2015年3月23日月曜日

巨星墜つ リー・クアンユー氏逝く(2015年3月23日)-「シンガポール建国の父」は「アジアの賢人」でもあった


けさ7時のNHKニュースで「シンガポール建国の父」リー・クアンユー初代首相が逝去したことを知った。2015年3月23日未明に亡くなったという。享年91歳。大往生といってもいい年齢だが、まさに巨星墜つ。わたしにとっては、青天の霹靂(へきれき)であった。
  
1965年8月にマラヤ連邦から分離独立したシンガポール。ことし2015年の8月に「独立50周年」を祝う5ヶ月前のことであった。本人にとっても、シンガポール国民にとっても、残念以外のなにものでもないだろう。
 
わたしもまた、たいへん残念に思っている。一国を代表する政治家の域を超えて、「アジアの賢人」としてその発言に傾聴すべきものが多かったからだ。シンガポールの事例を引き合いに出して、日本の将来は移民制度の拡充にかかっているというリー・クアンユー氏の主張。昨年おおいに話題になったが、日本への警鐘は最後のものとなってしまった。厳しいが親身に満ちた警告をもう聞けないのは、じつに残念である。
  
言論統制をめぐって内外でさまざまな批判があったものの、都市国家シンガポールを現在のポジションまで引き上げた功績は誰にも否定できないものがある。いまや一人当たりGDPにおいては、シンガポールは日本を抜いている国際的に賞賛されるのは「日本モデル」ではなく「シンガポール・モデル」となっているのだ。

(英語を日常言語とするリークアンユー氏はパソコンを使用して執筆)

上掲の写真2枚は、1998年に出版されたリー・クアンユー氏のメモワール(=回顧録)。ハードカバーで650ページの大著である。みずからの半生を記した自叙伝は、シンガポールの歴史そのものである。だからタイトルは The Singapore Story(シンガポール・ストーリー) と題されているのである。
  
リー・クアンユー氏が健在のうちに読んでおきたいと思っていたのだが、それを実行できないまま逝去されてしまった。まだしばらく積ん読のままとなりそうだ・・・
   
わたしがもっとも尊敬していたアジア人の一人がリー・クアンユー氏であった。心よりお悔やみ申し上げます。合掌。








<関連サイト>

Remembering Lee Luan Yew (1923~2015)
・・シンガポール政府による追悼特設サイト

REMEMBERING LEE KUAN YEW
・・シンガポールの Channel News Asia の特別番組のサイト

リー・クアンユー氏の輝き失わぬ言葉たち シンガポール建国の父が語った「日本への警鐘」(1999年7月12日号より転載) (日経ビジネスオンライン、2015年3月24日)

コラム:シンガポール建国の父死去、試される「富と幸福」の両立 (ロイター、2015年3月23日)

Lee Kuan Yew The wise man of the East Authoritarians draw the wrong lessons from Lee Kuan Yew’s success in Singapore (The Economist, Mar 28th 2015)
・・リー・クアンユー氏とその追随者(=模倣者)たちとの大きな違いについて指摘している

リー・クアンユー後のシンガポール 中国株式会社の研究(263)~真の多民族国家への道は遠い? (宮家邦彦、JBPress、2015年3月30日)
・・シンガポールをファミリービジネスとみる視点が面白い

(2015年3月28日、4月1日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

戦後アジア史の巨人たち

シハヌーク前カンボジア国王逝去 享年89歳(2012年10月15日)-そしてまた東南アジアの歴史の生き証人が一人去った

『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足るを知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2) ・・タイのプミポン国王ラーマ9世は「足るを知る経済」を提唱する哲人でもある

「ダライ・ラマ法王来日」(His Holiness the Dalai Lama's Public Teaching & Talk :パシフィコ横浜 2010年6月26日)にいってきた


客家(はっか)という存在

書評 『新・台湾の主張』(李登輝、PHP新書、2015)-台湾と日本は運命共同体である!
・・台湾の李登輝元総統は台湾客家の出身。シンガポールのリー・クアンユー氏もまた客家

書評 『タイ-中進国の模索-』(末廣 昭、岩波新書、2009)-急激な経済発展による社会変化に追いつかない「中進国タイ」の政治状況の背景とは
・・クーデターで負われたタクシン元首相も客家出身


英語化した中国人

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!
・・ほとんど英語を母語として使用してきたリー・クアンユー氏は典型的なアングロチャイニーズである

シンガポールと東南アジア

書評 『ハーバードの「世界を動かす授業」-ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方-』(リチャード・ヴィートー / 仲條亮子=共著、 徳間書店、2010)
・・「ジャパン・ミラクル」(=日本の奇跡)というケーススタディから本書が始まるのは、現在に生きる日本人ビジネスパーソンにとっては実に新鮮に写る・・(中略)・・高度成長は空前絶後であり、これほど国情と国家戦略がフィットして機能した例は他にないからだ。 この「日本モデル」とその応用発展系である「シンガポール・モデル」を押さえて進める議論は、すんなりとアタマに入りやすい」

『国際シンポジウム 混迷続くタイ政治:その先に何が待っているのか』("Thailand’s Turbulent Politics: Peering Ahead")に参加(2014年3月27日)
・・近代化を完成したシンガポールと未完成のままのタイとの大きな違い。近代化されているのはバンコクだけ。バンコクとシンガポールは、アングロチャイニーズ主導の都市として比較可能だろう

映画 『アクト・オブ・キリング』(デンマーク・ノルウェー・英国、2012)をみてきた(2014年4月)-インドネシア現代史の暗部「9・30事件」を「加害者」の側から描くという方法論がもたらした成果に注目!
・・「9・30事件」が起きた1965年の8月9日にシンガポールは独立した。ベトナム戦争が本格化するなか、シンガポールが独立したのであった


「近代化」に成功したシンガポール

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例
・・「近代化=西欧化」に完全に成功したのは日本とシンガポールだけである

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について
・・一貫した原理原則を貫くプリンシプルの人であったがゆえに、変化する現実に対応するプラグマティストでありえたのがリー・クアンユー。英語で鍛えられたアジア人という点において白洲次郎と共通するものがある

(2015年3月28日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)









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