日本でもっとも有名なスリランカ人といえば、かつては英会話のウィッキーさんだったが、いまではスリランカ初期仏教のスマナサーラ長老かもしれない。
法話を活字化した書籍が次から次へと出版され続けており、既成仏教に飽き足らない人だけでなく、仏教徒としての自覚の薄い日本人にもスマナサーラ長老の名前が知られるようになってきたようだ。
スマナサーラ長老の本は、法話をもとにしたものが大半なので、似たような内容のものが多いのが難点。だが、今回の新刊はちょっと毛色の違うような印象なので、さっそく購入して読んでみた。本を買うのも寄進というか、お布施のようなものである。
今回の法話は、『日本の未来』というお題だ。だが、いきなりカウンターかましてくれるというか、思い込みというハシゴを外してくれのは、ある意味では痛快だ。仏教では「未来」など考えない、仏教は「いま」を重視するのだ、と。
時間についての仏教の考え方はまさにそのとおりで、「いまという瞬間」の連続が時間なのであって、「いま」以外にはリアリティはないのである。「過去」も「未来」もあくまでも実体ではなく、アタマのなかの観念にすぎないのである。もちろん、「過去」については、さまざまな形で痕跡として残るのであるが。
「未来」について考えないのは、「未来」を憂えても意味がないからだ。人間はあくまでも「いま」を生きるべきであって、将来を思い煩っても無意味である。「無憂」であるためには「いま」を真剣に生きるべきなのだ。
とはいえ、重要なアドバイスがちりばめられた本なので、読めばポジティブなマインドセットになるのは間違いない。日本では仏教というと葬式を連想するだろうが、そもそも仏教は宗教というよりも「ものの考え方」なのである。哲学といってもいいのだ。
たとえば、こんな発言がある。(*太字ゴチックは引用者=さとう)
皆、仲よく楽しく競争して儲かる商売は仏教的な経済であるといえます。そこに怒り憎しみはないのです。ライバル会社をつぶす気持ちもありません。アイデアがない、人に喜びを与えない人の商売が衰退しても、それはその人の責任です。からくりをしくんでライバル会社をだめにすることは悪行為です。(P.103)
仏教的な答えは、「いつだって新しいアイデアが生き延びる秘訣」です。古いアイデア、保守的なアイデアでは自然に死滅していきます。生き延びたければつねに新しいアイデアを作る必要があるのです。世界はつねに変わるのですから、それに合わせていくのです。(P.105)
平易な表現で語っているが、よくかみしめて読むべきだろう。怒りと憎しみを持たないこと、世の中はつねに「無常」であり、瞬間瞬間に変転していることなど、仏教の根本にある「ものの考え方」である。もともと仏教はブッダの時代から商行為とは相性がいいのだ。
現代社会についての話なので、スマナサーラ長老の故郷スリランカについての言及も少なくない。スリランカはインドでは死滅した初期仏教が生き残っている土地である(・・現在のインド仏教は20世紀に復活させた「新仏教」である)。
スリランカは長きにわたって仏教徒の多数派シンハリ人と少数派のタミール人とのあいだで激しい憎しみから生まれたテロが続いていたのだが、その調停者として国連から派遣された明石康氏をめぐるエピソードが面白い(P.139)。国連の西欧的な価値観の持ち主の明石氏は最初はスリランカで嫌われていたのだという。
本書は、スリランカからみれば日本そう見えるのかという新鮮な思いがする内容だが、こちらからみれば親日の仏教国スリランカはすっかり中国に取り込まれてしまったのだなあ、という印象も受ける。「皆、仲よく」が仏教のあり方であるとはいえ、その点は素直に受け取る気にはならない。まあスリランカ人は思っている以上にしたたかなのかもしれないが。
「対機説法」という表現もあるように、同じ教えを説くのであっても相手によって説法のやり方を変えるのが仏教の説法のあり方だが、本書のような不特定多数を対象にした書籍であると、説法の内容のすべてに賛同するわけにはいかないのは当然といえば当然のことなのだ。
日本仏教が現代社会に生きる日本人にとってリアリティのある方向性を示してくれないのは困ったことだ。「いま」という現在この瞬間に生きる人間の心に響かないのであれば意味はない。
その点、スマナサーラ長老はつねに現実的な観点からの本来のブッダの道を説いているのが特色だ。平易に語っているが、教えの内容は思ったよりも深い。難解な漢字の仏教要語に煩わされることなく、本来の仏教のあり方を知ることができる法話である。
いままで仏教遠ざけてきた人も、実践的な教えとして一度は目を通してみるといいだろう。「日本の未来」というテーマは、そのためには取っつきやすいものであるはずだ。
目 次
はじめに
第1部 仏教の智慧で見る日本の行く先
第1章 未来を創る「今」が大事
第2章 現代日本の問題を乗り越える
第3章 日本の資質と可能性
第2部 日本の未来への問いと長老の答え
内容紹介
●開発において重要なことは、破壊をできるだけ小さく抑えた開発で作り進む 「穏やかな輪廻転生のサイクル」。
●日本が諸外国と仲よくするために必要な外交術は、 柔軟性と誠実さ、そして、いつでも自己判断して対処する能力。
●中国に対しては、「歴史ある先輩方」という姿勢で接すれば、 よい関係を築ける。
●TPPに参加しても、参加しなくても、 生き延びる秘訣はいつだって「新しいアイデア」。
●ライバル会社をつぶそうとは考えず、みんなが仲よく楽しく競争して儲かる商売は「仏教的な経済」。
●東京オリンピックは、日本が開催国として抜群の手腕を世界中にアピールする絶好のチャンス。
●本当の「おもてなし」とは「お互いの壁が消えること」。
●どんな政治システムであっても、正しいやり方をすれば、国民は幸せになれる。
●若者はもっとふざけて、遊んで、ハチャメチャやろう。はしゃぐチャンスがあれば、自殺なんかするわけがない。
著者プロフィール
アルボムッレ・スマナサーラ(Alubomulle Sumanasara)
スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老。1945年4月、スリランカ生まれ。13歳で出家得度。国立ケラニヤ大学で仏教哲学の教鞭をとったのち、1980年に国費留学生として来日。駒澤大学大学院博士課程で道元の思想を研究。現在は(宗)日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事。メディア出演や全国での講演活動をつづけている。著書に『ブッダの実践心理学』(藤本晃氏との共著)『怒らないこと』『怒らないこと2』『怒らない練習』『ブッダの聖地』(以上、サンガ)、『心がスーッとなるブッダの言葉』(成美堂出版)、『不安を鎮めるブッダの言葉』(朝日新聞出版)など多数ある。
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