昨年2020年12月のことだが、気になっていた『Mr. トルネード 藤田哲也 航空事故を激減させた男』(佐々木健一、文春文庫、2019)を読んで、こんなすごい人がいたのか、しかもほとんど日本では知られていないのは、まことにもって残念だと思った。
トルネードというと、どうしてもメジャ-・リーグで大活躍した野茂選手のことを想起してしまうが(・・古いねえ)、トルネード(tornado)とは竜巻のことだ。そして、世界で発生する竜巻の3分の2が米国で発生する。しかも、そのほとんどがオクラホマ州を中心とした中西部だ。
日本でもときどき竜巻が発生するが、米国の竜巻のすさまじさは日本の比ではない。『オズの魔法使い』の冒頭もそんな巨大竜巻で始まっている。 主人公ドロシーは愛犬トトろもに、家ごと竜巻で吹き飛ばされて「魔法の国マンチキン」に行ってしまうのだが、そんなことが実際に起こるのが米国の巨大竜巻なのである。Toto, I have a feeling we're not in Kansas anymore. という有名なセリフがある。
日本では地震の規模や台風の規模に関心が集中しているが、竜巻大国の米国には、竜巻の強度を風速や被害状況で表現した「Fスケール」というものがあるらしい。その「F」とは藤田(Fujita)氏の「F」である。英語では Fujita Scale という。そんなことを『Mr. トルネード』ではじめて知った。
(映画『ツイスター』より Fujita Scale に言及されるシーン)
1920年に現在の北九州市小倉市に生まれた藤田哲也氏は、すでに1998年に亡くなっている。昨年は生誕100年ということになる。からくも原爆投下を免れたが、藤田氏は、その後、長崎で原爆の被害調査に携わっている。
渡米後にトルネード(=竜巻)研究の本場の米国のシカゴ大学に研究拠点を移していたこともあって、米国籍を取得していた。気象学の世界は、空軍など国防とも関係あるので、軍が大きな予算をに握っている。研究費調達のため米国籍を取得したのでないかとも言われているようだ。
しかも、研究のほとんどすべては英語で発表しているので、日本ではほとんど知られていない。 Wikipediaでは、Ted Fujita として項目が立てられているのは、哲也(テツヤ)では発音しにくいので Theodore という英語名を名乗っていたからだ。
(単行本カバー)
藤田博士が、みずから Mr. Tornado と名乗っていたこともあるが、竜巻もさることながら、藤田氏の業績で最大のものはダウンバーストの発見とされている。「ダウンバースト」(downburst)とは急激に発生する下降気流のことであり、これが着陸寸前の航空機の事故の原因となっていたのだ。
だから、藤田氏は「航空事故を激減させた男」なのである。航空業界における貢献は、計り知れないものがあるのだ。にもかかわらず、「気象学の世界にはノーベル賞がない」ので知られざる存在になっている。
日本人は、もっと藤田哲也という科学者のことを知るべきだろう。三度の飯よりも研究が大好きだというタイプだったようだ。そんな、素顔をもこの本で知ることができる。
先に「Fスケール」について触れたが、藤田博士がモデルとされているのが、スピルバーグが総監督として携わった『ツイスター』(Twister)という映画だ。1996年製作のこの映画のことは、この本を読むまで知らなかった。ツイスターとは、トルネードのスラングであるらしい。
というわけで、先週末はじめて『ツイスター』を視聴。さすがスピルバーグ系列のものとあって、映像で再現された竜巻のすさまじさ。そのすさまじさは、日本人なら、台風が予告もなく突然発生し、しかもわずか数分で通過すると考えてみればいい。
竜巻研究に人生をかけている科学者たちの研究競争に、研究チームの結束や主人公の恋愛などからめたディザスターもののエンターテインメント作品だ。脚本には、科学作家のマイケル・クライトンも参加しているのが強みだろう。
映画の前半49分頃に「Fスケール」(Fujita Scale)のことがでてくる。DVDで視聴してキャプションを英語にして確認。日本語の字幕には説明なかった(上記の画像を参照)。
映画では、Fujita が日本人科学者の名前であることの説明はない。科学の世界では、国籍や出自など意味はないのである。ちなみに映画の終盤近くで「F5レベル」の巨大竜巻に襲われることになるのが 、オクラホマ州の Wakita という町であるが、日本の脇田(ワキタ)さんとはまったく関係ない(*注)
(*注)Wakita, Oklahoma(オクラホマ州ワキータ)は、Wikipedia情報によれば、チェロキー族の酋長(チーフテン)の名前にちなんで命名されたらしい。
長々と書いてしまったが、海外に出ると、日本出身だが日本ではまったく知られていない人に多く出会うことになる。藤田哲也氏だけではないのである。
科学研究は、国籍や民族などに囚われることなく、人類全体に貢献することが目的であるが、藤田氏のような日本人がいたことを記憶にとどめたいと思うのだ。
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