日本語版のタイトルは「米中戦争前夜」とかなり扇情的だが、原著のタイトルが Destined for War(=戦争へと向かう運命)なので、煽りすぎというわけではない。
内容は、2008年のリーマンショックを境に、世界経済の牽引役となった中国が、経済的に膨張するだけでなく、政治的かつ軍事的にもスーパーパワーへの道を突き進む現在、唯一の「覇権国」ではなくなったもうひとつの超大国の米国と軍事的衝突の可能性が高いことにかんする分析と、過去の歴史から得られた教訓をまとめたものだ。
(人民解放軍の「軍靴の響き」といったイメージのペーパーバック版)
著者のグレアム・アリソン教授は、ハーバード大学ケネディースクール(政策大学院)の初代学長。現在は、同校のベルファー科学・国際問題研究所所長をつとめている。 アリソン教授は、英国出身の気鋭の歴史家ニーアル・ファーガソン教授とともに、この研究所を率いている。
このベルファー研究所は、国際政治問題を「応用歴史学」(Applied History)の観点から分析している研究所だ。「応用歴史学」は「主流歴史学」から派生したものだが、現在の問題を解決するヒントを歴史に探るというアプローチをとる。過去の事象をケーススタディとして分析し、教訓を得ることを目的としている。この意味では、ビジネススクールやロースクールのケーススタディにも共通するものがありそうだ。
■「トゥキディデスの罠」を回避できた4つのケース
この本が打ち出したコンセプトは「トゥキディデスの罠」(The Thucydides Trap)というものだ。トゥキディデスとは、ヘロドトスと並んで「歴史学の父」と称される古代ギリシアの歴史家。宿命のライバルとなったアテネとスパルタの30年抗争を描いた『戦史』で知られている。
「トゥキディデスの罠」とは、チャレンジャーとしての新興国が示す「野心」に対して、チャレンジを受ける側の覇権国が感じる「不安」がエスカレートするに従い、双方に生み出されるワナのことだ。このワナにはまった結果、覇権国交替が戦争によって決着されたケースが過去に多数発生している。
そもそもは、古代ギリシアの覇権国スパルタが新興国アテネの「野心」に感じた「不安」から生じた巨大な構造的ストレスが、予期せぬ偶発的な事象から大戦争に至ったいきさつから生み出された概念だ。
この概念をつかって、過去500年間に発生した「覇権交代」を、16のケースとして抽出し、分析を行っている。16のうち12のケースでは戦争に至っているが、4つのケースについては戦争を回避できたことが判明した。
戦争を回避できた4つのケースとは、15世紀末のスペイン対ポルトガル、20世紀前半の米英覇権交代、20世紀後半の米ソ冷戦時代、21世紀初頭のEU時代のドイツだ。
スペイン対ポルトガルの対立においては、より上位の機関であるカトリック教会が「トルデシリャス条約」という形で仲裁役を演じ、米英の覇権交代においては英国が自制心を発揮、20世紀後半のドイツは「欧州のなかのドイツ」という立場を明確にすることでライバル国の不安を取り除いた。
(核戦争をイメージしたハードカバー版)
■21世紀の中国と20世紀前半の米国はよく似ている
この本が面白いのは、21世紀になってから急速に勃興する新興国・中国を描くにあたって、19世紀後半から20世紀前半にかけての米国を対比して描いていることにある。この両者の膨張ぶりと野心は、時代が離れているとはいえ驚くほど似ているのだ。最終的に米国と戦った日本では、日本史のテーマなので比較的知られている歴史的事実だろうが、歴史感覚の乏しい米国人にとっては新鮮に映るのかもしれない。
帯にもあるように、米中戦争の発生確率はきわめて高い。そのきっかけは北朝鮮か、あるいは尖閣問題か、それとも南シナ海か。米中が偶発的な事象から軍事衝突したら、それが全面戦争に発展する可能性があることが5つのシナリオで示されている。かなりディテールが具体的なシミュレーションである。
つい先日の2018年3月、中国は北朝鮮のバックに立つことを国際社会に対して明確に示したばかりだ。スーパー301条による貿易摩擦問題も含めて米中がうまく着地点を探し出せばよいが、こと尖閣問題にかんしては日米同盟が存在するために米国が戦争に引き釣り込まれる可能性があると著者も懸念している。こんなところに米国のホンネが現れてくるのだろう。逆に日本から見れば、在日米軍基地があるから日本が巻き込まれる可能性があるとなるのだが。
かつて冷戦時代の「キューバ危機」(1962年)で核戦争の危機に直面した米国とロシア(当時はソ連)だが、両超大国の政治指導者の熟慮とねばり強い交渉により戦争を回避することができた。
米中ともに超大国であり、しかも核保有国であることを考えれば、あらためて冷戦時代を研究する必要があることを著者は示唆している。著者は「キューバ危機」の研究でデビューした政治学者である。米中も核保有国であるがゆえに、自制が働くことを期待したい。
タイトルはやや扇情的だが、内容はきわめてまっとうなものだ。専門書だが一般読者も対象にしており、翻訳も読みやすい。面白い内容の本なので、関心のある人には読むことを薦めたい。
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目 次
日本語版序文(船橋洋一氏)
第I部 中国の台頭
第1章 世界史上最大のプレーヤー
第II部 歴史の教訓
第2章 新旧対立の原点:アテネVS.スパルタ
第3章 500年間に起こった新旧戦争
第4章 第一次世界大戦の教訓:イギリスVS.ドイツ
第III部 嵐の予兆
第5章 中国は、かつてのアメリカと同じだ
第6章 習近平が率いる中国の野望
第7章 米中両国の共通点と相違点
第8章 戦争にいたる道程 米中戦争で想定される5つのシナリオ
第IV部 戦争はまだ回避できる
第9章 平和を維持した4例にみる12のヒント 第
10章 米中、そして世界はどこへ向かうのか 戦争回避の4つの戦略オプション
結論付録:「トゥキュディデスの罠」16のケースファイル
著者プロフィール
グレアム・アリソン(Graham Allison)
1940年、ノースカロライナ州生まれ。政治学者。ハーバード大学教授。同大ケネディ行政大学院初代学長、同大ベルファー科学・国際問題研究所長(本書刊行時)を務めた。専門は政策決定論、核戦略論。レーガン政権からオバマ政権まで歴代国防長官の顧問を、クリントン政権では国防次官補を務めた。1971年に刊行され今も政策決定論の必読文献である『決定の本質 キューバ・ミサイル危機の分析』(中央公論新社、日経BP社)のほか、『核テロ 今ここにある恐怖のシナリオ』(日本経済新聞社)、『リー・クアンユー、世界を語る』(サンマーク出版)など著書多数。マサチューセッツ州ベルモント在住、1940年生まれ。
訳者プロフィール
藤原朝子(ふじわら・ともこ)
学習院女子大学非常勤講師。訳書に『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』『撤退するアメリカと「無秩序」の世紀』(ともにダイヤモンド社)など。慶大法学部政治学科卒。
<関連サイト>
Graham Allison: "Destined for War: Can America and China Escape [...]" | Talks at Google (YouTube) 58分 ・・自著を語る
Applied History Project
https://www.belfercenter.org/project/applied-history-project#!about
応用歴史学 applied history
https://en.wikipedia.org/wiki/Applied_history
公共歴史学 public history の一分野
Harvard kennedy School Belfer Center for Science and International Affaire
Applied History Project
https://www.belfercenter.org/project/applied-history-project
Applied History is the explicit attempt to illuminate current challenges and choices by analyzing historical precedents and analogues.
Mainstream historians begin with an event or era and attempt to provide an account of what happened and why.
Applied Historians begin with a current choice or predicament and analyze the historical record to provide perspective, stimulate imagination, find clues about what is likely to happen, suggest possible interventions, and assess probable consequences.
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「ハーバード リーダーシップ白熱教室」 (NHK・Eテレ)でリーダーシップの真髄に開眼せよ!-ケネディースクール(行政大学院)のハイフェッツ教授の真剣授業
(2018年4月13日・18 情報追加)
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