社会学を専攻する大学院生が、みずからがバイク便ライダーとなって体験しながら聞き取りを行った成果である。いわゆる参与観察法に基づいた労働社会学ということになる。
この本が出版された当時の2006年、まさに就職氷河期といわれた「ロスジェネ世代」の労働問題が大きくクローズアップされていた。バイク便ライダーは基本的に20歳代の若者が多く従事しているので、「団塊ジュニア世代」(=1971年から1974年に生まれた世代)が労働市場に参入した時期の「ロスジェネ世代」(=1993年~2005年)に該当する。
帯には、「ロスジェネ、団塊ジュニアを食い尽くす悲劇の構造」とあるが、けっしてこれはブラック企業の話ではない。ブラックな経営者が意図して搾取したわけでない。置かれた状況から生み出された職場のさまざまなルールやにおける仕組みが、バイク便ライダーたちを「自己実現系ワーカホリック」に追い込んでいるという構造というか、メカニズムが自然とできあがっているのである。
「自己実現系ワーカホリック」という著者が提示したコンセプトが興味深い。好きなことを仕事にしていれば、たとえ端から見れば過酷と思える環境であっても本人はそんなことは意識もしないというのはよく観察されることだ。自分が好きでやっているのだから、他人からとやかく言われる筋合いはない、と。
だが、問題は「自己実現」と「ワーカホリック」そのものにあるのではない。安定的な職場なら問題はなくても(・・とはいっても燃え尽きてしまうケースも少なくないことに注意すべきだ)、不安的な職場で、不安定な職場環境においては、取り返しのつかない不慮の事故に巻き込まれた場合の労働者へのツケがきわめて大きなものであることなのだ。請負労働者にには労災は適用されない。
そしてこの構造は、ケアワーカーやシステムエンジニア(SE)など、若年労働者が従事するこおtの多い職場にも当てはまると著者はいう。テレビの製作現場や雑誌編集者などもこれに加えていいだろう。いずれも自発的に参加し「好き」を仕事にしたケースである。
団塊世代でも団塊ジュニア世代でもないが、比較的受験競争が厳しかった時代に生きてきたわたしは「素直で好戦的な世代」ではないが、競争状況になると無意識のうちに燃えてしまうので、このメカニズムはよく理解できる。のめり込んでしまうというやつだ。
本書は、社会学や人類学の方法論としてはよく知られている「参与観察法」によるフィールドワークのたまものである。
観察者という自分の存在が、観察対象である相手に与えてしまう影響も織り込んだ上で行われた調査である。客観的な冷めた姿勢を保ちつつ、みずからも主観的に行為者として参加するという姿勢。著者は、このフィールドワークを行うにあたって、公表を前提にバイク便ライダーたちとの会話を記録していえる。
処方箋にかんしては留保したいが、バイク便ライダーの実態の描写と分析そのものは面白い。出版社が売ろうとする趣旨は、帯に書かれたキャッチコピーに「食い尽くす」や「悲劇」といったドギツイ表現に現れているが、読者はかならずしもこの路線にに同意する必要はない。
だが、もっとバイク便ライダーとしての著者自身の体験も盛り込んで書いてもらったほうが「物語」としての面白さもあったのではないかな、と。なんせ大半の読者にとっては、路上で目撃することはあっても、みずから体験することのないのがバイク便ライダーの世界だからだ
短いのでささっと読めてしまう本なので、先回りせずに最初のページから読んでみるといい。本書は著者自身は書いていないが、「意図せざる結果」のケーススタディにもなっている。
目 次
はじめに
第1章 いま、若者の職場があぶない!
自己実現系ワーカホリックの時代
ワーカホリックが不安定就業と結びつくとき
不安定な仕事に就く若者の増加
「極限型」としてのバイク便ライダー
「負け組」が支えるベンチャー企業
バイク便ライダーの仲間たち
第2章 仕事にはまるライダーたち
1. 二種類のライダーたち-時給ライダーと歩合ライダー
2. ミリオンライダー
3. 時給ライダー
4. 歩合ライダー
第3章 終わりは突然やってくる
1. 時給から歩合へ-ワーカホリックへ向かうライダーたち
2. あるライダーの変化
3. 「自己実現系ワーカホリック」の副作用
4. ライダーズ・ハイ
第4章 職場のトリック
1. ワーカホリックのからくり
2. 職場のトリック ① コーチのトリック
3. 職場のトリック ② 制服のトリック
4. 職場のトリック ③ 安定雇用のトリック
5. 誰のトリック?
最終章 目覚めよ!雑草世代-リスク管理と連帯
1. 職場の誘惑に抗するために-処方箋の提示
2. 素直で好戦的な世代
3. 僕らの弱さを強さに変えて
4. バイク便ライダーたちへ
おわりに
調査法についての補足
参考文献
謝辞
著者プロフィール
阿部真大 (あべ・まさひろ)
1976年生まれ。岐阜県岐阜市出身。東京大学大学院後期博士課程在籍。専攻は労働社会学・家族社会学・社会調査論。大学休学中のバイク便ライダー体験をもとに、団塊ジュニア世代が直面する労働・雇用問題を、社会学的な知見を駆使して考察した本書がデビュー作となる。本書執筆後、ケアワーカーの労働実態を調査。(出版社サイトより)
<ブログ内関連記事>
書評 『仕事漂流-就職氷河期世代の「働き方」-』(稲泉 連、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-「キャリア構築は自分で行うという価値観」への転換期の若者たちを描いた中身の濃いノンフィクション
書評 『キャリア教育のウソ』(児美川孝一郎、ちくまプリマー新書、2013)-キャリアは自分のアタマで考えて自分でデザインしていくもの
書評 『失われた場を探して-ロストジェネレーションの社会学-』(メアリー・ブリントン、池村千秋訳、NTT出版、2008)-ロスジェネ世代が置かれた状況を社会学的に分析
・・帰属する安定的な職場が失われた世代
働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)
・・たとえ安定的な職場の正社員であっても、「自己実現系ワーカホリック」は、いつかは燃え尽きる
■参与観察法
書評 『村から工場へ-東南アジア女性の近代化経験-』(平井京之介、NTT出版、2011)-タイ北部の工業団地でのフィールドワークの記録が面白い
書評 『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中島岳志、中公新書ラクレ、2002)-フィールドワークによる現代インドの「草の根ナショナリズム」調査の記録
マンガ 『アル中病棟(失踪日記2)』(吾妻ひでお、イーストプレス、2013)は、図らずもアル中病棟で参与観察型のフィールドワークを行うことになったマンガ家によるノンフィクション
■意図せざる結果
「意図せざる結果」という認識をつねに考慮に入れておくことが必要だ
書評 『『薔薇族』編集長』(伊藤文学、幻冬舎アウトロー文庫、2006)-意図せざる「社会起業家」による「市場発見」と「市場創造」の回想録
・・ビジネスモデルとして意図したわけではないが成立したビジネス
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