2021年12月18日土曜日

書評『太平天国 ー 皇帝なき中国の挫折』(菊池秀明、岩波新書、2020)ー 現代中国を理解するために「太平天国」について知ることは不可欠だ

 
 ことし2021年は「太平天国」が1851年に誕生して170年目にあたる。 

科挙に3回挑戦したが失敗して挫折した「客家」(ハッカ)出身の洪秀全が、キリスト教の濃厚な影響のもとで始めた新興宗教が巨大化し、中国南部から北上する軍事勢力となったのが「太平天国」だ。

南京を占領して首都とするに至り、南京から南をほぼ支配下に置いたのである。 太平天国そのものは、その14年後の1864年に清朝の反撃によって壊滅したが、一時は清朝を壊滅の瀬戸際まで追い込んでいたのである。太平天国の乱による死者は2,000万にも及ぶとされる。桁違いの多さである。


■日米中でほぼ同時進行で発生した「内戦」

米国史上最大の内戦となった「南北戦争」(The Civil War)は、1861から1865年。にかけて起こっている。南北戦争における米国人の死者は60万人強、第二次世界大戦における米軍兵士の戦死者より多いという。米中ともに南北戦争であり、しかも南部が敗者となった点は共通している。

黒船来航は1853年で明治維新は1868年。「内戦」となった戊辰戦争は1968年から翌年にかけて起こっている。戊辰戦争の死者は1万人強と推定されている。こちらは西南と東北の戦いであり、東北が最終的な敗者となった。

19世紀半ばに、日米中で同時進行で大規模な政治変動が進行していたのだ。 


■「太平天国」の位置づけは時代で変化してきた

「太平天国」については、世界史の教科書にはかならず記載されているし、名前ぐらいは耳にした記憶があるはずだ。だが、中国の近現代史における位置づけは、時代とともに変遷してきた。 


かつては「中国革命」の先駆者としての位置づけであったが、2019年の「中華人民共和国建国70年」を経た現在では、かつてのような礼賛一辺倒というわけではなくなっている。 それに応じて、かつて日本で出版された「太平天国の乱」の関係書もニュアンスの違いが反映している(*上掲写真を参照)。

歴史家と同時代認識の関係である。具体的にいえば、『太平天国』(増井経夫、岩波新書、1951)は、「太平天国100年」を記念した出版物であり、中華人民共和国誕生からわずか2年後のものである。ただし、同時代人として上海で太平天国の動向を観察した高杉晋作など日本人が見た太平天国の記述は現時点からしても興味深い内容だ。

『洪秀全と太平天国』(小島晋治、岩波現代文庫、2001 初版1987)は、「太平天国150年」を記念して文庫化された作品だ。すでに中華人民共和国建国から半世紀以上たった時点での文庫化であり、前者と違ってかなり公平な見方が可能となってきた時点での最新成果であった。

『「ゴッド」は神か上帝か』(柳父章、岩波現代文庫、2001 初版1986)もまた、「太平天国150年」を記念して文庫化された作品だ。太平天国を直接扱った作品ではないが、翻訳論の専門家による God の漢訳をめぐるストーリーは、太平天国という新宗教をつくりだすきっかけとなった中国におけるプロテスタント布教と受容をたどることで明らかになる異文化論でもある。

過去の中国史においては「常識」といっていいが、王朝の滅亡は宗教が主導する民衆暴動がきっかけになったことが多い。それだけに宗教を敵視し、徹底的に宗教弾圧に向かっている習近平体制は、はたして新興宗教であった太平天国をどう評価していくのだろうか。 

そうでなくても近現代史というのは、立ち位置によって解釈が大きく異なるので扱いが難しいが、中国共産党が支配を続けている限り、中国近現代史について正確な歴史認識をもつには限界がある。平気で歴史を捏造するのが中国共産党であり、歴代の中国王朝である。


■『太平天国-皇帝なき中国の挫折』(2020)は現代中国を理解するための必読書

先日のことだが、『太平天国-皇帝なき中国の挫折』(菊池秀明、岩波新書、2000)を読んだ。ことし2021年は「太平天国170年」にあたる年である。

すでに見てきたように、太平天国について書かれた本は少なくないが、この本は最新の研究成果を織り込んだコンパクトな1冊で、読みやすく、しかも読みごたえがある。著者は、太平天国研究の現在の第一人者といっていいだろう。  

帯にもあるように「人類史上最悪の内戦」というのは、誇張でもなんでもない。少なく見積もっても、2,000万人以上(!)が殺されているのである。太平天国壊滅後に処刑された者を含めての人数だ。 

著者のスタンスは、現代中国を理解するためには太平天国を理解することは不可欠、というものだ。 

著者は「結論」で以下のように書いている。 (*太字ゴチックは引用者=さとう)

急速に大国化に向かう現在の中国を見るとき、太平天国に現れた中国社会の問題点は、なお未解決のまま残っていることがわかる。自分とは異なる他者を排斥してしまう不寛容さと、権力を分割してその暴走を抑える安定的な制度の欠如は、中国国内だけでなく、台湾や香港、少数民族をはじめとする周辺地域に深刻な影響を与えている・・ 

太平天国には、中国が抱える問題点が集約的に現れていたわけなのだ。「皇帝なき中国」を目指したはずの太平天国も、結局は中国の伝統的統治モデルをなぞるしかなかった。 

現在を理解し、近未来を考えるために必要なのが歴史的思考だ。中国共産党支配がもたらす問題点に冷静に対応するためにも、太平天国については最低限の知識をもつ必要がある。

そのためには、昨年2000年に出版されたこの本は最適だろう。ぜひ読むべきだ。 




目 次

はじめに 
1 神は上帝ただ一つ 
2 約束の地に向かって
3 「地上の天国」の実像
4 曽国藩と湘軍の登場
5 天京事変への道
6 「救世主の王国」の滅亡
結論
あとがき
参考文献
図版出典一覧
関連年表


著者プロフィール
菊池秀明(きくち・ひであき)
1961年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、東京大学大学院人文社会研究科博士課程修了。博士(文学)。中国広西師範大学、広西社会科学院に留学および在学研究。その後、中部大学国際関係学部国際文化学科講師、助教授、国際基督教大学准教授などを経て、国際基督教大学教授。専攻は中国近代史。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<参考> 19世紀半ばのほぼ同時期に内戦状態にあった日米中

◆中国: 太平天国の乱(1851~1864)
◆米国: 南北戦争(1861~1865)
◆日本: 戊辰戦争(1868~1869)





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・・宣教師ネットワークでつながっていた米中の深層底流

・・カトリックの中国ミッションの歴史



・・東アジアにおけるキリスト教土着は日本だけでなく、朝鮮半島でも中国大陸でも


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