「日本の大学生は勉強しない」という問題意識から出発した本である。日本の大学生を採用する企業の立場から本書を論評してみたい。
まず現状認識についてだが、著者は海外の大学生を引き合いに出して、日本の大学生は勉強していないと述べている。現象面についてはそのとおりだろう。
アメリカで勉強した経験があれば、日本の大学が甘すぎるように見えるのはその通りだ。ただし、これは前提がある。アメリカの一流大学に入るような人間は私立のプレップスクールなどで勉強してきているが、一般的にはハイスクール(=高校)卒業まであまり勉強してしていないので、大学に入学してから猛勉強が強いられるという構造がある。
日本とアメリカ以外の大学についてはわたし自身が体験したことがないので確かなことは言えないが、おそらく猛勉強している大学生のイメージには韓国の大学生があるのだろう。
韓国にかんしては、幸いなことに、『韓国のグローバル人材育成力-超競争社会の真実-』(岩渕秀樹、講談社現代新書、2013)という本があるので、それと比較検証してみることをすすめる。現象面だけ見ていれば、たしかに日本の大学生が勉強しなさすぎるのは否定できない。だが、日韓が置かれている環境があまりにも違うことを視野にいれなかれば比較したことにはならない。
つまり、著者が「日本の大学生が勉強しない」というのは、厳密な比較論ではなく印象論であるということだ。とはいえ、「日本の大学生が勉強しない」という印象は、多くの人がもっているのではないだろうか。
わたし自身も、その「印象」はもっている。かつてなら入社後に鍛え直すということもできたが、ホンネとしては大学時代に最低限の基礎的なことを終えておいてほしいと思う。その基礎のうえに「考えるチカラ」をつける教育を施してほしいものだ。
日本の大学教育をめぐっては、「負のスパイラル」ができあがって数十年たつという著者の指摘はそのとおりだ。イラスト1枚にすべてが表現されているが、日本では、大学生、大学教師、採用担当者のそれぞれの立場において部分最適化している結果、「勉強しない大学生」が量産され続けているのである。
この状況は「負のスパイラル」であり、終わりの見えない「無限ループ」といってもいいだろう。
(著者執筆の「東洋経済オンライン」記事から)
もちろん、「若いうちは勉強しなきゃダメだ」といった精神論をぶったところで大学生が勉強するようにはならないことは、「負のスパイラル」をみれば明らかだろう。
採用する側は、当然のことながら「考えるチカラ」を見ている。ますます複雑化する世の中で企業活動を遂行していくためには、既存の知識を組み合わせたり、自分で調べて考え抜くことが求められるからだ
だが、大学の成績があてにならないので、市販のSPIなどの検査をつかわざるをえない。その意味では教育産業が大学教育の補完的な役割を果たしているといえる。もしその状況が問題であるならば、国が「出口」基準を明確化して、全国共通の大学卒業資格試験でも実施するのも解決の方向の一つであろう。
だが、より本質的な問題は、本書の第3章のテーマであるが、考えるチカラはゼミではつけられているが、なぜ授業ではそれがなされていないのかということにある。(ただし、私大文系ではゼミに入れない学生もいることも忘れてはならない)。
カネと時間をかけた調査により、考えるチカラを養う授業が具体的に明らかにされた。一種の人気投票でもあるが、この調査結果だけでも読む価値はある。大学名と学部名、教師名まで明らかにされている。だが、現在はまだまだ個々の教師の力量次第で、組織的な取り組みがなさすぎることが問題であろう。
ゼミは考える場になっているが、「評価」がなされていないことが問題だという指摘には納得だ。そのためには絶対評価ではなく相対評価にしなくてはならない。絶対評価だと全員がAになる可能性があるが、相対評価ではAを取れる人数は比率によって限定される。
「考えるチカラ」は、学生と教師とのあいだに学問をめぐって真剣な関係が成り立つことが前提となる。対話とディスカッションである。「白熱教室」のサンデル教授はそれを大教室でも実行していることは実行不可能ではないことを示している。
わたし的にいえば、授業においても学生が「PDCAサイクル」を回すように仕向けることが必要だと考える。
P(Planというよりも Preparation 準備):学生に課されたアサインメント(課題)
D(Do): ゼミや授業における対話やディスカッション、論述レポート、試験
C(Check): 相対評価による成績評価
A(Action): つぎの課題に向けての教師による個別フィードバック
本書が扱っているのは基本的に日本の一流大学が中心である。海外の一流大学並みに勉強するようにするにはどうしたらいいか、とくに「考えるチカラ」をつけさせるためにはなにをすべきかについて扱っている。
企業と大学との意識ギャップはいまでもきわめて大きい。企業の立場に立ちながらも大学の世界も垣間見ているわたしには、断層といっていいほどのズレがあるように思われる。
しかし企業世界の変化のスピードはさらに早まっている。大学が企業の下請けになる必要はまったくないが、変化の風は体感してほしいものだと思う。
本書がそのキッカケになればいいと思う次第だ。
目 次
はじめに
第1章 日本の大学生は本当に「勉強しない」のか?
第2章 大学生・大学・企業 永続する「負のスパイラル」
第3章 「考える力」こそが日本を救う
第4章 「正のスパイラル」はこうして回す
おわりに
巻末資料 主要大学 授業ミシュラン
著者プロフィール
辻 太一朗(つじ・たいちろう)
1959年生まれ。京都大学工学部卒業。(株)リクルートで全国採用責任者として活躍後、99年(株)アイジャストを創業。2006年(株)リンクアンドモチベーションと資本統合、同社取締役に就任。採用コンサルタントとして延べ数百社の企業を担当。数多くの大学で講演、面接トレーニングの実績ももつ。
<関連サイト>
なぜ日本の大学生は世界でいちばん勉強しないのか?(東洋経済オンライン 本書の著者による連載記事)
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