2015年1月19日月曜日

書評 『中国外交の大失敗-来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ-』(中西輝政、PHP新書、2015)-日本が東アジア世界で生き残るためには嫌中でも媚中でもない冷徹なリアリズムが必要だ


昨年(2014年)11月にようやく実現した日中首脳会談。GDPレベルでは世界の2位と3位である近隣の経済大国どうしの中国と日本。あたらしいリーダーが選出されてから首脳会談がこれまで一度も実現していなかった「異常事態」であったので、まずは一件落着である。

あたかも熟柿が落ちるのを待っていたかのような日本側の粘り腰の勝利である。ここまでは、ニュース報道を聞いただけでも理解はできたことだ。

それにしても奇異に感じられたのは、安倍首相と握手はしているが仏頂面の習近平の画像であろう。習近平の「仏頂面」はいったいっどう「読む」べきなのか、しばらく日本でも話題となってさまざまなコメントが識者から提出されていたが、本書の著者・中西輝政氏は、「あの瞬間、全世界は日本の勝ちを悟った」と断言している。「日中首脳会談で中国外交は敗北した」のである、と。

APEC首脳会議のホスト国である中国。その首脳である習近平主席のメンツがかかったこの会議で、日本はいっさいの妥協なしに首脳会議実現という勝利を収めたのである。これが本書のタイトルであり、「第4章 そして日中首脳会談で中国は敗北した」にその詳細が記されている。

だが、このタイムリーに出版された『中国外交の大失敗』は、日本の外向的勝利は第一ラウンドに過ぎないという警告も同時に行っている。むしろ副題の「来るべき「第二ラウンド」に日本は備えよ」のほうが日本の読者に向けての重要なメッセージであることに気がつかねばならない。

「勝って兜の緒を締めよ」というフレーズが日本語にはある。もちろんわたしも含めて、とかく日本人というものは、勝ってほっとすると、その状態を当たり前のものとみなしてしまいがちだ。安心が慢心になってしまうのである。慢心は、つぎのラウンドでの大敗を招くことは言うまでもない。しかも、外交というものは、スポーツと違って最終ラウンドはないのである。

著者は、習近平という政治指導者を「太った小泉純一郎」だと形容している。その心は「変人」ということだが、まさに言い得て妙だろう。歴代の指導者とはかなり特異なパーソナリティーの持ち主なのである。

だが、重要なことは、すでに建国から70年を経過した中国は成熟段階に達しており、習近平のあとにつづく指導者も、毛澤東以来の「中国の夢」(チャイナ?ドリーム)の実現を追求するのだ、という著者の指摘である。問題は、特異なパーソナリティの持ち主の習近平だけではない。中国共産党そのものにあるのだ。

近代以降の中国にとっての重要な課題は日本対策であることは言うまでもない。「第7章 「対日工作」の歴史が教える次の主戦場」に書かれているが、戦前から現在にいたるまで、中国は日本に対して「対日工作」をおこなってきた。「対日工作」はスパイ小説の話ではない。「いま、ここで」進行中の工作であり、誰もが無意識のうちに協力者となっている可能性もあるのだ。

ビジネスパーソンにとって耳が痛いのは、「経済界に圧力をかければ日本は簡単に動かせる」という中国側の認識であろう。経済界の意向を無視しては、日本では政治は動かせないことを中国は熟知しているのだ。

インテリジェンスの分野においては、中国は米英アングロサクソンをも上回るというのが著者の見立てだが、対日工作にかんしても、じつに徹底的に日本人を研究したうえに構築された戦略に基づいているのである。

中国文明とは異なる日本が、東アジア世界のなかで生き残るには、日米同盟を堅持すべしというのが著者の立場だが、これはイデオロギーによるものというよりもリアリズムに基づく認識というべきだろう。わたしも基本的に賛成だ。

ただし、その同盟国アメリカに対してすらシビアなまなざしで見つめるべきであると注意喚起する姿勢にこそ中西氏の真骨頂があるというべきだろう。とかく日本人は、米国か中国かという二者択一の単線的な思考になりがちだが、インテリジェンスの立場にはそれはない。つねに日本の国益が第一に来るのである。

「冷戦後、日本人の判断を誤らせたアメリカ発の世界像」として、著者は以下の4つをあげている。

① 「歴史の終わり」論 
② 「文明の衝突」論 
③ 「グローバル市民社会」論 
④ 「地域統合による平和と繁栄」論

提唱された当時はおおいに話題を集めた「世界像」だが、いずれもその後の四半世紀の「現実」を前にして敗退している。冷戦後のアメリカの世論誘導が裏目にでたことを十分に認識しなくてはならないのだ。

「日本人自身が判断を誤らせた日本発の世界像」にも切り込んでいる。「東アジア共同体」構想、「国連中心主義外交」の幻想、愚行であった「常任理事会入り運動」。このような迷妄からは、いまや完全に脱却しなければならない。

「日出づる処の皇子、書を日没する処の天子に致す」という国書を随の陽帝にあてて送った聖徳太子の外交こそ、21世紀のわれわれも模範とすべきだという著者の主張にも賛成だ。国家と国家の「対等」の関係こそ、外交の基軸に置くべしという基本姿勢である。そこには嫌中(けんちゅう)も媚中(びちゅう)も生じる余地はない。外交は好き嫌いを前提にしてはならないのだ。リアリズムに徹しなくてはならないのである。

著者の立ち位置は英国流の「保守」(=コンサバティブ)であり、日本語の「保守」とはニュアンスが異なる。むしろユートピアな理想を追わないリアリズムの立場というべきだろう。それは過度な悲観主義にもとづく「自虐」姿勢でも、自信過剰が招きがちな「夜郎自大」でもない

「九条改正を含めた憲法改正が日中に真の安定をもたらす」という著者の主張に違和感を感じる人もいるだろうが、必要なのは「日中友好」という美名ではなく、実利を前提にしリアリズムに立脚した「共存共栄」の道である。

すでに「第二ラウンド」は始まっているのである。外交に終わりはない。






目 次

はじめに
第1章 相克の始まりはレーダー照射事件
第2章 尖閣問題「棚上げ論」という愚昧
第3章 超大国が立てつづけに味わった挫折
第4章 そして日中首脳会談で中国は敗北した
 あの瞬間、全世界は日本の勝ちを悟った
 驚嘆の年を禁じ得なかった事前合意文書
 不発に終わった中国のネガティブキャンペーン
 対日問題の利用で生き残りを図った習政権
 第二ラウンドでは「対日工作」が活発化する
 日中外交のあるべき姿を聖徳太子に学べ
第5章 中国共産党は経済危機に耐えられるか
第6章 中韓の「反日戦線」に惑わされるな
第7章 「対日工作」の歴史が教える次の主戦場
 「日中国交正常化」という屈辱的な言葉遣い
 「日本の属国化=日本革命」を狙った毛沢東
 続々と設立された「日中友好」の受け皿組織
 対日「友好工作」をつとめた超一流の工作員たち
 「60年安保闘争」を誘発した北京の戦略とは
 「経済界に圧力をかければ日本は簡単に動かせる」
 戦後日本外交の媚中ぶりが極まった瞬間
 そして中国は「友好」路線を捨て去った
第8章 憲法改正が日中に真の安定をもたらす
 冷戦後、日本人の判断を誤らせた4つの世界像
  ①「歴史の終わり」論
  ②「文明の衝突」論
  ③「グローバル市民社会」論
  ④「地域統合による平和と繁栄」論
 日本外交を傷つけた「東アジア共同体」構想
 「国連中心主義外交」の幻想から目覚めよ
 日米安保を無効化する中国の "必殺兵器"
 恥ずべき愚行だった「常任理事会入り運動」
 九条改正にはもはや一国の猶予もならない
おわりに



著者プロフィール

中西輝政(なかにし・てるまさ)
1947年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。ケンブリッジ大学大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。2012年に退官し、京都大学名誉教授。専門は国際政治学、国際関係史、文明史。1997年『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)で毎日出版文化賞、山本七平賞を受賞。2002年正論大賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

「対中国外交-来るべき「第2ラウンド」に備えよ」(中西輝政(京都大学名誉教授)、PHP Biz Online 衆知 2015年1月5日)

日中首脳会談(外務省、平成26年11月10日)

戦後70年の今年、中国が仕掛けてくる“罠” (北野幸伯・国際関係アナリスト、2015年2月4日)

(2015年3月6日 情報追加)


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(2012年7月3日発売の拙著です)












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