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2013年10月14日月曜日

書評 『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節+伊藤真、合同出版、2013)-「主権在民」という理念を無視した自民党憲法草案に断固NOを!


本書は立場を異にする二人の憲法論の論客が自民党憲法草案に「赤ペン先生として添削を行い、そのうえで憲法改正をめぐって対談を行ったもの。たいへん読みやすく、論旨明快だ。

わたしは小林節教授の「(護憲的)改憲論」という立ち位置に賛同だ。世代的には、わたしはむしろ司法試験受験界での知名度の高い伊藤真氏に近いのだが、伊藤氏の手放しの「護憲論」には賛成しかねる。したがって、小林教授の赤ペン修正事項に賛成だが、伊藤氏の赤ペン修正事項にはやや違和感を感じる。

(小林教授と伊藤真氏による赤ペン添削の例 憲法前文から真っ赤)


憲法改正というとむかしから憲法9条の交戦権の項目ばかりに目が行くのが問題ではあるのだが、重要な事項であるので簡単にみておこう。

憲法9条について小林教授は、「権力者はやりたい放題、国民の義務ばかりが増える-日本人が知らない自民党憲法改正案の意義とリスク――小林節・慶應義塾大学法学部教授に聞く」 (ダイヤモンドオンライン 2013年7月26日)というインタビューで簡潔に語っているので紹介しておこう。

小林教授は以下のように述べている。

(1)「侵略戦争はしない」、(2)「ただし独立主権国家である以上、侵略を受けたら自衛戦争はする」、(3)「そのために自衛軍を持つ」、(4)「国際国家として国際貢献もするが、それには国連決議の他に事前の国会決議も必要とする」と明記すればいいのではないか。そうすれば、日本を狙っている国に対しては牽制になるし、日本を恐れている国に対しては安心感を与えられます。あらゆる意味において、世界は納得するのです。

小林教授の発言はしごくまっとうなもの。憲法9条の改正は、わたしも全面的に賛成。自衛隊は実質的に軍隊であり、国際的にも国内的にも法的な性格を明確化するのがのぞましい。改正なしの憲法解釈だけでもいいのだが、やはり改正してスッキリすべきだろう。

ただし、小林教授は「第96条改正」というのは姑息な手段だとして斬り捨てておられる。この立場にも大いに賛同。改正は 2/3以上というのは国際標準だからだ。1/2以上で改正OKなど言語道断だ。改憲の前に、まずは最高裁で違憲判決のでている「一票の格差是正」が先決事項である。

「憲法改正を唱えて来たのは復古主義の自民党世襲議員たち」という小林教授の発言は、きわめてただしい認識だ。

わたしは「戦後」にまったく問題がなかったとは言うつもりはないが、現在のさまざまな社会問題の原因が現行憲法にあるというかれらの論法には強い違和感を感じる。そもそも、この両者には時間的な並行関係はあっても、因果関係が成り立つかどうかは大いに疑わしい。だから、現行憲法の改正は慎重に行うべきだと考える。

明治憲法は天皇陛下から臣民に下賜された欽定憲法であったが、現行の日本国憲法がアメリカに押し付けられたというのはあまりにも一面的で、明治時代の「自由民権運動」で前面に打ち出された「主権在民」という絶対に譲れない理念が結晶化されたものだという積極的な側面もあることに注意を喚起しなくてはならない。

「主権在民」という基本理念を捻じ曲げようとする現在の「自民党改正案」にはわたしは断固反対である。「民権」よりも「国権」を上位に置く発想は、根本的に間違っていると言わざるをえない。それは政治家の発想だけでなく、「民」を蔑視する「官」の発想でもある。

そもそも憲法(The Constitution)とは主権者である国民が権力の暴走を防ぐための装置であり、国の構成や成り立ち(constitution)を成文法として規定したものだ。主権は為政者ではなく、あくまでも国民の側にあることを誤解してはいけない。

しかも、現行憲法は施行されてからすでに66年、すでにデファクトな規範として日本国民に共有され定着している。改正すべき点は改正しても、その根幹は残すべきなのだ。

たとえ反対派といえども、あえて対話の機会をもち、その結果として、議論が落ち着くべき所に落ちついていくのがただしい民主主義(デモクラシー)のあり方だという姿勢。これを身をもって体現している小林教授と伊藤氏によるこの共著はぜひ読んでいただきたいと思う次第だ。

「主権在民」という理念を無視した「自民党憲法草案」に断固NOを!





目 次

はしがき(伊藤 真)
第1部 添削編-自民党憲法改正草案への赤字添削
第2部 対談編-小林節×伊藤真「自民党憲法改正草案はなぜダメなのか」
あとがき(小林 節)
あとがき(伊藤 真)
【巻末資料】 日本憲法改正草案(現行憲法対照)

著者プロフィール

小林 節(こばやし・せつ)
1949年生まれ。元ハーバード大学研究員。憲法学。テレビの討論番組でも改憲派の論客としてお馴染み。自民改憲草案作成プロセスに関わりながら、出てきた草案をみて、あまりの復古主義の強い、立憲主義を逸脱した内容に仰天する。共著に『対論!戦争、軍隊、この国の行方』(青木書店)『「憲法」改正と改悪 憲法が機能していない日本は危ない』(時事通信社)など多数。

伊藤 真(いとう・まこと)
伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、憲法や立憲主義について、論理的でわかりやすい説明はつとに有名で、全国各地へ講演に奔走している。『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)『憲法の力』(集英社新書)『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。




<関連サイト>

「権力者はやりたい放題、国民の義務ばかりが増える-日本人が知らない自民党憲法改正案の意義とリスク――小林節・慶應義塾大学法学部教授に聞く」 (ダイヤモンドオンライン 2013年7月26日)

「お坊ちゃま改憲論」安倍政権の危険な解釈改憲駐在先の手先になった外交官、稚拙なロビーイングでは中韓に対抗できぬ-小林節氏」 (JBPress 2014年2月28日)

日本国憲法改正草案(自民党公式サイト)



日本国憲法(日本語全文) (法務省)

THE CONSTITUTION OF JAPAN (首相官邸)



NHK、天皇陛下の「お言葉」を恣意的に一部カットして報道~蜜月・安倍政権への“配慮” (Business Journal  2014年1月23日) 
・・「削除された天皇の「お言葉」の該当部分は以下のようなくだりだ。 「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」」


(参考) 「天皇陛下お誕生日に際し(平成25年)」 

 「天皇陛下の記者会見」
 会見年月日:平成25年(2013年)12月18日
 会見場所:宮殿 石橋の間

(記者会見をなさる天皇陛下 出所:宮内庁)

(日本語) 
   ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h25e.html
 (英文) Press Conference on the occasion of His Majesty's Birthday (2013)  ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/e-okotoba/01/press/kaiken-h25e.html
 (情報出所:宮内庁)

(宮内記者会代表質問)
(問1) 陛下は傘寿を迎えられ、平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。昭和の時代から平成のいままでを顧みると、戦争とその後の復興、多くの災害や厳しい経済情勢などがあり、陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えられたご感想、そしてこれからの人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせ下さい。
【陛下】 80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。
私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新たに米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。
戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。
After the war, Japan was occupied by the allied forces, and based on peace and democracy as values to be upheld, established the Constitution of Japan, undertook various reforms and built the foundation of Japan that we know today. I have profound gratitude for the efforts made by the Japanese people at the time who helped reconstruct and improve the country devastated by the war. I also feel that we must not forget the help extended to us in those days by Americans with an understanding of Japan and Japanese culture.
戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。 傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地で様々に我が国の向上、発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。既に80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています。
80年にわたる私の人生には、昭和天皇を始めとし、多くの人々とのつながりや出会いがあり、直接間接に、様々な教えを受けました。宮内庁、皇宮警察という組織の世話にもなり、大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝しています。 天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。 これからも日々国民の幸せを祈りつつ、努めていきたいと思います。

(問2) 両陛下が長年続けられてきた「こどもの日」と「敬老の日」にちなむ施設訪問について、来年を最後に若い世代に譲られると宮内庁から発表がありました。こうした公務の引き継ぎは、天皇陛下と皇太子さまや秋篠宮さまとの定期的な話し合いも踏まえて検討されていることと思います。現在のご体調と、こうした公務の引き継ぎについてどのようにお考えかお聞かせ下さい。
【陛下】 「こどもの日」と「敬老の日」にちなんで、平成4年から毎年、子どもや老人の施設を訪問してきましたが、再来年からこの施設訪問を若い世代に譲ることにしました。始めた当時は2人とも50代でしたが、再来年になると、皇后も私も80代になります。子どもとはあまりに年齢差ができてしまいましたし、老人とはほぼ同年配になります。再来年になると皇太子は50代半ばになり、私どもがこの施設訪問を始めた年代に近くなります。したがって再来年からは若い世代に譲ることが望ましいと考えたわけです。この引き継ぎは体調とは関係ありません。 負担の軽減に関する引き継ぎについては、昨年の記者会見でお話ししたように、今のところしばらくはこのままでいきたいと思っています。

(問3) 今年は五輪招致活動をめぐる動きなど皇室の活動と政治との関わりについての論議が多く見られましたが、陛下は皇室の立場と活動について、どのようにお考えかお聞かせ下さい。
【陛下】
日本国憲法には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されています。この条項を順守することを念頭において、私は天皇としての活動を律しています
。 しかし、質問にあった五輪招致活動のように、主旨がはっきりうたってあればともかく、問題によっては、国政に関与するのかどうか、判断の難しい場合もあります。そのような場合はできる限り客観的に、また法律的に、考えられる立場にある宮内庁長官や参与の意見を聴くことにしています。今度の場合、参与も宮内庁長官始め関係者も、この問題が国政に関与するかどうか一生懸命考えてくれました。今後とも憲法を順守する立場に立って、事に当たっていくつもりです。

(関連質問) 質問させていただきます。先日、陛下は皇后さまとインドを訪問され、日印の友好親善を更に深められました。53年ぶりとなったインド公式訪問の御感想をお聞かせ願うとともに、国際友好親善に際して陛下が心掛けていらっしゃることについても併せてお聞かせ下さい。
【陛下】 この度のインドの訪問は、(昨年が)インドとの国交60周年という節目の年に当たっておりましてインドを訪問したわけです。 インドを初めて訪問しましたのは当時のプラサド大統領が日本を国賓として訪問されたことに対する答訪として、昭和天皇の名代として訪問したわけです。当時は、まだ国事行為の臨時代行に関する法律のない時代でしたから、私が天皇の名代として行くことになったわけです。 当時のことを思い起こしますと、まだインドが独立して間もない頃、プラサド大統領は初代の大統領でしたし、これからの国造りに励んでいるところだったと思います。ラダクリシュナン副大統領は後に大統領になられました。それからネルー首相と、世界的に思想家としても知られた人たちでしたし、その時のインドの訪問は振り返っても意義あるものだったと思います。 そして、私にはそれまでヨーロッパと中国の歴史などは割合に本を読んだりしていましたが、その間に横たわる地域の歴史というものは本も少なく、あまり知られないことが多かったわけです。この訪問によって両地域の中間に当たる国々の歴史を知る機会に恵まれたと思います。 今度のインドの訪問は、前の訪問の経験がありますので、ある程度、インドに対しては知識を持っていましたが、一方で、日本への関心など非常に関心や交流が深くなっているということを感じました。 ネルー大学での日本語のディスカッションなど日本語だけで非常に立派なディスカッションだったように思います。また、公園で会ったインドの少年が、地域の環境問題を一生懸命に考えている姿も心に残るものでした。 そういう面で、これからインドとの交流、また、インドそのものの発展というものに大きな期待が持たれるのではないかという感じを受けた旅でした。

以前2006年のことであるが、日本将棋連盟会長で東京都教育委員の米長邦雄氏が日本中の学校で国旗を揚げて、国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます。今、頑張っております」と申し上げたのに対して、 「やはり強制になるということでないことが望ましいと思います」と天皇陛下が御答えになったということを忘れるべきではない。

天皇陛下の御言葉を勝手に削除して報道するような行為は、天皇陛下をないがしろにする、まことにもって「不忠」にして「不敬」なものと言わねばならない。

わたしはいわゆる「護憲派」ではなく「改憲派」であるが、不忠で不敬な行為をつづける自称「保守派」の人たちには、きわめてつよい違和感を感じている。「改憲」は正々堂々と議論して実施に向けて推進するべきだ。

近代日本の出発点は「五箇条の御誓文」である。

「我国未曾有の変革を為さんとし、朕(ちん)躬(み)を以て衆に先(さきん)じ、天地神明に誓ひ、大に斯 (この)国是を定め、万民保全の道を立んとす。衆亦此(この)趣旨に基き協心努力せよ」と述べられた明治天皇の御心をいまいちど想起しなくてはならならない。「五箇条の御誓文」に込められた「理念」がすべて実現してきたわけではないが、自由な議論を圧殺する政治には怒りを感じる。

「主権在民」の日本国憲法の本質をもっとももよく理解しておられるのが今上天皇陛下であろう。わたしも含めた一般国民以上に。

(2014年1月24日 記す)



(参考) 皇后陛下お誕生日に際し(平成25年)

  宮内記者会の質問に対する文書ご回答

(日本語) ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h25sk.html
(英語) ⇒ http://www.kunaicho.go.jp/e-okotoba/01/press/gokaito-h25sk.html
 (情報出所:宮内庁)

問1  東日本大震災は発生から2年半が過ぎましたが,なお課題は山積です。一方で,皇族が出席されたIOC総会で2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催が決まるなど明るい出来事がありました。皇后さまにとってのこの1年,印象に残った出来事やご感想をお聞かせ下さい。
皇后陛下この10月で,東日本大震災から既に2年7か月以上になりますが,避難者は今も28万人を超えており,被災された方々のその後の日々を案じています。
7月には,福島第一原発原子炉建屋の爆発の折,現場で指揮に当たった吉田元所長が亡くなりました。その死を悼むとともに,今も作業現場で働く人々の安全を祈っています。大震災とその後の日々が,次第に過去として遠ざかっていく中,どこまでも被災した地域の人々に寄り添う気持ちを持ち続けなければと思っています。
今年は10月に入り,ようやく朝夕に涼しさを感じるようになりました。夏が異常に長く,暑く,又,かつてなかった程の激しい豪雨や突風,日本ではこれまで稀な現象であった竜巻等が各地で発生し,時に人命を奪い,人々の生活に予想もしなかった不便や損害をもたらすという悲しい出来事が相次いで起こりました。この回答を準備している今も,台風26号が北上し,伊豆大島に死者,行方不明者多数が出ており,深く案じています。世界の各地でも異常気象による災害が多く,この元にあるといわれている地球温暖化の問題を,今までにも増して強く認識させられた1年でした。
5月の憲法記念日をはさみ,今年は憲法をめぐり,例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら,かつて,あきる野市の五日市を訪れた時,郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が,日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,近代日本の黎明期に生きた人々の,政治参加への強い意欲や,自国の未来にかけた熱い願いに触れ,深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。
 It seems to me that this year, before and after the Constitution Memorial Day in May, we saw more active discussion regarding the constitution than in previous years. As I followed the discussion, mainly in the papers, I recalled the Itsukaichi Constitution Draft, which we once saw at the Folk Museum of Itsukaichi during our visit to Itsukaichi in Akiruno City. Many years before the Meiji Constitution was promulgated in 1890, the local elementary school teachers, village heads, farmers, and other common people gathered together, and after much deliberation, drew up a private draft constitution. The constitution contains 204 articles, including those about respect for basic human rights, guarantee of freedom of education, the obligation to receive education, equality under law, as well as freedom of speech and freedom of religion, and it also mentions local autonomy. I was told that similar draft constitutions were drawn up by the people in more than 40 places across Japan at the time. I was deeply impressed by the strong desire for political participation of the people who lived at the dawn of modern Japan and their passionate hopes for the future of our country. As a document of how ordinary citizens in Japan had already developed an awareness of civil rights at the end of the 19th century, in a country which was just opening up after years of closure, I think it is a rare cultural asset in the world.
オリンピック,パラリンピックの東京開催の決定は,当日早朝の中継放送で知りました。関係者の大きな努力が報われ,東京が7年後の開催地と決まった今,その成功を心から願っています。
世界のあちこちで今年も内戦やテロにより,多くの人が生命を失い,又,傷つけられました。取り分けアルジェリアで,武装勢力により「日揮」の関係者が殺害された事件は,大きな衝撃でした。国内では戦後の復興期,成長期に造られた建造物の多くに老朽化が進んでいるということで,事故につながる可能性のあることを非常に心配しています。
この1年も多くの親しい方たちが亡くなりました。阪神淡路大震災の時の日本看護協会会長・見藤隆子さん,暮しの手帖を創刊された大橋鎮子さん,日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させたベアテ・ゴードンさん,映像の世界で大きな貢献をされた高野悦子さん等,私の少し前を歩いておられた方々を失い,改めてその御生涯と,生き抜かれた時代を思っています。
先の大戦中,イタリア戦線で片腕を失い,後,連邦議会上院議員として多くの米国人に敬愛された日系人ダニエル・イノウエさんや,陛下とご一緒に沖縄につき沢山のお教えを頂いた外間守善さん,芸術の世界に大きな業績を残された河竹登志夫さんや三善晃さんともお別れせねばなりませんでした。
この10月には,伊勢神宮で20年ぶりの御遷宮が行われました。何年にもわたる関係者の計り知れぬ努力により,滞りなく遷御せんぎよになり,悦ばしく有り難いことでございました。御高齢にかかわらず,陛下の姉宮でいらっしゃる池田厚子様が,神宮祭主として前回に次ぐ2度目の御奉仕を遊ばし,その許で長女の清子も,臨時祭主としてご一緒に務めさせて頂きました。清子が祭主様をお支えするという,尊く大切なお役を果たすことが出来,今,深く安堵しております。  (以下略)
(2015年8月13日 追加)



憲法学者・竹田恒泰の憲法改正講義(上) 「日本人は愛国心をいかにして取り戻すべきか 96条改正と集団的自衛権の真の論点を語ろう」 (ダイヤモンドオンライン、2014年3月26日)
・・「率直に言って、96条の先行改正には反対です。それは逆に、憲法改正にとって遠回りになると思えるからです」 ⇒ 大いに安心

憲法学者・竹田恒泰の憲法改正講義(下)「象徴天皇や愛国心にまで踏み込んではいけない改憲ありきではなく、守るべきものを議論せよ」  (ダイヤモンドオンライン、2014年4月2日)
・・「(質問者):国体が護持された結果、天皇と日本人の関係は何も変わっていないということですね。天皇については、憲法の条文を変える必要がないと。 (竹田):その通りです」 ⇒ 大いに安心
・・「今必要なのは、まさに「護憲的改憲」の考え方です。す。96条の先行改正を唱えた自民党のように「改憲のための改憲」になってしまってはいけません」 ⇒ 大いに賛同。竹田氏の考えは、基本的に小林教授のものに近いことがわかる

(2014年4月3日 記す)


《発言全文》 安保法案「違憲」とバッサリ、与党推薦の長谷部教授が語った「立憲主義」 (弁護士ドットコム、2015年6月5日)
・・「国会で「安保法制」の審議が行われている最中の6月4日に開かれた衆議院の「憲法審査会」で、自民党、公明党が推薦した憲法学者の長谷部恭男・早稲田大大学院法務研究科教授が、与党の安保法制に「違憲」の評価を突きつける、異例の事態が起きた」(記事冒頭の一文)

(2015年6月6日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・この本に収録された安倍晋三と石破茂という、1950年代中期生まれの「ポスト団塊世代」の二人の自民党政治家こそ、小林教授のいう「憲法改正を唱えて来たのは復古主義の自民党世襲議員たち」である。政治家としての能力と思想は是々非々で区分しなくてはならない。 「1954年生まれの安倍晋三、1957年生まれの石破茂という「ポスト団塊世代」の政治家二人。奇しくも復活した第二次安倍内閣で総理大臣と自民党幹事長という要職についている二人である。安倍晋三は満洲国で統制経済を主導した「革新官僚」岸信介の孫である。石破茂は大陸や半島に海を挟んで最前線のある島根出身の政治家である。著者は、団塊世代と団塊ジュニアにはさまれた「ポスト団塊世代」に、「戦前・戦中」と「戦後」をつなぐものがあるとみているのだろうか?「戦前・戦中」と「戦後」はいっけん断絶したようにみえて、じつは根底のところでつながっているのである」

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと
・・民権>国権か、民権<国権か、この議論は明治時代に近代化が始まって以来の争点である

「五箇条の御誓文」(明治元年)がエンカレッジする「自由な議論」(オープン・ディスカッション)

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!
・・国権主義者と目される頭山満であるが、もともとは民権思想家の中江兆民とは親友であり、頭山満の思想とは民権は国権が主導してこそ実現するという趣旨すべしというもので、民権派との違いはバランスの力点の置き方の違いであったことに注意したい

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門

『足尾から来た女』(2014年1月)のようなドラマは、今後も NHK で製作可能なのだろうか?
・・安部政権の進める公共放送への介入に大いなる懸念を抱く

書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る

「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる

(2014年2月3日、2015年8月1日、13日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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