「戦後70年」がことし2015年の日本では大きなテーマとなっている。戦後70年目の節目にあたって、安部首相が2015年8月14日に首相談話を発表するという表明をしてから、国民をあげての関心事となっているといっても過言ではない。
だが、「戦後70年」では、本当のことがわからない。黒船来航から150年のスパンで考えなくては日本という国の本質は見えてこない、という問題意識を提示し続けてきたのがジャーナリストの猪瀬直樹氏である。
『ミカドの肖像』など1980年代のバブル時代に大きな話題となった天皇論や、このブログでも取り上げて書評を執筆した、日米関係三部作ともいえる『昭和16年夏の敗戦』(1983年)、 『黒船の世紀 上下』 (1993年)、 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(2009年) などのノンフィクション作品をつうじて、「戦争・天皇・国家」というテーマをつうじて日本という国の解明に取り組んできた人だ。
東京都知事としては失敗したが、現実問題に鋭く斬り込むジャーナリストとしては、まだまだ活躍してほしい。そういう思いを持っている人も少なくないと思う。
そんな猪瀬氏の最新刊が、一回り上の先輩ジャーナリスト田原総一郎氏との共著 『戦争・天皇・国家-近代化150年を問い直す-』(猪瀬直樹・田原総一郎、角川新書、2015) である。じつは猪瀬氏と田原氏は長年の友人関係だが、共著は初めてなのだという。
本書は、猪瀬氏が得意な黒船来航以降の日米関係史という「通時的」な日本理解と、田原氏が生身で切り込んできた戦後史の時事問題という「共時的」な日本理解を、切り結んで交錯させてみることから生まれる面白さを味わうことができる。
現在を理解するためには「戦後70年」だけでなく、日米戦争に至る「戦前」の70年をみなくてはならないのである。日米戦争とその壊滅的敗戦は、日本近代化150年の折り返し点にあたる。
「戦後70年」においては、近隣諸国である東アジアの中国と韓国との対応が焦点になっているが、じつは真の問題はアメリカとの関係なのである。アメリカとの抜き差しならない関係は、大東亜戦争の敗戦による占領期間中に実行された「日本改造」から始まったのではなく、黒船来航の恐怖から始まったことは、肝に銘じておく必要がある。
日米関係は、その原点から非対称的な関係にあるのだ。圧倒的な国力の差である。それはハードパワーだけでなくソフトパワーも含めた総力としての差である。1980年代後半には経済面でその差は縮まったかに見えたが、バブル崩壊以後は逆に差は開く一方だ。
アメリカのパワーは今後も依然として巨大なのか、それとも衰退しつつあるのか? この国には両極端の議論が存在するが、いずれも現実そのものを見つめた結果というよりは、論者の願望が強く反映されたものに過ぎないような気もしないわけではない。アメリカという存在を虚心坦懐に見ることは、局外中立的な立場にはない日本人にはむずかしい。日米関係が抜き差しならない関係とはそういう意味だ。
本書を読んでいて、あらためて強く思うのは、日本という国家は、敗戦という手痛い失敗経験をしているのにもかかわらず、依然として誰に最終責任があるのか不明(!)だということだ。2020年東京オリンピックの競技場問題にもそれは端的に現れている。
同じような失敗が何度も何度も繰り返される国。この宿痾(しゅくあ)ともいうべき病的事実を再確認することは、日本国民としてはまことにもって残念なことではあるが、だからといって目をそらすこともできない。猪瀬氏や田原氏のようなジャーナリストがこの国には必要なのはそのためだ。日本人の国民性には、健忘症という悪癖があることは否定しようがないからだ。
事実を徹底的に調べ、熟知したうえで現実的に行動する。そういうマインドセットが、共著者である二人のジャーナリストに共通する点である。ジャーナリストではない読者も、このマインドセットで現実問題に取り組みたいものではないだろうか?
反米でも親米でもなく、自虐でも自分褒めでもなく、さらには主義主張の是非とは関係なく、「近代化150年」というスパンでものを考えることが、日本について考えるための大前提である。まずは、読みやすい本書から始めてみるのがよいだろう。
個性の強い二人のジャーナリストの共著だが、食わず嫌いはやめたほうがいいのではないだろうか。
目 次
まえがき(田原総一郎)
序章 「戦後レジーム」ではなく「黒船レジーム」で考えよ(猪瀬直樹)
黒船の恐怖が大日本帝国を生んだ
肥大化する「黒船レジーム」の問題点
日本はなぜ負ける戦争をしたのか
「ディズニーランド」国家の終焉
国難にどう立ち向かうか
第1章 近代国家「日本」の誕生
第2章 意思統合不能が戦争を起こした
第3章 戦後日本はこうして形づくられた
第4章 「ディズニーランド」化した日本
第5章 黒船の呪縛を乗り越える
終章 アメリカにできない交渉で力を発揮せよ(田原総一郎)
あとがき(猪瀬直樹)
著者プロフィール
猪瀬直樹(いのせ・なおき)
1946年長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞。2002年6月末、小泉純一郎首相より道路公団民営化委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授などを歴任。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年に東京都知事に就任、2013年12月、辞任。主著に、『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『道路の権力』『道路の決着』(文春文庫)、『昭和16年夏の敗戦』『天皇の影法師』(中公文庫)、『猪瀬直樹著作集 日本の近代』(全12巻、小学館)がある。
田原総一朗(たはら・そういちろう)
ジャーナスリト。1934年滋賀県生まれ。60年早稲田大学文学部卒業。同年岩波映画製作所入社。64年東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年フリーに。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。80歳を超えた今でも政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。近著に『日本人と天皇 - 昭和天皇までの二千年を追う』(中央公論新社)。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
<ブログ内関連記事>
「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ
■「日本近代化150年」を連続した歴史として読む
書評 『日本近代史の総括-日本人とユダヤ人、民族の地政学と精神分析-』(湯浅赳男、新評論、2000)-日本と日本人は近代世界をどう生きてきたか、生きていくべきか?
書評 『マンガ 最終戦争論-石原莞爾と宮沢賢治-』 (江川達也、PHPコミックス、2012)-元数学教師のマンガ家が描く二人の日蓮主義者の東北人を主人公にした日本近代史
・・「黒船こそ原因をつくった」(?)とアメリカ占領軍に言い放った敗戦後の石原莞爾
『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
書評 『近代の呪い』(渡辺京二、平凡社新書、2013)-「近代」をそれがもたらしたコスト(代償)とベネフィット(便益)の両面から考える
日本が「近代化」に邁進した明治時代初期、アメリカで教育を受けた元祖「帰国子女」たちが日本帰国後に体験した苦悩と苦闘-津田梅子と大山捨松について
書評 『持たざる国への道-あの戦争と大日本帝国の破綻-』(松元 崇、中公文庫、2013)-誤算による日米開戦と国家破綻、そして明治維新以来の近代日本の連続性について「財政史」の観点から考察した好著
・・陸軍軍人の経済オンチが招いた大東亜戦争の破局
■猪瀬直樹の「日米関係三部作」
書評 『黒船の世紀 上下-あの頃、アメリカは仮想敵国だった-』 (猪瀬直樹、中公文庫、2011 単行本初版 1993)-日露戦争を制した日本を待っていたのはバラ色の未来ではなかった・・・
書評 『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹、中公文庫、2010、単行本初版 1983)-いまから70年前の1941年8月16日、日本はすでに敗れていた!
書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)
■中国にとっては1840年のアヘン戦争からの180年
ジャッキ-・チェン製作・監督の映画 『1911』 を見てきた-中国近現代史における 「辛亥革命」 のもつ意味を考えてみよう
・・「1911年の「辛亥革命」の意味は、1840年の「アヘン戦争」から、1949年の中国共産党による中華人民共和国成立という「中国革命」の歴史の流れをある程度まで知っていないと理解しにくい」
■日本の現状に批判的な世界のジャーナリズム
「国境なき記者団」による「報道の自由度2015」にみる日本の自由度の低さに思うこと-いやな「空気」が充満する状況は数値として現れる
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