『武士の娘』(杉本鉞子、大岩美代訳、ちくま文庫、1994)をはじめて読んだ。
文庫本の帯にもあるように評論家の櫻井よしこ氏や、最近では「歴女」の女優・杏が愛読書として推奨している。購入してから10年以上たってようやくこの有名な本を読むことにしたのは、先に山川菊栄の『武家の女性』を読んだからだ。
著者の杉本鉞子(すぎもと・えつこ 1873~1950)は、長岡藩家老・稲垣氏の娘として明治6年に生まれた人。
越後の長岡藩といえば河井継之助だが、戊辰戦争において官軍と戦って敗れ去って「維新の負け組」となり、会津藩ほどではないが辛酸を舐めることになった。「米百俵」のエピソードがあるように、なによりも教育を重視した土地柄である。櫻井よしこ氏が推奨するのは、彼女が長岡出身であることも関係していることだろう。
この本は、「武士の娘」として生まれ育った著者の半生記である。米国で実業家として活動していた日本人と結婚するため渡米し、現地で二人の娘をもうけながらも夫と死別した著者が、最初から英語で執筆したものだ。
原本はニューヨークで1925年に出版された "A Daughter of the Samurai" (Etsuko Inagaki Sugimoto)。同時期には『グレート・ギャツビイ』と並んでベストセラーとなり、数カ国語に翻訳されたという。
(wikisource より初版カバー)
この日本語訳は、現著者の協力にもとに作成され1943年(昭和18年)に初版が出版されている。日本語版の出版に至った時代背景にも注目したい。
ただ、読み始めて思ったのは、この日本語訳は、じつにまどろっこしい文体で、正直いって途中で読むのをやめてしまおうかと思ったことだ。
まず最初に長岡藩の家老の生活が回顧されるが、先に読んだ山川菊栄の『武家の女性』とは、テイストがまったく異なるのである。後者が下級武士の話であったのに対し、前者が家老という上級武士の話だからだろう。
『武士の娘』だけを読んで、江戸時代の武士の生活がわかったと思うのはきわめて危険なことなのだ。また、江戸時代においては、武士が日本人を代表する存在ではなかったことにも注意しなくてはならない。
著者の杉本氏は、その後、渡米準備のため東京で米国のメソディスト系ミッションスクール女学校で英語を勉強、そんな勉学の日々のなか洗礼を受けてキリスト教徒になる。
渡米後の生活で「異文化」との濃密な接触によるカルチャーショックと、日本人としてのアイデンティティを再確認する。配偶者の死後、日本人である娘の教育のため日本に帰国した際に体験する逆カルチャーショック。娘たちは「帰国子女」の走りといっていいだろう。 米国文化になじんでいた娘は米国に帰りたがっていた。
ここらへんの叙述は、文体はまどろっこしいものの、内容的には興味ぶかい。内村鑑三の How I Became a Christian (1895、日本語訳は『余は如何にして基督信徒となりしか』)の女性版といっていいかもしれない。内村鑑三もまた高崎藩士の息子であり、しかも米国体験の持ち主であった(・・ただし内村は米国社会に大きく失望して帰国している)。
読んでいる途中でいろいろ調べてみてわかったのは、このちくま文庫版(1943年の日本語版初版と内容はおなじ)では、原文の Chapter XXIV In Japan Again(ふたたび日本に戻って)がカットされていることだ。
幸いなことに著作権切れの本なので、Wikisource に原文が掲載されているので、カットされた文章を読んで見ると、日本語訳ほどまどろっこしいものではない。印象がだいぶ異なるのだ。 https://en.wikisource.org/wiki/A_Daughter_of_the_Samurai
この日本語訳は、著者自身も目を通しているので、ある意味ではオーサライズされたものであろう。そう考えると、意図的にカットした可能性がある。カットされた章に書かれている内容が、未亡人として帰国した著者の周辺に迷惑がかかると懸念したためだろうか。
多くの著名な女性が推奨している本だが、わたし自身が女性ではないこともあろう、いまひとつ感情移入しにくいのは正直な感想である。やはり問題はまどろっこしい文体にあるのだろう。これはテイストの問題なので、いかんともしようがない。
最初から原文の英語で読むべき本かもしれない。
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