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2011年2月28日月曜日

慶応大学ビジネススクール 高木晴夫教授の「白熱教室」(NHK・ETV)


       
 ETVで 慶応大学ビジネススクール高木 晴夫教授の「白熱教室」 第4回 「組織を危機が襲うとき」をやっていました(2011年2月27日放送)。

 今回のケーススタディは、1995年の「サリン事件」の際の聖路加病院(東京・築地)の対応非常事態が発生したときの「クライシス・マネジメント」(危機管理)がテーマ。
 16年前のこの事件の当日、乗っていた地下鉄丸ノ内線がアナウンスもなく、霞ヶ関駅を通過したことを私は体験しましたが、その記憶もナマナマしいものがありました。

 「病院という非営利組織」の経験を、「ビジネスという営利組織」の現場でどう応用するか、「組織学習」の観点から、自立した個人と自律した組織の関係を考える上で、いろいろと学ぶことの多い授業でした。

 再放送の機会があれば、ぜひ視聴されることをお薦めします。

 テレビの前で、自分の見解をあれこれつぶやきながら見ると、参加意識がでてよろしいかと思います。。授業に直接参加できないのは残念ではありますが。


<関連サイト>

高木 晴夫教授の「白熱教室」
・・全4回の放送の概要と参考文献などがアップされている。なお、慶應義塾大学ビジネススクールは日本では老舗のビジネススクール。日本企業を研究した独自のケーススタディも大量に作成している。


<ブログ内関連サイト>

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは

ダイアローグ(=対話)を重視した「ソクラテス・メソッド」の本質は、一対一の対話経験を集団のなかで学びを共有するファシリテーションにある

「◆未来をつくるブック・ダイアログ◆『国をつくるという仕事』 西水美恵子さんとの対話」に参加してきた-ファシリテーションについて

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)

書評 『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方-』(國松孝次、角川文庫、2006 単行本初版 2003)・・サリン事件の際の私の体験(=非体験)についても触れている

『サリンとおはぎ-扉は開くまで叩き続けろ-』(さかはら あつし、講談社、2010)-「自分史」で自分を発見するということ
・・サリン事件に巻き込まれた人の体験談





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2011年2月27日日曜日

映画 『英国王のスピーチ』(The King's Speech) を見て思う、人の上に立つ人の責任と重圧、そしてありのままの現実を受け入れる勇気


   
 映画 『英国王のスピーチ』(The King's Speech)を、日本公開初日の2011年2月26日に見てきた。

 今年のアカデミー賞の有力候補として、『ソーシャル・ネットワーク』と激しく競り合っているということだけでも、見る気をそそられる。

 もちろん、それだけが理由ではない。

 この映画もまた、過去の焼き直しのリメイク作品ではなく、実話(true story)にもとづいたオリジナルな脚本をもとにした作品であるからだ。しかもハリウッド映画ではなく、英国王室を描いたヒューマン・ドラマである。

●監督:トム・フーパー
●脚本:デヴィッド・サイドラー
●主演:コリン・ファース(・・ジョージ六世)
 ヘレナ・ボナム=カーター(・・エリザベス妃)
 ジェフリー・ラッシュ(・・ライオネル・ローグ)
●製作:英国、オーストラリア
●上映時間:111分

 英国王ジョージ六世は、実は吃音症(どもり)だった。これは実に衝撃的な事実である。一国の国王が、しかも大英帝国(!)の皇帝を兼ねていたジョージ六世、さらに現エリザベス二世女王の父親にあたる。まったく過ぎ去った過去とも言いきれない、近過去の物語なのだ。

 この事実は本来なら、英語でいう skeleton in the cupboard のままだったはずであろう。日本語でいえば「家族の秘密」。サマセット・モームの小説のタイトルにもなっている。Cakes and Ale: Or the Skeleton in the Cupboard(お菓子とビール)。
 
 エリザベス女王が即位したのは1952年、ものごころついてからずっとエリザベス女王である私のような世代の人間にとっては、ジョージ六世といっても歴史上の人物に過ぎない。英国はさておき、日本の歴史の教科書に登場するような人物ではない。

 英国の英語を Queen's English ということに疑問をもったこともないし、なんとってもイアン・フレミング原作の「007シリーズ」には『女王陛下の007』という作品もある。

 ジョージ六世だが、過去の人とはいえ、英国史においてはきわめて大きな存在であったようだ。

 この映画で扱われるのは、1925年から1934年に即位するまでの約10年間。第一次世界大戦から復興しつつあった矢先の欧州大陸では、ドイツのヒトラーが台頭し再び戦争の危険が高まっていた。大陸国ではない英国にとっても、それは対岸の火事ではなかったのだ。

 ジョージ六世には兄がいた。父王ジョージ五世の死去にともない、兄が王位継承しエドワード八世として即位する。しかし、歴史上有名なシンプソン夫人との「王冠を賭けた恋」によってエドワード八世は退位、予期せぬことに王位につかざることを余儀なくされたのだ。


人のうえに立つ人は、パブリック・スピーチが求められる。英国をはじめとする西洋世界においては、とくにコトバ、それも発話されたコトバのもつ重要性がきわめて高い

 人のうえに立つひとはスピーチをしなければならない。しかも、一国の国王である。いや、その当時の英国はまだ大英帝国(British Empire)の盟主であった。英国王は大英帝国の皇帝も兼ねていたのだ。

 英国の全国民だけでなく、7つの海にまたがっていた大英帝国のすべての臣民(subject)にむけてメッセージを発しなくてはならないのである。しかも、その当時のニューメディアであるラジオを通じて。

 その責任たるや、平民(common people)である私のような人間には想像のしようもない。

 「君臨すれども統治せず」というのが、王政復古以降の英国国王のポジションにかんする立憲君主制(constitutional monarchy)の原則である。

 実際の政治は、選挙に選出された政権党の代表が首相となって行うが、国家元首として君臨するのは国王である。国王は国民統合のシンボルとして、とくに大きな艱難に直面したときの求心力としての機能が強く求められる。

 とくに大衆時代となってからは、ラジオというその当時のニュー・メディアの発達とともに、国王を中心とする王室もいやおうにかかわらず対応していかなくてはならないのであった。新聞、ラジオ、テレビ、そしてインターネット。現在の英国王室は、YouTube に The Royal Channel という自らのチャンネルをもつに至っている。

 「地位が人をつくる」という。これは国王もまた同じだ。フランク・シナトラが歌う『Love Is a Many-Splendored Thing』(日本語タイトルは『慕情』) には、The golden crown that makes a man a king. (人をして王にする黄金の王冠)というフレーズがあるが、まさにそのとおりなのだ。

 果たしてジョージ六世として即位した新国王は、国民に語りかけるスピーチを無事に終えることができたのか?

 これは映画を見てからのお楽しみということにしておこう。


認めたく現実を、ありのままの事実として受容する勇気

 この映画を見ているうちに、オードリ-・ヘップバーン主演の『マイ・フェア・レディ』を思い出した。下町言葉を上流階級のものに矯正する教師と生徒の物語である。原作は、英国の劇作家ジョージ・バーナード・ショーの『ピュグマリオン』、ギリシア神話の人造人間ものをベースにした戯曲だ。

 主人公イライザは下町言葉を矯正されて上流階級にデビューするに至る。
 『英国王のスピーチ』では、オーストタラリア出身の言語聴覚士ライオネル・ローグが、未来のジョージ六世となるヨーク公を指導することになる。

 映画のテーマはむしろこの言語聴覚士との関係において、「否認 ⇒ 怒り ⇒取引 ⇒ 抑うつ ⇒受容」という一連のプロセスを描いたヒューマン・ドラマが主要なテーマであるといっていだろう。

 これは、終末期を専門にした精神科医エリザベス・キューブラー=ロスが『死ぬ瞬間』(On Death and Dying)で示した「死ぬということを受容するプロセス」からきているが、「死にゆく」という、人間にとってもっと厳粛でかつ避けることのできない「事実」を受け入れるまでの心理プロセスを、膨大な観察から導きだした結論である。

 未来のジョージ六世となるヨーク公もまた、ほぼ同じプロセスを経て、始まりは教師とクライアントの関係だった言語聴覚士ローグとの葛藤に満ちた関係を、最終的には友情にまで高めていくことになる。


吃音症と言語聴覚士、英国の英語について

 吃音(どもり)は英語でスタマー(stammer)という。ちなみにこの映画にも出てくるチャーチルも、自分が吃音症だったことを映画のなかで告白している。

 言語聴覚士ローグがオーストラリア出身という設定も面白い。これは事実に基づいたものであるが、大英帝国の一員であったオーストラリアとニュージーランドからは第一次大戦には大量に動員されている。ローグもまたその一人であったようだが、出征兵士の犠牲的な活躍は、オーストラリアでは ANZAC Day(アンザック・デイ)として記念されている。

 ローグが医師免許もなしに言語聴覚士(スピーチ・セラピスト:speech therapist)という仕事を始めたのは、戦争の後遺症でしゃべれなくなった元兵士を多く見て、その治療に携わることがキッカケであったようだ。

 映画のなかで、ヨーク公からはさんざんオーストラリア英語だといってからかわれるが、映画のなかではその要素はだいぶ薄めているように思われた。私も生まれてはじめてオーストラリアに行ったのは、いまから20年近く前のことだが、オーストラリア英語に慣れるにはしばし時間がかかったものだ。

 この映画では、ひさびさに King's English を聞いた。現在は Qeen's English だが、ジョージ六世当時は 文字通り King's English である。

 まあこれはコトバのあやに近いが、腹から発声する腹式呼吸のアメリカ英語と違って、ノドだけで発声可能な英国の英語は、そもそも明瞭な印象がないのは日本語に似ている。日本語は東アジアの中国語や韓国語と違って、発声に際して腹式呼吸は必要としない。

 英語は文法は簡単だが、発音が難しい
 英語は、母音(vowel)の数が多いので正確に発音するクセをつけておかないと聞き分けることも出来ない。日本語の母音はアエイオウ(a-e-i-o-u)の5つしかないが、英語の場合は明確に区分している。

 子音(consonant)にかんしても、l と r の使い分けはとりわけ日本語人には難しいだけでなく、b と v の使い分けは日本語だけではなくスペイン語にもない。現代語で th のような音をもっている言語は英語くらいである。古代ギリシア語の θ(シータ)がこれに該当するが、この th は気音といって t音に h の呼気が加わるものである。

 現在でこそ、英米の英語だけでなく、ジャパニーズ・イングリッシュも含めて多様な英語があって当然だという風潮になっているが、英語は思ったより簡単ではない、ということは現在でも否定しようのない事実である。


英国王室についての日本人が忘れがちな重要な事実

 英国の現在の王室は、実はドイツ系であるということが、この映画では実は伏線になっている。

 「ピューリタン革命」で共和制となった英国だが、クロムウェルの死後は王政復古が実現、その後さまざまな経緯を経て、1714年にドイツ北部のハノーファー(Hannover)から、ハノーファー選帝侯ゲオルク(Georg)が王として招聘され、グレートブリテン王兼アイルランド王ジョージ(George)一世となった。そのため現王朝はハノーヴァー(Hanover)朝といわれる。

 国民統合のシンボルであるべき国王と王室が、実はドイツ系であるということは平時には大きな問題にはならなかったであろう。斜陽化していたとはいえ大英帝国である。

 しかし、第一次世界大戦ではドイツと戦い、しかもまたヒトラーの台頭によってドイツとの戦いが不可避のものとなってきたとき、ドイツとの有事の関係において、とりわけ国民感情を逆なでしないようにする必要に迫られたという背景があった。

 そういう状況のまっただなかに国王に即位することを余儀なくされ、国民に向けてラジオ越しにスピーチをしなければならなかったジョージ六世の心中に思いをはせる必要があるのだ。

 しかも、第一次大戦で多くの帝国が消えていったことも忘れてはならない。まずロシア帝国、そしてオーストリア=ハンガリー帝国にドイツ帝国。英国王室は、これらの帝国の元首たちとは姻戚関係にあったのだ。これはこの映画を見る際にディテールに気をつけてみているとわかることだ。勘のいい人は、ロシア皇帝であったニコライ二世の肖像画がでてくるのに気がつくことだろう。

 激動の時代、しかも大英帝国が急速に落日にむけて駆け落ちて行く時代であったのだ。
 

アカデミー賞の行方は?

 さてアカデミー賞の行方だが、果たしてどのような結果になるだろうか?

 本日現在では結果はまだわからない。明日2月28日(月)日本時間午前9時半から中継が行われる。

 話題性からいえば、間違いなく『ソーシャルネットワーク』、玄人好みのヒューマンドラマといえば『英国王のスピーチ』だろう。主演賞と助演賞は後者のような気がする。

 いずれも実話(true story)にもとづいたオリジナルなシナリオだが、2000年代の米国の大学生の世界と、1930年代の大英帝国の王室、これはまったく異なる世界である。

 このコントラストが面白い。

 結果が楽しみである。



P.S. 第83回アカデミー賞の結果は・・

 『英国王のスピーチ』が、作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞など 4冠に輝いた。圧勝といえよう。 『ソーシャル・ネットワーク』は、脚色賞・編集賞・作曲賞の 3つ

 昨年のアカデミー賞も、3Dというテクノロジー面での新機軸を導入し、神話的なストーリーでエンターテインント性の高かった『アバター』ではなく、玄人好みの『ハートロッカー』であった。どうやら、同じ傾向が続いているようだ。
 先週末の2月26日から日本では封切られたばかりの『英国王のスピーチ』にとっては、またとないというか、図星というか、興行的にはきわめて強い追い風になる。

 もちろん、『英国王』は、私がこの記事に書いたように、ヒューマンドラマとしてはすばらしい。ぜひ、みなさんも映画館でご覧になることをお薦めしたい。
 (2011年2月28日 記す)


<関連サイト>

『英国王のスピーチ』日本版公式サイト

The Kings Speech Trailer 2010 HD (英語版トレーラー)

Oscar - The official 2011 site for the 83rd Academy Awards(アカデミー賞公式サイト)


<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)・・英国を知るうえで、日本人のために日本語で書かれた必読書

どんな話であれ「自分」を全面的に出したほうが、人はその話に耳を傾けるものだ

I am part of all that I have met (Lord Tennyson) と 「われ以外みな師なり」(吉川英治)
・・ありのままの事実を認める勇気。

映画 『ソーシャル・ネットワーク』 を日本公開初日(2011年1月15日)の初回に見てきた

アッシジのフランチェスコ (3)  リリアーナ・カヴァーニによる
・・イタリアの女流映画監督による『フランチェスコ』。ミッキー・ロークがフランチェスコ役、『英国王のスピーチ』でエリザベス妃を演じたヘレナ・ボナム=カーターがクララ役を演じている




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2011年2月26日土曜日

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)


 すでに75年もたつのだ、「最後のクーデター」である二・二六事件から。

 1936年(昭和11年)2月26日は雪の日であった。地球温暖化がはじまる以前の日本の二月は、ほんとうに寒かったのだ。本日の関東地方南部は、空気はやや肌寒いもの快晴。こんな天気の日から75年前を想像するのは、またさらに難しくなってきたようだ。

 2月26日から29日にかけての4日間は、その後の日本の方向性を決定したエポック・メイキングな事件であった。この事件のあと、日本はカタストフィーに向けて、戦争の時代へと突入してゆく。

 写真は「九段会館」。1936年当時は「軍人会館」と呼ばれていた。東京・九段に当時の建物がそのまま残っているが、二・二六事件において勅令により「戒厳令」が施行された際、戒厳司令部がここに置かれたことは知っておきたい。戒厳司令官は香椎浩平中将、戒厳参謀に命じられたのが石原完爾大佐である。

 「尊皇討奸」のスローガンのもと、天皇の周辺の「君側の奸」を排除せんとして、高橋是清をはじめとする重臣たちを殺害した青年将校たち。昭和天皇が、「叛乱軍」による重臣暗殺の報に激怒され、朕が自ら兵を率いて鎮圧に当たるとまで主張されたことは、現在ではよく知られている事実となっている。

 「やむにやまれぬ」という主観的な思いから立ち上がった青年将校たちであるが、しかし皇軍と称された「天皇の軍隊」を、本来の目的以外に使用したこと軍紀違反以外の何ものでもない。戦後は「国民の軍隊」となったが、戦前は天皇に絶対的忠誠を誓う「天皇の軍隊」であった。

 軍隊というものは上意下達が命である。この指揮命令系統に忠実に従うことによって、はじめて軍隊組織が機能する。「叛乱軍の」兵士たちは、目的を何も知らされずに動員された。下士官や兵たちにとっては、上官の命令に従ったに過ぎないのである。

 したがって、戒厳司令部が「帰順工作」を、下士官と兵に対して行ったのは当然であった。「下士官兵に告ぐ」のビラが配られ、アドバルーンが上げられた。その内容を写しておこう。

下士官兵に告ぐ

一、今からでも遅くないから原隊へ帰れ
二、抵抗する者は全部逆賊であるから射殺する
三、お前達の父母兄弟は国賊となるので皆泣いておるぞ

二月二十九日 戒厳司令部

 復帰をうながすNHKラジオ放送も行われた。

兵に告ぐ

勅命が發せられたのである。
既に天皇陛下の御命令が發せられたのである。
お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶對服從を
して、誠心誠意活動して來たのであろうが、
(お前達の上官のした行爲は間違ってゐたのである。・・この一文は削除
既に勅命、天皇陛下の御命令によって
お前達は皆原隊に復歸せよと仰せられたのである。
此上お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは
敕命に反抗することとなり逆賊とならなければならない。
正しいことをしてゐると信じてゐたのに、それが間違って
居ったと知ったならば、徒らに今迄の行がゝりや、義理
上からいつまでも反抗的態度をとって
天皇陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を
永久に受ける樣なことがあってはならない。
今からでも決して遲くはないから
直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復歸する樣にせよ。
そうしたら今迄の罪も許されるのである。
お前達の父兄は勿論のこと、国民全体もそれを
心から祈ってゐるのである。
速かに現在の位置を棄てゝ歸って來い。
          戒嚴司令官 香椎中將


(出典:「兵に告ぐ」のテキストは、wikisource 兵に告ぐ
 また、ラジオの音声が YouTube にアップされている。2・26事件 復帰を促すラジオ放送 

 ちょうど10年前に、つれづれなるままに(2001年2月26日)と題して、私が書いた文章があるので再録しておこう。
 
つれづれなるままに(2001年2月26日)

二・二六事件から65年

 本日は二・二六事件がおこってから65年目にあたります。昨年は『憂国』という小説を書いて、映画化し、主演した三島由紀夫が自決してから30年目にあたりました。
 筆者は右翼ではありませんが(もちろん左翼でもありません)、二・二六事件には昔から多大な関心を抱いてきました。最初は、日本近代史上唯一のクーデータの、決起した青年将校たちへの浪漫主義的な共感から。

 ところが、調べるといろいろな事実がわかってきます。クーデター実行のみに重点がおかれてクーデター後の構想を欠いていたこと。昭和天皇自らが鎮圧する意思を示したことの誤算。東北地方の飢饉について。決起した青年将校たちの多くが文学青年だったこと(軍隊は基本的に理工系で、社会科学的素養を欠いていた)。昭和維新という運動について。戦前の革新とは、反資本主義の国家主義者たちのことだったこと。陸軍という巨大組織の内部抗争(皇道派 vs 統制派)に利用されたこと。憲兵隊によって事件発生前から電話が盗聴されていたこと。一審のみ上告なしの非公開の軍法会議で銃殺刑が決まったこと。等々。

 アジア太平洋戦争における作戦面での「日本軍の失敗」に関しては、研究書も出版されて注目されていますが、組織と人間の関係を考えるにあたって、二・二六事件が示す意味も依然として大きいものがあるのではないでしょうか。いきすぎた「能力主義」がもたらした下克上による組織内価値観の混乱、徹底した合理主義者(統制派)と情緒的日本主義者(皇道派)との意識レベルのギャップ、視野狭窄の指導層と指揮命令系統の混乱、等々。

 きめつけや安易な教訓を引き出すつもりはありません。今年もまた2月26日を迎えたか、という感慨があるのみです(2月26日)。

 この当時は「アジア太平洋戦争」というタームを私も使っていたが、現在では「大東亜戦争」という名称で統一することにしている。歴史的には後者のほうが正しいからだ。

 この文章を書いてから10年。

 この10年間の大きな変化といえば、いまこれを書いているブログ(=ウェブログ)もそうであるし、YouTube で視聴可能となった動画もそうである。

 ここにもいくつか動画を一つ紹介しておきたい。

 「青年日本の歌 昭和維新の歌」である。YouTube にアップされているので紹介しておこう。
http://www.youtube.com/watch?v=xtQNFqmGucM&feature=related

 作詞・作曲 三木卓(1930)。三木卓は五・一五事件の叛乱将校で海軍中尉。歌手は、アイ・ジョージ。なお、原詩は大川周明の「則天行地歌」と伝えられている。

 歌詞を全文掲載する。悲憤慷慨を絵に描いたような歌詞である。http://rasiel.web.infoseek.co.jp/nihon/seinen.htm に詳しい解説があるが、土井晩翠と大川周明から盗用しているようだ。

 古代中国は戦国時代の楚の政治家で詩人・屈源の故事に基づくものである。屈原は楚の国の前途に絶望して、石を抱いて泪羅(べきら)の淵に身を投げた。

昭和維新の歌

一 泪羅(べきら)の淵に波騒ぎ 巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
 混濁の世よに我立てば 義憤に燃て血潮湧く

二 権門上(かみ)に傲れども 国を憂うる誠なし
 財閥富を誇れども 社稷(しゃしょく)を思う心なし

三 ああ人栄え 国亡ろぶ 盲(めしい)たる民 世に躍おどる
 治乱興亡夢に似て 世は一局の碁なりけり

四 昭和維新の春の空 正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
 胸裡(きょうり)百万兵足りて 散るや万朶(ばんだ)の桜花

 五、古びし死骸(むくろ)乗り越えて 雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
   国を憂いて立つからは 丈夫(ますらお)の歌なからめや

六 天の怒りか地の声か そもただならぬ響ひびきあり
 民(たみ)永劫(えいごう)の眠りより 醒よ日本の朝ぼらけ

七 見よ九天(きゅうてん)の雲は垂れ 四海(しかい)の水は雄叫(おたけび)て
 革新の機(とき)到ぬと 吹くや日本の夕嵐

八 あゝうらぶれし天地(あめつち)の 迷いの道を人はゆく
 栄華を誇る塵の世に 誰が高楼(こうろう)の眺めぞや

九 功名何ぞ夢の跡 消えざるものはただ誠
 人生意気に感じては 成否を誰かあげつらう

十 やめよ離騒(りそう)の一悲曲 悲歌慷慨(ひかこうがい)の日は去りぬ
 われらが剣(つるぎ)今こそは 廓清(かくせい)の血に躍るかな


 75年もたてば、二・二六事件は、もうほとんど完全に風化してしまっているかもしれない。しかし、この事件に寄せる日本的心情は、民族としての日本人の奥底にある DNAレベルのものであるので、いつまた噴き出すかわからない。

 2006年のクーデター後、バンコクにいた私はタイ人の友人に対して「日本では、すでに70年もクーデターがないぞ!」と威張ってみたことがある。もちろん、タイにおいてはかつては、クーデターが政権交代の一手段として機能していたこともあり、日本とは性格が大きくことなるのだが。
 
 10年後の2021年においても、二・二六事件が日本における「最後のクーデター」であることを願うばかりである。


P.S. 本日は桑田佳祐の誕生日でもある

 本日は桑田佳祐の誕生日でもあったわけだ。NHK「復活!桑田佳祐ドキュメント~55歳の夜明け~」をみたが、とても病後とは思えない、しかも 55歳とは思えないパワフルぶり。しかも、歌はしみじみと聴かせるものがある。すばらしい。



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書評 『バンコク燃ゆ-タックシンと「タイ式」民主主義-』(柴田直治、めこん、2010)





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2011年2月25日金曜日

書評 『自己プロデュース力』(島田紳助、ヨシモトブックス、2009)


人生に成功したくない人、島田紳助がキライな人は読まなくていい

 誰が見ても文句なしの成功者である島田紳助が、漫才の世界の後輩たちにレクチャーした、熱く、厳しく、かつ心優しい、ホンモノの「成功術」のエッセンスを活字化して一気に大公開したものだ。

 2007年に NSC 大阪で開催された、島田紳助の特別講義を DVD化したものが元になっている。あえて活字にすることはないと渋りつづける著者を拝み倒して実現した企画だという。

 本書の内容を一言でいってしまえば、単なる努力だけでは成功しない、ということに尽きる。

 正しい方向を正確に読み切り、業界内のポジショニングを明確に意識したうえで、戦略的に自己構築しなければ、せっかくの努力もムダに終わってしまうということだ。「勝てる戦」をしなければならないのだ。

 帯に記されている成功法則を引用しておこう。エッセンスの数々である。

●頭で覚えるな、心で覚えろ
●自分だけの教科書をつくれ
●「ヘンな人」になりなさい
●直球がダメなら変化球で
●「X+Y」の公式を確立せよ
●他人のシステムをパクる
●負ける戦はしない

 熾烈な競争の芸能界で盤石の地位を構築して生きのびてきた著者による、まさに切れば血が出るような内容である。

 この本を読んでも、読者がテレビの世界で「第2の島田紳助」となることはまず100%ないだろう。

 しかし、読者のそれぞれが、自分が決めたニッチな分野で「島田紳助」になるための方法論として読めば、これほど血肉になりうる内容の本はない。

 読者みずからが、芸能界における島田紳助の軌跡を、自分にあてはめて自己構築に応用していけばよい。もし成功しないとしたら、それは本書の内容をキチンと理解していないか、応用の仕方が間違えているか、あるいは努力不足、または運が味方しなかったかのいずれかであろう。

 毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい対象である芸人・島田紳助。彼を好きな人間にとっては、またとない教科書であろうが、キライな人にとっては見るのも不愉快な内容であろう。

 人生に成功したくない人は読む必要はない。
 だが、それではあまりにももったいない。


<初出情報>

■bk1書評「人生に成功したくない人、島田紳助がキライな人は読まなくていい」投稿掲載(2010年5月21日)


*再録にあたって加筆修正を行った。





著者プロフィール

島田紳助(しまだ・しんすけ)

1956年、京都市生まれ。多数のレギュラー番組に出演する一方で、数多くの飲食店ビジネスを展開し成功をおさめる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
・・島田紳助については、あえて説明するまでもなかろう。



<書評への付記>

 経営用語でいえば、熾烈な競争の存在する芸能界は、まさに「レッドオーシャン」そのものである。「一将功成って万骨枯る」の世界。華やかに見えて、実は上下関係の厳しい体育会的世界。

 この世界で勝ち抜き、生き残っただけでなく、いまだに生き続けているということが並大抵なものではないことは、ちょっとイマジネーションを働かせればわかることだ。

 本書は、その「レッドオーシャン」のまっただなかでの生き残りの方法論である。

 だが、この方法論を使って、ニッチ分野の「ブルーオーシャン」でナンバーワンになってしまうということも可能だ。その場合にも、島田紳助の方法論は役に立つといえる。

 エッセンスを読み取らねばならない。

 いくつか島田紳助のコトバを引用させていただこう。みなさんも、この発言の数々からエッセンスをつかみとってください。

 僕がよく言うのは、「X+Y」でものを考えろ、ということ。
 「X」は自分の能力。自分は何ができるのか。これは自分にしかわからないのだから、自分自身と必死に向き合って必死に探すしかありません。 
 「Y」は世の中の流れ。これまでどんなことがあって、いまどんな状況で、五年後十年後、それがどんな風に変わっていくのか、これは資料が揃っているのだから、研究することでわかってくるはずです。
 この「X」と「Y」がわかった時、はじめて悩めばいい。
 ・・(中略)・・
 「X」と「Y」もわからずにどんなに悩んだって、それは無駄な努力です。(P.29~30)


 漫才というものはひとりではできない。
 今言った「X+Y」の法則を成立させられるかどうかも相方次第。
 そして相方と友達は別です。
 「こいつは凄くいい奴で」とか、そんなのは関係ありません。
 自分がやりたい漫才に必要な相方を探さなければいけない。
 僕の場合はどうだったか。漫才時代の相方だった竜介の話をします。(P.36~37)


 そういう風に、同じ価値観を共有して、同じことを考えて、同じところを見ている人間ふたりじゃないと、一個の笑いはつくれないですよ。(P.66~67)


 ただし、嘘はいけない。嘘はすぐばれます。
 一分野一箇所に詳しくなるなら、その一箇所を本当に好きにならなくてはいけません。
 ・・(中略)・・
 そして「心」で記憶するんです。
 本で読んで「頭」で記憶しただけでは、すぐボロが出ます。
 ・・(中略)・・
 僕たち喋り手は、本を読んで「頭」で記憶するのではなく、実際に体験して「心」で記憶しなくてはならないんです。
 「頭」で記憶したことはすぐ忘れます。
 「心」で記憶したことは一生忘れません。(P.83)


 だから、絶えず「心」で記憶できるよう、いつでも「感じ」られるよう、「心」を敏感にしていないといけないんです。(P.87)


 もうひとつ。「心」で記憶できるようになるには、やっぱり遊ばないといけません。
 その「遊ぶ」っていうのは、風俗に行くことではないし、飲みに行って騒ぐことでもありません。
 「遊ぶ」というのは、色々なものに興味を持って、ウロウロすること。もっと言ったら、ヘンな奴でいること。(P.88)


 「心」で記憶したことをしゃべると、映像が見えます。
 上手い喋り手が話しているのをみんながうんうんって聞いているでしょう。あれは耳で聞いているんじゃなくて、同じ映像を見ているんです。「脳」で記憶したことを喋っても、映像は見えてこない。同じ映像を見ているからこそ、人は共感するんです。(P.94~95)


 脳科学についての正しい知識を前提にした話ではないので、アタマとココロの関係は正確なものではないが、言わんとすることはストンと理解できる。それは、紳助が本質論を語っているから

 正確には、島田紳助のいう「心」の記憶とは、五感を全開にして体験したエピソード記憶のことである。だから、言っていることは正しい。自分が体験したエピソード記憶は、キッカケが与えられると再生しやすいのである。

 ほかにも、実に鋭い指摘が多数あるが、これは直接、本を読むなり、DVDをみてもらったほうがいい。営業妨害(?)になってはいけないし、自腹切って手間ヒマ惜しまずにやらないと、何ごとも身につきません(笑)。

 とくに、「テレビで絶対売れる「企業秘密」を教えよう」(P.67~)は、さすが紳助とうならされる。
 すでに活字になっているので「企業秘密」でもなんでもないのだが、この箇所がまさに「アタマの引き出し」つくりそのものといっていい。

 その心は何かといえば、19世紀英国の思想家 J.S.ミルの名言 "everything about something" and "something about everything" を地でいったものだ。

 紳助の場合は、芸人としての専門能力が前者の "everything about something" 、司会をやる際の知識は後者の "something about everything" である。
 芸人としては自分の専門能力は徹底的に研究して実践で磨き上げ、それ以外は人に聞けばいい、という割り切り。この専門能力と、自分の体験と、人から聞いた話をうまく使いこなす相乗効果こそ、島田紳助をして、現在の地位を築き上げた理由の一つであるといえよう。

 自分に与えられた枠組みのなかで、いかに120%実力を発揮して実績を出すか。
 ほんとうに地(ぢ)アタマの良い人間というのは、こういう人であるという、一つの例証になっている。

 勝つとか、成功するとか、そんなエゲツない話は嫌いだ。そういう風に思う人も当然のことながら多いだろう。
 なるほど、しかし、食わず嫌いはもったいない。ぜひ一読すべし、といっておく。

 いや、一回読むだけではもったいない。あまりにも簡潔にエッセンスしか語っていないので、自分自身の経験の引きつけて、言わんとすることを読み取る必要があるだろう。

 そしてその価値のある本である。



<ブログ内関連記事>

書評 『Me2.0-ネットであなたも仕事も変わる「自分ブランド術」-』(ダン・ショーベル、土井英司=監修、伊東奈美子訳、日経BP社、2010)・・ネット時代の「セルフ・ブランディング」(=自己ブランド化)の教科書。基本的に先行する米国の大学生向けの内容

本の紹介 『人を惹きつける技術-カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方-』(小池一夫、講談社+α新書、2010)
・・「キャラ」の立て方と見せ方(=魅せ方)

書評 『知的生産な生き方-京大・鎌田流 ロールモデルを求めて-』(鎌田浩毅、東洋経済新報社、2009)
・・京都出身の島田紳助について言及している



P.S. 島田紳助が芸能界を完全引退(2011年8月23日)

 「島田紳助が芸能界を完全引退」というニュースが昨日(2011年8月23日)流れた。暴力団との関係が問題になったようで、よしもとによる実質的な解雇だという。

 もともと漫才時代にツッパリキャラで名を売った紳助のことだから、暴力団がからんでいたといわれても不思議でもなんでもないが、それにしても社会的通念に反する行為であると、よしもとが判断したということはきわめて重い。

 最近は、芸人としてよりもプロデューサー的な立ち位置となっていた紳助だが、惜しいという気持ちとともに、「アホやあなあ」という気持ちも同時にいだく。

 ただし、この本で展開された「成功方程式」そのものは善悪の是非は脇において、参考にすべき価値はあると思われる。

 問題は成功してからいかにおごり高ぶらずに生きていくかということだろう。その意味では、紳助の「芸能界引退」は、「反面教師」としても受け取るべきものであるといえよう。 (2011年8月24日 記す)





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2011年2月24日木曜日

Tommorrow is another day  (あしたはあしたの風が吹く)


 
Tommorrow is another day (あしたはあしたの風が吹く)

 ハリウッド映画 『風と共に去りぬ』(Gone With The Wind)ラストシーン、英国人女優ヴィヴィアン・リー(Vivien Leigh)が演じる、スカーレット・オハラがつぶやくセリフ。

 「南北戦争」で敗北した側になってすべてを失った南部人女性が、自らの人生の再起もかけてクチにするセリフだ。

 日本語に直訳すれば、「あしたは今日とは違う一日」となる。だが、「あしたはあしたの風が吹く」としたのは名訳だ。

 英語の another は、使いこなすと、非常に英語らしい表現になる。

 たとえば、月曜日の朝には、Another Monday, isn't it ? と、付加疑問文(=タグ・クエスチョン)で挨拶してみよう。意味は、「また月曜日ですね、今週もがんばりましょう」といったニュアンスになる。

 英語の付加疑問文は、関西弁の「~ちゃうか?」に似ている。付加疑問文のことをレトリカル・クエスチョンともいうのは、最初から話し相手には肯定的な返事を求めているからである。つまりはレトリックのなせるわざだ。

 ところで、私がこの Tommorrow is another day (あしたはあしたの風が吹く)というセリフを覚えたのは、「英語で映画を見てみよう」といったタイトルの本ではなく、『アメリカニズム-言葉と気質-』(坂下昇、岩波新書、1979)という本。高校のときに何度も繰り返し読んでいた本だ。ここでいう「アメリカニズム」とは、アメリカ主義ではなく、アメリカをアメリカたらしめている表現のことである。

 すでにこのブログでも Eat Your Own Dog Food 「自分のドッグフードを食え」で紹介したことがあるが、この名著いうべき本が絶版、いや長期重版未定になっているのは実に惜しい。標準米語ではないので一般にはあまり知られることのない南部表現が少なからず収録されているからだ。

 たとえば、エルヴィス・プレスリーの Love Me Tender(やさしく愛して) という歌は、標準米語なら tender は tenderly とすべきところだが、米国南部では形容詞をそのまま副詞(adverb)的に使うらしい。こういった知識が満載のこの本は、出版当時は大きな話題になっていた。


 『風と共に去りぬ』の舞台となった米国南部、実は私もよくは知らないのだが、どうしても私を含めた日本人が無意識のうちに「北部中心史観」にとらわれているのは、明治維新と同様、米国でも北部側に「勝てば官軍」意識が根強く残っているからだろうか。ちなみに、ヤンキー(yankee)とは北部の人間をさすコトバ、間違っても南部人をヤンキーと呼んではいけない。

 「南北戦争」(1861年~1865年)は日本で使われる名称で、米国では The Civil War と呼ばれている。大文字で始まる「内戦」である。
 
 日本は米国の強い圧力で、1853年に「開国」するに至ったにもかかわらず、幕末の混乱期に米国のコミットメントが小さかったのは、米国国内がまさに大規模な内戦状態にあったことも少なからず影響している。米国はこの時点では、かなり「内向き」になっていた。

 薩長側のバックに大英帝国、幕府側のバックにフランスがついた、ある意味では英仏の代理戦争となったのが、幕末の日本の「戊辰戦争」という内戦であった。

 「戊辰戦争」の結果、とくに長州と会津が犬猿の仲になっていることは、よく知られていることだ。この状況も、米国の南北関係と似ていなくもない。米国にも「敗者の美学」は存在する。
 明治維新は1868年に成就したが、10年後には「最後の内戦」といわれる「西南戦争」が勃発した。

 米国も日本も、ともに「内向き」志向の強い国だが、歴史を振り返ると、面白いことにパラレルな動きをしていることがわかる。まったく出自の違う国なのだが、こういう共通点は面白い。

 
After all, tommorrow is another day
(結局、あしたは今日とは違う一日)。

 たとえ、一時的に敗者の側に回ったとしても、明日を切り拓くのは心持ち次第なのだ。



<関連サイト>

gone with the wind(Youtube)
・・ラストシーンで After all, tomorrow is another day. とつぶやいて映画は The End となる。




Elvis Presley - Love Me Tender(Youtube)





<ブログ内関連記事>

オペラ 『マノン』(英国ロイヤルオペラ日本公演)初日にいく
・・原作は、米国南部のニューオーリンズを舞台にしたフランスの小説

Eat Your Own Dog Food 「自分のドッグフードを食え
・・坂下昇の『アメリカニズム』

『ガラパゴス化する日本』(吉川尚宏、講談社現代新書、2010)を俎上に乗せて、「ガラパゴス化」の是非について考えてみる
・・「内向き」志向の強い日本と米国

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・「内向き」志向の強い日本と米国

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲) 

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・西郷隆盛と庄内藩士の交流と西南戦争





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2011年2月23日水曜日

ブログのタイトルを変更しました(2011年2月23日)


 いつもご愛読ありががとうございます。

 このたび、ブログのタイトルを変更することいたしました。

 「つれづれなるままに ほぼ毎日更新中!」から「「アタマの引き出し」は生きるチカラだ!」に変更です。

 2009年5月以来、ほぼ2年間のあいだ「つれづれなるままに」を「ほぼ毎日更新!」してきましたが、今回のタイトル変更は、より内容に則したものにタイトルを変えた方が、読者のみなさまにもわかりやすいのではないか、と考えた結果です。
 けっして「ほぼ毎日更新!」を放棄するつもりはありません(苦笑)。

 ところで、本日2月23日は、富士山の日だそうです。223で「ふ・じ・さん」。静岡の人には常識のようですが、私は本日までまったく知りませんでした。毎日が「学び」、ですね。
 なるほど、「♪ 富士は日本一の山~」、日本人の誇りそのものです。万葉以来、数々の歌に詠まれてきた富士山の日に、ブログのタイトル変更を行ったのも、なにかの縁でしょうか。

 ちなみに、昨日2月22日は、「ネコの日」なのだそうです。なぜなのかは私にはよくわかりませんが・・・。ネコがゴロゴロのどを鳴らせて、ゴロ合わせというわけでもなさそうですね。

 掲載したノラネコの写真についてですが、これは獲物を捕まえる瞬間の画像です。

 「狙った獲物は逃さない」と即物的に解釈するもよし、「幸せは手の届くところにある」と象徴的に解釈するもよし。

 一枚の写真をどう読むかも、その人がもつ「アタマの引き出し」次第といっていいでしょう。


 今後もよろしくお願いいたします。




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2011年2月22日火曜日

書評 『日本は世界4位の海洋大国』(山田吉彦、講談社+α新書、2010)


「世界4位の海洋大国」日本。無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ!

 日本は、国土面積が世界61位であるにかかわらず、領海・排他的経済水域(EEZ)の面積は世界第6位、そして海岸線の長さも世界第6位である。

 だが、海を「二次元の面積」ではなく、「三次元の体積」でみると、日本の海はなんと世界4位である! 体積でみたら 1,580立法キロメートル、中国のなんと5倍。日本がまぎれもなく「海洋国家」であり、しかも「海洋大国」であることは明らかなのだ(*左に掲載の表紙を参照)。

 しかもその「世界4位の海」には無尽蔵の富が埋蔵されているのだ。国内消費量94年分のメタンハイドレードが海底や砂層の孔隙に存在するのをはじめ、黒潮は一年間に原発500年分の海中ウランを運んでくる。そしてまた海底熱水鉱床にはレアメタルが確実に存在する。あとはこれらをどう捕集し、採掘し、利用するかにかかっているのだ。
 また、世界三大漁場である日本の沿岸漁業は、栽培漁業である養殖とあわせると、日本人の食生活を今後も支えていくことができるのである。
 人口減少による衰退が懸念されている日本であるが、視点を海に向ければ、かなり明るいことがわかってくる。
 
 これらの無尽蔵の富は、われわれ日本国民に天から与えられた大きな財産である。であるがゆえに、この財産を虎視眈々と狙う不法者が近隣諸国に存在するのは不思議でもなんでもない。
 紛争となっている尖閣諸島だけでなく、竹島、沖ノ鳥島、肥前鳥島、北方領土も含めた離島の存在の理解を深めることが必要だ。離島こそ日本の生命線と捉え、離島を死守することこそ、近隣諸国におかしな考えをもたせないようしなくてはならない。著者はそのための方法論を提案している。
 海洋政策、海洋安全保障、現代海賊問題、国境問題および離島問題の研究を専門とする著者は、「海に守られた日本から、海を守る日本へ」の意識転換を日本国民呼びかけている。

 どうしても「島国」意識が抜けず、関係者以外は「海洋国家」意識をもちにくい日本であるが、日本の海を政治経済の観点から知るための入門書として一読することを奨めたい。


<初出情報>

■bk1書評「「世界4位の海洋大国」日本。無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ」投稿掲載(2010年12月25日)
■amazon書評「「世界4位の海洋大国」日本。無尽蔵の富が埋蔵されている日本近海は国民の財産だ」投稿掲載(2010年12月25日)





目 次

はじめに-日本がもつ世界四位の海水量
第1章 偉大な力をもつ「日本の海」
第2章 「日本の海」に眠るエネルギーと鉱物資源
第3章 水産資源と先進技術が生む高度成長
第4章 「日本の海」の大チャンス
あとがき-海を守り続ければ未来は必ず明るい


著者プロフィール

山田吉彦(やまだ・よしひこ)

1962年、千葉県に生まれる。東海大学海洋学部教授。経済学博士。海洋政策研究財団客員研究員。学習院大学経済学部を卒業したあと、多摩大学大学院修士課程を経て、埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)勤務を経て、1991年から日本財団(日本船舶振興会)に勤務。海洋船舶部長、海洋グループ長などを歴任。2008年東海大学准教授に就任、2009年教授となる。海洋政策、海洋安全保障、現代海賊問題、国境問題および離島問題の研究を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものを wikipedia によって増補)。



<書評への付記>

 現在の日本人の快適な生活が大きく海に依存していることに、多くの日本人は日頃意識することなく、しかも無関心のようだ。どうしても「島国」意識が抜けず、関係者以外は「海洋国家」意識をもちにくいためだろう。

 何といっても「食糧とエネルギー」のほとんどを大きく海外からの輸入に依存しているが、金額ベースでみて約7割が「海上輸送」に依存している。海上運賃は航空運賃よりはるかに安いので数量ベースでみたら、比率はもっと高くなることはいうまでもない。

 同じ講談社現代新書からでた 『日本は世界5位の農業大国-大噓だらけの食料自給率-』(浅川芳裕、講談社+α新書、2010)とあわせて読むべきであろう。この本については、このブログですでに紹介している。書評 『日本は世界5位の農業大国-大噓だらけの食料自給率-』(浅川芳裕、講談社+α新書、2010) を参照。

 しかし、島国の陸地で営まれる農業と、この島国を囲む海での営みは似て非なるものといってよいだろう。
 
 海は、第一次産業である漁業と養殖業、そして食品加工業だけの存在ではない。海には、無尽蔵の資源が埋蔵されているのだ。これは陸地の比ではないのだ。



<ブログ内関連記事>

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)
・・海は日本の生命線!

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009) ・・海上保安庁巡視艇と北朝鮮不審船との激しい銃撃戦についても言及。海上保安官は命を張って国を守っている!

『何かのために-sengoku38 の告白-』(一色正春、朝日新聞出版、2011) を読む-「尖閣事件」を風化させないために!

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・sengoku38 による「尖閣ビデオ」投稿の件について、2010年11月11日時点の情報で書いたもの。その後、増補。

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)・・航空母艦なき現在、陸上にある海軍航空基地は最前線である!

書評 『日本は世界5位の農業大国-大噓だらけの食料自給率-』(浅川芳裕、講談社+α新書、2010)・・本書の姉妹編(と、すくなくとも出版社はそう思わせたい?)




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2011年2月21日月曜日

『何かのために-sengoku38 の告白-』(一色正春、朝日新聞出版、2011) を読む-「尖閣事件」を風化させないために!


sengoku38 が「尖閣ビデオ」を YouTube にアップした理由-「尖閣事件」を風化させないために!

 ハンドルネーム sengoku38 が YouTube に投稿した「尖閣ビデオ」

 私がこの存在をツイッターで知ったのは翌朝のことだったが、即座にツイッター上の「拡散要請」に協力してリツイートした。日本政府がかたくなにビデオ公開を拒否し続けたことに強い違和感を感じていたからだ。「国民の知る権利」を蹂躙(じゅうりん)し続ける政府の姿勢には怒りさえ感じていた。

 このビデオは、公開を待ちに待っていたのだ。その後の展開は、まさにダムの決壊に等しいものであった。

 「尖閣ビデオ」とは「尖閣事件」の映像資料だ。日本の固有領土である尖閣諸島において、違法操業の中国漁船(・・実は工作船か?)と海上保安庁の巡視船の衝突シーンを鮮明に写しだした映像である。YouTube では見ていなくても、地上波のテレビが何度も何度も繰り返し流したので、鮮明に記憶に残っていることだろう。

 そして投稿者の sengoku38 とは、現役の海上保安官であることが数日後に判明する。現在では元海上保安官となった一色正春(いっしき・まさはる)氏である。43歳の働き盛り、妻子ある一人の日本男子である。

 巨大な国家権力の末端の一構成員にしかすぎない国家公務員が、なぜその職を賭してまでビデオ公開を決意し、実行するまでにいたったか? 本書は、この一連の流れをモノローグ(独白)という形で、みずからが語った手記である。

 2011年2月14日に、一色正春氏が「日本外国特派員協会」で記者会見で質疑応答を行っていることを、取材中のジャーナリスト上杉隆氏のツイートでたまたま知って、Ustream にいる中継をリアルタイムで見ることができた。「日本外国特派員協会」の公式サイトの Masaharu Isshiki, Former Japan Coast Guard Official(Time: 2011 Feb 14 12:00 - 14:00) を参照。

 質疑応答の内容も、しゃべっている本人も、私が思っていたとおり、きわめてまっとうであった。2010年11月の時点で私が書いた「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)のとおりである。

 sengoku38 こと一色氏の著書が出版されることも、ツイッターの書き込みで知った。さっそく amazon で予約して取り寄せ、目を通してみた。

 著書もまた、きわめてまっとうな内容であった。

 著者は、「自分がやらねば誰がやるのか」という、義侠心というか正義感が強い人である。最終的に YouTube に投稿することとなった経緯にかんする、著者のモノローグを聞いていると、著者も漏らしているように、ハムレットの To be or not to be. ではないが、逡巡(しゅんじゅん)に逡巡を重ね、迷いに迷い、しかし最後は腹をくくったことがわかる。

 そして、賽(さい)は投げられたのである。ルビコンを渡ったのである。

 大胆な決断を下して実行した人であるが、きわめて緻密に考え、慎重な性格であることもよくわかる。緻密な計算はしたといえ、けっして打算的ではない。
 朝日新聞出版から本書を出版したというのも、著者のバランス感覚のなせるわざであろう。『右であれ左であれ、我が祖国』という日本語訳タイトルのエッセイ集を晩年に出版した英国の小説家ジョージ・オーウェルを思わせる。(・・なお、この日本語訳タイトルは鶴見俊輔によるもので、原題は England Your England、英語原文はここで読むことができる)。

 こういう人こそ、コトバの本来の意味で公僕(=パブリック・サーバント)というべきなのである。私益のためではなく、公益のために奉仕するのが公僕というものである。公益のために、あえて捨て石になる覚悟を決めることのできる人間。もちろん、すべての人がそうではないが、心構えとしては期待したいものである。

 前近代社会であれば、主君に対する諫言(かんげん)を行ってた結果、詰め腹を切らされた武士のようなものだろうか。武士も江戸時代においては公僕であった。
 近代社会であれば、組織における個人のあり方として、公僕としての行動が最善であったかどうかは、著者もその一人であったように、そうかんたんに結論がつけられるものではない。

 著者の一色氏のことが英雄であるかどうかは、あくまでもまわりの人間の評価であり、本人とは関係のないことだ。この点については、マスコミ報道の問題点が当事者のクチから強い違和感として語られている。しかし、そのマスコミについても、著者は組織と個人の関係について考察を行っていることは強調しておこう。組織と個人の葛藤は、公務員には限らない問題だからだ。

 日本の海を守ること、これが海上保安官の任務である。この任務の遂行に粛々と取り組むのが、公僕としての海上保安官の任務である。海上保安官が本来の任務に専念できるような環境をつくることがトップの責任であり、政治の責任である。海上保安官である著者は、本来はこんなことをする必要はなかったのである。

 そうでなくても、著者も懸念しているように、すでに尖閣事件が風化し始めている。熱しやすく冷めやすい、忘れやすいのは日本人の長所であり短所であるが、あらためてあの事件の本質が何であったのか、国民のひとりひとりが自分のアタマで考えるべきことだ。右であれ、左であれ、そのどちらでもない立場であれ、一日本国民として、自分の問題として是々非々の判断を下すべきことだ。
 
 本書の出版もまた、世論喚起の一手段としての行為であろう。ぜひ応援したいという思いから、このブログに取り上げることとした次第である。

 ちなみに、本書でも、最後の最後まで著者は sengoku38 の意味は明かしていない。武士の情け、だろうか。これ以上、無用な混乱を起こして、ほんとうの問題である「尖閣事件」そのものから目をそらしてほしくないという気持ちからだと私は解釈している。



<初出情報>

 「このブログのために」緊急執筆した。




目 次

はじめに

これ、わしがやったんや
中途採用で海上保安官になった
そもそも尖閣諸島とは
事件の始まりの事件
中国人船長逮捕
東シナ海ガス田の濁った海面
私が尖閣ビデオを目にした日
世界に対して面子を失った日本
侵略を開始した中国
なぜビデオが国家機密なのか
私がやらねば
ビデオ公開前夜
11月4日、実行
ビデオ公開翌日
私が行った罪証隠滅行為
私がやりました
取り調べは続く
海上保安庁から脱出
考えるということ
ハンドルネームの意味は・・・
海上保安官人生が終わった
公開の意味
終結

おわりに


著者プロフィール

一色正春(いっしき・まさはる)

1967年、京都市生まれ。国立富山商船専門高等専門学校卒業。民間の商船会社勤務中、オイルタンカーや LPGタンカーに乗船し、東南アジア、ペルシャ湾、北米、ヨーロッパ、アフリカ航路に従事する。その後、民間金融会社、広告業を経て、1998年より海上保安庁勤務。2004年韓国語語学研修終了。以降、国際捜査官とし勤務。2007年、放送大学校卒業。2010年12月退官。在任中に長官表彰3回、本部長表彰4回受彰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

 なお、海上保安官の中途採用者の研修は京都府の舞鶴ではなく、門司で受けるそうだ。その経験は本書にもやや詳しく書かれている。


<関連サイト>

Masaharu Isshiki, Former Japan Coast Guard Official(Time: 2011 Feb 14 12:00 - 14:00)
・・FCC(Foreign Correspondents' Club of Japan:特例社団法人日本外国特派員協会)の公式サイト(英語)

尖閣衝突ビデオ A ミンシンリョウ 5179 No.3 ミズキと衝突(YouTube にはこのほか膨大なコピーが流通)
・・YouTube に書かれているコメントについては、私はノーコメント。映像資料として虚心坦懐に見るべし。



<ブログ内関連記事>

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)・・sengoku38 による「尖閣ビデオ」投稿の件について、2010年11月11日時点の情報で書いたもの。その後、増補。

書評 『平成海防論-国難は海からやってくる-』(富坂 聰、新潮社、2009) ・・海上保安庁巡視艇と北朝鮮不審船との激しい銃撃戦についても言及。海上保安官は命を張って国を守っている!

海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)・・航空母艦なき現在、陸上にある海軍航空基地は最前線である!

書評 『海洋国家日本の構想』(高坂正堯、中公クラシックス、2008)
・・海は日本の生命線!

書評 『エリートの条件-世界の学校・教育最新事情-』(河添恵子、学研新書、2009)・・ジョージ・オーウェルについても言及






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2011年2月20日日曜日

『ビジネス EVERNOTE-「劇的に」成果を上げる!活用事例が満載- (日経BPパソコンベストムック) 』(日経BP社、2011) をガイドにして EVERNOTE に入門してみる


 初級者向きのEVERNOTE入門のムックである、『ビジネス EVERNOTE-「劇的に」成果を上げる!活用事例が満載- (日経BPパソコンベストムック) 』(日経BP社、2011) をガイドにして EVERNOTE に入門してみよう。

 EVERNOTE というのは、ネット上のストレージにデジタル情報を一元管理することができる便利なツールのことである。
 基本的に、何ごとも自分のアタマのなかには入れずに、「外部記憶装置」として活用するという発想だ。

 「脳を記憶から解法しましょう」というのが EVERNOTE のフィロソフィーのようだが、これは多くの人たちにアピールするチカラがあるだろう。ただし、私はやや懐疑的だ。

 というのは、クリップして放り込んでため込んだ情報をどう使うかという「知的生産の方法」のほうが重要ではないか、と考えてしまうからだ。
 世の中に万能のツールなど存在しない。

 その点、このムックは操作方法よりも、どう使うかという点に重点を置いているのがよい。

目 次

特集1 Evernote導入で「劇的に」成果を上げた!9つの事例
 Evernoteへの三つの視点
 Evernoteとの連携で新しいサービスが生まれる
 文学者のノート、科学者のノート
 ゾウのお話 「ゾウは決して忘れない」ってホント?
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 何を自分のアタマのなかにいれ、何を入れないか、これはひとりひとりが判断しなくてはならないことだ。そしてその判断軸をどう作り上げるか。

 何も考えずに EVERNOTE に放り込んだまま使わない情報は、おそらくものすごい量になるだろう。検索機能で必要なものを必要なときに取り出せばいいと思っていると、そうなりがちではないだろうか。

 検索の判断軸は個々人のものである。実は大きく差がつくのはこの部分だ。これは知識というよりも知恵に近い領域だ。使い方は自分で開発することである。いろいろな事例を参考にしながら。

 情報をためこむのはいいが全然活用できない人。こういう人はネット以前から実に多かった。その意味ではデジタルデータにしてしまうと「検索さまさま」となるのだが、記憶のすべてをインターネットに依存することがいいかどうかはわからない。記憶しないで記録するというのがその趣旨か? 要はバランスであろう。
 
 私も最近使い始めたが、とりあえずはとくに考えずに、情報をほうり込んでいる。だから使いこなすなんて状態からはほど遠い。いつもながら late adopter なので・・・
 何ごとも「習うより慣れよ」(Practice makes perfect)だから、このムックを参考にしながら、習熟していきたいと思う。

 自分が書いたこのブログの記事にもアイコンを設置してみたので、興味のある人は、この記事の一番下にある「象印のアイコン」をクリックして、自分のアカウントを開いてみてください。もちろん、この記事もすぐにあなたのアカウントに取り込むことができます。





<関連サイト>

EVERNOTE(日本語版)


<ブログ内関連記事>

書評 『達人に学ぶ「知的生産の技術」』(知的生産の技術研究会編著、NTT出版、2010

書評 『知の現場』(久恒啓一=監修、知的生産の技術研究会編、東洋経済新報社、2009)

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)

書評 『脳の可塑性と記憶』(塚原仲晃、岩波現代文庫、2010 単行本初版 1985)




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2011年2月19日土曜日

バンコクのアラブ人街-メディカル・ツーリズムにかんする一視点



 ここに掲示した写真は、バンコクのアラブ人街にあるエジプト料理店ネフェルティティである。

 ネフェルティティは言うまでもなく古代エジプトの女王の名前。ネフェルティティの胸像は現在ベルリンの考古学博物館の目玉展示物だが、エジプトは返還請求をしているものの、ドイツ政府はこれに応じていない。今回の「エジプト民主化革命」の混乱に乗じた、博物館所蔵品の略奪が発生しており、なおさら返還請求に応じることはなくなったといえよう。

 さて、エジプト料理についてだが、私はこの店でしかエジプト料理は食べたことはないのだが、コメ料理で量がものすごく多くて文字通り閉口したのであった。炊いたインディカ米のうえにヒツジ肉のマトンがのせられたもの。料理名は覚えていないが、半分も食べないうちに腹が受け付けなくなってしまった。

 たしかにエジプトで3年前に、世界的な食料価格高騰を背景にしたコメ暴動が発生したことも理解できる。エジプト人にとってコメは主食の一つである。私は、その機会を最後にエジプト料理は食べていない。

 同じアラブ世界といはいえ、レバノン料理は実にうまい。バンコクのアラブ人街のレストランで食べたレバノン料理はうまかった。だがビールなど酒類がいっさいないのが残念だった。ムスリムではなくても例外はないようだ。歓楽街のバンコクなのに・・・



 日本でもムスリム人口が増えてきて、礼拝所であるモスクも増加傾向にあるといっても、タイ王国の首都バンコクのようなアラブ人街が形成されているわけではない。

 「チュニジア民主化革命」、「エジプト民主化革命」が起爆力となって、アラブ人世界全域に拡大している民衆蜂起は、いま世界ではこの30年間ではなかったほど、中東アラブ諸国の存在が大きくクローズアップされている。

 この機会に、バンコクのアラブ人街について、すこし違った視点から書いておきたいと思う。


タイのメディカル・ツーリズムとバンコクのアラブ人街

 バンコク中心部の繁華街ナーナーにアラブ人街がある。BTS(通称スカイトレイン)の高架をはさんで北側がアラブ人街、南側が白人が中心の繁華街と、きれいに棲み分けがなされている。

 写真でみればわかるように、この地区全体がアラビア語だらけで、とてもバンコクにいるという感じがしない。これが面白いので、バンコクから引き揚げたあとも、私は好んでこの地区のホテルに宿泊することが多い。先にも書いたように、BTS のナーナー(Nana)駅に近いので交通の便がいいという理由もある。どのホテルもアラブ人ファミリーの長期滞在者で一杯である。

 このアラブ人地区にはアラブ諸国だけでなく、インドやパキスタン、ウズベキスタン、イランなどいわゆるイスラーム圏全体のレストランがあってそれぞれの国の料理が食べられるだけでなく、さまざまな業態のサービス業が狭い地区に密集している。




 すでに、タイのあれこれ (18) バンコクのムスリムという文章に書いているが、なによりもここにはバムルンラート病院という、タイのメディカル・ツーリズム(医療観光)の中心ともいうべき大病院がある。パキスタン大使館のすぐ近くに立地しているが、この病院には検査や治療のために長期滞在しているアラブ人が実に多い。
 病院内ではアラビア語だけでなく日本語など数カ国語の通訳が常駐しており、タイ語も英語もできなくてもまったく不自由はない。診療中にも通訳は同席する。下の写真はバムルンラート病院の玄関である。
 

 病院のなかで多いのは圧倒的にアラブ人たちである。これらのアラブ人たちは家族を同伴して長期滞在している。長期滞在のための各種サービスがこのアラブ人地区には密集して存在するので、安心して過ごすことができるわけだ。
 下に掲載した写真は、民間の医療コーディネーター事務所である。アラビア語と英語のみで、タイ語の表記はない。


 同じ東南アジアでは、マレーシアは首都クアラルンプールを中心にリゾート地には長期滞在のアラブ人観光客が多いが、マレーシアがイスラーム圏であることを考えればこれは不思議ではない。

 バンコクの場合、タイ人のムスリムも少なからずいるとはいえ、基本的にタイは仏教国ではある。やはりなんといっても、バンコクが東西交通の要衝であることが大きいだろう。航空便の便数は国際的なハブ空港をもつバンコクのほうがはるかに多い。

 日本でもメディカル・ツーリズムに本格的に取り組もうという方向性もあるようだが、長期滞在には家族同伴であることが常識であるアラブ人にとっては、医療水準の高さだけでなく、飲食を含めた各種アメニティの要素もはるかに大きいことを認識すべきだろう。

 ビジネスで海外を飛び回っているようなビジネスマンはさておき、家族の大半は出身地に固有のアラブ料理しか食べないのが普通だからだ。ムスリムである以上、食事がハラール・コンプライアンスであるかどうかが厳しく問われるだけでなく、人間というものは食べ慣れたものにこだわる保守的な性格をもっている。

 ロンドンやパリなどの欧州の国際都市を除けば、バンコクほど多種多様なアラブ諸国やイスラーム圏全体の料理を食べることのできる都市はそう多くない。その意味においては、メディカル・ツーリズムにおけるバンコクの優位性は当分ゆらぐことはないと思われる。医療水準が高いだけでなく、病院(=ホスピタル)を中核にしたホスピタリティ産業が、クラスター(=産業集積)として自然発生的に形成されているからだ。競争の激しいバンコクでは、ホテル価格も全体的に抑えられている。一年をとおして寒くないことも大きい。
 
 メディカル・ツーリズムの事業開発に際しては、「点と線」の発想ではなく、「面」の発想が必要ではないだろうか。アラブ人街を作ってしまうくらいの本格的な取り組みと構想力が必要かもしれない。

 医療関係者は、ナーナーの南側ではなく、バムルンラート病院を視察するついでに、北側のアラブ人街も一緒に歩き回ることを強くすすめたい。できればそのなかで数日滞在してみるといいと思う。

 そのあとで、男性であれば日本人御用達のタニヤでくつろぐといいだろう。女性であればホテルのスパーでくつろぐといい。日本価格の半分以下で十二分にエステが堪能できるはず。

 海外に出て異文化のまっただなかにいるとき、いかに慣れ親しんだ文化によって癒されるか、五感をつうじて実感されるはずだ。これは海外に出たアラブ人にとっても同じことである。イマジネーションをフルに発揮してほしい。


P.S. 今年(2011年)は年初から中東世界は「民主化革命」のまっただなかにあるので、アラブ人たちの出足が鈍っているとタイ政府は懸念しているという情報を聞いた。この状況がいつまで続くのかは現時点ではわからない(2011年2月27日 付記)。



<ブログ内関連記事>

タイのあれこれ (18) バンコクのムスリム
・・この記事では、タイ人ムスリムを中心に書いてある。

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・井筒俊彦訳の『コーラン』(クルアーン)についても言及。『ハディース』の詳細についても。

「マレーシア・ハラール・マーケット投資セミナー」(JETRO主催、農水省後援)に参加

書評 『ハビビな人々-アジア、イスラムの「お金がなくても人生を楽しむ」方法-』(中山茂大、文藝春秋社、2010)

書評 『日本のムスリム社会』(桜井啓子、ちくま新書、2003)

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記


       


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2011年2月18日金曜日

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」 と 「And the skies are not cloudy all day」




「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」

 「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」。日本人ならまず知らない人はいないだろう。言うまでもなく、宮澤賢治の詩の一節である。今朝(2011年2月18日)の関東は、気温は高いが、雨と強風の音で目を覚まされた。

雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ
毎日毎日同ジコトノ繰リ返シデモ
ケッシテクサラズ
ササイナコトデイイカラ変化ヲ求メ好奇心ヲ持ツ
サウイウ人ニ私ハナリタイ....

 原文はもっと長いのだが、この一節だけを読むだけでも、心の底からほんとうの元気が湧いてくる。

 この詩は、宮澤賢治が自分の手帳に記していたものだという。おそらく自分自信を勇気づけ、叱咤激励するために、繰り返し繰り返し読んでそらんじていたのだろう。
 遺品のなかにあった手帳に書き付けていたこの詩は、結局、生前には出版されなかったが、宮澤賢治の詩のなかではもっとも有名なものとなった。パロディ作品もつくられるほど、日本人のはよく知られるものとなっている。


「And the skies are not cloudy all day.」いつも曇ってばかりではない

 ところで、米国でよく知られている民謡(フォークソング)に Home on the Range というものがある。日本語では「峠の我が家」と訳されている。カンザス州の歌のようだ。

 歌詞を引用しておこう。

Oh, give me a home where the buffalo roam,
Where the deer and the antelope play,
Where seldom is heard a discouraging word
And the skies are not cloudy all day.

(Chorus)
Home, home on the range,
Where the deer and the antelope play;
Where seldom is heard a discouraging word
And the skies are not cloudy all day.


(試訳)
私に家を与えてください。
バッファローが歩き回り、
鹿やレイヨウ(羚羊、アンテロープ)が遊ぶところに。
人をクサすようなコトバを滅多に聞くことのないところ、
いつも曇ってばかりいるわけではないところに。

 いろいろなバリエーションがあるようだだ、むかし中学校一年生のとき、毎日聴くようにといわれていた「NHKラジオ基礎英語」の「毎月の歌」で紹介されていたものだ。簡単なメロディーに簡単な歌詞。そのときに覚えて以来、ひそかに私の愛唱歌になっている。

 フランクリン・ローズヴェルト大統領が、大統領に当選したとき、彼がこの歌を好きなことを知っていた取材陣が合唱して祝福したという。そんな話が解説に書いてあったと記憶している。


「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」と「Home on the Range」(峠の我が家)

 宮澤賢治の詩は、理想実現のために日々苦労に苦労を重ねながら闘っていた頃の詩である。

 Home on the Range(峠の我が家)は、おそらく都会生活に疲れた日々のなか、ふと心に思った、田舎に戻りたいという切ない気持ちを歌ったものではないだろうか?

 ともに現実の苦しさのなかでのココロの持ち方を歌ったものだ。

 「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」は日本語なのでいうまでもない。And the skies are not cloudy all day. という英語の歌詞は、ほんとうに中学校一年生でも理解できる簡単なものだが、含蓄の深いものがある。ただ、中学校一年生のときに、場所をあらわす関係代名詞 where を習ったかどうかは定かではないが。

 And the skies are not cloudy all day.
 人生には曇っている日も、嵐の日も、そして晴れて穏やかな日もある。



<関連サイト>

Home on the Range(wikipedia の項目。英語)

Home on the range-CowBoy Songs (YouTube 動画)
HOME ON THE RANGE - ROY ROGERS/GENE AUTRY (AUDIO ONLY) (YouTube 動画)


P.S. 「東北関東大震災」から一ヶ月、日本だけではなく、世界中で、東北出身の宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」が犠牲者の鎮魂のために朗読されていることを知った。英語で朗読されるのを聞くと、英語になっていても、やはりコトバのチカラを感じざるをえない。それだけ、人の心を打つものがあるのだ。
 いろいろ英語訳があるようだが、参考として Ame ni mo makezu(wikipedia)をあげておこう。合掌。(2011年4月14日・・余震のなか、これを記す)



<ブログ内関連記事>

When Winter comes, can Spring be far behind ? (冬来たりなば春遠からじ)

本の紹介 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)
・・美輪明宏と同じく、熱烈な法華経信者であった宮澤賢治についても言及





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2011年2月17日木曜日

書評 『小泉進次郎の話す力』(佐藤綾子、幻冬舎、2010)




トップに立つ人、人前でしゃべる必要のある人は必読。聞く人をその気にさせる技術とは?

 小泉進次郎代議士の街頭演説や国会答弁をテレビで見て、この新人とは思えない度胸の良さ、弁説の素晴らしさに、この若者はただ者ではないなと一度でも感心したことのある人は、支持政党のあるなしにかかわらず、迷わず本書を手にとって最後まで読むべきだ。

 本書は、タイトルにもなっている小泉進次郎と、文字通りそのDNAを彼に与えた小泉純一郎元首相、そして弁説のチカラによって全世界を動かした米国民主党の大統領バラク・オバマの3人を取り上げて、彼らのスピーチがなぜ人を動かすのか、なぜ人を巻き込むチカラをもっているのかを、パフォーマンス学の第一人者である著者が要素分析を行った徹底解明した本である。

 小泉進次郎、小泉純一郎、バラク・オバマ。この3人に共通するものはなにか? 小泉純一郎とオバマを一緒にするな(!)という意見もあろうが、政治思想や主張を離れて、話し方に着目すれば、「話すことによって人を巻き込むチカラ」において共通していることがわかる。
 小泉純一郎をさして「日本人ばなれした西洋型演説の天才」というのは言い過ぎのような気がしなくもないが、オバマの演説を「西洋型巻き込み演説」の真髄」と言うのは文句なしに賛成である。本書のタイトルの付け方そのものに訴求力があるといえよう。著者がつけたのか出版社によるものかわからないが。

 最近は、とくにアップル創業者のスティーブ・ジョブズに代表される、カリスマ的なプレゼンテーションが礼賛されることが多いが、私は米国人のプレセンテーション・スタイルは必ずしも日本人にフィットしたものではないと感じている。
 その意味では、純日本人の小泉進次郎と小泉純一郎親子の、日本語を使いながらも日本人ばなれしたスタイルこそ、徹底的に分析して、真似できるところは真似し、盗めるところは盗む価値が大いにある、という印象を受けた。

 パブリック・スピーチだけでなく、プレゼンテーションその他、職場でもそれ以外でも、人前でしゃべる際の「必殺テクニック」として紹介されているものは、けっして神業(かみわざ)でもなんでもない。要素技術(スキル)のひとつひとつはきわめて単純なものなので、あとは意識してトレーニングによって習得するのみ、ということだろう。具体的なワザやコツがくわしく紹介され、解説されているので有用な内容の本である。すぐにでも真似てみるべきヒントに充ち満ちている。

 人前で話をすることが、なかば仕事でもある経営者や政治家だけでなく、その必要に迫られている人は誰でも、読んで損はない一冊である。


<初出情報>

■bk1書評「トップに立つ人、人前でしゃべる必要のある人は必読。聞く人をその気にさせる技術」投稿掲載(2011年2月14日)





目 次

プロローグ 「そう、我々にはできるのです」

第1章 小泉進次郎-恐るべき俊才、爆発する演説力の DNA
 01 「湯布院とかけて、なんと解く?」のブリッジング効果
 02 下げるだけ下げて、急に持ち上げるコンシート話法(注:conceit)
 03 自分で自分の演説を聞く冷静さ
 04 聞き手を自然に主役に変える呼びかけのテクニック 
 05 具体的な名前と数字をあげて話す
 06 あえて原稿を見ず、自信を演出する
 07 聞き手に選ばせ、決めさせる
 08 何を言うかより、にこやかな顔で言う
 09 左右均等の視線で聴衆を飽きさせない
 10 「聞き手はどんな人なのか」をよくよく知る
 11 ネタの変更は、臨機応変自由自在に
 12 野次と拍手には十分な "マ" をおく
 13 自分がどこからよく見えるか、よく知っておく
 14 人気者の「父」を尊敬し、的確に引用する
 15 響きのよい音とリズムで聞き手を引き込む
 16 決め言葉、ワンフレーズで心をつかむ

第2章 小泉純一郎の訴求力-日本人ばなれした西洋型演説の天才
 01 グリンプスバイト-身ぶり手ぶり、視覚で噛みつけ (注:glimpse bite)
 02 サウンドバイト-「私は変人」、音で噛みつけ (注:sound bite)
 03 繰り返される「郵政民営化」「自民党をぶっ壊す」で心を鷲づかみ
 04 だれでも知っている歴史で納得させる「史実引用」
 05 冷めた目で自分をピエロにして注目を引く
 06 ダイナミックなアーム使いは遠目まで引く
 07 クリントン流、表情筋の巧みさで飽きさせない
 08 口角拳筋だけで「聞いてますよ」を表現する天才
 09 ワンフレーズ/ワンポーズを繰り返して印象づける
 10 「連辞」でリズムをとってたたみかける
 11 「自分と視線が合った」と思いこませるアイコンタクト効果

第3章 これがオバマの演説だ-「西洋型巻き込み演説」の真髄
 01 自分の出自を認めて演説のシンボルにする
 02 聖書を土台とした格調高い理念を示す
 03 オバマが駆使する四つの言葉のマジックとは
  ① 巻き込み話法 [We] の活用について
  ② 二元重複(コンデュプリケイション conduplication)
  ③ 首句反復(アナフォーラ anaphora)
 04 言葉がわからない人にまで伝わる非言語五つのパワー
  ① ボーカル効果の天才
  ② この表情筋の動きを見習おう
  ③ アイコンタクトで引きつける
  ④ 頭部とアームの動きでつくるパワーの伝達
  ⑤ 爆発から説得へと声を変える
 05 「力強く美しい未来」で話を締めくくる

エピローグ 「話す力」が国を救う


著者プロフィール

佐藤綾子(さとう・あやこ)

長野県生まれ。信州大学教育学部卒業。上智大学大学院文学研究科を経て、ニューヨーク大学大学院卒業。上智大学大学院博士後期課程修了。博士(パフォーマンス学・心理学)。日本大学藝術学部教授、社団法人パフォーマンス教育協会(国際パフォーマンス学会)理事長。国際パフォーマンス研究所代表。日本のパフォーマンス学の第一人者として政、財、医学界に多くの支持者を持ち、広く社会人のパフォーマンス教育に情熱を注いでいる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 amazon の書評やレビューはおおむね評価が低い。これは、本書の中身にかんする感想や評価ではなく、小泉純一郎親子ぎらいが反映したものだ。その意味では感情論に近い。

 政治家の好き嫌いや、政治的主張や政策の好き嫌いはあって当然だろう。
 しかし、なぜ多くの人間が、小泉純一郎親子やオバマ大統領の演説に耳を傾けてしまうのか、これはよく考えてみる必要がある。

 たしかにテクニックだけを見れば、ヒトラーの大衆操作手法に近いものを感じて不愉快に思う人もあろう。

 しかし、民主主義における政治の本質は、数量にある。いかに多くの人々のココロをつかみ、自らの主張に賛同してもらうかが問われるのである。

 これは、インターネット社会において、ただたんに政治の世界だけではなく、ビジネスを含めた社会全体で進行していることだ。
 ビジネスの世界でも「インバウンド・マーケティング」が主流となりつつある。いいかえれば「巻き込み型マーケティング」である。消費者にもなりうる一般人の支持をいかに引き寄せてファンになってもらうかが問われている。

 ある意味では、きわめて厳しい時代に入ってきたわけだが、その意味でも、政治以外の世界の人間も、政治家のすぐれた「話し方」から学び、盗むべきポイントは多い。

 本書は、実用書として読むべき副読本である。



<関連サイト>

佐藤綾子のパフォーマンス学講座 SPIS

 著者のことは、私自身が米国留学を準備中に、著者の『マンハッタン母学生』(佐藤綾子、講談社文庫、1989)を読んだのが知ったキッカケである。単行本を読むのはそれ以来かもしれない。いや、なにか一冊だけ翻訳書を読んだ記憶がある。
 著者は、日本に「パフォーマンス」というコトバと、「自己表現」という意味を定着させた第一人者である。本書は、160冊目の著作ということだ。150冊までの歩みは著者自身が、「パフォーマンス学30年と150冊への歩み」としてウェブサイトに書いている。この「自分史」によれば、とくに初期の頃は、まさに不屈の精神としかいいようがない。



<ブログ内関連記事>

どんな話であれ「自分」を全面的に出したほうが、人はその話に耳を傾けるものだ
・・SUCCESS の法則というプレゼンの基本について。話の中身は自分を全面的に出す。これに話すテクニックが加われば、鬼に金棒だろう。私も日々精進の毎日である。

書評 『絶対の自信をつくる 3分間トレーニング』(松尾昭仁、あさ出版、2011)
・・形から入って自信をつける-これは武道の「型」にもつうじるきわめて実践的な訓練方法だ

「学(まな)ぶとは真似(まね)ぶなり」-ノラネコ母子に学ぶ「学び」の本質について

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)
・・思考もまた「型」から入るのが王道である。考える自信がつく。

カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである

「三日・三月・三年」(みっか・みつき・さんねん)
・・何ごとも「継続はチカラなり」。3日、100日(≒3ヶ月)、1,000日(≒3年)。
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする」(宮本武蔵)
   

  



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2011年2月16日水曜日

書評 『ハビビな人々-アジア、イスラムの「お金がなくても人生を楽しむ」方法-』(中山茂大、文藝春秋社、2010)




「旅人というアウトサイダー」の眼から見た、発展途上国の「身内主義」

 著者によれば、「ハビビ」とは、アラビア語で「身内の仲のいい関係」のことだという。著者が旅してきたインド、エジプト、イラン、モロッコ、シリアなど、西アジアでは、「ハビビ」優先の姿勢が、何よりも徹底しているようだ。

 つまり、「ハビビ」な関係と「ハビビでない」関係の二項対立日本語でいってみれば、「ウチ」と「ソト」の関係ということだろう。

 私もインドやネパールは、バックパックーとして旅したことがあるが、著者と同じような経験もしているし、似たような印象ももっている。
 カネがなくてもハッピーに見える発展途上国の側から見ると、日本や日本人は世界的にも例外的な存在だろう。あまりにも素晴らしすぎて、逆にストレスがたまる日本社会。
 しかし、ちょっと引いて考えてみると、日本人だって「ウチとソト」を無意識のうちに区別しているし、いわゆる「世間」とそれ以外の区別もかなりハッキリしているのではないか?

 旅人としての著者の視線は当然のことながら、アウトサイダーとしての「観察者」の視線であって、インサイダーとしての「ハビビ」のウチ側の人間の視線ではない。現地人と結婚して「ハビビ」のウチ側に入った日本人女性の話とは根本的に異なるものだ。
 旅人の眼からは、「ハビビ」な人たちはハッピーに見えるが、なかにいるとうっとおしいこともあるのではないだろうかという気がしないでもない。たしかに、日本もうっとおしいが、日本以外だって、それはそれなりにうっとおしいのではないかとも思うのである。

 ただし、問題は、日本の場合、家族関係が西洋人並に崩壊してしまい「ハビビ」ではなく、会社の人間関係も「ハビビ」ではなくなっているということだろう。これはもはや不可逆的な流れなのだろうか? 「ハビビ」な家族関係へ戻ってゆくのは、もはやたいへん困難な道ではあるが、ハッピーになるための一つの方法ではあるかもしれない。

 著者は自分の経験や観察を補強するために、実に多くの本から引用を行っている。個人的な経験を知識に変換するための方法として旅は重要である。この本に紹介された数々の本を読んでみるのもいい。日本を異なる視線で見ることができるから。

 まあ、バックパッカーの旅行体験記として、気楽に受け止めればいい読み物である。
 「アジア、イスラム」というのなら、インドネシアやマレーシアはどうなのだ?、とツッコミを入れたいところだが・・・



<初出情報>

■bk1書評「「旅人というアウトサイダー」の眼から見た、発展途上国の「身内主義」」投稿掲載(2010年8月14日)
■amazon書評「「旅人というアウトサイダー」の眼から見た、発展途上国の「身内主義」」投稿掲載(2010年8月14日)







<書評への付記>

 「世間」というものは、なかにいて窮屈に思うとイヤでイヤでしょうがないが、そのなかにいて居心地がよければ、ほとんど意識することもないものである。

 イスラーム世界の「ハビビな関係」というものも、同じようなものだろう。
 多くの人は居心地がいいと感じるのだろう。英語の cozy という形容詞で表現されるような状態か。
 しかし、なかにはノンコンフォルミストもいなくはないはずだ。

 人間関係というものは、そういうものだ。

 ヨソの世界からみっるとすばらしく見えても、なかにいる人がそうであるかどうかはわからない。
 逆もまたしかり。

 そういえば、スハルト退陣後のインドネシアの大統領にハビビという人がいたが、そういう意味だったのか。「ハビビ」は音の響きからは、「ビビビのねずみ男」というのも思い出してしまうが・・・



<ブログ内関連記事>

書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)・・日本のうっとおしさの原因は「空気」と「世間」にある。その共通性と違いは何か。

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・井筒俊彦訳の『コーラン』(クルアーン)についても言及。『ハディース』の詳細についても。

書評 『日本のムスリム社会』(桜井啓子、ちくま新書、2003)

「マレーシア・ハラール・マーケット投資セミナー」(JETRO主催、農水省後援)に参加

タイのあれこれ (18) バンコクのムスリム

     
  



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2011年2月15日火曜日

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)




イスラーム文明の黄金期を「ロスト・ヒストリー」として詳細に紹介した、「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語

 本書は、「イスラー文明の黄金期」を正当に評価すべく、米国人作家によって英語圏の一般読者向けに書かれた、400ページを越える大著である。

 米国の職業外交官として約10年間のキャリアをもつ著者は、その後長年にわたって異文化理解とリーダー養成を目的とした平和財団を創設し主催してきた。だが、本書のテーマであるイスラームの専門研究者ではない。

 著者が意図しているのは、ハンチントンに代表される「文明の衝突」論とは一線を画す議論を、史実に即して一般読者向けに展開することにある。

 現代社会を主導してきた文明が、ここ数世紀にわたって西洋文明であった以上、イスラーム文明の黄金期の知的遺産が、西欧文明に吸収されたものも、そうでなかったものも含めて、「失われた歴史」になっているのは、ある意味では仕方がないことだろう。

 しかし、いまやそのことに気がつかねばならない、というのが著者の問題意識であり、本書に一貫している主張である。あたかも古代ギリシア・ローマの時代から一貫して西洋文明が東洋文明に対して優越的であったかのような錯覚を抱かせてきた西洋近代、しかしそれは事実に反するのである。

 著者のコトバを借りれば、「発明、大きな諸思想、寛容、多文化共存」といったすぐれた特性をもっていたのが、広い意味の「黄金期のイスラーム文明」であった。
 著者が人物を中心に詳細に描き込んでいる叙述を読むと、近代西欧における科学的発明の多くが、実は先行するイスラーム文明の成果の継承や発展に過ぎないことが理解される。あるいは、20世紀も後半にいたって、はじめてその先駆的な意味がわかってきたような事例も多々あることを知ることになる。

 黄金期のイスラーム文明は、先行する古代ギリシア、ローマ、ビザンツ(=東ローマ帝国)、ペルシアの知的遺産の集大成である。アラビア語への翻訳をつうじて集積された膨大な知は、イスラームの文脈のなかで、数学、天文学、医学、その他諸科学の高度な発達となって大きく花が開いた。たとえば、『ルバイヤート』の詩人として知られるオマル・ハイヤームの、数学者・天文学者としての卓越した業績について本書で知ることができる。


 中世後期以降の西欧文明は、これらイスラーム文明が達成した知的遺産を、アラビア語からラテン語に翻訳することから出発したことを強調しておくべきだろう。中世後期においては、イスラーム文明と西欧文明のレベルはきわめて落差の大きなものであったのだ。

 しかしこの「失われた歴史」は、米国の一般読者だけでなく、日本でもまだまだ一般常識になってはいないようだ。アルコールやアルジェブラ(代数学)といった英単語がアラビア語起源であることが、雑学として知られている程度であろうか。ちなみに、コンピュータの処理手順を意味するアルゴリズムは、9世紀の科学者アル・フワーリズミーのラテン語読みがなまったものである。

 明治以降、現在に至るまで西欧文明の圧倒的影響下にある日本はもちろん、キリスト教文明が強固な米国では、9-11テロのこともあり、米国では偏見に充ち満ちた見解が、逆に燃えさかっている状況だ。つい先日も米国では、『聖典クルアーン』(コーラン)を燃やすと公言して物議をかもしたキリスト教牧師がいたことがニュースになっている。

 著者は、本書の出版が「潜在的な地雷原に足を踏み入れることになった」と述懐している。米国の状況を考えると、ムスリム(=イスラーム教徒)ではない米国人の著者の、勇気と良心を賞賛すべきであろう。

 ではなぜ、この黄金期のイスラームの「高度文明」が没落したのか? なぜ高度な知的遺産がすべて後世に継承されないまま「失われた歴史」になってしまったのか? この本を読んでいてつねにつきまとう疑問である。しかし、著者はこの問いには直接答えることはしていない。読者によっては大きな不満と残るであろうが、西洋中心史観の陥穽に落ちることを避けたかったためだろうと推察している。

 臨場感を出すためであろう、過去形をいっさい使用せず、現在形を使用する文体については、好き嫌いが大きく分かれるだろう。また、現代と過去を合わせ鏡にして場面転換させる手法は、映画ならまだしも、本としては読みやすいとはいい難い。

 この文体は、正直いって私の好みではないが、著者の意図は、あくまでも歴史を「現在」として捉えようということにあるのだろう。その後の歴史的展開から遡って過去の歴史に審判を下すのではなく、科学が、思想が、芸術が生成する現場で、「現在形」で叙述するという姿勢だ。この文体を使うことによって、歴史には別の可能性(オルタナティブ)があったのではないかということを示したいのだろう。
 
 ただし、引用された諸学者たちの発言の典拠が示されていないので、検証しようがないのも玉にキズだ。また、これらの引用文が、日本語訳ではなぜか例外なく擬古文で訳されているのは、正直いって煩わしい。

 とはいえ、本書の守備範囲は、狭い意味のアラビア世界には限定されない、広大なイスラーム世界全域をカバーしたものだ。イベリア半島も、トルコも、ペルシアも、中央アジアも、インドもすべて、イスラーム文明の及んだ範囲として捉えており、その文明圏全体において、イスラーム文明が達成していた知的遺産を「ロスト・ヒストリー」として語っているのだ。これが本書の大きな特色である。
 基本的な史実は押さえているが、この本の内容はどちらかというと、日本語でいう「歴史物語」に近いというべきであろう。

 その意味では、大冊だが読む価値のある内容の本であるといえよう。



<初出情報>

■bk1書評「イスラーム文明の黄金期を「ロスト・ヒストリー」として詳細に紹介した、「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語」投稿掲載(2010年10月5日)
■amazon書評「イスラーム文明の黄金期を「ロスト・ヒストリー」として詳細に紹介した、「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語」投稿掲載(2010年10月5日)


*初出時は長いので圧縮したが、ブログではオリジナルに戻すこととした。





原書タイトル

Michael H. Morgan , Lost History: The Enduring Legacy of
Muslim Scientists, Thinkers, and Artists, National Geographic, 2007



目 次

序文
序論
第1章 ローマの子どもたち
第2章 天才の失われた諸都市
第3章 神は数字に宿る
第4章 星の構図
第5章 発明家たちと科学者たち
第6章 癒すものと病院
第7章 ヴィジョン、声、城砦
第8章 啓蒙的指導性
エピローグ
謝辞
訳者あとがき
年表
用語解説
文献
索引


著者プロフィール

マイケル・ハミルトン・モーガン(Michael Hamilton Morgan)

アメリカの小説家、ノンフィクション作家、外交政策を専門とするジャーナリスト。元国務省の外交官で、その後新平和財団を創設、主催している。若いひとびとに異文化理解の重要性を伝え、そのリーダーシップを養成するのが目的である。また1990年から2000年まで国際ペガサス文学賞を主導し、助言者となっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

翻訳者プロフィール

北沢方邦(きたざわ・まさくに)

構造人類学、科学認識論、音楽社会学専攻。桐朋学園大学教授、信州大学教授、神戸芸術工科大学・同大学院教授を経て、信州大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

原著 Lost Historyの公式サイト(英語)

著者インタビュー(英語)



<書評への付記>

西洋近代勃興以前、イスラーム文明と西欧世界の文明レベルの落差は計り知れないものであった

 ベルギーの歴史家アンリ・ピレンヌに『ヨーロッパ世界の誕生』(創文社、増田四郎=監訳、中村 宏/, 佐々木克巳訳、1960)という名著がある。日本語訳では「マホメットとシャルルマーニュ」が副題になっているが、原書では副題のほうが正式なタイトルであることが示しているように、ヨーロッパ世界はイスラーム世界のインパクトによって、はじめて一体として認識されるようになったのである。欧州でも、一般人はさておき、少なくとも知識人は「常識」この認識をもっている。

 一般の常識には反することかもしれないが、「十字軍」戦争を仕掛けた側の西欧に対して、仕掛けられたイスラームの側のほうが、はるかに高度な文明を有していたのである!

 十字軍に従事した戦士たちは、国王たちも含めてそのほとんどが文盲であった(!)のに対し、イスラーム世界では本書に詳しく描かれたような豪華絢爛たる学問の花が開いていたのである。西欧世界での例外は、カトリックの高位聖職者たちとユダヤ人くらいだったのである。

 この「野蛮な西欧人たち」が聖地奪還のかけ声のもとに行った、目を覆うような虐殺の数々から目をそらすべきではない。無知で野蛮な虐殺者たちとは、西欧人たちのことだったのだ。

 このようななかで自らエジプトまで赴いて、スルタンとの対話を行い、寛容の精神を説いて実践したアッシジのフランチェスコは、きわめて例外的な西欧人といってよい。

 文明レベルからみたら、圧倒的な落差があったということだ。これは、西欧中世史の常識である。近代以降の西洋文明の圧倒的影響下にある多くの日本人は気がついていないが、これは知識の致命的な欠落と言わねばならないだろう。

 たとえば、『中世思想原典集成』(上智大学中世思想研究所、平凡社)全20巻の一冊が「イスラーム哲学」にあてられていることの意味を考えてみよう。

 イスラーム世界が、古代ギリシアの学術的著作をことごとくアラビア語に翻訳していたため、ルネサンス以前においては、アリストテレスもプラトンもアラビア語からラテン語への翻訳をつうじて初めて、西欧世界には伝えられていたのであった。アヴィセンナやアヴェロエスというラテン名で知られた大学者たちは、それぞれイブン・スィーナー、イブン・ルシュッドがオリジナルな名前である。
 ギリシア語の原典に直接アクセスできるようになったのがルネサンスだったのである。

 神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ二世が、東西文明の交差点で、イスラーム文明の華ひらいていたシチリアで生涯の大半を送ったのは当然といえば当然である。当時のシチリアは、ヨーロッパ大陸よりもはるかに文明度が高い北アフリカのほうが、距離的にも、心理的にも近かったということだ。神聖ローマ帝国皇帝であったにかからわらず。

 この事実は、西洋中世史や科学史を少しでもかじったことのある読者には常識であろう。日本語ではすでに先駆的業績として、科学史の伊東俊太郎博士による『近代科学の源流』(中公文庫、2007、単行本初版 1978)という一般向けの名著があることを紹介しておこう。「ラテン世界からアラビア世界に亘り四世紀~十四世紀の忘れられた千年の中世科学の空隙を解明」した名著である。当然のことながら、ラテン語原点やアラビア語原典からの研究である。

 現在使用されている学術用語の多くが、アラビア語起源であることは、雑学としても比較的よく知られていることであろう。先にも名前を出した伊東俊太郎博士による『十二世紀ルネサンス』(岩波書店、1993)が実にいい本だったのだが、現在は品切れで入手不能である。

 また、われわれは幸いなことに、井筒俊彦の著作を日本語で読むことができる。イスラーム哲学がギリシア思想を十分に吸収したうえで成り立っていることを、その著作群で解説している。

 このように、イスラームの高度文明が西洋文明に与えた多大な影響については、西洋中世史、中世思想史、また科学史などをかじったことのある人にとっては周知の事実であろう。イスラーム世界の存在を抜きにしては、西洋世界が成り立たなかったことは事実なのだが、一般常識としてはなかなか認められていない。

 まさに「失われた歴史」であるといっても言い過ぎではない。だが、それは完全に失われたのではなく、西欧文明のなかに換骨奪胎された「隠された文明」といったほうが正確なのではないだろうか。

 イスラーム文明という「人類の知的遺産」なぜストレートに伝わらなかったのか、逆にこれを知りたくなる。おそらく、アラビア語からラテン語に翻訳されるにあたっての取捨選択、誤訳があったことは当然のことながら考えられる。西欧文明に取り込まれたものは、本書に詳述されているように、ごく一部に過ぎない。

 これに対する一つの解答としては、バーナード・ルイスの『イスラム世界はなぜ没落したのか?』を挙げておこう。・・・日本語版の翻訳者はネオコンの原典と決めつけているが、あまり偏見をもたずにこの本を読んでみるのもいい。


翻訳について

 私が編集者だったら、日本語訳は「ロスト・ヒストリー」と固有名詞的にしただろう。そのほうが、「ロスト・シンボル」みたいで販促の観点からいえば良かったのではないかと思うのだが。

 引用文が、日本語訳ではなぜか例外なく擬古文で訳されているのは、正直いって煩わしい。これはまっくもて無意味である。ナンセンスである。読者を遠ざけ役割しか果たしていない。

 ウイルスと表記すべきところを、ヴィールスと訳している箇所があった。こういう訳語をみると、翻訳者も編集者も言語感覚に問題のある人たちだなあと思わざるを得ない。現在ではウイルスと表記するのが常識である。こういう箇所は編集者の手で強制的に直すべきだろう。まあ、ビールスよりかはマシだが。ちなみに、あえて書くのであれば、ヴァイラスというのが英語 virus の音に近い。

 Amazon に投稿されたレビューによれば、この翻訳書はアラビア語の音を正確に移していないようでもある。英語表記から音を起こしているためのようだ。『イスラム辞典』を発行している平凡社にあるまじきことではないか、と。こちらはより致命的な問題だろう。翻訳者選択のミスと言うべきである。監訳者を立てるべきではなかったか?


本日は・・

 なお、本日(2011年2月15日)は、預言者生誕祭(マウリド・アン=ナビー)である。ヒジュラ暦(イスラーム暦)による預言者ムハンマド(モハメット)の誕生日、ラビー・アル=アウワル月(第3月)12日に行われる。実際に目撃したことはない。



<ブログ内関連記事>

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・井筒俊彦訳の『コーラン』(クルアーン)についても言及。『ハディース』の詳細についても。






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2011年2月14日月曜日

書評 『アラブ諸国の情報統制-インターネット・コントロールの政治学-』(山本達也、慶應義塾大学出版会、2008)




インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学

 「インターネットは民主化を促進する」という命題がある。
 この米国発の楽観的な命題は、とくに検証されたわけでもないが日本でも広く受け入れられているので、チュニジアから始まって中東の大国エジプトにも波及した「民主化革命」においても、インターネットのチカラを礼賛する見解が多くクチにされたのも、当然といえば当然であろう。

 しかし、この見解はあまりにもナイーブなのではないか、本書に目を通した人ならかならずやそう思うに違いない。なぜなら、著者の表現を使えば、これは「インターネットの中身をブラックボックス化」した議論であるからだ。

 本書は、中東アラブ諸国に特徴的な、非民主主義的で権威主義的な「独裁政治」を成り立たせてきた情報統制の実態とメカニズムについて、グローバル経済のなかでそれぞれの国家が置かれている政治経済状況とインターネット技術との関係から、フィールドワークも踏まえてその考察したものである。

 インターネットにおける情報統制は、新聞・ラジオ・テレビといった伝統的なマスメディアにおける情報統制と共通するものがあるというと、日本や先進国の状況しか知らないと不思議に思うかもしれない。

 1996年に中東湾岸諸国のカタールで始まった「アルジャズィーラ」などの衛星放送は、簡単に国境を越えてしまうので、国家レベルでの情報統制が難しいのは当然だ。だが、グローバル経済の流れのなか、2000年以降に中東で本格的に普及が始まったインターネットは衛星放送よりも新しいメディアなのに、なぜ国家レベルでの情報統制が可能なのか?

 「インターネットの情報統制」のキーワードは、プロキシサーバと情報通信のツリー構造ネットワークである。情報通信ネットワークは一国単位でネットワークが構築されている。もし国外との通信の出入り口を一つに絞り込み、その運営を政権の息のかかった独占企業体の通信企業にまかせ、しかもそこにフィルタリングを目的としたプロキシサーバを設置すれば・・・。

 答えはもう明らかだろう。アラブ諸国では一部の例外を除いて、ほぼすべてこのパターンでインターネットの情報統制を行っているのだ。インターネット情報の一元的管理による、情報制限、情報検閲、そして情報モニタリング、特定のコンテンツの排除などさまざまな手段で情報統制を行っている。
 イスラームと情報統制は関係あるのか、それともないのかなどのテーマも含めて、詳しい議論は本文に直接あたってほしい。

 「チュニジア革命」と「エジプト革命」においても、ツイッターやフェイスブックなどの SNS 果たした役割を過大評価しないことが必要かもしれない。本書によれば、チュニジアは完全な情報統制国家、エジプトはプロキシサーバを設置していないものの、「見かけ上オープンなネットワーク」をもった情報統制国家であることがわかる。

 情報統制を行っている独裁国家で、いかに SNS を使った情報交換やデモ参加への促しが可能であったのか? おそらく今後、革命のプロセスがだんだんと明らかになっていくものと思われるが、現時点ではインターネットが果たした役割については、限定的に受け取るべきではないだろうか?。

 また「民主革命」が成就したあとも、典型的なインフラ産業である情報通信ネットワークが一夜にして変化することは考えにくい。2006年のクーデター後のタイで、軍事政権下の暫定政権が行っていた「インターネットの情報統制」を現地で体験した私には、そう思えてならないのだ。本書は、「民主化」後について考えるヒントも多く提供してくれるといってよい。

 本書は博士論文をベースにした研究書なので、全体的に繰り返しが多くて、やや冗長な面も感じなくもないが、本書で展開されている議論にかんしては、きわめて重要な視点を提供してくれたことを大いに評価したい。
 アラブ諸国の状況だけでなく、アジアの状況についてもきわめて示唆するところが大きいからだ。そういった観点から読むことも可能だろう。



<初出情報>

■bk1書評「インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学」投稿掲載(2011年2月14日)
■amazon書評「インターネットの「情報統制」のメカニズムからみた中東アラブ諸国の政治学」投稿掲載(2011年2月14日)





目 次

序章 インターネット時代の非民主主義国家
第1章 情報化の波に直面するアラブ諸国
第2章 情報統制のパターン
第3章 コード層でのインターネット・コントロール
第4章 物理層でのインターネット・コントロール
第5章 インターネット・コントロール政策をみる視点
第6章 インターネット・コントロール志向型情報統制国家
第7章 インターネット・コントロール放棄型情報統制国家
第8章 アラブ諸国のインターネット・コントロール政策
終章 グローバル化とアラブ諸国
あとがき

参考文献
索引


著者プロフィール

山本達也(やまもと・たつや)

名古屋商科大学外国語学部専任講師。1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。シリア国立アレッポ大学学術交流日本センター主幹・客員研究員、慶應義塾大学COE研究員(RA)などを経て現職。専攻は、国際関係論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

企業レベルでは、セキュリティの観点からフィルタリング目的で普通に導入されているプロキシサーバ

 企業レベルでは、セキュリティの観点からフィルタリング目的で普通に導入されているプロキシサーバ(proxy server)。これを、情報通信の出入り口を一元化した通信会社内に設置して、すべての報通信を監視するという方法論、これはけっして突飛な発想でも、技術的に困難な課題でもない。

 子どもに見せたくない悪質な内容のサイトをブロックする目的でも使用される。

 もちろん、私はインターネット・セキュリティの専門家ではないので、技術の詳細については語る資格はないが、目的と手段という観点から考えてみれば、誰にでもわかる話だろう。企業レベルのセキュリティ対策を、国家レベルで実施したという話である。
 
 国家レベルのセュリティ対策には、米国企業も関与していると言われている。


アジア諸国へのインプリケーションを考えてみる

 本書は、アラブ諸国をケーススタディの対象としているが、その他多くの「情報統制国家」を考えるのに非常に示唆的な内容だ。著者自身は、数行触れただけで、具体的な言及はしていないので、私の理解している限りのことを書いておこう。

 とくにアジアでは、中国、ベトナム、北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、ミャンマーでも、タイ、シンガポールでも同様である。

 たとえば、2006年クーデター後のタイ王国。民政移管までの期間、軍事政権下の暫定政権において「インターネットの情報統制」が行われていた。

 これを現地で実体験していたので、2008年に本書が出版されたとき、大いに知的好奇心を刺激されて購入したのである。クーデター前にタイ政府に協力したことのある日本人の専門家から、タイのインターネット情報統制の仕組みについて話を聞いていたので、ピンときたというわけだ。

 仕組みは、アラブ諸国と同じである。ツリー構造ネットワークによって、タイ国外との情報の出入り口は一元化されている。

 タイの軍政当局は、ある特定のキーワードをリストアップして、無差別にフィルタリングをかけていた(・・現在も程度の違いはあれ、フィルタリングはかけているようだ)。このため、問題ないのに表示できないサイトがでてきてクレームをつけても、問答無用で退けられたというウワサを聞いている。真偽のほどは確かではない。軍政当局はフィルタリング対象のリストは、当然のことながら公開していなかった。

 民政移管までの重要な政治課題であった「憲法改正」を、国民投票(レファレンダム)において僅差でかろうじて乗り切ったのち、軍政下の暫定政権は、かけこみで「治安維持法」を成立させている。

 タイでは、YouTube が遮断されていたことも記憶に新しいだろう。一般に「自由の国」と目されているタイも、一皮むけばこのような「情報統制国家」としての本質が現れてくる。

 タイでは現在でもプリント・メディアに発禁措置が取られることが多々ある。主に海外雑誌についてであるので、輸入禁止という措置である。The Economist が何度か輸入禁止になっている。

 タイを例に出したが、中国はいうまでもなく、ベトナムや北朝鮮といった「社会主義国」だけでなく、シンガポール、ミャンマー・・など、どの国も似たり寄ったりであろう。違いがあるとすれば、程度の差だけである。

 本書では、ドバイの例が興味深い。ドバイ首長国はアラブ首長国連邦(UAE:United Arab Emirates)を構成する首長国だが、「情報統制」を行っている UAE全体の情報通信政策とはまったく別個に、ドバイ内のフリーゾーンでは完全に自由な情報流通を認めている。IT分野の研究開発においては、情報流通の自由が確保されていないとだめだということを、ドバイ政府はトップレベルで理解しているためである、という。

 著者はこの状態を指して「ダブルスタンダード」といっているが、アジアの現状に則して考えてみれば、これは中国政府が採用している「一国二制度」に該当するといっていいだろう。中国国内は完全に情報統制が行われているが、自治政府のある香港では、原則として自由な情報流通が確保されている。中国本土から撤退したグーグルは、現在は香港で運営している。

 ベトナムや北朝鮮、そしてミャンマーでも初期投資額の小さなIT産業にはチカラを入れており、これらの国では特区のなかではかなりの程度の自由を認めているようだ。

 ざっとこのように、アジアでもアラブ諸国と同様、「インターネットの情報統制」は行われているのが常識と考えるべきであろう。



* なお、この書評(初出)は投稿先の bk1 でも紹介していただいている(2011年2月18日に記す)。
 bk1 書評ポータルにて紹介 2011年2月18日 「国際情勢にお詳しい“サトケン”さんの『アラブ諸国の情報統制』の書評がいつもながらとても参考になりました。ありがとうございます。」



<関連サイト>

「エジプト革命」でソーシャルメディアが果たした役割とは?(「現代ビジネス」2011年02月16日(水)市川裕康)

「NHKスペシャル ネットが革命を起こした-アラブ・若者たちの攻防-」(2011年2月20日放送)
・・面白い番組だった。フェイスブックを舞台にした、若者中心の反政府運動グループと、エジプト内務省との激しい攻防戦。アノニマス(匿名)と名乗る謎のハッカー集団による、エジプト政府への全世界からのハッキング攻撃。ネットの世界で起こっていたことのおおよそは、この番組で描かれていたとみていいのか私には判断できない。
 革命は成就し、そして革命は乗っ取られた。革命という名の破壊は成功し、革命後の再建という仕事は老練な大人たちによって牛耳(ぎゅうじ)られることになる。そして再び「情報統制」が静かに復活することであろう。映画 『アラビアのロレンス』のラストシーンを思い出す。

エジプトにおける「ICT革命」のメカニズムとその含意(山本達也)
・・当局の規制をかいくぐったフェイスブックを利用した「スマート・モブ」(smart mob)についての、本書の著者自身による時評。「スマートモブ」が「創発」(emergence)現象と結びつくことによって生じた「民衆のパワー」。「弱いつながり」が民衆の不満のうねりと同調した。ただし、SNSをめぐる「情報統制」の詳細にかんする論述はない。(2011年3月4日)
 


<ブログ内関連記事>

書評 『中東激変-石油とマネーが創る新世界地図-』(脇 祐三、日本経済新聞出版社、2008)

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった

エジプトの「民主化革命」(2011年2月11日)

書評 『地獄のドバイ-高級リゾート地で見た悪夢-』(峯山政宏、彩図社、2008)・・外国人には「人権」は保証されていないドバイ

月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」(FOREIGN AFFAIRS 日本語版) 2010年NO.12 を読む-特集テーマは「The World Ahead」 と 「インド、パキスタン、アフガンを考える」
・・「インターネットは自由も統制も促進する-政治的諸刃の剣としてのインターネット-」(イアン・ブレマー)論文に注目。「インターネットと相互接続権力の台頭」(エリック・シュミット Google CEO、ジャレド・コーエン Google Ideas Director)論文も注目。

Google が中国から撤退!?(その3)・・グーグルが中国に進出しながら、のちに撤退した理由は何か?





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