昨日、『女神の見えざる手』(2016年、フランス=アメリカ合作)を「試写会」で見てきた。配給元のキノフィルムズ(六本木)にて。
「銃規制反対派」と「銃規制賛成派」をめぐって、首都ワシントンで議会工作を行うロビー会社どうしの激しいロビー活動攻防戦は、手に汗握る内容の、じつに濃密で濃厚に作り込まれた132分。時間が経つのを忘れる面白さに思わずのめり込んで見てしまう。
つい先日の2017年10月1日、ラスベガスで58人が射殺され500人以上が負傷するという米国史上最悪の乱射事件が発生したばかりで、米国でもあらためて銃規制問題が再浮上してきた。2016年に製作された映画だが、日本公開は来る10月20日。これ以上ないほどの時宜を得たものとなる。
(米国版ポスター)
■「銃規制」をめぐる上院議員の取り込み合戦
原題は、Miss Sloane(ミス・スローン)。主人公はエリザベス・スローンという名の独身女性。ワーホリックをはるかに越えたキチガイじみた仕事狂で、天才的で辣腕の女性ロビイストを主人公にした社会派サスペンス映画。
そんなロビイストの彼女が取り組むのが、「銃規制」(gun control)というテーマ。銃社会米国を二分する社会問題である。賛成派と反対派それぞれについたロビー会社どうしバトルである。だが、それは目に見えない水面下でひそかに進行するバトルである。
一人でも多くの上院議員を取り込めるか、それがロビー活動が成功するか失敗するかのカギである。賛成か反対か決めかねているグレーゾーンの上院議員を取り込み、自陣営に反対する上院議員をいかに取り崩すか。議会では多数決で法案採決の是非が決定されるからだ。多数派工作である。
(映画パンフレットのオモテとウラ)
つねに先々を予見(フォーサイト)して先手先手を打っていくのがロビー活動成功のキモだと主人公は言うが、「銃規制」実現という目的のために、主人公は合法スレスレ、いやほとんど非合法そのものといった手段も駆使する。
銃犯罪は米国社会の病巣であることは言うまでもない。だが、この映画はワシントンの中央政府もまた同様に病巣であることをあぶり出す。上院議員の腐敗ぶりが明るみに出され、米国民のワシントンへの不信感が「見える化」される。
映画のいたるところに張られた細かいディテールにわたる伏線が、最後の最後の大どんでん返しで炸裂する!
映画の最初から最後まで神経を張り詰めて見る必要があるが、そうするだけの意味がある面白さなのだ。見終わったあとの感想は、なぜかすがすがしい。
■「合衆国憲法修正第2条」と「権利章典」
主人公はロビイストだが、この映画のもう一人の主人公である「合衆国憲法」、とくに「権利章典」ともいわれる「合衆国憲法修正10カ条」(1791年制定)が大きな存在感を示す。合衆国憲法には、「人権」について定めた「権利章典」が欠けていたので、「修正」(Ammendments)という形で付加された。
「銃規制」については、一般市民による銃器所有を正当化する根拠となるのが「合衆国憲法修正第2条」である。つまり「銃器の所持と携帯」は「武装権」であり「自衛権」であり、米国人の認識においては「人権」なのである。「基本的人権」なのである。
「銃規制」の議論とは、銃器の所有と携帯そのものを全面否定するのではない。この「人権」を無制限に認めるのではなく、制限を加えるべきだという議論である。
そしてこの映画は、いきなり「修正第5条」から始まる。主人公がロビー活動において非合法な手段を用いて倫理違反を行ったのではないかという件にかんする上院の公聴会で、主人公は委員長の質問のすべてについて「修正第5条」をたてに証言を拒む。
この映画は、ある意味で「基本的人権」にかんする深くて重いテーマを扱っているのである。その内容の是非が、ロビー活動で対立する陣営におけるバトルとして描かれる。
主人公を演じるのは、ウサーマ・ビン・ラディン暗殺作戦を描いた『ゼロ・ダーク・サーティ』(2013年)でCIA情報分析官の主人公を演じたジェシカ・チャスティン。知的でワーカホリックな女性主人公を演じて、この人の右に出る女優はいないのではないか、という評価が確立したといっていいだろう。
これは絶対におすすめの映画だ。10月20日公開。http://miss-sloane.jp
(画像をクリック!)
<関連サイト>
映画 『女神の見えざる手』(Miss Sloan) 公式サイト(日本版)
Miss Sloane Official Trailer - Teaser (2016) - Jessica Chastain Movie
'Miss Sloane' Exclusive Extended Trailer (2016) - Jessica Chastain | TODAY
(こちらのトレーラーは5分間)
銃社会アメリカ 数字で見る被害と支持(BBC)(2017年10月4日)
銃規制、各国でどのように強化されたのか(BBC)(2017年10月4日)
(2018年3月19日 情報追加)
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・・「先住民の虐殺後も、南北戦争において連邦離脱をはかった南部諸州に対して非道な仕打ちを行っている。米国の眼中には殲滅戦しかないのである。無条件降伏を求めながら、敗戦後は寛大な態度を示すパターンは日本にも適用された。」
書評 『スノーデンファイル-地球上で最も追われている男の真実-』(ルーク・ハーディング、三木俊哉訳、日経BP社、2014)-国家による「監視社会」化をめぐる米英アングロサクソンの共通点と相違点に注目
・・「スノーデン氏自身、「合衆国憲法」への思い入れが強く、とくに「合衆国憲法修正第4条」の「不当な逮捕・捜索・押収の禁止、安易な礼状発行の禁止」へのこだわりが、NSAによる通信監視の実態を暴露する動機になったようだ。」
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