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2023年10月8日日曜日

書評『プーチン ー ロシアを乗っ取ったKGBたち 上下』(キャサリン・ベルトン、藤井清美訳、日本経済新聞出版、2022)ー プーチン体制をつくりあげたFSBとマフィアとの関係がファクトベースで徹底的に解明


 
『諜報国家ロシア ー ソ連 KGB からプーチンの FSB 体制まで』(保坂三四郎、中公新書、2023)を読んだあと、現在のロシアを支配している「FSB = マフィア = 行政の三位一体」という「システマ」について、もっと詳しく知りたいと思った。

『諜報国家ロシア』は、「ソ連/ロシアの100年」を貫いている「KGB/FSBの100年」について詳しく記述されていて有益な内容の本だが、いかんせん経済の話があまりでてこない。専門ではないから、それは仕方のない話だ。

経済を牛耳っているのは「マフィア」である。いや、正確にいえばオモテ世界はFSBであり、ウラ世界はマフィアなのである。ロシア経済にかんしては、この裏表の両面を見ないとほんとうのところはわからない。

「マフィア」の要素をもっと知りたいと思ったのは、この点こそがまさにソ連時代の社会主義体制と現在のロシアの国家資本主義体制の違いを生み出しているからだ。

組織犯罪のマフィアはアングラ経済の世界のプレイヤーであり、この地下経済こそが、プーチンのロシアの「アクティブ・メジャーズ」(積極工作)を資金的に支えているのである。

そこで読むことにしたのが、『プーチン ー ロシアを乗っ取ったKGBたち 上下』(キャサリン・ベルトン、藤井清美訳、日本経済新聞出版、2022)である。昨年出版された本だが、つい最近まで知らなかった。「注」と「索引」を除けば、上下2冊あわせて660ページもある大著である。

活字がびっしり詰まったこの本を読み通すのには数日かかったが、それだけの価値のある本だ。

「FSB = マフィア = 行政の三位一体」という「システマ」が、いかに形成されてきたか、その詳細なプロセスを膨大な取材による「ファクトベース」の記述で知ることができるのである。ソ連末期から2020年にいたる、この30年のロシア現代史でもある。

  


■プーチンひとりが問題なのではない

原題は Putin's people と、いたってシンプルだが、ことの本質を突いたものだ。

というのは、プーチンひとりが問題ではない、「プーチンのピープル」を全体として見なくてはいけないのである。ドイツ語版が Putins Netz となっているように「プーチンのネットワーク」を全体として見なくてはいけないのである。


プーチンは旧KGB出身で、ソ連崩壊後 もひきつづきFSB職員であったこと、これはよく知られていることだろう。

だが、そもそも無名のプーチンを引っ張り出してきて、その地位に据えつけたのはFSBであり、プーチンはFSBの利害を代表し、利害を調整する人物なのである。

だから、FSBとしては、プーチンには辞めてもらっては困るのである。すでに「システム」の一部として一体化しているからだ。

この本を読んでいると、「地位は人をつくる」というか、プーチン自身も大統領としての貫禄をつけていったことが手に取るようにわかるが、じつは何度も辞めたいと思っていたようでありう。

マッチョな雰囲気を出してきたが、それはあくまでもFSBによる演出なのである。


■いかにしてロシアはFSBを中核としたシステマに略奪されたか

ソ連末期に社会主義経済体制の限界を見て取り、資本主義経済体制への実験を開始したのはKGBであり、その長官のアンドロポフの時代であった。

共産党体制を維持することを目的にしたゴルバチョフによる「ペレストロイカ」ではなく、それ以前からKGBが主導して始まったのである。

コムソモールなどのソ連共産党の下部機関において、KGBは起業家を育成する試みを始めている。そんな若者たちのなかからでてきたのが、ホドロコフスキーをはじめとする新世代の人物たちである。

起業家たちにユダヤ系のホドロコフスキーやアルメニア系などマイノリティが多かったのは、そこにチャンスを見いだしたからである。かれらが、ソ連崩壊後に経済を牛耳ることになったオリガルヒたちの前身であった。




KGBはその時代から、工作資金をつくり、それを安全に海外で保全するために、経済マフィアをつかった資金の海外移転スキームが構築されることになる。国内価格で安く仕入れた原油を海外で市場価格で販売し、その差額を海外の金融機関にプールするスキームだ。KGBとマフィアの二人三脚の体制は、ソ連末期から始まっていた

ソ連崩壊後には、社会主義経済から資本主義経済への転換プロセスのなかで、国家資産の「民有化」が行われ、バウチャーという形で国民は資産を分有する所有者となった。

だが、体制転換期に生活が困窮した庶民から、バウチャーは目端の利いた一握りの企業家たちによって二束三文で買い集められていく。これが寡占資本家を意味するオリガルヒを生み出すことにつながっていく。

それがエリツィン時代であったが、経済運営に失敗し金融危機に見舞われるなか、弱体化したエリツィンは後継者にプーチンを指名することになる。ファミリーの資産を守るためもあり、FSB の強い押しがあったからだ。

プーチンは、みずからの出身地でもあり、しかも輸出入港湾をもつサンクトペテルブルク時代に築き上げた経済マフィアとの関係による「略奪資本主義」を、首都モスクワに持ち込んで、さらに拡大していくことになる。この時期からすでに、プーチンとは同郷でKGBでは1年先輩で同僚であったパトルシェフの名前が登場している。




プーチン時代には、FSBによる経済を牛耳るオリガルヒつぶしが行われることになる。まずはメディアを狙い撃ちし、危険を感じたベレゾフスキーなどのオリガルヒたちは国外に逃亡する。

分水嶺となったのが、石油資本を握っていたホドロコフスキーを逮捕し、司法をコントロールする政権によって不当な裁判で10年にわたって投獄した事件である。

これによって、西側が期待していた健全な資本主義の芽はつみとられ、「プーチンのピープル」によるロシア乗っ取りの道が開かれることになった。「FSB = マフィア = 行政の三位一体」という「システマ」が完成したのである。

ロシアの情報工作には、国外のロシア系の人間もかかわっている。その第一は、ロシア革命後に亡命したロシア貴族たちの末裔だ。かれらはスイスのジュネーブの金融関係者でもある。かれらは、ロシア帝国の復活という野望にかんして、プーチンたちと共通の夢を抱いている。

そして、ソ連末期から米国に移民したユダヤ系を中心とした人たちだ。「リトル・オデッサ」(Little Odessa)とよばれるニューヨークのブライトンビーチに集中して居住している。ロシア・マフィアの中核をなしているのは、ロシアやウクライナから移住したユダヤ系である。ハリウッド映画『リトル・オデッサ』(1995年)の舞台である。



このシステムの成立に手を貸し肥大化させたのが、儲かれさえすればいいと、カネにしか関心のない西側の金融機関であり、西側政府であった。ことは、本書では何度も強調されている。

「不動産王」とよばれていたドナルド・トランプも、ビジネスマン時代には巨大な赤字を抱えており、そこにロシア・マフィアにつけ込まれる隙があった。これまたカネがらみである。カネに困った者は、助けてくれた人たちのことは忘れない。

さすがに大統領になるとは想定はしていなかったであろうが、ビジネスをつうじて長年にわたって関係を強化してきたロシア政府にとって、トランプ大統領誕生はまさに大勝利であった。

問題に気がついたときには、すでに遅かったのである。ロシアによる汚染は、西側の隅々まで及んでいる。

とはいえ、盤石にみえたこのシステムも、FSB関係者のなかでの利害対立があり、いつまでもつづくのかどうかは不透明である。

だからこそ、利害調整役のプーチンは辞めるには辞められない状態にあるわけだが、昨日(2023年10月7日)で71歳になった高齢のプーチンに残された時間はそう多くないはずだ。

ロシアの未来は不透明であり、不確実性が高まっている。2020年2月に始まったウクライナへの軍事侵攻がさらに状況を複雑化しており、不安定化要因が拡大する一方である。

はたして、ロシアは今後どうなっていくのか?

******

2020年に英国で出版されたこの本はベストセラーになっており、ドイツ語版をふくめていずれもベストセラーになっている。それだけ「プーチン体制」がなぜ現在のような怪物と化したのか、みな知りたいからだろう。

日本語訳がでたのはそのためだろうが、この労作が日本ではぜんぜん話題になっていないのは残念なことだ。

「ファクトベース」の積み上げによる本書は、著者による長年にわたるロシア取材のたまものである。2007年から20013年にかけて特派員としてロシアで取材を行っている。

さすがFT記者だけにあって、経済を中心にして政治まで扱った内容は読み応えがある。それだけでなく、Wikipedia情報によれば、著者はロシアのオリガルヒやロスネフチから複数の訴訟を起こされているらしい。それだけ、この本の内容はかれらの痛いところを突いているといいうことなのだろう。

たいへんボリュームのある内容で読み通すのには苦労するが、関心のある人はぜひ読んでほしいと思う。


 


目 次
はじめに
登場人物
序章
第1部 
 第1章 「ルーチ作戦」 
 第2章 内部の仕業 
 第3章 「氷山の一角」 
 第4章 後継者作戦 ―「すでに真夜中を過ぎていた」 
 第5章 「泥水の中に浮かんでいた子どものおもちゃ」 
第2部 
 第6章 「インナー・サークルが彼をつくった」 
 第7章 「エネルギー作戦」
(*以下は「下巻」)
 第8章 テロ事件から帝国の目覚めへ 
 第9章 「食欲は食べているうちに湧いてくる」 
第3部 
 第10章 オブシチャク 
 第11章 ロンドングラード 
 第12章 戦いの始まり 
 第13章 ブラックマネー 
 第14章 圧制の中のソフト・パワー「わたしに言わせれば彼らは正教のタリバンだ」 
 第15章 ネットワークとドナルド・トランプ
終章
謝辞 
注(上下で別々に収録されている)
人名索引(上下で別々にある)


著者プロフィール
キャサリン・ベルトン(Catherine Elizabeth Belton)
ロイター通信特別特派員。『フィナンシャル・タイムズ』紙のモスクワ特派員を長年務める。それ以前は、『モスクワタイムズ』『ビジネスウィーク』にロシアについての記事を執筆。
From 2007 to 2013, she was the Moscow correspondent for the Financial Times. 
In Putin's People: How the KGB Took Back Russia and Then Took On the West, published in 2020, Belton explored the rise of Russian president Vladimir Putin. It was named book of the year by The Economist, the Financial Times, the New Statesman and The Telegraph. 
It is also the subject of five separate lawsuits brought by Russian billionaires and Rosneft. 
She lives in London and reports on Russia for The Washington Post.

日本語訳者プロフィール
藤井清美(ふじい・きよみ) 
翻訳家。京都大学文学部卒業。訳書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2023年10月7日土曜日

書評『諜報国家ロシア ー ソ連 KGB からプーチンの FSB 体制まで』(保坂三四郎、中公新書、2023)ー ソ連から始まる「諜報機関」の本質を知らずに現在のロシアの体制を理解することはできない

 

ロシアを知るための「必読書」である。この本を抜きにロシアについて語ることは、もはや不可能だろう。

いや、ロシアの影響が及んでいるのは、情報工作の対象としてトランプ大統領を生み出し米国や、極右政党への資金援助が行われてきた欧州など先進国すべてである。もちろん、この日本も含めてだ。

だからこそ、いまこの現在の状況を理解するための、まととない解説書といっていい。まさに渾身の労作である。



■ロシアという「防諜国家」がこの100年にやってきたこと

とはいえ、読んでいるとウンザリしてくる。ロシアがこの100年間にやってきたことが、あまりにもえげつないからだ。

「ロシア革命」後にボリシェヴィキがやったことは、厳しい弾圧が行われたとされる帝政ロシア時代の比ではないことが、読んでいるとわかってくる。

革命指導者レーニンの「非情さ」が発揮されたのは、ニコライ2世一家の惨殺だけではない。みずからが信じる主義の貫徹のため、その障害となるものは誰であろうと虐殺しまくったのだ。

レーニンの意を体して実行役を担った存在が、情報機関トップとなったジェルジンスキーであり、その在任中に「諜報国家ロシア」の原型ができあがった。 

KGBは、もともと組織名として「チェーカー」(Cheka)とよばれていた。だから、その職員は「チェキスト」(Chekist)とよばれ、現在でも「チェキスト・プーチン」のようにつかわれることもある。著者もまた旧KGB や現在の FSB の総称して、「チェキストの世界観」のようなつかいかたをしている。

権威主義国家における、体制を守る「盾と剣」としての「保安機関」である。「盾と剣」とは、KGBを象徴的に表現したものだ。

本書のタイトルである「諜報国家ロシア」は、その意味では、適格なネーミングである。だが著者、より厳密にいうなら「防諜国家ロシア」だという。「諜報」とは「カウンター・インテリジェンス」(counter-intelligence)のことだ。外国からの侵略や浸透を防ぐための情報工作のことである。

副題にあるように、「ソ連 KGB からプーチンの FSB 体制まで」は、この100年のロシアの一貫した流れである。いやむしろ、KGBのもっていた醜悪な側面が、より増幅され、ソフィストケートされたのが FSBだといっていいかもしれない。

現在のロシアを動かしているのは、プーチンに代表されるFSB関係者、つまり旧KGBの関係者たちである。プーチンは独裁者として見なされているが、かれ一人がすべてを取り仕切っているわけではない。

プーチンは「FSBが仕切るシとしてステムと一体化」した存在だと理解したほうが正確なのだ。FSB関係者は、ロシアの全人口の0.1~0.2%に過ぎない、一握りの存在である。



■むき出しの暴力から知能犯罪へ

ロシアは「マフィア国家」だという人がいる。ことし8月に「反乱」をおこしたプリゴジンがちょうど2ヶ月後に「裏切り者」として抹殺されたことに対して、そんな感想が聞かれた。

だが、正確にいえばロシアを支配しているのは「システマ」である。つまり「FSB = マフィア = 行政の三位一体」というシステム(=体制)である。

情報工作を企画し監督するのがFSBである。そして、行政はその手足として動くさまざまな工作を行うための裏仕事を行うのがマフィアである。先に名前を出したプリゴジンも裏工作の担い手であった。

オモテ世界では三権分立が形骸化している。司法も立法も裁判もすべて一握りのFSBの下にあり、恣意的な運用が行われている。だが、それだけではないのだ。

旧KGBより醜悪で悪質なのは、「ソ連崩壊」の前後に組織犯罪のマフィアと結託したことにある。マフィアは文字通りの組織犯罪であるが、暗殺などむき出しの暴力だけでない。国境を越えた金融犯罪など知能犯罪も、マフィアによって裏工作として行われてきた。

FSB が行っているのは「アクティブ・メジャーズ」(active measures)である。近年の民主主義体制における「パブリック・ディプロマシー」などの間接的な影響力行使とはまったく異なり、直接的に手が下される工作活動のことだ。「積極工作」と訳されることもある。

「アクティブ・メジャーズ」は KGB の「心と魂」であり、それが FSB に引き継がれていると著者はいう。

その内容は、「偽情報」(disinformationの拡散「インフルエンス・エージェント」(agent of influence)をつかった工作「フロント組織」をつくってのプロパガンダメディアコントロールによる「政治技術」の展開「陰謀論」の流布や、認知領域における「ナラティブ操作」など、である。

これらの戦術や手法が、ロシアによって日々行われているのである。


■プーチンとFSBの思考回路は「旧KGB文書」に現れている

「あとがき」で著者が書いているが、ロシア研究が専門だが、もともと情報分野の専門家ではなかったらしい。

ロシア研究者だからこそ、現代ロシア体制のワナにかかる危険にさらされていることを深く痛感し、研究に取り込んだのだという。とくに35歳以下の若者は、その危険なワナに気がつかないことが多いのだ。

主たる情報ソースは、ウクライナで全面公開された旧KGBアーカイブの極秘文書である。ロシアでは、情報工作の対象者であるロシア内外の研究者に一部が公開されているだけだが、旧ソ連圏のウクライナではそうではないのだ。

このほか、反体制派やハッカーによるリーク情報や、膨大な最新のインテリジェンス研究を読み込んだうえで、「ファクトベース」で記述し、しかも情報ソースを明記している。もっぱら英語で専門論文を発表してきた人だけに、文章はロジカルで論旨はきわめて明解だ。

ただし、事実関係を明らかにしても、その評価や判断はあくまでも読者にゆだねている。読者自身の「情報感度」を高めるためにも、こういう記述方法は重要だろう。なぜなら、当然のことながら、本書も含めて(!)クリティカルに読むことが不可欠だからだ。


■権威主義体制の「手口」を知ることはセキュリティそのものだ

読んでいて思ったのは、中国共産党はソ連に始まるこの「防諜国家」の手法をかなり忠実になぞっているな、といういことだ。

おそらく旧共産圏だけでなく、権威主義体制をとる国々もまた、KGB/FSBの「情報工作」の「手口」を学習しているはずである。

現代ロシアの「アクティブ・メジャーズ」の「手口」を知ることは、ロシアに限らず、中国をはじめちする権威主義体制の国家の「情報工作」を知る上で必要不可欠なのである。

その意味でも、本書は「実用書」としての性格も備えている。欲をいえば、「用語集」や「よくつかわれるフレーズ集」などの付録や索引がほしかったところだ。

とはいえ、最低限知っておくべき項目は、「目次」に記載されているので、本文を読んでから目次を読み、ふたたび必要な部分を読み返す。そんな読み方が必要だろう。

本書に登場する具体的な人物や組織については、あの人物もまた「インフルエンス・エージェント」として動いているのか、あの組織もまた「フロント組織」として情宣活動しているのか、みなロシアによって「汚染」されてしまっているのだな、と知ることになる。

それは残念なことであるかもしれないが、自分の身を守るため、民主主義体制を守るため、必要なことなのだと思わなくてはならないのである。本書が必読書であるとは、そういうことだ。

ものすごく濃厚な1冊である。単行本3冊分くらいの情報が詰まっている本だ。ギッシリ詰まった内容に、膨大な量のカタカナの固有名詞

斜め読みで読み飛ばすのがむずかしいが、ぜひ最後まで読み通してほしい。


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目 次 
まえがき
第1章 歴史・組織・要員 ー KGB とはいったい何か
 1 チェキストの系譜 ー どこにでもスパイを見る 
 2 巨大な機構 ー KGB の主要部局と役割
 3 エージェント ー チェキストの「見えない相棒」
第2章 体制転換 ー なぜ KGB は生き残ったか
 1 KGB のペレストロイカ ー ソ連崩壊後の KGB の疑似「改革」
 2 KGB 改革の失敗
 3 プーチンの「システマ」ー FSB=マフィア=行政の三位一体
第3章 戦術・手法 ー 変わらない伝統
 1 アクティブメジャーズ ー KGB の「心と魂」
 2 偽情報 ー 正確な情報ほど効果がある
 3 インフルエンス・エージェント ー 「スパイ」とは異なる
 4 フロント組織
第4章 メディアと政治技術 ー 絶え間ない改善
 1 政治技術
 2 サイバースペースでの展開
 3 ナラティブの操作
第5章 共産主義に代わるチェキストの世界観
 1 ゲオポリティカ ー 地政思想と「影響圏」
 2 大祖国戦争の神話 ー 全ての敵は「ファシスト」
 3 「ロシア世界」ー プーシキン、ドストエフスキーを隠れ蓑にして
 4 ロシア正教会 ー KGB エージェントが牛耳る世界
 5 子どもからスポーツまで ー 全てを動員する
第6章 ロシア・ウクライナ戦争 ー チェキストの戦争
 1 ウクライナ侵攻 ー 作り出された「内戦」
 2 「ウクライナ危機」を見る眼 ー 学術界とロシア
終章 全面侵攻後のロシア 
あとがき
主要参考文献
関連人物一覧
関連年表


著者プロフィール
保坂三四郎(ほさか・さんしろう)
1979年秋田県生まれ。上智大学外国語学部卒業。2002年在タジキスタン日本国大使館、2004年旧ソ連非核化協力技術事務局、2018年在ウクライナ日本国大使館などの勤務を経て、2021年より国際防衛安全保障センター(エストニア)研究員、タルトゥ大学ヨハン・シュッテ政治研究所在籍。専門はソ連・ロシアのインテリジェンス活動、戦略ナラティブ、歴史的記憶、バルト地域安全保障。2017年ロシア・東欧学会研究奨励賞、2022年ウクライナ研究会研究奨励賞受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<参考 著者インタビューより抜粋>

ロシア研究者は、軍、警察、FSBをまとめて「シロビキ(武力省庁)」と括りますが、これによって少し誤解されているようにも感じます。ソ連やロシアでは、軍と情報機関は明確に異なる存在です。体制が最も信用を置くのは、軍や警察ではなく、伝統的に情報機関なのです。
 
「ここだけでしか聞けない話」、「あなただけに特別に提供する資料」には関心がありません。なぜなら、これこそKGBやFSBが外国人研究者の取り込みに使う典型的手法だからです。
 
アーカイブから分かるのは、KGBの「非公然」の協力者であるエージェントはソ連時代でも人口のわずか0.1~0.2%程度でした。別の言い方をすれば、これだけの浸透で全体主義が成立したのです。
 
全体主義国家の情報機関は、同時に、体制を守る「盾と剣」としての「保安機関」。
防諜国家のインテリジェンスの活動は、現状を正確に把握する情報収集活動よりも、体制の思想に合うように現実や認識を作り変える非公然の政治・世論工作が主体となります。これはソ連やロシアで「アクティブメジャーズ」と呼ばれています。
 
外国人が、ソ連やロシアの「周縁」を語る際に、いかにモスクワのメディアや専門家に依存しているかを、また、ロシアがそれを利用して自国を宣伝し、偽情報を流している構造が見えてきました。これは、ソ連研究からロシア研究へと引き継がれた問題点。
 
ソ連・ロシアのプロパガンダには、重要な事実から相手の注意を逸らす「ワタバウティズム」(whataboutism)や、西側諸国による正当な批判を回避する「ロシア嫌悪症」(Russiaphobia)などの政治レトリックがあります。
 
ロシアの情報機関は、ロシアに関心を持つ外国の研究者や学生の傾向を深く研究しています。既存の価値観への反抗心が強く、「オルタナティブ」を求める35歳以下の若者は格好の標的になっているのです。
 
最近いろんな方に言っているのですが、プーチンやロシアのエリートたちの思考回路を知りたければ、プーチンの演説や欧米の専門書を読むよりも、KGB内部で使われていた教科書や教本を読むのが一番です。これらはソ連崩壊後のロシアでも改訂を経て引き続き使われていますが、極秘指定なのでロシアでこれを読むことはできません。しかし、ソ連のKGB支部が置かれたウクライナやバルト三国では、KGB資料が公開されているので、読むことができるのです。
 
本書でも解説した通り、脱スターリン化には成功しましたが、脱KGB化には失敗したのです。同じ失敗が、1920年代の「赤色テロ」後の改革、ゴルバチョフのペレストロイカでのKGB改革、エリツィン政権下の保安機関改革でも繰り返されています。
 
民主的統制のない情報機関は、再生産される独自の組織文化を持ち、我々が想像するよりもはるかに、体制の変化やリーダーの交代に対する適応能力が高いのです。100年以上続く体制の「盾と剣」の情報機関が廃止されない限り、ロシアが本質的に変わることはないでしょう。


<関連サイト>


・・本書が第32回山本七平賞を受賞したのを機会に一時帰国した際、「日本記者クラブ」で行った講演記録。とくに54分40秒前後に注目。FSBの息のかかったロシア側の人物と密接な交友関係のある、佐藤優なる人物の著作やメディアをつうじた「情報垂れ流し」について指摘。



(2023年12月3日 情報追加)


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・・騙されやすい人びと

・・とち狂っているとしか思えない「知の虚人」トッド氏は、ロシアの情報操作の対象となって簡単にころがされていることにすら気づかない、絵に描いたような典型的な「知識人」の事例として考えるべきであろう。自覚症状ないだけに有害きわまりない

(2024年1月20日 情報追加)


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