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2018年8月28日火曜日

JBPress連載コラム第33回目は、「大国に屈しないマレーシア、英国から独立を勝ち取る-マレーシア独立と大英帝国終焉の12年間」(2018年8月28日)


JBPress連載コラム第33回目は、「大国に屈しないマレーシア、英国から独立を勝ち取る-マレーシア独立と大英帝国終焉の12年間」(2018年8月28日)⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53890

今回は、JBPressの編集部による「リード文」がついてますので、そのまま引用しておきましょう。 


中国が推し進める巨大経済圏構想「一帯一路」。マレーシアとの間でも鉄道建設など大型プロジェクトが計画されていた。だが、マレーシアのマハティール首相はプロジェクトを中止する方針を明らかにしたという。若かりし頃に「統一マレー国民組織」 (UMNO) 発足に関与し、英国からの独立運動に加わったマハティール首相は、大国に屈することを許さない。マレーシアという国を理解するために、第2次大戦後の英国との関係を振り返っておこう。(JBpress)

大日本帝国による占領期間を経て独立に至った点は、前回のコラムで取り上げたビルマ(=ミャンマー)と共通している。

だが、マレーシアが独立に至るまでの道筋は、ビルマとは大きく異なっていた・・・・。
(つづきは本文で) ⇒ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53890


次回のコラム公開は、9月11日(火)です。お楽しみに!








<ブログ内関連記事>

書評 『マレーシア新時代-高所得国入り-(第2版)』(三木敏夫、創成社新書、2013)-「進む社会経済のイスラーム化」は必読

「マレーシア・ハラール・マーケット投資セミナー」(JETRO主催、農水省後援)に参加(2009年7月28日)-ハラール認証取得でイスラーム市場を攻略

書評 『プラナカン-東南アジアを動かす謎の民-』(太田泰彦、日本経済新聞出版社、2018)-東南アジアに関心のある人は必読!

巨星墜つ リー・クアンユー氏逝く(2015年3月23日)-「シンガポール建国の父」は「アジアの賢人」でもあった

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)-「下り坂の衰退過程」にある日本をどうマネジメントしていくか「考えるヒント」を与えてくれる本




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2018年8月27日月曜日

「ブルーシール・キャンディ」がうまい-内地で沖縄気分に浸る


ポーク・ランチョンミートを一括して大量購入した。ネット検索で価格を調べてみたら、楽天に出店しているオキコ沖縄土産店が一番安かったので。

TULIP ブランドはデンマーク産のランチョンミート豚肉消費量が多い沖縄では定番で、デンマーク本国よりも消費量が多いという。ランチョンミートは、チャンプルーつくるには必須アイテムですからね。

「内地」ではアメリカ産の SPAM ばかりで、TULIP はあまりみかけない。在庫を切らさないようにしておかないとね!

(デンマーク産のランチョンミート缶詰 筆者撮影)

今回の注文に「おまけ」として無料で同梱されていた「ブルーシール・キャンディ」アメリカ生まれで沖縄育ちのアイスクリーム BLUE SEAL をキャンディーにしたもの。アイスクリームのキャンディ化。そしてアメリカ製品の沖縄ローカリゼーション


はじめて食べてみたが、このキャンディー、けっこう旨いね。バニラ味とシーカーサー味とマンゴー味の3種類。とくに酸味と甘みが絶妙のバランスなシークヮーサー味がいかにも沖縄オリジナルらしくていい

(ブルーシール・アイスクリームのキャンディ化 筆者撮影)

内地にいながら、しばし沖縄気分にひたる(^^) 沖縄には、ひさしくいってないからね。でも、本当はたまには沖縄に行きたいものだなあ。




<ブログ内関連記事>

■沖縄関連

書評 『沖縄本礼賛』(平山鉄太郎、ボーダーインク、2010)-本を買うのが好きな人、コレクター魂をもつすべての人に

熟れつつあるゴーヤは三色に変化-外皮が緑から黄色に変化するだけでなく中身のタネが深紅な物体に!

書評 『沖縄戦いまだ終わらず』(佐野眞一、集英社文庫、2015)-「沖縄戦終結」から70年。だが、沖縄にとって「戦後70年」といえるのか?

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!


■製品ローカリゼーション

書評 『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか-世界で売れる商品の異文化対応力-』(安西洋之、中林鉄太郎、日経BP社、2011)-日本製品とサービスを海外市場で売るために必要な考え方とは?

書評 『缶詰に愛をこめて』(小泉武夫、朝日新書、2013)-缶詰いっぱいに詰まった缶詰愛


■米国による占領以後の日本

「日米親善ベース歴史ツアー」に参加して米海軍横須賀基地内を見学してきた(2014年6月21日)-旧帝国海軍の「近代化遺産」と「日本におけるアメリカ」をさぐる

「YOKOSUKA軍港めぐり」クルーズに参加(2013年7月18日)-軍港クルーズと徒歩でアメリカを感じる横須賀をプチ旅行

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる




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2018年8月20日月曜日

書評 『シベリア最深紀行-知られざる大地の七つの紀行-』(中村逸郎、岩波書店、2016)-シベリアは想像を絶する多様性に富んだ奥行きの深い世界


『シベリア最深紀行-知られざる大地の七つの紀行-』(中村逸郎、岩波書店、2016)という本を読んだ。 

シベリアが、これほど多様性に富んだ、奥行きの深い、懐の大きな世界であるとは。想像を絶するとしかいいようがない、というのが感想だ。 

著者の中村氏は筑波大学の人文科学系院教授。ロシア関連のコメンテーターとして情報番組によく出演している、ちょっとエクセントリックな印象のある人。ロシア人のナマの声を拾い上げる「現場主義」の研究スタイルの政治学者だ。その中村氏が、シベリア各地を回ってディープな世界をレポートしてくれる。 

いかに知られざるディープな世界を巡っているかは、目次を見れば一目瞭然だろう。 


序章 「神のやどる地」の伝説 
第1章  「神の村」へ-アバラーク村の奇跡 
第2章 イスラム教徒の村を訪ねて-シベリア・タタール人とイスラム過激派  
第3章  極北の遊牧民を訪ねて-ネネツ人を呑みこむ大国ロシア  
第4章 辺境の村を訪ねて-トゥヴァー人の幸福  
第5章 閉ざされた山岳地帯の村を訪ねて-ロシア人旧教徒の伝統生活  
第6章 密林地帯の流浪民を訪ねて-ゴレーンドル人の充足  
終章 「第二のエルサレム」へ-コスモポリタニズムと多様性のシベリア 

シベリアは、ウラル山脈をの東側の地域で、北アジアに分類される地域である。中国との国境に近いチタあたりが、「狭義のシベリア」と「極東」(=ダーリニー・ヴォストーク)の境界になる。河川に注目すれば南北(・・ここでは、まさに南の水源から北極海に川は流れる)に幅広く、南の高山帯から極北の北極まで拡がっている。

私は、ウラジオストクやハバロフスク、コムソモリスク・ナ・アムーレに行ったことがあるが、そこは極東であってシベリアではない。この本で扱われているのは「狭義のシベリア」だ。 

しかも、本書の舞台となっている「狭義のシベリア」で私が訪問したのはイルクーツクとバイカル湖くらい、あとはシベリア鉄道で通過しただけなので、シベリアがこれほど多様性のある世界だとはまったく知らなかった。困難を苦にせず奥地へ奥地へと分け入っていく著者の行動力には、まったくもって脱帽である。 

電気もなく、電話もつながらないような道なき奥地に、あえて暮らしているドイツ系移民の末裔がいる。ソ連時代も含めて、何百年ものあいだ外界との接触を断って奥地で生きている「古儀式派」の正教徒もいる。テュルク系が暮らすトゥヴァのようにチベット仏教とシャマニズムが支配的でロシア語がほとんど通じない世界もある。モスクワやサンクトペテルブルクのようなヨーロッパの大都市だけがロシアなのではない。ロシア政府も、正確に把握できていないようだ。 

アメリカにも、ドイツやスイスから移民したアーミッシュのように近代文明を拒否して生きる人たちが暮らしているが、ロシア国内にとどまりながら、そんな生き方をしている人たちがシベリアには少なくないのである。ほんと驚きの世界である。 

日本では、ロシアやシベリアには、あまりいいイメージをもっていない人が少なくないと思うが、興味のある人は読んでみるといいと思う。読めばシベリアにかんするイメージが変わるのではないだろうか。いや、ますますロシアがわからなくなるかもしれないが・・・。






著者プロフィール 
中村逸郎(なかむら・いつろう) 
1956年生れ。学習院大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。1983~1985年モスクワ大学留学。1988~1990年ソ連科学アカデミー留学。島根県立大学助教授を経て、筑波大学人文社会系教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)






<ブログ内関連記事>

書評 『ろくでなしのロシア-プーチンとロシア正教-』(中村逸郎、講談社、2013)-「聖なるロシア」と「ろくでなしのロシア」は表裏一体の存在である

飛んでウラジオストク!-成田とウラジオストクの直行便が2014年7月31日に開設

書評 『「シベリアに独立を!」-諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす-』(田中克彦、岩波現代全書、2013)-ナショナリズムとパトリオティズムの違いに敏感になることが重要だ

書評 『モンゴル帝国と長いその後(興亡の世界史09)』(杉山正明、講談社、2008)-海洋文明国家・日本の独自性が「間接的に」あきらかに
・・シベリアは、その大半がかつての遊牧民の生活世界であった

「岡本太郎のシャーマニズム」展にいってきた(2013年6月15日)-エリアーデの『シャーマニズム』が岡本太郎に与えた影響の大きさを知る企画展

資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について

資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン




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2018年8月19日日曜日

「ミケランジェロと理想の身体」(国立西洋美術館)に行ってきた(2018年8月17日)-古典古代の理想をルネサンスに「再発見」し「発展」させた天才彫刻家の未完の作品をじっくりと観る


「ミケランジェロと理想の身体」(国立西洋美術館)に行ってきた(2018年8月17日)-古典古代の理想をルネサンスに再現した天才彫刻家ミケランジェロ。その未完の傑作を観る絶好のチャンスである。

ミケランジェロというと、ローマにあるヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画など大作を完成させた総合芸術家としてとらえられているが、その本領は彫刻にあった。大理石の彫刻である。ローマにあるダヴィデ像やモーセ像などは、私も直接自分の目で観ている。そのほか聖母子像であるピエタなどが有名な彫刻作品だ。

今回の美術展の目玉は、ミケランジェロがローマに移ることを余儀なくされる前、フィレンツェ時代最後の作品として完成することなく残された「ダヴィデ=アポロ」(1530年頃)を見ることができること、そして天才ミケランジェロが20歳のときの作品「若き洗礼者ヨハネ」(1495~1496年)。後者は1930年に同定されたものの、1936年のスペイン内乱(=スペイン市民戦争)で粉々に破壊され、ようやく修復がなったという曰く付きの作品だ。


 (「ダヴィデ=アポロ」 1530 年頃 フィレンツェ、バルジェッロ国立美術館蔵 高さ147cm 大理石 公式サイトより)

(「若き洗礼者ヨハネ」 ウベダ、エル・サルバドル聖堂/ハエン(スペイン)、 エル・サルバドル聖堂財団法人蔵  高さ130cm 大理石 公式サイトより 

ミケランジェロの彫刻は、彫刻単体の作品ではなく、建造物の装飾として制作されたものが多いので、現地にいって現場で観るしかないからだ。だからこそ、実物を日本で観ることができるというのはじつに貴重な機会だ。二次元(=2D)の画像では彫刻は理解できないし、動画であろうと三次元でなければ動く画像以上のなにものでもない。立体構造物の彫刻作品は、自分の目で実物を観るにしくはないのである。

私がいった日(2018年8月17日)は、お盆明けだが夏休みであったものの、思ったほど混んでなかった。印象派などの日本人受けする作品ではないからだろう。普段から美術好きでいろんな美術館めぐりなどしていないと見に行こうという気にはならないのではないか。混んでなかったので、じっくりと堪能できたのはありがたかった。

「ダヴィデ=アポロ」は、自分が右回りに動きながら360度じっくりと見ることができた。さすが丸彫りの大理石彫刻である。正面からみただけでは、その全体像はわからない。

「旧約聖書」のダヴィデなのか、「ギリシア神話」のアポロなのか、見ただけでは判然としないというのもミステリアスだ。彫刻家がフィレンツェを去ることを余儀なくされたので未完のまま残されたのだが、かならずしもそうは言い切れないような感想さえもちたくなる。

「西洋文明」を構成する二大構成要素であるヘレニズム(=ギリシア文明)とヘブライズム(=ヘブライ文明)という2つの要素をともに備えている珍しい作品といえるかもしれない。もちろん、ヘブライズムといってもユダヤ人の宗教のことではなく、新約聖書も含めたキリスト教文明のことを指している。「ダヴィデ=アポロ」は、フィレンツェに行った際には観ていないので、日本で観ることができたのはうれしい。


(国立西洋美術館の前の看板 筆者撮影)

むかし大学学部時代のことだが、「美術史」の講義を受講したことがある。講師は、英文学の河村錠一郎教授。美術史の時代区分からいえば「マニエリスム」(=様式主義)への移行期に属するルネサンス後期のミケランジェロについては、ネオプラトニズムの観点からの解説が興味深かった。ルネサンス様式の四段階-1400年-1700年における文学・美術の変貌-』(ワイリー・サイファー、河村錠一郎訳、河出書房新社、1976)の議論をベースにしたものだ。

正確には覚えていないが、「大理石のなかに囚われた魂を救い出すのが彫刻家の使命」、というものだっただろうか。ミケランジェロのそのコトバは、ただ単に彫刻家の発言というよりも、「現世のくびきに囚われ、もだえ苦しむ魂を解放する」といった響きを感じたのである。


■「理想の身体」はルネサンス時代のイタリアで「再発見」された

古典古代の理想は、発掘品をつうじてルネサンス時代のイタリアで「発見」あるいは「再発見」されたのである。これは、イスラームをつうじて間接的に継承されたギリシア哲学との大きな違いである。モノとして目の前に出現して、初めてルネサンス当時の人びとは、キリスト教支配とは無縁の古代ギリシアとキリスト教公認以前の古代ローマの「理想の身体」をじかに目にすることになったのだ。

今回の展示品については、ミケランジェロの傑作2点の彫刻作品以外の作品は、古代ギリシアの彫刻や壺絵を含めて、あくまでも参考品としての展示と割り切ってしまっていいだろう。もちろん、それらにも固有の価値があるのだが、ミケランジェロによって「再発見」され「発展」された「理想の身体」を考えるための参考作品なのだ。


(ラオコーン」 筆者撮影)

展示品のなかで「ラオコーン」だけは、じっくり鑑賞するといい。「ラオコーン」は、1506年にローマの皇帝ティトゥスの浴場跡から発掘された。ローマに移ったミケランジェロも発掘にかかわったものであり、ミケランジェロも大いに影響を受けているからだ。「理想」は「再発見」されたのである。その最たる事例がラオコーンであろう

説明書きにはないが、「ラオコーン」といえば、18世紀ドイツの啓蒙主義時代の作家レッシングが美学にかんする長い評論を書いていることでも有名だ。その「ラオコーン」の模刻が展示されており、写真撮影も可能なので、会場でじっくりと鑑賞したあとは、撮影した写真をふたたびじっくりと鑑賞してみて欲しい。

特別展を鑑賞したあとは、せっかくの機会なので本館の展示も同時に見てくおくべきだろう。国立西洋美術館のコレクションの中心をなすのは、いわゆる「松方コレクション」だ。

松方コレクションのなかでも目玉というべきなのは、19世紀フランスの彫刻家ロダンの作品の数々。美術館内だけでなく、美術館の中庭には「考える人」や「カレーの市民」など、ロダンの彫刻が野外展示もされている。ミケランジェロの彫刻とロダンの彫刻を比較することができるのも、ありがたいことだ。

「理想の身体」といっても、もちろん西洋文明のものであることに留意する必要がある。とはいえ、その「理想の身体」が現在に至るまで近代日本でも「理想」として見なされてきた以上、その是非は別にして、「理想」を追求したミケランジェロの仕事をつぶさに観察することには、大いに意味があると考えるべきなのだ。










<関連サイト>

「ミケランジェロと理想の身体」公式サイト 


<ブログ内関連記事>

フィレンツェとイタリア・ルネサンス

書評 『メディチ・マネー-ルネサンス芸術を生んだ金融ビジネス-』(ティム・パークス、北代美和子訳、白水社、2007)-「マネーとアート」の関係を中世から近代への移行期としての15世紀のルネサンス時代に探る

「ボッティチェリとルネサンス-フィレンツェの富と美-」(Bunkamura ザ・ミュージアム)に行ってきた(2015年4月2日)-テーマ性のある企画展で「経済と文化」について考える



■マニエリスム後期

「アルチンボルド展」(国立西洋美術館・上野)にいってきた(2017年7月7日)-16世紀「マニエリスム」の時代を知的探検する



「古典古代」の継承と「再発見」

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)-「文明の衝突」論とは一線を画す一般読者向けの歴史物語
・・ギリシア哲学はイスラーム世界に継承され、アラビア語からのラテン語訳をつうじて中世ヨーロッパに伝わった。ギリシア語の原典は、ルネサンス時代に「再発見」されたものに過ぎない。古典古代とヨーロッパは直接のつながりはない。

書評 『1417年、その一冊がすべてを変えた』(スティーヴン・グリーンブラット、河野純治訳、柏書房、2012)-きわめて大きな変化は、きわめて小さな偶然の出来事が出発点にある
・・原子論という唯物論だけは、一神教のイスラーム世界では排除されアラビア語に翻訳されることはなかった。ルネサンス時代のイタリアで「再発見」されるまで埋もれていた
のだ


■「理想の身体」?

書評 『「肌色」の憂鬱-近代日本の人種体験-』(眞嶋亜有、中公叢書、2014)-「近代日本」のエリート男性たちが隠してきた「人種の壁」にまつわる心情とは
・・「理想の身体」とは異なる「肌色の日本人」が、明治時代以降抱いてきたコンプレックス。肌の色の違いと体格差にあらわれた「人種」という壁にまつわる心情

(2018年8月20日 情報追加)




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2018年8月18日土曜日

特別展「縄文-1万年の美の鼓動」(東京国立博物館・平成館)を見にいってきた(2018年8月17日)-これだけまとめて一級品の「縄文」を見る機会もなかなかない


特別展「縄文-1万年の美の鼓動」(東京国立博物館・平成館)を見にいってきた(2018年8月17日)。これだけまとめて一級品の「縄文」を見る機会もなかなかないと思う。

「縄文」は、北海道から沖縄に至るまで日本の「基層文化」だから、日本中いたるところで縄文遺跡が発掘され、自治体ごとに縄文遺跡から発掘された土器や土偶、矢尻など生活用具に至るまで展示されている。とはいえ、国宝6点をふくめて「これぞ縄文!」という逸品が一カ所に集められた展示会だから、いく価値があるのだ。「博物館」での展示だが、「美術展」ととらえても問題ない。



8月17日(金)に、開場とともに「縄文展」へ行ったのは、夏休みということもあり、そうとう混んでいるのではないかと恐れていたからだ。朝イチならすいてるだろうと思ったが、同じように考えている人が多いようで、会場に入るところまではスムーズにいったが、なかに入ったらやはり混雑していた。

観客はほとんど日本人のようだ。日本が世界に誇る JOMON だからね、当然といえば当然だろう。少子高齢化で人口が減少しようが、GDPが中国に追い抜かれようが、濃度の濃さに違いはあろうとも、日本人が1万年も昔に花開いた「縄文」に生きた「縄文人」の末裔であるということは、日本人のアイデンティティと誇りの再確認になるからだろう。

「縄文」というのは、土器に縄目模様があるからそ名付けられたのだが、抽象度の高い人物表現や動物表現には、かなり高度な知性が反映していると考えるべきだ。文字をもたなかった縄文人だが、写実そのものではなく抽象度の高い表現をあえて行っている点は、どの縄文土器や土偶をみて感心させられる


(展示の最後のこのコーナーは撮影可能 筆者撮影)

興味深いのは、土器や土偶ではないが、石棒(せきぼう)が展示されていたことだ。石棒とは、男性性器をかたどった信仰の対象のこと。土器ではなく石を削ってつくられているのでそう呼ばれている。大地に対して垂直に立てられた石棒が、会場ではかなり異彩を放っていた。インドやネパールならリンガムである。男根崇拝は豊穣儀礼。 

縄文土器には、一般に女性をかたどったものが多い。子どもがいままさに生まれようとしている姿を描いた縄文土器も展示されていたように、豊穣のシンボルとしては女性が圧倒的に多い「縄文」だが、石棒のような男性機能をシンボライズしたものも存在しているのは興味深い。対(つい)になると考えるべきか。

たまには1万年前のことを考えてみるのも意味あることである。



◆主催: 東京国立博物館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社 
◆協賛: 凸版印刷 協力: 文化庁、国際交流基金、大塚オーミ陶業、大塚国際美術館、 日本児童教育振興財団◆公式サイト http://jomon-kodo.jp/







<ブログ内関連記事>

「縄文多空間 船橋市飛ノ台史跡公園博物館」(船橋市海神)にはじめていってみた(2016年5月21日)-海辺の小高い丘に居住していた縄文人たちの痕跡。7000年前の「縄文早期」に思いをめぐらす


書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)


「かなまら祭」にいってきた(2010年4月4日)-これまた JAPANs(複数形の日本)の一つである




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2018年8月17日金曜日

書評 『五色の虹-満洲建国大学卒業生たちの戦後-』(三浦英之、集英社文庫、2017 単行本初版 2014)-わずか8年の歴史しかなかった「満洲建国大学」という実験とその後


『五色の虹-満洲建国大学卒業生たちの戦後-』(三浦英之、集英社文庫、2017)を読んだ。いわゆる満洲ものであり、日本を含めたアジア現代史でもある。単行本は2014年の出版。 

建国大学とは、建国後に「五族協和」をうたった満洲国を支えていく人材を育成するために作られた高等教育機関のことだ。満洲事変の立役者で関東軍の陸軍参謀だった石原莞爾の強い思いが実現したものだ。構想をプランに落とし込んだのは、石原完爾の部下でかつ熱烈信奉者であった辻政信である。 

「五族」とは、日・漢・朝・満・蒙を指す。この五族から選抜されたエリートが入学し、濃密な人間関係のなかで青春時代の6年間を過ごしたのが建国大学であった。 

そこで保証されていたのは、徹底的な「言論の自由」毎日のように学生同士で激論が行われていたという。まさに満洲ならではの「実験教育」であった。あまりにも時代を先駆けすぎていたのかもしれない。 

建国大学は8年でその歴史を閉じることを余儀なくされる。日本の敗戦により満洲国も崩壊、大学もその短い歴史に幕を閉じることになった。 

本書は、そんな建国大学に学んだ日本人、中国人、朝鮮人(=韓国人)、モンゴル人、ロシア人の「その後」を追ったノンフィクションだ。 

著者は、1974年生まれの朝日新聞の記者で、取材当時は35歳。取材対象は90歳前後。孫と祖父のような関係にあたるからこそ、素直に話を聞き取ることができ、かつ話をしてくれたのだろう。知らないからこそ聞ける孫世代、知らないだろうから話しておきたい祖父世代。 

取材の苦労とその後の出版に至るまでは「あとがき」に書かれているが、取材対象が老齢であること、いまだ「脱共産化」がなされていない中国在住の卒業生が置かれた立場の困難など、事実関係の裏付けの確認に手間取ったことが記されている。一度は出版は断念したらしい。

それにしても激動のアジア現代史である。敗戦後の日本人のその後もさることながら、「共産化」された大陸に生きることを余儀なくされた中国人とモンゴル人、ロシア人のその後は、運命に翻弄され、まさに波瀾万丈としかいいようがない。

「8月15日」にどこにいたかによって、その後の運命が決まってしまったのである。ただし、韓国では建国大学卒業生はエリートとして遇されたようだ。それぞれの国家が必要とした人材の違いである。 

そんな建国大学出身者たちの絆は深い全寮制で寝食を共にし、激論にあけくれるような青春時代の6年間を過ごしたからだ。思想信条を越えた人間どうしの深い絆。これこそ、建国大学という「実験教育」の大きな成果だ。この存在をいまだに越えた大学が生まれていないのは、ある意味では仕方がないかもしれない。だからこそ、建国大学については知る必要があるのだ。 

私が建国大学について初めて知ったのは、安彦良和氏の『虹色のトロツキー』というマンガである。建国大学に入学したモンゴル人を主人公にした大河ドラマのような長編マンガ。このマンガでは、満洲国の建国大学そのものが扱われているので、このマンガはぜひ読むことを勧めたい。わたしのイチオシのマンガである。 

『五色の虹-満洲建国大学卒業生たちの戦後』に戻るが、最後の章は、カザフスタンに移住することになったロシア人卒業生の話である。最後のページまで読み進めたとき、心の奥底から熱い感情がわき上がってきた。日本とは何か、日本人とは何か・・・。 

ぜひ読むことをすすめたい。






目 次  
序  最後の同窓 
第1章  新潟  第2章  武蔵   第3章 東京  第4章 神戸  第5章  大連  第6章 長春  第7章 ウランバートル  第8章 ソウル  第9章 台北  第10  中央アジアの上空で  第11章 アルマトイ   
あとがき 
解説 梯久美子



著者プロフィール 
三浦英之(みうら・ひでゆき) 
1974年、神奈川県生まれ。京都大学大学院卒業後、朝日新聞社に入社。東京社会部、南三陸駐在、アフリカ特派員などを経て、現在は福島総局員。2015年、『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞を受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)






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23年間「積ん読状態」だった藤原作弥氏の『満洲、少国民の戦記』(現代教養文庫、1995)を読んで自問自答する「日本人にとっての満蒙とは何か?」という問い


書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)-もうひとつの「ノモンハン」-ソ連崩壊後明らかになってきたモンゴル現代史の真相
・・『虹色のトロツキー』について触れてある

書評 『カルピスをつくった男 三島海雲』(山川徹、小学館、2018)-カルピスの背後にはモンゴルと仏教思想がある

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む
・・山口昌男の『挫折の昭和史』(岩波書店)の第8章「読書する軍人」に石原完爾が取り上げられている

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える





(2012年5月18日発売の拙著です)




(2012年7月3日発売の拙著です)










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