「改革」は、「成果」がでるまでに時間がかかるものだ。
こんなことを言うのは、「FACTA 2014年1月 SPECIAL ISSUE 「シュレーダー前ドイツ首相講演と討論会 特別号」という小冊子を読んだからだ。
昨年(2013年)12月4日に開催された「シュレーダー元ドイツ首相の講演会と討論会」は、申し込んだものの残念ながら抽選ではずれたため参加できなかった。
そのかわり送付してもらったのが、当日の講演会の記事と、関連記事をあわせて「特別版」と題して抜き刷りとしてまとめられた小冊子。一昨日入手して、さっそく目を通してみた。
2003年に打ち出されたドイツの「シュレーダー改革」については、日本ではどれだけ注目されていたかわからないし、現首相のアンゲラ・メルケル以前のドイツの首相がだれだったか覚えている人はあまり多くないかもしれない。
シュレーダー氏が首相に選出された1998年当時のドイツは、いまからはまったく信じられないが「欧州の病人」(!)だったのだ。1990年の「ドイツ再統一」から8年、東西それぞれの通貨ドイツマルクの等価交換や旧東ドイツへの底なしの財政投入など、さまざまな要因によって国家財政が悪化していた。まさに、現在の日本のような状態であったのだ。
そのドイツがいまや「欧州の優等生」(!)に変身。その理由はなぜか?
その理由は、シュレーダー氏が2003年に打ち出した「アゲンダ2010」にある。ドイツ語のアゲンダ(Agenda)は英語読みすれば「アジェンダ」である。
「アゲンダ2010」とは、2010年までにドイツをふたたび欧州最強のポジションに回復させるという国家ビジョンであり、政治決断によりトップダウンで打ち出されたものである。
その柱は、労働市場改革と社会保障改革という「雇用改革」。もう一つの柱は、「税制改革」。前者の雇用改革は解雇規制の緩和による人件費抑制、後者の税制改革はキャピタルゲイン課税廃止による株式持ち合い解消。この二本柱によって、リストラを容易にし企業競争力強化を図った。
企業統治(コーポレート・ガバナンス)の改革は経営者らは歓迎されたが、「痛みをともなう改革」は自分が所属する政党内でも、さらには国民からあまりにも不評で総選挙では敗退、改革の成果を見ることなく2005年にはシュレーダー氏は議員辞職して政界を去ることになる。シュレーダー氏はドイツの将来のため、自分の政治生命を犠牲にしたわけだ。並みの政治家にできることではない。「変革リーダー」そのものである。
当初の見通し通り2010年には「改革」の「成果」が現れ、ドイツは EU(欧州連合) の唯一無二の勝ち組といってもいい状態になった。いまや財政赤字どころか、2016年には財政黒字を達成見込み(!)だという。まったくもって驚きだ。
SPD(社会民主党)のシュレーダー氏が首相のときに播いたタネが、CDU(ドイツキリスト教民主同盟)のメルケル首相の時代に収穫の時期を迎えたということだ。政党は異なっても改革路線をうけついだのは、英国保守党のサッチャー元首相と労働党のブレア元首相の関係にも似ている。
明確で明快なビジョンを打ち出し、「改革」は「成果」がでるまでに時間がかかることを前提に、「痛みをともなう改革」をやりぬいたということ。たとえ、自分の在任中に「成果」を見ることができなくても、将来のために必要な改革は断行しなくてはならないのだ。
ドイツの「シュレーダー改革」は英国の「サッチャー改革」ほど有名ではないが、アタマのなかにいれておいたほうがいい。ドイツはすでにかつてのような「ライン型資本主義」ではない。
「●●に学べ」という教訓は好きではないが、なぜ英国やドイツにできて日本にできないのだ(!?)という疑問はもってしかるべきだと思うのである。
「改革」にかんしては、政治のリーダーシップと経営のリーダーシップには、共通点がある。「改革」は「成果」がでるまでに時間がかかることを念頭においた、ある意味では自己犠牲の精神が求められるのである。
「FACTA 2014年1月 SPECIAL ISSUE」 目次
アベノミクスにドイツの教訓(シュレーダー元ドイツ首相 講演会記録)
「屋台骨」中小企業の資本増強
企業統治コードで成長に弾み
トップダウンで改革断行(パネル・ディスカッション記録)
LABYRINTH 「日本版シュレーダー改革」
アベノミクスに「第四の矢」-税制改革で株式持合解消
ドイツ「優等生復活」の原点は雇用改革(熊谷徹)
安部版雇用改革は「官より始めよ」(高橋洋一)
LABYRINTH 「シュレーダー改革 第二弾」
規制改革会議が「手本」にすべきドイツ
国を壊し党を「ぶっ壊した」風雲児(熊谷徹)
メルケル「大連立」にユーロ懐疑派不穏(カーステン・ゲアミス)
LABYRINTH 「シュレーダー改革 第三弾」
「資本の硬直」を企業制度改革で流動化
改革で「貧富の格差拡大」批判は筋違い(ミヒャエル・ヒューター)
日本応用は「無限定正社員」に斬り込め(鶴光太郎)
メルケル「大連立」の妥協は改革に影落とす
脱原発「時の人」二人の意気投合
(参考資料) 「シュレーダー元ドイツ首相の講演会と討論会」(2013年12月4日) http://www.creative-net.co.jp/facta-conference/
日本のみならず、世界の輿望を担うアベノミクスは、デフレ脱却のモデルとして、もはや失敗が許されない段階に来ました。9月25日、訪米中の安倍晋三総理はニューヨーク証券取引所でスピーチに臨み、映画『ウォールストリート』の台詞Buy mybookをもじって、Buy my Abenomicsと言って満場を沸かせました。しかし日本で報じられなかったのは、その後の会見で米人記者が最初に発した質問でした。「アベノミクス第三の矢は成長戦略だというが、日本はコーポレート・ガバナンス(企業統治)に問題があるのではないか」。まさにGood Questionです。
その答えはどこにあるでしょうか。おそらくウォール街でも、ロンドンの金融街シティーでもなく、ベルリンかもしれないと我々は考えました。日本と同じ敗戦国、米国の支援のもとで戦後、経済大国をつくりあげ、1990年代に大きな国難に直面したところまで、日独は双子のようでした。日本はバブル崩壊、ドイツは東西統合という試練の時を潜ったのち、残念ながら日本は停滞が続き、他方でドイツは失業率を半減させ、漂流を続けるユーロ圏最強の繁栄を謳歌しています。
その分かれ目は1998-2005年に社会民主党・緑の党の連立政権を率いたゲアハルト・シュレーダー前首相のもとでの大改革にあったと考えます。この9月にアンゲラ・メルケル政権が総選挙で勝利したのも前政権の改革のおかげと明言しているように、雇用・税制・企業制度全般にわたる大改革は、ドイツ企業の収益性を大幅に改善し、国際競争力を回復させました。そのシュレーダー氏を日本に呼び、ご本人から直にアドバイスをいただいて、これからの日本の成長戦略に、場当たりでなく一貫した青写真を描くチャンスをつくりたいと考えました。
月刊FACTAは日本経済新聞社の後援で、シュレーダー氏の講演と氏を交えた討論会を企画し、下記の要領で12月4日に開催致します。上記の趣旨にご関心を持たれるみなさまのご来臨を心よりお待ち申し上げております。
PS 特集号に記事が再録されている熊谷徹氏のシュレーダー元首相にかんする新著が2014年4月に出版されたので紹介しておこう。(2014年4月23日 記す)
『ドイツ中興の祖ゲアハルト・シュレーダー』(熊谷徹、日経BP社、2014)
目 次
第1章 戦後最大の社会保障改革
第2章 極貧家庭から首相に
第3章 「欧州の病人」ドイツ
第4章 「アゲンダ2010」はドイツをどう変えたか
第5章 「欧州の病人」が、「欧州の機関車」に
第6章 労働コストの抑制
第7章 「アゲンダ2010」の光と影
第8章 シュレーダーの黄昏
第9章 国論を二分する「アゲンダ2010」
第10章 ドイツ人と社会市場経済
第11章 日本とドイツ
<関連サイト>
ゲアハルト・シュレーダー (wikipedia情報)
・・「アゲンダ2010」の説明もある
FACTA Online (編集長:阿部重人。既存メディアの報道だけでは満足できない、情報感度の高いリーダー向けの総合誌)
「脱原発」(ゲアハルト・シュレーダー前ドイツ首相) (47NEWS 特別連載 3-11文明を問う 大型国際インタビュー企画)
・・ドイツの「脱原発」政策も、福島原発事故直後にメルケル首相が決断したという印象がつよいが、そもそも2000年に当時のシュレーダー首相が打ち出した政策であることは確認しておいたほうがいい。シュレーダー氏は、産業界の激しい抵抗を押し切って2020年までに「脱原発」することを決定した
南欧諸国に必要なのは「シュレーダー改革」だ-ドイツの経常黒字に改めて批判の声 (熊谷 徹、日経ビジンスオンライン 2013年12月5日)
ドイツの財政黒字達成は、なぜ批判されるのか (熊谷 徹、日経ビジンスオンライン、2014年10月23日)
書評 『イラク建国-「不可能な国家」の原点-』(阿部重夫、中公新書、2004)-「人工口国家」イラクもまた大英帝国の「負の遺産」
・・FACTA編集長の阿部重人氏の在英中の研究をまとめたもの。FACTA創刊によりこの研究は中断しているのが残念
■「再統一」後の現代ドイツ
書評 『ユーロ破綻-そしてドイツだけが残った-』(竹森俊平、日経プレミアシリーズ、2012)-ユーロ存続か崩壊か? すべてはドイツにかかっている
書評 『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力40年戦争の真実-』(熊谷 徹、日経BP社、2012)-なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?
書評 『国家債務危機-ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2011)-公的債務問題による欧州金融危機は対岸の火事ではない!
ベルリンの壁崩壊から20年-ドイツにとってこの20年は何であったのか?
書評 『あっぱれ技術大国ドイツ』(熊谷徹=絵と文、新潮文庫、2011) -「技術大国」ドイツの秘密を解き明かす好著
書評 『ブーメラン-欧州から恐慌が返ってくる-』(マイケル・ルイス、東江一紀訳、文藝春秋社、2012)-欧州「メルトダウン・ツアー」で知る「欧州比較国民性論」とその教訓
・・ドイツの金融界がアングロサクソン型に舵を切ったことが活写されている。その転換がもたらした問題も含めて「ルールを偏愛するがゆえの脇の甘さ」という指摘も鋭い
■「変革」のリーダーシップ
「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)でリーダーシップの真髄に開眼せよ!-ケネディースクール(行政大学院)のハイフェッツ教授の真剣授業
■サッチャー改革
映画 『マーガレット・サッチャー-鉄の女の涙-』(The Iron Lady Never Compromise)を見てきた
(2022年12月23日発売の拙著です)
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