2011年1月12日水曜日

「場所の記憶」ー 特定の場所や特定の時間と結びついた自分史としての「エピソード記憶」について



 特定の場所や、特定の時間と結びついた記憶は、記憶として定着しやすいだけでなく、再生や想起することが容易である。つまり比較的思い出しやすい。

 以前このブログに、アニメーション映画 『戦場でワルツを』(2008年、イスラエル)をみた という文章を書いているが、一部再録してみよう。

 映画をみている途中で気がついたのだが、イスラエル軍による「レバノン侵攻」は1982年の暑い夏のことだった。そのとき従軍した青年たちは主人公も含め年齢はみな19歳、実は私とまったく同じだったのだ。いまここでカミングアウトするが、1962年12月6日生まれの私は、1982年の夏は19歳、他人事とは思えない。
 レバノン侵攻は当時日本TVでも大きく報道されていたので、そのTVの画面をみた場所とともに、いまだに記憶に強く残っている。


 「そのTVの画面をみた場所」とは、富士山の7合目半の山小屋であった。その日は富士山も快晴で暑い一日だった。特定の場所と結びついた記憶である。

 ちょうどその年の8月にイスラエルがレバノンに侵攻した暑い夏だった。アリエル・シャロン国防大臣(当時)が指揮したものであり、そのあまりにも強引なやり方に世界中から非難が集中した戦争である。

 山小屋にもテレビはあった。山小屋はある意味では宿泊業と飲食業のサービス業なので、朝から夕方までひっきりなしに働いているが、昼食後は夕方まで少しヒマになる。そのときテレビで見たのである。山小屋にもテレビくらいはある。富士山での山小屋アルバイト経験は、「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 にまとめておいた。

 イスラエルとパレスチナの話題から、日本と植民地であった朝鮮に話題が拡がり、山小屋の主人と、植民地朝鮮半島で日本人が何をしたのかをめぐって激論したことを覚えている。
 いまから考えると、植林の話など、日本人が貢献したことはきわめて大きかったのであり、山小屋の主人の言っていたことが正しかったのだ。
 若い頃の私は、まだまだ左翼が支配していた当時のマスコミによる悪しき影響に毒されていたようだ。事実を虚心坦懐に見ることのできなかったのが恥ずかしい。


 「フラッシュバック現象」という表現があるように、忘れ去ってしまいたいと思っていた記憶が、ふとしたキッカケで一気に意識の底から急浮上してくる体験がある。

 富士山の山小屋経験とイスラエル軍のレバノン進行の暑い夏が蒸す夏について記憶されているのは、フラッシュバック現象ではないが、自分にとっては濃厚な体験であったということだろう。

 これは、心理学でいう「エピソード記憶」である。一般的な事実の記憶である「意味記憶」技能習得にかかわる「手続き記憶」とは別のカテゴリーに分類されているものだ。

 『戦場でワルツを』というアニメーション映画じたいは「偽りの記憶」をめぐる物語だが、激しい精神的衝撃という体験をともった記憶は、何らかの心理的作用によって、自分にとて都合のいいように作り替えられ記憶されることがあるようだ。これは心理学では「錯誤記憶」というが、自分を守るための心理的機制であろう。

 この映画は、自分にとってはなんだか他人事ではないような気がしてならない。
 体験と記憶との関係についての精神分析的な映画である。

 体験、記憶、時間、場所、コトバ、連想、夢と悪夢、フラッシュバック現象、トラウマ、記憶の改変・・・



P.S. 『場所の記憶-日本という身体-』(鎌田東二、岩波書店、1990)という本について

 神道学者の鎌田東二が使っている「場所の記憶」とは、場所そのものがもつ記憶=歴史のことである。聖なる土地じしんにまつわる人々の集合的記憶のことである。これは、「聖地感覚」ともいうべきものを指している。建築学者もときに使うことのある「ゲニウス・ロキ」(genius loci:地霊)にかかわるものである。

 この本に展開されている議論は実に面白いのだが、私がこの文章で書きたかったのは、特定の土地そのものにまつわる集合的記憶のことではなく、個人の一回限りの体験が行われた場所にまつわる、きわめて個人的な記憶についてである。個人の記憶を再生、想起させるものは何か、コンピューター用語でいうタグやインデックスにあたるものは何か、そういうことについて考えている。

 私の個人的記憶は「聖なる山」である「霊山富士」での体験であった。だがこれ自体は、富士山にまつわる集合的記憶との関連は定かではない。
 なお、『場所の記憶』は現在では、改題されて文庫化されている。『聖なる場所の記憶-日本という身体-』(鎌田東二、講談社学術文庫、1996)。ただし現在品切れ中だ。



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アニメーション映画 『戦場でワルツを』(2008年、イスラエル)をみた 

書評 『脳と日本人』(茂木健一郎/ 松岡正剛、文春文庫、2010 単行本初版 2007)
・・場所と結びついた記憶としてのトポグラフィック・メモリー(topographic memory) 、記憶を取り巻く文脈に結びついたコンテクスチュアル・メモリー(contextual memory)について

アッシジのフランチェスコ (5) フランチェスコとミラレパ・・夢のお告げあるいは予知夢(よちむ)について






(2012年7月3日発売の拙著です)







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