2010年4月25日日曜日

書評『知的複眼思考法 ー 誰でも持っている創造力のスイッチ』(苅谷剛彦、講談社+α文庫、2002 単行本初版 1996)-「複眼的思考法」は現代人にとっての知恵である!




現代社会に生きるわれわれにとっての知恵とは、いいかえれば「知的複眼思考」というマインドセットのことなのだ

 「複眼思考」を自分自身の「ものの考え方」として身につけて使いこなす方法を、著者自身による教育実践を踏まえて、具体的な方法論として紹介してくれた、日本語では初めて出版された本である。

 自学自習用のテキストとしても活用できる、「自分のアタマで考える」ための基礎をつくる必読書といってよい。

 本書は、基本的に1996年以前の6年間に当時の大学生(・・それも著者が教えていたのは東大生だ!)に「ものの考え方・・」を教える経験をつうじて生まれた本であり、大学生を主要な読者として設定している。

 東大生ですら、いや東大生だからこそ、受験勉強でアタマがコチコチになって、思考の柔軟性がなくなっていたようだ。「複眼思考」とは、思考に幅広さと柔軟性をもたらし、創造力の基盤となる「ものの考え方」でもある。

 とはいえ、もちろんビジネスパーソンも読める本であることはいうまでもない。日本の大学教育では、なぜか「ものの考え方」が、方法論として教育されてこなかった。その意味では、大学生だけでなく、ロジカルシンキングを身につけたいビジネスパーソンにとっても必読書といってよいのだ。

 著者による問いかけを自問自答しながら、順番に読み進めてゆくうちに、おのずから「複眼思考」のなんたるかが体得できる、ムリのない構成になっている。

 序章 知的複眼思考法とは何か
   知的複眼思考への招待
   「常識」にしばられたものの見かた
   知ることと考えること
 第1章 創造的読書で思考力を鍛える
   著者の立場、
   読者の立場
   知識の受容から知識の創造へ
 第2章 考えるための作文技法
   論理的に文章を書く
   批判的に書く)
 第3章 問いの立てかたと展開のしかた-考える筋道としての問い
   問いを立てる
   「なぜ」という問いからの展開
   概念レベルで考える)
 第4章 複眼思考を身につける
   関係論的なものの見かた
   逆説の発見
   「問題を問うこと」を問う

 1996年に単行本初版がでてからすでに15年近く、2002年に文庫化されてからもロングセラーをつづけている本書だが、著者が「あとがき」にも書いているように、1995年のオウム事件に際して「複数の視点からものごとをとらえていくことの重要性、そしてまたそれをなるべく広く読者に伝えることの大切さを、あらためて感じた」(P.375)という。

 著者も本書のなかで指摘しているように、とかくビッグワードやマジックワードが一人歩きして、ものを考える手間を省略したがる傾向のある日本では、「複眼思考」をしっかりと身につけて、あふれかえる知識を自分なりに制御して生きてゆくことは、サバイバルのツールとして不可欠といってよい。

 「知識社会」が到来したさかんにいわれているが、インターネットの存在によって知識量そのもので勝負がつく時代は完全に終わっている。本当に必要なのは知識そのものではなく、知識を使いこなす知恵である。現代社会に生きるわれわれにとっての知恵とは、いいかえれば「知的複眼思考」というマインドセットのことだと言い換えてもいいだろう。

 本書には、著者が米国の大学院で鍛えられた、いい意味でのアングロサクソン的思考法が全編を貫いている。

 現代人にとっての必読のテキストとして、あらためて推奨しておきたい。


<初出情報>

■bk1書評「現代社会に生きるわれわれにとっての知恵とは、いいかえれば「知的複眼思考」というマインドセットのことだ」投稿掲載(2010年4月23日)




<書評への付記>

 苅谷剛彦氏は、教育社会学専攻、教育問題を社会学の観点から研究する学者で、『大衆教育社会のゆくえ-学歴主義と平等神話の戦後史-』(苅谷剛彦、中公新書、1995)という名著で、いちはやく教育における格差問題を、データをもとに実証して論じていた。教育が不平等を再生産している現実を指摘し、脱神話化をおこなった。

 その後も旺盛な著作活動で、日本の教育をめぐる状況に様々な・・を投げかけてきた論客である。

 1955年東京生まれ、東京大学大学院教育学研究科修士課程を修了後、ノースウェスタン大学大学院博士課程を修了、社会学博士。東京大学大学院教育学研究科教授を経て、現在はオックスフォード大学教授。

 苅谷氏とは、私立大学の教育諮問委員として一時期、同席して親しくお話させていただいたことが何回かある。

 帰りの電車のなかで、「ベストティーチャー」といわれているんですよねーと聞くと、あまりうれしそうな反応でもなかったのが印象に残っている。「ベストティーチャー」マスコミが勝手に貼り付けたレッテルだろうか。レッテルが勝手に歩き回るというのも痛し痒しといったところだろうか。
 
 マスコミ情報だけでものごとを判断するのは危険がともなう、ということでもある。

 その意味は、本書を読めばよく理解できるはずだ。



<ブログ内関連記事>
            
書評 『イギリスの大学・ニッポンの大学-カレッジ、チュートリアル、エリート教育-(グローバル化時代の大学論 ②)』(苅谷剛彦、中公新書ラクレ、2012)-東大の "ベストティーチャー" がオックスフォード大学で体験し、思考した大学改革のゆくえ
・・『知的複眼思考法』の著者によるオックスフォード大学に移籍後の著作

書評 『ことばを鍛えるイギリスの学校-国語教育で何ができるか-』(山本麻子、岩波書店、2003)-アウトプット重視の英国の教育観とは?

スローガンには気をつけろ!-ゼークト将軍の警告(1929年)
・・「とかくビッグワードやマジックワードが一人歩きして、ものを考える手間を省略したがる傾向のある日本」で気をつけなければならないこと

「意図せざる結果」という認識をつねに考慮に入れておくことが必要だ
・・「意図せざる結果」については本書でも詳しく説明されている

「ハーバード白熱教室」(NHK ETV)・・・自分のアタマでものを考えさせるための授業とは
・・政治哲学者サンデル教授のソクラテスメソッドによる対話型授業ときわめて高度なファシリテーション技術

ダイアローグ(=対話)を重視した「ソクラテス・メソッド」の本質は、一対一の対話経験を集団のなかで学びを共有するファシリテーションにある

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)

(2014年1月8日、8月17日 情報追加)


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