2015年2月10日火曜日

『パリのモスク ー ユダヤ人を助けたイスラム教徒』(文と絵=ルエル+デセイ、池田真理訳、彩流社、2010)で、「ひとりの人間のいのちを救うならば、それは全人類を救ったのと同じ」という教えをかみしめよう


『パリのモスク-ユダヤ人を助けたイスラム教徒-』(文と絵=ルエル+デセイ、池田真理訳、彩流社、2010)は、第二次大戦中の占領下フランスにおける知られざるエピソードを掘り起こして絵本にしたものだ。

アンネ・フランクの一家をかくまったオランダ人や、本国の命令を無視してユダヤ人難民のためにビザを発行しつづけた日本の外交官・杉原千畝ほど[知られている話ではない。というよりも、わたし自身、この絵本の存在も、この絵本に描かれたエピソードもまったく知らなかった。

子ども向けの絵本だが、オトナの読者にも手に取ってほしいという願いから、日本語版では小さなサイズの判型にしたのだという。片手に収まるサイズでページ数も少ないのであっという間に読めてしまう。だが、読んだあとに子どもだけでなく、オトナもいろいろ考えさせられるだろう。

原著は、The Grand Mosque of Paris: A Story of How Muslims Rescued Jews During the Holocaust, New York, 2009 (=『グランド・モスケ・ド・パリ-ホロコーストの時代にムスリムはいかにユダヤ人たちを救ったか-』)である。著者は二人ともアメリカ人。本国のフランスですら知られざるエピソードを掘り起こした。この事実を伝えたいという思いが強かったからだ。

(オリジナル英語版の表紙 日本語版では右1/3はカバー袖)

「グランド・モスケ・ド・パリ」(Grande Mosquée de Paris)は、wikipedia日本語版の記述には、「パリ5区、ジャルダン・デ・プラント地区、ジョルジュ・デスプラ通りに位置する。1926年7月15日、シ・カドゥール・ベンガブリットによって創設された。グランド・モスケは、イスラム教とイスラム教徒の可視性にとって象徴的な、重要な場所」、とある。

本文にも書かれているが、このモスクは、第一次世界大戦にフランス軍で戦った植民地兵たちのフランスへの貢献に報いるため、フランス政府が建設したのだ。フランスが北アフリカにもっていた植民地とは、アルジェリア、モロッコ、チュニジアである。いわゆるマグリブとよばれる地域である。第一次世界大戦後の労働者不足を補うため、すでにその頃に北アフリカ植民地からフランス本土への移住が始まっていた。

北アフリカではムスリムとユダヤ教徒は長い年月にわたって隣人として共生してきたことは知る人は知る事実だろう。

12世紀のマイモニデスから20世紀のジャック・アタリに至るまで、北アフリカのイスラーム世界から活躍したユダヤ人は少なくない。とくに1492年のスペインからのユダヤ人追放によって、オランダ方面だけでなく北アフリカからトルコにかけて多くのユダヤ人が難民として移住している。

そんな背景があって、パリのモスクの指導者はユダヤ人をモスクのなかにかくまったのである。そして安全地帯への逃亡を助けたのであった。異なる宗教、異なる民族であろうと、「隣人」だから。

(グランド・モスケ・ド・パリ wikipedia英語版より)

フランスを占領していたナチスは、北アフリカで連合国と戦っていたので(・・ドイツ側はかの有名なロンメル将軍の砂漠の戦車隊)、現地住民のムスリムを敵に回したくなかったので、モスクには手は出しにくかったことも有利に働いたようだ。

そういう政治的なさまざまな背景があったにせよ、ナチス占領下のパリで、命がけでユダヤ人を救ったムスリムがいたという事実は、もっと広く知られるべきことだろう。

日本語版カバー帯に記された、「ひとりの人間のいのちを救うならば、それは全人類を救ったのと同じ」という教えが、イスラームでもユダヤ教でも共通して存在しているのである。それぞれ『クルアーン』第5章、『タルムード』第4章にあると「訳者解説」にある。このコトバはかみしめたいものだ。

先日(2015年1月7日)にパリで発生したイスラーム過激派によるテロは世界中を震撼させたが、ユダヤ系の食料品店に立て籠もった犯人がユダヤ人の人質を殺害するという悲劇が起こっている。その一方、食料品店のなかで人質をかくまったアフリカ人ムスリムや、別件で射殺された警官が北アフリカ出身のムスリムであったことも話題となったことは記憶にあたらしい。

この絵本はアメリカ人によって作成されたものだが、絵本に書かれたいまから70年前の第二次大戦当時の事実は、フランス人こそ知ることが大事なのかもしれない。

もちろん遠く離れた極東の日本人もまた知るべき事実であるといえよう。




著者プロフィール

カレン・グレイ・ルエル(Karen Gray Ruelle)
米国メリーランド州生まれ。ミシガン大学卒業、図書館学修士。図書館司書として働いた後、絵本作家となる。ニューヨーク州在住
  
デボラ・ダーランド・デセイ(Deborah Durland DeSaix)
米国フロリダ州生まれ。スクール・オブ・ヴィジュアル・アーツ卒業。美術学修士。母校などで美術を教え、現在は絵本作家。陶芸家でもある。ノース・カロライナ州在住。

訳者プロフィール

池田真里(いけだ・まり)
翻訳者。共訳『科学・技術・社会をみる眼』(現代書館)、『戦後アメリカと科学政策』(同文舘出版)、『熱帯林破壊と日本の木材貿易』(築地書館)、『母乳の政治経済学』(技術と人間)、訳書に『エコロジカル・フットプリント』(合同出版)など。リバーベンドブログ翻訳チームのメンバーとして『バグダッド・バーニング(1、2)』(アートン)の翻訳に参加。(本書奥付より)



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