2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ軍事侵攻。米国が主導してロシアに対する経済制裁が実行されることになった。
それから4ヶ月がすでに経過したが、はたして経済制裁に効果がでているのかどうか、よくわからない。 今年の夏には効果がでてくるはずだという見解もあれば、ロシア国民は忍耐力が強いから効果はでないだろうなど、見解はさまざまだ。効果測定が難しいのもその理由の一つである。
米国による経済制裁について知るために、『アメリカの制裁外交』(杉田弘毅、岩波新書、2020)を読んだ。先月終わりのことだ。
この本を読むと、今回2022年のロシアに対する経済制裁に至る前史と米国による経済制裁の概要を知ることができる。
さかのぼれば、100年以上前の1917年の「敵国通商法」に始まり、現在に至るまで米国は「血を流さない戦争」として経済制裁を多用してきた。
かつては「貿易制裁」が中心であったが、モノの輸出入にかんしては密貿易や第三国経由の迂回貿易などの抜け穴が多い。これは北朝鮮に対する制裁を考えれば容易に理解できることだ。
(米国の制裁外交と根拠法 『アメリカの制裁外交』より)
そこで、とくに2000年代に入ってからは「金融制裁」が中心になってきた。決済にかかわるカネのやりとりを押さえることで、対象国の息の根を止めてしまうのだ。著者の表現にしたがえば「死刑宣告」である。基軸通貨である米ドルを発行する米国ならではの制裁方法である。
本書では、2001年の「9・11テロ」、核開発を行う北朝鮮とイラン、2014年にクリミアとウクライナ東部を支配下においたロシアに対する経済制裁とその効果について解説されている。
ところが、経済制裁、とくに金融制裁には問題も多い。 あまりに乱用され気味であること、政権交代による一貫性の欠如、制裁対象国の一般市民の生活を苦しめてしまうこと、などなどだ。
制裁によって得た巨額の罰金の使途についての問題や、制裁対象とされた個人が冤罪であるケースが多々あることなどである。
金融制裁の「意図せざる結果」として、米ドル支配の揺らぎを招いていることも指摘されている。今回のロシアに対する金融制裁においても、かえって中国の人民元の世界の拡大を招きかねないのではないか。
もちろん、いますぐ米ドルが人民元にとって代わられることはないとはいえ、中長期的にみたら米ドルの弱体化は避けられない流れといってよさそうだ。
著者の杉田氏は共同通信の記者で、ワシントン支局長を務める前に、イランのテヘラン支局長を歴任している。しかも、大学時代に国際法を勉強している。こういう経歴が「複眼的な見方」を可能にしているのだろう。
新書本だが、充実した内容で読み応えのある本だった。国際情勢を理解するための基本書として読んでおきたい1冊だ。
目 次はじめに第1部 司直の長い腕第1章 孟晩舟はなぜ逮捕されたのか第2章 経済制裁とその歴史第2部 アメリカ制裁の最前第3章 米制裁を変えた9・11ーテロ第4章 マカオ発の激震ー北朝第5章 原油輸出をゼロにーイラン第6章 地政学変えたクリミア制裁ーロシア第3部 制裁の闇第7章 巨額の罰金はどこへ第8章 冤罪の恐怖第9章 米法はなぜ外国を縛るのか第4部 金融制裁乱用のトランプ政権第10章 制裁に効果はあるのか第11章 基軸通貨ドルの行方あとがきー 覇権の行方
著者プロフィール杉田弘毅(すぎた・ひろき)1957年生まれ。国際ジャーナリスト。一橋大学法学部卒業後、共同通信入社。テヘラン支局長、ニューヨーク特派員、ワシントン特派員、同支局長、編集委員室長、論説委員長をへて、現在、共同通信特別編集委員。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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