2009年11月21日土曜日

タイのあれこれ (15) タイのお茶と中国国民党の残党



(北部メーサイのお茶屋さんの店頭にて)

「食べ物はひたすら辛く、スイーツとドリンクはひたすら甘い」、これはタイに限らず、東南アジア全体についていえることだが、とくにタイにおいて当てはまる話であろう。

 スイーツについては、このブログでも「カンボジアのかぼちゃ」でも取り上げた"かぼちゃプリン"が最高にうまいが、これはもちろんタイでも定番である。

 スイーツは文字通り甘くてもかまわないのだが(・・あまり甘すぎるのも考え物だが)、タイではスイーツだけでなくお茶も甘い、というのは、苦いお茶を飲み慣れている日本人にとっては実に困ったことなのだ。

 タイ語では日本茶のことをチャー・イップンという。お茶を飲む習慣はそのそもタイ人にはなかったようだが、現在ではペットボトル入りのお茶がコンビニでも販売されており、タイ人の日常生活にすっかり浸透しているようだ。タイで日本企業の製品をみるのはうれしいものだが、ところがちょっと違うんだよなあ。

 タイで売っているキリンの生茶(YouTube でタイのCM)は、なにかしら甘い。「これは生茶じゃないな、甘茶だよ」といいたくなるような味なのだ。ドリンクはすべからく甘くあるべし、というのがタイ流なのである。


 "なんちゃって日本食品"でのしあがったタイ企業 OISHI(おいしい) は、飲食店だけでなく食品分野にも進出しており、ペットボトル入りのお茶も販売している。写真はラオスで撮影したものだが、近隣のラオス、カンボジア、ミャンマーでは、OISHI の製品が普及しており、タイから訪問すると何かしらうれしくなったりもするのである。


 さて、タイでは実はお茶も栽培しているのである! これも一般には知られざる事実である。

 ここのところずっとタイ北部と中国の雲南ネタが続いているが、今回もまたそのからみである。

 前回タイのコーヒー生産の話をしたが、お茶の生産地域も"ゴールデン・トライアングル"(黄金の三角地帯)のなかにある。この地域はタイにとっては辺境地帯で、麻薬問題や少数民族問題、また治安問題などさまざまな問題を抱えた国境地帯なのである。

 とくに大きな問題だったのが、タイ北部チェンラーイからクルマで2時間程度の高地にあるメーサーロンを中心に居座っていた、中国国民党(KMT:Kuomintang)の雲南方面軍の残党なのであった。


 タイは中国とは直接国境は接していないものの、第二次大戦終結後、中国内戦で共産党に敗れたのち、国民党の雲南方面軍は本拠地の昆明(クンミン)から南下、ミャンマー(当時のビルマ)のシャン州にいったん落ち着いたが立ち去ることを余儀なくされ、最終的にはタイ北部のこの地域に落ち着いた(・・写真の「孤軍行動路線」を参照)。

 この地で国民党軍は、冷戦構造のなか台湾政府からの支援のもと、"大陸反攻"の拠点として活動を行ってきたのである。しかしベトナム戦争も終結し、第2世代、第3世代になるにつれて当初の存在意義も薄れ、しかもタイ国内の共産党活動も下火になってきたなかタイ王国政府としても反共姿勢にこだわる必然性が薄れ、国民党残党の存在を黙認することもできなくなってきた。そして最終的には1980年代半ば、国民党の残党とその子孫はタイ王国政府に帰順することとなった。


 国籍問題を解決し、タイ国民となった国民党残党は武器を捨て、農民として定住する道を選ぶこととなった。この落人部落のような地で生計をたてるために、高地の気候を利用したお茶の栽培に取り組むこととなったのである。

 現地のお茶屋で聞いたところ、ここで栽培し収穫されたお茶は、ウーロン茶を筆頭にさまざまなお茶に加工され、タイ国内だけでなく、海外にも輸出されているとのことだ。写真のお茶の真空パックもパッケージは漢字で書かれており、シールをはがしてしまうとタイ産だとはまったくわからなくなる。

 台湾で販売されているウーロン茶には、実はここメーサーロン(美斯楽)で生産されたお茶がブレンドされたものもあるという。味については、その場で試飲させてもらったが、まったく問題はなかった。台湾産だと思って知らずにタイ産のウーロン茶を飲んでいる人も少なからずいるのかもしれない。



 メーサーロンは、写真にあるように一面に茶畑が拡がり、非常にのどかな雰囲気をただよわせている。かつてここに軍隊が居座っていたというイメージはもはやない。兵どもが夢の後といった風情だが、ここには台湾からの援助で作られた、泰北義民文史館という立派な建築物があり、台湾からの観光客を中心に多数訪れるという。

 この文史館には多数のパネル展示がされており、雲南省から苦難の末、ビルマを経由してタイ北部に落ち着いた雲南人たちの歴史が説明されている。

 中国の作家・鄧賢氏による力作 『ゴールデン・トライアングル秘史』(増田政弘訳、NHK出版、2005)が出版されており、この本のなかではタイ王国政府に帰順したのちも苦難が続いたことが詳述されており、分厚い本だが読んでいて胸を打たれるものがあった。興味があればぜひ一読されたい。

 中華民族同胞の歴史を描くという中国人作家の態度は、麻薬問題への関心から描いた、日本のジャーナリストによるゴールデン・トライアングル本とは趣を大きく異にする。歴史というものは、歴史を書く人の視点と志によって大きく変わってくるのである。いい意味でも悪い意味でも。

 バンコクにいた際に、私が住んでいたラチャダ地区は日本人はきわめて少なく、しかしながらタイではマイノリティである雲南系華人が多く住むところであった。

 ラチャダ地区に居住する雲南系華人が、国民党残党の末裔なのか、それともあらたに雲南地方からきた人たちなのかは知らないが、タイといったら潮州系華人、と教科書的に思い込んでいる人には、知っておいてもらいたい実態として紹介した。

 華人を十把一絡げに捉えていてはものは見えてこないのである。

 タイのお茶にまつわるエピソードには、タイのコーヒーとはまた違った意味だが、この地域にかかわった様々なひとたちの血と汗と涙でつづられた歴史そのものなのだ。

           


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