2014年9月8日月曜日

すでに「亜熱帯」化している日本でデング熱が流行したのは不思議でも何でもない-東南アジアのライフスタイルに学び、かつての日本人の知恵も活用せよ!


ここのところ毎日のようにデング熱の話ばかりニュースでやっている。2014年8月に東京の代々木公園が発生源とされるデング熱だが、発症が東京だけでなく日本全国に飛び火しているからだ。

日本でのデング熱の大感染は70年ぶりとされているので、報道各社もニュースバリューが高いと判断しているのであろう。正確にいうと、前回の流行は1942年なのでいまから72年前の戦時中のことになる。日本では1万人以上の死者(?)を出したという。

だが、いま東南アジアに住んでいる人や、かつて住んだことのある人にとっては、それほど驚くべき話題でもない亜熱帯の東南アジアでは、デング熱の話題はあまりにも日常的なものだ。日本人が騒ぎすぎなのではないか?

わたしもタイのバンコクに住んでいたほかに、ブルネイを除く東南アジア全域にはかなり訪れているのだが、幸いなことにデング熱にはかからないで済んできた。知り合いにはデング熱にかかったという人もいる。

デング熱が流行するのは、日本の夏が酷暑になっていることも関係があるだろう。温暖化によって気温が上昇しているため蚊が生息しやすいのである。

8月の日本が酷暑なのである。明治時代に来日した西欧人の白人には耐えられないので、避暑のために軽井沢を開発したことは有名だ。英国の植民地であったインドのアッサムやセイロン(=スリランカ)のヌワラ・エリヤといった高地(ハイランド)は避暑地であるとともにお茶の栽培地でもある。

8月の日本を酷暑と感じるのは白人だけではない東南アジアからみても、8月の日本は暑すぎる。すくなくともバンコクにかんしていえば、3月後半から4月前半が酷暑である。タイの正月であるソンクラーン(=水かけ祭)から雨期に入り、酷暑はやわらぐので、8月は酷暑ではない。一雨あると空気が冷えるので、8月は死ぬほど暑くはないのだ。

その酷暑の8月がさらに酷暑化しているのは地球温暖化と関係がある。気温上昇にともなって、デング熱を媒介する蚊の生息域が拡大していることも、今回のデング熱騒動と関係がある。

だから、日本でデング熱が流行したのは感染源の問題だけではなく、気温が上昇していることが根本原因と考えるべきだ。これだけ多くの人が往来している以上、感染症を媒介する蚊もいっしょに持ち込まれていたとしても不思議ではないし、感染している人もそれと気づかずに入国していることも少なくないはずだ。

ことし2014年の話題といえば、梅雨はすでに終わっているのに全国各地で洪水被害をもたらしている大雨もまたそうである。広島の大規模な土砂崩れでは多数の死者がでているが、大雨の原因は海水温度上昇によるものだという。海水温度上昇のため、北海道ではサケの水揚げが減少しているというニュースもある。

気温の上昇に海水温の上昇。この二つの現象から思うのは、日本はもはや「温帯」ではなく「亜熱帯」なのではないか、ということだ。



ふと思い出して、本棚から『ニッポン「亜熱帯」化宣言-そしてグローバル・ウイルスが逆襲する-』(藤田紘一郎、中公新書ラクレ、2003)という本を取り出してパラパラとページをめくってみた。「亜熱帯」というコンセプトを打ち出した先駆的な一般啓蒙書である。

すでに一度通読はしていたが、詳細については忘れているので、デング熱についての記述を探してみると、デング熱そのものは章立てはしていないが、やはり蚊が媒介するウイルスとしてさまざまに言及されている。デング熱流行は、「亜熱帯」化現象の一つに過ぎないのである。

この本は、正式には重症急性呼吸器症候群というSARS(サーズ)大流行のあと。2003年に出版されたものだ。寄生虫研究で有名だが、熱帯医学が専門の藤田博士は、日本でマラリアやデング熱の大流行が起こるかもしれないと2003年時点で予想している。

「ついに来るものが来たのだ」と捉えるべきだろう。気温上昇によって東南アジアの感染症が北上する危険については専門家はかなり以前から警告されてきたのだが、それがいま「見える化」されてきたということなのだ。


日本では、戦時中は大東亜共栄圏の名のもと、南方(・・現在の東南アジア)まで軍を進めて、多数の皇軍兵士たちが東南アジア体験をしたわけだが、南方に展開しながら熱帯医学の専門家の少なかった日本軍は、大量の白人捕虜を亜熱帯特有の感染症で死なせてしまったという事実を直視すべきだ。捕虜虐待の実態は、強制労働よりも、衛生環境の悪い状態であったことも大きい。

東南アジア医との往来がふたたび活発化した現在でも、熱帯医学の専門家は日本では多くないのがが大きな問題である。黄熱病研究のさなかに命を落とした野口英世博士という先駆者もいたのだが。

(野口英世博士像 上野公園にて筆者撮影)

デング熱はあくまでもグローバル・ウイルスの一つに過ぎない。気温上昇が日本を「亜熱帯」化している現在、デング熱だけでなく、マラリアも、西ナイル熱も日本でアウトブレイクする可能性は低くはないのである。

『ニッポン「亜熱帯」化宣言』の第2部は「清潔志向×温暖化=日本滅亡?」、第3部は「グローバル化の中の無防備国家」と題されており、無菌状態でひ弱になった日本人の脆弱性に警告を発している。『ニッポン「亜熱帯」化宣言』は、現在は「品切重版未定」状態だが、出版社は改訂版を出版するべきだろう。

(世界各地の蚊について実体験から語った椎名誠の『蚊学ノ書』

いくらデング熱を媒介する蚊を退治しようとしても根絶など不可能である以上、当面の対策としては、東南アジアのライフスタイルに学ぶべきではないだろうか。長袖シャツを着て長ズボンをはく、水たまりには近づかない、蚊取り線香を焚いて蚊帳(かや)をつるなどの対策が必要だろう。

蚊帳というと、モスキート・ネット(mosquito net)として現在アフリカ諸国に普及しているが、かつては日本でもあたりまえのように使われていたものだ。なんとデング熱とは比較にならないほど重症をもたらす「日本脳炎」という蚊が媒介する感染症があったのだ! 高熱で子どもの脳がやられてしまう恐ろしい病気である。

「たらちねの 母がつりたる 青蚊帳を すがしといねつ たるみたれども」 (長塚節)という有名な歌があるが、わたしもこどもの頃は蚊帳はあたりまえであった。東南アジアのライフスタイルに学びつつ、かつての日本人のライフスタイルもふたたび復活すべきだろう。ワンタッチタイプの便利な蚊帳が現在では入手可能である

差し迫っている「いま、そこにある危険」への対応は、待ったなしというべきではないだろうか?





目 次

序 コレラが街にやってくる
 「グローバル・ウイルス」が日本を襲う
 コレラが眠りを覚ますとき
 暴発する感染症
第1部 亜熱帯ジャパンの風景
第2部 清潔志向×温暖化=日本滅亡?
 1章 ひ弱な無菌国家日本
 2章 加速する高熱ストレス社会
第3部 グローバル化の中の無防備国家
 1章 新型肺炎SARSの出現
 2章 生態系破たんと「グローバル・ウイルス」
 3章 民族大移動と感染症
 4章 地球温暖化からアウトブレークへ
おわりに


著者プロフィール

藤田紘一郎(ふじた・こういちろう)
1939年旧満州生まれ。東京医科歯科大学大学院教授。東京医科歯科大学医学部卒、東京大学医学系大学院博士課程修了。専門は寄生虫学、熱帯医学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

デング熱、温暖化で世界的に感染拡大の恐れ ウイルス運ぶ蚊の生息域が日本列島を北上 (ハフィントンポスト、2014年9月11日)

70年ぶりのデング熱日本国内発症、 マレーシアでは患者急増など世界的な脅威に 世界25億人の感染リスクでワクチン開発の競争も激化 (JBPress、2014年9月11日)
・・比較的まともな記事。地球温暖化で蚊の生息域が拡大していることにも言及

日本だけじゃない! 「デング熱」が世界規模で拡大する理由は? (医学博士 大西睦子のそれって本当? 食・医療・健康のナゾ)(Nikkei Trendy、2014年9月12日)
・・地球温暖化が世界的流行の理由であることが指摘されている。リンク早希情報も有用

致死率30%の新興ウイルスが日本に定着している! 長崎大学 熱帯医学研究所 新興感染症学(6) (川端裕人、日経ビジネスオンライン、2014年9月9日)

デング熱の比でない虫による感染症が上陸! ~「対昆虫媒介感染症製品」が爆発的特需 (西川 りゅうじん、日経Bizアカデミー、2014年9月19日)



<ブログ内関連記事>

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・・南方に展開しながら熱帯医学の専門家の少なかった日本軍は、大量の白人捕虜を亜熱帯特有の感染症で死なせてしまったという事実を直視すべき。捕虜虐待の実態は強制労働よりも、衛生環境の悪い状態であったことも大きい

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・・南アジアや東南アジアにおける「無憂」とは、まずなによりも伝染病の心配のないことであった。西欧諸国によって植民地化されて苦難を味わった東南アジア諸国ではあるが、徹底的な公衆衛生や検疫体制によって感染症や伝染病を根絶すべく力を入れた植民政府のおかげで、かつてより生活は快適になっているのである

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・・先進国ではない東南アジアにも学ぶべきものは多い

「タイのあれこれ」 全26回+番外編 (随時増補中)

「ナマステ・インディア2010」(代々木公園)にいってきた & 東京ジャーミイ(="代々木上原のモスク")見学記
・・代々木公園では年間をつうじて、東南アジアやインド関連のイベントが多数開催されている。人や荷物、商品にまぎれてウイルスに感染した蚊がまぎれこんでいても不思議でも何でもない


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