2019年5月4日土曜日

企画展「くらしの道具 台所・住まいの道具編」(船橋市郷土資料館)に行ってきた(2019年5月3日)-現在から考えられないような「生活道具」がかつて使用されていた!


 昨日(2019年5月3日)、はじめて「船橋郷土資料館」にいってきた。

船橋市に住んでいても、小学生や中学生として過ごしたわけではないから、社会科見学の一環として訪れたことがない。

今回は、現在開催中の企画展「くらしの道具展」が面白そうなので、行ってみたという次第。 21世紀の現在から考えられないような生活道具が使用されていたという事実と、実物を見ることができるなんて機会はなかなかない。

なんといっても、戦後の「高度成長期」に「三種の神器」と呼ばれた「電気冷蔵庫」が普及する以前の「氷冷蔵庫」には驚いた!  木製のアイスボックスといったらいいだろう。明治時代から戦後まで使用されていたというのだ。もちろん、今回はじめて見た。


(氷冷蔵庫は、上の棚に氷を入れると冷気が下に降りていくという仕組み 筆者撮影)

「手回し洗濯機」もはじめて見た。これまた「三種の神器」の一つであった「電気洗濯機」が普及する以前は、「たらいでゴシゴシ手洗い」だと思い込んでいたが、過渡期にはこんなものがあったわけだ。


(真ん中の道具が「手回し洗濯機」 筆者撮影)

このほか、「黒電話」があったが、いまの小学生にとっは 珍しいだろうが、大学を卒業して会社に入ったときはダイアル式の黒電話だった私には、そんなもの見たことないという世代が出現していること自体が驚きだ。 日常品である生活道具は、故障したら修理するのが当たり前だった昔とは違って、古くなったら買い換えてしまうのが当たり前の時代。




製品寿命が極端に短くなっている現代の日本だが、生活の利便性向上をはかるための先人たちの苦労は、具体的なモノをつうじて感じ取りたいものである。







PS ハノイの博物館にて

過去の生活をモノをつうじて振り返る この手の展示にかんしては、ベトナムのハノイの博物館の展示品を思い出した。ベトナム戦争集結後、南北ベトナムが統一されたわけだが、真の苦労は統一後にやってきたのであった。その時代を、モノで振り返る展示であった。


PS 『地域研究資料4 絵はがき-写真に残された明治~大正~昭和-』(船橋市郷土資料館、2005)

頒布価格900円(税込み)。セピア色が中心だが、総天然色のカラー図版もある。貴重な写真資料 むかしは、何かと絵はがきにされていたので、絵はがきは貴重な画像資料となる



<関連サイト>

こんな道具あったのか!? 船橋市郷土資料館 懐かしの77点展示(東京新聞、2019年4月28日)


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