『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』(小熊英二、新曜社、1995)は、すでに出版されて20年になるが、「偏狭なナショナリズム」が勢いを増しつつあるこんな時代だからこそ読むべき本だ。
これからの日本は、移民受け入れも含めて人口減少問題に対処していかねばならないのだが、ヘイトスピーチに代表されるような、「単一民族神話」にもとづいた「偏狭なナショナリズム」がその動きを阻害しかねないことを、わたしはつよく懸念している。
わたしはこの本を東京駅前の八重洲ブックセンターの店頭でみかけて、高くて分厚いハードカバーだが買い求めてすぐに読んだ。1997年のことだ。その時点ですでに第5刷となっている。
小熊英二氏は、どちらかといえばリベラル派ということにカテゴライズされるのではないかと思うが、そういう分類じたいきわめて恣意的なものであることが、この本を読むとわかるようになるはずだ。
「革新」といえば、「戦後」は「革新政党」というフレーズにみられるように左翼だが、戦前は「革新官僚」や「革新将校」などのフレーズにみられるように、右翼こそ革新だったことが本書を読むとよくわかる。
「戦前」は外向きに開いていったナショナリズムの時代、「戦後」は内向きの閉じたナショナリズムの時代。植民地を抱えていた「戦前」は多民族国家が常識であったのに対し、植民地を失って縮小した「戦後」は単一民族国家が常識となったのである。
だから、「戦後」になってから日本共産党は民族独立を主張(!)したわけだし、その延長線上にあって、現在の喫緊(きっきん)の問題である尖閣諸島については、奇妙なことに自民党と同じスタンスに立っている。
敗戦によって日本は植民地をすべて失い縮小し、左右が反転したのであった。敗戦前の日本は「日本国」ではなく「大日本帝国」だったのである。植民地を保有する「帝国」だったのだ。だから、多民族によって構成される「帝国」は当時の常識だったわけだ。
「戦後」の状況だけをみて決めつけ的なレッテル張りをすることが、いかにナンセンスなことか。
「戦前」の保守政治家たちは、価値観多様化という現実を認めたがらない「偏狭な復古主義者」たちとは違うのである。現代の日本人の多くが思っている「戦前」と、実際の「戦前」はイコールではないのである。
そんな感想を抱いたのがこの大著である。本書の内容は、一言でいえば「脱神話化」がテーマである。「日本人は単一民族」という「戦後」の言説が、いかに「神話」に過ぎないかを実証したものだ。
そのための方法は歴史学と社会学のアプローチの融合であり、とにかく膨大な量の資料を収集し、予断を排して資料そのものに即して語らせるという手法をとっている。事実関係の分析と整理にかんしては圧倒されるの一言だ。
まさに「へえ!」の連続が、その時代の知識人たちの引用発言によってくつがえされるのだから、ある意味では反論のしようがない。「事実をもって事実を語らしめよ」というオーソドックスな歴史学の手法を思想史にもちこんだといえよう。
目 次
序章
問いの設定
「単一民族神話」の定義
社会学と歴史学
第一部 「開国」の思想
第1章 日本民族論の発生-モース・シーボルト・小野梓ほか
第2章 内地雑居論争-田口卯吉・井上哲次郎
第3章 国体論とキリスト教-穂積八束・加藤弘之・内村鑑三・高山樗牛ほか
第4章 人類学者たち-坪井正五郎ほか
第5章 日鮮同祖論-久米邦武・竹越与三郎・山路愛山・徳富蘇峰・大隈重信ほか
第6章 日韓併合
第二部 「帝国」の思想
第7章 「差別解消」の歴史学-喜田貞吉
第8章 国体論への再編成-国体論者の民族論
第9章 民族自決と境界-鳥居龍三・北一輝・国定教科書ほか
第10章 日本民族白人説-ギリシア起源説・ユダヤ起源説ほか
第11章 「血の帰一」-高群逸枝
第三部 「島国」の思想
第12章 島国民俗学の誕生-柳田国男
第13章 皇民化対優生学-朝鮮総督府・日本民族衛生協会・厚生研究所ほか
第14章 記紀神話の蘇生-白鳥庫吉・津田左右吉
第15章 「血」から「風土」へ-和辻哲郎
第16章 帝国の崩壊-大川周明・津田裁判ほか
第17章 神話の定着-象徴天皇制論・明石原人説ほか
結論
社会学における同化主義と人種主義
「日本人」概念について
近接地域・同人種内の接触
家族制度の反映
保守系論者の単一民族論批判
神話からの脱却
注
あとがき
索引
著者プロフィール
小熊英二(おぐま・えいじ)
1962年、東京生まれ。1987年、東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、1998年、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書は、『単一民族神話の起源』や『“日本人”の境界』『<民主>と<愛国>』など多数。
PS ヘビー級の重厚な著書をつぎつぎに出版する著者
『「日本人」の境界-沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで-』(新曜社、1998)、『<民主>と<愛国>-戦後日本のナショナリズムと公共性-』(新曜社、2002)は、いまだに読んでいない。『1968 <上> 若者たちの叛乱とその背景』(新曜社、2009)と『1968<下>叛乱の終焉とその遺産』(新曜社、2009)となると、もはやとどまることのない。よく出版社も出版を決意したものだとすら思う。
『"癒し"のナショナリズム-草の根保守運動の実証研究-』(小熊英二・上野陽子、慶應義塾大学出版会、2003)は、まさに「つくる会」が話題であったときに読んだが、これもすぐれた研究。
『対話の回路-小熊英二対談集-』(小熊英二、新曜社、2005)が、『単一民族神話の起源-「日本人」の自画像の系譜-』にはじまる三部作(・・いずれもすごいボリュームだ)にまつわる話題で「対話」を行っている。読みでのある、中身の濃い対話集である。こんも対話集を読むと、方法論がよlく理解できる。
<ブログ内関連記事>
『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する
■近代とナショナリズム
書評 『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門-』(浅羽通明、ちくま文庫、2013 新書版初版 2004)-バランスのとれた「日本ナショナリズム」入門
・・「第6章 民族独立行動隊、前へ!-革命のナショナリズム 小熊英二『<民主>と<愛国>』で取り上げられている
■戦前の革新であった右派と戦後の革新であった左派、そしてその後
書評 『近代日本の右翼思想』(片山杜秀、講談社選書メチエ、2007)-「変革思想」としての「右翼思想」の変容とその終焉のストーリー
書評 『革新幻想の戦後史』(竹内洋、中央公論新社、2011)-教育社会学者が「自分史」として語る「革新幻想」時代の「戦後日本」論
書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
書評 『民俗学・台湾・国際連盟-柳田國男と新渡戸稲造-』(佐谷眞木人、講談社選書メチエ、2015)-「民俗学」誕生の背景にあった柳田國男における新渡戸稲造の思想への共鳴と継承、そして発展的解消
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