2013年9月24日火曜日

書評『西郷隆盛と明治維新』(坂野潤治、講談社現代新書、2013)ー「革命家」西郷隆盛の「実像」を求めて描いたオマージュ


本書は日本近代政治史の第一人者が描いた明治維新「革命」における「革命家」西郷隆盛へのオマージュである。

たしかに現在76歳の著者がいうように、西郷隆盛ほど「虚像」がまかりとおってきた存在もないかもしれない。上野公園の銅像を筆頭に。だが、それは主に政治的志向のつよい知識人の世界の話ではあるまいか?

教育をつうじた「虚像」は、きわめて悪質なものであったと言わねばなるまい。

やれ征韓論を強硬に主張したとか、やれ西南戦争における不平士族の反乱の指導者であると、西郷に着せられた汚名の数々はそうした誤った史観の反映である。

それは左翼だけでなく右翼においても同様だった。その点は著書の見解には賛同する。

だが、鹿児島の人たちによる圧倒的な支持は当然のこととして、鹿児島出身者以外でも一般庶民のレベルにおいては、多くの一般人は一貫して西郷隆盛支持をつづけてきた。

だから、これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたわけだ。

本書はその最新の一冊である。


西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者にして実行者

著者は本書のなかで何度も強調しているように、西郷隆盛こそ明治維新「革命」の構想者であり、かつ実践者であったということだ。

(お雇い外国人キヨッソーネ筆になる西郷隆盛の肖像画)

もちろん、革命といっても、かつて左翼のいわゆる「進歩派」の歴史学者たちが主張していたブルジョア革命ではまったくない。革命の主体がブルジョワ階級(・・商工業の経営層である中上層市民)ではなく、下級武士であったからだ。

西郷がやり抜いたことは、下級武士階級による武士の身分そのものの解体という過激な内容であった。これは、ただ徳川幕府を倒しただけではなく、クーデターという非常手段であるとはいえ、鎌倉幕府開設以来つづいてきた日本封建制700年の歴史に完全に終止符を打った(!)のである。これを「革命」と言わずして何が革命か!

西郷隆盛という人物が百年に一人の逸材というよりも、日本史においては「千年に一人の人物」であったことを意味していると受け取るべきかもしれない。

「革命家としての西郷」が、「土地本位の地方分権制としての封建制」に終止符をうつ廃藩置県まで構想していたということ、そしてその実現によって革命家としての西郷の使命は終わったこと。これは重要なことだ。日本が生き残るため、当時の情勢では強力な中央政府が不可欠であるという思想に基づいたものだが、西郷自身は中央集権制の建設者になるつもりはなかったのだ。

廃藩置県以降の西郷はすでにその使命(=ミッション)を終えていたのであるが、残る問題は革命の推進力となった「革命軍」をもてあましたことにある。、これはフランス革命でも、中国革命でも、イラン・イスラーム革命でも、「革命は銃口から生まれる」(毛澤東)という点において共通する事情だ。

西郷には軍事指導者としての卓越したリーダーシップがあっても、政治を動かすマネジメント能力が不足していたのは否定できない奄美への島流しにあい、投獄もされ、その間の約4年半に政治的実践の場からは遠ざけられていたからだ。学問や胆力を積むことはできたが、この4年半の損失は政治家にとってはじつに痛かった。

だが重要なことは、生涯において一度たりとも攘夷主義者ではなかったという点。その点が、科学技術による開国を主張していた佐久間象山を尊敬し、その流れにある勝海舟とも気脈をつうじあえた所以である。吉田松陰の流れをくむファナティックな攘夷主義者との大きな相違点だ。

そして福澤諭吉の『文明論之概略』を愛読し大いに評価していたこと。福澤諭吉が西南戦争に際して西郷隆盛を政府の横暴に対する抵抗であると弁護したことは、たとえ会ったことはなくても、両者が互いにリスペクトしあっていたことを物語るものだ。


日本近代政治史における西郷隆盛という存在

本書にかんしては、引用文に現代語をつけないのは、幕末の志士たちの息遣いがそのまま伝わってくるのが利点ではあるが、漢語の教養の乏しい現代の一般人にはやや厳しいかもしれない。

また最後の最後まで本書で不満に思ったのは、ではその政治構想がいかなるところから西郷に生まれたのかという点が不問に付されていることである。著者が政治史を専門とし、思想史は専門外であるためだろう。

「打てば響く」という大器の西郷を描くのはきわめて難しい。あまりにも人物が大きすぎるためだ。これまでじつに多くの人が西郷隆盛について書いてきたが、これからもまだまだ多くの人が書き続けていくことでであろう。

本書は、もっぱら西郷の視点で描いた幕末から明治維新にかけての13年間の政治史であり、壮年期のほとんどを「革命」に身をささげた西郷隆盛へのオマージュである。

熱い思いのこもった一冊である。


(西郷隆盛終焉の地とされる城山の洞窟 筆者撮影)


PS 西郷隆盛の終焉(1877年9月24日)

本日(2013年9月24日)は、奇しくも西郷隆盛が西南戦争最後の激戦地となった城山で没したした日である。

いまから126年まえの1877年(明治10年)のことであった。「もう、ここらでよか」という一言を残して部下に首をはねさせたのであった。享年51歳。

明治6年に新暦(グレゴリオ暦)が導入されていたので、まさにきょうこの日が西郷隆盛の命日にあたる。合掌。




目 次

はじめに
第1章 「攘夷」なき「尊王」論者
 1. 西郷登場のタイミング
 2. 「外圧」と挙国一致
第2章 安政の大獄と西郷隆盛
 1. 先達の挫折と西郷の登場
 2. 西郷と「留守薩摩」
第3章 西郷の復権
 1. 流刑中の中央政治
 2. 幕府の復権と西郷の復活
 3. 「公儀輿論」か「武力倒幕」か
第4章 大名の「合従連衡」から藩兵の「合従連衡」へ
 1. 「薩土盟約」と「大政奉還」
 2. 「官軍」の形成と二院制
 3. 西郷隆盛の限界
第5章 「革命」の終了と政権復帰
 1. 議会制か御親兵か
 2. 西郷における「革命」の終了
第6章 廃藩置県後の西郷 終章 西郷の虚像と実像
 1. いわゆる征韓論
 2. 台湾出兵と西郷
終章 西郷の虚像と実像
おわりに


著者プロフィール

坂野潤治(ばんの・じゅんじ)
1937年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。文学修士。東京大学社会科学研究所教授、千葉大学法経学部教授を経て、東京大学名誉教授。専門は日本近代政治史。主な著書に、『近代日本の国家構想-1871~1936-』(岩波書店、吉野作造賞)、『日本憲政史』(東京大学出版会、角川源義賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(西郷隆盛終焉の地に建つ石碑 筆者撮影)


<関連サイト>

敬天愛人の原拠(田村貞雄 日本近代史)
・・西郷隆盛といえば「敬天愛人」。この「敬天愛人」の根拠は漢訳聖書にあるらしい。直接の典拠は、儒者でキリスト教徒であった中村正直にあるようだ。さらにさかのぼれば康煕帝の「敬天愛人」にある。福澤諭吉の『文明論之概略』を読み込んでた西郷隆盛ならありうる話だ



<ブログ内関連記事>

書評 『明治維新 1858 - 1881』(坂野潤治/大野健一、講談社現代新書、2010)-近代日本史だけでなく、発展途上国問題に関心のある人もぜひ何度も読み返したい本
・・著者による革命としての明治維新論。これもあわせて読むべき名著

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲)
・・壮年期の5年を離島への島流しのためフイにした西郷隆盛ならでこその名言

庄内平野と出羽三山への旅 (2) 酒田と鶴岡という二つの地方都市の個性
・・旧庄内藩士たちに与えた西郷隆盛の圧倒的な影響

書評 『封建制の文明史観-近代化をもたらした歴史の遺産-』(今谷明、PHP新書、2008)-「封建制」があったからこそ日本は近代化した!

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ

『雨夜譚(あまよがたり)-渋沢栄一自伝-』(長幸男校注、岩波文庫、1984)を購入してから30年目に読んでみた-"日本資本主義の父" ・渋沢栄一は現実主義者でありながら本質的に「革命家」であった
・・経済オンチの参議・西郷隆盛を、新政府の大蔵官僚として出仕した渋沢栄一がたしなめるシーンがある。西郷隆盛が政治的に封建制に終止符を打った「廃藩置県」だが、スムーズな実行を財政面から実現した立役者が渋沢栄一であったことは明記しておく必要がある

福澤諭吉の『文明論之概略』は、現代語訳でもいいから読むべき日本初の「文明論」だ

(2014年12月30日、2018年1月4日 情報追加)


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