて柔道は好きだった。

 従来から身についている基本動作を捨て去り、新たな基本動作を身につける。

 これは「ラーニング」(learning:学び)に対して、「アンラーニング」(unlearning:学んだことから脱する)といわれる。「学習棄却」などとい難しい訳語もあるが、「学び捨て」といっていいかもしれない。一度ついた悪いクセ(・・あくまでも合気道の立場からみて)を捨てて正しいクセを身につけるのは思ったよりも難しい。

 日本人でも柔道の動きと合気道の動きはまったく違うので、18歳で合気道を始めたときいちばん困ったのは、柔道のクセがなかなか抜けずに、合気道らしいなめらかな動きが身につきにくかったことだ。

 これは日本舞踊やダンス、このほかスポーツ全般についてあてはまることだろう。たとえば、ゴルフやテニスでも悪いクセがいったんついてしまうと、なかなか正しい打ち方に変更するのが難しくなってしまう。

 まっさらな状態であれば、素直にすいすいと染みこんでくる。

 カラダで覚えたことは、カラダに覚え込ましたことは、なかなか忘れないのだが、逆に忘れようと思ってもカラダが思うように言うことが聞かないのだ。

 
カラダで覚えることを脳科学の観点から見る

 カラダで覚えるということを、ちょっと別の角度から見てみよう、脳科学の観点である。
 
 カラダで覚える情報のことを「手続き的記憶」という。立ったり座ったり、歩いたり走ったりすることは、アタマで考えて記憶したのではない。コトバを介在することなく、カラダで身につけた「記憶」である。

 身体がかかわるが、コトバを介在させない記憶。キーボードをたたくなど、さまざまな技能(スキル)もこの「手続き的記憶」の一つである。アタアではなカラダに覚え込ませなければ、パソコンの操作さえ大変なものになってしまう。

 カラダの動きをイメージとして捉えて、動きを模倣し、カラダに覚えさせた記憶を再現し、その反復をつじて定着させる。

 これはイヌやネコを観察していれば理解できることだ。コトバをもたないが、一定以上の知性をもつイヌやネコは、子ども時代に母親の行動をひたすら真似ることによって学習している。

 反復訓練する。インターバルをおいて反復することが記憶の定着につながる。筋肉や臓器のもつ「廃用性萎縮の原則」もかかわる領域。使えば機能は発達するし、使わなければ機能は退化する。

 痛い想いをする。これは「エピソード記憶」としてさらに記憶を強化することにるながる。

 箸をキチンと持てない子ども、卵の殻を割れない子ども、魚の骨をとれない子ども・・・。これらはすでに 30年くらい前から目立ってきた現象だ。

 まだ「可塑性」(かそせい:変形しやすい性質のこと)の高かった子ども時代にキチンとしつけをうけなかったためである。叱られて直されるというしつけを子ども時代に受けていないためである。子ども時代に痛い想いをして身につけたしつけは、大人になっても変わらない。

 カラダに覚え込ませる礼儀作法やしつけは、子ども時代にきびしくやっておかないと、大人になってから恥をかくことになる。

 日本だけでなく、たとえばタイでも礼儀作法のコードは厳密に規定されており、子どもの頃からワイ(合掌)を中心とした礼儀作法が厳しくしつけられる。これは聞いた話だが、子どもときにタイ人社会を離れて外国に移住したタイ人のなかには、タイの礼儀作法が身についておらず、大人になってから恥をかくだけでなく、タイ人社会からまともな扱いを受けなくなってしまうという。

 外国人がワイ(合掌)のまねごとをしても微笑んでもらえるが、礼儀作法を知らないタイ人にはそのような対応はない。これは日本人社会でも同じことだろう。

 楽器の演奏やスポーツも、子ども時代の早い時期にはじめたほうがいいことは常識である。ピアノでもヴァイオリンでも何歳から始めたかということで、ほぼすべてが決まってしまうのは厳然たる事実である。

 歌舞伎などの古典芸能も、子どものうちから所作を覚えないと、大人になってから身につけるのは難しい。

 しかし、大人になってから、あらたに「型」を身につけることは不可能ではない

 大人が「型」を身につけるのが難しいのは、先にも述べたように、大人になってからカラダで覚える「手続き記憶」は意識的な反復訓練が不可欠なためである。また、身についた悪いクセをいったん「アンラーニング」(学び捨てる)することが、これまたなかなか強い意思を必要とすることである。

 子どもと比べると難易度が高いが、強い意志さえあれば不可能ではない。このように言うこともできるだろう。


 以上、さまざまな角度から「型」の習得について見てきたが、要は模倣すべき対象を選び、その動きを模倣し、反復訓練によってカラダに覚え込ませることが、「型」を破り、「型」を超えるための前提となるのであある。

 独創性を発揮する前に、まず「型」から入るのである。「型」から入ってもいいじゃないか、というのではなく、そもそも「型」は身につけなくてはいけないのだ。

 「型」の重要性については、グローバル時代であるからこそ、アイデンティティ確立の意味も含めて、日本人としては意識したいものである。



P.S. この投稿で通算 600本目となった。あと400本で 1,000本になる。
 ブログを書き始めて3年目、今年中に1,000本は難しかもしれないが、地道に愚直に続けていきたい。
 鍛錬とは、「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする」(宮本武蔵)、である。


<ブログ内関連記事>

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)
・・何ごとも「継続はチカラなり」。3日、100日(≒3ヶ月)、1,000日(≒3年)。
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする」(宮本武蔵)

「学(まな)ぶとは真似(まね)ぶなり」-ノラネコ母子に学ぶ「学び」の本質について

書評 『絶対の自信をつくる 3分間トレーニング』(松尾昭仁、あさ出版、2011)

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)
・・思考もまた「型」から入るのが王道である。考える自信がつく。


書評 『正座と日本人』(丁 宗鐵、講談社、2009)

合気道・道歌-『合気神髄』より抜粋

書評 『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)

クレド(Credo)とは
・・使徒信条(しとしんじょう)を、ロザリオを手繰りながら繰り返し朗誦させることで、教義をたたき込むカトリック教会のテクニックについてふれている。

       


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2011年1月19日水曜日

書評 『絶対の自信をつくる 3分間トレーニング』(松尾昭仁、あさ出版、2011)




形から入って自信をつける-これは武道の「型」にもつうじるきわめて実践的な訓練方法だ

 この本に紹介されている「3分間トレーニング法」は、現在40歳台後半の私自身も、20歳台前半以来すべて実地に試して身につけたものばかりだ。

 だから著者の言うことには全面的に賛成だ。

 武道に限らず日本の芸事(げいごと)においては、「型から入って型を超える」というのが、伝統となっている。
 独創性を発揮する前に、まず「型」から入るのである。「型」から入ってもいいじゃないか、というのではなく、そもそも「型」は身につけなくてはいけないのだ。

 だからこの本は、自信をつけるための「型」の習得法といってもよい。

 かつての日本企業では、会社の上司や先輩が、職場内や飲みの席で、マンツーマンでいやおうなく、この本に書かれている内容を教え込んでくれたものだ。
 だが、2011年現在の職場環境では、これはなかなか期待しにくいだろう。いい意味でも悪い意味でも、濃厚な空気は現在の職場にはない。

 だから、自信がないのは、あなただけの責任ではない。世の中は変わってしまったのだ。あなたの「意識」と「行動」を変えるしかないのだ。

 自信がつけば精神的なゆとりができる。精神的なゆとりがあればチャンスも確実につかむことができるようになる。なぜなら、自信のある人にはチャンスが集まりやすいのである。

 この本を読めば金持ちになるとか、アタマがよくなるとか、そういうあやしげな話はいっさいない。そこは、この本と著者が信用できる点だ。

 まずは著者の表現をそのまま使えば、著者の言うことをTTP(=徹底的にパクる)してみることだろう。いいとこ取りすればいい。毎日一つづでいいい。継続して実行することだ。自信というものは一朝一夕に身につくものではない。日々の小さな努力があってこそのものなのだ。気がついたら「絶対的な自信」がついている。そういうものだ。

 私自身、最初に書いたように、この本に書かれた内容はほぼすべて20歳前半から実行してきた結果、知らぬ間に「自信過剰」とさえ言われる人になってしまっていた(苦笑)。社会人になる前は、引っ込み思案で人前で話すものイヤだったのだが。
 
 「型から入る自信の付け方」は、だからこそ、自信のない人には薦めたい一冊である。



<初出情報>

■bk1書評「形から入って自信をつける-これは武道の「型」にもつうじるきわめて実践的な訓練方法だ」投稿掲載(2011年1月19日)





目 次

第1章 ストレッチ編-自信のないあなたの考えを変える
  学歴も肩書きもただの“記号”
  それは自意識過剰なだけ
  負ける戦をしてはいけない
  "あこがれていること" を "やったことがある" へ
  「3」は夢を叶える魔法の数字
  コラム① 自信に根拠はなくていい
第2章 トレーニング編-3分であなたの印象をアップさせる!
  01 なぜ「靴をキレイに磨く」ことが、自信の第一歩なのか?
  02 低予算で見た目をグッとよくするには
  03 時計を「3分」進めておくだけで ・・・ほか
  コラム② スキルアップ! 仕事始めは「やることリスト」の作成から
 「あなたの仕事態度を変える」3分間トレーニング
  12 デキる人、デキない人は「背中」でわかる
  13 声を大きく、低音でゆっくり
  14 話は常に "言い切り" で  ・・・ほか
 「あなたの人生を変える」3分間トレーニング
  23 机がかたづけば人生は好転する
  24 「あとで使うかも」は一生ないと思おう
  25 話を「聞く」だけで自信がつく ・・・ほか
  コラム③ スキルアップ! 自分のテーマソングを持とう
第3章 総仕上げ編-「絶対の自信」を手に入れよう
  32 あこがれの人を「TTP」してみる
  33 有言実行で自分を追い込め!
  34 自信のある人は自己紹介がうまい ・・・ほか
 コラム④ スキルアップ! 自信をつかんで飛躍した人たち
エピローグ
続けていれば自信は確信に変わる


著者プロフィール

松尾昭仁(まつお・あきひと)

セミナープロデューサー(=自主開催セミナーの専門家)、起業コンサルタント(=個人プランディングの専門家)、ネクストサービス株式会社代表取締役 CEO。1967年、埼玉県生まれ。駒澤大学卒業後、世界最大級の総合人材サービス企業に入社。同社を退社し、父親の経営する建設会社に転職、無気力な毎日を送る。親から金銭的な援助を受け、2003年ネクストサービス株式会社を設立、代表取締役 CEO に就任。試行錯誤の末、多くの優秀なビジネスパーソンとのネットワークづくりを成功させる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

         

<書評への付記>

 著者の松尾昭仁氏は個人的に知っているが、はじめて会ったときから、ある意味「自信過剰」とも見える人あった。

 そういう人が、「かつては自信がなかった」というのは、にわかには信じがたいことだ。だが、本書に目を通してみて、「自信獲得」のプロセスがよくわかった。

 中身は非常に具体的なので、「自分に自信がない」と思っている人は、だまされれたと思って一読し、書かれている内容を実際にやってみるといいと思う。読みやすいのですぐに読める本だが、そのまま読み捨てにしてしまってはもったいない。

 自信をつけるための小技が満載の本である。
 その効果については、私が書評に書いたとおりである。

 ただ、恥ずかしながら、私は現在にいたるまで机の上がキレイではない。子どもの頃から、社会人になってからも言われ続けているのだが・・・(苦笑)



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「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)
・・何ごとも「継続はチカラなり」。3日、100日(≒3ヶ月)、1,000日(≒3年)。
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする」(宮本武蔵)

「学(まな)ぶとは真似(まね)ぶなり」-ノラネコ母子に学ぶ「学び」の本質について

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)
・・思考もまた「型」から入るのが王道である。考える自信がつく。
 







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put yourself in their shoes  「相手の立場になって考える」



 put yourself in their shoes という英語の慣用表現がある。「相手の立場になって考える」という意味だ。

 直訳すれば、「あなた自身をかれらの靴のなかに入れよ」となる。きわめて面白い比喩的表現である。

 自分の靴より大きなサイズの靴であればブカブカだろうし、逆に小さなサイズの靴であればきつくて痛くてしょうがない。

 いつもスニーカーしか履かない人が、ハイヒールに履き替える感覚も同じようなものだろうか。といっても男性の私にはよくわかりませんが、それはイマジネーションで補うべきものでしょう。

 むかし帝国陸軍ではこういう話があったということを何度も聞いたことがある。ある新兵が支給された軍靴(ぐんか)について、「この靴は自分には小さすぎるであります」と申し出たことに対して、古参の下士官が、「バカヤロー、天皇陛下からいただいた靴に、自分の足が合わないなどと抜かしおるのかっ。足を靴に合わせろ!」と怒鳴って、有無をいわせずいきなりビンタを食らわせた、と。

 まったくもって理不尽な話である。もちろん、この英語の格言はそれとはまったく意味が違う。
 しかも軍靴(ぐんか)は日本語では靴のカテゴリーだが、英語では military boots なので、シューズではなくブーツである。

 日本でも「相手の立場で考えよ」とは、耳にたこができるほどよく聞かされるアドバイスだが、この英語表現のように具体性を帯びた表現だと、耳できく聴覚にとどまらず、靴という視覚イメージや、足をつうじて感じる触覚まで刺激されるような気がする。場合によっては靴の匂いも??

 こういう身体性をともなった表現は、人間の五感に働きかける刺激度合いが複合的なので、イメージをふくらませやすい。



<ブログ内関連記事>

Eat Your Own Dog Food 「自分のドッグフードを食え」
・・ビジネス格言の英語スラング






     


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2011年1月18日火曜日

「ログブック」をつける-「事実」と「感想」を区分する努力が日本人には必要だ


 
 「ログブック」をご存じだろうか? 
 ブックという名前がついていても、パソコンのことではありませんよ(笑)。

 MBAで米国に留学していたとき、「戦略実行論」の授業で、ある日突然、教授が「ログブックをつけているか?」とクラス全員に問うたことがあった。

 たまたまそれ以前からスキューバ・ダイビングをやっていた私には、ログブックのなんたるかは即座に理解できたが、いかんせん「授業のログブック」はつけていなかった。クラス全体でもほとんどいなかったようだ。

 「せっかく高いカネ払って、しかも貴重な時間を使って授業にでていても、単位をとることだけに終始しているのではまったく意味がない。授業で学んだことはキチンとログブックにつけて反省の機会をつくっておかなければダメだ」と、ピシャリとおっしゃった。

 魔法使いのお婆さんのような風格をもった教授の一言一言が、その当時28歳であった私には刻み込まれた。卒業してから一度もお会いしていないし、おそらくもう亡くなられていると思うが、人生の師としてココロのなかに生きている。
 
 まだまだ女性がトップマネジメントの世界で活躍するのが珍しかった時代に、「Fottune 500 企業」に入る大企業でエグゼクティブを歴任した、豊富な実業体験をもつ教授であった。

 この先生については、Winning is NOT everything, but Losing is NOTHING. と題してブログに書いているので参照していただけると幸いである。


スキューバ・ダイビングの世界でのログブック

 ダイビングをやたことのある人はご存じだろうが、ダイビングでもっとも重要なことは、私の理解では、バディシステム(buddy system)とログブック(log book)にあると考えている。


 バディシステムとは、どんなときでもかならず二人一組になって、装備の装着の点検から始まって、ダイビング中も水中で行動をともにし、水上にあがってからも装備をはずして整理整頓するまでをともに行うシステムのことである。英語のバディ(buddy)とは、スラングで友達のことだ。

 ログブックも実はこのバディシステムと密接にかかわっている。ダイビングのすべての工程が終了後、その日に潜った記録をつけるための小冊子をログブックという。
 ログブックには、活動記録(activity)と感想(comment)の欄があって記入するようになっている。

 つまり事実関係と感想は区分して書くことになっているのである。

 事実関係の記入は、野球でもゴルフでもボーリングでもスコアブックに記入するが、ダイビングのログブックが違うのは、スコアラーが別に存在するのではなく、バディシステムによってクロスチェックを行うことにある。潜水という、人間の生死にかかわる危険な行為である以上、正確な記録を残すことが何よりも求められるわけだ。


 ダイビングのログブック(log book)のログ(log)とは、実はウェブログ(Weblog)のログでもある。

 「ウェブ上に残した記録」という意味で作られた簡易ウェブサイトがウェブログと命名されたわけだが、このウェブログが略されてブログ(Blog)になった

 ブログって、実はウェブログの略なんですが、みなさんこのことを知っていましたか?

 英語の意味は広いので、ログには「丸太」という意味がある。ログハウスとかログキャビン。
 また、数学で使う「対数」という意味もある。対数で使うlog は実は logarithm の略なので、丸太と意味するlog とは出自が異なるがつづりは同じである。

 行動記録である「ジャーナル」にも似ているが、「ログブック」はフォーマットが決まっており、手順にしたがって記入すればいい。右上にダイビング界では最大手のライセンス発行団体である米国の PADI のログブック(英語版)の写真をスキャンしておいたので、こんなもんだと思ってもらうといい。

 このログブックには何も記入されていないが、これは友人がライセンスを取得した際に、ついでに一冊もらったものだからだ。場所はカリブ海のケイマン。私自身は、ライセンスは PADI ではなく、日本にいるときに、米海軍系の NAUI から取得した。NAUI は PADI とくらべるとややマイナーである。

 ジャーナルは「航海日誌」のこと。journal は、フランス語の jour(日)からきている。船長がつける日誌のことだ。この「日誌」の意味が拡張されて、「日報」としても使われるようになった。ジャーナルを紙名にもつ新聞は世界中に多い。

 日誌としてのジャーナルについていえば、南極点到達の先陣争いをノルウェーのアムンゼンと競い合ったが、志半ばで倒れた英国人スコットを思い出す。
 遭難による無念の死の後も、彼が最後までつけていた日誌によって、現在でもスコット隊の軌跡をたどることができるのだ。日誌は遭難後に発見された。


「事実」と「感想」を区分することの重要性

 日本人は日記をつけることが好きだということは世界的にも有名なようだ。
 
 『かげろふ日記』や『更級日記』など、平安時代の王朝の女流文学からはじまって、「をんなのすなる日記といふものを・・・」ではじまる『土佐日記』まで生み出した、日記文学の長い伝統をもつ、まさに日本人の DNA がなさしめるクセであろう。
 
 現代でも、ウェブやブログの量では英語に続いて世界二位と聞いたことがる。

 ただし日本人が書く日記は、事実関係と感想がごっちゃになっているものが多いのではないだろうか? 日本人はとかく事実と感想を混同しがちである。これは私の長年の観察だ。

 これは英語の essay と日本語のエッセイが似て非なるものであることにも似ている。

 日本語に定着したエッセイは随筆の意味で使われているが、自分がおりおりに観察して気づいた、日常の細々とした事実と感想をないまぜにして語って、読者にちょっとだけ考えさせて、うなづかさせるという文章のことだが、これが文章の味わいを出しているわけで、純粋な記録とは異なるものだ。

 これに対して英語の essay とは、基本的に論文のことである。

 日本では、おそらくモンテーニュの『エセー』が随筆のような作品なので、そのまま随筆のことをエッセイというようになったのだろう。

 主観的な感想混じりの日記ではなく、事実関係をたんたんと列挙するアングロサクソン的な、とくに英国的なジャーナル、あるいは米国的なログブックの記入が重要だと、私は考えている。

 私は、企業向けの社内研修で、研修終了後の課題として、議事録と感想文をわけて書かせる訓練を行ってきた。個々人に研修内容をまとめてもらうのだが、そこには時系列で事実のみを記入する。報告書スタイルの簡潔な短い文書である。A4で1枚、長くても2枚以内。感想文は長さ制限なしで、A4で最低1枚以上は書いてもらう。

 この訓練を行う事で、事実(ファクト)と感想(コメント)をわけて記録させることを意図している。
  
 事実のみを記す「議事録」は数回でまともな内容になってくる。ただし、コピー&ペーストは認めない。議事録がキチンと作れるようになると、文書でも口頭でも簡潔に的確にまとめるクセが培われることになる。

 「感想」については、個々人の感想であるから、その内容については最大限に尊重する。ただし、日本語の文章やテニヲハについてはクチうるさく注意するのは、こうした基本的なことが高校や大学でキチンと指導されていないからだ。「感想」も何度も書いているうちに、少なくとも形式面では問題はなくなってくる。
 
 要は、事実の報告は明瞭簡潔に無個性でよし、感想は個々人の個性を大いに発揮すべし、ということだ。

 「事実」の報告では、漏れなく、ミスなく記述することがが重要。「感想」は、その個々人のものの見方や取り組み姿勢が、書いたものをつうじて明瞭にうかびあがってくるのが面白い。感想を書かせると、研修内容がほんとうに理解できているかどうか、てきめんにわかってしまうものだ。

 このメソッドについては、東大の教育学部のある先生に話したら、「手間はかかるが重要な訓練だ」とお墨付きをいただいている。さすがに東大生はこの程度のことで苦労することはないだろうが、学校と仕事はまったく別物なので油断は禁物である。

 日頃から、「情報メモ」、「営業日報」、「議事録」と名称はさまざまだろうが、組織内の文書は、5WIHを明確にして事実の正確な再現と情報共有を行うことは、組織運営にとってはきわめて重要である。

 一次情報は自分の体験や見聞だからいいが、二次情報は出所を明記し、かならず事実関係に誤りがないかどうかをインターネットを使って問題ないので確認する。二次情報については、

 経営者というものは多忙で気の短い(?)ものである。要領の得ない報告は、なによりもキライなものだ。事実を簡潔明瞭に説明し、そのうえで個人的な見解ととるべきアクションと自分のコミットメントについて述べることができれば、間違いなく「デキルやつ」という評価がもらえるはずだろう。
 ただし、実績はかならず出すことが重要である。

 最近の日本人は、以前に比べたら本を読む量は減っているが、活字を読む量は減っていないといわれる。また、メールやツイッター、ブログなど含めて書く量は、間違いなく増えている。書く際には、事実と感想は区分して書くことをつねに意識しておくべきだろう。
 
 とくにツイッターは気楽につぶやけてしまうので注意が必要だ。「140字以内にまとめよ」という設問に解答するつもりで取り組んでみるのも、事実と感想を区分する訓練のためには有効なツールとなりうるものだ。

 私もこの点については、いつも気をつけているつもりである。文学者ではないので(笑)。
 

「自分史」も事実関係を列挙することがすべての出発点。感想や解釈は自ずから立ち上がってくるものだ

 「自分史」は、「ログブック」あるいは「ジャーナル」の延長線上にあるといっていいだろう。

 日記や備忘録に書いていった記録は、書いた時点で過去となり、歴史となる。ブログもまたウェブログである以上、そういった性格をもっている。ライフログというのもその延長線上にある。
 
 自分の過ぎ来し方を、事実関係のみ想起して列挙していくという行為は、事実の選択には主観が入るとはいえ、とくに解釈を行うことなくても、自ずからその意味が感じられるという仕組みである。感想は解釈はむりに分析するものではなく、感慨という形で自ずから立ち上がってくるものだ。

 「自分史」をつくるプロセスで、「自己発見」が行われるのだ。過去を振り返り、自分にかんする歴史的事実を掘り起こすことじたいに意味があるのである。
 
 だから、「自分史」をつくる際に、ムリに自己分析や解釈を行う必要はない。

 20代はじめの「自己分析」と、30代、40代の「自己分析」は内容が大きく変わっている。そもそも、いまだに私は自分自身を知り尽くしているとはいえない「発展途上」人だ。

 そもそも10代のときの経験の記憶であっても、その時点での思いと、10年後、20年後、さらには50年もたったら、同じ事実であっても受け止め方は大幅に異なっていることも多いのではないか。人間は過去のつらい話も、あの経験があったからこそ苦難を乗り切れたとか、とかく自分の都合のいいように解釈しがちだ。だから、事実関係のみを想起して、取り出したいのである

 「自己分析」の問題点、とくに「就活」における「自己分析」の問題点が指摘されるようになっている。「自己分析」をやり抜いて、就活戦線の勝ち組になった若者たいが、大企業では使い物にならないとして脱落していく現象である。『就活エリートの迷走』(豊田義博、ちくま新書、2010)で指摘されている現象だ。

 私が思うに、就活生の「自己分析」は、未熟な「解釈」が「事実」として自分のなかに内面化されてしまうことにあるのだろう。いわゆる思い込みのもたらす悲喜劇である。

 「自己分析」は、そもそもが明確な結論のでないものであるから、やり過ぎるとどうしても煮詰まってしまいがちである。袋小路にはまってしまい、抜け出せなくなって、しまいにはノイローゼになってしまうこともあるだろう。とくにネガティブな自己分析結果は、取り扱いは要注意である。

 自己啓発セミナーではないのだから、自己否定や懺悔は不要であるだけでなく危険である。
 とにかく自己肯定、自己肯定。なにがあっても自分を信じて自己肯定。これが重要だ。

 もう亡くなったが、一世を風靡した仏教学者の紀野一義に『ええなあ! という人生-肯定、肯定、絶対肯定して生きる-』と(佼成出版社、1993)という本がある。この本のなかで紀野氏は、『法華経』の絶対的自己肯定について語っているのだが、まことにもって、「ええなあ」というのは、生きるスタンスとしてすばらしいと思う。「ええなあ」というのは、関西風のアクセントで発音してほしい。

 自己分析は、ある意味では血液型分類みたいなものだから、ほどほどにしておくのがよい。人間の性格など、仕事に本格的に取り組み始めれば大幅に変化するものである。


 さて、「自己分析」ではなく、歴史的事実としての「自分史」である。「自分史」も歴史であるから、重要なのは解釈よりも事実である。しかし、この二つをもちろん完全に区分するのは難しい。

 さきにも書いたように、日誌や日記は、自分史のためには事実確認にための重要な記録文書となっている。

 私じしんについては、日誌には、たんたんと日々の事実関係を記すのみだ。事実関係というより活動記録といったらいいだろうか。

 たまに感想を書くことがあるぐらいで、ふだんは書いているのは、起床時間、体重と体脂肪率、三食の内容(・・ただし昨年より「半日断食」なので朝食は抜き)がマストで、あとは読み終えた本、見た映画、参加したイベントについて記述する程度である。あとはその日の天気などの事実関係のみだ。

 もちろん目標達成のための「夢手帳」として活用される方は、手帳をそのように使うのもいいだろう。大いに活用すべきである。願望と現実とのギャップを努力で埋めることが、目標達成のための行為である。

 いずれにせよ、事実と感想の区分はつけておきたいものだ。日本人がアングロサクソン的思考法になじむためには不可欠なことである。これは英語ができるとか、できないとかは関係ないことだ。
 
 

<ブログ内関連記事>

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは

「地頭」(ぢあたま)を鍛えるには、まず「自分」を発見すること。そのためには「履歴書」の更新が役に立つ







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2011年1月17日月曜日

書評 『言葉にして伝える技術-ソムリエの表現力-』(田崎真也、祥伝社新書、2010)




ソムリエの説く「記憶術」と「言語技術」の本は、万人に役に立つ、思想をもった実用書だ

 レストランでお客様の要望に応じて、もっとも適したワインを選ぶ手助けをする専門職ソムリエ。

 ソムリエは、なぜあれほど多くのワインの銘柄の味を香りを知っているのか、なぜ料理と予算にあわせて最適のワインを推奨することができるのか。
 その秘密を世界最優秀ソムリエコンクールで優勝した本人が明らかにした本だ。

 「調べたら分かります」とは絶対にクチにできない職業の一つがソムリエだ。お客様との一期一会の場で瞬時に、かつ的確に状況を判断し、趣味や予算や料理という条件のもと、シチュエーションにおいてもっとも的確な答えを、その場で導き出すことが求められる。

 そのためには、数万種類に及ぶワインの銘柄と味を、自分で試飲したうえで、自分のアタマになかにたたき込み、お客様の要望を聞いた瞬間に、アタマのなかで高速回転でシミュレーションを行うことが必要になる。

 ワインの味と香りという、感覚的な性質の強い分野では、ワインの特性を、自分の主観を大事にして、それをコトバにして記憶し、脳内にデータベースを構築しておくことが必要なのだ、そうすれば記憶も再生しやすいのだと著者は説く。ただし、お客様にも通じるコトバであることが重要だ。

 著者はそのためには、なによりも五感を鍛えること、とくに嗅覚を研ぎ澄まして、匂いと香りに敏感になることの重要性を説いている。とかく視覚に頼りがちな現代日本人も、日常生活において嗅覚に敏感になるような生活習慣をみにつければ、コトバで表現するための基盤ができあがるのだという。

 情緒的なコトバや、陳腐な決まり文句で料理の味を表現したと思い込んでいるTVのグルメリポーターたちへの違和感、こんな感想を一度でも抱いたことのある人はこの本を読んでみるといい。この本を読むと、自らの表現技術について反省する機会にもなる。

 本書は、仕事と人生における「表現力」の本であり、また「記憶術」の本でもある。そしてなによりも「言語技術」の鍛錬について語っている本である。これらはみな、コミュニケーションの重要性がまずます増大している日本では必須のスキルであり、ソムリエの説く「言語技術」の本は、万人に役に立つ、思想をもった実用書になっている。

 ロジックの国フランスでソムリエ修行した著者の説得力は強い。ぜひ一読を薦めたい。


<初出情報>

■bk1書評「ソムリエの説く「言語技術」の本は、万人に役に立つ、思想をもった実用書だ」投稿掲載(2010年10月27日)
■amazon書評「ソムリエの説く「言語技術」の本は、万人に役に立つ、思想をもった実用書だ」投稿掲載(2010年10月27日)





目 次

はじめに-ソムリエの表現力
第1章 その言葉は、本当に「おいしい」を表現できていますか?
 (1) 実際には味わいを伝えていない常套的表現
 (2) 先入観でおいしいと思い込んでいる表現
 (3) 日本的なマイナス思考による表現
第2章 味わいを言葉にして表現する
第3章 五感を鍛え、表現力を豊かにする方法


著者プロフィール

田崎真也(たざき・しんや)

1958年、東京生まれ。ソムリエ。国際ソムリエ協会副会長。1995年、第8回世界最優秀ソムリエコンクール優勝。以降、日本に本格的なワイン文化を普及させた功績において、2008年「現代の名工」(卓越した技能者)受章。現在は、ワインを含む酒類と食の全般に場を広げて活動している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

ソムリエの「記憶術」について

 かならず再生(想起)できる記憶でないと実務的ではない、ということだ。五感をつうじて感じ取った情報を、あくまでもコトバとして記憶する。

 ここでいうコトバとは、コンピューターでいえばタグやインデックスに該当するだろう。ワインの銘柄の一つ一つ(・・しかもヴィンテージも重要な情報)について、できるだけたくさんの切り口でインデックスをつけて記憶しておけば、趣味や予算や料理などの条件や、食事のシチュエーションに応じて記憶のデータバンクから的確なものを引き出すことができる。

 おそらくできるソムリエのアタマのなかは、多次元のマトリックス構造でデータベース化されているのであろう。「価格帯でいうと・・・」、「料理とのマリアージュからは・・・」、「会食者の属性からみると・・・」、「イベントの性格からいって・・・」などなど。
 
 こういった情報がアタマのなかで構造化されていれば、超高速回転のコンピューターよるはるかに解答は早く引き出せるだろう。

 最近、ふと思い出して江戸時代の国学者・塙保己一(はなわ・ほきいち)について調べていたら、この人は世界的にみても超人的だなと感嘆した。

 子ども時代に失明して、その後、国文学者として大成した18世紀の人だが、古来から伝承されてきた歴史書や文学書を、正編だけでも 1273種530巻666冊に及ぶ文書を集大成した『群書類従』を完成させた人である。これによって、日本の古典がはじめて木版印刷によって複製可能なものとなった。

 この膨大な文書群をすべて耳で聴いて覚え、手のひらで漢字を書いて、どこが漢字でどこがカナになっているかに至るまで詳細に記憶していたのだ。そのうえで、さまざまな異本をつきあわせながら校訂作業を行ったということが、超人的としかいいいようがないのだ。
 「塙保己一資料館」にエピソードが紹介されている。

 人間の脳力はある面については大幅に進化・発展した一方、他方では大幅に後退している面もある。後退した能力で最たるものは記憶能力である。近代における印刷術発明後以降、とくにインターネットの爆発的な発展と普及によって、書物やインターネットなどの「外部記憶装置」への全面的な依存症状態が加速している。

 ソムリエ田崎氏の「記憶術は」ある意味では、近代以前の「記憶術」のようにも聞こえなくもないが、これは現代フランスでは当たり前の技法であることに注目しておきたいのである。レストランでソムリエがスマートフォンを取り出して調べるわけにはいかないだろう。それでは高級レストランでの食事のムードは完全に台無しだ。

 以前、このブログでも紹介したコンシェルジュの仕事を自ら紹介した 書評 『わたしはコンシェルジュ-けっして NO とは言えない職業-』(阿部 佳、講談社文庫、2010 単行本初版 2001) でも、著者のコンシェルジュ阿部氏は米系ホテルに勤務しているが、コンシェルジュという職業はフランスが本場であることを書いていた。

 ソムリエ田崎氏の「記憶術」は、もちろん本人が自分流に大幅にカスタマイズしたもので独自性のあるものだが、ソムリエ(sommelier)とコンシェルジュ(concierge)という仕事には、フランスという共通項があることは非常に興味深い。

 ソムリエ田崎氏の「記憶術」は、読者自らがさらに自分用にカスタマイズして活用したいものだ。


ソムリエの「言語技術」(コミュニケーション・スキル)について

 自分が感じたことを的確にコトバに置き換える「言語技術」は、日本のサッカーの発展にもに大きな貢献をしている。

 これは、ブログでは、書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003) と 書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007) に書いておいた。

 コトバで表現する技術(スキル)は、まだまだ多くの日本人にとっては、訓練されたことがないので、もっとも不得意なことの一つだろう。実際には伝わっていない常套的表現、先入観で思い込んでいる表現、マイナス表現など、とかく多くの日本人が無意識にうちに使っているコトバではなく、他者にも伝わる分析的な表現で記憶に刻み込み、コミュニケーションの場で使用することが重要なのである。

 その意味では、サッカーの現場におけるロジカな言語技術力の強化も大いに参考になる。

 言語運用能力は技術(スキル)であるという「言語技術」のコンセプト。これは何度繰り返しても言い過ぎにはならない、「生きるチカラ」としてきわめて重要なスキルである。

 日頃から大いに意識したいものである。



<ブログ内関連記事>

書評 『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか、白水社、2003)
・・「言語技術」あるいは「コミュニケーション・スキル」の強化法

書評 『「言語技術」が日本のサッカーを変える』(田嶋幸三、光文社新書、2007)
・・上記の三森氏との共同作業の成果について具体的に記述

書籍管理の"3R"
・・「独創的な研究を残した、突出した天才学者というのは、多かれ少なかれ、抜群の記憶力をもっていたことは確かなことだろう。いちいち文献をひっくり返しているようでは、アタマの中で猛スピードでフル回転させることは不可能だからだ」・・・「外部記憶装置」に全面的に依存することなく、脳内データベースのほうが効率的で効果的だ。

書評 『わたしはコンシェルジュ-けっして NO とは言えない職業-』(阿部 佳、講談社文庫、2010 単行本初版 2001) 
・・コンシェルジュは何を聞かれてもわかるように知識や情報を蓄えるとともに、誰に聞けばわかるかという人脈も重要

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)・・コンピュータと人間の脳の違いとは

書評 『インドの科学者-頭脳大国への道-(岩波科学ライブラリー)』(三上喜貴、岩波書店、2009)
・・インド人の科学者の鍛えられ方の秘密の一端について







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2011年1月16日日曜日

書評 『向う岸からの世界史-一つの四八年革命史論-』(良知力、ちくま学芸文庫、1993 単行本初版 1978)




「社会史」研究における記念碑的名著。日本発の社会史はアナール派とイコールではない

 良知力と書いて、らち・ちから と読む。いまから25年前の1985年に世を去った思想史・社会史研究者である。このたび(2010年)、ちくま学芸文庫から「復刊」されたのを機会に、著者の代表作であり、渾身の一冊を再び書架から取り出して読んでみた。

 本書は、失敗に終わって挫折した「1848年革命」の真相を描いた作品である。フランスから始まった2月革命は、3月には分裂状態のドイツ諸国家を経て、ハプスブルク帝国の首都ウィーンにも飛び火し、メッテルニヒによる「1818年ウィーン体制」崩壊をもたらした。

 ウィーンというと現在では「音楽の都」であり、かつてのハプスブルク帝国の首都というイメージが浮かぶことであろう。しかし、ウィーンも国際都市である以上、そこに住んでいるのは上流階級を頂点に、下層階級まで含めた多層で多様な人たちの集まりである。

 しかも、かつて東西冷戦時代には国際諜報戦の主戦場であったことからもわかるように、ウィーンはゲルマン民族とスラヴ民族の接点という、地政学的な特徴をもった都市なのである。ゲルマン民族を頂点にいただきながら、ゲルマン民族とスラヴ民族が中層から下層をなす重層構造をもった都市である。これは現在のオーストリアでも変わらない。
 実際に「1848年革命」の担い手は、ハプスブルク帝国内に居住するスラヴ系を中心とした少数民族や難民という、いわば都市下層民であったのだ。

 歴史をつくるのは一般民衆、しかも中流層ではなく下層である。これが著者の信念であった。この問題意識が思想史研究から社会史研究へと、学問内容の進化が進んだ理由であろう。
 マルクス研究の思想史家として出発した良知力は、自らの内側から発する問題意識に忠実たらんとし、思想史から社会史へと力点を移動していく。本書は、その転換期にあった著者による渾身の一冊である。
 本書以後の著者晩年の著作は、叙述もやさしくなって読みやすい文体に変化しているが、本書はやや生硬な、論文調の文体であり、けっして読みやすいとはいえない。しかし、この一冊に、これ以降の仕事のすべてがエッセンスとして凝縮されているのであり、読者はこの機会にぜひ、じっくりと真っ正面から取り組んでほしいと思う。

 この文庫版の価値はまた、歴史家・阿部謹也による解説にもある。

 『社会史研究』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1982~1986)を立ち上げた同志で盟友であった歴史学者・阿部謹也による解説文は、良知力の志向していた方向を語って余すことがない追悼文となっている。
 「自分のなかに歴史を読む」ことを実践した阿部謹也と同様、良知力もまた、自分の内側から発する問題意識に基づいて「社会史」への道へと大きく舵を切ったのである。

 「良知(らち)さんが行かれて8年」と文庫版解説(1993年)に書いた阿部謹也自身、すでに世を去って4年、「社会史」を志向した歴史家たちのこころざしは引き継がれているのだろうか。
 「社会史」=「アナール派歴史学」ではないこと、これはあらためて強調しておくべきことだ。対象を西欧社会としながらも、舶来の翻訳学問の器用な応用ではない、あくまでも自分自身を掘り下げることから発した問題意識と、これを徹底的に究明しようとした学問のあり方、そしてできあがった成果。それが本書である。

 さまざま読み方が可能な、もはや古典といってもいい記念碑的名著である。


<初出情報>

■bk1書評「「社会史」研究における記念碑的名著。日本発の社会史はアナール派とイコールではない」投稿掲載(2010年11月16日)
■amazon書評「「社会史」研究における記念碑的名著。日本発の社会史はアナール派とイコールではない」投稿掲載(2010年11月16日)

*2ヶ月前に書いた文章をいまアップすることとした。




目 次


向う岸からの世界史-ヘーゲル左派とロシア
四八年革命における歴史なき民によせて

1848年にとってプロレタリアートとは何か
ウィーン革命と労働者階級

もう一つの十月革命-歴史家とプロレタリアの対話として
ウィーン便り
ガストアルバイターとしての社会主義

あとがき
解説・阿部謹也


著者プロフィール

良知力(らち・ちから)

1930年生まれ。東京商科大学卒業。専攻、社会思想史。一橋大学教授在任中の 1985年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 良知(らち)先生とはいわずに、良知(らち)さん、とわれわれは勝手に呼んでいたが、けっして気安い人ではなかったし、一度も直接会って話したことはなかった。

 冗談のまったくない通じない、気むずかしい人という印象であった。

 一部には「労務者風」などとけしからぬことを言うものもいたが、たしかに大学教授というよりも学校の用務員といった風情の人であった。インテリはインテリでも、ブルジョワ側ではなくプロレタリアート側の人。

 授業は「社会思想史」。私は最初の一回に出席して以降、一度も授業には出なかったので、良知(らち)さんを見て、その声を聞いたのは、その一回切りである。同じく大塚金之助門下の社会思想史の俊才・都築忠七教授と半期づつの講義であった。

 だが、「良知(らち)さん」にまつわる話は何度も何度も聞いている。『社会史研究』同人であった阿部謹也教授のゼミナールにいたからだ。

 人間というのは不思議なもので、目で活字を読んだ知識よりも、耳から入ってきた話のほうが記憶に残りやすいようだ。話題といっても、研究テーマにかんするものというよりも、誰それさんが何とかといった類の話である。結局、後者の話のほうが人間の本質にはより近いということだろうか。

 われわれは勝手に阿部謹也先生のことも「阿部さん」と呼んでいたが、その当時の阿部先生は、いまの私と同じくらいの年だったわけで、なんともいえない感慨をもつ。「良知(らち)さん」は、阿部さんより6歳年上だったことになる。
 
 「良知(らち)さん」は、55歳で亡くなったので、在任中の逝去ということになる。すでに25年以上も昔のことだ。四半世紀前ということになる。


<関連サイト>


『社会史研究 1 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1982)

『社会史研究 2 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1983)

『社会史研究 3 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1983)

『社会史研究 4 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1983)

『社会史研究 5 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1982)

『社会史研究 6 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1985)

『社会史研究 7 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1986)-「良知力追悼号」
 
『社会史研究 8 』(阿部謹也・川田順造・二宮宏之・良知力=編、日本エディタースクール刊、1988)-これをもって「休刊」。


<ブログ内関連記事>

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは

『ソビエト帝国の崩壊』の登場から30年、1991年のソ連崩壊から20年目の本日、この場を借りて今年逝去された小室直樹氏の死をあらためて悼む・・1848年革命と1991年のソ連崩壊、いずれも大転換期となった事件である

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった
・・歴史変革の原動力は何であるか? 担い手はだれであったか?

            


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