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2019年8月14日水曜日

香港のデモは一線を越えてしまった・・(2019年8月14日)


香港のデモは一線を越えてしまった・・

8月13日に若者を中心としたデモ隊による香港国際空港のデモ活動混乱のため国際便が飛ばないという事態が発生。本日8月14日には正常化しつつあるとはいえ、実質的な「空港閉鎖」は好ましいことではない。

香港のデモは、ついに一線を越えてしまったのだ。

「空港閉鎖」には苦い思い出がある。タイの首都バンコクのスワンナプーム国際空港がデモ隊によって占拠された事件(2008年11月25日~12月4日)のことだ。タイを出国したその日の午後に空港が閉鎖され、逆にタイに戻れなくなってしまったのだ(当時はバンコク在住)。

デモそのものは、あくまでも国内問題だ。だが、国際空港が閉鎖されてしまうとビジネス活動に大きな悪影響がでてくる。ヒトとモノの流れが止まってしまうからだ。ビジネスパーソンとしては、正直いって迷惑だとしか言いようがない。

中国共産党の圧政と恐怖と戦う香港の若者たちの気持ちは理解できるが、「空港閉鎖」をもたらすような事態には賛成できない。やり過ぎだ

現在のところ、中国共産党は恫喝と威嚇を続けながらも、かろうじて実力行使そのものは「自制」している。デモに参加する若者たちにも「自制」を求めたい。とはいえ・・

「最後の闘争」と位置づけるかれらには、もうなにを言っても無駄なのだろうか。もはや自暴自棄に近い状態なのか? 

このままだと、たとえ最終手段としたの人民解放軍の暴力的介入がなかったとしても、国際金融都市・香港自体の衰退、いや実質的な終焉につながってしまうかもしれない。


<ブログ内関連記事>

タイのあれこれ (21) バンコク以外からタイに入国する方法-危機対応時のロジスティクスについての体験と考察-

書評 『香港バリケード-若者はなぜ立ち上がったのか-』(遠藤誉、深尾葉子・安冨歩、明石書房、2015)-79日間の「雨傘革命」は東アジア情勢に決定的な影響を及ぼしつづける

天安門事件(1989年)から20年か・・(2009年6月4日)

JBPressの連載コラム第57回は、「英国の民衆弾圧、ピータールーの虐殺を知っているか-200年前の英国の民主化運動から現在の香港を見る」(2019年7月30日)


 
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2019年8月13日火曜日

JBPressの連載コラム第58回は、「先の大戦の真の敗因とは?大人が見たい伝説のアニメ-司令官たちの意思決定を描いた『アニメンタリー 決断』」(2019年8月13日)


JBPressの連載コラム第58回は、先の大戦の真の敗因とは?大人が見たい伝説のアニメ-司令官たちの意思決定を描いた『アニメンタリー 決断』」(2019年8月13日)

⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57275

8月15日を「終戦記念日」というが、本当は「敗戦記念日」というべきではないかという議論がある。「終戦」という表現では、日本が「敗戦」したという事実が十分に意識されないからだ。 


このことを考えるには、「開戦」と「終戦」という劇的で瞬間的な出来事だけではなく、4年間にわたって続いた大戦のプロセス、言い換えれば個別の具体的な戦争そのものに即して考えてみることも必要だろう。 


(『アニメンタリー 決断』第1話 TatsunokoChannel) 

そこで今回は、いまから48年前の1971年にテレビ放送されながら、あまり知られることなく終わってしまった伝説のアニメ作品『アニメンタリー 決断』を取り上げてみたい。


1971年(昭和46年)のテレビ放送当時、小学校4年生だった私は、全26話からなるこのアニメをリアルタイムで視聴していた。クラスの男子生徒の多くが見ており、学校でその話題をいつもしていたものだ。 

つづきは本文で  ⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57275




(冒頭のナレーションのシーン YouTubeよりキャプチャ)
















 
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2019年8月3日土曜日

書評 『大山倍達正伝』(小島一志/塚本佳子、新潮社、2006)-「戦前・戦中・戦後の昭和史」を生き抜いた朝鮮半島出身の男の骨太で波瀾万丈の人生


『大山倍達正伝』(小島一志/塚本佳子、新潮社、2006)を読了。出版されてすぐに購入した本だが、今回がはじめての通読。なんと13年間も寝かしたままだったことになる。600ページを越す大著である。 

大山倍達(おおやま・ますたつ)といってピンとくるのは、当然のことながら空手、しかも極真空手にかかわってきた人たちだろう。あるいは、子ども時代にアニメやマンガで『空手バカ一代』に熱狂した世代の人たちであろう。私は前者には該当しないが、後者の1人である。『空手バカ一代』は、いまでも大好きだ。 

大山倍達が亡くなったのは1994年、すでにもう25年も前のことになる。すでに四半世紀も過ぎているので「過去の人」になっているといえば、そのとおりだ。 だが、1994年に大山倍達が亡くなって直後に始まった極真会の後継組織の混乱ぶりは、少なくとも私にとっては記憶に新しい。武道界のなかのことであるが、男子直系相続で3代目の道主が率いる合気会とは、際だった違いを示していたからだ。 


『大山倍達正伝』は二部構成をとっている。「第1部 人間・崔永宜」(塚本佳子)と「第2部 空手家・大山倍達」(小島一志)。 

崔永宜と書いてチェ・ヨンイと読む。大山倍達の出生時の「本名」だ。大山倍達は「通名」である。大山倍達は、朝鮮半島出身者であった。戦時中に日本に密航してきのである。だから、空手家・大山倍達の人生とは、「戦前・戦中・戦後の昭和史」を生き抜いた半島出身の男の波瀾万丈の人生、ということになる。 

大山倍達が半島出身であることは、すでに1980年代後半には私も知っていた。「倍達」はハングルで「ペダル」と読み、朝鮮の古名であることもまた。 

だが、本書によれば、大山倍達のメンターであった民族運動家・曹寧柱(そう・ねいちゅう:この人は石原完爾の東亜連盟の中心人物でもあった)に命名されたが、大山倍達自身は「倍達」の意味を知らなかったようだ。故郷を捨て日本で生きることを決意し、民族運動からは完全に足を洗ったつもりだったが、皮肉なことに、最期の最期まで「民族」を背負い続けたことになる。 

極真空手の関係者ではないので、私にとって第2部はそれほど関心のある内容ではなかったが、大山倍達の信条である「力なき正義は無能なり、正義なき力は暴力なり」がパスカルの『パンセ』の一節から来ていることを知ったのは驚きであった。武器を取り上げられた沖縄で発達した空手(当時は唐手)が内地に導入されてとげた進化、また大山倍達が空手以外の武道からも貪欲に学び、柔道や合気道のエッセンスも取り入れていることは興味深い。 

とはいっても、興味深く読んだのは「第1部」である。日本の近現代史、そのなかでも「戦前・戦中・戦後にまたがる昭和史」そのものを熱く生き抜いた大山倍達=崔永宜を、日本と半島のあざなえる縄のごとき複雑なからみあいを丁寧に解きほぐしながら迫っているからだ。大山倍達もまた、力道山と似たような人生を歩んだことになる。 

とくに圧巻となるのは、「第1部第4章 民族運動-激動の日々」であろう。日本が無条件降伏によって敗戦したその瞬間間から活発化したのが、植民地として支配されていた朝鮮や台湾の人びとの動きだ。 

占領軍から「第三国人」とされていたこの人びとのなかでも、とくに動きが激しかったのが朝鮮半島出身者たちだ。民族独立に際して共産主義(・・のちの北朝鮮)か反共(・・のちの韓国)かという争点をめぐって、凄惨な内ゲバ状態がもたらされる。大山倍達もその渦中にあって、武闘派として暴れまくったわけだ。この時代は、ほとんど治外法権といってもよい状況でもあり、詳しいことは記録に残っていない。サンフランシスコ講和条約によって日本が主権を回復した1952年までの7年間のことである。 



(【公式】空手バカ一代 第1話「焼けあとに空手は唸った」(1973) 
(*もちろん『空手バカ一代』の主人公と大山倍達はイコールではない)


大山倍達は、現在風に表現をつかえばセルフ・プロデュースに長けた人だったということになる。日本武道である空手の世界でナンバーワンになるためには、作り上げたイメージを生き切ることが必要とした。そして、見事にイメージつくりに成功したといえる。さまざまなエピソードがあるが、かなりの部分が虚構であることは、著者たちによる探求で実証されている。 

『空手バカ一代』によって、空手の世界を超えた有名人となったわけだが、もちろん荒唐無稽といってもよい内容のマンガの主人公と、実物とはイコールではない。というよりも、原作者の梶原一騎の創作によってできあがった虚像があまりにも肥大化してしまったために、本人自身が苦しむことになってしまったようだ。 その意味では、大山倍達は、もちろん本人自身の血のにじむような努力がベースにあったが、セルフ・プロデュースによって成功をつかんだ一方、行き過ぎたセルフ・プロデュースの罠にはまってしまったといえるかもしれない。 

本書は、そんな大山倍達=崔永宜の人生を描いた大著だが、根底にあるのは愛だと感じさせられた。けっして真相を暴くといった姿勢ではない。なにごとであれ、真相というものは「虚実皮膜」のあいまにあるものだが、対象への愛があるからこそ、真相を明らかにしたい、本当のことを知りたいという気持ちがわき上がってくるのであろう。 

この本を読んだあとも、私は『空手バカ一代』が大好きだと気持ちにまったく変化はない。フィクションをフィクションとして受け入れて楽しむ。フィクションの主人公が、モデルとされた人物の実像とかけ離れたものであっても構わないではないか。歴史小説と歴史の違いといってもいい。 

人生とはパーソナル・ストーリーであり、パーソナル・ヒストリーである。大山倍達の人生もまた、「戦前・戦中・戦後にまたがる昭和史」そのものであった。「空手バカ一代」の人生は、波瀾万丈の骨太の人生であった。






目 次

「はじめに」(塚本佳子) 
第1部 人間・崔永宜 (塚本佳子)  
 序章 極真空手と「大山倍達伝説」  
 第1章 誕生-世界のなかの朝鮮 
 第2章 少年時代-「虎の骨」と臥龍山の咆哮 
 第3章 渡日-翻弄された時代 
 第4章 民族運動-激闘の日々 
 第5章 頂点-世界の極真空手 
 終章 存在証明-崔永宜と大山倍達 
第2部 空手家・大山倍達 (小島一志) 
 序章 原点「力なき正義は無能なり」 
 第1章 伝説と虚飾の原風景 
 第2章 剛柔流と松濤館-修行時代(1) 
 第3章 第1回全日本大会と山籠り-修行時代(2) 
 第4章 謎に包まれたアメリカ遠征 
 第5章 伝説から極真会館建設へ 
 終章 晩鐘 
「エピローグ」(小島一志)  
おわりに」(小島一志) 
参考文献





著者プロフィール

小島一志(こじま・かずし) 
1959年、栃木県生まれ。早稲田大学商学部卒業。株式会社夢現舎(オフィスMugen)代表取締役。元『月刊空手道』『月刊武道空手』編集長。極真会館空手道、講道館柔道の有段者。武道・格闘技関係者との深い交友関係を持つ (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


塚本佳子(つかもと・よしこ) 
茨城県生まれ。株式会社夢現舎(オフィスMugen)取締役副代表。元『新極真空手』編集長。編集者として多くの武道・格闘技関連媒体の制作を手掛ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)








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『武道修行の道-武道教育と上達・指導の理論-』(南郷継正、三一新書、1980)は繰り返し読み込んだ本-自分にとって重要な本というのは、必ずしもベストセラーである必要はない


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2019年7月30日火曜日

JBPressの連載コラム第57回は、「英国の民衆弾圧、ピータールーの虐殺を知っているか-200年前の英国の民主化運動から現在の香港を見る」(2019年7月30日)

「香港のデモ」が8週連続で続いてます。香港で自由に意見表明ができる最後のチャンスだという悲壮感と覚悟が、香港人たちをデモにかき立てているのです。 

とはいえ、このままエスカレートしていくと、中国共産党による武力弾圧が行われてしまうのではないかという一抹の不安を感じないわけにいきません。なぜなら、30年前の1989年6月4日の「天安門事件」を想起してしまうからです。 

末尾に「9」のつく年には動乱が起きるというジンクスがあります。200年前のことですが、1819年8月16日にも民主化運動が武力弾圧された事件が発生しています。 

それが「ピータールーの虐殺」(Peterloo's Massacre)中国ではなく、民主主義の先進国である英国で起こった事件です。イングランド北西部の工業都市マンチェスターで起こった事件です。 

今回は、この「ピータールーの虐殺」の映画化である『ピータールー マンチェスターの悲劇』(英国、2018年)を取り上げながら、200年のスパンで民主化運動について考えてみたいと思います。

200年前の事件が、過ぎ去った過去の話ではないことに気づくことになるでしょう。 


つづきは本文で ⇒ https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57130


PS 映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』は、来週8月9日(金)より全国公開されます。 公式サイト:https://gaga.ne.jp/peterloo/



<ブログ内関連記事>

映画『未来を花束にして』(原題:Suffragette、2012年、英国)-英国でも女性参政権は闘い取られたものであった

映画 『ターナー、光に愛を求めて』(英国・ドイツ・フランス、2014)を見てきた(2015年7月1日)-英国が生んだ風景画家の巨匠ターナーの知られざる後半生を描いた「動く絵画」
・・『ピータールー マンチェスターの悲劇』の監督マイク・リーの前作

天安門事件(1989年)から20年か・・

書評 『香港バリケード-若者はなぜ立ち上がったのか-』(遠藤誉、深尾葉子・安冨歩、明石書房、2015)-79日間の「雨傘革命」は東アジア情勢に決定的な影響を及ぼしつづける

書評 『スノーデンファイル-地球上で最も追われている男の真実-』(ルーク・ハーディング、三木俊哉訳、日経BP社、2014)-国家による「監視社会」化をめぐる米英アングロサクソンの共通点と相違点に注目
・・「2001年の「9-11」テロ後に肥大した米国政府の通信監視活動の実態を暴き、2014年度のピュリッツァー賞を受賞した英国の『ガーディアン』紙記者が描いた「事件」の舞台裏のドキュメントである」

書評 『国際メディア情報戦』(高木 徹、講談社現代新書、2014)-「現代の総力戦」は「情報発信力」で自らの倫理的優位性を世界に納得させることにある



 
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2019年7月28日日曜日

書評 『評伝 小室直樹 上下』(村上篤直、ミネルヴァ書房、2018)-かつて小室直樹という桁外れの知的巨人がいた


小室直樹という桁外れのスケールの学者の「評伝」を読了した。『評伝 小室直樹 上-学問と酒と猫を愛した過激な天才』『評伝 小室直樹 下-現実はやがて私に追いつくであろう』の2巻本である。

著者は村上篤直氏。出版社は京都のミネルヴァ書房。 活字は大きく、文体も行替えの多い小室直樹の一般向け書籍風であるとはいえ、注を除いた総ページ数が上下2巻で1200ページ超という大著である。これまた桁外れだ。よくこんな本が出版できたものだ。 

小室直樹氏は、2010年に78歳で亡くなっている。それからすでに9年たつ。真っ当だが、やや過激な内容であった一般向け書籍の多くが絶版となっているが、晩年に出版された「原論もの」の単行本は、現在でもロングセラーであり続けている。 

高校時代に『ソビエト帝国の崩壊』(カッパビジネス、1980)を読んで以来、数学を基礎にして社会科学の全分野を網羅した、小室直樹という桁外れの学者の大きな影響を受けてきた。社会科学のすべての分野を自家薬籠中のもとして、快刀乱麻の如く現実を斬ってみせる、その鮮やかさはわかりやすく、しかもきわめて痛快だ。 

そして小室直樹氏自身、この1冊で運命が大転換してしまったようだ。学問と酒とネコ以外関心がないという奇人変人が、48歳を期にマスコミの寵児となってしまったからだ。それについては、本書の下巻の内容となる。 

『危機の構造』(ダイヤモンド社、1976)こそ、「アノミー論」に代表される、小室直樹氏の方法論について書かれた代表作ともいうべき本(*)なのだが、学者や研究者に注目されたこの本は、その世界を超えて一般に受け入れられることはなかった。

(*注:この投稿の<付録> これこそ名著! ぜひ復刊を望みたい を参照)

とはいえ、大学でのポストを獲得することはできなかった。規格外の怪物は、制度のなかに安住する大学人からは嫌われていたからだ。 

だが、ベストセラー作家となったことで、社会科学の分野でノーベル賞をとる!という誇大妄想気味な最初の志は全うできなかった。 

悔いなき人生だったのかどうかは、外部からは伺い知るよしもない。内面の葛藤が、心身をむしばんでいったのかもしれない。

貧乏だが意気軒昂の上巻とくらべて、下巻の内容は、なんだか痛々しいという印象を感ぜざるを得ない。『ソビエト帝国の崩壊』以降の一般読者にとっては、知りたい内容が満載で、その点では大いに満足することになる内容ではあるのだが。 

上下2巻のこの大著は労作である。よくぞここまで資料を収集し、関係をたずね回って調べ上げたものだなあ、と。その成果が惜しみなく投入されている大著。著者自身の人生にとって、一度も直接会ったことのない小室直樹という存在が、いかに大きなものになっていたのである。 


■小室直樹の方法論は「帰納法」ではなく徹底した「演繹法」

だが、ふつうこれくらいボリュームのある本を読了したときは、読みごたえありという感想をもつのだが、どうもそういう感じがわいてこない。それはなぜかについて考えていた。 

結論というわけではないが、一つは小室直樹氏の弟子筋にあたる人たちとは、自分があまりにもテイストが違いすぎるということにある。正直いって生理的に合わないということである。この人たちが祭り上げる存在としての小室直樹には距離を取りたくなる。 

もっと本質的なことは、小室直樹という大学者が、理論にしか関心をもっておたらず、実証にはまったく関心がなかったという点が確認できたことにある。事実から出発する方法論ではないのだ。 

比較するのもおこがましいが、私自身とはまったく資質が違う。高校時代に「演繹法」と「帰納法」の違いについて知ったが、森羅万象すべてに関心のあった自分は、「帰納法」だなと確信した。現実から理論を引き出す方向性。 

ビジネスパーソンには人気のあった小室直樹氏だが、現実世界そのものであるビジネスの世界に、どっぷりと浸かっていた私のような人間とは資質が違いすぎることを感じてしまう。 小室直樹氏の業績が独創的かと言われれば、かならずしもそうでないと言わざるを得ないのは、方法論の性格に起因している。

小室直樹氏の方法論とは、理論を徹底的に鍛え上げて、その理論によるフレームワークで現実を解析するという絵に描いたような演繹法だ。 だから、「原論」的な書籍での切れ味はきわめて良いスパっと切れるのは、雑多な現実を捨象してしまうからである。

社会変動の理論を打ち出そうと奮闘した小室直樹氏の生涯だが、演繹法には限界があることが明らかになっているのが、21世紀の現在の状況である。前提そのものが崩れつつある現状では、小室直樹氏の方法論にはムリがあると、感じないわけないわけにはいかないのである。合理的思考法の限界か。小室直樹の「亜流」が精彩を欠くのはそのためだ。

だが、繰り返しになるが、憲法や宗教、数学など『日本人のための~』がタイトルがついた「原論もの」は、まだしばらくは生命を保ち続けるだろう。これほど明解に「原理」そのものを説明してくれる解説書は、ほかに例がないからだ。演繹の強みである。

フレームワークで理解することの意味がそこにある。こういった形の書籍を残せた理由は下巻で語られている。配偶者となった元編集者の貢献は大きい。


■合理主義を支えた非合理な熱情

個人的には、本書の最大の貢献は、京大から阪大にかけての学問形成期の小室直樹氏の、学問とは別の天皇主義者としての側面についての解明だと思う。敗戦後にいっさい転向しなかった人生である。生き方である。 

それは、数理経済学者の市村真一氏の門下として、経済学という学問だけでなく、皇国史観の平泉澄(ひらいずみ・きよし)が主催する寮生として過ごした年月のことだ。この側面を理解することによって、合理を貫いた姿勢の背後にある非合理な熱情がなにであったかを知ることができるのである。 

『日本教の社会学』(1981年)の共著者となったのは山本七平だが、2人のあいだで共通の認識の核となっている、江戸時代の儒者で思想家の山崎闇斎(やまざき・あんさい)に始まる「崎門(きもん)の学」、その系譜にある浅見絅斎(あさみ・けいさい)という存在。 

「日本こそ中華(=世界の中心)である」という天皇中心の神国思想が生まれ、下級武士を中心とした倒幕勢力の原動力の核心となったこと、しかし明治維新後はほとんど顧みられなくなったという事実。なぜ、崎門の学であり、浅見絅斎なのか、これは、小室直樹氏の前半生について知らなければわからないことなのである。 

合理を貫き、理論を徹底的に鍛え上げることを基本方針とした小室直樹氏だが、数日にわたる断食によってアタマをクリアにし、直観が降りてくるのを待つという方法論もまた、エピソードとして本書の随所にでてくる。過度の断食と過度の飲酒が、命を縮めたことは否定しようない。 

書き出していくときりがないが、この大著は、資料集として大いに価値がある。充実した索引、年譜と著作目録、これが本書のキモだ。 小室直樹に惚れ込んで、小室直樹にかんするものすべてを収集してしまいたいという情熱とライフワークの一里塚である。

著者のような人がいたことは、故人にとっては幸せなことであったと言うべきであろう。


上巻 目次 

はしがき 
第1章 柳津国民学校-征夷大将軍になりたい 
第2章 会津中学校-敗戦、ケンカ三昧の日々 
第3章 会津高校-俺はノーベル賞をとる 
第4章 京都大学 -燃える“ファシスト "小室と“反戦・平和"弁論部 
第5章 軍事科学研究会と平泉学派-烈々たる憂国の真情 
第6章 大阪大学大学院経済学研究科-日本伏龍 小室直樹 
第7章 米国留学、栄光と挫折-サムエルソンを成敗する!  
第8章 東京大学大学院法学政治学研究科-社会科学の方法論的統合をめざして 
第9章 田無寮-学問と酒と猫と 
第10章 社会指標の研究-福祉水準をどう測定するか 
第11章 小室ゼミの誕生と発展-君は頭がいいなぁ、素晴らしい! 
第12章 一般評論へ-日本一の頭脳、44歳、独身、6畳1間暮らし 
第13章 小室ゼミの拡大-橋爪大三郎の奮闘 
第14章 瀕死の小室-すべては良い論文を書くために 
第15章 出生の謎-父はマルクス、母はフロイト 
 
あとがき 
小室直樹試論-なぜ小室直樹はソ連崩壊を預言できたか 
小室直樹著作目録 
人名・事項・猫名索引 





下巻 目次  
はしがき 
第16章 おそるべし,カッパ・ビジネス-俺はマスコミに殺される 
第17章 ‟旧約" の時代と ‟新約" の時代-奔走する担当編集者たち 
第18章 田中角栄-検事を殺せッ!  
第19章 対話-危惧、矜持、疑問、痴態、怒号、憧れ、感動 
第20章 小室ゼミの終焉-最高のティーチャー 
第21章 スナック・ドン-野良でも、血統書つきでも、猫は猫 
第22章 日本近代化と天皇-方法論学者(メソドロジスト)の本領発揮 
第23章 誰も書けなかった韓国-‟新約" 編集者たちの活躍 
第24章 昭和天皇-神であり、英雄である 
第25章 結婚-おれの嫁、覚えててくれ 
第26章 死、訣別、そして再会-寄る年波に抗えず 
第27章 『原論』の時代-いい本は、最低限10回は読みなさい 
第28章 晩年-人生は短い 
第29章 会津彷徨-ある会津藩士の記録 
第30章 没後-学恩に報いる道 
 
あとがきにかえて-私にとっての小室直樹とは 
小室直樹略年譜 
人名・事項・猫名索引







<付録> これこそ名著! ぜひ復刊を望みたい

 『危機の構造ー日本社会崩壊のモデル-』(小室直樹、ダイヤモンド社、1976)が、取り上げられている。このたび上下2巻の評伝を出版した村上篤直氏へのインタビュー記事。 この記事を読んでFBに投稿した内容(2018年11月3日)を、ブログに転載する。

(以下引用) 

坪井賢一(以下、坪井) 
 村上さんが小室先生の著作や理論のなかで最も重要だと思うものは何ですか? 
村上篤直(以下、村上) 
 著書としては、ダイヤモンド社から1976年に出た初の単著『危機の構造』ですね。これはダイヤモンド社に気を遣って言っているわけではなく(笑)、日本の名著100冊に必ず入れるべき作品だと本当に思っています。その後の小室先生の著作は、ある意味では『危機の構造』で語ったことの繰り返しとさえ言えると思います。日本の社会というのは戦前と戦後で変わっていない。機能集団である会社が共同体化してしまい、その矛盾が日本社会の危機の構造である、と実に見事に納得のいく説明をされている。そこで用いられ、日本の構造的無規範、無連帯を分析した「アノミー」の理論は今でも十分に通用するものです。 



まさに村上氏が言うように、『危機の構造』は小室直樹の原点でありエッセンスである。私が読み込んだのは1982年の「増補」版だが(写真)、本当に何度も何度も繰り返し読み込んだ本だ。「増補」されたのは「第8章 私の新戦争論ー合理的、論理的側面」。 

小室直樹自身は、「増補 あとがき」(1982年)でこう述べている。「私が力説したかったのは、日本人の社会科学的な思考の致命的な欠落である」これが、小室直樹が一生かけて主張し続けたことであったのだが、はたして日本人は社会科学的思考が身についたといえるのだろうか??? 

内容的にはやや難しい点もあるが(・・なんといっても、数学から経済学、法学、社会学までずべて制覇した天才学者だ)、ダイヤモンド社には、ぜひ新装復刊を望みたい。 


目  次 
第1章 戦後デモクラシーの認識 
第2章 日本型行動原理の系譜 
第3章 歴史と日本人思考―ジャーナリズム批判 
第4章 「経済」と「経済学」 
第5章 危機の構造 
第6章 ツケを回す思想 
第7章 社会科学の解体 
第8章 私の新戦争論





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