2024年12月8日日曜日

書評『異次元緩和の罪と罰』(山本謙三、講談社現代新書、2024)ー 悪性インフレを軽んじてはならない。インフレは人心を荒廃させる

 

先日のことだが『異次元緩和の罪と罰』(山本謙三、講談社現代新書、2024)を読んだ。元日銀理事による「異次元緩和」の検証本だ。  

帯の推薦者に藤巻健史の名前があがっているので、読むかどうか躊躇していたが(・・なぜ躊躇するのか、わかる人にはわかるだろう)、著者が日銀出身であり日銀理事であったこと、「異次元緩和」時代には当事者ではなく、比較的冷静に観察する立場にあったことを知って読むことにした。 

この手の本を読んでも、たんなる一般市民である自分のような人間にはなずすべもないとは十分承知している。とはいえ、最初は効果があったものの、所期の目的を達成することなく、11年もつづいた「異次元緩和」は徹底的に検証されなくてはならないと考えている。 

それにしても驚くのは、国債を引き受けただけでなく、民間企業の株式を買い上げた結果、2024年の日銀の資産が、なんと2006年時点の5倍(!)にふくれあがっているという事実だ。

バランスシートであるから、資産が増えているということは、負債も増えていることを意味している。 日銀や金融政策に明るくなくても、この状態を異常だと思わない人はいないだろう。

本来は、政治から独立しているはずの中央銀行としての役割を、あきらかに逸脱している。今後数十年にわたってつづくであろう、資産を圧縮するプロセスが茨の道であることは、容易に想像できる。 

本書で著者は、「罪と罰」の両面にわたって「異次元緩和」にかんして詳細に論じているが、こまかい話は別にして、わたしが強い印象を受けたのは、「悪性インフレを軽んじてはいけない」という著者による警告だ。

「異次元緩和」がもたらす悪影響である。 著者は、物価上昇率が20%を超えた1970年代前半の状況に言及しているが、「物価と賃金の悪循環を如実に示す例」として、1973年の「首都圏国電暴動」を取り上げている。いまから半世紀まえのできごとだ。旧国鉄時代の順法闘争による電車遅延に通勤客がぶち切れた事件だ。

日本近現代史で「民衆暴動」というと、1905年の「日比谷焼き討ち事件」や1960年の「安保闘争」を想起するが、1973年の「首都圏国電暴動」は、悪性インフレという経済が原因の暴動であった。

著者は「ごく普通の通勤客が暴徒と化した。インフレは人心を荒廃させる」と書いている。まさに至言である。 


日本も世界的トレンドであるインフレに突入し始めているにもかかわらず、賃金上昇の伸びが遅く、しかも財務省は減税をかたくなに拒否しようという姿勢を崩さない。 現在のところ、日本社会でも不当にも困窮状態に追いやられている若年層を中心に、怒りのマグマが蓄積していることは明らかだ。 

「トランプ革命」に触発された面もあるだろうが、不満の声は日に日に顕在化している。イーロン・マスクが買収したX(旧Twitter)の投稿をみれば明らかだろう。政府不信、マスコミ不信はみな連動している。 

このマグマは、ガス抜き程度では沈静不可能だろう。いつ暴動やテロ行為に転化してもおおかしくないのではないか? すでに「トクリュウ」(匿名流動型犯罪グループ)による強盗事件で体感治安が悪化している。

若年層を中心とした貧困問題の解決なしに、社会の安定はありえない。 わたしは、最近そんな気がしてならない。 


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目 次
まえがき 
第1章 異次元緩和は成功したのか? 
第2章 高揚と迷走の異次元緩和 前代未聞の経済実験の11年 

第3章 異次元緩和の「罪」その1 すべては物価目標2%の絶対視から始まった 
第4章 異次元緩和の「罪」その2 超金融緩和が財政規律の弛緩を生み出した 
第5章 異次元緩和の「罪」その3 介入拡大が金融市場をゆがめる 

第6章 異次元緩和の「罰」その1 出口に待ち受ける「途方もない困難」 
第7章 異次元緩和の「罰」その2 なぜ立ち止まれなかったのか? 
第8章 異次元緩和の「罰」その3 国と通貨の信認の行方 

第9章 中央銀行を取り戻せ 
第10章 中央銀行とは何者か 
あとがき


著者プロフィール
山本謙三(やまもと・けんぞう)
1954年、福岡県生まれ。1976年、日本銀行入行。1998年、企画局企画課長として日銀法改正後初の金融政策決定会合の運営に当たる。金融市場局長、米州統括役、決済機構局長、金融機構局長を経て、2008年、理事。金融機構局、決済機構局の担当理事として、リーマン・ショックや東日本大震災後の金融・決済システムの安定に尽力。2012年、NTTデータ経営研究所取締役会長。2018年からはオフィス金融経済イニシアティブ代表として、講演や寄稿を中心に活動している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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