2013年10月9日水曜日

「四谷怪談」のお岩さんゆかりの於岩稲荷田宮神社と於岩稲荷陽運寺に立ち寄ってみた(2013年10月8日)

 (四谷 於岩稲荷田宮神社正面)

「四谷怪談」ゆかりの於岩稲荷(おいわ・いなり)田宮神社と於岩稲荷陽運寺に立ち寄ってみた。

いずれも四谷の左門町にあって、しかもきわめて至近距離にある。四谷に用事があるので印刷版の道路地図を開いて眺めていたら、神社の鳥居マークとお岩稲荷という文字が目に入った。

「もしかして、あのお岩さん!?」と思って、ネット検索してみたら、やはり四谷怪談ゆかりのお岩さんゆかりのお稲荷さんであり、しかもすぐそばにはお岩さんゆかりのお寺もあることがわかった。

それぞれ於岩稲荷田宮神社と陽運寺。ともに稲荷社であり、後者は於岩霊堂でもある。

というわけで、四谷三丁目にいく用事のついでに、待ち合わせの30分前の時間を有効活用して於岩稲荷田宮神社と陽運寺に立ち寄ってみたわけだ。

秋晴れのいい天気の平日、午後の早い時間帯だったためか参拝者はどちらもまったくいなかった。もっとも両者ともに小さな敷地なので参拝者があふれるといった感じではない。

幹線道路からなかにはいった閑静な住宅街に突然あらわれるちょっと場違いな感もある赤い幟旗


(陽運寺から見た2つの於岩稲荷。手前は松竹・新橋演舞場奉納の幟旗)

まずは於岩稲荷田宮神社へ(・・一枚目の写真)。つぎに陽運寺へ(・・上掲の写真)。お岩さんだからこそ、「災い転じて福となす」の効験あらたかなものがあるはずだと期待する。逆転の発想だ。悪縁を断ち、良縁を結ぶ。

もともとお岩さんと四谷怪談はまったくなんの関係もなかったのだそうだ。この経緯にかんしてはブログに詳細に書かれている方々がいるので、細かい話はそちらをご覧いただくこととしよう。四谷 於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)二つのお岩稲荷 -四谷 「田宮神社」 と 「陽運寺」 などご参照いただきたい。

地図でお岩稲荷を発見してからしばらくたって突然(!)思い出したのは、中沢新一の『アースダイバー』の記述である。四谷の地形にかんしての記述である。

四谷は断崖の地形で、断崖の上と下とでは住人層が異なりお岩さんを主人公にした『東海道四谷怪談』の作者・鶴屋南北は江戸時代後期の人だが、「崖下の発想」でグロテスクな怪談噺をこしらえたのだ、と。崖の上下のコントラストは1960年代の高度成長時代まで、かなりはっきりしていたようだ。

アメリカでもアップタウン(uptown)とダウンタウン(downtown)の違いがある。神戸はこのコントラストがはっきりしているが、坂の多い東京もまた同じである。下町(=ダウンタウン)の住人がアップタウンの住人を見る視線は理解できなくはない。

『アースダイバー』を引っぱりだして確認してみたら、「第2章 湿った土地と乾いた土地 新宿~四谷」にその記述があった。於岩稲荷田宮神社は高台の乾いた土地に、怪談の舞台は湿った低い土地から生まれたものなのだとある。

もともとは円満で幸せな人生を送った武士の妻であった田宮家のお岩、その200年後に鶴屋南北がイマジネーションの限りをつくして創作したのが怪談のお岩。この二人にはまったくなんの関係もなかったのだが、鶴屋南北以後はすっかりイメージが固定化してしまったのである。

歌舞伎はもともと河原者の芸術で江戸時代でもまだまだその性格は濃厚だったこと、座付作者の鶴屋南北もまた同様、崖下の湿地帯から崖上を見上げる視線が感じられると言われれば、なるほどそういうものかとつよい印象が読後も残っていたというわけだ。

(四谷 於岩稲荷田宮神社 境内にあるお稲荷様)

もともとは田宮家の敷地内に稲荷社を勧請してできたのが於岩稲荷田宮神社。その霊験でお家再興がかなった田宮家にあやかろうと、家内安全。無病息災、商売繁盛、災難除けにご利益ありと、江戸の庶民信仰の対象になって繁盛したのだそうだ。

『東海道四谷怪談』の大ヒット以降は、祟りを避けるために役者の参拝が盛んになり、芸道上達祈願のため芸能関係者の参拝も盛んになったのだという。

「東海道四谷怪談」を手掛けては天下一品といわれた市川左団次から、「四谷まで毎度出かけていくのでは遠すぎる」というリクエストがあり、明治時代になってから移転したという。現在の中央区新川にある於岩稲荷田宮神社であり、このため於岩稲荷田宮神社は2つあるのである。


(於岩稲荷陽運寺正面)

狭い路地をはさんではす向かいにある於岩稲荷陽運寺は、ウェブサイトには「正しい縁切り・縁結び祈願の寺」とうたってある。日蓮宗の寺院で昭和のはじめ頃の建立だという。

歌舞伎興行の際には安全と成功を願って役者等関係者が必ず参拝に訪れるそうだ。じっさい陽運寺には、歌舞伎興行会社である松竹(株)新橋演舞場が奉納した幟旗がたなびいていた(上掲の写真参照)。

(於岩稲荷陽運寺 境内にあるお稲荷様)

繰り返しいうが、怪談のお岩さんは、あくまでもエンターテインメントの世界であって、実在のお岩さんとはなんの関係もないのである。といっても、もはや一般人のイメジネーションのなかにすっかり固定化しているので区分するのは困難であろう。

怪談噺からみの怖いもの見たさというよりも、悪縁を断ち良縁を結び、商売繁盛などなどの現世利益を祈願するために、このふたつのお岩さん関連の神社とお寺を参拝してみるのもいかもしれない。

東京メトロの四谷三丁目駅からJR信濃町駅までつづく外苑東通の左側をちょっとなかに入ったところにあるので、散歩しているあいだに出会うというわけにはいかない。あらかじめ場所は確かめておいたほうがよいだろう。






<関連サイト>

四谷 於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)
・・四谷のものがそもそもの於岩稲荷田宮神社

縁結び お岩さまの寺 陽運寺のホームページへようこそ
・・悪縁を切り良縁を結ぶ

四谷 於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)
二つのお岩稲荷 -四谷 「田宮神社」 と 「陽運寺」 

四谷怪談(田中貢太郎) 青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/cards/000154/files/4485_11833.html


<ブログ内関連記事>

書評 『アースダイバー』(中沢新一、講談社、2005)-東京という土地の歴史を縄文時代からの堆積として重層的に読み解く試み
・・「第2章 湿った土地と乾いた土地 新宿~四谷」を参照。於岩稲荷田宮神社は高台の乾いた土地に、怪談の舞台は湿った低い土地にある。水、蛇、女といったイメージ連想。「第2章 湿った土地と乾いた土地 新宿~四谷」の中項目と小項目の、「湿地からの逆襲 四谷怪談」、「崖下のおそるべき想像力」、「名前の魔力 四谷怪談」、「縄文地理学と芝居の関係」という見出しでなんとなく想像がつくだろう

市川文学散歩 ②-真間手児奈(ままのてこな)ゆかりのを歩く
・・入水して死を選んだ万葉伝説の手児奈(てこな)もまた「水の女」

「聖徳記念絵画館」(東京・神宮外苑)にはじめていってみた(2013年9月12日)
・・東京メトロの四谷三丁目駅から南下するとJR信濃町駅。そこからさらに歩くと神宮外苑にあるのが聖徳(せいとく)記念絵画館

(2014年11月3日 情報追加)


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