2015年3月2日月曜日

書評『無人暗殺機ドローンの誕生』(リチャード・ウィッテル、赤根洋子訳、文藝春秋、2015)ー 無人機ドローンもまた米軍の軍事技術の民間転用である


ネット販売のアマゾンが注文品の配送に無人機の使用を検討している、そしてその無人機のことをアメリカではドローンと呼んでいるらしいということを知ったのは2013年のことであった。

一方、オバマ大統領になってからアフガニスタンやイラクで無人機による攻撃や爆撃をエスカレートさせていることが報道されるようになったのも2013年のことだ。『秘密戦争の司令官オバマ』(菅原 出、並木書房、2013)という本も出版されている。

無人機は、正確には UAV(Unmanned aerial vehicle)という。無人航空ビーイクル。通称ドローン(drone)は、蜂がブンブンいう羽音のことらしい。ヘリコプターのローター回転音よりは小さいということか。

いまやドローン(drone)というコトバは、日本でもビジネス界を中心に認知されてきたようだ。法規制の問題は残るが、さまざまな用途での応用が活発に検討されるようになっている。とはいえ、ビジネスにおける民間用途と、軍事作戦における軍事用途が、かならずしもアタマのなかで一致しない人が多いのではないだろうか。

いまではあたり前の情報通信技術のインターネット、衛星をつかって位置を特定する GPS(=Global Positioning System)、これらはみな米軍の軍事技術として誕生し、その後に民間に開放されてきたものだ。無人機ドローンもまたそうであり、しかも先にあげたの2つの軍事技術なくしては誕生しなかったものである。まさに「戦争は発明の母」である。

無人機そのものはハードウェアだが、無人機の運用はインターネットとGPSを統合したシステムなのである。そんなことが可能となったのは、まさに米軍ならではあり、その点においてもアメリカの底力(?)を見るのはわたしだけではないだろう。

本質においてスナイパー(=狙撃手)である無人機による攻撃。地上からは目視できない高度から情報収集と偵察を行い、待ち伏せ攻撃を行う。しかも、地球の反対側にあるオペレーションルームからの遠隔操作が可能であり、無人機が撃墜されてもパイロットが戦死したり捕虜になることは絶対にない。まさに夢の技術であり、SFの夢が現実化したものである。

いまとなっては当たり前に見える技術も、そう簡単に普及したわけではない。「コロンブスの卵」という表現があるが、アイデアから技術が誕生し、それが採用され普及するためには、語られざるストーリーがあるものだ。ドローンにかんしてもそれは同様であった。


『無人暗殺機ドローンの誕生-』(リチャード・ウィッテル、赤根洋子訳、文藝春秋、2015)は、無人機ドローンが「プレデター」という無人暗殺機として完成した21世紀の軍事技術であることを詳細に説き起こした軍事ノンフィクションである。原題は Predator: The Secret Origins of the Drone Revolution、2013 である。直訳すれば、『プレデター-無人機革命の語られざる起源-』となろう。

「プレデター」(predator)はシュワルツネガー主演のSFアクション映画のタイトルにもなっているが、捕食者という意味だ。無人暗殺機のネーミングには、この映画との直接の関係はないというが、言い得て妙とはまさにこのことであろう。

カネに糸目をつけない傾向のある軍事技術開発においても一つの技術が確立して普及するのは、思ったよりも紆余曲折した複雑な展開があることを本書でつぶさに知ることができる。

無人機ドローンの最初の開発はイラクのバグダッド生まれのイスラエル人のアイデアから生まれたものだ。イスラエル軍での開発に限界を感じたエンジニアは、アメリカに移住してベンチャーを立ち上げて開発をつづけ、アメリカ市民権の取得後は米軍に食い込んでいく。

だが、すんなりと実用化して採用されたわけではない。無人機は時代に翻弄され、もみくちゃにされ、なかなか浮上できなかったのだ。エンジニアや陸海空軍だけでなく、ペンタゴン、情報機関CIA、予算を握る政治家もまた複雑にかかわってくるからだ。

軍においても陸海空軍でそれぞれの覇権をめぐる争いがあり、そもそも軍隊には官僚制の熱い壁がある。しかも、所管となった空軍においては、有人飛行の戦闘機パイロットが花形中の花形であり、無人機などオモチャ扱いだったからだ。人間の意識を変えるのはかくも難しい。

そうこうしているうちにベンチャーは破綻し、特許ごと別の起業家に買い取られて再生する。冷戦終結と軍事予算の大幅削減で、無人機開発はお蔵入りしてしまい、そのまま消えてしまうかに思われた。

無人機ドローンが実戦に投入されたのは冷戦後のボスニア紛争(1992~1995)からである。最終的にドローンが軍事技術として前面開花したのは、2011年9月11日のテロ事件への報復としてアフガニスタンで行われた軍事作戦においてであった。イスラエルでの最初の開発から40年近くもたっていた。

アフガン戦争を機会に潮目が一気に変わることになる。無人機ドローンは、「空軍の革命的大転換」をもたらし、2015年現在はもはや無人機なしの米軍とCIAなどあり得ないという状態になっていることは冒頭に記したとおりだ。まさに「技術革命」にとどまらない「革命」的変化といってよい。

本書はもっぱら軍事技術としてのドローンについて語っており、その後の民間における応用については、きわめて大きな可能性があるという指摘だけにとどまっている。その点に物足りなさを感じる人も少なくないだろう。

だが、軍事技術の民間転用という観点から、テクノロジーとイノベーションについて考えるうえで、またとないケーススタディを提供してくれているといえよう。米空軍、研究開発、ハイテクベンチャー、イノベーション、軍事技術、テクノロジーといったキーワードをあげることができる。

軍事にアレルギーを感じる人も少なくないだろうが、そもそも技術そのものは価値中立的な存在である。倫理的な問題が発生するのは運用面にかんしてである。

そしてまたアメリカという国家の底知れぬチカラもまた感じることができるはずだ。アメリカ衰退論などという与太話を一蹴する内容である。





目 次

プロローグ 無人暗殺機の創世記
第1章 天才エンジニアが夢見た無人機-模型好き少年の飛翔
第2章 無人機に革命をもたらした男-ブルー兄弟はGPSに目覚めた
第3章 麦わら帽子は必ず冬に買え-投資の黄金律で揺れた武器市場
第4章 ボスニア紛争で脚光-消えかけた「プレデター」の再生
第5章 陸・海・空軍が三つ巴で争奪-進化する無人機に疑念なし
第6章 殺傷兵器としての産声-ワイルド・プレデターの誕生
第7章 リモコン式殺人マシン-「見る」から「撃つ」への転換
第8章 アフガン上空を飛べるか-ヘルファイアの雨が降る
第9章 点滅しつづける赤ランプ-ドイツからは操縦できない
第10章 ならば地球の裏側から撃て-CIAは準備万端
第11章 殺せる位置にて待機せよ-9・11テロで一気に加速
第12章 世界初の大陸間・無人殺人機の成功-悪党どもを殺せ
第13章 醜いアヒルの子 空の王者となる-戦争は発明の母
エピローグ 世界を変えた無人暗殺機
謝辞
著者注記
ソースノート
参考文献
訳者あとがき
解説(佐藤優)


著者プロフィール
リチャード・ウィッテル(Richard Whittle)
ウッドロー・ウィルソン・センターの研究員、国立航空宇宙博物館の研究員(2013~14)を務める。「ダラスモーニングニューズ」のペンタゴン記者を二十二年間務めるなど、三十年にわたって軍事問題の取材を続けてきた。メリーランド州チェビーチェイス在住。本書以外の著作に『ドリーム・マシン-悪名高きV-22オスプレイの知られざる歴史』がある。(単行本より転載)


訳者プロフィール

赤根洋子(あかね。ようこ)
1958年生まれ。早稲田大学大学院修士課程(ドイツ文学)修了。ドイツ語・英語翻訳家。主な訳書に、モイゼス・ベラスケス=マノフの『帰省中なき病』(文藝春秋)、ハンス・ファラダーの『ベルリンに一人死す』(みすず書房)などがある。(単行本より転載)


<関連サイト>

<ブログ内関連記事>

「第1回 国際ドローン展」に行ってきた(2015年5月20日)-百聞は一見にしかず!


米軍と研究開発

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション
・・1947年に米陸軍からスピンオフして独立した米空軍にとって、1950年代最大の課題は核戦争であった

レンセラー工科大学(RPI : Rensselaer Polytechnic Institute)を卒業して20年 ・・アメリカの工科大学は軍事と密接な関係をもつ。そもそも軍事は工学であり、宇宙開発はNASAだけではなく空軍と密接な関係にある


21世紀の軍事戦略

映画 『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を見てきた-「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争にアメリカの「いま」を見る
・・無人機ドローンによるソフトターゲットのピンポイント攻撃は、空爆よりも特定のターゲットを狙ったスナイパーによる射撃に近い

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった
・・米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・パキスタン国土内に潜伏するウサーマ・ビン・ラディン殺害計画に動員されたのは米海軍特殊部隊SEALSであった。だが建物内に潜伏するビン・ラディンを無人機プレデターで暗殺することはできなかった


アメリカの研究開発

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる? ・・人工知能開発が向かうところは? こちらは逆に民生技術の軍事展開もおおいに予想される分野

(2015年5月30日 情報追加)



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