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2015年2月28日土曜日

「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる

(「報道の自由度2015」 国境なき記者団の公式ウェブサイトより)

「国境なき記者団」というものがある。「国境なき医師団」が世界的に有名だが、直接の関係はないものの、ともにフランスに本拠地を置く非政府組織(NGO)である。フランス語で Reporters Sans Frontières (RSF)、英語では Reporters Without Borders (RWB)という。

「国境なき記者団」は、報道の自由を擁護するためにつくられたジャーナリストによる団体である。表現の自由が民主主義の根本にあるのと同様、報道の自由もまた民主主義の根本になくてはならないのは、市民がみずからのアタマで考え行動するためには、考えるための材料がただしく提供されなくてはならないからだ。

先日のことだが、「国境なき記者団」が毎年発表している「報道の自由度(World Press Freedom Index)」の最新版(2015年版)が2015年2月12日にプレスリリースがあったことについての記事だが、その内容はじつに驚くべきものであった。

報道の自由にかんして、日本がなんと世界で61位(!)なのだという。しかも、60位が隣の韓国というのだから、さらに驚きが大きい。



「報道の自由度」は、国境なき記者団の公式ウェブサイトに掲載されている世界地図をみると、それは一目瞭然だ。

「真っ黒」に塗りつぶされている中国(180ヶ国中176位!)やベトナム(175位)といった、いまや世界でも希少な共産党による一党独裁国や、中東のサウジアラビア(164位)などが報道の自由にかんして最悪なのは当然として、「真っ赤」に塗りつぶされているロシア(152位)や北アフリカやアフリカ諸国の順位が低いのも当然と受け止められる。

真っ黄色に塗りつぶされているフランス(38位)や英国(34位)、オーストラリア(25位)、それにアメリカ(49位・・スペースの関係からここでは掲載していない)は、報道の自由の高い国々である。

だが、日本は先進国であるのにもかかわらず、報道の自由にかんしてはけっして高い国ではなくなっている。もちろんジャーナリストによる主観的評価であるから、あくまでも参考値として受け取るべきであろうが、それでも世界180ヶ国中61位というのは恥ずべき数値ではないだろうか。

ロシアや中国、さらには北朝鮮や韓国などを批判的なまなざしで見ている割に、批判する側の順位が世界180ヶ国中61位という現実をいったいどれだけ考えているのだろうか

近年の「嫌韓論」の高まりから、なにかと低く評価しがちな韓国だが、61位の日本よりも韓国は上位の60位になっている。61位の日本が60位の韓国を批判し嘲笑する。こういうのを「目くそ鼻くそを笑う」というべきだろう。順位が韓国より下回っていることを直視すべきである。 

「国境なき記者団」の調査は、そうでなくても批判的な精神の持ち主であるジャーナリストたちによる、あくまでも主観的なものであることを考慮に入れても、世界180ヶ国中で61位とはまことにもって残念な話である。

時系列でデータを見ていると、2010年には日本は11位であり、国際的にもきわめて高く評価されていたことを考えれば、さらに残念としかいいようがない。

報道の自由度が低いということは、報道されるべきことが報道されていないということである。なんとなくいやな「空気」が充満する状況が数値の低さとして現れているというべきだろう。

外からの視線に敏感なのが日本人であったはずである。とはいえ、自虐的になる必要はない。しかし、夜郎自大になってはいけない。言いたいことが言える、報道されるべきことが報道される、そんな国であってほしいものではないか!






<関連サイト>

アングル:安倍政権への批判後退か、メディアの自粛ムード強まる (ロイター、2015年2月25日)
・・自分が実行している政策に自信があるなら正々堂々とやるべきだ。そうでないならば、なにかやましいものでもあるのか???


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書評 『ウィキリークスの衝撃-世界を揺るがす機密漏洩の正体-』(菅原 出、日経BP社、2011)-「無極性時代のパワー」であるウィキリークスと創始者アサンジは「時代の申し子」だ

書評 『スノーデンファイル-地球上で最も追われている男の真実-』(ルーク・ハーディング、三木俊哉訳、日経BP社、2014)-国家による「監視社会」化をめぐる米英アングロサクソンの共通点と相違点に注目

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「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと

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書評 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(古田博司、WAC、2014)-フツーの日本人が感じている「実感」を韓国研究40年の著者が明快に裏付ける

(2015年3月6日 情報追加)




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2015年2月26日木曜日

二・二六事件から79年(2015年2月26日)-「格差問題」の観点から「いま」こそ振り返るべき青年将校たちの熱い思い

(丹生誠忠中尉の説明を聞く二・二六事件の反乱軍兵士 wikipediaより)

本日(2015年2月26日)は、二・二六事件から79年。関係者のなかで生存している者がほとんどいない現在、もはやテレビニュースでも取り上げられることがなくなって久しい。 
 
だが、格差問題が叫ばれる「いま」こそ、想起されるべき「事件」ではなかろうか。
  
1936年(昭和11年)当時、東北地方は冷害による不作と、朝鮮米流入による米価低下による経済的困窮状態のため、娘が身売りに出される(!)といった事態となり、そんな社会情勢に義憤を感じていた青年将校たちが、やむにやまれぬ気持ちから立ち上がったのである。
  
1936年当時は、2015年現在とは比べものにならないほど「格差問題」は酷かった。だからこそ、「格差問題」という観点から二・二六事件を振り返ってみる必要があるのではないかと思うのである。

もちろんクーデターや革命が望ましいものではない。青年将校たちにクーデター成功後の青写真があったわけでもない。基本的に軍事技術を扱う軍人は理工系であって、たとえ人文系の教養を備えていても、社会問題を解決するための社会学的素養を著しく欠いていたことは否定しようのない事実であった。

だが、「格差問題」を解決しなければこの国に未来はないという熱い思いがあったことに、おおいに共感を覚えるのである。

二・二六事件をおこした青年将校たちは、いわゆる「皇道派」であった。これと対比されるのが「統制派」であり、前者が国力の身の丈にあった「小国主義」をとるのに対し、後者は積極的な攻勢によって拡大路線を追求する「大国主義」であったというのは、右翼思想の研究者・片山杜秀氏である。

二・二六事件のクーデターが失敗に終わった結果、「統制派」が陸軍内の覇権を握ることになり、総力戦への道を突き進むこととなる。その結果は、あらためて言うまでもない。

だが、たいへん皮肉なことに戦争による国土と資産の徹底的破壊、戦後の財閥解体と農地改革によって富は平準化され、「格差問題」はいったん解消された。多大な犠牲を出したものの、敗戦によって国民みなが貧しくなった結果、猛烈なガンバリによる高度経済成長を可能としたのである。

「格差問題」を解消するために立ち上がった青年将校たちの思いは、かれらの意図するところとはまったく関係のない真逆の形で実現したことになる。

「禍福はあざなえる縄のごとし」という表現が日本語にはあるが、まことにもって「意図せざる結果」そのものだといえるかもしれない。

とはいえ、いまふたたび「格差問題」がテーマとなっているいまこそ、格差問題を解消したいという純粋な思いと動機をもった青年たちが存在したことは特記しておきたいのである。

その手段がクーデターや革命ではなく、べつの形であれば、なおよかったのであるが・・・。






<関連サイト>

「青年日本の歌 昭和維新の歌」(YouTube)
・・映画『226』(1989年の日本映画)のシーンを使用


映画「動乱」特報・劇場予告 (YouTube)
・・映画 『動乱』(1980年の日本映画)。2014年に亡くなった高倉健が主演






<ブログ内関連記事>

二・二六事件関連

78年前の本日、東京は雪だった。そしてその雪はよごれていた-「二・二六事件」から78年(2014年2月26日)

4年に一度の「オリンピック・イヤー」に雪が降る-76年前のこの日クーデターは鎮圧された(2012年2月29日)

二・二六事件から 75年 (2011年2月26日)


経済学の立場からみた「格差問題」

2015年1月から放送されたNHK・Eテレの「パリ白熱教室」は、「格差問題」という旬の話題の研究者であるピケティ教授の連続レクチャーシリーズ
・・二度の世界大戦が「富の平準化」をもたらしたという事実にピケティ教授は言及している。ヨーロッパはとくに第一次世界大戦が、さらに日本もヨーロッパも第二次世界大戦で

書評 『超・格差社会アメリカの真実』(小林由美、文春文庫、2009)-アメリカの本質を知りたいという人には、私はこの一冊をイチオシとして推薦したい


日本の「格差問題」と閉塞感

マンガ 『テロルの系譜-日本暗殺史-』(かわぐち かいじ、青弓社、1992)-日本近現代史をテロルという一点に絞って描き切った1970年台前半の傑作劇画

石川啄木 『時代閉塞の現状』(1910)から100年たったいま、再び「閉塞状況」に陥ったままの日本に生きることとは・・・ 
・・「われは知る、テロリストのかなしき心を-」(石川啄木)

書評 『成金炎上-昭和恐慌は警告する-』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)-1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する

書評 『国の死に方』(片山杜秀、新潮新書、2012)-「非常事態に弱い国」日本を関東大震災とその後に重ね合わせながら考える
・・「第11章 東北が叩きのめされた-国内外で捻れる産業政策」「 第12章 政党が国民の信任を失う-世界大恐慌と農業恐慌」を読むべし

書評 『未完のファシズム-「持たざる国」日本の運命-』(片山杜秀、新潮選書、2012)-陸軍軍人たちの合理的思考が行き着いた先の「逆説」とは





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2015年2月23日月曜日

2015年1月から放送されたNHK・Eテレの「パリ白熱教室」は、「格差問題」という旬の話題の研究者であるピケティ教授の連続レクチャーシリーズ



2015年1月から6回シリーズで放送された NHK・Eテレの「パリ白熱教室」は、「格差問題」で、いままさに「旬」のフランス人経済学者トマ・ピケティ教授によるものである。 
     
2013年に原著が出版されたピケティ教授の主著 『21世紀の資本』(Le Capital au XXIe siecle 英語版: Capital in the Twenty-First Century)は、アメリカで発生した「オキュパイ・ウォールストリート」(=ウォール街を占拠せよ)のデモにも大きな理論的影響を与えたという。富が上位1%に集中する状況への異議申し立てである。

『21世紀の資本』は、700ページを越える分厚いハードカバーでありながら、総計100万部を超える世界的な大ベストセラーになっているという。日本でも先日、英語版 Capital in the Twenty-First Century からの日本語訳版が出版されたが、増刷に次ぐ増刷でこれまたベストセラーだ。経済学の専門書を読む読者層がそんなに分厚いとは思えないが、それほど「格差問題」は世界だけでなく日本でも大きな問題だと認識されているわけだ。
   
ピケティ教授の来日にあわせて、さまざまなシンポジウムが開催された。わたしも事前にシンポジウムに申し込んだが、残念ながら抽選ではずれてしまった。

ピケティ教授自身によるレクチャーが、テレビで無料で見れるとは! こんな機会を見逃したらじつにもったいない。「パリ経済学校でのピケティ教授の人気講義を世界初の独占収録!」とNHKは宣伝している。まさに「渡りに船」である。どう考えても、大枚払って『21世紀の資本論』を購入してまで読む気はしないからだ。

700ページを越えるハードカバーの経済専門書など、大半の人にとっては積ん読状態だろうし(・・しかも分厚ければ積まなくても机上に立つだろう)、ほぼ間違いなく埃をかぶったまま放置され、いずれ古本屋行きになることは間違いない。そのあかつきには、新古本であっても大幅に値崩れすることは必定だ。


「パリ白熱教室」は正統派経済学者による講義

じつは、放送を見始めたのは第2回からだ。第1回を見逃したのは痛いが、第2回から最終回の第6回まで毎週視聴することにした。

その放送第1回は、2015年1月9日(金)であった。この日は、まさにそのパリでイスラーム過激派テロリストによる虐殺事件が発生した1月7日の直後ではないか! 

「週刊風刺新聞シャルリ・エブド襲撃事件」の背景にはさまざまなものがあるといわれているが、フランス社会で差別されてきた移民二世の経済格差問題もその一つであるとされている。社会からの疎外感、剥奪感などさまざまな形の不満や不安が、イスラーム過激主義に移民の若者たちを走らせているのである、と。

その意味でも、「パリ白熱教室」におけるピケティ教授のレクチャーは、まさに「旬のテーマ」である。

「パリ白熱教室」の全6回のレクチャーのタイトルは以下のとおりである。

第1回 「21世紀の資本論」-格差はこうして生まれる-(2015年1月9日)
第2回 「所得不平等の構図」-なぜ格差は拡大するのか-(2015年1月16日)
第3回 「不平等と教育格差」-なぜ所得格差は生まれるのか-(2015年1月23日)
第4回 「強まる資産集中」-所得データが語る格差の実態-(2015年1月30日)
第5回 「世襲型資本主義の復活」-19世紀の格差社会に逆もどり?-(2015年2月6日)
第6回 「これからの資本主義」-再分配システムをどうつくるか-(2015年2月13日)

基本的に、所得格差と資産格差の二つにわけて「格差問題」を考えることが重要だとピケティ教授は指摘ている。

格差問題解消のためには、資本に対する累進課税の重要性を提言したうえで、グローバルな富裕税について提案している。

わたし自身は、実現可能性の観点からみて、ピケティ教授の処方箋にはあまり賛成ではないが、分析そのものはじつに興味深いという感想をもった。なぜならピケティ教授は、膨大な税務統計を分析して、「格差問題」を歴史的に検証している正統派の経済学者である。

ピケティ教授の最大の功績は、世界の経済学者と連携して 300年分にわたる膨大な税務統計を収集し、その分析をもとに「格差の実際」と「格差形成のメカニズム」、そして「格差是正」の方法について明らかにしたことにある。この分析に15年かけたという。

ピケティ教授は、とくに奇をてらった発言をしているわけではないことが、この全6回のレクチャーでよくわかった。


二度の世界大戦が「富の平準化」をもたらしたという事実

この番組を試聴していてつよく印象を受けたのは、ヨーロッパにおいては、いかに第一次世界大戦による破壊が革命的変化をもたらしたかということだ。

第4回のレクチャー 「強まる資産集中-所得データが語る格差の実態-(2015年1月30日)放送」で使用された図表にそれがよく表現されている(下図参照)。

(第4回のレクチャー 「強まる資産集中」(2015年1月30日)放送より)

フランスと英国、ドイツの三カ国の「資産所得比率」の図表である。第一次世界大戦(1914~1918年)では直接戦場とはなったフランスとドイツの「資産所得比率」の低下がいちじるしい。敗戦国となったドイツだけでなく、戦勝国となったフランスも、戦争によって国土は荒廃し、多くの資産が破壊されたのである。その結果、第一世界大戦勃発までの100年間つづいていた「ベルエポック」(=美しい世紀)の時代の格差が大幅に解消したのであった。

ピケティ教授自身もレクチャーのなかで語っていたが、「富の再分配」の方法にかんしては、税以外の方法もあるのだ。戦争などで大規模に資産が破壊されることもそうである。

だから、第一次世界大戦でヨーロッパ諸国の資産集中度が低下したわけだし、さらに第二次世界大戦ではヨーロッパだけでなく、日本においても資産集中度が低下したわけである。それに対して、本土が戦場とならなかった英国や米国においては、累進税率を極度に上げた時期があるのはそのためなのだ、と。

米国はかつて太平洋戦争においてハワイが日本軍による攻撃の対象となったが、あくまでも局地的なものであり、本土全体が戦場となって荒廃したことは一度もない。「9-11」において、はじめて本土が攻撃の対象となったが、戦場とはならなかった。したがって破壊されたのはツインタワーとペンタゴンの一部で、都市全体が焼け野原になるといった壊滅打撃は被っていない。

(第4回のレクチャー 「強まる資産集中」(2015年1月30日)放送より)

「最上位1%の総所得のシェア」が、「アメリカ型」と「フランス型」に区分できるのはそのためである。前者はアメリカを含んだ「アングロサクソン型」といっていいだろう。後者の「フランス型」には、日本も含まれるのはそのためだ。第二次世界大戦で徹底的に破戒されるまで、日本の格差社会ぶりがいかに酷いものであったか、不思議なことに忘れられがちである。

「格差問題を解消するための戦争」にかんしては、「「丸山眞男」をひっぱたきたい-31歳フリーター。希望は、戦争。」(2007年)という論文があったことを想起する。赤木智弘氏という評論家による論文である。この「終末論」待望論にもつながりかねない発想は、「格差社会」に苦しんでいる人にとっては希望(?)となるのかもしれない。

もちろん、赤木氏と同様にわたしも、戦争という形での「富の平準化」を望んでいるわけではない。戦争においては資産だけでなく、人命も失われるからだ。「破壊的創造」(creative destruction)などという表現は、安易にクチにしたくない。


グローバルに移動する資本への課税は難しいが不動産への課税は簡単

格差問題是正のためのピケティ教授の処方箋は、「資本に対する累進課税」と「グローバル富裕税」である。

ともにグローバル単位で減税競争が行われているなかでは、一国単位での実現可能性には疑問がつく理想論に聞こえないでもない。グローバル税務警察でも確立されればまだしも、実現可能性としては高くないのではないかという印象がある。地球外からの侵略でもない限り、地球単位で意見がまとまることは残念ながらなさそうだ。

「パリ白熱教室」のレクチャーのなかで、ピケティ教授は以下のような発言をしていた。

グローバルに資金移動する現状では資本課税はむずかしい。だが、不動産などの固定資産に対する課税はやりやすい。したがって、今後はどの国でも不動産への課税が強化されるであろう、と。

不動産は、文字通り動産ならざるものを指している。建物は解体すれば移動可能だが、土地は移動できない。だから国境を越えて逃げることもない。この発言には、なるほどそうだなと思わされた。不動産課税は、どの国でも今後強化される方向性であろう。


中産階級が崩壊しつつあることこそ大きな問題

格差問題にかんしては、超のつくスーパーリッチと貧困層の格差よりも、中産階級が崩壊していることこそが問題だととわたしは考える。

たとえ格差が救いようのないものであったとしても、大多数の人にとってスーパーリッチ層は縁のない存在だ。だが、中産階級が崩壊したことの悪影響はきわめて大きい。これは1980年代のレーガン政権時代のアメリカでまずはじまり、英国でも日本では現在も進行している事態である。

中産階級が崩壊し、貧困層が拡大したことにより、その結果として(!)、スーパーリッチ層と貧困層との格差が拡大しているわけだが、問題は貧困層の拡大であって、富裕層そのものが問題ではなかろう。中産階級の復活は困難な課題だとしても、いかに貧困層をなくし、最低限でも安定した生活を保障するセイフティネットの仕組みを確立することのほうが、課題ではあるまいか?

富裕層にかんしては高率の相続税が課されているので、「富の標準化」は日本では比較的確保されているといってよいだろう。タイのように相続税が存在しない国があることは意外と知られていないようだ。タイは、国会議員の大半が富裕層出身である以上、相続税の導入が困難なことは言うまでもない。タイとくらべてみても、日本は格差社会とは言い難い。

もちろん、ピケティ教授が指摘していたように、日本においても少子化によって資産が集中していく傾向にあることは間違いないだろう。一人っ子どうしが結婚すれば、双方の親の資産を継承することになるからだ。しかし、そこに待ち受けるのが日本の高い相続税であることはピケティ教授の視野にはないように思われた。

日本以外の先進国、とくにアングロサクソン諸国や発展途上国に比べれば、日本の「格差問題」は、まだ解決に残された時間はあると考えて良いのではあるまいか?

現時点の日本の問題は、むしろ正社員とアルバイトやパートなどの非正規社員とのあいだに存在する身分格差にもとづく所得格差であろう。非正規社員を正社員化するのか、正社員を非正規社員化するのか、方向性は真逆になるが、いずれか、あるいは双方とも今後の動きとなる。

そんなことを、NHK・Eテレの「パリ白熱教室」を視聴して考えた。



(注) トマ・ピケティ(Thomas Piketty)について
2006年に設立されたパリ経済学校(École d'économie de Paris, EEP)の創設の中心人物で、初代校長を務めた。現在は教授。専門分野は、経済的不平等、特に歴史比較の観点からの研究。
1971年フランス・パリ郊外のクリシー生まれ。16歳で公立高校を卒業後、フランスの高等教育機関の中でも最も入学が難しいノルマルシュップ(パリ高等師範学校)に入学。22歳で高等師範学校とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得した。1993年フランス経済学会から年間最優秀論文賞を受賞。論文のテーマは「富の再配分」。2013年にフランスで出版された『21世紀の資本』は現在米欧やアジアなど世界15カ国で出版されいている。主要著書は、『フランスの20世紀における高所得(Les hauts revenus en France au XXe siècle)』(Grasset, 2001年)。『財政革命のために (Pour une révolution fiscale)』(カミーユ・ランデ、エマニュエル・サエズ共著, 2011年)。 (出典: 「パリ白熱教室」番組概要 
http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/paris/about.html






<関連サイト>

Thomas Piketty: New thoughts on capital in the twenty-first century (TED, Filmed June 2014 at TEDSalon Berlin 2014)
・・ピケティ自身がTEDに出演して自説を解説。フランス語なまりの英語が聴き取りにくいが、英語字幕あり

世界で大論争、大著『21世紀の資本論』で考える良い不平等と悪い不平等-フランス人経済学者トマ・ピケティ氏が起こした波紋 (澁谷 浩、日経ビジネスオンライン、2014年6月3日)
・・ピケティが行った長期所得分析を詳細に解説した論文。読み応えあり

Technical appendix of the book « Capital in the 21st century » Thomas Piketty Harvard University Press - March 2014 Figures and tables presented in the book (Pdf.)
・・ピケティの『21世紀の資本』に登場する図表へのリンク一覧

日本の格差:身分の保証された人vs貧しい人 (JBPRess、2015年2月19日 初出 The Economist)




私の履歴書 復刻版 竹鶴政孝 第16回 メガネにかなう 祝福され英国で結婚 新婚旅行兼ね帰国の途に 竹鶴政孝(ニッカウヰスキー創業者) に、第一次世界大戦語の欧州を訪問し多彩の貴重な回想がある。
第一次大戦後のフランス、イタリア、ドイツなど欧州大陸の各国は、勝者敗者ともども疲れ果てている表情しか感じ取れなかった。
フランスは4年にわたり戦いを続けて勝利を得たにもかかわらず、ノーベル平和賞をもらったノーマン・エンジェルがいったようにその勝利さえも「大いなる幻影」であったようだ。労働力は減り、生産力は破壊されて、フランスの北の方は、ちょうど戦後の東京の焼け野原のような状態で放置されていた。
ドイツでは、有名なインフレーションが極度に進行していた。ドイツに着いて、ホテルから日本にはがきを出そうとしたら切手代がなんと100万マルクもしたのには目をまるくした。
イタリアも大同小異であった。経済恐慌が社会危機によって複雑化していた。農村の疲弊に耐えかねた農民が都市に集まり、生活の保障のない労働者とともに、各工場をつぎつぎと占領した時期で、こんどのフランスの騒ぎの小型版とも思える有様であった。こうして勝ち負けをとわず、戦場になった国のみじめさをまのあたりに見たのであった。

“日本のピケティ”が見た日本の格差拡大 橘木俊詔・京都大学名誉教授に聞く(広野彩子、日経ビジネスオンライン、2015年3月2日)

『21世紀の資本』訳者解説--ピケティは何を語っているのか 山形浩生×飯田泰之(SYNODOS、2015年3月13日)
・・紀伊國屋ホールで行われた「ピケティ『21世紀の資本』刊行記念 山形浩生×飯田泰之トークショー 訳者解説プラス」(2015年1月10日)一部を文字におこしたもの。『21世紀の資本』翻訳者の山形浩生氏と所得分配をテーマに研究する経済学者・飯田泰之氏。この対談はおおいに読むべき内容がある

フランス人が繰り返しブームを起こす「格差論争」の正体-浜名優美・南山大学教授に聞く (広野 彩子、日経ビジネスオンライン、2015年4月20日)
・・ピケティ教授の「導きの光」の一人で、20世紀最大の歴史家フェルナン・ブローデルが40年前に仕掛けて、米国初でブームになった「フランス発格差論争」について。ブローデルの翻訳者である浜名教授は、「ブローデルの著書や論文を見ると、ピケティ教授が言っていることは、ブローデルが既に言っていたことばかりです」、と語る。「初期のアナール派が手掛けていた、一度消えかけた数量的・時系列的な歴史研究をピケティ教授が再び盛り上げることができた背景の一つとして、ブローデルの時代には分析したり集めたりするのが不可能だったデータが、現在はコンピュータの発達で扱えるようになったことがとても大きいだろうと思います。 その意味では、ピケティ教授の貢献は、アナール派による経済史の再現というより、歴史家ブローデルが追究していた問題意識を経済学者として引き継ぎ、進化させたといえるのかもしれません」

(2015年2月28日、3月6日、3月15日、4月20日 情報追加)


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月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2010年3月号の特集「オバマ大統領就任から1年 貧困大国の真実」(責任編集・堤 未果)を読む

なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか?
・・英国の「サッチャー革命」は英国経済を救ったが、中流階級が崩壊するという大きな痛みを友lなうものであった


中産階級崩壊

『2010年中流階級消失』(田中勝博、講談社、1998) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その1)
・・「金融ビッグバン」後の英国で、英国の証券会社に日本人として勤務していた著者が体験し、つぶさに観察した実情を「鏡」にして、日本の行く末を考察

なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか?  ・・英国の「サッチャー革命」は英国の中産階級を崩壊させた

書評 『現代日本の転機-「自由」と「安定」のジレンマ-』(高原基彰、NHKブックス、2009)-冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史


■所得分配の経済学

書評 『ゼロから学ぶ経済政策-日本を幸福にする経済政策のつくり方-』(飯田泰之、角川ONEテーマ21、2010)-「成長」「安定」「再分配」-「3つの政策」でわかりやすくまとめた経済政策入門書


ピケティ教授の「導きの光」とメンターたち

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
・・20世紀を代表する歴史家フェルナン・ブローデル。アナール派の総帥として「数量史」「時系列史」の先鞭をつけた社会経済史家

書評 『アラブ革命はなぜ起きたか-デモグラフィーとデモクラシー-』(エマニュエル・トッド、石崎晴己訳、藤原書店、2011)-宗教でも文化でもなく「デモグラフィー(人口動態)で考えよ!
・・歴史人口学で世界をリードするエマニュエル・トッド

(2015年4月20日 情報追加)




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2015年2月21日土曜日

映画 『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を見てきた-「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争にアメリカの「いま」を見る


映画『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を、日本公開の初日の初回に見てきた(2015年2月21日)。原題は American Sniper、日本語版もそのままカタカナに置き換えた、余計な装飾語のないシンプルなタイトルだ。
 
米軍によるフセイン政権打倒後に治安が極度に悪化したイラク。駐留米軍によるテロリスト掃討作戦を描いた戦争映画である。この映画もまた、米海軍特殊部隊のネイビー・シールズものである。
  
米軍史上最強のスナイパー(=狙撃手)として「レジェンド」と讃えられる主人公クリス・カイル。この映画は、クリス・カイルの自伝をもとに製作されたドキュメンタリータッチの戦争映画であり、主人公とその家族、そして友人たちとの関係を軸にしたヒューマンドラマである。
 
クリス・カイル(1974~2013)は、志願して入隊してから除隊までの6年間の合計4回イラクの任務で、公式記録で合計160人を射殺した実在のスナイパーであった。味方からは「レジェンド」(=伝説)と呼ばれて絶大な信頼を受け、敵からは「悪魔」と呼ばれて、その首には高額の懸賞金がかけられていた。
  
ハリウッド映画をほとんど見なくなったわたしだが、それでも戦争映画は見る。現在84歳のクリント・イーストウッド監督の最新作だが、見に行ってきたのはそれだけが理由ではない。良質なアメリカの戦争映画には、アメリカ社会が抱える問題が集約的に表現されるからだ。生死にかかわるテーマには、アメリカ人の心の奥底も垣間見ることになる。


映画の大半はイラクにおける市街戦

映画がはじまると響き渡るのは、繰り返される「アッラー・アクバル」の音声。「神は偉大なり」を意味するアラビア語によるアザーンである。

そう、映画の舞台はサッダーム・フセイン政権崩壊後のイラクである。映画のほとんどがイラクにおける激しい銃撃戦のシーンである。ラマディ、ファルージャ、サドルシティといった、かつて日本でもテレビ報道をつうじて聞き慣れた地名が舞台である。

秩序がほぼ完全に崩壊し、治安が極度に悪したイラク。米軍が戦うのは正規軍ではない。政権崩壊後に跋扈(ばっこ)するテロリストである。その中心にいるのは、イラクのアルカーイダの指導者であったザルカーウィ。アメリカはこの男を最大の標的としていた。


   
海軍特殊部隊隊員の主人公のミッションは、スナイパーとして海兵隊による索敵作戦の援護射撃を行うことにある。だが、安全地帯から敵を狙撃することに飽き足りない主人公は、海兵隊員たちと行動をともにすることを志願する。海兵隊は、絶対に仲間を見捨てないというモットーがあるが、海軍特殊部隊のシールズもまた同じである。

市街におけるゲリラとの戦いにおいては、私服姿の一般市民がじつはテロリストの協力者ということが少なくない。つまり戦闘員と非戦闘員の識別がきわめて困難なのだ。

子どもや女性もまた、自爆テロ要員として味方の米軍を狙っていつ攻撃をしかけてくるかわからない。非戦闘員の一般市民を殺害すれば罪はきわめて重い。しかし基本的に一般市民の協力をとりつけないと治安維持の任務は遂行できない。

狙撃するか否かは基本的に隊長の判断にもとづくが、ギリギリの場面においてはスナイパー自身の判断にゆだねられる。ストレスのきわめて高い過酷な戦場は血圧を上昇させ、タフで屈強の兵士ですら精神的に極度に疲弊させ、蝕んでいく。

戦場で死傷しなくても精神の病を患うものが続出する。心を病んだまま、トラウマを抱えたままの帰還兵が少なくないのはベトナム戦争のときと変わらない。主人公クリス・カイルの悲劇的な最期もまた、そのことと無縁ではない。

(米国版ポスター)

「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争

クリス・カイルはテキサスの生まれ。マッチョな価値観が支配的な保守的な南部の出身である。

子どもの頃からライフル射撃を仕込まれた主人公は、こういう教えをたたき込まれて育っている。

世の中には3つのタイプの人間しかいない。ヒツジ(sheep)と、ヒツジを襲うオオカミ(wolf)と、ヒツジを守る番犬(sheep dog)である。男の子は、ヒツジを守る番犬になれ、と。

きわめて単純明快で、かつキリスト教的な色彩のつよい価値観である。アメリカ南部は「バイブル・ベルト」と呼ばれている地域である。

敵と味方をわける単純明快な価値観は、主人公の行動規範となる。もちろん、女性や子どもを撃つことにためらいがなくはない。だが、みずからのうちに体言化された価値観にもとづいてミッションを遂行する。

だが、世の中すべての人がこの価値観を共有しているわけではない

戦場の現実を知ろうともしない一般市民の無理解。「内向き志向」のつよまる祖国アメリカへのいらだち。日本人にとってだけでなく、アメリカ人にとってすら、出征兵士やその家族や友人を除いては、日常生活とは関係の薄い「遠い国の戦争」でしかないのだという苦い事実。

スナイパーとしてのミッションを完璧に遂行できなかったという不完全燃焼感戦場で仲間たちを助けられなかったという悔恨の念。良き夫であり良き父であろうとするが、「心ここにあらず」と妻のいらだちを誘発してしまう。

使用された音楽はきわめて少なく、映画のかなりの場面でマシンガンの射撃音が響き渡る。音楽はエンドロールの直前で終わる。沈黙のなか流れるエンドロール。クレジットに並んだ人名を見ていると、墓碑銘を読んでいるような気がしてきた。

現在84歳のクリント・イーストウッド監督は、第二次世界大戦も、ベトナム戦争もみな同時代としてリアルタイム見てきた世代である。

クリント・イーストウッド監督には、日米が全面的に戦った太平洋戦争を日米双方の視点で描いた二部作がある。日本側の視点で描いた『硫黄島からの手紙』と、アメリカの少数民族の視点で描いた『父親たちの星条旗』である。いずれも良質な戦争映画である。

『アメリカン・スナイパー』はまた違った余韻が残る。「遠い過去」ではなく、「つい最近の過去」を描いたものだからでもあるだろう。戦争映画ではアメリカ史上最高の興行収入をあげたという。
 
アメリカ人にとってすら、当事者と関係者以外には「遠い国の戦争」であったイラク戦争アメリカの「いま」と、アメリカ人の心の奥底にあるものを知る上でも必見だと思う。





PS 『アメリカン・スナイパー』 は、2014年度の作品への第87回アカデミー賞で「音響編集賞」を受賞した。アカデミー音響編集賞(wikipedia)を参照。音楽をミニマムに、臨場感を出すための効果音の効果が最大限に引き出されたことが評価されたのだろう。(2015年2月26日 記す)




<関連サイト>

映画 『アメリカン・スナイパー』(日本版 公式サイト)

American Sniper - Official Trailer [HD] (オフィシャル・トレーラー)

「史上最強の狙撃手」、イラク帰還兵に射殺される (米テキサス)(AFP、 2013年2月4日)

「アメリカン・スナイパー」モデルを射殺した男が終身刑 (Reuters、2015年2月25日)
・・「米テキサス州の裁判所は24日、米海軍特殊部隊「ネイビー・シールズ」の元狙撃手、クリス・カイルさんを射殺したとして、エディー・レイ・ルース被告(27)に仮釈放なしの終身刑を言い渡した。

(2015年2月25日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

ネイビー・シールズもの

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった
・・米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・パキスタン国土内に潜伏するウサーマ・ビン・ラディン殺害計画に動員されたのは米海軍特殊部隊SEALSであった!

映画 『キャプテン・フィリップス』(米国、2013)をみてきた-海賊問題は、「いま、そこにある危機」なのだ!
・・救出作戦を実行し成功したのは米海軍特殊部隊SEALS


イラク戦争とその後の情勢

書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」

本年度アカデミー賞6部門受賞作 『ハート・ロッカー』をみてきた-「現場の下士官と兵の視線」からみたイラク戦争

映画 『ルート・アイリッシュ』(2011年製作)を見てきた-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ② ・・これもイラク戦争もの

「イスラーム国」登場の意味について考えるために-2015年1月に出版された日本人の池内恵氏とイタリア人のナポリオーニ氏の著作を読む

書評 『イスラム国-テロリストが国家をつくる時-』(ロレッタ・ナポリオーニ、村井章子訳、文藝春秋、2015)-キーワードは「近代国家」志向と組織の「近代性」にある


戦闘員と非戦闘員が入り乱れる市街戦

書評 『松井石根と南京事件の真実』(早坂 隆、文春新書、2011)-「A級戦犯」として東京裁判で死刑を宣告された「悲劇の将軍」は、じつは帝国陸軍きっての中国通で日中友好論者だった
・・南京攻略作戦は日本軍にとっては戦闘員と非戦闘員の識別が困難な市街戦であった


戦場におけるチームワーク

映画 『加藤隼戦闘隊』(1944年)にみる現場リーダーとチームワーク、そして糸川英夫博士
・・「過ぎし幾多の 空中戦/銃弾うなる その中で/必ず勝つの 信念と/死なば共にと 団結の/心で握る 操縦桿」(主題歌より)


アメリカの保守主義

書評 『追跡・アメリカの思想家たち』(会田弘継、新潮選書、2008)-アメリカの知られざる「政治思想家」たち
・・会田弘継氏作成の「地域別に見たアメリカの思想傾向」の地図を参照


■クリント・イーストウッド監督作品

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ

(2015年6月14日 情報追加)




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2015年2月20日金曜日

『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ


『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、すでに出版されて20年になるが、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ。

これからの日本は、移民受け入れも含めて人口減少問題に対処していかねばならないのだが、ヘイトスピーチに代表されるような、「単一民族神話」にもとづいた「偏狭なナショナリズム」がその動きを阻害しかねないことを、わたしはつよく懸念している。

わたしはこの本を東京駅前の八重洲ブックセンターの店頭でみかけて、高くて分厚いハードカバーだが買い求めてすぐに読んだ。1997年のことだ。その時点ですでに第5刷となっている。

小熊英二氏は、どちらかといえばリベラル派ということにカテゴライズされるのではないかと思うが、そういう分類じたいきわめて恣意的なものであることが、この本を読むとわかるようになるはずだ。

「革新」といえば、「戦後」は「革新政党」というフレーズにみられるように左翼だが、戦前は「革新官僚」や「革新将校」などのフレーズにみられるように、右翼こそ革新だったことが本書を読むとよくわかる。

「戦前」は外向きに開いていったナショナリズムの時代、「戦後」は内向きの閉じたナショナリズムの時代。植民地を抱えていた「戦前」は多民族国家が常識であったのに対し、植民地を失って縮小した「戦後」は単一民族国家が常識となったのである。

だから、「戦後」になってから日本共産党は民族独立を主張(!)したわけだし、その延長線上にあって、現在の喫緊(きっきん)の問題である尖閣諸島については、奇妙なことに自民党と同じスタンスに立っている。

敗戦によって日本は植民地をすべて失い縮小し、左右が反転したのであった。敗戦前の日本は「日本国」ではなく「大日本帝国」だったのである。植民地を保有する「帝国」だったのだ。だから、多民族によって構成される「帝国」は当時の常識だったわけだ。

「戦後」の状況だけをみて決めつけ的なレッテル張りをすることが、いかにナンセンスなことか。

「戦前」の保守政治家たちは、価値観多様化という現実を認めたがらない「偏狭な復古主義者」たちとは違うのである。現代の日本人の多くが思っている「戦前」と、実際の「戦前」はイコールではないのである。

そんな感想を抱いたのがこの大著である。本書の内容は、一言でいえば「脱神話化」がテーマである。「日本人は単一民族」という「戦後」の言説が、いかに「神話」に過ぎないかを実証したものだ。

そのための方法は歴史学と社会学のアプローチの融合であり、とにかく膨大な量の資料を収集し、予断を排して資料そのものに即して語らせるという手法をとっている。事実関係の分析と整理にかんしては圧倒されるの一言だ。

まさに「へえ!」の連続が、その時代の知識人たちの引用発言によってくつがえされるのだから、ある意味では反論のしようがない。「事実をもって事実を語らしめよ」というオーソドックスな歴史学の手法を思想史にもちこんだといえよう。

だからこそ、400ページを越える著書だが、できれば最初から最後まで読みとおすことによって、自分なりの感想をもつことが重要だろう。読み進めることが、さまざまな「発見」につながり、自分の「常識」が裏切られていくという得難い感覚を著者と共有することができるだろう。





目 次

序章
 問いの設定
 「単一民族神話」の定義
 社会学と歴史学
第一部 「開国」の思想 
 第1章 日本民族論の発生-モース・シーボルト・小野梓ほか
 第2章 内地雑居論争-田口卯吉・井上哲次郎
 第3章 国体論とキリスト教-穂積八束・加藤弘之・内村鑑三・高山樗牛ほか
 第4章 人類学者たち-坪井正五郎ほか
 第5章 日鮮同祖論-久米邦武・竹越与三郎・山路愛山・徳富蘇峰・大隈重信ほか
 第6章 日韓併合
第二部 「帝国」の思想 
 第7章 「差別解消」の歴史学-喜田貞吉
 第8章 国体論への再編成-国体論者の民族論
 第9章 民族自決と境界-鳥居龍三・北一輝・国定教科書ほか
 第10章 日本民族白人説-ギリシア起源説・ユダヤ起源説ほか
 第11章 「血の帰一」-高群逸枝
第三部 「島国」の思想 
 第12章 島国民俗学の誕生-柳田国男
 第13章 皇民化対優生学-朝鮮総督府・日本民族衛生協会・厚生研究所ほか
 第14章 記紀神話の蘇生-白鳥庫吉・津田左右吉
 第15章 「血」から「風土」へ-和辻哲郎
 第16章 帝国の崩壊-大川周明・津田裁判ほか
 第17章 神話の定着-象徴天皇制論・明石原人説ほか
結論
 社会学における同化主義と人種主義
 「日本人」概念について
 近接地域・同人種内の接触
 家族制度の反映
 保守系論者の単一民族論批判
 神話からの脱却

あとがき
索引


著者プロフィール

小熊英二(おぐま・えいじ)
1962年、東京生まれ。1987年、東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書は、『単一民族神話の起源』や『“日本人”の境界』『<民主>と<愛国>』など多数。



PS ヘビー級の重厚な著書をつぎつぎに出版する著者

修士論文が単行本化されるというのも珍しいが、この本の後に出た本もいずれも重量級(・・神の本としては文字通り重い!)のものばかり。書くほうもすごいが。読むヒトもすごいといえばすごい。

『「日本人」の境界-沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで-』(新曜社、1998)『<民主>と<愛国>-戦後日本のナショナリズムと公共性-』(新曜社、2002)は、いまだに読んでいない。『1968 <上> 若者たちの叛乱とその背景』(新曜社、2009)『1968<下>叛乱の終焉とその遺産』(新曜社、2009)となると、もはやとどまることのない。よく出版社も出版を決意したものだとすら思う。

『"癒し"のナショナリズム-草の根保守運動の実証研究-』(小熊英二・上野陽子、慶應義塾大学出版会、2003)は、まさに「つくる会」が話題であったときに読んだが、これもすぐれた研究。

『対話の回路-小熊英二対談集-』(小熊英二、新曜社、2005)が、『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』にはじまる三部作(・・いずれもすごいボリュームだ)にまつわる話題で「対話」を行っている。読みでのある、中身の濃い対話集である。こんも対話集を読むと、方法論がよlく理解できる。

 『インド日記-牛とコンピュータの国から-』(小熊英二、新曜社、2000)については、このブログに書評を書いているのでご参照いただきたい。



<ブログ内関連記事>

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する


近代とナショナリズム

書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門
・・「第6章 民族独立行動隊、前へ!-革命のナショナリズム 小熊英二『<民主>と<愛国>』で取り上げられている


戦前の革新であった右派と戦後の革新であった左派、そしてその後

書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー

書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論

書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ


大日本帝国の範囲

書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消




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2015年2月19日木曜日

書評 『新・台湾の主張』(李登輝、PHP新書、2015)-台湾と日本は運命共同体である!


『新・台湾の主張』(李登輝、PHP新書、2015)は、現在 92歳の元中華民国(=台湾)総統が語る自分史としての台湾近現代史を踏まえた日本語読者へのメッセージである。

それは必然的に「台湾近代化」への日本の貢献と、総統として実現に尽くした「台湾民主化」について語ることになる。そしてその「民主化」が現在第二段階にあることも。

李登輝氏についてはとくに説明する必要はないだろう。日本の植民地時代に自己形成した「日本語世代」で、民主化後の台湾の数々の危機を乗り越えてきた学者出身の政治家である。現在92歳の李登輝氏は、現在91歳のシンガポールの哲人政治家リー・クワンユー(李光耀)氏と同じく、客家(はっか)の出身である。

本書では、李登輝氏はみずからの出自については語らず、「新台湾人」というアイデンティティを前面に打ち出している。この点は「シンガポール人アイデンティティ」の確立に成功したリー・クワンユー氏と同じといえよう。アジアでは近代化に成功した数少ない国家であるシンガポールは、華人がマジョリティを占めながらも、国民国家としてのアイデンティティがすでに形成された多民族国家という点では台湾とも共通するものをもっている。

『新・台湾の主張』という本書のタイトルは15年前の著書『台湾の主張』を念頭においたものだという。わたし自身は、1980年代後半の台湾の戒厳令廃止と台湾民主化をリアルタイムで見てきた世代で、李登輝氏の言動はつねに注意してきたが、あえて著書を読むことまではしていなかった。だが、この最新著を読んだのは正解だった。

なぜなら、この『新・台湾の主張』は、まさにタイミング的には最高といえるものだからだ。というのも、2014年に台湾で大ヒットした映画『KANO』(2014年)の2015年1月の日本公開にあわせたような出版となっているからである。本書は『KANO』の話題に始まり、『KANO』の話題で終わる。『KANO』とは、日本の植民地時代に甲子園に初出場して準優勝した台湾南部の嘉義農林の実話をもとにした台湾映画だ。当時は植民地からも甲子園大会に出場していたのだ。

李登輝氏は、台湾人を形成した「日本精神」(リップン・チェンシン)とはなにかをテーマにしたこの映画を見て泣いていたという。「日本精神」とは、日本統治時代の日本人がもっていた「誠実」「勤勉」「奉公」「遵法」などの精神である。
 
この「日本精神」があってこそ、小国の不屈の精神である「台湾精神」が生まれたのである、と。台湾人のアイデンティティ確認のため、「台湾人こそこの映画を見るべきだ!」と、李登輝氏は映画を見たあと言ったと本書で語っている。

そして『KANO』のプロデューサーをつとめた俳優の魏徳聖(ウェイ・ダーシヨン)氏との対談内容をページを割いて紹介している。魏徳聖氏は、同じく台湾人アイデンティティ模索をテーマとして日本統治時代を扱った『海角七号』(2008年)や『セデック・パレ』(2011年)の監督でもある。

昨年(2014年)、台中サービス貿易協定の締結によって中国に呑み込まれることに断固NO!を主張した「ひまわり学連」の学生たちが23日間にわたって立法院を占拠した際、メッセージを求められた魏徳聖(ウェイ・ダーシヨン)氏は『KANO』を見てくれといい、占拠中の立法院内で無料で特別上映されたという。

魏徳聖(ウェイ・ダーシヨン)氏の発言をここにぜひ引用しておきたい。この発言を本書で紹介しているのは、李登輝氏自身の思いでもあるからだろう。

台湾はほんとうに小さな国なんです。台湾からみれば、日本は大国ではないですか。なぜ日本は台湾を国として公平に扱わないのですか。日本は外国に管理でもされているのですか。かつて日本と台湾は同じ国だった。そして日本人と台湾人は甲子園優勝という同じ目標を抱いたこともあった。そのことをいま、日本人に知ってほしいのです」(P.196)

1969年生まれの魏徳聖氏と、1923年生まれの李登輝氏の思いは台湾人として世代を越えて響きあいシンクロする。そしてこの発言は日本人をも巻き込んでいくことだろう

台湾の運命は日本の運命でもある。対等の「国家」として、運命共同体であるという認識をもつべきだ。台湾の法的位置づけにかんしてはさまざまな見解があろうが、「実質的に独立国家」であるのであえて独立宣言をする必要もない、という李登輝氏の認識でよいと思う。

日本人はけっして台湾に無関心だったわけではない。日本人は遠慮しすぎていたのだ。「植民地」として支配したという、後ろめたさのような感情をもっていたのかもしれない。だが、映画『KANO』の日本公開以後の日本人は、もうおおっぴらに語っていいのではないか。台湾こそ日本にとってもっとも大事な国なのだ、と。

地政学的条件から大国に翻弄される台湾という小国の運命。台湾は海洋国家であり、日本もまた海洋国家である。ともに大陸国家でもなく、半島国家でもない。歴史的な経緯だけでなく、地政学的な条件の違いもまた大きい。海洋国家どうしの気質が合うのかもしれない。日本もまたきわめて長い時間にわたってさまざまな民族が融合してできあがったハイブリッドである。台湾は、まさにそのプロセスの渦中にある。アイデンティティ摸索の渦中にいるのだ。

台湾の運命は日本の運命でもある。台湾と日本は、ある意味では運命共同体なのである。激動する東アジア情勢のなかでいかにサバイバルしていくか、その課題は共通しているのである。だからこそ、問題意識は共有しなくてはならないのである。

本書は、台湾と日本の未来に向けての熱いメッセージでもある。日本人なら、しかと受け止めるべきではないか!







目 次

はじめに
李登輝・関連年表
  
第1章 日本精神に学ぶ
 映画『KANO』のこと
 台湾近代化の基礎を築いた後藤新平
 新渡戸稲造による製糖業発展の基本方針
 「嘉南大・・」の父、八田與一(はった・よいち)
 日本はなぜ台湾を捨てたのか
 匪賊から逃げなかった日本語教師たち
 日本統治下の台湾人の政治運動
 自我意識に苦しんだ少年時代
 旧制台北高等学校に進学私の生き方に影響を与えた本
 「武士道」-日本人の精神の道徳規範
 「決戦下の学徒として」陸軍に志願
 海軍特別志願兵の兄が私に遺した言葉
 青島で初めて中国人の姿をみる
 東京大空襲で奮闘
 戦死から62年後、靖国神社で兄と再会
 日本は英霊の魂をもっと大切にすべき
 近代日本が失敗した原因
 新渡戸稲造と後藤新平に学んだ信仰と信念の大切さ
第2章 台湾民主化への道
第3章 新台湾人の時代へ
第4章 日本と台湾の国防論
 日本の集団的自衛権行使を歓迎する
 なぜ人類は戦争を繰り返すのか-トルストイの箴言
 グローバル資本主義が招く戦争の危機
 武力の必要性
 台湾の地政学的重要性
 残念な日本の姿勢
 日台間に領土問題は存在しない
 日本の最大の課題は憲法改正
 「失われた二十年」の原因
 まやかしの「北京コンセンサス」
 日本の「専業主婦願望」は意外
 女性の活用は台湾に学べ
 東日本大震災での痛恨事
 あまりに嘆かわしい日本政府の対応
 「台湾は中国の一部」がいかに暴論か
 台湾人が感動した安倍首相の「友人」発言
 「台湾加油」「日本加油」
 学生の行動力に感心している
 日台の絆は永遠に
あとがきに代えて
参考文献


著者プロフィール

李登輝(り・とうき)
1923年、台湾・淡水郡生まれ。元台湾総統。農業経済学者。米国コーネル大学農業経済学博士。拓殖大学名誉博士。旧制台北高等学校を卒業後、京都帝国大学農学部に進学。1943年、日本陸軍に入隊。終戦後、台湾大学農学部に編入学。台湾大学講師、米国留学などを経て、台湾大学教授に就任。1971年、国民党に入党。1972年、行政院政務委員として入閣。台北市長、台湾省政府主席、副総統を歴任。88年、蒋経国総統の死去にともない、総統に就任。1990年の総統選挙、1996年の台湾初の総統直接選挙で選出され、総統を12年務め、台湾の民主化を実現(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

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台湾地震で恩返しの応酬を繰り返す日本と台湾、政治利用を目論む中国(メルマガ 『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』、2016年2月12日)
・・「今回の台湾南部の地震では、日本から再び恩返しの支援が届きました。こうして日本と台湾がお互いに恩返しの応酬を繰り返していることは、惨事のショックにある台湾人にとって、大いに慰められることだと思います。やはり日台は「一蓮托生」の関係であると痛感します。」

(2015年7月29日 項目新設)
(2016年2月12日 情報追加)



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2015年2月16日月曜日

書評 『柳田国男と梅棹忠夫-自前の学問を求めて-』(伊藤幹治、岩波書店、2011)-「民俗学」と「比較文明論」という独創的な学問分野を切り開いた知の巨人たち


本書のカバー写真に写っているのは、右手が当時77歳の柳田國男、左手が当時31歳の梅棹忠夫である。このツーショットは、1951年に柳田邸で撮影されたものだ。

「第3章 ふたりのリーダーシップ」の「1. ふたりの出会い-「ヤク島の生態」余聞」によれば、梅棹忠夫が1949年に屋久島で行ったフィールドワークの記録をもとに執筆した社会人類学的な村落社会構造論の論文が発表されてまもなく、それを読んだ柳田國男からハガキが届いたのだという。

そのハガキには、「この方法は日本民俗学のいまだかつてこころみざるところである」というコメントとともに、「一度あそびに来い」と記されていたという。そして京都から上京して成城の柳田邸で半日を過ごした際に撮影されたのが上記の写真である、と。

「日本民俗学のいまだかつてこころみざる」方法とは、生態学的方法のことであり、「柳田は生態学的方法のほかに、梅棹が記述した屋久島のコミュニティーの生成過程にも注目したようである」と、著者は指摘している。

本書は、民「俗」学と民「族」学の両方を研究分野としてきた著者が、民「俗」学の師である柳田國男とは晩年の9年間、民「族」学の分野では国立民族学博物館で梅棹忠夫と14年間にわたって研究者として接してきたという。著者はさらに成城大学に赴任して、柳田文庫を所蔵する附属民俗学研究所の所長を9年間併任している。民「俗」学と民「族」学、柳田國男と梅棹忠夫を論じるにはうってつけの存在というわけだ。

いわゆる「対比列伝スタイル」で、エピソードをまじえた柳田國男と梅棹忠夫それぞれの回想はじつに興味深い。この強烈な個性の持ち主たちに共通するのが、「自前の学問を求め」た人たちだとしている点がさらに興味深い。

日本「文化」と日本「文明」という認識の違いはあるが、ある意味では柳田國男の構想のさらに先に進めたのが梅棹忠夫だということも、あながち否定はできないからだ。「自己認識の学」としての「一国民俗学」と「関係認識の学」としての「日本文明論」である。

梅棹忠夫の「生態学的研究」というと『文明の生態史観』がすぐに想起されるだろうが、日本研究といういうことであれば、未完に終わった幻の代表作『日本探検』(1959~1960)』こそ、独創的な研究になっていることに注目したい。生態学的研究という共時的な側面に加えて、共同体がもつ歴史という通時的な側面に着目したもののなかでも、みずからのルーツの共同体をあつかった「近江菅浦」という未発表の論文がその最たるものであろう。

なんにもしらないことはよいことだ。自分の足であるき、自分の目でみて、その経験から、自由にかんがえを発展させることができるからだ。知識は、あるきながらえられる。あるきながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく。これは、いちばんよい勉強の方法だと、わたしはかんがえている。わたしはいままで、日本のそとをあるく機会が多かった。そこで、いつもこういう勉強の仕かたをしてきた。

これは梅棹忠夫の『日本探検』の冒頭の導入の文章である。欧米の学問の借り物ではない「自前の学問」とは、自分の目で見て耳で聞き、五感をつじてカラダで感じ、自分のアタマで考えて出てきたもこそ学問であるという強烈な思想の表明である。

この姿勢は、アカデミズムではない在野の学を志した柳田國男にも共通するものであった。柳田國男と梅棹忠夫が共鳴するものがあったのは、学問と生き方に共通する姿勢があったためだろう。このほか、ともに国際語のエスペラントに大いに期待し、みずから習得した点も共通していることは特筆すべきことだろう。

ともにたぐいまれなリーダーシップによって、それぞれ「民俗学」と「比較文明論」という、あらたな学問分野を切り開いて確立した強烈な個性の二人。このほかの分野で「自前の学問」が確立されているかどうか、大いなる反省をもとにこの二人の「知の巨人」のことを意識しつづなくてはならない。





PS 2011年に出版されてすぐに読んだのだが、あらためてこの機会に紹介しておこうと思う。いったん書いた書評のファイルを壊してしまったからだ。



目 次

まえがき
序章 ふたりの日本研究
 1. 柳田國男の一国民俗学
  1 自己認識の学としての一国民俗学
  2 郷土・常民・アイデンティティ
 2 梅棹忠夫の日本文明論
  1 関係認識としての日本文明論
  2 伝統・近代化・歴史的連続
第1章 晩年の柳田国男回想
 1. 同時代の人びと
  1 國學院大學教授就任
  2 宗教民俗学者堀一郎
  3 歴史民族学者岡正雄
 2. 大学院の講義
  1 忘れがたい言説
  2 社会経済史批判
  3 わかりやすい文章
 3. 沖縄への思い
  1 「根の国の話」余滴
  2 柳田國男のカード
  3 柳田國男の便り
第2章 民博時代の梅棹忠夫回想
 1. 民博創設のころ
  1 記憶のなかのイメージ
  2 「ご先祖さまになろう」
  3 「幹部候補生」との交流
 2. 「研究経営」の戦略と戦術
  1 三つの戦略
  2 近未来への布石
  3 研究業績の評価
 3. 比較文明学の構築をめざして
  1 還暦記念シンポジウム
  2 日本文明論の展開
  3 つらぬく論理とつらねる論理
第3章 ふたりのリーダーシップ
 1. ふたりの出会い-「ヤク島の生態」余滴
 2. 登山型と書斎型
  1 還暦祝賀会余話
  2 金曜サロンと木曜会
第4章 ふたりの交錯する思想
 1. 通底する思想
  1 土着主義と「国主外従」
  2 「隠し味」の美学
 2. 対峙する思想
  1 無用の学と有用の学
  2 第二標準語論と標準語生成論
第5章 ふたりの日本研究の課題
 1. 日本文化の多様性と一様性
  1 「いくつもの日本」と基層文化
  2 「ひとつの日本」と民俗文化
 2. 現代日本と日本文明
  1 日本文化の伝統と変容
  2 日本文明の「文法」
終章 ふたりの知のあり方点描
あとがき
参考文献


著者プロフィール

伊藤幹治(いとう・みきはる)
1930年東京都に生まれる。1953年國學院大學大学院文学研究科修士課程修了。国立民族学博物館名誉教授。文学博士。著書には、『贈与交換の人類学』(筑摩書店)、『柳田国男と文化ナショナリズム』(岩波書店)他多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)





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「自前の学問」を探求した「民間学者」たち

「いまこそ高橋亀吉の実践経済学」(東洋経済新報社創立115周年記念シンポジウム第二弾) に参加してきた-「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
・日本の現実から「自前の理論」を構築した民間エコノミスト

"粘菌" 生活-南方熊楠について読む-
・・粘菌学者で民俗学者でもあった「知の巨人」南方熊楠

自分のアタマで考え抜いて、自分のコトバで語るということ-『エリック・ホッファー自伝-構想された真実-』(中本義彦訳、作品社、2002)


民「俗」学と民「族」学

『新版 河童駒引考-比較民族学的研究-』(石田英一郎、岩波文庫、1994)は、日本人がユーラシア視点でものを見るための視野を提供してくれる本
・・エスノロジー(=民族学)の立場に立っていた文化人類学者・石田英一郎

国立歴史民俗博物館は常設展示が面白い!-城下町佐倉を歩き回る ①
・・「世界のなかの日本」という位置づけ

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)
・・「世界の諸民族と日本民族」という位置づけ

書評 『渋沢家三代』(佐野眞一、文春新書、1998)-始まりから完成までの「日本近代化」の歴史を渋沢栄一に始まる三代で描く
・・三代目の日銀総裁で民俗学者であった渋沢敬三のアチックミュージアムの収集品は国立民族学博物館に引き継がれた


梅棹忠夫の「日本文明論」

梅棹忠夫の幻の名著 『日本探検』(1960年)が、単行本未収録の作品も含めて 2014年9月 ついに文庫化!

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (1) -くもん選書からでた「日本語論三部作」(1987~88)は、『知的生産の技術』(1969)第7章とあわせて読んでみよう!

梅棹忠夫の「日本語論」をよむ (2) - 『日本語の将来-ローマ字表記で国際化を-』(NHKブックス、2004)


梅棹忠夫関連

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・最晩年の放談集。日本人に勇気を与える元気のでるコトバの数々

書評 『梅棹忠夫-地球時代の知の巨人-(KAWADE夢ムック 文藝別冊)』(河出書房新社、2011)

書評 『梅棹忠夫-知的先覚者の軌跡-』(特別展「ウメサオタダオ展」実行委員会=編集、小長谷有紀=責任編集、千里文化財団、2011)

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!

(2015年2月21日 情報追加)




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2015年2月15日日曜日

書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消


「柳田は新渡戸の背中を見て歩いていたのです」。これは本書成立のキッカケの一つになったエピソードとして、著者がアメリカ人の柳田國男研究者と直接交わした会話のなかにでてきた発言だという。

本書は、柳田國男の「一国民俗学」が生み出された背景には、「国際連盟」の「委任統治委員」としてジェネーヴで過ごした一年半の経験がきわめて大きなものであり、新渡戸稲造の存在抜きに「柳田民俗学」が誕生しえなかったことを跡づけたものである。

柳田國男と新渡戸稲造の対比列伝というよりも、柳田國男における新渡戸稲造思想への共鳴と継承、そして発展的解消について、事実関係を丹念に跡づけた内容である。


「後藤新平 ⇒ 新渡戸稲造 ⇒ 柳田國男」という官僚系列

柳田國男は『遠野物語』などの作品をもつ「日本民俗学」の生みの親であり、新渡戸稲造は「英語名人世代」の一人として国際的に活躍した教育者である。これが一般的な理解であろう。年長の新渡戸と柳田の年齢差は13歳であり、およそ一回り違う。

第一次世界大戦後に、米国大統領ウィルソンの提唱で設立された「国際連盟」(League of Nations)。新渡戸稲造は「国際連盟」の事務次長として、生涯のメンターである後藤新平に抜擢されスイスのジュネーヴに赴任する。

世界大戦後の秩序概念としてあらたにつくられた「委任統治」。官僚を辞めて朝日新聞社に入社していた柳田國男は、国際連盟の「委任統治委員」の日本側委員として抜擢されジュネーヴに赴任する。著者によれば、新渡戸が柳田を抜擢したと見られているが、それは思想的な近さゆえだったとしている。

「思想的な近さ」とは、植民地統治の基本的な思想にかかわるものだ。植民地統治にかんしては「分離主義」と「同化主義」の対(つい)概念があったが、前者の「分離主義」とは統治者と被統治者を「分離」し、被統治者の「文化」は尊重するという姿勢である。そのため現地住民の徹底的な調査を行ったうえで、もっとも適した統治方法を行う。最終的には、「帝国」という枠組みのなかでの「自治」も視野に入ってくる。新渡戸稲造も柳田國男もこの「分離主義」の立場に立っていた。

日本がはじめて得た植民地は台湾だが、台湾統治を衛生学の観点から科学的方法によって成功させたのが医務官僚出身の後藤新平であり、後藤が台湾に引っ張ってきたのが新渡戸稲造であった。

新渡戸は、台湾統治に植民地行政官としてかかわり、糖業による植民地台湾の財政的自立を成功させた。農商務省の官僚であった柳田國男自身は台湾とは直接かかわっていないが、新渡戸稲造も柳田國男も、ともに実践的な学問である農政学を専攻していた。その当時の日本国民の大多数を占めていた農民の生活を安定させたいという志があったからだ。

植民地としての台湾をどう見るか、この視点は本土に組み込まれた沖縄をどう見るかということにもつながっていく。

さらに当時の新興国・日本のエリート官僚にとって避けて通れなかったのが、世界を支配していた西洋列強とのかかわりである。支配する側とされる側。統治する側とされる側。観察する側とされる側。この構造は人類学という学問にビルトインされているものでもある。非西欧人としての日本人のアイデンティティにもかかわる問題だ。

新渡戸稲造も柳田國男も、人類学ではなく農政学の立場に立っていたということが、ここで意味をもってくるのである。観察する側だけでなく、観察される側もまた主体なのである。独自の文化をもっている地方をどう活性化するかは、地方の視点に立って、その住民自身が主体的に取り組むべき課題なのである。

ここから生まれてきたのがドイツ語のハイマート(Heimat)に対応する日本語の「郷土」という概念であり、それを基盤にした「郷土学」なのであった。


「同化主義」への抵抗と「文化相対主義」

日本の植民地政策というと、どうしても大東亜戦争期における姓氏改名などの「皇民化政策」を想起しがちだが、最初から「同化主義」が主流だったわけではない。大正時代の原敬内閣以降、「分離主義」は「同化主義」が優勢となり、その結果、「分離主義」の立場に立っていた官僚たちは敗れ去ったのである。

柳田國男もまた、その「挫折した官僚」の一人であった。だが、官僚退任後のキャリアがその他の官僚たちとは大きく違う。その多くは民間に天下っているが、「官僚から逸脱した研究者」としての柳田國男は例外的な存在であった。国家官僚として国立大学に移籍したのではないのである。

「民俗学」をアカデミズムとは一線を画した民間の学問としたかったのは、統治のための学問ではなく、独自の「文化」をもった地方の住民が主体的に取り組むための学問としたかったからである。

この点において興味深いのは、国際連盟委員としてヨーロッパに滞在していた柳田國男が民族学や人類学にかんする書籍を蒐集し、最新の研究成果を研究した結果、最終的に「ドイツ民俗学」に行き着いたという指摘である。

国家統一が遅れ、「近代化」も遅れて開始されたドイツにおいては、単数形のフォルク(Volk)を前提にした Volkskunde (=フォルクス・クンデ:民「俗」学)と、複数形のフェルカー(Völker)を前提にした Völkerkunde (=フェルカー・クンデ:民「族」学)が区分されていたのであった。

西欧が支配する弱肉強食の国際社会のなかで、遅れて参入した日本が主体的にサバイバルしていくためには、まずはみずからをよく知らねばならない。日本民族とはなにかを正確に認識し、アイデンティティを確認しなければならないという課題である。

「柳田民俗学」がまずは「一国民俗学」であったのはそのためだ。柳田國男は、文化を研究するためには、その文化を支える人が使用する言語を母語として使用する者によらなくてはならないのであり、日本文化の研究のためには日本語を母語とするものではならないという思想があった。だから正確にいえば「一国」ではなく、「一民族」というべきだったのだろう。言語共同体としての民族という考えである。

「常民」という柳田民俗学の重要な概念も、柳田國男のヨーロッパ体験から生まれたという。英語の common people の訳語としての「常民」である。 common sense が「常識」と訳されたことが背景にある。

「一国民俗学」を確立したうえで、それぞれの民族ごとに母語の話者による研究が進めば、比較研究も可能となってくる。著者がいうように、柳田國男がそこまで想定していたのであれば、「民俗学」と「民族学」は違いだけでなく、両立可能なものであることが明確になっていたのではないかという気もする。「民俗学」という新しい学問を確立するためには、あえて差別化を徹底したのであろうが。

国際連盟の委任統治委員として、民族自決と原住民の文化保護という理想の実現をかなえたいと願っていた柳田國男だが、当時の西欧中心主義を前にしてはきわめて実現可能性が低いことをいやというほど思い知らされ、熱意を失ってしまい、耐えきれなくなって唐突に辞職してしまう。1923年の関東大震災の発生もまた帰国を急がせる理由となった。

そのこともあって、新渡戸稲造と柳田國男は絶交してしまうのだが、柳田國男は新渡戸稲造のことは終生リスペクトしていたようだ。

帝大卒の高級官僚でありながら、46歳まで留学体験も洋行体験もまったく持たなかった柳田國男にとっての国際連盟勤務は、肌の色の違う非西欧人であり、しかも語学のハンデがあって苦労が大きかったようだが、副産物としての成果には意外と大きなものがあったのだ。そしてそのキッカケをつくったのが、新渡戸稲造であった。

その意味では、『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』というタイトルは簡潔で、しかも内容すべてを言い尽くしたものである。日本人の自己認識に多大な貢献をなした「民俗学」が、どのようにして生まれてきたのかについて考えるうえで、きわめて重要な視点を押さえた内容であるといっていいだろう。

読みでのある好著である。





目 次


はじめに
第1章 台湾というフィールド
 1. 日本最初の植民地
 2. 分離主義と同化主義
 3. 矢内原忠雄の台湾観
第2章 「土俗学」から「地方学」へ
 1. 「奇怪」な視点
 2. 「人類館事件」と坪井正五郎
 3. 「地方学」の提唱
第3章 柳田、新渡戸と出会う
 1. 「郷土会」の成立と性格
 2. 「生蕃」と「山人」
 3. 南洋へのまなざし
第4章 ジュネーブ体験
 1. 国際連盟委任統治委員
 2. エスペラント熱
 3. 民族自決と原住民の文化保護
第5章 挫折と訣別
 1. 唐突な辞任
 2. 関係は戻らず
 3. 引き継がれたもの
第6章 「一国民俗学」の意味
 1. 帰国後の柳田と新しい学問
 2. 「日本をつくる」ために
 3. 言語とナショナリズム
第7章 「常民」そして「郷土」
 1. 「蝸牛考」から
 2. 小田内通敏との対立
 3. 文化・学問・政治性
むすびに
あとがき

参考文献
関連年表

著者プロフィール

佐谷眞木人(さや・まきと)
1962年大阪市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。同大学大学院文学研究科博士課程単位取得。博士(文学)。専攻は国文学。現在、恵泉女学園大学人文学部教授。著書に『平家物語から浄瑠璃へ-敦盛説話の変容』(慶應義塾大学出版会)、『日清戦争-国民の誕生』(講談社現代新書)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<関連サイト>

成城の洋館-佐谷眞木人・著『民俗学・台湾・国際連盟 柳田國男と新渡戸稲造』より(佐谷眞木人、現代ビジネス、2015年1月31日、読書人の雑誌「本」2015年2月号より転載)
・・「柳田が成城に転居したのは、委任統治委員辞任後である。イギリスの社会人類学者フレイザーの書斎に倣い、「喜多見」という地名にかけて「喜談書屋」と名付けられたというその洋館は、書斎であると同時に研究者が集う場所でもあった。それは柳田の西洋体験を象徴しているのではないだろうか。」


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新渡戸稲造と後藤新平

書評 『新渡戸稲造ものがたり-真の国際人 江戸、明治、大正、昭和をかけぬける-(ジュニア・ノンフィクション)』(柴崎由紀、銀の鈴社、2013)-人のため世の中のために尽くした生涯

書評 『「くにたち大学町」の誕生-後藤新平・佐野善作・堤康次郎との関わりから-』(長内敏之、けやき出版、2013)-一橋大学を中核にした「大学町」誕生の秘密をさぐる


「欧米中心の国際社会」における「非西欧人」としての日本人

書評 『「肌色」の憂鬱-近代日本の人種体験-』(眞嶋亜有、中公叢書、2014)-「近代日本」のエリート男性たちが隠してきた「人種の壁」にまつわる心情とは

書評 『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子、田中敏訳、文春文庫、2008 単行本初版 2005)-ドイツ人読者にむけて書かれた日本近代史は日本人にとっても有益な内容

書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?
・・「近代世界のメインストリームである欧米西洋社会に入ってきた新参者としての苦労と悲哀、成功と失敗、いまなお残る差別。これは表層をみているだけではけっしてわからない、精神の深部に沈殿している憎悪である。畏怖からくる差別感情であろう。日本民族より少し前に、欧米中心の近代世界のなかに参入し、畏怖とともに差別されてきたが、したたかにかつ毅然と生き抜いてきたユダヤ民族から学ぶべきものはきわめて大きい」

書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える
・・国際社会に新規参入した後進国・日本における強引な「上からの近代化」の成功と、挫折した「下からの近代化」


「近代化=西欧化」と「植民地統治の学としての人類学」、その克服

書評 『現代世界と人類学-第三のユマニスムを求めて-』(レヴィ=ストロース、川田順造・渡辺公三訳、サイマル出版会、1986)-人類学的思考に現代がかかえる問題を解決するヒントを探る
・・文化人類学による文化相対主義と西欧中心主義の克服


民「俗」学と民「族」学

『新版 河童駒引考-比較民族学的研究-』(石田英一郎、岩波文庫、1994)は、日本人がユーラシア視点でものを見るための視野を提供してくれる本
・・エスノロジー(=民族学)の立場に立っていた文化人類学者・石田英一郎

国立歴史民俗博物館は常設展示が面白い!-城下町佐倉を歩き回る ①
・・「世界のなかの日本」という位置づけ

ひさびさに大阪・千里の「みんぱく」(国立民族学博物館)に行ってきた(2012年8月2日)
・・「世界の諸民族と日本民族」という位置づけ




(2012年7月3日発売の拙著です)











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2015年2月14日土曜日

映画 『KANO 1931 海の向こうの甲子園』(台湾、2014年)を見てきた-台湾人による台湾人のためのスポ根もの青春映画は日本人も感動させる

(日本版ポスター)

台湾映画 『KANO 1931海の向こうの甲子園』(2014年、台湾)を見てきた(2015年2月14日)。台湾で大ヒットしたというこの映画は、日本公開を楽しみにしていたものだ。
  
ほんとうに感動で泣ける映画だ。映画のあいだじゅう涙が乾くひまもなかったが、エンディングでは流れ落ちる涙を止めることができなかったほどだ。泥臭い内容である。汗と涙の青春映画。

舞台設定は1931年(昭和6年)の台湾南部。当時は大日本帝国の時代であり、1915年からはじまった高校野球の全国大会である甲子園大会には、日本本土からだけでなく、大陸や半島、そして台湾からも代表チームが出場していた。
  
台湾南部の弱小チーム嘉義農林(かぎ・のうりん、略してかのう=KANO)を率いた日本人監督が甲子園出場という誰もが実現不可能と思っていた「夢」を実現させ、漢人(=客家人)と先住民アミ族、そして日本人の混成チームは旋風を巻き起こし、ついに決勝戦に進出する・・・。
   
台湾人が台湾人のためにつくった台湾映画なのに、セリフのほとんどが日本語で、日本公開版ではほとんど字幕がない日本人としては日本映画を見ているような感覚で、180分(=3時間)という長時間に没入してしまう。じっさい、日本での公開劇場のTOHOシネマズでも、映画がはじまる前の予告編では日本映画のみ紹介していたので、日本では観客をそのように想定していたのであろう。

《KANO》六分鐘故事預告(台湾版トレーラー 中文字幕)

「スポ根」(=スポーツ根性)もの青春映画である。最初は誰もが実現不可能と思えた「夢」だが、「夢」を「目標」として設定し、ひたすらその実現にむけて一人一人の選手が、そしてチームとして頑張り抜くという内容である。みずからを徹底的に追い込み、全身全霊で死力を尽くせ! やればできるのだ、と。

映画のなかに何度もでてくるパパイヤの話が台湾らしさを感じさせる。パパイヤが大きくて甘い実をつけるのは、根っこに釘を打ち込まれると、もう死ぬと思って死力を尽くすというものである。ギリギリまで追い詰められて生まれる強い危機意識が、不可能を可能にするのだ、と。

日本では高度成長時代に大流行した「スポ根」ものだが、植民地時代に台湾でも韓国でもこのスピリットが植え付けられたからこそ、植民地からの解放後に大きな経済成長を成し遂げる原動力となったのだ。

こういう映画が台湾で大ヒットしたということは、日本人として素直に喜びたい。これが台湾映画ではなくても、おおいに共感し感動できる内容だからだ。

(台湾版ポスター)

もちろん、それだけが理由ではない。

台湾の近現代史を語るとき、どうしても日本について語らざるを得ない。とはいえ、セリフのほとんどが日本語という映画はこれまでなかったのではないか? こんな映画が実現したのも台湾だからであり、もう「日本植民時代」は台湾人にとっても「歴史」となってしまっているのだろう。

映画の設定はは満洲事変のはじまった1931年なので、いまから84年前になる。これだけの年月がたてば、登場人物のすべてがすでに亡くなってしまっているのも当然である。野球選手だけでなく、台湾では有名な水利技術者・八田與一(はった・よいち)も登場する。可能であればディテールにも注目したい。

この映画は朝日新聞にとっては、またとない宣伝にもなろう(笑) プロダクトプレースメントというわけではないだろうが、映画のなかで朝日新聞の社旗がなんども振られるからだ。というのも、戦前から甲子園をスポンサードしてきたのは朝日新聞なのだ。「戦前」の朝日新聞と「戦後」の朝日新聞では政治色が180度違うのだが、そのことは映画からはわからない。

まあ、そういったことはさておき、エンターテイメントとしておおいに楽しみたい映画である。映画の最初に事実に多少の脚色をほどこしたと但し書きにあったが、それはそれでいいではないか。

台湾人による台湾人のための映画はまた、台湾人と日本人の絆を描いた映画でもある。


監督: 馬志翔
脚本: 陳嘉蔚、魏徳聖、馬志翔
出演: 永瀬正敏 大沢たかお 坂井真紀 伊川東吾 他
音楽: 佐藤直紀
撮影 秦鼎昌
配給: 威視電影
上映時間: 180分






<関連サイト>

映画『KANO 1931 海の向こうの甲子園』公式サイト

映画『KANO 1931 海の向こうの甲子園』 予告編(YouTube)

第七章 日本殖民統治時期的政治與經濟 (・・

映画「KANO」と台湾アイデンティティ 話題作が問う「日本統治」と「中華意識」再考 (福島香織、日経ビジネスオンライン、2014年4月9日)
・・「なぜ、台湾で「KANO」がこんなに話題になったのか。答えを先に行ってしまうと、この映画の中で描かれる台湾アイデンティティというものが、今の台湾人にもっとも問われているテーマだからだろう。」

なぜ台湾の若者は今「日本統治時代」の映画を好んで観るのか?(黄文雄、Mag2News、2016年12月2日)

(2016年12月2日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『新・台湾の主張』(李登輝、PHP新書、2015)-台湾と日本は運命共同体である!
・・『KANO』の日本公開と同時期に出版されたこの本は『KANO』の背景を知る上でおおいに参考になる


台湾映画

映画 『海角七号-君想う、国境の南』(台湾 2008年)をみてきた


■スポーツ映画

映画 『インビクタス / 負けざる者たち』(米国、2009)は、真のリーダーシップとは何かを教えてくれる味わい深い人間ドラマだ
・・ラグビーのワールドカップ南アフリカ大会

ボリウッド映画 『ミルカ』(インド、2013年)を見てきた-独立後のインド現代史を体現する実在のトップアスリートを主人公にした喜怒哀楽てんこ盛りの感動大作

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・・統計学を駆使するベースボール戦略


台湾関連

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特別展「孫文と日本の友人たち-革命を支援した梅屋庄吉たち-」にいってきた-日活の創業者の一人でもあった実業家・梅屋庄吉の「陰徳」を知るべし
・・東京・白金台の台北駐日経済文化代表処公邸「芸文サロン」で開催された特別展

拙著の台湾版が台湾のアートギャラリーで紹介されました!
・・台湾のデザイン感覚に注目!



(拙著の台湾版のカバーデザイン)

(2015年2月20日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)











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2015年2月10日火曜日

『パリのモスク-ユダヤ人を助けたイスラム教徒-』(文と絵=ルエル+デセイ、池田真理訳、彩流社、2010)で、「ひとりの人間のいのちを救うならば、それは全人類を救ったのと同じ」という教えをかみしめよう


『パリのモスク-ユダヤ人を助けたイスラム教徒-』(文と絵=ルエル+デセイ、池田真理訳、彩流社、2010)は、第二次大戦中の占領下フランスにおける知られざるエピソードを掘り起こして絵本にしたものだ。

アンネ・フランクの一家をかくまったオランダ人や、本国の命令を無視してユダヤ人難民のためにビザを発行しつづけた日本の外交官・杉原千畝ほど[知られている話ではない。というよりも、わたし自身、この絵本の存在も、この絵本に描かれたエピソードもまったく知らなかった。

子ども向けの絵本だが、オトナの読者にも手に取ってほしいという願いから、日本語版では小さなサイズの判型にしたのだという。片手に収まるサイズでページ数も少ないのであっという間に読めてしまう。だが、読んだあとに子どもだけでなく、オトナもいろいろ考えさせられるだろう。

原著は、The Grand Mosque of Paris: A Story of How Muslims Rescued Jews During the Holocaust, New York, 2009 (=『グランド・モスケ・ド・パリ-ホロコーストの時代にムスリムはいかにユダヤ人たちを救ったか-』)である。著者は二人ともアメリカ人。本国のフランスですら知られざるエピソードを掘り起こした。この事実を伝えたいという思いが強かったからだ。

(オリジナル英語版の表紙 日本語版では右1/3はカバー袖)

「グランド・モスケ・ド・パリ」(Grande Mosquée de Paris)は、wikipedia日本語版の記述には、「パリ5区、ジャルダン・デ・プラント地区、ジョルジュ・デスプラ通りに位置する。1926年7月15日、シ・カドゥール・ベンガブリットによって創設された。グランド・モスケは、イスラム教とイスラム教徒の可視性にとって象徴的な、重要な場所」、とある。

本文にも書かれているが、このモスクは、第一次世界大戦にフランス軍で戦った植民地兵たちのフランスへの貢献に報いるため、フランス政府が建設したのだ。フランスが北アフリカにもっていた植民地とは、アルジェリア、モロッコ、チュニジアである。いわゆるマグリブとよばれる地域である。第一次世界大戦後の労働者不足を補うため、すでにその頃に北アフリカ植民地からフランス本土への移住が始まっていた。

北アフリカではムスリムとユダヤ教徒は長い年月にわたって隣人として共生してきたことは知る人は知る事実だろう。

12世紀のマイモニデスから20世紀のジャック・アタリに至るまで、北アフリカのイスラーム世界から活躍したユダヤ人は少なくない。とくに1492年のスペインからのユダヤ人追放によって、オランダ方面だけでなく北アフリカからトルコにかけて多くのユダヤ人が難民として移住している。

そんな背景があって、パリのモスクの指導者はユダヤ人をモスクのなかにかくまったのである。そして安全地帯への逃亡を助けたのであった。異なる宗教、異なる民族であろうと、「隣人」だから。

(グランド・モスケ・ド・パリ wikipedia英語版より)

フランスを占領していたナチスは、北アフリカで連合国と戦っていたので(・・ドイツ側はかの有名なロンメル将軍の砂漠の戦車隊)、現地住民のムスリムを敵に回したくなかったので、モスクには手は出しにくかったことも有利に働いたようだ。

そういう政治的なさまざまな背景があったにせよ、ナチス占領下のパリで、命がけでユダヤ人を救ったムスリムがいたという事実は、もっと広く知られるべきことだろう。

日本語版カバー帯に記された、「ひとりの人間のいのちを救うならば、それは全人類を救ったのと同じ」という教えが、イスラームでもユダヤ教でも共通して存在しているのである。それぞれ『クルアーン』第5章、『タルムード』第4章にあると「訳者解説」にある。このコトバはかみしめたいものだ。

先日(2015年1月7日)にパリで発生したイスラーム過激派によるテロは世界中を震撼させたが、ユダヤ系の食料品店に立て籠もった犯人がユダヤ人の人質を殺害するという悲劇が起こっている。その一方、食料品店のなかで人質をかくまったアフリカ人ムスリムや、別件で射殺された警官が北アフリカ出身のムスリムであったことも話題となったことは記憶にあたらしい。

この絵本はアメリカ人によって作成されたものだが、絵本に書かれたいまから70年前の第二次大戦当時の事実は、フランス人こそ知ることが大事なのかもしれない。

もちろん遠く離れた極東の日本人もまた知るべき事実であるといえよう。






著者プロフィール

カレン・グレイ・ルエル(Karen Gray Ruelle)
米国メリーランド州生まれ。ミシガン大学卒業、図書館学修士。図書館司書として働いた後、絵本作家となる。ニューヨーク州在住
  
デボラ・ダーランド・デセイ(Deborah Durland DeSaix)
米国フロリダ州生まれ。スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツ卒業。美術学修士。母校などで美術を教え、現在は絵本作家。陶芸家でもある。ノース・カロライナ州在住。

訳者プロフィール

池田真里(いけだ・まり)
翻訳者。共訳『科学・技術・社会をみる眼』(現代書館)、『戦後アメリカと科学政策』(同文舘出版)、『熱帯林破壊と日本の木材貿易』(築地書館)、『母乳の政治経済学』(技術と人間)、訳書に『エコロジカル・フットプリント』(合同出版)など。リバーベンドブログ翻訳チームのメンバーとして『バグダッド・バーニング(1、2)』(アートン)の翻訳に参加。(本書奥付より)



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