2009年12月30日水曜日

コンラッド『闇の奥』(Heart of Darkness)より、「仕事」について・・・そして「地獄の黙示録」、旧「ベルギー領コンゴ」(ザイール)




1899年に出版された英文学の古典、コンラッドの名作『闇の奥』(Heart of Darkness)に次のような一節がある。

なにも僕が仕事好きだというわけじゃない。むしろブラブラしながら、なにかできそうな素晴らしい仕事でも、ボンヤリ空想している方がよっぽど楽しいのだ。なにも仕事好きじゃない。--誰だってそうさ、--ただ僕にはね、仕事のなかにあるもの--つまり、自分というものを発見するチャンスだな、それが好きなんだよ。ほんとうの自分、--他人のためじゃなくて、自分のための自分、--いいかえれば、他人にはついにわかりっこないほんとうの自分だね。世間が見るのは外面(うわべ)だけ、しかもそれさえ本当の意味は、決してわかりゃしないのだ
(中野好夫訳、岩波文庫、1958 引用は P.58-59)

 参考のために原文も掲載しておこう。

No, I don't like work. I had rather laze about and think of all the fine things that can be done. I don't like work -- no man does -- but I like what is in the work -- the chance to find yourself. Your own reality -- for yourself, not for others -- what no other man can ever know. They can only see the mere show, and never can tell what it really means.

(出典は Conrad, Joseph, 1857-1924. Heart of Darkness Electronic Text Center, University of Virginia Library)

 たまたま蔵書整理中にこの本がでてきたのでパラパラめくってみたら、この部分に線が引かれていた。

 読んだのは1986年、そう文庫本に書き入れてある。就職して社会人になって、まだ仕事をすることの意味がよくわかっていなかった頃に読んだ本だ。

 西洋人の労働観がよく表現されていると考えていいかもしれないが、この一節は自分には非常にしっくりと納得がいくものだったので、線を引いていたのだ。




 「仕事をつうじた自己発見」は現在風にいえば「仕事をつうじた自分探し」ということになるだろうか。

 なぜ、仕事をしなければならないのか、比較的豊かな時代には生きてくる名言なのではないか、と思う。

 仕事は生計をたてるだけではない。自分探しと生計をたてることを両立することが可能になるわけだ。


 ジョゼフ・コンラッド(Joseph Conrad)は19世紀英国の"英語作家"だが、彼自身は生粋の英国人ではない。ポーランド出身で、母語は英語ではなくポーランド語である。英語は、ロシア語、フランス語に次いで後天的に実務を通じて習得した言語である。

 英国の英語作家には、『日の名残り』で有名な日本出身のカズオ・イシグロなど多いが、コンラッドはその先駆者といえるだろう。

 「コンラッド」というと外資系高級ホテルの名前だが、もちろん関係はない。ジョゼフ・コンラッドの本名は、テオドル・ユゼフ・コンラト・コジェニョフスキ、である。真ん中の名前を取り出して英語風にしたわけだ。


 父親がポーランド独立運動の指導者でロシアの官憲に逮捕されてシベリアに家族ごと流刑、のちに移動した北ロシアで両親を失って孤児となり、大学進学をあきらめて船乗りになった。21歳のときに英国船員となり以後16年間、船員としての生活を送り最終的に船長にまでなる。この間、英語を身につけ、ひろく世界を航海し、英国国籍も取得した。

 その後、海洋小説を多数発表、ベルギー領コンゴ(ザイール)の奥地深くまで航行した体験をもとに本書『闇の奥』を発表した。

 『闇の奥』を乱暴に要約すると、優秀な商社駐在員であった主人公クルツ(Kurtzが、いつのころからかアフリカの熱にとりつかれ精神に異常を来し、コンゴ川奥地で・・・となる。アフリカの「闇の奥」、人間性の「闇の奥」を描いた作品である。


 この本は、フランシス・コッポラのベトナム戦争ものの超大作 『地獄の黙示録』(Apocalypse Now 1979年製作)の原作ともなっている。トレーラーを参照。

 コッポラの映画では、部隊をコンゴからベトナムに移し、ラストに登場する、現地人の王となった主人公の白人をカーツ大佐としている。原作のクルツ(Kurts)を、英語読みでカーツとなっているがつづりは同じである。なお、Kurtz は、ドイツ語の kurz(短い、背が低い)からきている。



 原作に戻るが、舞台となったコンゴは、植民地帝国ベルギーの植民地であった。とくに資源国コンゴ(ザイール)はベルギーにとってはまさに金城湯池であた。コンラッドが舞台設定にしたコンゴはまさに、西洋人がアフリカ人を徹底的に収奪し虐殺したことはあまり知られてしないのではないか。ベルギーは、英国やフランスにも劣らない、典型的な植民地帝国であったのである。

 象牙、生ゴムから始まって、のちに発見されたダイヤモンド、そしてウラン。ベルギー領コンゴで産出されたウランが、広島と長崎に投下された原爆に使用されたことは、知る人ぞ知る歴史の闇である。

 これらの点については、ベルギー ヨーロパが見える国』(小川秀樹、新潮選書、1994)「闇の奥」の奥-コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷-』(藤永 茂、三交社、2006)が参考になる。後者は、カナダ在住40年の元大学教授が先住民の立場に身を寄せて描いた告発書である。

 「美食の国ベルギー」の背景に、植民地コンゴからの収奪の歴史があったことは知っておいた方がよい。


 ベルギー領コンゴは、いわゆる「コンゴ動乱」とよばれた1960年の熾烈な独立戦争を経て独立したが、当時の国連事務総長ダグ。ハマーショルドが視察中に事故死したことでも有名である。
 この戦争ではベルギー政府軍以外にも、白人傭兵のコマンド部隊が投入され、1978年製作の英国映画 『ワイルド・ギース』(The Wild Geese)の世界として描かれている。トレーラー参照。激しい銃撃戦をともなう空港からの壮絶な脱出シーンは圧巻である。

 すでに絶版であるがコンゴ傭兵作戦(新戦史シリーズ)』(片山正人、朝日ソノラマ、1990)という本もある。


 コンゴはザイールになったり、またコンゴになったりと、独立後も紛争が再燃するのは、結局のところ埋蔵されている資源をめぐる争いが原因である。



 最貧国問題解決のための必読書最底辺の10億人-最も貧しい国々のために本当はなすべきことは何か?-』(ポール・コリアー、中谷和男訳、日経BP社、2008)でも指摘されているように、最貧国を捕らえ続ける4つの罠として、1.紛争の罠2.天然資源の罠3.内陸国であることの罠4.劣悪なガナバンスの罠 を挙げているが、資源をめぐる問題は実に根が深いことを知らねばならない。コンゴの場合、この4つの罠がすべて複雑にからみあっている。

 実話をもとにした映画 『ホテル・ルワンダ』(1994年)で描かれた、隣国ルワンダの虐殺と難民問題にもめを向ける必要があるだろう。トレーラー参照。ルワンダもまたベルギーの植民地であった。

 最近、増補版として復刊されたルワンダ中央銀行総裁日記』(服部正也、中公新書、1972)は、IMFの依頼によって日銀から派遣され、独立国ルワンダの発展を中央銀行総裁として6年にわたり支援した日本人の記録だが、ルワンダ紛争によってこの努力もすべて消えてしまった。

 旧植民地アフリカの問題は根が深い。

 こういうアフリカを、いま中国が"西のフロンティア"として収奪し、トラブルメーカーとなっていることは、報道が多くなされるようになってきており、だいぶ明らかになってきている。

 欧州の"裏庭"アフリカでわが物顔で振る舞う中国、この問題については歴史的な意味、文明論的な意味を考える必要があろう。

 中国に対して、欧州は果たしてきれい事としての倫理を持ち出すことができるのか、きわめて根の深い問題だ。


 「仕事をつうじた自分探し」からだいぶそれてしまったが、本というものは、とくに古典というものは、複合的かつ重層的な読み方が可能なものである。

 もちろん純粋にエンターテインメントとして読むのも結構なことだ。

 『闇の奥』は、光文社古典新訳文庫から新訳がでている。私としては、毒舌で知られた英文学者で評論家の中野好夫訳による岩波文庫版がいいと思っているが。

 一昨年、『カラマーゾフの兄弟』が爆発的にブームとなったのも、この古典新訳文庫のおかげである。
 
 古典は読み継がれてこそ古典である。『闇の奥』も一度手にとって読んでみてはどうだろうか。

        



<関連サイト>

世界各国の「為さざる罪」ルワンダ・ジェノサイド ルワンダの夜明けパート2 (中村繁夫・アドバンスト マテリアル ジャパン社長、WEDGE、2015年12月30日)
・・「ルワンダを理解するには宗主国(ベルギー)を知らなければ分からない」と、レアメタル取引のプロが語る

(2015年12月30日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

『ベルギービール大全』(三輪一記 / 石黒謙吾、アートン、2006) を眺めて知る、ベルギービールの多様で豊穣な世界

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書評 『田中角栄 封じられた資源戦略-石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い-』(山岡淳一郎、草思社、2009)-「エネルギー自主独立路線」を貫こうとして敗れた田中角栄の闘い

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・・「理屈をこねずに働こう。人生を耐えられるものにする手立ては、これしかありません」、「それぞれが自分の才能を発揮しはじめた・・役に立たない者はいなかった」。じつに説得力のある仕事とチームワークのあり方についてのセリフ

(2013年12月23日、2015年1月9日 情報追加)


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