2012年12月19日水曜日

書評『成金炎上 ー 昭和恐慌は警告する』(山岡 淳一郎、日経BP社、2009)ー 1920年代の政治経済史を「同時代史」として体感する


「昭和恐慌」は日本経済が経験した最大の経済恐慌であり、破滅への道を開いたものであった。

本書はこの昭和恐慌前後を時代背景に、既成の経済勢力と新興の経済勢力との衝突、経済恐慌がもたらした人心の荒廃を歴史ノンフィクションとして描いたものである。

第一次世界大戦の大戦景気の反動で不景気に陥っていたなか、帝都東京を襲った1923年(大正12年)の「関東大震災」で経済はおおきなダメージを受けて疲弊、経済を世界標準に戻すために「金解禁」を1930年には断行したが、たちまち米国発の「世界大恐慌」の波に飲み込まれて、「想定外」の危機的な状況に追い込まれた。

これが「昭和恐慌」である。いわゆる「1940年体制」以前の日本は、むきだしの資本主義社会のまっただ中にあったのだ。

本書に登場する主人公たちは、たたき上げの実業家たちと、学歴エリートである金融マンたちであり、しかもそれぞれが異なる性格をもった男たちである。

一時期は三井や三菱といった巨大財閥を追い上げる勢いをもっていた鈴木商店の大番頭・金子直吉、泥亀の異名で呼ばれた新興の海運王・山下亀三郎。ともに学歴はなかったが、前者は合理主義に徹した商売の天才、後者は人間心理を知り尽くしていた人間通の商人であった。

財界エリートを代表する三井財閥の金融部門の総帥・池田成彬日銀総裁から大蔵大臣になった井上準之助。前者が筋金入りの合理主義者であったのに対し、後者は理だけではなく情にも厚かった。

こういった個性の強い男たちが経済という場で世の中をリードしていた大正時代は、明治維新以来の支配勢力と新興勢力が激しく衝突した時代でもあった。

だが、この歴史ノンフィクションのほんとうの主人公はマネーである。暴走するマネーである。

好況時のマネーは、経済成長によって金持ちがさらに金持ちになるだけでなく、幅広い人たちが恩恵を受けることになる。だが、不況になるとマネーは一転して破産者を多数つくりだすだけでなく、それを機会に焼け太りする金持ちもでてくる。

人間の欲望に突き動かされ、意志を乗り越え、制御不能となる暴走するマネー。マネーに蹂躙され、失われる倫理観。暗殺というテロリズムの横行。それが「昭和恐慌」の時代であり、その後、破滅に向かって突き進んでいった日本なのであった。

「昭和恐慌」からすでに80年以上たった現在、直接体験し、それについて語れる人がほとんどいなくなってしまた。

「リーマンショック」と「3-11」以後、あの時代を「同時代史」として振り返ることの意味は、さらに重要になってきている。本書を読んでいると、1920年代はいつか来た道ではないかという既視感(デジャヴュー)にもとらわれてしまうからだ。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と喝破したのはドイツの宰相ビスマルクであったが、われわれもまたまずは1920年代をきちんと振り返る機会をもたねばらないとつよく思うのである。

最初から最後まで読ませる、よくできた良質の歴史ノンフィクション作品である。ぜひ読んでほしい。



(注) 2012年4月5日に投稿した amazonレビューへの投稿に加筆修正した。


PS 「バブル崩壊後」の中国こそ、戦前の日本の道を突き進む可能性もある。中国はバブル崩壊を体験したことがないのだ。中国はいつバブルが崩壊してもおかしくない状況がつづいている。バブル崩壊後の中国社会の激動は想像を絶するものとなる可能性もある。日中ともに注視していかねばなるまい。






目 次

プロローグ
第1章 丁稚、大欲を抱く
第2章 白鼠と泥亀、大正ベンチャーの旗手がゆく
第3章 大戦バブルと鈴木炎上
第4章 財閥の逆襲、鈴木王国崩壊
第5章 恐慌の鬼子たち
エピローグ
あとがき
注釈
参考文献

著者プロフィール

山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
1959年愛媛県生まれ。出版関連会社、ライター集団を経て、ノンフィクション作家へ。「人と時代」を共通テーマに近現代史、建築、医療、政治など分野を超えて旺盛に執筆中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


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