指名されることはわかっていたが、正式に指名されたとなると、今度こそほんとうに冗談では済まされなくなる。"Make America Great Again !" を選挙スローガンにする不動産王ドナルド・トランプが正式に共和党の大統領候補として指名され、「指名受諾演説」(Nomination Acceptance Speech)を行った。
オハイオ州クリーブランドで開催中の「共和党全国党大会」で、日本時間の本日(2016年7月22日)午前11:30から行われた「指名受諾演説」は、なんと75分にも及んだ。ニュースによれば史上最長だそうだ。それにしても声もかすれることなく、しゃべりまくったエネルギーには感服する。これはトップに立つ者にとって重要な要素だ。
たまたま本日は外出の用事が入っていなかったので、最初から最後まで昼飯も食べずにリアルタイムで視聴したのだが、営業マンの成功セオリーどおりの真っ赤なネクタイで登場したトランプの独演会のような感じの演説は、さすがに場慣れているというか、じつに印象深いものであった。
聴衆というか共和党員のファンをその気にさせる、情熱的で絶妙なトーク。その巻き込むチカラは強力で、PC越しにネットで視聴しても思わず引き込まれてしまう。現地でライブ参加なら、なおさらだろう。言葉遣いもシンプルで、わたしでも耳で聞くだけでほぼ100%理解できる口語体の英語だ。
もし自分が保守的で、平均的なアメリカ人で、国際がらみの仕事などしていなかったら、トランプを支持するだろう。なによりもまず、国内治安(law and order : 法と秩序)を最重視する姿勢に賛同するからだ。これはアメリカ人にとっては切実な問題だ。トランプの施策がどこまで現実的であるかは、この際あまり関係ない。問題提起すること、取り組む姿勢を前面に打ち出すことじたいに意義がある。
「忘れられたアメリカ人たちの声」(the voice of forgotten Americans)を体現するとトランプは言う。この表現はじつに印象的だ。サイレントマジョリティの声なき声を拾い上げるという姿勢は、民主主義そのものである。ポピュリズムとして一刀両断するのは間違っている。
日本がらみの話題ではないので日本のマスコミは報道してないが、わたしが驚いたのは、支持層を拡大するためだろうか、フロリダのナイトクラブの銃撃事件に関連してLGBT寄りの発言をしたことだ。LGBTとは、レズ・ゲイ・バイセクシュアル・トランジェンダーの略。性的マイノリティのことである。共和党の党大会で、この発言が大歓迎されたことは意外な驚きだった。ペイパルの創業者ピーター・ティールは、ゲイを公言しているリバタリアンだがトランプ支持を表明している。トランプの発言と符合するわけか。トランプが共和党の保守本流ではない証拠である。
党大会のようなライブでの演説は、内容の支持の度合いが、聴衆の拍手や歓声の大きさ、あるいはブーイングで手に取るようにわかる。ビデオを使用して、政策の一つ一つごとにレスポンスの音声分析をしてみるといいだろう。
トランプの名前は、わたしは1980年代前半から知っている。日本でも「不動産王トランプ」の名前はその頃から知られていた。だからどうしても「昔の名前で出ています」という印象がぬぐえない。トランプの主張で、とくに日本がらみの貿易摩擦関連の発言は、どうも1980年代の「日米関係が熱かった」時代で思考停止しているような印象さえ受けるのだ。今回の演説では、もっぱら中国が言及されていたが。
もちろん自分は日本国民なので、とくに安全保障にかんしては、日本にとってトランプが望ましい候補だとは思わないが、かといってヒラリーがよいかとは必ずしもいえない。あえていえばヒラリーのほうが「よりまし」といった程度か。最悪よりはまし、という程度である。アメリカ人にとっても、好き嫌いが大きく分かれる両候補である。
共和党が一致団結しておらず、もし仮にトランプが大統領に選出されても、就任してからは現実的な対応を取らざるを得ないので、さすがにクチでいっているほど過激にはなれないだろうという「希望的観測」もある。そもそも機を見て敏な特性をもつ起業家だ。しかも、大きなディールに取り組むことも多い不動産業者である。だが、実業家のセンスが政治家として功を奏するか、これだけはじっさいに大統領に就任して3ヶ月以上たってみないとわからない。楽観は禁物だ。
投票日までこれから3ヶ月を切っており、2016年11月8日にトランプ大統領誕生という「悪夢」(?)が実現しないことを願うのみだ。だが、結果がどうでるかは、現時点ではまったくわからない。
きわめて大きな影響を被るのに、残念ながら大統領選には日本国民には投票権がない。国民投票ができるアメリカ人がうらやましい。日本国民としてできることは、いまから自分なりのシナリオを描いておくだけだ。
PS 指名受諾演説以後のトランプ候補
指名受諾演説以後のトランプ候補は、ふたたび暴言ぶりが復活。とくに、国のために命を捧げた米国兵士の両親がムスリムであることを理由に誹謗中傷した言動が猛烈な批判を呼んでいる。これはまことにもって愚かな言動といわざるを得ない。トランプ候補は無意識にこういった言動を行っているのか、それとも自滅を意図して行っているのか? いずれにせよ、宗教がなんであれ、アメリカ国民を冒涜する言動は大統領としての資格に大いに疑問を抱かせる。指名受諾演説では猫をかぶっていたのか? トランプという人物は理解不可能なところがある。(2016年8月4日 記す)。
PS2 ペンシルバニア大学ウォートン校卒業のドナルド・トランプ
ドナルド・トランプ氏の学歴について、ペンシルバニア大学ウォートン校卒業とあるので、てっきりMBAだと思っていたがそうではないようだ。
ウォートン校といえばファイナンス分野のMBAというのが、MBAホールダーやその予備軍の「常識」だと思うが、調べてみればウォートン校には学部(undergraduate)もあるようだ。wikipedia英語版には、Born and raised in New York City, Trump received a bachelor's degree in economics from the Wharton School of the University of Pennsylvania in 1968. とある。経済学専攻で学士(バチェラー)とある。
ウォートン校の項目を見てみると(英語版)、2016年現在の在籍数は、Undergraduates(学部): 2,306人、Postgraduates(大学院): 1,671人 とあり、学部生のほうが多いことがわかる。
トランプが大統領になったら、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)卒業のジョージ・ブッシュ(ジュニア)につづいてMBAホールダーの大統領誕生かと思ったが、そうではなかったわけだ。とはいえ、もしトランプが大統領となれば、弁護士出身者以外の大統領となるわけで、その意味でも最近の傾向とははずれることになるわけである。 (2016年9月21日 記す)
*1980年代に日本で翻訳出版された『トランプ自伝』の新訳文庫版(2008年)が、2016年きゅうきょ増刷。
<関連サイト>
【共和党大会現地レポート】 「ふつうの共和党候補」化していくトランプ お行儀が良くなった!?(渡辺将人、2016年7月23日)
・・民主党で大統領選スタッフとして働いた経験をもつ研究者による現地リポート。この記事によれば、まずはヒラリー当選阻止で共和党の結束を図り、そのためにトランプは共和党のフレームのなかで中和化されたことがうかがわれる
(2016年7月23日 項目新設)
「強い」オバマが摑んだ 新潮流に乗っかるトランプ(横江公美 (政治アナリスト)、ウェッジ、 2016年7月23日)
・・この記事は必読。オバマ政権8年の「チェンジ」がアメリカ政治の潮目を変えたこと、トランプもヒラリーもその延長線上にあることが理解できる。
If Trump Wins, Asia Loses South Korea, Philippines are most at risk in Asia if trade barriers rise (BloombergBusinessWeek、July 26, 2016)
・・米国の最大の貿易相手は中国だが、TPPが批准されないと韓国とフィリピンがもっとも大きな影響を受けるという調査結果。韓国は米国とのFTA、フィリピンはコールセンターなどBPO(ビジンス・プロセス・アウトソーシング)の分野で打撃
現地報告 共和党全国大会(上)-ハイライト、トランプの指名受託演説 (東京財団上席研究員・現代アメリカプロジェクトリーダー、東京大学教授・久保文明、東京財団)
現地報告 2016年共和党全国大会(下)-トランプ支持率が6%上昇(同上)
トランプの意味する「法と秩序の回復」 (海野素央、ウェッジ、2016年7月27日)
トランプ人気が急加速、悪役クルーズ登場が契機に 受け狙いの米国・日本のメディアが伝えない真の潮流(堀田佳男、ウェッジ、2016年7月29日)
・・「現地で見聞きしたこととメディアで報道されている内容の違いが目にとまった」 現地で体験した人ならではの、」8割方リベラル派が占めるジャーナリズムとは違う感想が伝えられる。この感想は、トランプの「指名受諾演説」を視聴したわたしの感想だ。共和党は、とにかくヒラリー阻止でまとまったと伝える
The dark history of Donald Trump's rightwing revolt (Timothy Shenk, The Guardian, 2016年8月16日)
・・「The Republican intellectual establishment is united against Trump – but his message of cultural and racial resentment has deep roots in the American right」
(2016年7月25日・27日・28日・29日、9月4日 情報追加)
<参考>
米大統領選 民主党クリントン氏の受諾演説 日本語訳を全文掲載(NHK NEWS WEB、2016年7月30日)
・・ヒラリー・クリントンについては受諾演説の全文紹介があるが、なぜかドナルド・トランプについては存在しない。NHKおよび政権の意向の反映か?
(2016年8月3日 項目新設)
米国大統領選でドナルド・トランプ氏が劇的な逆転勝利(2016年11月9日)-米国はきょうこの日、ついに「ルビコン」を渡った
・・「民意」が示されたのである。「英国のEU離脱」(Brexit)につづいてアングロサクソンの米国においても「民意」が示されたのである。その根幹にあるのは「反・知性主義」。「もし自分がアメリカ人ならトランプに投票する」とわたしはブログ記事で書いたが、アメリカ人の多くがそう考えてトランプ氏に投票したのである。
「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ
・・「「是々非々というのは正しい大人の態度ではない。選挙であれば政策単位で投票するのではなく、一人の候補者に投票するのだから「是々非々」なんてありえないのだ」、と主張する人もいる。「一人の候補者に投票する」というのはただしい。だが、「政策単位で投票」行動を考えるべきである。属人的な意思決定ではなく、あくまでも「期待される成果」を選択基準とするべきではないか?」
書評 『追跡・アメリカの思想家たち』(会田弘継、新潮選書、2008)-アメリカの知られざる「政治思想家」たち
・・米国の政治思想地図が参考になる
書評 『反知性主義-アメリカが生んだ「熱病」の正体-』(森本あんり、新潮選書、2015)-アメリカを健全たらしめている精神の根幹に「反知性主義」がある
・・米国の「反知性主義」は「知性」そのものへのアンチではなく、「知性」が「権力」と結びつくことへの異議申し立てであることに注意!
米国は「熱気」の支配する国か?-「熱気」にかんして一読者の質問をきっかえに考えてみる
・・「オバマケア」をめぐる論争について2009年に考えたこと
書評 『「空気」と「世間」』(鴻上尚史、講談社現代新書、2009)-日本人を無意識のうちに支配する「見えざる2つのチカラ」。日本人は 「空気」 と 「世間」 にどう対応して生きるべきか?
・・ヒラリー大統領誕生を願望した「空気」がマスコミとネット空間にtyくられていた
映画 『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を見てきた-「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争にアメリカの「いま」を見る
日米関係がいまでは考えられないほど熱い愛憎関係にあった頃・・・(続編)-『マンガ 日本経済入門』の英語版 JAPAN INC.が米国でも出版されていた
アンクル・サムはニューヨーク州トロイの人であった-トロイよいとこ一度はおいで!・・「アンクル・サム伝説が生まれたのは、1812年の米英戦争(・・第二独立戦争ともいう)がキッカケ」
映画 『正義のゆくえ-I.C.E.特別捜査官-』(アメリカ、2009年)を見てきた
書評 『沈まぬアメリカ-拡散するソフト・パワーとその真価-』(渡辺靖、新潮社、2015)-アメリカの「ソフトパワー」は世界に拡散して浸透、そしてアメリカに逆流する
・・トランプの主張は、アメリカ全体を「ゲーテッド・シティ」に変えるという発想か?
『愛と暴力の戦後とその後』 (赤坂真理、講談社現代新書、2014)を読んで、歴史の「断絶」と「連続」について考えてみる
『動員の革命』(津田大介)と 『中東民衆の真実』(田原 牧)で、SNS とリアル世界の「つながり」を考える
起業家が政治家になる、ということ
(2016年7月25日、8月6日、12月1日・4日 情報追加)
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