2015年11月15日日曜日

書評『ナチスの財宝』(篠田航一、講談社現代新書、2015)ー トレジャーハンターからみた戦後ドイツ裏面史


つい先頃(2015年11月6日)、日本で公開されたハリウッド映画の『ミケランジェロ・プロジェクト』(2014年)の原作本ではないが、同じテーマをより広い観点から取り上げた現代史関連の読み物である。

ドイツを中心とした欧州各地における豊富な現地取材と文献調査をベースに、読ませる文章でまとめあげたこのルポはじつに面白い。

トレジャー・ハンターたちの情熱をかきたててきたのは、ヒトラーが構想(妄想?)していた美術館建設のために収集された絵画や彫刻だけではない。帝政時代のロシアにプロイセン王国が寄贈した「琥珀の間」もまたそうだ。さらにその対象は、敗戦前にナチスが隠した金や宝石なども含まれる。

ナチスが「戦利品」として略奪したが、いまだにその行方がわからない数々の財宝。美術品だけでも、略奪された60万点のうち、いまだに10万点が行方不明のままというのだから、ナチスがやった犯罪行為の巨大さとともに、失われた財産の大きさにため息をつかざるを得ない。

この本が面白いのは、ナチスの財宝をめぐるトレジャー・ハンティングが、民間の個人レベルの探索だけではなかったことを明らかにしている点だ。分断国家であった時代の西ドイツはもとより、とくにソ連の息のかかった東ドイツは秘密警察シュタージが総力をあげて取り組んでいたという事実。そして南米も含め欧州外でも徹底的なナチス残党狩りを行っていたユダヤ人団体もまた。

ナチスの略奪品を追うトレジャー・ハンティングをつうじて見えてくるのは、敗戦国ドイツの知られざる裏面史であり、ドイツ語圏を中心とした戦後史でもある。公式には、ナチスドイツ時代を全面的に払拭したはずの西ドイツだが、情報機関や一般人のレベルではかなずしもそうではなかったことが手に取るようにわかる。

そしてまた、ドイツが戦時中に占領した北アフリカにおける略奪行為についての記述は興味深い。ナチスとは一線を画していたドイツ国防軍のロンメル将軍であったが、北アフリカ占領地で親衛隊(SS)が行ったと考えられる略奪行為については、今後さらなる調査研究が研究者やジャーナリストによって行われることを望みたい。欧州地域以外については、まだまだわからないことが多いのだ。

最終章では、ヒトラーの生まれ故郷に近いオーストリアのリンツにおける美術館建設構想が取り上げられている。美術と美術品に対するヒトラーの思いや屈折したウィーンでの青春時代を振り返ることで、ヒトラーが命じ、ナチスが実行した美術品略奪がいかなる動機にもとづいて行われたのか知ることができるだろう。

とにかく面白い読み物である。新聞社のベルリン特派員による、自分自身の好奇心から開始した現地取材から生み出された好著である。著者の好奇心が個人レベルの好奇心を超えている点に、読者は満足を感じるのだろう。

トレジャー・ハンティングほどではないとはいえ、現地取材にはカネと時間がかかるものだ。それを考えれば、新書本一冊の価格などたかが知れている。十二分にお釣りがくる内容だといえよう。

知的エンターテインメントとして楽しみたい一冊である。





目 次

プロローグ
 「この絵は本物です」
 ナチスの略奪美術品
 ドイツ戦後史の舞台裏
第一章 「琥珀の間」を追え
第二章 消えた「コッホ・コレクション」
第三章 ナチス残党と「闇の組織」
第四章 ロンメル将軍の秘宝
第五章 ヒトラー、美術館建設の野望
エピローグ
参考文献



著者プロフィール

篠田航一(しのだ・こういち)
1973年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。1997年、毎日新聞社入社。甲府支局、武蔵野支局を経て、東京本社社会部で東京地検特捜部などを担当。ドイツ留学後、2011年から4年間、ベルリン特派員として主にドイツの政治・社会情勢のほか、ウクライナ紛争などを現場取材。2015年5月より青森支局次長。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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・・とりわけヒトラーが好んでいたというのがフェルメールの「天文学者」だという

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・・007シリーズの『ゴールドフィンガー』はナチス財宝もテーマのひとつ。原作者のイアン・フレミングは海軍情報部将校としてナチス財宝の件も知っていた

書評 『ヒトラーのウィーン』(中島義道、新潮社、2012)-独裁者ヒトラーにとっての「ウィーン愛憎」
・・美術を愛するヒトラーは美大の受験に二度も失敗。そのひとらーにとってのウィーンは屈折した青春の舞台であった


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