2009年8月13日木曜日

第12回 東京大薪能(たきぎ・のう)を見てきた(2009年8月13日)





 第12回 東京大薪能(たきぎ・のう)にいってきた。

 薪能(たきぎ・のう)なんてというと、鎌倉あたりを舞台にした渡辺淳一の不倫小説『失楽園』のイメージが固定観念として私のなかにできあがっているが、東京で、しかも無料でやっているイベントがあるとは知らなかった。

 能といえば本来はまず白洲正子あたりを思い出さないといけないのだが、日経朝刊に連載されていた新聞小説だったのでビジネスマンだった私は毎朝・・・

 能狂言は、舞台をライブで見るのは高校3年以来だから、もうずいぶん久しぶりである。

 国文学好きの有志が集まって、古文の先生と一緒に見に行ったのだが、その時の演し物が何であったのかすっかり忘れてしまった。

 本日の会場は東京都庁前の都民広場で、小雨決行とのことだったが、幸いにも雨はまったくなかった。しかし、19時過ぎてあたりが暗くなってからも暑くて汗が止まらない。扇子をもっていくのを忘れたのは大失敗だった。

 本日からお盆休みの会社も多いだろうから、ヒートアイランド現象にはなっていなかったと思うが、暑いことは暑い。暑いので、薪能から連想される情緒(・・いや妄想か?)も何もあったもんじゃない。

 入場無料、これも甘く見過ぎた。

 開演時間18:30の30分前に会場の都民広場(東京都庁前)に着いたときにはすでに整理券はなく、パイプ椅子に座ることすらできず、立ち見を余儀なくされた。主催者によれば3,000人以上の入場者だという。

 薪能は、カネ払ってでも座席を確保するもんだなと痛感した。

 次にもし薪能にいく機会があれば、夏は絶対外さないといけないな。


 主催は、NPO法人世界芸術文化振興協会、後援は会場を提供している東京都などだが、このNPO法人の代表者・半田晴久氏は、主催者の特権を逸脱して、プログラムを無視して30分以上もオーバーして独演会状態でしゃべり続けたので、本来19:00から開始されるはずであった演目が開始されたのは、なんと19:25過ぎであった。

 インド人の演説でもあるまいに、正直いって立ち見の人間にはえらい迷惑だ。私の周りの人たちもみなウンザリしていた。

 この催しにどれくらいの予算が投入されているのか知らないが、まさか私費を投じてということはないだろう。社会貢献自体は高く評価されることだが、社会の公器であるNPO法人を売名行為として私的利用しているのではないかといわれても文句いえないのではないか?「陰徳」というものをまったく感じられない人であった。

 無料で能舞台をみせてもらったし、文句いう筋合いはないが、何か釈然としない話ではある。

 と、舞台が始まるまでは、心の中で文句たらたらであったが、さすがに「タダより高いものはない」とまではいいません。立ち見のままだったが、能舞台そのものは楽しませてもらった。


 今回の演し物は、プログラムのとおりであった。能「羽衣」、狂言「二人袴」、能「船弁慶」。



 NPO法人の代表者が、大学時代から宝生流で稽古した宝生流の能楽師でもあることから能は宝生流、狂言は大蔵流による。

 「羽衣」はいうまでもなく羽衣伝説に材をとったもの、謡いよりも舞の要素の強いものなので、耳で聞いて何いっているのかわからなくても、視覚的に楽しめばよい。外国人向けにはいい演し物だろう。

 狂言の「二人袴」は腹の底から笑える演し物で、あらすじは事前にパンフレットで読んでおいたが、耳できいても現代人にも十分わかる日本語だし、動作見ているだけでも十分に笑いをとることができる幕間喜劇である。

 「船弁慶」は立ち見でくたびれていたので、最後まで見ないで帰った。
 
 司馬遼太郎の随筆で読んだ記憶だが、薩摩やら長州やら、方言差の大きな諸藩の出身である幕末の志士たちは、その当時まだ日本語の共通語が成立していなかったので、討幕運動においてお互いに意志疎通をはかるために、当時の武士のたしなみであった能狂言のセリフを共通語として使っていたという。

 たしかに、「~でござる」語法なら、いわゆる武家言葉に近いし、そうかなるほどこれならお互い通じたのだろうなと思わされた。いまでも高齢者のしゃべる純粋な薩摩弁は、関西生まれの私にはまったく聞き取れない。

 狂言のセリフは、先ほども書いたように、現代人でも耳で聞いてかなりの程度理解可能である。しかも誇張した表現と動作で笑いをとるので、TVのバラエティ番組のコントと同じといえば同じである。


 ところで、昨日のNHKでたまたま見た番組は、若手狂言師・茂山宗彦と友人の若手俳優が出演した『男自転車ふたり旅 「チェコ-ボヘミアの街道を行く」』というものであった。茂山宗彦も大蔵流のようである。

 番組では、美しい中欧の大地を、かつてのハプスブルク帝国の首都ウィーンからチェコのプラハまで500kmを自転車で走るという旅をしていた。たしか途中のブルーノだったと思う、チェコ人がチェコ語で日本の狂言を演じて、チェコ人にも人気だということが紹介されていた。

 そのチェコ人たちは、日本まで茂山宗彦の父親に入門して狂言を稽古したという本格派である。「えっ、チェコ人がチェコで狂言?」と思ったものの、狂言は国境を越えた笑いなのだなあと納得した。


 中学校の時の国語の教科書には教材として、狂言の「柿山伏」というのが載っていた。これは非常に面白い内容で、柿を盗んだ山伏が柿の木の持ち主にたたかれるという内容だったと思う。セリフ回しも動作も面白かったので、ほとんどセリフを全部覚えてしまい、クラス内で友達と掛け合いで演じたりしたものであった。

 舞台設定は室町時代だが、狂言は現代人にも十分い通じる笑いの要素に満ちている。

 海外での能狂言の公演は見たことはないが、高等芸術の能もさることながら、日本には狂言というコメディがあるということを、もっと海外には伝えたほうがいいのかもしれないな、と思ったのであった。
         




(2012年7月3日発売の拙著です)









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