2014年11月5日水曜日

書評『驕れる白人と闘うための日本近代史』(松原久子、田中敏訳、文春文庫、2008 単行本初版 2005)ー ドイツ人読者にむけて書かれた日本近代史は日本人にとっても有益な内容



『驕れる白人と闘うための日本近代史』というタイトルは、きわめて挑発的である。

2014年現在は、中国の台頭によって「驕れる中国人」という印象をもつ日本人が少なくないかもしれないが、世界は依然として白人によって支配されているのが現実であることになんら変化はない。

むしろ中国の台頭は、欧米社会での日本理解をさらに後退させる要因となっていると捉えるべきだろう。GDPでみる経済規模や政治力から、世界における中国のウェイトが増大しているのに対し、日本のウェイトは縮小する一方である。おのずから日本への関心が低下していくことは必然と考えなくてはならない

でも、それでいいのか? 
いや、そんなことではいけない!
そう思うなら、ぜひこの本を読むべきだ。

この本は、2005年に出版された際に単行本で読んだ。わたしは一人でも多くの日本人に読んでほしいと思う。文庫化されたのは2008年、現在でもロングセラーとして日本人には読まれているようで、たいへんよろこばしい。

もともとは、著者が冷戦終結後の1989年にドイツのミュンヘンでドイツ語で出版した本の日本語訳である。原著のタイトルは、Raumschiff Japan. Realität und Provokation (Gebundene Ausgabe). Knaus Albrecht (Juli 1998)。直訳すれば、『宇宙船日本-その現実と挑発-』となる。日本語の訳文はなめらかで違和感はまったくない。日本語でもこのような挑発的な内容の本を書けるという好例である。
  
残念ながらオリジナルのドイツ語は絶版状態のようだ。1950年代に出版された日本国民必読の名著である梅棹忠夫の『文明の生態史観』会田雄次の『アーロン収容所』の英語版が、あまり読まれることのないまま終わってしまったことと同様、じつにさびしい限りである。本書の英語版がないのも残念なことだ。

(原書ドイツ語版カバー)

本書は基本的にドイツ語読者向けに書かれたものである。つまりドイツ人が対象ということであり、ドイツ人の常識への挑戦でもあるが、ドイツ人に限らず西欧人全般に向けて書かれたといってもいいいだろう。

内容もさることながら、執筆の動機といきさつこそが本質的に重要だ。それは「激怒と使命感」に基づくものだ。「訳者まえがき」に記された著者のエピソードにすべてが集約されている。

それは、「平手打ち事件」のことだ。「過去の克服-日本とドイツ」というドイツのラジオの討論番組に出演して日本の立場を熱弁した著者が、番組終了後にケルン駅で電車を待っていると、中年女性からいきなり平手打ちを食らったという「事件」である。そのドイツ人視聴者は、著者の主張をドイツを誹謗するものと受け取ったらしい。

このエピソードは、2001年のことである。いまからまだ13年前のことにすぎない。この事実はしっかりとアタマに刻みつけておく必要がある。

かつてアパルトヘイトという人種隔離政策が行われていた南アフリカでは、在留日本人は「名誉白人」として遇されていた。有色人種であっても、白人に準じた扱いをするという意味である。

だが、「名誉白人」となることが国際化やグローバリゼーションではない! 日本人は日本人として自己主張すべきなのだ。言挙げせよ日本! 世界にむけて自己主張せよ! 

(単行本カバー)

本書の内容については、編集者の要約を引用しておこう。

「我々の歴史こそ世界史であり、あらゆる民族は我々の文明の恩恵に浴することで後進性から救われてきた」——そんな欧米人の歴史観・世界観に対し、日本近代史に新たな角度から光を当てることで真っ向から闘いを挑む。刊行当時、ドイツで大きな物議を醸した本書は、同時に、自信を失った日本人への痛烈な叱咤にもなっている。

読んでみて思うのは、本書の内容は日本人にとっては「常識」といっていいものだ。奇をてらったものではない。だが、その日本人にとっての「常識」をドイツ人の「常識」にさせるための語り方に工夫がこらされている。本書を読んでいると、一般的な知識レベルのドイツ人の理解がいかほどのものか透けて見えることになる。

とはいえ、ある一定の年齢層以上の日本の読者のなかには、その昔、学校で習った日本史とは違うものもあると感じるかもしれない。

その点にかんしては、巻末の参考文献を見てみるとよいだろう。基本的に英独仏の文献が多いが、日本語文献のなかには『貧農史観を見直す』(佐藤常雄・大石慎三郎、講談社現代新書、1995)など、あらたな歴史観を踏まえたものもある。左翼史観に毒された歴史ではない、あらたな歴史観による内容は、日本人読者にとっても有益なはずである。

人種的にはアジア人でありながら、文明的には中国文明でもインド文明でもない「日本文明」のなかで生きてきた日本人。この立場を鮮明に打ち出したのが、『文明の生態史観』以降の梅棹忠夫の諸著作だが、本書では梅棹忠夫への言及はないものの、基本的な発想は同質のものといっていいだろう。

なぜ原爆は、枢軸国のドイツに対しては使用されず、日本に対してだけ使用されたのか? このぬぐいがたい疑惑は、依然として日本人にとってわだかまりとして潜在しつづけている。欧米で何度も繰り返される「日本異質論」の根底にあるものを、日本人はしっかりと見つめておかなくてはならない。

本書もまた国際派日本女性によって書かれた本だ。現実的ではあっても体制順応型のエリート男性ではなく、欧州ではあたりまえの「優雅さを湛えつつ、ぴしりと叩きつける。微笑みつつ、ぐさりと切り付ける。その防御と攻撃の武器」(・・第16章で使用されている著者の表現)を駆使できるのは、国際派日本女性ならではといえるだろう。

コトバを「防御や攻撃の武器」として駆使できる能力を身につけることこそが、国際社会のなかでサバイバルするためのもっとも必要不可欠なものである。

これが本書から学び取るべき最大の教訓である。さらなる武装のため、ぜひ英語版の刊行を期待したい。英語版は日本人にとっての最高の教科書となるはずだ。





目 次

訳者まえがき
序章 「西洋の技術と東洋の魅力」
第1章 世界の端で-「取るに足らない国」だった日本
第2章 劣等民族か超人か-「五百年の遅れと奇跡の近代化」という思い込み
第3章 草の根民主主義-江戸時代の農民は「農奴」ではなかった
第4章 税のかからない商売-商人は独自の発展を遂げていた
第5章 金と権力の分離-サムライは官僚だった
第6章 一人の紳士-初代イギリス駐日公使・オールコックが見た日本
第7章 誰のものでもない農地-欧米式の「農地改革」が日本に大地主を生んだ
第8章 大砲とコークス-日本はなぜ「自発的に」近代化しなかったのか
第9章 高潔な動機-「白人奴隷」を商品にしたヨーロッパの海外進出
第10章 通商条約の恐ろしさ-日本はなぜ欧米との「通商関係」に恐れたか
第11章 茶の値段-アヘンは「中国古来の風習」だと信じている欧米人
第12章 ゴールドラッシュの外交官-不平等条約で日本は罠に陥った
第13章 狙った値上げ-関税自主権がなかったために
第14章 頬ひげとブーツ-欧米と対等になろうとした明治政府
第15章 猿の踊り-日本が欧米から学んだ「武力の政治」
第16章 たて糸とよこ糸-今なお生きる鎖国時代の心
著者あとがき
参考文献


著者プロフィール

松原久子(つばら・ひさこ)
1935年5月21日、京都に生まれる。長くドイツで活動していた学者、評論家であり著作家。ドイツ・ペンクラブ会員。アメリカ合衆国・カリフォルニア州在住。国際基督教大学を1958年に卒業し、アメリカ合衆国・ペンシルベニア州立大学(舞台芸術科)で修士号取得、日本演劇史を講義した。その後、ドイツ・ゲッティンゲン大学大学院にてヨーロッパ文化史を専攻、1970年に博士号(日欧比較文化史)を取得した。ドイツでは週刊の全国紙「ディー・ツァイト」でコラムニストを務めたほか、西ドイツ国営テレビ(当時)の国際文化比較討論番組にレギュラー出演するなどしていた。1987年アメリカ合衆国・カリフォルニア州 に移住し在住。スタンフォード大学フーバー研究所特別研究員を経て、作活動を続けている。版画家の松原直子は妹。(wikipediaの記述による)
著作一覧
『驕れる白人と闘うための日本近代史(文藝春秋、2006)
『言挙げせよ日本-欧米追従は敗者への道-』(プレジデント社、2000年)
『和魂の時代 - 開き直った『杭』は打たれない!-』(三笠書房、1987年)
『日本の知恵 ヨーロッパの知恵』(三笠書房、1985年)
『日本人とドイツ人 - ドイツ家庭教育に学ぶもの-』(三笠書房、1974年)
その他、主にドイツ語による評論、小説、戯曲など多数。


<ブログ内関連記事>

「倫理」の教科書からいまだ払拭されていない「西洋中心主義」-日本人が真の精神的独立を果たすために「教科書検定制度」は廃止すべし!

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・・「近代世界のメインストリームである欧米西洋社会に入ってきた新参者としての苦労と悲哀、成功と失敗、いまなお残る差別。これは表層をみているだけではけっしてわからない、精神の深部に沈殿している憎悪である。畏怖からくる差別感情であろう。日本民族より少し前に、欧米中心の近代世界のなかに参入し、畏怖とともに差別されてきたが、したたかにかつ毅然と生き抜いてきたユダヤ民族から学ぶべきものはきわめて大きい」

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!

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・・「経済摩擦が加熱していた1980年代後半、「日本人の住居はウサギ小屋」といってののしった大臣がフランスにいた。ウサギ小屋(rabbit hutch)とは、野ウサギの巣ではなくて、ラビットの小屋のようだ。 さすがにこんな失礼なことを言われなくなったのは、欧州人の品格が向上したためではなく、日本の勢いがなくなって久しいからだろうか」


「言挙げ」すべしと主張する国際派日本女性による本

1980年代に出版された、日本女性の手になる二冊の「スイス本」・・・犬養道子の『私のスイス』 と 八木あき子の 『二十世紀の迷信 理想国家スイス』・・・を振り返っておこう

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・・アジアの独裁的指導者たちをも震え上がらせたというエピソードをもつ元世銀副総裁


日本人は「異質な存在」か?

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・・福島第一原発の事故の際、ドイツ人が示した態度につよい違和感を感じたのは、わたしだけではあるまい。ドイツ人の意識あるいは無意識の根底には、ぬぐいがたいアジア人への蔑視があるのではないか?

書評 『日中戦争はドイツが仕組んだ-上海戦とドイツ軍事顧問団のナゾ-』(阿羅健一、小学館、2008)-再び繰り返される「中独合作」の原型は第一次世界大戦後にあった

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・・「日本異質論」が噴出したのは1980年代

(2015年11月1日 情報追加)


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