2021年4月7日水曜日

書評『慈悲深き神の食卓 ー イスラムを「食」からみる』(八木久美子、東京外国語大学出版会、2015)ー 人間全体に共通するテーマを軸にしたイスラムの世界は興味深い

 

「食べる」という、人間に共通するテーマからみたイスラムの世界は、じつに興味深い。 

イスラムというと、ブタ肉は食べてはいけない、アルコールは飲んではいけないまど、食事にかんする禁止事項が多いからイヤだという印象が強いだろう。また、ラマダーンという断食月があって、そんなの耐えられないと思う人も少なくないだろう。 

この本は、そういった一般的な日本人の「常識」を前提にして、イスラムについて考える内容の本だ。事例は、著者がもっとも長くかかわてきたエジプトを中心にしている。 


(砂漠で命を救うのがナツメヤシ 筆者撮影)

最初の3章で、食にかんするイスラムの規定について「規範」という観点から見たあと、最後の4章でエジプトのラマダーンについて、著者の体験を踏まえて具体的に紹介されている。 

ラマダーンは、イスラム教徒にとっては「聖なる月」のことだ。イスラム教徒にとって、この聖なる月に断食を毎年30日間体験することの意味が、具体的な事例をつうじて説得力をもって語られている。 

イスラム暦は完全な太陰暦なので太陽暦とは1ヶ月づつずれていくので、真夏に断食となるときわめて過酷なものとなるだろう。

だが、病人や子ども・老人、妊婦などについては例外規定があるだけでなく、そもそも断食といっても夜明けから日没までのあいだで、日没後にはイフタールといって家族で食事をとることになる。 

つまり「完全断食」ではないのである。30日間の「半日断食」と言うべきであろう。

この日没後の食事が楽しみのようだ。そのため、断食なのにかえって太ってしまうとはよく聞く話だ。 

タイトルになっている「慈悲深き神の食卓」とは、このラマダーン期間中のイフタールで、貧しい人たちに無料で振る舞われる食事のことだ。「第6章」でエジプトの事例がくわしく紹介されている。

ラマダーンという聖なる月に、個人としてのムスリムとしての自覚が強まるだけでなく、世界中でムスリムとしての連帯感が醸成されるのである。 

自然の恵みが豊かなエジプトが事例として取り上げられているが、少なくともエジプトにかんしては、イフタールの食事は豊富で豪華なものであるようだ。豚肉がなくても、アルコールがなくても十分なのではないか。読んでいて、そんな気もしてくる。 

ラマダーンという「聖なる月」は、民俗学用語をつかえば「ハレ」(=非日常)であり、それ以外日常は「ケ」ある。ハレとケの両面にわたる、食を軸にした生活実態から捉えたイスラムが興味深い。


PS 西暦2021年は4月13日からラマダーン入り

報道によれば、ラマダーンの断食後のイフタールにかんして、エジプトのカイロでは恒例の貧しき人びとのための街頭での無料食事提供は、2020年につづいて2021年も新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のため中止だそうだ。ただし、店舗営業は夜間まで認めるとmのことだ。(2021年4月14日 記す)
 




目 次
はじめに 
第1章 イスラムにおける食 
第2章 食物規範とその実践 
第3章 意識化される食行動-規範とアイデンティティ 
第4章 ラマダーン月の断食 
第5章 祝祭の時としてのラマダーン月 
第6章 「慈悲深き神の食卓」 
第7章 人をつなぐ食 
むすびにかえて

著者プロフィール 
八木久美子(やぎ・くみこ)
1958年大阪府生まれ。東京外国語大学大学院教授。専門は宗教学・イスラム研究。 著書に『マフフーズ・文学・イスラム――エジプト知性の閃き』(第三書館、2006)、『アラブ・イスラム世界における他者像の変遷』(現代図書、2007)、『グローバル化とイスラム――エジプトの「俗人」説教師たち』(世界思想社、2011)、『人間改造論——生命操作は幸福をもたらすのか?』(新曜社、2007)、『世界宗教百科事典』(共編著、丸善出版、2012)、共訳書に『エドワード・サイード 対話は続く』(みすず書房、2009)などがある。








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