2013年7月27日土曜日

映画『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた ー 日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念


『終戦のエンペラー』を初日に見てきた。このテーマの映画であれば気になる存在だからだ。

『終戦のエンペラー』(原題: Emperor)は、2012年度製作のアメリカ映画である。日米合作ではなく、アメリカ資本で製作された映画である。これはこの映画をみるうえで重要なポイントだ。

舞台は敗戦によってアメリカを中心とする連合国の占領下におかれた日本、とくに東京と静岡が舞台である。登場人物はアメリカ側は連合国最高司令官のマッカーサー元帥とその副官であるフェラーズ准将。日本側はフェラーズ准将の運転手兼通訳の日本人、そしてA級戦犯とされた日本人たち(・・東条英機、近衛文麿、木戸孝一)、そして昭和天皇。

映画『終戦のエンペラー』のキャスティング・ディレクターとして日本側配役の選定と推薦を担当した奈良橋陽子氏は、ハリウッドは”日本ネタ”を求めているハリウッドと日本の”橋渡し役”奈良橋陽子氏に聞く (東洋経済オンライン 2013年7月26日)というインタビューのなかで以下のように語っている。ちょっと長いがそのまま引用させていただこう。

――ハリウッドの映画が日本を描くと、「それは日本じゃない」と言いたくなるようなシーンもあります。そのことについてどう考えていますか?

監督のタイプも大まかに言うと2つあると思います。ひとつは、日本のことをすごく尊重している人。そういう方はこちらが「ここは間違っている」と指摘すると、「じゃあ直そう」と受け入れてくれます。

そしてもうひとつは、自分の世界を持っていて、本当は(日本の描写は)こうだと知っているけれども、あえて違う描写でやってしまう人。美的感覚が違うのでしょうね。ただ、私がキャスティングした日本人の俳優さんに関しては、きちんとこちらの意向を説明して、衣装などにも意見を取り入れてもらいました。

――今回の『終戦のエンペラー』は、そうした「日本らしくない」という違和感はありませんでした。

今回はキャスティングだけでなく、プロデュースをしましたから。美術やメイクなどもすべてチェックしました。

だが、じっさいに見た感想としては、やはりなにかが違う、というものだった。個々の日本人俳優の演技そのもの大きな違和感はないのだが、どうもなにかが違うのだ。もちろん、1945年当時の日本人というを2012年現在の日本人が演じるにはムリがあるのだが、それは脇においておこう。

この映画はアメリカ人がアメリカ人の視点、つまり占領する側が敗戦国を描いた映画である。この枠組みにはいささかの揺るぎはない。そうでなかったら、アメリカでは受け入れられないだろう。つまり敗戦国の日本人の視点で描かれた物語ではないアメリカ映画である。それも脇においておこう。

もちろんエンターテインメント作品であり、個々の史実を意図的に曲げて描いているシーンがあるのは仕方ない。これは演出の問題だからとやかく言う筋合いはなかろう。

だが、最初から最後まで違和感が残ったのは、メロドラマ的に一つの軸となっているフェラーズと、いかにもアメリカ人からみた "いかにも和風" な日本人女性との悲恋の描かれ方である。

正直いってオリエンタリズム以外のなにものでもないという印象である。アジアを描く際のアメリカ人の無意識の視点がでているという印象がぬぐえないのだ。さすがに1980年の『将軍 SHOGUN』に登場する島田陽子ほどではないが、30年たっても基本的になにも変わっていないという印象だけが残る。

今回のキャスティングに渡辺謙が入ってないのはよかった。といっても、渡辺謙が嫌いなのではなく、あまりにもハリウッド映画に登場しすぎるので食傷気味だということ以外に意味はない。

近衛文麿役の中村雅俊はいい線いってるし、関屋貞三郎役の夏八木勲はじつにいい味を出していた。また、西田敏行が演じる海軍将校の英語がじつに流暢で、それには大いに感心させられた。さすが役者である。

このように個々の日本人俳優はシークエンス単位で好演しているのだが、ぜんたいの枠組みが占領軍の側からみたオリエンタリズム映画なので、見終わった感想としては、日本人としてはイマイチとしかいいようがない。

以上がじっさいに映画をみての正直な感想である。



原作は『陛下をお救いなさいまし』(Save the Emperor)

じつは今回は映画を観るまえに原作を読んでおいた。映画化によって、原作がどこまで再現されているかいないかを見てみたかったからだ。

なぜなら、先にも感想を記したように、この手の映画はよほどのことがないかぎりアメリカ側の一方的な解釈や演出で台無しになっているケースが多いからだ。

たとえば、かつて話題になった『硫黄島からの手紙』(Letters from Iwo Jima 2006年)。クリント・イーストウッド監督はすばらしいのだが、どうぢてもあの映画にはなじめないものを感じたのはわたしだけではないのではないか? なにかが違う、という感じがぬぐえないのである。

同じ監督による二部作のもう一方である『父親たちの星条旗』(Flags of Our Fathers)のほうがはるかにすぐれているのは、アメリカ人の監督がマイノリティの置かれているアメリカの現実を熟知しているからだろう。

日本人からみた違和感をなくすには、かつて真珠湾攻撃を描いた戦争映画『トラ・トラ・トラ』(1970年)のように、アメリカのパートはアメリカ人監督、日本のパートは日本人監督がメガホンをとる以外はムリだろう。そうでないと『パール・ハーバー』のような愚作となるのが落ちだ。

さて、原作のタイトルは『陛下をお救いなさいまし』(岡本嗣郎、集英社、2002)。文庫化にあたっては映画のタイトルを主に、単行本のタイトルが従となった。『終戦のエンペラー-陛下をお救いなさいまし-』(集英社文庫、2013)と変更された。

内容を正確に表現するなら、『陛下をお救いなさいまし-恵泉女学園創設者河井道とマッカーサーの副官フェラーズ准将』とするべき内容で、知られざる歴史を描いた正統派のノンフィクション作品である。

河井道(かわい・みち)という女性は、『BUSHIDO』の著者で教育家の新渡戸稲造の薫陶を受けた日本人キリスト教徒恵泉女学園を創設した教育家でもある。信念が堅固で、ハッキリとモノを言う人だったらしい。

フェラーズ准将という学者肌のアメリカの陸軍軍人は、大学時代にアメリカに留学してきていた日本人女性との交友から日本びいきになり、ラフカディオ・ハーンの全作品を読み込んでいた人。

この二人の日米をまたいだ戦前と戦後の友情が、天皇の戦争責任回避を実現させたのである。これがほんとうの「真相」である。無責任体制とも批判される日本の意思決定構造ゆえに、天皇の戦争責任論に結論をつけるのが困難であったのだが、フェラーズ准将が書いたレポートが最終的にものを言うことになった。

新渡戸稲造もフェラーズもプロテスタントの一派であるクエーカーであり、河井道をふくめた日本のプロテスタント人脈とプロテスタント国アメリカの密接な人的関係が、天皇の戦争責任回避を実現させたというのが原作の内容である。したがって、日米をまたいだ人脈が実現させたヒューマン・ドラマというのがほんとうの物語なのだ。メロドラマ的な要素はじつは皆無である。

もちろん、映画はエンターテインメントであるから、脚色や事実関係の変更、虚構の導入はあってもとくに文句をいう筋合いはない。この映画の脚本もひとつの歴史解釈というべきであり、これと異なる解釈があってもおかしくはない。

だが、原作の内容がなんであれ、メロドラマ的なオリエンタリズム映画となったことはじつに残念以外のなにものでもない。またかよ、といった思いで、正直いって閉口する。

ぜひ日本人監督によって『陛下をお救いなさいまし』を別バージョンとして映画化すべきだろう。そうすれば、歴史観の相違というものがおのずからにじみ出てくるはずだ。

占領する側と占領される側とは、それほど溝が深いのである。おそらく製作者サイドとしては無意識なのだろうが。





<関連サイト>

映画 『終戦のエンペラー』 公式サイト

学校法人恵泉女学園|創立者 河井道 - 恵泉女学園 中学・高等学校

ハーン・マニアの情報将校ボナー・フェラーズ(加藤哲郎、一橋大学政治学 『講座 小泉八雲 1 ハーンの人と周辺』(平川祐弘・牧野陽子編、新曜社、2009)所収)
・・「したがって、「ハーン・マニア」フェラーズを、たんなる親日家・日本理解者とするのは誤解を生じる。その天皇制保持・不訴追工作も、当時の米国心理作戦の一部と見るべきであり、米国有数の有能な情報戦エキスパートであったフェラーズの全生涯との関連で、歴史的に評価されなければならない」



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(2014年7月23日 情報追加)



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