2008年の「リーマンショック」以後、「資本主義」が機能不全状態にあることは疑いの余地はないが、はたして「資本主義」が終わるのかどうか、判断を下すのは時期尚早ではないかと思う。
「資本主義」が終わろうが終わるまいが、「人類」が滅亡しないで生きている限り、「経済」が消えてなくなってしまうことはない。これは確実にいえることだ。なぜなら、「近代資本主義」の歴史はたかだか500年程度しかないのであって、人類史全体を視野に入れれば、「近代資本主義」発生以前の歴史のほうがはるかに長いから。
とはいうものの、「資本主義」後がどうなっていくのかについては考えておいて損はないと思うし、考えておくべきだと思う。
というわけで、買ったまま「積ん読」になっていた本を、ちょっと前の話になるが、5月の連休中に読んでみた。その際に書いたFBの投稿を編集しなおして、このブログでもあらためて取り上げることにしたい。
まず読んだのは、『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」-タルマーリー発、新しい働き方と暮らし-』(渡邉格、講談社+α文庫、2017)。単行本は2015年の出版。 たった2年で文庫化された。
著者が偶然のキッカケから読んだ『資本論』から得た教訓は、マルクスのいうように、「生産手段」をもたないから労働者は搾取されるのであって、「生産手段」をもてば主体的に生きることができるということ。まさに発想の転換だ。
そこで著者が選んだのがパン屋だが、そうはいっても並大抵のパン屋とはちがう。本当のほんまもんの「天然酵母」でパンをつくるという試みだ。地域に根ざして「地産地消」で(・・酵母菌もまたその土地のもの!)、「循環経済」を実践するチャレンジの日々である。作家ミヒャエル・エンデの思想も著者を後押ししている。
著者は、資本主義そのものを否定するわけではなく、資本主義のカラクリを知ることによって、搾取されない生き方を模索している実践者なのである。この生き方は、けっしてあたらしいものではないが、「ブラック労働」が社会問題化している現在、あらたな脚光を浴びるものとなっているのも当然だ。
次に読んだのが、『物欲なき世界』(菅村雅信、平凡社、2015)。出版当時、話題になっていた本だが、どうやら2015年に、この手の本の出版ブームが始まっているのかもしれない。
「ライフスタイル」という時代のトレンドに敏感な雑誌編集者が、疑問を解決するために人に会い、本を読み、現場に足を運び、一冊にまとめたカタログのような本。「日常生活」をよりよいものにしていきたいという「ライフスタイル」重視の姿勢。これは、成熟経済の日本では、すでに当たり前のものととなって久しい。北欧のライフスタイルの影響も大きいだろう。
書かれている内容には、とくに違和感はない。まったくもって、そのとおりだと思う。これは日本だけでなく、米国の西海岸のポートランドでも、中国の上海のような消費都市でも、同じような傾向があるようだ。
「欲望」が満たされてしまった状態では、「物欲なき世界」になるのは当然だ。モノよりももっと価値がある したがって、「欲望」を原動力とする「資本主義」が減速していくのも当然と言えば当然だろう。
だが、著者も最後に書いているように、そうすんなりと「資本主義」の終わりがソフトランディングになるかどうかは現時点では不明だ。あくまでも強欲な資本主義を追求する資本主義者が消滅したわけではないし、せめぎ合いのまっただなかにあるのが、現在という時代なのであろう。
最後にあげるのは、『資本主義の「終わりの始まり」-ギリシャ、イタリアで起きていること-』(藤原章生、新潮選書、2012)。「欧州金融危機」で疲弊してしまったギリシアとイタリアという南欧からのレポートだ。
著者は執筆当時、イタリアの首都ローマで特派員として勤務していた新聞記者。 『ギリシャ危機の真実-ルポ「破綻」国家を行く-』(藤原章生、毎日新聞社、2010)については、このブログでも取り上げている。
最初に取り上げた二冊で紹介されている日本の事例も米国の事例も、いずれも「先進国」のものだが、最後のこの本で取り上げられている事例のギリシアもイタリアも、経済という点からみたら「先進国」とは言い難い混迷状態にある。
南欧世界で、いまなにが起こりつつあるのか、映画監督や思想家などの知識人、政治家にインタビューして思索した内容が記されている。「五つ星運動」の主導者である政治風刺コメディアン、ペッペ・グリッロの早い段階におけるインタビューは意味あるものだろう。
ギリシアもイタリアも、ともに「前近代性」を濃厚に残している地中海世界である。こんな状況でも人間がたくましく生きているのは、オモテの経済には出てこないアングラ経済が存在するからだ。プレモダン(=前近代)が後近代(=ポストモダン)に直結している南欧世界。
そう考えると、資本主義後の世界というよりも、「近代化」に成功しなかった圧倒的大多数の世界にとっては、意味ある現象と言えるかもしれない。米国や日本と同一視することは難しいのではないか。
以上、三冊を読んできて実感するのは、行き着くところまで行ってしまった「勝ち組」(?)の国々と、挫折して「負け組」(?)になってしまった国々と、いずれにおいても「資本主義」のもたらす歪みと機能不全状態があらわになってきている。
カネがあってもモノを買わない社会、カネがないからモノを買わない社会。カネのあるなしの違いはあるが、モノを買わない状況にかんしては共通している。大量生産時代だが、大量消費時代ではなくなった現在、需要が供給より下回っている状態では「モノ余り」の状況に変わりはない。
今後の世界がどうなっていくか、ビジネスパーソンでなくても気になる事態が定着しつつある状況だ。答えがすぐに出る問題だとは思えないが、手探りで進むしかないのだろう。
<書籍関連情報>
●『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」-タルマーリー発、新しい働き方と暮らし-』(渡邉格、講談社+α文庫、2017)
目 次
はじめに
第1部 腐らない経済
第1章 何かがおかしい(サラリーマン時代の話・祖父から受け継いだもの)
第2章 マルクスとの出会い(父から受け継いだもの)
第3章 マルクスと労働力の話(修業時代の話1)
第4章 菌と技術革新の話(修業時代の話2)
第5章 腐らないパンと腐らないおカネ(修業時代の話3)
第2部 腐る経済
第1章 ようこそ、「田舎のパン屋」へ
第2章 菌の声を聴け(発酵)
第3章 「田舎」への道のり(循環)
第4章 搾取なき経営のかたち(「利潤」を生まない)
第5章 次なる挑戦(パンと人を育てる)
エピローグ
文庫版あとがき
著者プロフィール
渡邉格(わたなべ・いたる)
1971年東京都生まれ。フリーターだった23歳のときに学者の父とハンガリーに滞在。食と農に興味を持ち、25歳で千葉大学園芸学部入学。卒業後就職した農産物卸販売会社で妻・麻里子と出会う。31歳でパン職人になる決意をし修業を開始。2008年に独立し千葉県で「パン屋タルマーリー」を開業。2011年東日本大震災を機に岡山県真庭市勝山に移転。2015年、パン製造に加え、地ビール事業に取り組むべく、鳥取県八頭郡智頭町に移転した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
●『物欲なき世界』(菅村雅信、平凡社、2015)
目次
まえがき-ほしいものがない世界の時代精神を探して
1. 「生き方」が最後の商品となった
2. ふたつの超大国の物欲の行方
3. モノとの新しい関係
4. 共有を前提とした社会の到来
5. 幸福はお金で買えるか?
6. 資本主義の先にある幸福へ
あとがき-経済の問題が終わった後に
著者プロフィール
菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)
編集者、グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年宮崎県宮崎市生まれ。法政大学経済学部中退。『月刊カドカワ』『カット』『エスクァイア日本版』編集部を経て独立。雑誌「コンポジット」「インビテーション」「エココロ」の編集長を務め、出版からウェブ、広告、 展覧会までを編集する。書籍では、朝日出版社「アイデアインク」シリーズ、電通の「電通デザイントーク」シリーズ、 平凡社のアートブック「ヴァガボンズ・スタンダート」シリーズを編集。著書に『はじめての編集』『中身化する社会』など。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
●『資本主義の「終わりの始まり」-ギリシャ、イタリアで起きていること-』(藤原章生、新潮選書、2012)
目 次
第1章 アンゲロプロスが遺した言葉
第2章 危機の中の緩く、もの悲しいギリシャ
第3章 捨てられた首相
第4章 福島の影響
第5章 「扉」の手前で何かが動き出した
第6章 「扉」の向こう側
第7章 家族、コミュニティーの復活
第8章 資本主義の危機
第9章 イタリア、ギリシャとつながる福島
あとがき
著者プロフィール
藤原章生(ふじわら・あきお)
1961年生まれ。北海道大学工学部卒業後、住友金属鉱山の技師を経て毎日新聞記者。アフリカ特派員、メキシコ市支局長の後、2008~12年、ローマ支局長。『絵はがきにされた少年』(集英社)で第3回開高健ノンフィクション賞を受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
<ブログ内関連記事>
■「近代資本主義の500年」
書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために
書評 『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界-』(ジャック・アタリ、林昌宏訳、作品社、2008)-12世紀からはじまった資本主義の歴史は終わるのか? 歴史を踏まえ未来から洞察する
書評 『大学とは何か』(吉見俊哉、岩波新書、2011)-特権的地位を失い「二度目の死」を迎えた「知の媒介者としての大学」は「再生」可能か?
書評 『終わりなき危機-君はグローバリゼーションの真実を見たか-』(水野和夫、日本経済新聞出版社、2011)-西欧主導の近代資本主義500年の歴史は終わり、「長い21世紀」を生き抜かねばならない
■資本主義のオルタナティブ
『エンデの遺言-「根源」からお金を問うこと-』(河邑厚徳+グループ現代、NHK出版、2000)で、忘れられた経済思想家ゲゼルの思想と実践を知る-資本主義のオルタナティブ(4)
・・エンデその人よりも、ドイツ人実業家で経済思想家のゲゼルの「老化するおカネ」の理論が重要
『ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと-時間・お金・ファンタジー-』(池内 紀・子安美知子・小林エリカほか、新潮社、2013)は、いったん手に取るとついつい読みふけってしまうエンデ入門
「生命と食」という切り口から、ルドルフ・シュタイナーについて考えてみる
書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』
マイケル・ムーアの最新作 『キャピタリズム』をみて、資本主義に対するカトリック教会の態度について考える
資本主義のオルタナティブ (3) -『完全なる証明-100万ドルを拒否した天才数学者-』(マーシャ・ガッセン、青木 薫訳、文藝春秋、2009) の主人公であるユダヤ系ロシア人数学者ペレリマン
『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足るを知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)
資本主義のオルタナティブ (1)-集団生活を前提にしたアーミッシュの「シンプルライフ」について
書評 『フリー-無料>からお金を生み出す新戦略-』(クリス・アンダーソン、小林弘人=監修・解説、高橋則明訳、日本放送出版協会、2009)-社会現象としての FREE の背景まで理解できる必読書
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(2017年5月18日発売の拙著です)
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