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2013年9月29日日曜日

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?


この本はじつに面白い。amazon からつよくレコメンドされたので買って読んでみたのだが、期待を裏切ることはまったくなかった。

「2045年問題」とは「特異点問題」とも言うそうだが、乱暴に要約してしまえば、2045年頃にはコンピュータ技術が爆発的に発展し、それから先はコンピュータの行く末を人間が予測できなくなるという仮説のことだ。

日本ではあまり耳にしないが、この仮説はアメリカや、英国を中心にした欧州ではさかんに議論されているそうだ。この仮説はただたんに議論の対象ではなく、人工知能開発に一層の拍車をかける推進力となっている。

冒頭で 「amazon からつよくレコメンドされた」と書いたが、これこそまさに人工知能の産物である。「amazon のレコメンド」もまた、「機械学習」という人工知能のあたらしい潮流のなかにある。「Google の検索」については言うまでもない。

「特異点」(singularity)という発想の根底にあるのは、技術の発展は直線的(=リニア)ではなく、指数関数的(exponential)に発展するという経験則だ。ヒトゲノム解読など、みなコンピュータの演算処理能力の爆発的な増大で想像以上のスピードで達成されてきた。S字カーブの繰り返しによるスピード上昇である。

現在グーグルの技術顧問も務めている、アメリカの発明家でフューチャリスト(=未来研究者)のレイ・カーツワイルがその議論の中心にいる。カーツワイルは人工知能(AI)研究の分野で世界的権威の一人とされている。

本書は、カーツワイルの議論の解説と、宇宙物理学者である著者自身のコメントを一冊にした思索の書といったらいいだろう。

目次を紹介しておこう。

1章 コンピュータが人間を超える日-技術的特異点とは何か
2章 スーパー・コンピュータの実力-処理速度の進化
3章 インターフェイスの最先端-人体と直結する技術
4章 人工知能開発の最前線-意識をもつコンピュータは誕生するか
5章 コンピュータと人類の未来-技術的特異点後の世界
6章 コンピュータが仕事を奪う-大失業時代の予兆
7章 人工知能開発の真意-コンピュータは人類を救えるか

ここのところ、『機械との闘い』など「コンピュータという機械」の進化のスピードがさらに増しており、雇用に多大な影響を与えるという警告本(?)が多くでてくるようになっているが、この「2045年問題」もまた注目しておかねばならないと思う。

2045年には、意識を備えたコンピュータが人類を支配するというSF映画『マトリックス』の世界が、現実になるかもしれないのだ。

2045年はいまから32年後だから、82歳のわたし(!)はかろうじてまだ生きていると思うが、コンピュータの爆発的進歩によって、コンピュータによって補強されたサイボーグ的身体になっているのかもしれない。そうなれば100歳も夢ではないかもしれないな(笑)
  
じっさいのところ、カーツワイルも指摘しているように、現時点ですでにスマートフォンなしの生活など想像しにくい。スマホは体内に埋め込まれたものではないが、人間機能の補助として機能している。ペースメーカーであれば、すでに体内に埋め込まれている。

そう考えると、2045年時点のマン・マシン・インターフェイスにかんする予測もあながち荒唐無稽とは言い切れない気もしないではない。

ただ、この「特異点」(=シンギュラリティ)という発想は、資源の限界を考慮に入れていない。人口は指数関数的に増えるが、資源はそうではないことを指摘したのは英国の人口学者マルサスであった。倫理面での制約も視野にはない、純粋にテクノロジーにかんする議論でもある。

21世紀は近代終焉以降の、つぎの時代に移行する混乱期であり、あたらしいものが発生する前のカオス状態である。そもそもカオスは予測不可能であり100%制御不可能という点も考慮に入っていないという印象は受ける。

著者もまた、「特異点」(=シンギュラリティ)という発想は、英語圏すなわちアングロサクソン世界に特有のものであることは指摘している。欧州でもフランスやドイツなど大陸諸国では流行していないようだ。

だが、「30年前」ですら現在からみればすでに隔世の感もあるから、いまから「30年後」は想像もできない世界になっている可能性は大きい。

意外と人間というものは、最先端のテクノロジーをつかいこなしたうえでそれに慣れてしまい、それなしでは生きていけなくなってしまうものだ。つまりこの点にかんしてはめったなことがない限り、後戻りはほとんどない。

まだまだ先のことと思わず、ぜひ読んでみることを「機械ではない生身の人間」であるわたくしがみなさまにレコメンドいたします。指数関数とは対数のことですが、本書には数式はほとんどでてこないので、安心して読めるでしょう。





著者プロフィール

松田卓也(まつだ・たくや)
1943年生まれ。宇宙物理学者・理学博士。神戸大学名誉教授、NPO法人あいんしゅたいん副理事長、中之島科学研究所研究員。1970年、京都大学大学院理学研究科物理第二専攻博士課程修了。京都大学工学部航空工学科助教授、英国ウェールズ大学ユニバーシティ・カレッジ・カーディフ応用数学天文学教室客員教授、神戸大学理学部地球惑星科学科教授、国立天文台客員教授、日本天文学会理事長などを歴任。コンピュータ創世記である1960年代から、大型コンピュータを駆使した数値シュミレーションを行い、 京都大学や神戸大学でコンピュータ関連施設の運営委員を歴任するなど、コンピュータの最先端事情に詳しい。 主な著書に『これからの宇宙論-宇宙・ブラックホール・知性-』(講談社ブルーバックス)、 『正負のユートピア-人類の未来に関する一考察-』(岩波書店)、 『新装版 相対論的宇宙論-ブラックホール・宇宙・超宇宙-』(共著、講談社ブルーバックス)、 『時間の本質をさぐる-宇宙論的展開-』(共著、講談社現代新書)、 『タイムトラベル超科学読本』(監修、PHP研究所)など(各種データより作成)。


<関連サイト>

レイ・カーツワイル(Ray Kurtzweil) (wikipedia英語版)

世界的権威レイ・カーツワイルが、グーグルで目指す「究極のAI」(Wired 日本語版 2013年5月2日)・・「昨年、AI(人工知能)研究の分野で世界的権威の一人とされるレイ・カーツワイルがグーグルに加わった。彼のグーグルでの研究やヴィジョンはいかなるものなのか。WIREDによるカーツワイル氏へのインタヴューから、いくつかのQ&Aを抜粋して紹介する」

レイ・カーツワイル:今後現れるシンギュラリティ(技術的特異点)を学ぶ大学(TEDプレゼン 2009年2月収録 日本語字幕つき)

レイ・カーツワイル 「加速するテクノロジーの力」(TEDプレゼン 2005年2月収録 日本語字幕つき)

収穫加速の法則(wikipedia日本語版)

技術的特異点(=シンギュラリティ) (wikipedia日本語版)

かなり高額なのにエリート管理職が続々参加!超未来志向の大学「シンギュラリティー・ユニバーシティー」とは (ダイヤモンドオンライン 2012年12月13日)

機械学習革命 的中したビル・ゲイツの予言 (日経コンピュータ、2014年8月4日~8日)
・・「自ら学習するマシンを生み出すことには、マイクロソフト10社分の価値がある」。 米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は今から10年前の2004年2月にこう語った。 その時は来た。 米グーグルや米アップル、米フェイスブックといった先進IT企業は今、コンピュータがデータの中から知識やルールを自動的に獲得する「機械学習」の技術を駆使し、様々なイノベーションを生み出し始めている。 これらは来たる機械学習革命の、ほんの序章に過ぎない。 機械学習の本質は、知性を実現する「アルゴリズム」を人間の行動パターンから自動生成することにある」

Keen On-『第二の機械時代(The Second Machine Age)』の著者にデジタル経済が進展する中での人間の役割を聞く (TechCrunch、2014年2月14日)

Artificial intelligence meets the C-suite Interview|  (McKinsey Quarterly, September 2014)
・・「Technology is getting smarter, faster. Are you? Experts including the authors of The Second Machine Age, Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee, examine the impact that “thinking” machines may have on top-management roles.」  『第二の機械時代』の共著者ブリニョルフソンとマカフィーをまじえた座談会。エグゼクティブははたして生き残れるか?という議論で、ある起業家は、「機械にできることは機械にまかせるという発想はアウトソーシングの発想と同じだ」と喝破している。 

「Google DeepMind」が驚異的な速さで学習! 人工知能への危機感も高まる (宮本和明のシリコンバレー最先端技術報告)(ITPro、2015年1月27日)
・・「TeslaやSpaceX創設者Elon MuskはWebサイトで、人工知能は深刻なリスクを内包し、5年以内に問題が起こると述べている。・・(中略)・・根拠の一つがDeepMindと言われている。DeepMindが驚異的な速度でゲームを学ぶことを見て、危機感を抱いたとされる。 さらに、インターネットには膨大な“教材”がそろっており、人工知能が学習できる環境がある。Muskはこれを悪用することに対する懸念も表明している。悪意のあるものがここに逃げ込み、学習を重ねることを阻止する必要があると述べている」

AIの「人間超え」、その時トップ囲碁棋士は  緊急寄稿:高尾紳路九段が見たシンギュラリティの風景 (日経ビジネスオンライン、2016年3月19日)
・・「今回の五番勝負は、非常に公平なルールで打たれたと思う。何を持って「人間を超えた」とするかは人それぞれだろうが、私は素直に人工知能が人間を超えたと言ってよいと思う。・・(中略)・・グーグルはアルファ碁の開発で培ったディープラーニングなどの人工知能技術を、医療や気候モデリングにも役立てていく方針だと聞く。囲碁が社会の深刻な課題の解決に貢献できるのなら、これほど誇らしいことはない。

(2014年9月11日、2015年1月27日、2016年3月19日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ
・・カーツワイルの「特異点」(=シンギュラリティ)についても取り上げられている

書評 『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)-現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?

書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)-地政学で考える

書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する

PS この投稿で奇しくも1212本目とぞろ目になった。まだまだ書きますよ!




(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年9月28日土曜日

月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ


月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)の最新号(2013年11月号)の 「そして「理系」が世界を支配する。」はじつに面白い特集だった。

アメリカでは、名門ハーバードですら人文系(humanities)の人気が下がっているという。就職で有利にならないからだ。人文系教育を中心にした小規模リベラルアーツ・カレッジでも状況は同じらしい。

もともと遅れて近代化を開始して日本は、欧米先進国へのキャッチアップを至上命題としてきたため、実用性の高い工学部が法学部が最重視されてきた。就職に直結しない人文系は低い扱いを受けてきた。だから最初このタイトルをみたときは、日本みたいになってきたのかな、と思った。

だが、アメリカの状況はそうではない。数学の重要性がかってないほど大きくなりつつあるというのだ。その理由はビジネス界におけるビッグデータにある。

ビッグデータとは、膨大なデータを収集分析することによって、いままで見えてこなかった相関関係を複雑なアルゴリズムにもとづいた統計的手法によって発見し、経験や勘に頼らない意思決定を行うことをさしている。膨大な量のデータを解析するため市販のソフトウェアでは処理不可能で、データ・アナリストという専門家が必要とされる。

そのデータ・サイエンティスト人気が沸騰しているのがいまのアメリカの現状であり、後追い的に日本でも人気が高まりつつある現状だ。いまもっともセクシーな職業(!?)とさえいわれている。

データ・アナリストになるには、統計学はもちろんのことコンピュータサイエンスや数学といった基礎的な学問だけではなく、世の中のもろもろについて通じている必要がある。分析対象が人間のかかわる現実社会である以上、たんなる技術オタクだけではデータを的確に読み取ることもできないからだ。

だから、人文系専攻の人気は急速に低下しているのである。学問としての必要がないわけではないが、就職先がないのでは仕方あるまい。そう考えている学生がアメリカでは少なくないらしい。

キーワードは、数学を中核においた「文理融合」というべきだろう。


アングロサクソン世界における確率論的思考

「因果関係よりも相関関係」で考える! 編集長の冨倉氏は後記で特集のキモを的確に要約している。

時間差メカニズムが本質の因果関係が解明できなくても、2つの事象のあいだに相関関係があることがわかれば、それがビジネスの現場であればアクセルを踏み込めばいい。極論すればそういうことだ。むしろ過度に因果関係にこだわると足をすくわれることがある。

なぜなら、これは統計学や確率論をやっていれば「常識」であるが、相関関係イコール因果関係ではないからだ。統計的な相関関係は、かならずしも因果関係ではないのだ。日本人がよく理解していないのはこの点だ。

そもそもアメリカを中心としたアングロサクソン世界では確率論的思考が重視されてきた。人間社会は因果律に支配されているのではなく、未来は確率論により選択された意思決定によってつくられていくものである、と。

ビジネスの世界では生産管理は当然のこととして、それ以外のマーケティングにおいても統計学が重視されてきたし、全体的にその傾向がある。

ある意味では、アングロサクソン的思考そのものが理系の思考とは親和性が高いと思われる。実験と観察を重視し、しかも観察は多面的かつ複眼的に行うことが当然のこととされている。集合知という発想はコンピュータの処理能力アップが前提ではあるが、アングロサクソン的思考そのもののようだ。

いまアメリカではビッグデータ時代になってからデータアナリストの人気がうなぎのぼりで、必然的に統計学や数学が重視される傾向にあるわけだが、20数年前にアメリカの理工系大学のMBAコースにいたわたしの個人的印象ではかならずしもそうではなかった。

アメリカでは理系人気が落ち込み、ユダヤ系やインド系を除くと、一般的に白人のアメリカ人は数学が弱いという印象をわたし個人としてもっていた。だから、英語がそれほど得意ではない日本人でも、日本人としては平均レベルの高校数学さえできれば留学生活はなんとかやり過ごせるのだ、と(笑)

だが、この認識を改めなくてはいけないようだ。それほどアメリカでは急激に変化しつつあるのだ。


「私立文系」の受験に数学の復活を!

そもそも、西洋文明においては古代ギリシア以来、リベラルアーツのなかに数学はしっかりと位置付けられている。有名なプラトンの学園には、「幾何学を学ばざる者この門をくぐるべからず」という額がかかっていたのであった。

だから、アメリカにおいても、もともと数学や理科はリベラルアーツ教育においても重視されてきたのだ。全体に安直な志向のなか数学を勉強する者が減っていたのであろう。だが、とくに2008年のリーマンショック以来、そんなことを言っていられない状況にあるということだ。

「理系」というのが日本語独特の表現で、「理系」と「文系」という区分じたい日本だけである。「文理融合」とならなくては日本には未来はない。

「私立文系」というカテゴリーは大学受験予備校がつくりだしたものだが、大学受験に数学がない(!)という状況は異常である。受験に数学をいれると受験生が減少し、その結果、受験料収入が減少してしまうという私学経営者の懸念は理解できなくはないが、日本全体のレベル底上げという大義はしっかりと理解していただきたいものだ。

英語だけではない。数学も必要なのだ。英語ができる生徒は数学もできるというのは、日本でもむかしからよく知られている「相関関係」の事例ではないか!

英語と数学に共通するもの、それはロジックである。論理的思考である。

わたしはこの10年以上、ことあるごとに数学の重要性を主張してきた。「黒船」というわけではないが、海の向こうのアメリカからやってくる大きなうねりによって、ようやく大学教育における数学重視の姿勢が生まれてくるのではないかと期待している。

日本の教育関係者のみなさんには、ぜひこの「特集 そして「理系」が世界を支配する」をすみずまで読んで危機感をいだき、そして数学の重要性について覚醒していただきたいと願う次第だ。





目 次

PART 1 世界のルールは「理系」が作る

●数字がすべての世界で、私たちは「アルゴリズムの奴隷」になるのか
●情報量の爆発的増加で ニュースの読まれかたも変わる
●世界を震撼させた「新時代の予言者」ネイト・シルバーとは何者か
●米国の名門大学が育成に力を注ぐビッグデータの〝魔術師〞とは
●ハーバードの学生たちに広がる急激な「文系離れ」の波紋
●ウォール街を 支配しているのは、経済学者ではなく数学者たちだった

◆Interview-1 大栗博司|物理学者
米国の「理系学生」たちの優秀さは日本の学生とは比べものになりません
◆Interview-2 竹内薫|サイエンスライター
 〝文系バカ〞になりたくないなら まず統計を学ぶことから始めよう

PART 2 「理系」は世界をこう見ている

●もし「数学オタク」のアラフォー女性が世界的IT企業のCEOになったら
●「理系」の億万長者たちが夢見るあまりに過激な「未来予想図」
●シリコンバレーの政界進出で米国の産業構造が塗り替えられる!?
●〝経験〞や〝勘〞なんかに頼らない
●グーグル流「革命的ベンチャー投資法」
●「2045年、すべての病は治療可能になり、他人の脳と〝連結〞できるようになる」
●ビッグデータは人間の脳を超えるのか「まったく新しい人工知能」の衝撃

◆Interview-3 安宅和人|ヤフーCSO
 これからのビッグデータ時代に「必要とされる人材」の条件とは
◆Interview-4 青木薫|翻訳家
〝文系人間〞でも楽しめる必読「理系の教養本」ガイド

その他は省略



<関連サイト>

 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号
http://courrier.jp/contents/courrier108.html

経営者よ「因果関係」は追うな!「相関関係」を見よ-「ビッグデータ」伝道師が日本企業に告ぐ (ダイヤモンドオンライン 2014年3月20日)

「技術革新で仕事の5割が消滅」20年後の社会 (ハフィントンポスト 2014年1月20日 執筆者 Michael Rundle 47% Of All Jobs Will Be Automated By 2034, And 'No Government Is Prepared' Says Economist

機械学習革命 的中したビル・ゲイツの予言 (日経コンピュータ、2014年8月4日~8日)
・・「自ら学習するマシンを生み出すことには、マイクロソフト10社分の価値がある」。 米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は今から10年前の2004年2月にこう語った。 その時は来た。 米グーグルや米アップル、米フェイスブックといった先進IT企業は今、コンピュータがデータの中から知識やルールを自動的に獲得する「機械学習」の技術を駆使し、様々なイノベーションを生み出し始めている。 これらは来たる機械学習革命の、ほんの序章に過ぎない。 機械学習の本質は、知性を実現する「アルゴリズム」を人間の行動パターンから自動生成することにある」

Keen On-『第二の機械時代(The Second Machine Age)』の著者にデジタル経済が進展する中での人間の役割を聞く (TechCrunch、2014年2月14日)

Artificial intelligence meets the C-suite Interview|  (McKinsey Quarterly, September 2014)
・・「Technology is getting smarter, faster. Are you? Experts including the authors of The Second Machine Age, Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee, examine the impact that “thinking” machines may have on top-management roles.」  『第二の機械時代』の共著者ブリニョルフソンとマカフィーをまじえた座談会。エグゼクティブははたして生き残れるか?という議論で、ある起業家は、「機械にできることは機械にまかせるという発想はアウトソーシングの発想と同じだ」と喝破している。 

(2014年9月11日 情報追加)





<ブログ内関連記事>

書評 『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)-現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本

書評 『1億人のための統計解析-エクセルを最強の武器にする-』(西内啓、日経BP社、2014)-ビジネスパーソンなら誰もが使えるはずのエクセルでデータ分析が可能となる

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
・・アメリカの発明家でフューチャリスト(=未来研究者)のレイ・カーツワイルがその議論の中心

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)
・・コンピュータの処理手順を意味するアルゴリズムは、9世紀の科学者アル・フワーリズミーのラテン語読みがなまったものである

本の紹介 『ユダヤ感覚を盗め!-世界の中で、どう生き残るか-』(ハルペン・ジャック、徳間書店、1987)
・・「自分でプログラムを組んでいてわかることは、これはまさしくタルムード思考の、例の複雑な論理そのものの現実化ではないか、ということである。ある条件ではこうしてみる、ある条件ではこんなふうにするということが、複雑に関連し合って絡み合うことが、本当にタルムード的なのである」、と著者は言う

書評 『知的複眼思考法-誰でも持っている創造力のスイッチ-』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)

書評 『山本覚馬伝』(青山霞村、住谷悦治=校閲、田村敬男=編集、宮帯出版社、2013)-この人がいなければ維新後の「京都復興」はなかったであろう
・・「砲術家だけに数理的能力が高く、経済にも明るかった理詰めの人。余談になるが、江戸時代の日本では数学がブームだったという背景を知っておくことが必要だろう。カネがかからないひまつぶしとして、数学の難問を解くことが一般庶民レベルまで流行っていたらしい」 

書評 『シゴトの渋滞学』(西成活裕、新潮文庫、2013)-数学者が数式をつかわずに書いた読みやすくて役に立つ実用書

映画 『マネーボール』 をみてきた-これはビジネスパーソンにとって見所の多い作品だ!
・・「メジャーリーグ球団のひとつ、カリフォルニア州北部にフランチャイズのあるオークランド・アスレティクス(Oakland Athletics)の GM(=ゼネラル・マネージャー)として球団経営に数字とロジックを持ち込んで、劇的な V字回復を果たした44歳の中年男の実話(ture story)に基づいた映画」クーリエの特集でも取り上げられているネイト・シルバー(Nate Silver)がデータ・アナリストのモデルといわれる 

シリコンバレーだけが創造性のゆりかごではない!-月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2012年1月号の創刊6周年記念特集 「未来はMITで創られる」 が面白い

書評 『ネット・バカ-インターネットがわたしたちの脳にしていること-』(ニコラス・カー、篠儀直子訳、青土社、2010)

書評 『教養の力-東大駒場で学ぶこと-』(斎藤兆史、集英社新書、2013)-新時代に必要な「教養」を情報リテラシーにおける「センス・オブ・プローポーション」(バランス感覚)に見る

ビジネスパーソンに「教養」は絶対に不可欠!-歴史・哲学・宗教の素養は自分でものを考えるための基礎の基礎

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2013年9月24日火曜日

書評 『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)-「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ


本書は日本近代政治史の第一人者が描いた明治維新「革命」における「革命家」西郷隆盛へのオマージュである。

たしかに現在76歳の著者がいうように、西郷隆盛ほど「虚像」がまかりとおってきた存在もないかもしれない。上野公園の銅像を筆頭に。だが、それは主に政治的志向のつよい知識人の世界の話ではあるまいか?

教育をつうじた「虚像」は、きわめて悪質なものであったと言わねばなるまい。

やれ征韓論を強硬に主張したとか、やれ西南戦争における不平士族の反乱の指導者であると、西郷に着せられた汚名の数々はそうした誤った史観の反映である。

それは左翼だけでなく右翼においても同様だった。その点は著書の見解には賛同する。

だが、鹿児島の人たちによる圧倒的な支持は当然のこととして、鹿児島出身者以外でも一般庶民のレベルにおいては、多くの一般人は一貫して西郷隆盛支持をつづけてきた。

だから、これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたわけだ。

本書はその最新の一冊である。


西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者にして実行者

著者は本書のなかで何度も強調しているように、西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者であり、かつ実践者であったということだ。

(お雇い外国人キヨッソーネ筆になる西郷隆盛の肖像画)

もちろん、革命といっても、かつて左翼のいわゆる「進歩派」の歴史学者たちが主張していたブルジョア革命ではまったくない。革命の主体がブルジョワ階級(・・商工業の経営層である中上層市民)ではなく、下級武士であったからだ。

西郷がやり抜いたことは、下級武士階級による武士の身分そのものの解体という過激な内容であった。これは、ただ徳川幕府を倒しただけではなく、クーデターという非常手段であるとはいえ、鎌倉幕府開設以来つづいてきた日本封建制700年の歴史に完全に終止符を打った(!)のである。これを「革命」と言わずして何が革命か!

西郷隆盛という人物が百年に一人の逸材というよりも、日本史においては「千年に一人の人物」であったことを意味していると受け取るべきかもしれない。

「革命家としての西郷」が、「土地本位の地方分権制としての封建制」に終止符をうつ廃藩置県まで構想していたということ、そしてその実現によって革命家としての西郷の使命は終わったこと。これは重要なことだ。日本が生き残るため、当時の情勢では強力な中央政府が不可欠であるという思想に基づいたものだが、西郷自身は中央集権制の建設者になるつもりはなかったのだ。

廃藩置県以降の西郷はすでにその使命(=ミッション)を終えていたのであるが、残る問題は革命の推進力となった「革命軍」をもてあましたことにある。、これはフランス革命でも、中国革命でも、イラン・イスラーム革命でも、「革命は銃口から生まれる」(毛澤東)という点において共通する事情だ。

西郷には軍事指導者としての卓越したリーダーシップがあっても、政治を動かすマネジメント能力が不足していたのは否定できない。奄美への島流しにあい、投獄もされ、その間の約4年半に学問や胆力を積むことはできたが、政治的実践の場からは遠ざけられていたからだ。この4年半の損失は政治家にとってはじつに痛かった。

だが重要なことは、生涯において一度たりとも攘夷主義者ではなかったという点。その点が、科学技術による開国を主張していた佐久間象山を尊敬し、その流れにある勝海舟とも気脈をつうじあえた所以である。吉田松陰の流れをくむファナティックな攘夷主義者との大きな相違点だ。

そして福澤諭吉の『文明論之概略』を愛読し大いに評価していたこと。福澤諭吉が西南戦争に際して西郷隆盛を政府の横暴に対する抵抗であると弁護したことは、たとえ会ったことはなくても、両者が互いにリスペクトしあっていたことを物語るものだ。


日本近代政治史における西郷隆盛という存在

本書にかんしては、引用文に現代語をつけないのは、幕末の志士たちの息遣いがそのまま伝わってくるのが利点ではあるが、漢語の教養の乏しい現代の一般人にはやや厳しいかもしれない。

また最後の最後まで本書で不満に思ったのは、ではその政治構想がいかなるところから西郷に生まれたのかという点が不問に付されていることである。著者が政治史を専門とし、思想史は専門外であるためだろう。

「打てば響く」という大器の西郷を描くのはきわめて難しい。あまりにも人物が大きすぎるためだ。これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたが、これからもまだまだ多くの人が書き続けていくことでであろう。

本書は、もっぱら西郷の視点で描いた幕末から明治維新にかけての13年間の政治史であり、壮年期のほとんどを「革命」に身をささげた西郷隆盛へのオマージュである。

熱い思いのこもった一冊である。


(西郷隆盛終焉の地とされる城山の洞窟 筆者撮影)


PS 西郷隆盛の終焉(1877年9月24日)

本日(2013年9月24日)は、奇しくも西郷隆盛が西南戦争最後の激戦地となった城山で没したした日である。

いまから126年まえの1877年(明治10年)のことであった。「もう、ここらでよか」という一言を残して部下に首をはねさせたのであった。享年51歳。

明治6年に新暦(グレゴリオ暦)が導入されていたので、まさにきょうこの日が西郷隆盛の命日にあたる。合掌。




目 次

はじめに
第1章 「攘夷」なき「尊王」論者
 1. 西郷登場のタイミング
 2. 「外圧」と挙国一致
第2章 安政の大獄と西郷隆盛
 1. 先達の挫折と西郷の登場
 2. 西郷と「留守薩摩」
第3章 西郷の復権
 1. 流刑中の中央政治
 2. 幕府の復権と西郷の復活
 3. 「公儀輿論」か「武力倒幕」か
第4章 大名の「合従連衡」から藩兵の「合従連衡」へ
 1. 「薩土盟約」と「大政奉還」
 2. 「官軍」の形成と二院制
 3. 西郷隆盛の限界
第5章 「革命」の終了と政権復帰
 1. 議会制か御親兵か
 2. 西郷における「革命」の終了
第6章 廃藩置県後の西郷 終章 西郷の虚像と実像
 1. いわゆる征韓論
 2. 台湾出兵と西郷
終章 西郷の虚像と実像
おわりに


著者プロフィール

坂野潤治(ばんの・じゅんじ)
1937年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。文学修士。東京大学社会科学研究所教授、千葉大学法経学部教授を経て、東京大学名誉教授。専門は日本近代政治史。主な著書に、『近代日本の国家構想-1871~1936-』(岩波書店、吉野作造賞)、『日本憲政史』(東京大学出版会、角川源義賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(西郷隆盛終焉の地に建つ石碑 筆者撮影)


<関連サイト>

敬天愛人の原拠(田村貞雄 日本近代史)
・・西郷隆盛といえば「敬天愛人」。この「敬天愛人」の根拠は漢訳聖書にあるらしい。直接の典拠は儒者でキリスト教徒であった中村正直にあるようだ。さらにさかのぼれば康煕帝の「敬天愛人」にある。福澤諭吉の『文明論之概略』を読み込んでた西郷隆盛ならありうる話だ







<ブログ内関連記事>

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本
・・著者による革命としての明治維新論。これもあわせて読むべき名著

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)
・・壮年期の5年を離島への島流しのためフイにした西郷隆盛ならでこその名言

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・旧庄内藩士たちに与えた西郷隆盛の圧倒的な影響

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった
・・経済オンチの参議・西郷隆盛を、新政府の大蔵官僚として出仕した渋沢栄一がたしなめるシーンがある。西郷隆盛が政治的に封建制に終止符を打った「廃藩置県」だが、スムーズな実行を財政面から実現した立役者が渋沢栄一であったことは明記しておく必要がある

(2014年12月30日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年9月23日月曜日

書評 『川崎尚之助と八重-一途に生きた男の生涯-』(あさくら ゆう、知道出版、2012)-幕末を生きた知られざる男の「名誉回復」は2011年から始まった!


川崎尚之助(かわさき・しょうのすけ)、この名前を昨年(2012年)の段階で知っていた人はいったいどれだけいたのだろうか? もちろんわたしもまったく知らなかった。

NHK大河ドラマ『八重の桜』の主人公・新島八重の初婚の相手であった川崎尚之助。蘭学者で砲術家。会津藩と運命をともにした男。

この男のことを誰も知らなかったのは仕方ない。大河ドラマで取り上げられるまでは事実関係もほとんど明らかになっていなかったからだ。

しかも、本書の著者あさくら氏によれば、ドラマ化が発表されるまで、この男のことはほとんど知られることもなかっただけでなく、「逃げた男」という汚名を帯びた虚像が捏造されまかりとおっていたのである。

本書は、その知られざる川崎尚之助を徹底的に調べ上げ名誉回復を実現した在野の歴史研究家の入魂の一冊である。

著者による徹底調査は、大河ドラマのテーマが発表された2011年に開始された。


川崎尚之助は但馬国の出石藩の出身

会津藩士となって旧会津藩と運命をともにした川崎尚之助(1836~1875)は、但馬国の出石(いずし)の出身である。出石は、現在は兵庫県豊岡市に編入されている内陸の土地である。

出石(いずし)といえば関西では蕎麦(そば)と結びつく。いわゆる「出石の蕎麦」である。18世紀初頭、信州上田から移封された仙石家が持ち込んだものだという。つまり痩せた土地であったということだ。

だが、啓蒙思想家で法学者であった加藤弘之をはじめ、明治新政府に有為の人材を送り込んだことでわかるように、出石藩は学問をきわめて重視した土地柄であった。そんななかからでてきたのが川崎尚之助であったことが本書を読むとよくわかる。

川崎家はお家騒動の余波を受けて苦杯をなめた出石藩士であった。川崎尚之助が蘭学と砲術研究で身を立て蘭学塾で同窓であった山本覚馬の誘いにおうじて会津に行ったのは、故郷に戻ったところで浮かばれることがない悟っていたためのようだ。

必要とされる場所で、必要としてくれる人のためにナレッジワーカー(=知識労働者)として働く喜び。それは人脈(=人的ネットワーク)によって実現した道でもあった。

ついでだが、但馬の方言は関西アクセントではない。東京アクセントにきわめて近い。だからドラマでの川崎尚之助のしゃべり方はおかしくないのである。

(Googleマップで地理的な位置を知る:Aで示したのが出石)


川崎尚之助は「手形詐欺事件」に巻き込まれていた!

川崎尚之助が会津藩士に取り立てられ、山本八重と夫婦になったことはドラマにも再現されているが、会津戦争後については、ドラマでは詳しく語っていないことと、事実を脚色している点があることが本書を読むとよくわかる。

ドラマでは詳しく語っていないこととは、まずは会津藩士に取り立てられた理由

「禁門の変」で京都の治安維持にあたっていた会津藩の大砲隊が大活躍した。その際ぜひ砲術専門家の川崎尚之助を京都に招聘したいという要請がでてきたが、藩士ではないので実現しなかったのである。これが伏線となって会津藩士への途が開かれたのだ、と。

会津戦争における敗戦後、旧会津藩の移封先である下北半島にともに渡った川崎尚之助だが、川崎尚之助が巻き込まれた外国商人との訴訟の中身についてもドラマでは詳しく触れられていない。

川崎尚之助は、先物取引にかかわる「手形詐欺事件」に巻き込まれていたのだ!

旧会津藩士たちの多くが下北半島で飢餓に苦しんでいたことは、『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書、1971) にも書き記されていることだが、川崎尚之助は藩士たちとその家族の飢餓を救うため、幕末から開港地として外国貿易が盛んであった津軽海峡の対岸の函館で、食糧であるコメの調達に奔走していたのである。

そのために考案したのが商品先物取引。斗南でその年に収穫予定の大豆「先物」(さきもの)と、輸入された外米である広東(カントン)米の「現物」を交換する取引を函館在住のデンマーク商人と結ぶことに成功する。

だが川崎尚之助は、仲介役として仲間にした日本人商人にだまされ「手形詐欺事件」に巻き込まれることになる。そしてまた当然のことながら寒冷地での慣れない農作業による大豆の収穫は、実現しないで終わる。

不平等条約状態の日本であったが、オランダ語に精通していた蘭学者の彼は手形詐欺事件では勝訴を勝ち取る。だが、先物取引の清算(=クリアリング)にかんしてはデンマーク商人との訴訟は継続され、1875年(明治7年)東京で肺病をこじらせ困窮死することでやっと終結することになった。罪を一身に背負った生涯であったのだ。

礼節を重んじ、アタマの切れるインテリであったが、インチキ日本商人にだまされたことを恥に思っていたのでもあるのだろう。だが、命をかけて最後まで訴訟を戦い抜いた姿勢はすばらしい。

ドラマには登場しないが、川崎尚之助と行動をともにしたのが旧会津藩士の柴太一郎(しば・たいちろう)である。

柴太一郎はかの柴五郎の長兄で、先に言及した 『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書、1971) にも登場する。柴五郎の『遺書』には、長兄・太一郎が外国人との訴訟にかかわっていたことは記されていても、川崎尚之助にかんしてはいっさい言及がない。当時10歳であった柴五郎の記憶に残る人ではなかったのかもしれない。この点については著者のあさくら氏はまったく触れていない。

事実を脚色している点とは、ドラマでは八重は東京で川崎尚之助に会ったという設定になっているが、その事実はなかったと著者は断言していることだ(P.222)。どうやらこれが小説家の創作内容をドラマにふさわしいという理由で採用したと推測される。

基本的に史実に忠実なドラマであるだけに、こういう事実を曲げた個所があるのはじつに残念なことだ。


「一途に生きた男」

「資料発掘の鬼」と自称する著者が、ドラマ『八重の桜』に際して関心をもつに至った川崎尚之助。一年半の徹底的な調査でようやくあきらかになってきた成果が本書である。

著者は川崎尚之助のことを、「一途の男」と評している。本書を最後まで読むと、この評価がまさに適切であることが納得される。

この「一途さ」ゆえ、山本覚馬の知遇をえて会津まで行ったわけであり、会津藩士に取り立てられたのであり、会津藩への恩を深く感じていたからこそ会津戦争を戦ったのちも下北半島まで同行したわけであり、旧藩士たちの窮乏を救うために先物取引にかかわったわけであり、妻である八重に迷惑をかけまいと訴訟のことは知らせず、罪を一身に背負って言い訳をせず最後は困窮のうちに死ぬこととなった。

そういう「一途に生きた男」の生涯を発掘し、名誉回復に貢献できたことは著者冥利につきるものだし、また読者としてもじつによろこばしい。歴史に大きな足跡を記した人物ではないが、幕末を駆け抜けたこういう男もいたのだと知ることに意味があるのだ。

ただ残念なことに、どのような容貌であったのか肖像画も写真も残っていないようなので本書にも収録されていない。もし残っていれば、ドラマであらたにつくられた虚像との落差が明らかになるかもしれない。

川崎尚之助にかんする調査は本書の出版後もつづいているようである。新島八重のことを、「NHKはジャンヌダルクと捏造した」(はじめに)と言い切る「資料発掘の鬼」には、さらなる事実解明に期待したい。



(参考) 柴 太一郎について

柴太一郎(しば-たいちろう 1839-1923) 幕末-明治時代の武士,官吏。 天保(てんぽう)10年生まれ。柴四朗,柴五郎の兄。陸奥(むつ)会津(あいづ)藩(福島県)藩士。藩主松平容保(かたもり)の京都守護職就任にしたがって京都におもむく。軍事奉行添役として鳥羽・伏見の戦いに出陣し,のち長岡,会津に転戦。戦後,斗南(となみ)(青森県)に移住し,同藩の創立につくすが,糧米の代金事件に連座し入獄。のち会津にかえり,大沼・南会津郡長。大正12年4月28日死去。85歳。名は盛道。通称ははじめ秀次。(デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)





目 次

はじめに
序章 「逃げた男」から「一途の男」へ
第1章 出石藩
第2章 出石藩川崎家
第3章 蘭学修業
第4章 会津藩
第5章 会津藩山本家と結婚
第6章 京都守護職
第7章 戊辰戦争
第8章 会津戦争へ
第9章 会津城下の激戦
第10章 会津藩解体
第11章 戦後の会津
第12章 斗南
第13章 函館
第14章 八重、米沢から京都へ
第15章 終焉
あとがき
本書によせて(川崎修)
解説 北垣宗治
参考文献


著者プロフィール

あさくら ゆう
歴史研究家。東京都台東区出身。新選組研究同人、三十一人会副会長、茨城地方史研究会、咸臨丸子孫の会会員。主に幕末維新期の人物史を執筆 今回の「川崎尚之助と八重」(知道出版)で新島研究論文賞を受賞 豊岡市より感謝状を授与される(各種データより作成)。





<関連記事>

新島八重と同志社 第16回 新島八重と川崎尚之助 ~会津に尽くした生涯~(あさくらゆう)
・・本書の内容が簡潔に要約されている


<ブログ内関連記事>

幕末の佐倉藩は「西の長崎、東の佐倉」といわれた蘭学の中心地であった-城下町佐倉を歩き回る ③

『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書、1971)は「敗者」の側からの血涙の記録-この本を読まずして明治維新を語るなかれ!



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2013年9月22日日曜日

書評 『仕事マンガ!-52作品から学ぶキャリアデザイン-』(梅崎 修、ナカニシヤ出版、2011)-映画や小説ではなくなぜ「仕事マンガ」にヒントがあるのか?


仕事マンガは面白い。なぜなら、わたし自身がいまでも働いている一人の人間だからだ。しかも専門が組織変革なので、仕事やキャリアにかかわる内容であれば、なおさら面白く感じる。

だがなぜ、映画やドラマ、小説よりもマンガのほうが、こと仕事やキャリアというテーマでは面白く感じるのか?

映画やTVドラマは、どうしてもキャラの立った主人公とドラマチックな盛り上がりがなければ成り立たない。とくにTVドラマは初回で視聴率がとれないとそのままずるずると低迷し、最悪の場合は打ち切りという事態だってありうる。なによりも製作費が小説やマンガとはケタ違いに違うからだ。

もちろん、マンガや小説だって最初の「つかみ」は重要だ。この点は映画やドラマと変わりはない。

だが、マンガがその他のジャンルに対して優位性をもっているのは、登場人物たちの内面をさまざまな形で表現する技術が確立していることにあるのではないか。

五感ということにかんしては動画や音声の入る映画やTVドラマのほうがうえである。だが、映画やTVドラマは、どうしても演じる俳優という生身の人間に印象が左右されてしまう点がある。だから原作者や製作者の意図を100%再現できているかどうかはべつの問題だ。

小説の場合は、文字だけなので読む側にイマジネーションが要求される。マンガの場合は文字にくわえて絵で表情や内面まで表現できるから、媒体的には小説と映画やTVドラマの中間に位置するものだろう。

この本の著者は、こと仕事マンガにかんしては、一般的な理解とはべつのところに優位性があるのではないかとしている。

ビジネス映画やビジネス小説と比べると、仕事マンガでは普通の人の普通の日常が描かれることが多い。これはマンガという表現形式の結果というよりも、歴代のマンガ家たちが積み上げてきた蓄積なのである。マンガという表現を選んだ表現者たちの関心が日常に近いところにあるのだと思う。(P.169)

たしかに著者もいうように、マンガのほうがより日常生活に近い等身大の世界を描く傾向がつよい。少年漫画誌、青年漫画誌、レディースコミックといいうマーケティングのセグメンテーションにもとづく媒体の区分があるので、それぞれの年齢層や性差におうじた日常生活の描き分けも可能である。

マンガ家自身の体験も描きこみやすいだけでなく、TVドラマもそうだが、綿密な取材のうえで作品をつくっているので読んでいてリアリティがあることも無視できない。

わたし自身のことについて語ると、小説をほとんど読まないが、マンガは読む人間である。小説は読んでも歴史小説くらいしか読まない。活字で読むのはノンフィクションが中心だ。

かつてサラリーマンであった頃には企業小説というジャンルを読んだ時期もあったが、いまではまったく読まなくなってしまった。日本的で、昭和的で、うっとおしいというのがその理由かもしれない。

だがマンガはいまでも面白い。とくに仕事マンガは面白い。


著者の着眼点は「キャリアデザイン」と「自律」

この本の著者は、労働経済学と人事労務管理論を専攻する経済学者である。

マンガ好きではあるのは当然として、マンガを素材にして働くということの意味やキャリアについてのヒントになることを見出したいという思いで読み込んでいるようだ。

著者は、仕事マンガをつうじて、登場人物たちの仕事経験を感じ取り自分の仕事人生を自分でデザインするためのヒントをつかむべきだと言う。自律とは教え込まれるものではなく、自分でつかみとるものだからだ。教育ではなく、主体的な学びに属する領域なのである。

この本に取り上げられたマンガは2007年から2008年にかけて連載され出版されたものが中心だが、この時期は2000年初頭から「キャリア教育」が大学を中心に急速に拡まってきた時期にあたる。その功罪について著者が考えてきたことが作品のセレクトに反映している。

「キャリア構築は自分で行う」という価値観。働き方にかんするこの価値観が定着しはじめたのは、「就職氷河期世代」(1993~2005)、いわゆる「ロストジェネレーション」(ロスジェネ)たちの世代からである。この事情については、書評 『仕事漂流-就職氷河期世代の「働き方」-』(稲泉 連、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-「キャリア構築は自分で行うという価値観」への転換期の若者たちを描いた中身の濃いノンフィクション を読まれたい。

日頃から大学生と接している著者は、 『キャリア教育のウソ』(児美川孝一郎、ちくまプリマー新書、2013)の著者と問題意識を共有しているように思われる。つまり、大学や高校における短期間の集合教育としての「キャリア教育」ではキャリアデザインも自律も身につかないということだ。これは企業におけるインターンシップも同様である。

キャリア教育やインターンシップよりもアルバイト体験のほうが意味があるという著者の意見にわたしも賛成だ。そのことは、アルバイトをちょっと長めの「インターンシップ期間」と捉えてみよう という記事に書いておる。

キャリアデザインとはキャリアを自分で構築するという思想であり、その思想にもとづいたマイドセットとスキルのことである。

そのためのヒントは、仕事マンガの等身大の主人公や登場人物たちの言動から感じ取るのがよいのではないかというのが著者の問題意識。

20歳代から30歳代にかけて、誰から言われるわけでもなく、じっさいにそうしてきたわたしもまったく同感だ。そういう人は多いのではないだろうか。


取り上げられた作品について

仕事マンガを読む試みはすでに 『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)が行っている。この本は、サラリーマンというキーワードで歴史的推移をトレースしたもので、一貫性のあるたいへん面白い本である。

『仕事マンガ!』については、雑誌連載の文章をまとめたものなので、作品ごとの取り上げ方は5ページ程度でひじょうに短い。しかも全体の歴史的流れのなかに作品を位置づけるという描き方ではなく、テーマごとに作品を分類した描き方なので、人事管理をめぐる根本的な変化のなかに位置づけて読むには、上記の『サラリーマン漫画の戦後史』とあわせて読むべきだろう。

読んでない作品がたくさんあるが(・・というよりもマンガはあまりも出版点数が多すぎてとてもフォローしきれないし、個人的な好みではない作品も多々ある)、とくに女性を主人公にした仕事マンガは読む必要があるという著者の意見には大いに賛成だ。

というのも、女性にもキャリアデザインが必要とされている現在であるが、市場外労働とされる家事もふくめた、いっけんキャリアとは無縁のような仕事のなかにこそ、仕事のもつ本質的な意味があることに気がつかせてくれるからだ。営業アシスタントなど一般職の女性たちの仕事もまたそうである。

本書に取り上げられたマンガは52作品、TVドラマ化された原作などメジャーなものもあるが、レトロな名作も含めてマイナーな作品も多く取り上げられている。

作品のセレクトには著者の趣味も反映しているのだろうが、個人ガイドであるのだからそれは問題ない。読者は取捨選択して、このガイドから読んでみたい作品をさらにセレクトすればよい。

キャリア・デザインと自律的人材の意味について考えてみたい人は、考える素材がどこにあるかをしるうえで見ておいて損はない

仕事マンガにこそキャリアについて学ぶべきものは多いのだ。自己啓発書を読みまくるヒマがあったら仕事マンガを読んでいるほうがよっぽど役に立つ。

だが、いままさにキャリアデザインの渦中にあってもがき苦しんでいる若者たちと、すでに俯瞰的にものを見ることのできる立場にいる著者とでは、見えている現実と意識にはギャップがあっても当然かもしれない・・・





目 次

はじめに

第1章 自律はどのように学ぶのか
 1. 『たくなび』
 2. 『バンビーノ!』
 3. 『弁護士のくず』
 4. 『闇金ウシジマくん』
 5. 『ドラゴン桜』
 6. 『エンゼルバンク』
 7. 『最強伝説黒沢』
 8. 『賭博黙示録カイジ』
 9. 『まだ、生きてる…』
第2章 仕事の語りを聴く
 1. 『風子のいる店』
 2 『.ヘルプマン!』
 3. 『コンシェルジュ』
 4. 『どんまい!』
 5. 『大使閣下の料理人』
 6. 『あんどーなつ』
 7. 『キングスウヰーツ』
 8. 『営業の牧田です。』
 9. 『土星マンション』
第3章 職場ルールと個人のスキル
 1. 『編集王』
 2. 『CAとお呼びっ!』
 3. 『N's あおい』
 4. 『バーテンダー』
 5. 『リアル・クローズ、
 6. 『グッジョブ(Good Job)、
 7. 『現在官僚系もふ』
 8. 『医龍』
 9. 『ワーキングピュア』
第4章 ダメ、でもキャリア
 1. 『THE3名様』
 2. 『ギャンブルレーサー』
 3. 『僕の小規模な失敗』
 4. 『黄色い涙』
 5. 『バイトくん』
 6. 『ぼく、オタリーマン。』
 7. 『劇画・オバQ』
 8. 『お仕事しなさい !!』
 9. 『フジ三太郎』
第5章 普通から学び、普通に働く
 1. 『自虐の詩』
 2. 『極道めし』
 3. 『しんきらり』
 4. 『見晴らしガ丘にて』
 5. 『さんさん録』
 6. 『すーちゃん』
 7. 『OLはえらい』
 8. 『トーキョー無職日記』
第6章 社会の中のキャリアデザイン
 1. 『ボーイズ・オン・ザ・ラン』
 2. 『俺はまだ本気出してないだけ』
 3. 『三丁目の夕日』
 4. 『団地ともお』
 5. 『のたり松太郎』
 6. 『上京アフロ田中』
 7. 『るきさん』
 8. 『へうげもの』

本書で紹介したマンガ一覧
あとがき

著者プロフィール

梅崎 修(うめざき・おさむ)
1970年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。法政大学キャリアデザイン学部准教授。専攻は、労働経済学、人事労務管理論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

<関連サイト>

澤本嘉光の「偉人×異人」対談(日経ビジネスオンライン 2013年3月~4月)
作家と編集者の「相性」が、軽く見られすぎてきた 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第1回
『宇宙兄弟』の秘密~「講演会」にヒットの芽あり 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第2回
我々はなぜマンガの人物に「リアル」を感じるのか 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第3回
このキャラを「コンビニのおにぎり」で説明せよ! 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第4回
・・CMプランナーの澤本氏が元講談社で現在独立してマンガ編集を行っている佐渡島氏に聞く対談


<ブログ内関連記事>

仕事マンガ

働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)

『重版出来!①』(松田奈緒子、小学館、2013)は、面白くて読めば元気になるマンガだ!

マンガ 『闇金 ウシジマくん ① 』(真鍋昌平、小学館、2004)

マンガ 『俺はまだ本気出してないだけ ①②③』(青野春秋、小学館 IKKI COMICS、2007~)

『シブすぎ技術に男泣き!-ものづくり日本の技術者を追ったコミックエッセイ-』(見ル野栄司、中経出版、2010)-いやあ、それにしても実にシブいマンガだ!

書評 『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)-その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」

京都国際マンガミュージアムに初めていってみた(2012年11月2日)- 「ガイナックス流アニメ作法」という特別展示も面白い

書評 『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛、ハヤカワ文庫、2010 単行本初版 2008)-「アフター1995」の世界を知るために
・・マンガもふくめた、2000年代以降のさまざまなサブカルチャーについて論じた気鋭の評論家のデビュー作


経験から学ぶキャリア論

書評 『キャリア教育のウソ』(児美川孝一郎、ちくまプリマー新書、2013)-キャリアは自分のアタマで考えて自分でデザインしていくもの

書評 『仕事漂流-就職氷河期世代の「働き方」-』(稲泉 連、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-「キャリア構築は自分で行うという価値観」への転換期の若者たちを描いた中身の濃いノンフィクション

書評 『キャリアポルノは人生の無駄だ』(谷本真由美(@May_Roma)、朝日新書、2013)-ドラッグとしての「自己啓発書」への依存症から脱するために

アルバイトをちょっと長めの「インターンシップ期間」と捉えてみよう

Παθηματα, Μαθηματα (パテマータ・マテマータ)-人は手痛い失敗経験をつうじて初めて学ぶ

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2010年5・6月合併号「ビジネスが激変する「労働の新世紀」 働き方が、変わる。」(SPECIAL FEATURE)を読む

(2014年2月12日 情報追加&項目整理)






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禁無断転載!



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2013年9月21日土曜日

『重版出来!①②③④⑤~』(松田奈緒子、小学館、2013~)は、面白くて読めば元気になるマンガだ!


ひさびさに面白くて読めば元気になるマンガに出合ったという思いだ。テーマは女性の人生ドラマであり、仕事マンガである。

「重版出来」と書いて「じゅうはん・しゅったい」と読むのだそうだ。なにを隠そうこのわたしも、このマンガを読むまで「じゅうはん・でき」だと思い込んでいた。これでは、このマンガの主人公の黒沢心(くろさわ・こころ)のことはとても笑えない(汗)

「重版出来」とは、初版を売り切って(・・あるいは売り切るメドがついて)、第2刷に入ることを意味している。第3刷以降についても重版と表現される。マンガに限らず単行本の重版は、その出版物が成功したことを意味するのである。これほど出版関係者を元気にするコトバはないのである。

主人公の黒沢心は大学まで柔道一筋に頑張ってきた女性。怪我で柔道は断念、大学卒業後の就活では出版業界を目指す。こういう一本気で突破力をもったキャラを主人公に設定したことがこのマンガの成功要因であるのは間違いない。現在は青年マンガ誌を読む習慣はないが、もし読んでいたら連載開始から巻き込まれていたのは間違いないと思う。

マンガ出版の世界に限らず、出版界の斜陽化が言われて久しいが、デジタル化がいかに進んでも、仕事の内容はアナログな世界が基本であることに変わりはない。それはそれは人間臭い世界であり、ドラマにもなりやすいわけだ。

著者(・・マンガの場合はマンガ家)、担当編集者、営業担当者、そして書店員の四者を軸に、さまざまな人たちがかかわる出版の世界もまたチームでする仕事である。

出版の世界もビジネスである以上、「売れてなんぼ」なのである。売れ行きがよくなくてもいい作品もあるが、いい作品であればこそ売れてほしい、いや売りたい。その気持ち合致し共有されたとき、商品としてのマンガ単行本が売れることにつながるのである。

それは偶然の結果ではなく、主体的で能動的な働きかけの結果というべきだろう。会社組織を超えてかかわる人たちを巻き込むことによって。仕事は一人でするものではない。

舞台は出版社のマンガ編集と営業の世界。このマンガが連載中の「ビッグコミックスピリッツ」の版元は小学館だから内輪ものでもある。

週刊誌編集の世界を描いた『働きマン』というマンガもあるが、この業界特有の不規則な仕事による過労で主人公の女性は疲弊してしまう。最初は元気の塊のようだったのだが・・・

その点、『重版出来!』の主人公は女子柔道部員出身。体力と気力では誰にも負けないはずだから、たぶん乗り切っていくのだろう、と期待したいものだ。まだ入社して一年もたってない状態だし。

わたしが入手したのは第3刷、『重版出来!』というタイトルのマンガに重版がかからなかったら、それではシャレにならなかったわけだ。こんな面白いマンガなら、その心配はなかったかもしれないが、初版の発行部数との兼ね合いもあるので重版が絶対とは言い切れない。

中年が読んでも面白いが、「青年マンガ誌」の読者ではないだろう20歳代はじめの若者にこそ読んでほしいマンガである。

自分がいまやっている仕事に意味を見出し、仕事をつじて学び成長するとはどういうことかが理解できるはずだ。すくなくとも気づきを得ることはできるだろう。





作者プロフィール   

松田奈緒子(まつだ・なおこ)
1969年、生まれ。長崎県出身。 『コーラス』(集英社)に掲載された『ファンタスティックデイズ』でデビュー。代表作は『』レタスバーガープリーズ, OK, OK!』、『少女漫画』、『えへん、龍之介』他(wiki情報と単行本記載情報から作成)。



PS 『重版出来!』の第2巻をゲットし、さっそく読了。よりマンガ編集の世界に密着した内容。出版社の外部にある製版業者もまた「チームメンバー」だ。第3巻は2014年3月刊行予定とのこと。楽しみだ(2013年9月30日 記す)





PS2 『重版出来!』の第3巻をゲットし、さっそく読了。思わずのめり込んで読めるマンガ。第3巻も熱い! (2014年3月30日 記す)。






PS3  『重版出来!』の第4巻をゲットし、さっそく読了。読むにもけっこうエネルギーを要するマンガ。マンガ家という道を歩くことの厳しさ、働くと言うことの意味。第4巻も熱い! (2014年10月8日 記す)。




PS4 『重版出来!』の第5巻をゲットし読了。このマンガは主人公のキャラの設定が成功したため、まだまだ続いてゆくことだろう。ひきつづき内容が面白いので読むつもり。(2015年6月6日 記す)。



<関連サイト>

ビックコミックスピリッツ「重版出来!」特設サイト | 試し読み (小学館サイト)

重版出来! 1 | ビッグ コミックス | ビッグ コミックス系 | コミックス | 小学館 (小学館サイト)

クッキーまんが家インタビュー 松田奈緒子先生(集英社サイト)


澤本嘉光の「偉人×異人」対談(日経ビジネスオンライン 2013年3月~4月)
作家と編集者の「相性」が、軽く見られすぎてきた 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第1回
『宇宙兄弟』の秘密~「講演会」にヒットの芽あり 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第2回
我々はなぜマンガの人物に「リアル」を感じるのか 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第3回
このキャラを「コンビニのおにぎり」で説明せよ! 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第4回
・・CMプランナーの澤本氏が元講談社で現在独立してマンガ編集を行っている佐渡島氏に聞く対談


火曜ドラマ『重版出来』 公式サイト
・・2016年ドラマ化

「私が売らなくてごめんなさい」から始まった『重版出来!』 (編集長・高橋由里が会いたかったこの4人 Vol.3 松田奈緒子)(東洋経済オンライン、2016年7月)

(2016年7月16日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

『マンガ 重版出来』がドラマ化(2016年4月12日)-マンガが原作のテレビドラマはいまや主流だ


働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)

書評 『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)-その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」

本の紹介 『人を惹きつける技術-カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方-』(小池一夫、講談社+α新書、2010)

書評 『キャリア教育のウソ』(児美川孝一郎、ちくまプリマー新書、2013)-キャリアは自分のアタマで考えて自分でデザインしていくもの

(2016年7月16日 情報追加)



(2012年7月3日発売の拙著です)









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2013年9月16日月曜日

映画 『ジュリー&ジュリア』(2009、アメリカ)は、料理をつくり料理本を出版することで人生を変えていった二人のアメリカ女性たちの物語



映画 『ジュリー&ジュリア』(2009、アメリカ)は、料理をつくり、料理本を出版することで人生を変えていったアメリカ女性たちの物語です。いずれも実話に基づいています。

1960年代に出版したフランス料理本で人生を劇的に変えた料理研究家ジュリア・チャイルド。そしてその50年後の2000年代、ジュリアの料理本のレシピをすべて一年間で制覇しようとブログに書く現代のジュリー・パウエル。ともに実在のアメリカ女性です。

映画はこの二人のアメリカ女性の人生を交差させながらパラレルに描いていきます。

ジュリーは外交官の夫の任地であるフランスでフランス文化の粋であるフランス料理に惚れ込み、かの有名な料理学校コルドン・ブルーに女性としてはじめて入学を許可されます。アメリカ人だから、自分らの直接の競合にはなるまいと考えられたためだったようです。

ジュリーはその後フランス料理の本をアメリカで出版することに成功し、アメリカ人の食卓を変えただけでなく、それ以後の自分の人生を劇的に変えていくことになります。

ジュリアはニューヨークでつまらない毎日を送っているOL。この状況をなんとか変えたいと始めたのがジュリーのフランス料理本のレシピを全制覇してブログに書くというプロジェクトなんでもいいから、とにかくなにか始めないと人生は変わらないということを本能的に感じていたためでしょう。その気持ちはわたしもよくわかります。

ジュリアはブログの記事が出版社の目にとまって出版が決定。きっと人生が変わっていくことでしょう。2009年当時ではまだこんな幸運もありえたといえるかもしれませんが。

偶然のチャンスを活かすのは、それまでに積み重ねた努力。努力の積み重ねなくして、チャンスに気づくことも、チャンスをつかむこともできません。

エンターテインメントとして楽しむだけでなく、料理で人生を変えるという側面から見てほしい映画でもあります。


料理と映画、そして活字本との関係

意外なことに、料理をテーマにした映画ガイドが、なぜか最近つくられていません。

かつては、『グルメのためのシネガイド』(淀川長治/渡辺祥子/田中英一、ハヤカワ文庫NF、1986)という本があったのですが、いかんせん、27年も前のものなので、増補改訂版かあたらしく編集した本がほしいところです。

ブログに情報があふれかえっているからかもしれませんが、そうはいっても首尾一貫した趣味嗜好のもとに、映画も料理も大好きな人が書いたものは一冊の本として読んでみたいものです。

そういえば、淀川長治さんが生前なんども強調していたのは、映画評論を目指すなら「映画だけ見ていてはダメ、本をたくさん読みなさい」ということでした。

淀川さんの念頭にあったのは、少年時代から読んでいた文学作品の数々。とくに映画との縁の深い谷崎潤一郎などが淀川さんの好みであったと記憶しています。

日本の料理本はビジュアル本として、見ているだけで楽しめるものとしてすぐれています。ところが、ジュリアの料理本 Mastering the Art of French Cooking(1961年初版)もそうですが、英語の料理本は写真も図版もなく文字しか書いてないものも少なくないです。

カラー写真や図版が入っているほうが料理をつくったときのイメージをアタマのなかに描きやすいものですが、文字情報からイメージを描き出すことも大いに訓練になるかもしれません。

淀川さんの教えは、映像やマンガだけでなく活字の本を読んだほうがいいということの意味を説いたものでもあるのでしょう。

とはいえ、「見る口福」を味わうことのできる料理映画は見て楽しいもの。できれば面白かっただけですませずに、映画の背景や意味などいろいろ考えながら見ることも必要でしょう。

料理をつくって人生を変えるってこともあるのですから。




・・ジュリアの自伝は日本語訳でも読めます


・・これがジュリアのフランス料理本。現在でもペーパーバックで入手可能


・・ジュリアの料理本。こちらも文字だけの料理本


<ブログ内関連記事>

映画 『大統領の料理人』(フランス、2012)をみてきた-ミッテラン大統領のプライベート・シェフになったのは女性料理人

西川恵の「饗宴外交」三部作を読む-国際政治と飲食の密接な関係。「ワインと料理で世界はまわる」!
・・『大統領の料理人』の参考書として、『エリゼ宮の食卓』はぜひ読むことをすすめたい

『恋する理由-私が好きなパリジェンヌの生き方-』(滝川クリステル、講談社、2011)で読むフランス型ライフスタイル

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2011年1月号 特集 「低成長でも「これほど豊か」-フランス人はなぜ幸せなのか」を読む

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・・映画 『大統領の料理人』でも主人公のシェフは徹底的に素材にこだわる

「スペイン料理」 の料理本を 3冊紹介

書評 『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』(岡田芳郎、講談社文庫、2010 単行本 2008)

『聡明な女は料理がうまい』(桐島洋子、文春文庫、1990 単行本初版 1976) は、明確な思想をもった実用書だ

『こんな料理で男はまいる。』(大竹 まこと、角川書店、2001)は、「聡明な男は料理がうまい」の典型だ

『檀流クッキング』(檀一雄、中公文庫、1975 単行本初版 1970 現在は文庫が改版で 2002) もまた明確な思想のある料理本だ

邱永漢のグルメ本は戦後日本の古典である-追悼・邱永漢

『きのう何食べた?⑥』(よしなが ふみ、講談社、2012)-レシピは読んだあとに利用できます

『きのう何食べた?⑦』(よしなが ふみ、講談社、2012)-主人公以外がつくる料理が増えてきてちょっと違った展開になってきた




料理と「引き出し」

なお、食事を食べてつくることについては、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)「第5章 引き出しの増やし方 応用事例編 「料理」を例に「引き出し」を増やしてみるとしたら」にくわしく書いておいたので、参照していただけると幸いです。

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (3) お客様からおカネをいただいて料理をつくっていた
・・わたし自身の「料理人」としての体験について語ってます

(2014年9月1日 情報追加)




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映画 『大統領の料理人』(フランス、2012)をみてきた-ミッテラン大統領のプライベート・シェフになったのは女性料理人



映画 『大統領の料理人』(フランス、2012)をみてきました。東京・渋谷の bunkamura ル・シネマにて。

フランス語の原題は Les saveurs du palais(宮廷の味)。ここでいう宮廷とはフランス大統領官邸であるエリゼ宮(Palais de l'Élysée)をさしています。日本語タイトルは直訳ではありませんが、そっけないながらもダイレクトに興味をかきたてる「いい味」を出しています。

一言でいって「おいしい映画」です。グルメ映画ではありますが、ただ食べるだけではなく作る側と食べる側との交流が軸に描かれた映画です。主人公が料理人であるという点においては料理映画というべきかもしれません。

『大統領の料理人』の主人公は、ミッテラン大統領のプライベート・シェフとなった女性料理人。ミッテラン大統領の任期は1981年から1995年までの14年間。晩年はガンと闘いながらなんとか大統領職を全うしたとのこと。

フランス語はすでに外交の世界では英語にとって変わられていますが、美食大国フランスにとって「饗宴外交」はきわめて大きな意味をもっています。しかし、饗宴料理ではなくふつうの家庭料理を食べたいというミッテラン大統領のつよい要望から、女性料理人に白羽の矢が立ったのでありました。

ダニエル・デルプシュという実在の女性をモデルにした実話にインスパイアされた作品だけに、借り物でもつくりものでもない、オリジナルなシナリオの良さが前面にでたエンターテインメント作品になっています。



(トレイラーよりキャプチャ画像)


この映画は厨房ものでありますが、政治家と料理人の関係であり、厨房における政治闘争であり、男性支配の世界での女性のキャリアであり、人生後半におけるチャレンジについての映画でもあります。いろんな見方が可能でしょう。

「大統領の料理人」を辞職してから数年後、主人公はなんと59歳(!)で「南極料理人」の職をゲットしています。フランスの南極観測隊基地の料理人という仕事です。30歳が上限という募集条件にクレームをつけ、みごと勝ち取ったらしい。さすがフランス人、南極でも食事にこだわる隊員たちを満足ささえねばならないわけです!

映画は、この「南極料理人」としての一年の任期の末期と、「大統領の料理人」の2年間のキャリアを交差させながらパラレルに進行させています。南極とフランス、現在と回想、過去と未来の交差・・・

(オリジナルのフランス版ポスター)

料理映画で厨房が舞台といえば、デンマーク映画の『バベットの晩餐会』(1987年)を頂点に、ドイツ映画の『マーサの幸せレシピ』(2001年)『ジュリー&ジュリア』(2009年、アメリカ)が思い浮かびますが、女性パティシエを主人公にした『ショコラ』(2000年、アメリカ)もそれに加えていいかもしれません。

主人公の女性料理人の助手としてつけられた若い男の子は専門はお菓子つくりの職人であるパティシエです。パティシエであっても料理は一通りつくるというのが求められるようです。料理における専門とその周辺の関係を考えるうえで興味深いがありますね。

グローバル志向のハリウッドではオリジナルのシナリオが底をついてリメイクばかりが流行ってますが、ローカルでもオリジナルなシナリオにこだわるフランス映画の良さを味わいたいものです。なによりも「見る口福」を味会うことのできる映画です。

肩のこらないエンターテインメントとして、お薦めしたい一品です。

ボナペティ(Bon Apetit) !!!




<関連サイト>

映画 『大統領の料理人』(公式サイト)

映画 『大統領の料理人』トレーラー(日本版)

Les saveurs du palais - Bande annonce(オリジナルのフランス版トレーラー)

「ミッテランの女料理人」に向けられた「嫉妬」(西川恵 「フォーサイト」 2013年7月22日)
・・「フランスの女性料理人のダニエル・デルプシュさん(70)が故ミッテラン大統領(在任1981-95年)に請われ、初の女性料理人としてエリゼ宮入りしたのは88年。2年間、大統領専属の料理人として腕を振るった。昨秋、フランスで彼女のエリゼ宮の体験が映画化され、9月には日本でも『大統領の料理人』の邦題で公開される。デルプシュさんに話を聞いた。」





PS フランス語では Inspire d'une histoire vraie となっています。そのまま英語に置き換えると Inspired by a true story となります。英語なら Based on the true story という表現がふつだが、このフランス語の文言から、実話をベースにしながらも実話そのものではない、というニュアンスを読みとることができるでしょう。

(トレイラーよりキャプチャ画像)


<ブログ内関連記事>

飲食関連

西川恵の「饗宴外交」三部作を読む-国際政治と飲食の密接な関係。「ワインと料理で世界はまわる」!
・・『大統領の料理人』の参考書として、『エリゼ宮の食卓』はぜひ読むことをすすめたい

「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
・・映画 『大統領の料理人』でも主人公のシェフは徹底的に素材にこだわる

「スペイン料理」 の料理本を 3冊紹介

書評 『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』(岡田芳郎、講談社文庫、2010 単行本 2008)

映画 『ジュリー&ジュリア』(2009、アメリカ)は、料理をつくり料理本を出版することで人生を変えていった二人のアメリカ女性たちの物語

『聡明な女は料理がうまい』(桐島洋子、文春文庫、1990 単行本初版 1976) は、明確な思想をもった実用書だ

『こんな料理で男はまいる。』(大竹 まこと、角川書店、2001)は、「聡明な男は料理がうまい」の典型だ

『檀流クッキング』(檀一雄、中公文庫、1975 単行本初版 1970 現在は文庫が改版で 2002) もまた明確な思想のある料理本だ

邱永漢のグルメ本は戦後日本の古典である-追悼・邱永漢

『きのう何食べた?⑥』(よしなが ふみ、講談社、2012)-レシピは読んだあとに利用できます


フランスのライフスタイル

『恋する理由-私が好きなパリジェンヌの生き方-』(滝川クリステル、講談社、2011)で読むフランス型ライフスタイル

月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2011年1月号 特集 「低成長でも「これほど豊か」-フランス人はなぜ幸せなのか」を読む


南極関連

アムンセンが南極に到達してから100年-西堀榮三郎博士が説くアムンセンとスコットの運命を分けたチームワークとリーダーシップの違い

南極観測船しらせ(現在は SHIRASE 5002 船橋港)に乗船-社会貢献としてのただしいカネの使い方とは?



■料理と引き出し

なお、食事を食べてつくることについては、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)「第5章 引き出しの増やし方 応用事例編 「料理」を例に「引き出し」を増やしてみるとしたら」にくわしく書いておいたので、参照していただけると幸いです。

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (3) お客様からおカネをいただいて料理をつくっていた
・・わたし自身の「料理人」としての体験について語ってます




(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年9月15日日曜日

西川恵の「饗宴外交」三部作を読む-国際政治と飲食の密接な関係。「ワインと料理で世界はまわる」!


「ワインと料理で世界がまわる」というのは、ジャーナリスト西川恵氏の「饗宴外交」三部作の最新作である 『饗宴外交』(西川恵、世界文化社、2012)の副題だが、「饗宴外交」の本質を見事に要約しているといっていいだろう。

そもそも「饗宴外交」というものを日本人読者に示してくれたのが西川恵氏である。月刊情報誌の『フォーサイト』(新潮社)の連載もずいぶん長く続いている。単行本のカバーに Wine & Dine Diplomacy とあるが、この韻を踏んだ「ワインと料理」こそ、人間社会ではものを言う。

もちろん、一本のワインや一皿の料理で国際政治が動くという意味ではない。

共に飲食することで、それまでかならずしも親しくなかった人間どうしが知り合いになり、飲食を重ねるごとに関係が緊密になっていく。その飲食の場にどのようなワインや料理が登場するか、それが意味をもつのだ。

社交(=ソーシャリゼーション)の場に飲食がかならずといっていいほどつきものであるのはそのためだ。政治にもビジネスにかかわっていなくても自明のことだと思うが、西川氏の目の付けどころが非凡なのは、晩餐会や昼食会などの饗宴におけるメニューとその内容に注目したことにある。

饗宴とは食事でもてなすこと。共に飲食することをラテン語で convivium(コンヴィヴィウム) というが、もともとの意味は「共に生きる」ということだ。それほど飲食を共にすることは生きることそのものである。



第一作の 『エリゼ宮の食卓-その饗宴と美食外交-』(西川恵、新潮文庫、2001 初版単行本 1996)は、1986年から1993年まで7年間フランス特派員を務めていた西川氏の着眼点がいかにすぐれたものであったか、その成果を一冊にまとめたものだ。

外交先進国であるフランスの大統領官邸、すなわちエリゼ宮における饗宴のメニューを詳細に読み解くことによって、ホスト国のフランスとゲスト国との国際政治を同時に読み解く試みである。

ミッテラン大統領時代(在任: 1981~1995)を中心に、そのときどきの大統領の饗宴に対する考え方と、料理の内容とワインとシャンパンの銘柄とヴィンテージによって、饗宴にあずかった各国首脳の「格付け」を知ることができるというきわめて新鮮な内容であった。

つまり外交における飲食にはシンボリックな意味が負わされているのである。歴史と前例を踏まえ、かつその饗宴の政治的意味づけを明確にして。

饗宴のゲストは、メニューに込められた政治的な意図や計算、思惑をシグナルとして明示的に、あるいは言外の暗示的なメッセージを読みとらねばならないわけだ。

同書によれば、フランスの大統領のなかでもドゴールは早食いで饗宴はあまり重視していなかったらしい。ドゴールとは違ってポンピドゥーは食事も含めた文化に造詣が深く、フランス文化の売り込みにもつながる饗宴にはチカラを入れたらしい。この姿勢はその後の大統領にも受け継がれ散るという。

2013年秋に日本公開されたフランス映画 『大統領の料理人』(2012、フランス)はミッテラン大統領のプライベート・シェフとなった女性の実話をもとにした映画だが、この映画をみるうえで、同時代を扱った 『エリゼ宮の食卓』はまたとない参考書となるはずだ。



第二作は 『ワインと外交』(西川恵、新潮新書、2007)。これは1998年以降の『フォーサイト』の連載を書籍化したものだが、饗宴でもてなす側のホスト国がメニュー作成にいかに心血を注いでいるか、前作と同様に具体的な事例で詳細に語られる。

わたしにはとくにタイのプミポン国王即位60周年式典の一切が興味深い。即位60年式典そのものに言及した記事は多いが、メニューの中身にまで言及したものは西川氏のものがほぼ唯一だからだ。フランス料理ではなくイタリア料理がベースになったのは、シーフードに恵まれたタイという背景もあるのかもしれない。

第一作の 『エリゼ宮の食卓』がフランスを中心にしたものであったとすれば、第二作の 『ワインと外交』と第三作の『饗宴外交』は欧州共同体だけでなく、東アジアやイランまで話題が広がっている。飲食における異文化と国際政治の関係について考える素材としても興味深い。

外交の世界におけるフランス語のプレゼンスは衰退しているが、饗宴の基本はフランス料理とフランスワインである。

国によってさまざまなバリエーションがあっても基本は変わらず、しかもフランス産ではなくても飲み物はワインに国際標準化する傾向にある、と。とはいえ、近年は日本料理や日本酒の人気も高いのは日本人としてはうれしいことだし、日本がこんご国際世界のなかで生き残っていくためにも心強い武器となりうることも示している。

自分自身についていえば、さすがに国際外交の舞台で饗応されるようなワインと料理をクチにすることはめったにないが、「読む口福」とはまさにこのようなことをいうのだろう。登場する料理やワインの名はすべて知らなくても、また覚えきれなくとも、そういう世界があるのだと思えば国際政治と飲食の関係に興味もわくはずだ。

グルメ本として読むもよし、国際政治の舞台裏を知る読み物として捉えるのもよし。いずれにせよ「おいしい本」であることは間違いない。

詳細な内容こそメニューを読む楽しみ。楽しみはみなさんのために取っておきましょう。

では、みなさんボナペティ(Bon appetit)!







<関連サイト>

おもてなしの心に国境はない『饗宴外交』著者:西川恵氏インタビュー (ウェッジ、2012年7月6日)


<ブログ内関連記事>

書評 『「独裁者」との交渉術』(明石 康、木村元彦=インタビュー・解説、集英社新書、2010)
・・「交渉術」としての「食事術」という文章を書いておいた。
「機会があって、私はカンボジア王国の日本大使館公邸を訪れてパーティに参加したことがあるが、その際振る舞われたワインの質とバラエティの豊富さには驚かされたものだ。・・(中略)・・隣国のスロヴェニア(旧ユーゴ)には何度かいったことがあり、これまた機会があってお招きにあずかり、チトー大統領の元料理長がつくって目の前で給仕してくれる素晴らしい料理を、スロヴェニア・ワインと一緒にいただいた経験をもっている」

書評 『クーデターとタイ政治-日本大使の1035日-』(小林秀明、ゆまに書房、2010)-クーデター前後の目まぐるしく動いたタイ現代政治の一側面を描いた日本大使のメモワール
・・「大使の重要な公務には、駐在国の政治家たちを公邸に招待し、昼食や夕食で接遇して歓談しながら、彼らの人となりをじっくり観察するというものがある・・(中略)・・アルコールが入ってリラックスした席での、海千山千のタイ人政治家たちの肉声が実にナマナマしい。息づかいまで聞こえてくるようだ」。 
小林元大使は市内の日本食レストランでは味わえない日本料理をいかがですかという誘い文句で多数の政治家を日本大使館公邸に招待することに成功した。「プーミポン国王即位60周年」と天皇皇后両陛下の訪タイをめぐる皇室外交の舞台裏がわかる貴重なメモワールである。『饗宴外交』(西川恵、世界文化社、2012)にも取り上げられている。

書評 『皇室外交とアジア』(佐藤孝一、平凡社新書、2007)-戦後アジアとの関係において果たした「皇室外交」の役割の大きさ
・・宮内庁は皇室外交という表現を嫌うらしいが、皇室の存在は日本外交においては最終兵器というべきだろう

海軍と肉じゃがの深い関係-海軍と料理にかんする「海軍グルメ本」を3冊紹介
・・『エリゼ宮の食卓』によれば、フランスのエリゼ宮の料理長は海軍所属の料理人からリクルートされるらしい。軍人であるために規律が身についており、守秘義務を絶対に守るからだという。大統領がなにを食べ、あるいは食べなかったということは健康情報そのものでありトップシークレットだからだ。

映画 『大統領の料理人』(フランス、2012)をみてきた-ミッテラン大統領のプライベート・シェフになったのは女性料理人
・・実話にもとづく、とっておきにおいしいフランス映画

映画 『ジュリー&ジュリア』(2009、アメリカ)は、料理をつくり料理本を出版することで人生を変えていった二人のアメリカ女性たちの物語
・・フランス料理で身を立てたアメリカ女性の実話

(2014年4月26日 情報追加)


なお、食事を食べてつくることについては、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)「第5章 引き出しの増やし方 応用事例編 「料理」を例に「引き出し」を増やしてみるとしたら」にくわしく書いておいたので、参照していただけると幸いです。




(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年9月13日金曜日

「聖徳記念絵画館」(東京・神宮外苑)にはじめていってみた(2013年9月12日)


所用があって生まれてはじめてJR中央線の信濃町駅に下車。 そのついでに神宮外苑にいってみました。

北側、すなわち信濃町駅側から神宮外苑にアプローチしたのは、今回がはじめてです。ふつうは東京メトロ銀座線の外苑前駅からアプローチすることが多いので。

 上掲の写真の建物は、聖徳記念絵画館。神宮外苑のなかにある立派な建築物です。

聖徳太子の「聖徳」ですが「しょうとく」ではありません聖徳と書いて「せいとく」と読みます。

「しょうとく」も「せいとく」もおなじく皇室に関係するものですが、ここでいう「聖徳」とは明治天皇のこと。聖にして、かつ徳のあるという、形容詞を二つ連ねた尊称です。6世紀の聖徳太子と19世紀の明治天皇では1300年離れています。

明治天皇は明治大帝といったほうがより適切でしょう。

明治時代とは、日本が国際社会のなかでの生き残りをかけて、全身全力で「近代化」に取り組んだ時代であり、日本と日本人にとってはまさに激動の時代でありました。明治天皇こそ、啓蒙思想家・福澤諭吉の有名なフレーズ「一身にして二生を経(ふ)る」を身を持って体現したシンボルといってよいでしょう。

その「近代化=西欧化」を率先垂範でリードしたのが啓蒙君主としての明治天皇とその皇后であった昭憲皇太后。ともに洋装に身を包み、欧化生活を国民全般に浸透させるべくみずからが模範となったお二人でありました。

 (聖徳記念絵画館パンフレットより)



(聖徳記念絵画館パンフレットより)


「この建物は明治天皇・昭憲皇太后お二方御一代の輝く御業績を後世に伝えるために造営されたもので、80枚の壁画は当代一流の画家が心血注いで描いたものであります」と、チケットのうらの説明書きに書いてあります。

80枚の壁画の半分は日本画で、のこり半分は洋画です。明治天皇の治世の前半は日本画で、後半生は洋画で描かれています。まさに、「一身にして二生を経(ふ)る」ですね。

明治大帝の聖徳を顕彰し、その一代記を描いた歴史絵画を収納するためだけに造営された美術館! ある意味では、ものすごくぜいたくな美術館なのです。

内部の撮影ができないので紹介できませんが、それはもう立派な建築物です。大正15年の完成で、関東大震災の時点では基礎工事は終わっていたので5カ月の中断ののち建築は続行されたと説明文にありました。


(聖徳記念絵画館 正面ファサード)

日本が洋風建築を受け入れたうえで、そのうえで日本の洋風建築を意図したとのことです。一言でいえば和風テイストの洋風建築となるのでしょうか。これ自体が明治時代の学習成果というべきでしょう。

明治天皇の愛馬の剥製と骨格標本が、とくに興味深い展示品でありました。愛馬・金華山号は身長150cmと小柄ですが、アラビア馬が導入されて改良がおこなわれた以前の日本馬は、そんな小さくても力持ちの馬が普通だったわけですね。大演習においても動揺だにしなかった愛馬。その愛馬の死に際してはねんごろに葬ったとのことです。

明治神宮はなんども訪れていますが、聖徳記念絵画館が神宮外苑にあるということを知ったのはつい最近のことで、しかも信濃町駅から近いということことから、今回はじめての訪問となりました。

「王政復古」や「岩倉使節欧米派遣」など歴史の教科書にも採用されている歴史絵画の実物がこの絵画記念館には収蔵されています。明治を感じるためにも、ぜひ一度はこの「生きた明治時代史」を見ておくべきでしょう。

施設維持協力金(=入場料)は500円。館内にはエアコン設備がありませんので、夏季には紙おしぼりを受付で無料でいただけます。

(国際赤十字のファンドである「昭憲皇太后基金」の献金箱)


<関連サイト>

明治神宮外苑|聖徳記念絵画館

Empress Shoken Fund(「昭憲皇太后基金」 英語
・・「昭憲皇太后基金は、明治45年(1912年)にワシントンにおいて第9回赤十字国際会議が開催された際、昭憲皇太后が赤十字の平時事業を奨励する思し召しをもって国際赤十字に10万円(現在の3億5千万円相当)を寄付され、これを基に創設されました。赤十字が戦時の活動を中心としていた時代、今日の開発援助を先取りする本基金の創設は極めて画期的なことでした」(日本赤十字社のプレスリリースより) ことしで基金の設立101年。
"May benevolence be the cornerstone of the solidarity of people's hearts." (Translation of poem by Empress Shôken)

なお、この件については 「エンプレス・ショーケン・ファンド」(Empress Shoken Fund)を知ってますか?-国際社会における日本、その象徴である皇室の役割について知ることが重要だ という記事をあらたに執筆したのでご参照いただけると幸いである。2014年4月11日で昭憲皇太后が崩御されてから100年。明治神宮では昭憲皇太后百年祭が行われました。 (2014年5月20日 記す)








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「下野牧」の跡をたずねて(東葉健康ウォーク)に参加-習志野大地はかつて野馬の放牧地であった
・・日本馬について

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・・日本の軍馬と騎兵隊について

冬の日の氷雨のなか、東京のど真ん中を走る馬車を見た

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?

「近代洋画の開拓者 高橋由一」(東京藝術大学大学美術館 上野)にいってきた-アナログ写真よりも長い生命力をもつ明治の洋画を見るべきだ!


(明治天皇御製・昭憲皇太后御歌 明治神宮 2010年)





(2012年7月3日発売の拙著です)





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