2009年10月22日木曜日

映画『正義のゆくえ ー I.C.E.特別捜査官-』(アメリカ、2009年)を見てきた





          
 所用があって東京にでたついでに映画をみてきた。

  『正義のゆくえ-I.C.E.特別捜査官-』である。主演はハリソン・フォード、監督・脚本:ウェイン・クラマー、製作:フランク・マーシャル、ウェイン・クラマー、製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン、マイケル・ビューグ。2008年度の米国映画。

 原題は、Crossing Over.  国境などさまざまなものを越える、という意味であろう。Officaial Trailer はこちら(・・音声に注意!字幕なし、悪しからず)。


 内省的で、かつエンターテインメントとしても一級品だ。

 脚本がよく練られており、観客がそれぞれの新移民に感情移入しながら見ることを可能としている。

 米国人が製作・監督した映画だが、新たに入国してくる移民の視線にたつことのできた、希有な映画だろう。


 映画が始まってから思い出していたのは、同じく舞台を 9-11後の米国、そしてL.A.(・・間違ってもロスとはいわないよう。エル・エーというべし)に設定した、ヴィム・ヴェンダース監督の2004年度作品『ランド・オブ・プレンティ』(Land of Plenty)である。Trailer はこちら(・・音声に注意!)。

 米国を舞台にしても、米国を対象化できうる他者の視線がないと、結局のところ予定調和的なハリウッド映画で終わってしまう。

 『パリ・テキサス』(1984年)で米国を舞台に米国人俳優で現代の米国を描いて成功したドイツ人監督のヴェンダースには可能であっても、普通の米国人監督には無理な注文というものだろう。Trailer はこちら(音声注意!・・私がもっとも好きな映画の一つ)。

 ところが、この映画は、もちろんエンディングには救いもあるが、すべてがめでたしめでたしのハッピーエンディングとはならない。

 不法移民として、あるいは合法的に入国して市民権取得を待つ、さまざまな民族の移民の視点にたって、物語を進行させることに成功している。

 そう、他者の目とは移民の目である。米国人でないわれわれ他者はすべて、米国への潜在的な移民なのである。


 スウェット・ショップ(・・低賃金で不法移民を働かせる工場)で働く、隣国メキシコからの不法入国者たち、9-11後の反アラブ感情のなかできわめて厳しい立場にあるパレスチナ人移民、革命後脱出して米国で成功しているイラン人移民、新天地での成功を夢見てハードワーキングをいとわない韓国人移民ファミリー、女優としての成功を夢見て米国に不法滞在するオーストラリア人女性、どこ出身かわからなかったが英語圏からきたユダヤ人男性・・

 とりわけ、韓国人移民の立場には、同じアジア人として感情移入をしやすいものがある。舞台がL.A.なら、このほかにもベトナム人や、カンボジア人、ラオス人の物語も可能だろう。


 移民によって成り立ってきたのが米国である。移民は、米国を米国をたらしめている原理といってもよい。

 移民のおかげでこれまで繁栄してきたし、今後も移民が流入してくることが米国の競争力を作り出す源泉でもある。

 米国人になることはできる。それも自らの選択(チョイス)によって米国人になることができる。米国人は、米国人であるのではなく、米国人になる、のである。意識的、能動的に米国人になる

 ここが米国以外の伝統国とは根本的に異なることだ。これはこの映画の後半のシーンである、米国市民としての宣誓セレモニーに象徴的に現れている。


 もちろん、きわめて門戸が狭いが、日本人になることは理論的には不可能ではない。タイ人になることも不可能ではない。

 しかし、これらのケースはあくまでも、なることも可能だ、ということであって、移民が国家原理となっているわけではない。あくまでも移民を受け入れる余地もあるということであって、基本的に日本人は無意識に、かつ無自覚に日本人であって意識して日本人になるわけではない。


 米国人一人一人が移民第一世代であれ、第二世代であれ、あるいは第三世代より上であれ、米国に移民してきた人たちを先祖にもつ存在は、先住民を除いてはありえない。

 であるからこそ、新しい移民に対しては、自分たちの後輩として映し鏡となるわけであり、しかし一方ではすでに自分たちが築いた既得権を脅かす存在でもありうる。

 米国人全体がこの両極に引き裂かれ、また個々人のなかでも、このアンビバレントな感情に引き裂かれることになる。

 この状況を個人として体現しているのが、ハリソン・フォードが演じている、主人公の移民局特別捜査官であろう。

 私は、1980年代に大量のハリウッド映画をみたが、そのなかでも好きな男優の一人がハリソン・フォードであった。『スター・ウォーズ』、『インディー・ジョーンズ』、『ジョン・ブック 目撃者』、『モスキート・コースト』、『ワーキング・ガール』などが、もっとも脂ののりきっていた全盛期の作品である。

 すでに60歳を越えた彼は、いまでも現役の俳優であるが、この映画の脚本を読んで、ギャラは安いが出演を快諾したという。出演する価値のある内容だ、と。この発言を知っただけでも、この映画を見てみようという気持ちにさせられたのだ。

 そしてこの思いはまったく裏切られることはなかった。


 日本人で米国に移民した世代は、以前にこのブログでも取り上げた、石川好の『ストロベリー・ロード』の世代でほぼ終わりだろう。

 しかし日本人以外では、中国人も、台湾人も、タイ人も、また先にも触れたように、ベトナム戦争の結果、移民となった韓国人、ベトナム人、カンボジア人、ラオス人もある。圧政から逃れたビルマ人もいる。

 たとえ、斜陽化する米国であっても、狭くなったとはいえ、いまだに公式に門戸が開かれ、新天地で仕切り直す可能性のある国は米国以外にはなかなか見あたらない

 もちろん日本人だって、これから何が起こるかわからないので、自らが移民となるかもしれない。
 それよりも可能性が高いのは、日本がさらに移民受け入れ国として成熟していかねばならないことだ。

 移民先が米国であろうとなかろうと、自分が移民の立場にいたとしたら、自分はいったい何を思うのだろうか。何よりも必要なのは想像力(イマジネーション)と感情移入である。移民捜査官の立場でみるにしても、あるいは移民自身の立場でみるにしても。

 骨太の社会派エンターテインメントだ。1時間53分は長く感じない。

 東京では、TOHOシネマズ・シャンテ(日比谷)にて11月6日まで。インターネットで座席指定できるのはありがたい。平日はそんなに混ではいないが。日本版のオフィシャル・サイトはこちらから。


PS カバー写真を取り替え、本文の一部に加筆を行った。論旨にはいっさい変更はない。「ブログ内関連記事」を新設した。(2016年6月17日 記す)。





<ブログ内関連記事>

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版、2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

ハイテク界の巨人逝く(2016年3月21日)-インテル元会長のアンドリュー・グローヴ氏はハンガリー難民であった
・・ユダヤ系ハンガリー人であったグローヴ氏

書評 『グーグル秘録-完全なる破壊-』(ケン・オーレッタ、土方奈美訳、文藝春秋、2010)-単なる一企業の存在を超えて社会変革に向けて突き進むグーグルとはいったい何か?
・・グーグルの共同創業者の一人であるセルゲイ・ブリンはソ連に生まれて子ども時代に米国に移民したユダヤ系である

欧州に向かう難民は「エクソダス」だという認識をもつ必要がある-TIME誌の特集(2015年10月19日号)を読む
・・「欧州の難民問題にかんしては、英国も含めた欧州は歴史的な経緯を含めて「当事者」であるが、大西洋をはさんで対岸にある米国はかならずしも直接の当事者とはいえない。 だが、難民を含めた移民問題にかんしては、大規模に移民を受け入れ、それが活力を生み出してきた「先進国」としての認識が米国にはある。そういう視点から書かれたのが TIME誌の特集記事である」

(2016年6月17日 項目新設)


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