明治時代初期の大ベストセラーでロングセラーであった『学問のすゝめ』の著者であり、慶應義塾の創設者である福澤諭吉は、戦後日本では基本的に「啓蒙思想家」として高く評価されてきた存在だが、一点だけ評価が真っ二つにわかれている論がある。それが「脱亜論」だ。
130年前の本日(=明治18年3月16日)、みずからが創設し主宰していた新聞の『時事新報』で発表された社説だ。内容は読んで字のごとく「脱亜」を説いたものである。脱亜とはアジアを脱するということ。より正確にいえば、「日本よ、東アジアの悪友とは縁を切れ!」という内容だ。
原文はカタカナまじりの漢文体でとっつきにくいが、内容はきわめてロジカルだ。以下に一部を抜粋しておこう。
「我日本ノ國土ハ亞細亞ノ東邊ニ在リト雖ドモ
其國民ノ精神ハ既ニ亞細亞ノ固陋ヲ脫シテ西洋ノ文明ニ移リタリ
然ルニ爰ニ不幸ナルハ近隣ニ國アリ
一ヲ支那ト云ヒ一ヲ朝鮮ト云フ」
(現代語私訳)
わが日本は、アジアの極東にあるといえども、その国民の精神はすでにアジアの古くて頑迷なものを脱して西洋文明に移っている。しかし不幸なのは近隣の二国である。そのひとつを支那(=中国)といい、もうひとつを朝鮮という)。
・・(中略)・・
惡友ヲ親シム者ハ共ニ惡名ヲ免カル可ラズ 我レハ心ニ於テ
亞細亞東方ノ惡友ヲ謝絶スルモノナリ
(現代語私訳)
わたしは心のなかで、東アジアの悪友を謝絶するのである)
「脱亜論」発表からすでに130年、日本は1970年前後には「西欧近代化」を完了、「先進国」のひとつとして長く国際社会に貢献してきた。しかし、隣国の二ヶ国は「近代化」には中途で失敗、中国など西欧の価値観の流入を拒否せよなどという始末である。中国も韓国(北朝鮮を含む)も、ともに「価値観を共有する」関係とは言い難い。
もちろんわたしは、「脱亜論」に全面的に賛成である。なぜなら、日本は地理的にはアジアに位置しているが、本質的にアジアではないからだ。梅棹忠夫の『文明の生態史観』しかし、ドイツのウィットフォーゲルの『東洋的専制論』しかり、「大陸国家」の中国と島国の「海洋国家」の日本は異なるカテゴリーの文明だとしている。
実利にもとづく商売の点はさておき、国家間の関係については、まさに130年前に福澤諭吉が主張したことがそのままそくりあてはまるのではないかと、尖閣問題や慰安婦問題をはじめとする、中国と韓国の反日姿勢を考えれば、ここ数年の流れのなかでつよく思わざるをえないのである。
ただし、重要なことは東アジアの範囲についてだ。地理的概念の東アジアの範囲に入るのは大陸国家の中国と半島国家の韓国・北朝鮮、そして日本である。それ以外の東南アジア諸国は、狭い意味の東アジアには含まれないことを強調しておく。
「脱亜論」発表から130年、あらためて福澤諭吉の先見の明に感心するばかりではないか。あるいは、東アジアの国際環境の厳しさが「脱亜論」を甦らせたというべきか。
厳しい国際環境のなか、日本も日本人も「独立自尊」の精神で生き抜いていかねばならない。
■参考 『脱亜論』原文の一部
・・(前略)・・
我日本ノ國土ハ
亞細亞ノ東邊ニ在リト雖ドモ
其國民ノ精神ハ
既ニ亞細亞ノ固陋ヲ脫シテ
西洋ノ文明ニ移リタリ
然ルニ爰ニ不幸ナルハ
近隣ニ國アリ
一ヲ支那ト云ヒ
一ヲ朝鮮ト云フ
此二國ノ人民モ古來亞細亞流ノ政敎風俗ニ養ハルヽヿ(=こと)
我日本國ニ異ナラズト雖ドモ
其人種ノ由來ヲ殊ニスルカ
但シハ同樣ノ政敎風俗中ニ居ナガラモ
遺傳教育ノ旨ニ同シカラザル所ノモノアル歟、
日支韓三國相對シ
支ト韓ト相似ルノ狀ハ
支韓ノ日ニ於ケルヨリモ近クシテ
此二國ノ者共ハ
一身ニ就キ
又一國ニ關シテ
改進ノ道ヲ知ラズ
・・(中略)・・
我日本國ノ一大不幸ト云フ可シ
左レバ今日ノ謀ヲ爲スニ
我國ハ隣國ノ開明ヲ待テ共ニ亞細亞ヲ興スノ猶豫アル可ラズ
寧ロ其伍ヲ脫シテ
西洋ノ文明國ト進退ヲ共ニシ
其支那朝鮮ニ接スルノ法モ隣國ナルガ故ニトテ特別ノ會釋ニ及バズ
正ニ西洋人ガ之ニ接スルノ風ニ從テ
處分ス可キノミ
惡友ヲ親シム者ハ共ニ惡名ヲ免カル可ラズ
我レハ心ニ於テ
亞細亞東方ノ惡友ヲ
謝絶スルモノナリ
明治18年(1885年)3月16日
初出:『時事新報』明治18年(1885年)3月16日
底本:『時事新報』明治18年(1885年)3月16日
所蔵:国立国会図書館新聞資料室
原文の全体は、http://ja.wikisource.org/wiki/%E8%84%B1%E4%BA%9C%E8%AB%96 で閲覧可能。
<関連サイト>
新・脱亜論 「内なる中国」と闘え(平野聡・東京大学大学院教授、文藝春秋 SPECIAL 2015秋、2015年09月09)
・・「日本が近代国家として台頭したこと自体が、国際社会における権力と知識の偏在に風穴を開け、非西洋世界にも多種多様な言論を巻き起こし、独立と自由を鼓舞したことも事実である・・(中略)・・戦前の日本は、外交秩序と文明観の両面において、中国的な「神政府」の発想=価値の独占を否定しようとして、その実いつの間にか、自らの成功物語に基づく新たな「天下」志向、明治体制に組み込まれた価値の独占志向=日本国体論にとらわれ、かつての中国文明と全く同じ陥穽に陥ったものと考える。戦後の日本の平和で自由な国家としての歩みが、そのような「内なる中国」を自省して距離を置くものであったと信じたい。」(平野聡)
(2015年9月9日 項目新設)
<ブログ内関連記事>
書評 『新 脱亜論』(渡辺利夫、文春新書、2008)-福澤諭吉の「脱亜論」から130年、いま東アジア情勢は「先祖返り」している
福澤諭吉の『学問のすゝめ』は、いまから140年前に出版された「自己啓発書」の大ベストセラーだ!
福澤諭吉の『文明論之概略』は、現代語訳でもいいから読むべき日本初の「文明論」だ
日清戦争が勃発してから120年(2014年7月25日)-「忘れられた戦争」についてはファクトベースの「情報武装」を!
・・『脱亜論』は日清戦争勃発の9年前に発表されている
梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!
書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?
・・社会科学の分野では小室直樹と双璧をなすと、わたしが勝手に考えている湯浅赳男氏。この本は日本人必読書であると考えているが、文庫化されることがないのはじつに残念なことだ
書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である
(2018年2月2日 情報追加)
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