「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2010~2017 禁無断転載!



2016年1月5日火曜日

インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するハヌマーン-2016年の干支はサル ④

インドの絵本に登場する火のついた尻尾でランカーを焼き払うハヌマン)

インド神話に登場するハヌマーンについて知っているだろうか。

数々の動物が神として信仰されているのがインドのヒンドゥー教である。日本でも比較的知られているのがガネーシャだろう。ゾウのアタマをもった商売繁盛の神様である。このほか、ウマのアタマをもったハヤグリーヴァ(=馬頭)については、このブログでもウマ年に取り上げている。

ハヌマーン(Hanuman)はサルである。人間のカラダにゾウのアタマがついているガネーシャとは違って、ハヌマーンはアタマの先から尻尾の先までサルである。ハヌマーンは神様ではないが、インドでは民間信仰の対象として愛されてきた。

ハヌマーンが登場するのは叙事詩の『ラーマーヤナ』。インド文学としては『マハーバーラタ』のほうが世界的に有名だが、インド文明が及んだ地域では、圧倒的に『ラーマーヤナ』の影響がつよい。タイ、ラオス、カンボジア、インドネシアに至るまで及んでいる。

さらにいえば、孫悟空が登場する中国の『西遊記』の源流のひとつはインドの『ラーマーヤナ』であるとされている。インド起源で中国で受容されたのは大乗仏教だけではない。ハヌマーンと孫悟空の関係について考えてみるのも面白い。

『ラーマーヤナ』は、王子ラーマとその后のシータをめぐる物語。ハヌマーンは猿王スグリーヴァの軍師として、魔王に誘拐されたシータの捜索で大活躍する。変幻自在で空を自由に飛び回り、火のついた尾っぽで魔王の宮殿を焼き払う(・・トップの画像)。

(胸を裂いてラーマとシータを示すハヌマーン wikipediaより)

そして、なによりもラーマに対する忠誠心の深さは比類ない。ハヌマーンは、胸を裂いてラーマとシータを示すのである(・・上掲の画像)。こういう感覚は日本人的には、ナマナマしすぎて敬遠したくなうのだが・・・。

ラーマはヴィシュヌ神の化身(=アヴァタール=アバター)とされインド民衆のあいだでは深い信仰の対象となっている。そんなラーマへの忠誠心のあついハヌマーンもまた愛されてきた。


東南アジアのインド文明圏

『ラーマーヤナ』は、インド文明が及んだ地域には大きな影響を与えており、タイの仮面舞踊劇であるコーン、インドネシアの影絵芝居であるワヤンにおいても主要なテーマである。

20年ほど前にはじめてタイやインドネシアを歩き回ったとき、東南アジアには仏教もイスラームも超えた共通性があることに気がつかされた。その代表が神鳥のガルーダであり、ハヌマーンなのである。タイでは王室関連でガルーダの紋章が使用され、インドネシアの国営航空はガルーダである。

タイの歴代の国王がラーマを名乗っていることにも注意しておきたところだ。古くは石碑で有名なラームカムヘン大王、そして現在のラタナコーシン王朝の国王は、初代から現在に至るまでラーマを名乗っている。現在のプミポン国王はラーマ9世である。

(タイの仮面舞踊劇コーンに登場するハヌマーン タイの出版物より)

多様な宗教が混在する東南アジアであるが、基層にあるインド文明、そして『ラーマーヤナ』が重要な要素であることはアタマのなかに入れておいたほうがいい。学術シンポジウムの記録である 『ラーマーヤナの宇宙-伝承と民族造形-(慶応義塾大学地域研究センター叢書)』(金子量重・鈴木正崇・坂田貞二=編、春秋社、1998)がその参考になる。この本では、ビルマ(=ミャンマー)やスリランカ、日本についても取り上げられている。

『ラーマーヤナ』は、日本語訳が平凡社東洋文庫から出版されているが、全7巻とかなり長いのでなかなか躊躇してしまう。

さいわいなことに、子ども向けに童話化したものであるが『ラーマーヤナ(上下)-インド古典物語-』(河田清史、レグルス文庫、1971)として入手可能なので、物語そのものを知るにはたいへん都合がよい。もともと初版は戦時中に出版されたらしい。大東亜戦争が日本とアジアの距離を一気に縮めたのである。

(日本語でかんたんに読める『ラーマーヤナ』 筆者蔵)


東西文明におけるサル

仏教に限らず、アジア文明の源泉がインドにあることは、美術を中心に論じた岡倉天心の『東洋の理想』以来のテーマであるが、擬人化した知恵者のサルが登場する物語もまたインドが起源であることは、先に見てきたとおりだ。

興味深いのは、インドから東に向かってはサルの物語は伝播したが、インドの西には拡がらなかったという事実だ。

これは端的にいって、サルが生態系のなかに存在するかどうかの違いであろう。インドでも東南アジアでも中国でも日本でも、サルは当たり前の存在であるが、インドの西に拡がる砂漠の先にはサルはいない。アジア以外でサルが生息するのはアフリカ大陸である。

どうやら、アフリカへの本格的進出まで、西洋人はサルを見たことがなかったようなのだ。動物園が普及している現在からは考えにくいが、生態系のなかにサルが存在しない以上、当たり前といえば当たり前だろう。あくまでも珍獣という認識だろうか。

そう考えると、西洋人がかつてあからさまに日本人をサル扱いしてきたことや、ヒトとサルが同じ先祖をもつというダーウィン進化論を拒絶するアメリカの福音主義者たちの存在も理解できなくはない。サルには親しみを感じないのが一般的な西洋人なのであろう。

日本人として生まれ育った人間には想像しにくいが、サルに親しみを感じる感性は、どうやら人類共通のものではないようなのだ。

そう考えると、温泉ザルなどのニホンザルを見るために外国人観光客が増大中という近年の動向は、西洋人の認識に変化の現れかもしれないと思ってみたりもするのだが、さてじっさいはどうなのだろうか・・・。








<ブログ内関連記事>

インド神話のハヤグリーヴァ(馬頭) が大乗仏教に取り入れられて馬頭観音となった

タイのあれこれ(17) ヒンドゥー教の神々とタイのインド系市民

「無憂」という事-バンコクの「アソーク」という駅名からインドと仏教を「引き出し」てみる

書評 『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』(井田克征、平凡社新書、2014)-現代インドを中心とする南アジアの「聖者」たちに「宗教復興」の具体的な姿を読み取る


書評 『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子、田中敏訳、文春文庫、2008 単行本初版 2005)-ドイツ人読者にむけて書かれた日本近代史は日本人にとっても有益な内容


「サル年」関連

「見ざる、言わざる、聞かざる」(See No Evil, Hear No Evil, Say No Evil)-2016年の干支はサル ①

船橋市本町の猿田彦(サルタヒコ)神社を参拝-2016年の干支はサル ②

華人世界シンガポールの「ハウ・パー・ヴィラ」にも登場する孫悟空-2016年の干支はサル ③

『サル学の現在 上下』(立花隆、文春文庫、1996)は、20年後の現時点で読んでもじつに面白い-「個体識別」によるフィールドワークから始まった日本発の「サル学」の全体像

映画 『猿の惑星』の原作は、波乱万丈の前半生を東南アジアで送ったフランスの作家が1963年に発表したSFである

(2016年2月1日 情報追加)



(2012年7月3日発売の拙著です)








Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。


禁無断転載!




end