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2019年10月9日水曜日

書評 『インドクリスタル』(篠田節子、角川書店、2014)-インドの闇の深さとがっぷり四つに取り組んだ重厚な大作


小説はあまり読まないのだが、この週末はひさびさに長編小説を読んだ。『インドクリスタル』(篠田節子、角川書店、2014)である。タイトルは、インドのクリスタル(水晶)産業用素材として使用される、鉱物資源の水晶をめぐるビジネスものでもある。

「群盲象をなでる」というフレーズをすぐにも想起するのが「巨像インド」だが、聖俗の二面性が当たり前のように存在するインド懐の深さ、混沌としたその闇の深さ、濃厚で悪魔的魅力といったものを、がっぷりと四つに取り組んで、余すことなく描ききった大作だ。国際ビジネス小説であり、はらはらさせるストーリー展開のスリラー小説でもある。

単行本の初版は、二段組みでぎっちり活字が詰まった540ページもあるが、構成がしっかりしていて、しかもディテールの描き込み方がすごいので、最後まで飽きることなく読める。そうとう調べに調べた上で書いているなあ、という感想。政治・経済・ビジネス、旧植民地支配者の英国もからむNGO、宗教、不可食賎民、先住民その他もろもろにわたっており、歴史も踏まえていて、日本人もインド人も個性的な登場人物の人物描写もすぐれている

2014年の出版当時、インドビジネス関係者必読みたいなことが言われていたが、現在まで積ん読状態だった。読んでみて思うのは、出版から5年後の現在でも読む価値ありということだ。

インドはじつに複雑で捉えにくい存在だ。だが、この大作小説の作者は、複雑なものを複雑なまま受け止めるという姿勢の持ち主のようだ。けっして単純なストーリーに落とし込もうとせず、ストーリー自体にさらなるストーリーを展開させるという複雑な構成も、魅力的な(もちろん善悪両面にかんしてだ)登場人物の存在が軸になって読み進めることを可能にしている。

エンターテインメント小説ならではの娯楽性も備えたこの小説で、週末を大いに楽しませてもらった。


<ブログ内関連記事>

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察

書評 『インド 宗教の坩堝(るつぼ)』(武藤友治、勉誠出版、2005)-戦後インドについての「生き字引的」存在が宗教を軸に描く「分断と統一のインド」

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)-対テロリズム実務参考書であり、「ネットワーク組織論」としても読み応えあり


 
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2019年10月8日火曜日

JBPressの連載コラム第62回は、「悲惨なインパール作戦、インドからはどう見えるのか- 「形を変えて」インド独立につながっていた」(2019年10月8日)

(チャンドラ・ボースと「インド国民軍」(INA)(1964年インド発行の記念切手) Wikipediaより)

JBPressの連載コラム第62回は、悲惨なインパール作戦、インドからはどう見えるのか- 「形を変えて」インド独立につながっていた(2019年10月8日)

⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57816

「インパール作戦」について考えていると、正直いって「ノモンハン事件」以上に気が滅入ってくる

無謀で杜撰な作戦であっただけでなく、戦闘停止命令が出され、撤退が始まってからがさらに悲惨なものとなった。ジャングルの熱帯性疫病による病死者や食糧不足による餓死者が続出し、生きながら放置された兵士の肉体からはウジが湧き、街道沿いに放置された遺体は回収されることもなく白骨と化していった・・・

しかしながら、きわめて多くの犠牲者を出し悲惨な結果に終わったとはいえ、インパール作戦をまったく無意味だったと言い切ってしまうこともできない。「インド独立」という観点からは異なる側面が見てくるからだ。 

インド独立の指導者といえば、まずガンディーが想起されることだろう。だが、インド独立は非暴力だけから生まれたのではない。最終局面においては暴力による実力行使がなされたのである。そして、その指導者こそ、日本とも縁の深いチャンドラ・ボースであった。


(ガンディーとボース(1938年) Wikipediaより)

インパール作戦の日本史における位置づけと、インド史および世界史における位置づけにはズレが生じているのである。この点は、前回取り上げたシンガポール陥落と同様であり、その延長線で考えてみる必要がある。 

つづきは、本文にて ⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57816 

インパール作戦についても、大東亜戦争全般についても、またインド独立についても、新たな視点を得ることができるでしょう。複眼的な視点が重要なのです。 







<関連サイト>


Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero | (YouTube full version)
⇒ 2004年制作公開のインド
映画。『ボース:忘れられた英雄』(音声はヒンディー語と英語。ただし字幕なし)


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書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察

JBPress連載第6回目のタイトルは、「独立から70年!いよいよ始まるインドの時代-舞台はインド、日英米はさらに密接な関係に」(2017年8月15日)

JBPress連載第8回目のタイトルは、「ダイアナ元妃とマザー・テレサの名前の秘密-名前はプロファイリング情報のかたまり」(2017年9月12日)

JBPressの連載コラム第61回は、「悪魔か神様か? 参謀・辻政信の惨敗と圧勝-ノモンハン事件とマレー作戦、歴史は単眼では語れない」(2019年9月24日)

JBPressの連載コラム第60回は、「悲壮な肉弾戦で惨敗、「ノモンハン事件」の教訓とは-日本を破滅に導いた国境紛争、連続した世界を生きている私たち」(2019年9月10日)



 
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2019年10月5日土曜日

映画『ホテル・ムンバイ』(20188年、豪州・米国・インド合作)を見てきた(2019年10月5日)-ムンバイの超高級ホテルを舞台に、3日間にわたって続いた悪夢のようなテロ事件を描いたヒューマンドラマ


映画『ホテル・ムンバイ』(20188年、豪州・米国・インド合作)を見てきた(2019年10月5日)。3日間にわたって続いた、10年前の悪夢のようなテロ事件を、超高級ホテルを舞台にヒューマンドラマとして描いた作品だ。

テロリストに占拠された高級ホテル。乱射されるマシンガンの激しい金属音、いつ殺されるかわからない追いつめられ感、心臓が弱い人にはムリだろう。

インド西部の大都市で商都ムンバイ(かつてはボンベイと呼ばれていた)で、大規模な無差別同時多発テロが起きたのは2009年11月26日のことだ。この事態にムンバイ警察は、ほとんどなすすべもなく、首都デリーから特殊部隊が投入され鎮圧されるまでの3日間、インド有数の大都市は生き地獄のような状態に置かれていた。

テロリストのターゲットになったのはムンバイ中央駅と高級ホテルやカフェ。交通機関をマヒさせ、外国人宿泊客の多いホテルを占拠することで、最大限の効果をあげることを目的としていた。映像重視のメディア時代であるのみならず、SNSで簡単に画像や動画が送信できる時代であり、地獄絵が世界的に同時配信されることを意図していたのだ。

若いテロリストたちも、インカムを常時装着して指示をあおぎ、報告をおこなっている。声だけ聞こえて、目に見えないテロ指導者の存在。テロの性質をよく物語っているといえよう。

(アラビア海に面した大都市ムンバイ テロリストのターゲットとなったポイント wikipediaより)

ターゲットとなったホテルは、タージマハル・ホテルとオベロイ・トライデント・ホテル。この映画の舞台となったのは前者のタージマハル・ホテルである。

タージマハホテルは、1903年に開業したムンバイを代表する格式ある超高級ホテル。世界の政治家・王侯貴族・セレブが多く宿泊することで有名だ。


■テロリストは海の向こうからやってきた

テロリストの素性は、現在でもよくわかっていないようだ。パキスタン系のイスラーム過激派であることは確かなようだが、特定はされていない。テロ事件の直後から、インド成政府はパキスタンに対して強硬な姿勢を示したが、テロ事件がいつ再発してもおかしくない状況だ。

映画の冒頭のシーンが印象的だ。テロリストは海の向こうからボートでやってきたのだ。というのは、ムンバイはアラビア海に面した海港都市であるからだ。映画の内容もさることながら、大都市が海からのテロ攻撃に脆弱なことを示しているこのシーンは印象に残る。テロリストたちは、上陸後にタクシーに乗車して、ターゲットに向けて分散していく。

(海からみたタージマハル・ホテル 英語版ポスター wikipediaより)

鎮圧には3日間もかかったことも驚きである。ムンバイには特殊部隊がいなかったためだ。首都デリーから投入されるまで待つしかない状態だったのだが、デリーからムンバイまでの距離は約1,400km、準備にかかる時間をカウントしても、ホテルに閉じ込められている宿泊客たちから見たら、絶望的に長い時間であっただろうことは容易に想像できる。

乱射される自動小銃AK47の激しい金属音、いつ殺されるかわからないという、絶望的な追いつめられ感。エンターテインメントではあるが、迫真の映像と音響のリアリティは高い。


■危機対応のリーダーシップとマネジメント

この映画で印象的なのは、テロリストの攻撃を受け占拠されたホテル内で、危機対応のリーダーシップをフルに発揮し、的確なマネジメントを遂行した料理長の存在である。

彼の存在がなかったなら、宿泊客の犠牲者はもっと多かったことだろう。実話をベースにしているこの映画では、登場人物の多くが射殺されてしまうのだ。

テロリストの攻撃など想定もしていなかったときに、ミーティングででてきたことばも印象深い。それは、「お客様は神様」(Our guests are gods)というセリフだ。こういうフレーズは日本だけではなかったのだ。多神教世界のインドならではであり、英語でこのフレーズが語られても違和感はない

ホテル従業員のあいだに「お客様は神様」というマインドセットがあってこそ、チームとして動くことができたのだ、と納得する。強力なリーダーのリーダーシップだけでは事は進まないのだ。チームメンバーのフォロワーシップあってこそ、一人一人が使命達成のために動くことができるのである。

こういった観点から、この映画を見ることも可能だ。リーダーシップの映画でもある。

そういえば、『ホテル ・ルワンダ』という映画もあったなと思い出した。これもホテルマンが主人公の映画だ。内戦状態のルワンダを舞台にした物語であった。

(映画のチラシの裏)


■クライシスはインドとタイで同時進行していた

インドでムンバイで無差別同時多発テロが起きたのは、ちょうどタイの首都バンコクのスワンナプーム国際空港がデモ隊によって占拠され、封鎖されたその日のことだった。

2008年11月26日未明、スワンナプーム空港が閉鎖、全便運行中止されてしまった。わたしはといえば、この当時はタイのバンコクで現地法人の代表を務めていたのだが、たまたま前夜発(だったと記憶する)の便で翌朝には日本に帰国していた。だが、逆にバンコクに戻れなくなってしまったのだ。

結局、シンガポール経由でプーケットに飛び、そこから陸路でなんとかバンコクに戻ったのだが、この経緯については、タイのあれこれ (21) バンコク以外からタイに入国する方法-危機対応時のロジスティクスについての体験と考察- に書いてある。

日本に帰国したまま、バンコクに戻れなくなったわたしは、日本国内でバンコク状況の把握に努めていたが、ムンバイの同事態発テロ事件にも衝撃を受けていた。国際ニュースで取り上げられていたのは、この2本が最大のものだったはずだ。

ムンバイから脱出しようとしても、インドからの国際便の本数の多いバンコク便が運行しておらず、そうとうな混乱状態になっているであろう、と。実際、そんな目に遭遇した人もいたらしいことは、あとから知った。


ムンバイのテロ事件と、バンコクのデモ隊による空港占拠は、性格も背景もまったくことなる独立した事象であるが、時間的に同時に起こった事件であることは共通している。

ある事件が取り上げられる際には、それ以外の情報がいっさい切り捨てられてしまうが(そうでないと輪郭がぼやけて理解しにくくなるからでもある)、この2つの事件が、同時進行の事件であったことを想起してほしくて、あえて補足情報として書いておくことにした次第。







<関連サイト>

公式サイト https://gaga.ne.jp/hotelmumbai/ (日本版)
トレーラー  https://www.youtube.com/watch?v=A8IxhVslvro


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自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面

「13日の金曜日」にパリで発生した大虐殺(2015年11月13日)-「テロとの戦い」に重点を置いたフランス共和国の基本を知る

書評 『自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-』(グナル・ハインゾーン、猪俣和夫訳、新潮選書、2008)-25歳以下の過剰な男子が生み出す「ユース・バルジ」問題で世界を読み解く


 
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2019年9月24日火曜日

JBPressの連載コラム第61回は、「悪魔か神様か? 参謀・辻政信の惨敗と圧勝-ノモンハン事件とマレー作戦、歴史は単眼では語れない」(2019年9月24日)



JBPressの連載コラム第61回は、悪魔か神様か? 参謀・辻政信の惨敗と圧勝-ノモンハン事件とマレー作戦、歴史は単眼では語れない(2019年9月24日)
⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57692

ノモンハン事件で無謀な作戦を実質的に主導したのは、関東軍参謀(当時は陸軍少佐)の辻政信(1902~1968年)であった。 

現在でも「悪魔」というネガティブなイメージがつきまとっているが、参謀として立案し指導した作戦が、すべて悲惨な結果に終わっているわけではない。日本側が圧勝した作戦もある。「作戦の神様」というニックネームが生まれたのはそのためだ。 

(辻政信の著書『シンガポール-運命の転機』(1952年)の表紙)

太平洋戦争の緒戦で大英帝国と戦った「マレー攻略作戦」と、その直後の「シンガポール攻略作戦」では、文字通り圧勝しているのである。 


(辻政信の著書の英語版『日本にとっての最高の勝利は、英国にとっての最悪の敗北』)

「マレー作戦」(マレー攻略作戦とシンガポール攻略作戦の両方を含む)の圧勝をもたらした作戦の策定にあたった陸軍参謀の辻政信について取り上げ、歴史的事象の評価と、それにかかわった人物の評価の難しさについて考えてみたい。 

歴史も人物も多面的かつ複眼的な評価が必要なのだ。

つづきは本文で https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57692







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本の紹介 『潜行三千里』(辻 政信、毎日新聞社、1950)-インドシナに関心のある人の必読書

書評 『同盟国タイと駐屯日本軍-「大東亜戦争」期の知られざる国際関係-』(吉川利治、雄山閣、2010)-密接な日タイ関係の原点は「大東亜戦争」期にある

書評 『五色の虹-満洲建国大学卒業生たちの戦後-』(三浦英之、集英社文庫、2017 単行本初版 2014)-わずか8年の歴史しかなかった「満洲建国大学」という実験とその後

書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史

(2019年9月29日 情報追加)


 
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2019年9月22日日曜日

「国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展」にいってきた(2019年9月21日)-実業家による美術コレクションの先駆けというべき「松方コレクション」の全体像を把握する


昨日(2019年9月21日)のことだが、国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展にいってきた。

行くか行かないか迷っていたのだが、ずいぶん前にeチケット購入してしていたので、使わないともったいないからという消極的理由から行くことにした(笑) なお、会期は明日23日まで。

実業家で美術コレクションというと、米国の石油王ポール・ゲッティなどの諸外国のものはさておき、日本では個人名のついたものとしては、おなじく石油元売りで財をなした出光佐三(出光美術館)など、企業名ではブリジストンやサントリーなど(それぞれ経営者によるコレクションをもとに美術館を所有)が想起される。「松方コレクション」もまた、個人名のついたコレクションだ。


(パンフレットより)

「松方コレクション」は、実業家で川崎造船所(現在は川崎重工)社長だった松方幸次郎が、第1次世界大戦中のヨーロッパで収集した美術コレクション。日本企業が戦争成金で潤った時期から始まった。松方幸次郎は、日本近代史の「松方デフレ」として有名な政治家。松方正義の三男である。

美術品の蒐集は、まずは自分の事業とのかかわりも深く、当時の世界経済の中心だったロンドンから、そして大陸のパリ、その後は北欧などで収集したコレクションで構成されたコレクションだ。だが、昭和恐慌で事業が失敗、コレクションは解体することになる。第2次世界大戦の勃発が大きな災難として降りかかってきた。

ロンドンの倉庫に保管されていた美術品が火災で焼失、フランスの降伏によって進駐してきたナチスドイツよる美術品略奪からは、疎開させることでからくも逃れることができたが、戦争終結後も日本がフランスの敵国となっていたため、「敵国資産」としてフランスに留め置かれたままとなっていた。

だが、日仏国交回復後、フランスから日本に返還されたコレクションを母体に「国立西洋美術館」が1959年に開館することになった。今年はその60周年というわけで、それを記念して今回の美術展が開催されることになったわけである。


(パンフレットより)

さて、「松方コレクション展」そのもについてだが、美術展には珍しく、天井まで届くかのように、所狭しと大小の絵画作品が展示されている。これでは、1点1点細かくみるには適してない。しかも、連休初日の土曜日ということもあって、来場客が多くてゆっくり鑑賞するどころではない。

「松方コレクションは印象派」という固定観念が私のアタマのなかにあったが、「フランス印象派」以外の作品もかなり多い。もちろん、目玉はモネやルノワール、ドガやゴッホ、ミレイなどだが、「松方コレクション」の一部は「国立西洋美術館開館」の常設展示として展示されている作品も含まれている。その意味では、本来の「松方コレクション」が部分的ではあれ再現されたといっていいのだろう。

わたし個人の感想だが、今回の美術展は、個々の作品についてというよりも、「松方コレクション」の全体像を、時系列にそって収集テーマごとに、展示室ごとに俯瞰することに意味があると思う。ズームインではなく、ズームアウトである。もしこれから訪問されるなら、そういう見方をおすすめしたい。あと1日しかないのだが・・・・

 世界遺産になった建築家コルビュジエによる建物「松方コレクション」の目玉の一つであるロダンの彫刻(地獄門、考える人、カレーの人びとは野外展示)をあわせて、楽しむといいでしょう。








<ブログ内関連記事>

『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』(三菱一号館美術館)に行ってきた(2015年3月23日)-フランス印象派の名作を一挙に公開。そしてルドンの傑作も!

「チューリヒ美術館展-印象派からシュルレアリスムまで-」(国立新美術館)にいってきた(2014年11月26日)-チューリヒ美術館は、もっている!

東京で日本美術関連の美術展の「はしご」を3館(2017年11月4日)-『ゴッホ展』(東京都美術館)・『北斎とジャポニスム』(国立西洋美術館)・『江戸の琳派芸術』(出光美術館)

『ル・コルビュジエ 絵画から建築へ-ピュリスムの時代展』(国立西洋美術館・上野)に行ってきた(2019年3月21日) -ル・コルビュジエ晩年の作品である国立西洋美術館が1959年に開館してから60年になる

祝! ル・コルビュジエ設計の東京・上野の国立西洋美術館が念願の「世界遺産」登録が内定(2016年5月18日)

映画 『ミケランジェロ・プロジェクト』(米国、2014年)をみてきた(2015年11月8日)-ナチスの破壊から美術品を救出した特殊部隊「モニュメンツ・メン」の知られざる偉業


 
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2019年9月21日土曜日

「画業50年 "突破" 記念 永井GO展」(上野の森美術館)にいってきた(2019年9月21日)-いまだ現役のマンガ家として走り続ける永井豪の世界にどっぷりと浸かる絶好の機会


画業50年 "突破" 記念  永井GO展」(上野の森美術館)にいってきた(2019年9月21日)。1970年代の始めから、とくに1970年代にリアルタイムで永井豪先生のアニメを見て、マンガを読んできた私のような世代には感激の展覧会だ。

永井豪といえば、「デビルマン」、そして「キューティーハニー」、「マジンガーZ」などなどであるが、本人自身によってリメイクされ、若い世代の人たちにも広く知られた存在だろう。その永井豪先生が「画業50年」!とは、あらためてその息の長さ、影響力の大きさに圧倒される思いだ。

その永井豪先生の原画など貴重なアイテムの数々が展示されている。デビュー作についてはリアルタイムでは知らなかった(今回はじめて知った)し、代表作以外にも埋もれてしまって知られていない作品も少なくない。


(上野の森美術館の前にて)

「ハレンチ学園」は、わたしが小学生の頃の作品だ。マンガが原作だが、東京12チャネルで実写版がテレビ放送されてリアルタイムで視聴していた(ただし、ぜんぶ見たわけではない)。当時は、PTAが「有害」だと騒ぎたててことで、かえって注目があがっていたように記憶している。現代風にいえば「炎上」というやつだ。

1970年代前半はまだ「学生運動」などで荒れた時代の余韻が濃厚に残っていた頃だ。「浅間山荘事件」は、1972年のことだ。子どもの頃、大学とはゲバ棒を振るってデモをする場所だと思っていた(笑) その意味では、永井豪のバイオレンスものとは、実際社会ではできない暴力の発散をマンガやアニメで行った代償行為といえるのかもしれない。同時代性が強いのである。

「デビルマン」のコーナーでは、「写真撮影可」となっている。等身大のフィギュアなどが展示されている。それだけ、「デビルマン」のインパクトは大きなものがあって、現在にまで続いているということだろう。


(このコーナーは「写真撮影可」)

「デビルマン」は、リアルタイムでアニメを視聴していたが、通常の子ども向けアニメの放送時間帯ではなく、たしか土曜日の午後8時からだったと記憶している。「デビルマン」は、世界各国で翻訳され、放送されている。とくにダンテの『神曲』を生んだイタリアでは大人気のようだ。

だが、なんといっても、わたしのような世代の人間(いや、すべてとは言わないが)にとってウレシイのは、「ギャグマンガ」のコーナーだ。永井豪といえば、バイオレンスとお色気、そしてナンセンスが複合した世界なのだが、じつはギャグマンガこそすばらしいと思っている。

「ハレンチ学園」もそうだが、「けっこう仮面」など、リアルタムで少年マンガ誌で読んでいた世代にとっては、きちんと原画が展示されているのがウレシイのである。このほか、「オモライくん」「まろ」など、おお!なつかしい!と思いながら、じっくり堪能したのである。


(ポスターのウラ)

来場客は、若い世代と中高年がだいたい7:3くらいの割合で、若い世代が多いのが意外な感じもしたのだが、なんといっても「画業50年」の永井豪先生が「現役のマンガ家」であることの、まぎれもない証拠だといっていいのだろう。

展示を見終わったら、迷うことなくミュージアムショップで「図録」を購入する。消費税込みで3,000円(*10月1日からの増税前に展示は終了する)。

来場者が多くて、じっくり見ることができなかった展示品と、ダイナミックプロの永井兄弟(永井豪は四男)の「画業突破50年記念!永井兄弟特別座談会」を読み、「図録」の「特別付録」としてついている描きおろしの「デビューGO2」を読んで、石ノ森章太郎のアシスタントから始まって自立するまでの、マンガ家としての原点と出発点を知る。

マンガ家としてデビューすることが大変なだけでなく、続けていくことはさらに大変だし(・・重圧につぶされてしまって「消えたマンガ家」はじつに多い)、しかもデビューから50年以上も現役で描き続けているのは、じつに希有な存在なのである。
  
画業50年の軌跡だが、現役のマンガ家にとっては、あくまでも「通過点」であり、デビューから現在に至るまでの回顧展ではあるが、けっして終着点を示したものではない。「生涯現役」として走り続けるための秘訣はなにか、そんなことも教えてくれるのである。

JR上野駅から上野公園にいく上り坂が工事中で通行止めになっているために、向かって左側の階段かエレベーターを使用することを余儀なくされているが、そのおかげで「上野の森美術館」に直行することができる。

なにかに吸い込まれるようにして、永井豪ワールドに入っていくことになる。東京海上の会期は、2019年9月29日(日)まで。









<ブログ内関連記事>

『ぼくたちのアニメ史』(辻真先、岩波ジュニア新書、2008)でTVアニメ草創期からのアニメ史を知る

『新世紀 エヴァンゲリオン Neon Genesis Evangelion』 を14年目にして、はじめて26話すべて通しで視聴した

遅ればせながらアニメ 『進撃の巨人』を第10話からローカル局の東京MXで見始めた-戦わなければ生き残れない!

『重版出来!①②③④⑤~』(松田奈緒子、小学館、2013~)は、面白くて読めば元気になるマンガだ!

マンガ 『レッド 1969~1972』(山本直樹、講談社、2007~2014年現在継続中)で読む、挫折期の「運動体組織」における「個と組織」のコンフリクト



 
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