2010年8月15日日曜日

水木しげるの「戦記物マンガ」を読む(2010年8月15日)



 今年は、日本の「敗戦」から65年である。いや一般庶民の感情からいったら「終戦」から65年である。

 本日「8月15日」は、ほぼ毎年、暑く、ひたすら暑い夏の日々が続くなかに迎えるのが恒例となっている。

 今年もまた、猛暑のなか、「8月15日」を迎えることになった。

 8月15日は日本人にとっては「敗戦」の日であり、「終戦」の日である。植民地であった韓国(朝鮮)人にとっては独立を回復した「光復節」であるが、この話題は「日韓併合」100年を迎える8月22日に取り上げることとしたい。

 さて私は、一般庶民からみたら「終戦」であるといった。

 昔は「兵隊に取られる」という表現が一般庶民のあいだではされていたように、たとえ「お国のため」とはいえ、職業軍人ではない一般人にとっては、働き手の男性を生産活動から引き離されて戦場にいかされていたわけであり、戦争に敗れたという事実とともに、やっと戦争が終わったという実感も強くもったのではないかと推測している。

 だから私は、「敗戦」という表現にこだわるつもりはない

 一般庶民にとっては、台風や嵐の通過と同様、戦争は自分たちのチカラでは何ともしがたい天災のようなものとして受け止められていたとしても不思議ではない。たとえ、真珠湾攻撃による宣戦布告の際に、大半の国民が歓迎したのだとしても。

 1990年の第一次湾岸戦争(Gulf War)の勃発前夜に交戦当事国の米国にいた私は、最後通牒期間が終わり戦争突入した際に、米国民がある種の解放感を味わったことを身を以て体感している。1941年当時の日本国民の気持ちも大いに理解できる。

 これと同時に、4年間続いた戦争にいかなる気持ちを日本国民が抱くようになったかも、わからないことではない。


■一般庶民の戦争体験をマンガで描き続けた水木しげる

 『きけわだつみの声』を始めとするインテリの戦争体験は、特攻隊員のものを含め、数々の手記や文学作品として文字となり出版され、多くの国民がこれらを読み、また多くの映像作品として映画やドラマとなって、繰り返し繰り返し語られてきた。

 また、同じくインテリである、陸軍士官学校や海軍兵学校出身の職業軍人の回想録も、戦史専門出版社から多く出版されている。 

 しかし、マンガとなると意外に多くない一般庶民の手になる文章も同様である。

 そんななかで、多くの戦記物のマンガを描いてきた水木しげる(1922年生まれの現在88歳)は、例外的な存在かもしれない。

 士官ではなく兵隊として行かされたニューギニアにおける実際に過酷な戦争体験を、これでもかこれでもかと執拗に描き続けてきた人である。戦地でマラリアで入院中、爆撃によって自らの左手を失っている。

 水木しげる自身が、自伝的な作品をマンガで多く描いているので繰り返しも多いが、戦争体験は切っても切り離せないものであるようだ。




 『水木しげるのラバウル戦記』(ちくま文庫、1997)では、出征前から戦地での体験にいたるまでを、その当時に描いた水彩画やのちにマンガとして描いた作品を合わせて、自らコメントをつけくわえたものである。


 ここ数年は、のんびり、のんきに生きなさいという自己啓発系(?)の発言の多い水木しげる先生ではあるが、食っていくための苦労がどれほど大きかったかは、自伝マンガの『ボクの一生はゲゲゲの楽園だ-マンガ水木しげる自叙伝- 全六巻』(講談社コミックス、2001)に明かなとおりだ。


 今年の上半期の「朝の連続テレビ小説」は『ゲゲゲの女房』であるが、これは水木しげる夫人による『ゲゲゲの女房-人生は…終わりよければ、すべてよし!! -』(武良布枝、実業之日本社、2008)が原作である。

 小学生の頃、実写版のテレビドラマ「悪魔くん」や「河童の三平」白黒アニメの「ゲゲゲの鬼太郎」を見て育った私も、実は水木しげるが戦争ものを描いていたことは小学校の頃から知っていた。

 しかし、全部まとめて読んだのは今回が初めてだ。「貸本屋」時代というものを同時代人としては体験していないので、水木しげるの「戦記物」はリアルタイムで読んだわけではないのだ。


戦争当時の日本、そして日本人

 なんといっても、『総員玉砕せよ!』(講談社文庫、1995)は傑作である。「玉砕」命令の不合理と不条理、さらにいったん「玉砕」命令が発しられたのち、図らずも生き残った者たちに対する不条理な、強いられた「自決」命令。

 「玉砕」によって散ったはずの命が生き残っているということは、命令を下した組織上部から見れば、あってはならないことであったのだ。なんという人権感覚のなさ。形式主義。

 「玉砕」といえばアッツ島から始まった、作戦の名にも値しない突撃攻撃であるが、「玉が砕け散る」という美しい響きの虚名の実態は、一般庶民出身の兵隊からみれば、このようなものだったのだということが、マンガをとおしてリアルに語られる。

 この傑作に至る前史ともいうべきものが、「貸本マンガ」時代の作品を収録した、『敗走記』『白い旗』『姑娘(クーニャン)』の三冊いずれも講談社文庫から今年2010年に文庫化された。



 それぞれに収録された短編から中編の戦記物は、自己体験をもとにしたもの、近親者から伝聞したもの、戦史をあらためて捉えなおしたものなどにわたる。

『敗走記』:「敗走記」、「ダンピール海峡」、「レーモン河畔」、「KANDERE」、「ごきぶり」、「幽霊艦長」
『白い旗』:「白い旗」、「ブーゲンビル上空涙あり」、「田中頼三」、「特攻」
『姑娘(クーニャン)』:「姑娘(クーニャン)」、「海の男」、「此一戦」、「奇襲ツラギ沖」、「船艦「比叡」の悲劇」


 初年兵の立場から見た帝国陸軍の理不尽さがある一方、太平洋戦争(・・ここではニューギニア戦線における米国との戦いなので「太平洋戦争」で問題ない)の海戦史における知られざる秘話など、「反戦」という便利なコトバで括ることのできないメンタリティがそこにあることがわかる。

 米国に一泡吹かせた戦いや将軍の話は、著者も描いていてうれしいのだろう。そりゃあそうだ。一般庶民からみた戦争は、日本であろうがどこの国であろうが、勝てばうれしいし、負ければ悔しい

 『ああ玉砕-水木しげる戦記選集-(戦争と平和を考えるコミック)』(水木しげる、宙出版、2007)に収録されている作品も同様だ。


 これは、戦争の悲惨さといった次元とは異なる感情の問題だ。

 自分が戦地に送られて過酷な体験をしない限り、体感することのないのが戦争体験というものなのであろう。また、爆撃や原爆などの体験をしていない限り、なかなか体感しにくい性格の体験である。

 有無をいわさず理不尽な戦争にいかされ、左手も失った水木しげるは、それでも戦争について、これでもか、これでもかと描き続けるのは、善悪を越えた、きわめて深い体験をしているからなのだろう。
 
 時代の雰囲気や、その当時の日本人を、まるごとマンガという二次元空間に描き込んだ水木しげるの「戦記物」は、後世の人間が、一般庶民の戦争体験、一般庶民の昭和を体感するために、末永く読まれ続けてほしいと願うものである。

 水木しげる先生の「戦記物」と「昭和史物」は、日本人全体の財産といっていいのである。





PS 読みやすくするために改行を増やし一部加筆した。また、写真を大判にした。 (2014年3月3日 記す)。


<関連サイト>

NHKスペシャル「玉砕-隠された真実-」
・・2010年8月に放送された、はじめて重いクチを開いて証言しはじめた、玉砕の島・アッツ島の生き残り兵士たちの証言集。「生きて虜囚の辱めを受けず」という「戦陣訓」と「玉砕」の関係

水木しげる「人を土くれにする時代だ」  出征直前の手記で語った戦争への思い (新潮社の公式サイト「矢来町ぐるり」 2015年7月7日)
・・20歳の水木しげるが遺した手記には、のちの戦記物の原点となる思考がある

(2015年7月8日 情報追加)



<ブログ内関連記事>

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと
・・「玉音放送」と「靖国神社」

書評 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子、朝日出版社、2009)-「対話型授業」を日本近現代史でやってのけた本書は、「ハーバード白熱授業」よりもはるかに面白い!
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「われわれは社会科学の学徒です」-『きけわだつみのこえ 第二集』に収録された商大生の手紙から
・・学徒というインテリの手記

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる
・・陸軍士官学校出身の参謀というインテリによる考察

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!

マンガ 『ビビビの貧乏時代-いつもお腹をすかせてた!』(水木しげる、ホーム社漫画文庫、2010)-働けど働けど・・・

書評 『ゲゲゲのゲーテ-水木しげるが選んだ93の「賢者の言葉」-』(水木しげる+水木プロダクション、双葉新書、2015)-これぞホンモノの生きた「教養」だ!

(2014年3月3日・5月27日、2017年8月7日 情報追加)
 

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