『ボヘミアでなぜ「先駆的」宗教改革が起こったのか ― フス派戦争(世界史のリテラシー)』(薩摩秀登、NHK出版、2026)という本を著者から頂いたので、さっそく目を通してみた。
著者の薩摩氏は、チェコの歴史にかんしては第一人者で著書も多い。わたしにとっては大学学部時代のヨーロッパ中世史のゼミの先輩で、当時は大学院生だったこともあり、親しく接していた人でもある。
NHK出版の「世界史のリテラシー」は、世界史を学んだ人が抱くであろう疑問に、専門歴史家がその知見を一般読者向けに語りかける内容のシリーズだ。
「宗教改革」というとルター、そしてカルヴァンというのが、世界史を学んだ人の模範的回答であろう。いずれも16世紀の西洋人だ。
だが、ルターには先行者がいたのである。それが本書のテーマであるヤン・フスである。15世紀のボヘミア(現在のチェコ)の人だ。ルターもカトリックの修道士だったが、フスもまたカトリックの聖職者で説教者だった。いずれも組織内部の人であった。
フスは、イングランドのウィクリフの影響でカトリック改革を志したが、抱き込まれることを拒絶し自分の信念を貫いた。そのため破門されたうえ、最終的には火刑に処されることになる。
ビジネスパーソンの立場から言い換えれば、「(カトリック教会)という巨大組織を内部から改革しようとしたが挫折した男」、そういう位置づけも可能だろう。
イングランドもボヘミア(現在のチェコ)も、西欧カトリック世界の「辺境」だったことが興味深い。変革はつねに「周縁」から始まって「中心」に向かっていくのである。これはどんな組織にも共通している。
わたし的には、フスの改革思想と実践、その意思を引き継いだフス派の闘争もさることながら、その後のチェコの歴史のなかでフスがどう位置づけられてきたかに関心がある。
第一次世界大戦後にチェコスロヴァキアとして独立したものの、最終的に1993年に分離して単一国家となったチェコだが、神聖ローマ帝国(≓ハプスブルク帝国)や社会主義国家ソ連という外部勢力の支配下にあった歴史をもつ。
19世紀から始まったナショナリズムの勃興期には、フスは「民族の英雄」として礼賛され、20世紀末にはカトリック教会から事実上の教会改革者であったと認められ、名誉回復されることになる。ところが、21世紀の現在では、チェコ人のフス熱は冷めてしまっているらしい。
歴史上の人物をどう評価し、ただしく位置づけるかという課題は、つねに「現在」にかかわるテーマである。
かつてあれほど礼賛されてロシア革命もフランス革命も、現在では手放しで礼賛する者は少ない。フスについても同様だ。
コンテクスト(=文脈)によって解釈は変化する。 歴史というものは、「事実」とその「解釈」で成り立つ「ストーリー」であることを、あらためて肝に銘ずるべきである。つねに書き替えられる運命にあるのだ。
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目 次はじめに第1章 事件の全容 フスは何を主張し、フス派は何のために戦ったのか?第2章 事件の歴史的・宗教的背景 なぜ、中世後期最大の教会改革運動がボヘミアで起こったのか?第3章 同時代へのインパクト フス派の運動は、「早すぎた宗教改革」だったのか?第4章 後世に与えた影響 フスやフス派は我々に何を語っているのか?おわりに参考文献
著者プロフィール薩摩秀登(さつま・ひでと)明治大学経営学部教授。1959年、東京都生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門は東欧・中欧の中世史および近世史。著書に『プラハの異端者たち ― 中世チェコのフス派にみる宗教改革』『物語 チェコの歴史 ― 森と高原と古城の国』『図説 チェコとスロヴァキアの歴史』など。共著に『チェコを知るための60章』など。
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