2014年11月14日金曜日

「フェルディナント・ホドラー展」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年11月11日)-知られざる「スイスの国民画家」と「近代舞踊」の関係について知る

(ミューレンから見たユングフラウ山(1911年) 美術展ポスターより)

東京・上野の国立西洋美術館で開催中の「フェルディナント・ホドラー展」にいってきた。日本とスイスの国交樹立150年を記念するイベントの一環としての美術展である。

フェルディナンド・ホドラー(1853~1918)は、スイスの首都ベルンに生まれた「スイスの国民画家」。日本では40年ぶりの大回顧展というが、つい最近までホドラーについてはまったく知らなかった。だが、思い切っていってみてよかった。日本での知名度の低い「知られざる画家」を大々的に取り上げ、企画展示を実行した国立西洋美術館の見識には敬意を表したい。

今回の展示会までまったく知らなかったわたしには、ホドラーについて語る資格はないが、実際にその絵画作品を見た感想くらいは述べることは許されるだろう。

ユングフラウをはじめとするスイスアルプスを描いた風景画は、ある意味では日本人好みのものといえるかもしれない。

だがホドラーの風景画は単なる風景画ではない。視覚で知覚する世界よりも、その視覚像をつくりあげる構造や原理に着目した「パラレリズム」(平行主義)に基づいて描かれた風景画だ。画家自身の内的世界の反映とえいえるかもしれない。

パラレリズムは、ホドラー自身による絵画理論である。


「オイリュトミー」という絵画作品に表現されたリズム

だが、今回の美術展でもっとも印象が強かったのは、なんといってもオイリュトミーをテーマとした作品群だ。踊る女性や男性を描いた作品群である。このテーマは、20世紀以後のホドラーが最後まで探求していたものだ。

オイリュトミー(Eurythmy)とは、リズムを意味するギリシア語のリュトミスにドイツ語の接頭語のオイをつけてできた造語で、よきリズムという意味である。1895年に制作した5人の老人を描いた作品にホドラー自身が名付けている。

オイリュトミーといえばルドルフ・シュタイナーという連想が浮かぶが、ホドラーはシュタイナーとは直接関係なく、しかも先行してオイリュトミーをテーマとする絵画の制作に取り組んでいた。スイス人の音楽家エミール・ジャック=ダルクローズ(1865~1950)からインスパイアされたのだという。

オイリュトミー=シュタイナーという固定観念をいったんはずして、虚心坦懐にホドラーを味わってみると、近代舞踊(モダンダンス)というパフォーミングアーツと絵画との関係が見えてくるダンスが生み出すリズムを絵画で表現したのがホドラーである。

(1905年の作品「感情Ⅲ」)

古代ギリシアの壺絵に描かれた舞踊する女性を思わせる近代舞踊は、西洋における唯一の芸術舞踊であった、「型」を重視したバレエを否定するところから始まったものである。19世紀半ばから始まり、20世紀になってから文化現象として社会的に認知されるようになった。近代舞踊は、心身一元論の哲学に基づく。

ホドラーがオイリュトミー関連の作品を制作するようになったのも20世紀前後からで、その意味では近代舞踊運動とパラレルな関係にあったことがわかる。ジャンル横断型の芸術運動と理解すべきなのかもしれない。

絵画という静止画像でありながら、そこに動的でかつ静的な要素を同時に表現したホドラーの作品。フランスの画家マティスの『ダンス』ほど大胆ではないが、ダンスをテーマにした作品としては、かなり早い時期のものといえるだろう。

美術展を見たあとに立ち寄ったミュージアムショップの一角には、オイリュトミーとシュタイナー関連書の販売コーナーも設けられていた。さすが国立西洋美術館のキューレーターの見識は高い!

シュタイナーも最晩年はスイスのドルバッハに建設したゲーテアヌムを活動拠点としたので、スイスとは縁が深い人である。シュタイナーの思想と芸術は、スイス出身の画家パウル・クレーやロシア出身のカンディンスキーにも大きな影響を与えている。

思想的にはホドラーとシュタイナーは影響関係がなかったようだが、同時代のスイス、同時代のドイツ語圏という文脈を考えれば、まったく無縁ではなかったと考えてもいいのではないだろうか。


「スイスの国民画家」という意味

スイス出身だスイス以外に活動拠点をもとめたパウル・クレーやジャコメッティとは異なり、終生スイスを活動拠点にしていたホドラーは「スイスの国民画家」とよばれているそうだ。

その最たる作品が「木を伐る人」(1910年)であろう。

(スイス中央銀行が発行する銀行券のデザイン)

労働者を描いたこの作品は、スイスのお札のデザインとして制作されたらしい。美術展にはホンモノのお札が展示されていたが、スイス国立銀行が発券する銀行券として、1911年の使用開始から1958年まで、なんと47年間(!)にもわたってホドラーのデザインが使用されていたそうだ。なるほど、「国民画家」たるゆえんでもある。

ホドラーという「知られざる画家」と冒頭に書いたが、じつは大正時代の日本では白樺派の芸術家たちがホドラーの絵を好んで日本に紹介していたという。白樺派の趣味も悪くないなと感じるのは、わたしだけではないだろう。

40年ぶりという大回顧展なので、日本では長いあいだ「知られざる画家」となっていたのも無理はないが、この機会にホドラーという画家について知る機会を得たことは、わたしにとっては大いに幸運なことであった。

東京以外では兵庫県立美術館でも開催されるので、ぜひ足を運んで鑑賞していただきたいと思う。「目録」も内容が充実しているので、あわせて購入することを薦めたい。

(コルビジュエの建築物を背景に 国立西洋美術館)






<関連サイト>

【東京展】 2014年10月7日(火)~2015年1月12日(月・祝) 国立西洋美術館
【兵庫展】 2015年1月24日(土)~4月5日(日) 兵庫県立美術館



「チューリヒ美術館展」(国立新美術館)にいってきた(2014年11月26日)-チューリヒ美術館は、もっている!
・・こちらの美術展ではホドラー作品も展示スペースを設けて展示されている


<ブログ内関連記事>

「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」(ワタリウム美術館)にいってきた(2014年4月10日)-「黒板絵」と「建築」に表現された「思考するアート」
・・オイリュトミーといえばシュタイナーを連想するだけでない。晩年はスイスのドルナッハで過ごした人智学者ルドルフ・シュタイナーは、ドイツ表現主義のロシア人カンディンスキーやスイスのパウル・クレー、ドイツのヨーゼフ・ボイスといったアーチストたちをインスパイアしてきた

「カンディンスキーと青騎士」展(三菱一号館美術館) にいってきた

「ドイツ表現主義」の画家フランツ・マルクの「青い馬」


「アート・スタンダード検定®」って、知ってますか?-ジャンル横断型でアートのリベラルアーツを身につける

フイギュアスケート、バレエ、そして合気道-「軸」を中心した回転運動と呼吸法に着目し、日本人の身体という「制約」を逆手に取る

バレエ関係の文庫本を3冊紹介-『バレエ漬け』、『ユカリューシャ』、『闘うバレエ』

「小国」スイスは「小国」日本のモデルとなりうるか?-スイスについて考えるために

書評 『ブランド王国スイスの秘密』(磯山友幸、日経BP社、2006)-「欧州の小国スイス」から、「迷走する経済大国・日本」は何を教訓として読み取るべきか


(2021年11月19日発売の拙著です)


(2021年10月22日発売の拙著です)

 
 (2020年12月18日発売の拙著です)


(2020年5月28日発売の拙著です)


 
(2019年4月27日発売の拙著です)



(2017年5月18日発売の拙著です)

(2012年7月3日発売の拙著です)


 



ケン・マネジメントのウェブサイトは

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!







end